そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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「それがなによりの報酬だ」

 ジュエルシードから流れてくる二つのイメージ、それは二人の少女の記憶ともいえるものだった。

 

 左右の目で違うものを見るかのように、同時に頭の中に注ぎ込まれる。

 

 一つは見覚えのある部屋の映像、つい最近上がったんだから憶えている、これはなのはの部屋だ。

 

ただ、先日入った時とは細かいところで内装が異なっていた。

 

例えばカーテンの色が違ったり、大きなクマのぬいぐるみが置いてあったりと。

 

 幼い少女の足が見える、膝を抱えて部屋の隅っこで座り込んでいる様子。

 

日が落ちて真っ暗なのに明かりもつけずに布団をかぶり、その小さな身体をさらに小さくするように縮こめていた。

 

 膝を抱える腕を震えるままにして、緩慢な動きで頭を微かに持ち上げて窓へ目を向ける。

 

そして今にも泣き出してしまいそうなくらいに瞳を濡らしながら、か細いため息をもらした。

 

 一拍置いて、弱々しく口を開く。

 

 

 

 こっちは記憶にない部屋、床は白くて清潔感を強調している。

 

奥行きも高さもあるので部屋は大変広く感じるが、その部屋には金髪の幼い少女と毛の長い猫しかいない。

 

そのせいで部屋全体がどこか冷たく、もの悲しい印象へと変わってしまっている。

 

 少女は輝くような金色の髪を水色のリボンで結い、頭の両側で二つに分けていた。

 

フェイト……の幼少期だとは思うのに、どこか……違和感が、魚の小骨がのどに刺さっているような、そんなもどかしい感覚が俺を襲う。

 

 少女はソファに腰掛けて足をぷらぷらと遊ばせながら、隣で丸まって寝ている猫の胴体部分を毛並みを整えるように優しく撫ぜ、ぴくりぴくりと耳を動かす猫を見て儚げな笑みを浮かべた。

 

 玄関の方へ目を向け、その表情に悲哀の色を加えてさらに影を足す。

 

暗くなった外を切り取る窓を経由して、隣でくつろぐ猫へと視線をもどした。

 

 なにかを我慢するように唇を震わせながら深呼吸して、口を開く。

 

 

『『寂しいよ……っ』』

 

 

 その言葉をきっかけに、俺の脳内に無理矢理注ぎ込まれた二つのイメージは渦を巻いて一つになり、青白く煌めく人型のシルエットに変わる。

 

徐々に遠ざかるその青白いシルエットは、触るだけで凍えてしまいそうな、漆黒の格子に囚われていた。

 

青白いシルエットが黒の格子の隙間から助けを求めるように俺へと手を伸ばした時、それらのイメージが泡沫の夢だったかのようにかき消えた。

 

俺の両手の中でおとなしくしていたジュエルシードがまた暴れ出したのが原因だ。

 

 接近を果たした時と同じように全力で魔力を込めて抑えつけるが、同じようにできないことが一つ発生してしまった。

 

「あんなの見せられて……めちゃくちゃにぶち壊すなんて、できねぇよなぁ……っ」

 

 ハッキングで中身を書き換え、コアや魔力を通す回路を断ち切るという作戦だったが、とてもじゃないがそんな真似はできない気持ちになってしまった。

 

 きっと二人同時に封印したんだろう。

 

そのせいで二人の魔法がコンフリクトし、ジュエルシードの暴走が引き起こされた。

 

その時に魔力的なつながりがジュエルシードとなのは、フェイトに発生し、そのつながりから俺がさっき見たイメージを抜き取った。

 

 だが、なぜ抜き取る必要があったんだ? なにか理由があるのか? 

 

「っく! 落ち、着いてっ……考えさせろよ……っ」

 

 どくん、と心臓が脈動するように、瞬間的に魔力の放出量が増えた。

 

手の隙間からもれ出た閃光が上下に分かれて飛んでいく。

 

上に放たれた光は結界に阻まれ、下に逃げた光は地面を抉るように砕き、石つぶてを散らした。

 

 ちんたらやっている時間的猶予はない。

 

なのはと模擬戦闘をやった時にだいぶ魔力を使ったんだ、アルフと戦わなかった分余裕はあったしそれなりに回復はしたが、いかんせん元の魔力量が少ない。

 

それにジュエルシードに肉薄するときの障壁(魚鱗)に膨大な量の魔力を割いちまった、魔力の残量は考えたくないなぁ……。

 

すぐに決着(ケリ)をつけないといけねぇのに……。

 

 ここでジュエルシードを押し込む力を緩めると、近付く際に散々苦しめてくれた閃光をまたぞろ吐き出してくれることだろう、今の俺のコンディションで距離が開いてしまえば、もうその距離を詰めることはできない。

 

閃光を抑えつけるための魔力を減らすわけにはいかないんだ。

 

 手の中のジュエルシードについて考えてみる。

 

ユーノはジュエルシードを『願いを叶えるもの、願望器』と評していた。

 

願望器……いまいち俺にはしっくりこなかったので、魔法のランプとかそういうものを頭に浮かべていたことを憶えている…………んむ? そうだとしたらおかしくないか?

 

 これまでのジュエルシードを思い起こす、前例が三つしかないので考える幅は狭いし確証だってないが。

 

一回目はジュエルシードの思念体、二回目はニアスに憑りついたもの、三回目が手の中で狂ったように光を撒き散らすコイツだ。

 

 願いを叶えるというユーノの言が本当なのだとしたら、それは願いをあまりに歪めて捉えている。

 

 一回目のジュエルシードの思念体は、周りに動物や人間もいないのに周囲の建築物を破壊していた。

 

周辺に空気のように漂う『物を壊したい』『人を傷つけたい』というような負の願いをその身に宿して動いたというのなら、『人に優しくしたい』などのいわば正の願いを無視したということになる。

 

 二回目のニアスに憑りついたジュエルシードも、かなり捻くれた願いの受け方をしている。

 

ニアスはまだ仔猫だ、たしかに大きくなりたいと願ったかもしれないが、あんな凶悪なフォルムにしてくれとも、あんな気性の荒い化け物にしてくれとも願いはしなかったはず。

 

鷹島さんと彩葉ちゃんにあれだけ愛されていて、さらに言えばこの俺にすらよく懐いているあのニアスが、人や物を傷つけるような願いをするとは思えない、やはりニアスの意思を無視している。

 

 今回の三回目だってそうだ、暴走状態になった原因の二人(なのはとフェイト)から寂しいという感情を感じ取り、その願いを叶えようとしたのであれば、ビルに風穴を開けるような閃光で排斥しようとするのはどう好意的に考えようとしてもおかしいのは明白。

 

こんなもの、もはや猿の手と同義だ。

 

 仮説……願望器と評したユーノの言葉を事実とする条件付きではあるが、ジュエルシードは俺がいじ繰り回す前から壊れている、もしくはエラーを起こしている。

 

仮説が出たところで、そこからどうするんだよって話だが。

 

 ふと、脳裏にとある光景が思い浮かんだ。

 

さっき見た、見させられたイメージ映像、青白い輝きを放つ人型のシルエットを縛り付ける……黒の監獄。

 

 閃きそうな感覚、これを逃してはいけない。

 

 エラーを起こしているジュエルシード、何かを縛り付けている冷たい漆黒の檻、古代のオーバーテクノロジー、途轍もない力を持つロストロギア、悪意という方向へ願いを歪める願望器…………。

 

「もしかして……改悪された、のか……?」

 

 ふと口に出してしまった俺の言葉に返事をするように、力強くジュエルシードの閃光が輝いた。

 

……返事をしてくれるのは嬉しいが、もう少し穏便な返事の仕方をしてほしかったぜ。

 

 これなら説明はつく、解決までの筋道が見えた。

 

俺の予想は、誰かがジュエルシードの『願いを叶える』という機能に手を加え、本来の力を歪曲させ使用者の意図せぬ結果を生み出そうとしたんじゃないか、というもの。

 

技術が発達した異世界で作られたんだ、ジュエルシードのプログラムを書き換えるのは容易だっただろう……なぜそんなネガティブな改造を施したのか俺には理解できないが。

 

 ジュエルシードが見せたイメージ映像……漆黒の格子、檻という監獄。

 

あれは本来の力を封じて歪められているということを、必死に伝えようとしていたのかもしれない。

 

助けてくれ、と叫んでいたのかもしれない。

 

 分厚い雲に閉ざされていたが、光明が差した。

 

時間に余裕はないんだ、早速取り掛かるとしよう。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 神経が擦り切れそうなほど緻密な、集中力のいる作業。

 

 尋常ではない魔力を秘めたジュエルシードのコアにハッキングして魔力を潜り込ませ、異常な配置になっているプログラムを探して消して、正常な部分は傷つけないように操作しなければいけない。

 

かといってハッキングに集中しすぎれば、ジュエルシードが放ち続ける閃光の対処が疎かになる。

 

左右の手で文字を書くとかそんな次元じゃない。

 

両手でギターを弾きながら、口でハーモニカを吹き、足でキーボードを奏でているような気分だ、なにその大道芸。

 

 ジュエルシードの中心、魔力を溜め込んでいる部分のすぐ近くに改悪箇所があった。

 

細心の注意を払いながら改悪箇所を書き換え、正常に戻す、これでジュエルシード本来の姿に元通り……ミッションコンプリートっ! 俺すごい!

 

 後は垂れ流しになっている魔力を抑え込んで、開きっぱなしになっている弁を閉じれば暴走は止まる。

 

「けほっ……かっは……っ、なんだよ、これ……あともうちょいなんだぞ……っ!」

 

 最後の仕事だ、と張り切って魔力を出そうとしたが、出たのは魔力ではなく俺の血だった。

 

なんの冗談だ、笑えねぇよ。

 

「くっ……こんのっ……げほっ」

 

 想定してた以上にハッキングに魔力がかかったのが原因か……くそったれ……。

 

 なのはとの模擬戦、ジュエルシードへの接近、接近した後の抑え込み、ジュエルシードのプログラム改造でのハッキング、意外に使ってたな魔力。

 

 ジュエルシードのコアの部分の改悪は直したんだ、もう次元断層を引き起こすレベルの爆発はしないだろう、爆発したとしても小規模なものだ。

 

なのはやユーノたちを巻き込む程の大爆発は発生しない、それならもう……いいか。

 

 これだけ近くにいるのだから俺を消し炭にするくらいの火力はあると思うが、ここが俺の限界だ、捻り出そうにも魔力は一滴も出てこないし身体中に走る痛みが集中を阻害する。

 

 諦めかけていたその時、金色に輝くなにかが俺の視界に入った。

 

「ごめんね徹、遅れちゃった。私も手伝うよ、このまま終わっちゃうと私たちの立つ瀬がないから」

 

 俺の手の中で輝きを一層強め、膨張し続けていた青白色の魔力の塊が金色の魔力によって抑え込まれていく。

 

 ヒーローは遅れてやってくる、ってのは本当らしい。

 

外は黒色、内は赤色のマントを翻しながら俺の正面に立ち、小さな手で俺の手を包み込むように重ねる。

 

 フェイト・テスタロッサ、魔法の才気溢れる少女がここ一番で加勢してくれた。

 

 違う魔力で抑え込んでも、磁石の同じ極を近づけるのと同じように反発し合うのではないかと内心焦ったが、そんな心配どこ吹く風であっさりと抑え込んでいく。

 

俺の魔力が透明だからか? いやもう正直、なんだっていいけどな、解決できるのならなんだって。

 

 二人で協力してジュエルシードから溢れていた魔力をようやっと抑え、魔力流の放出を止めることに成功した。

 

手を圧迫するような感覚はもうない、もう命を脅かすような青白い閃光や、世界を滅ぼすような次元断層も起きない……やっと、終わったんだ。

 

 誰も死なせずに済んだという安心感から気が抜けて、もはや身体を支えることすらできず、フェイトに正面から倒れるように身体を預けてしまう。

 

「ひゃぁっ……と、徹……? どうした、の? 大丈夫?」

 

「すまんな、フェイト……助かった。ついでに肩貸してくれ……」

 

「ぜ、全然いいからっ……み、耳元でささやかないでっ…………」

 

 フェイトの力も借りながら地面に座り込み、一息つく。

 

年齢が少なくとも五つ以上は違う女の子に助けてもらうという情けない状態だ、まさか最後にこんな仕打ちを受けるとは思わなんだ。

 

「けほっ……フェイト、お前バルディッシュはどうしたよ。なぜに素手?」

 

「え、えと……封印しようとした時にジュエルシードの魔力にあてられちゃって……今は自動修復中……だよ」

 

 レイハもぼろぼろだったし、やっぱり二人同時に封印魔法使おうとしたんだな。

 

レイハはそのぼろぼろの状態で魔法を使ってたんだ、今はどうなってんのか。

 

「あいつらは……どこらへんにいたっけ……。早く見つけてやんねぇと……」

 

「まだ休んでおかないとダメ。血だって出てる、座ってて」

 

 立ち上がってなのはとレイハを探しに行こうとしたが、フェイトに手を引っ張られて立てなかった。

 

引っ張られていなかったとしても、立ち上がることができたかどうかわからないけど。

 

「徹は無茶苦茶だよ……ほら、動かないで?」

 

「汚れるからいいって、大丈夫大丈夫」

 

「そんなこと気にしないで、私たちのせいなんだから……これくらいさせて」

 

 俺の口元に残る吐血の跡をフェイトがマントの内側で拭う、同じ赤だし目立たねぇか、それ以前にバリアジャケットだったな。

 

 なのはとレイハのことはユーノに任せるとしよう、俺はしばらく動けそうにない。

 

ちゃんと二人の魔力を感じるから両名とも無事だろう。

 

「アルフにも言ったけどな、誰かのせいとかじゃないんだよ、今回のことは。俺たちにジュエルシードを集める理由があるように、フェイトたちにもやらなきゃいけない理由があった。そんだけだろ。何事もなく終わって万々歳、それでいいじゃねぇか」

 

「何事もなく終わってなんか……ない。徹ばっかり傷付いて、こんなに……血まで吐いて……」

 

 フェイトは俺の胸元を弱々しい力で掴んで、絞り出すようなか細い声で喋る。

 

 優しいねぇ全く、敵同士だってこと忘れてるんじゃなかろうか。

 

しかしまぁ、これだけで頑張った甲斐があるってもんだ、まだ幼いとはいえこんなに可愛い女の子にここまで心配してもらえるなんて男冥利に尽きる。

 

「はっは……こんなにぼろ雑巾みたいになったのは俺に魔法の才能がないからだ、フェイトやなのはならもっとスマートに解決しただろうよ。それに……俺はこんなことくらいしかできないんだ、女の子の柔肌に傷をつけないよう矢面に立つくらいしか、な。だからそんな顔すんな、笑ってくれればそれで十分、それがなによりの報酬だ」

 

 暗い顔ばかりするフェイトに言葉をかける。

 

足にも力が入らず立てないような、情けなさの極致のような状態ではあるが精一杯虚勢を張る、心配してもらえるのは嬉しいけれども、悲しい顔をされるのは本意ではないんだ。

 

「……! ふふっ、徹は本当に変わってるね。ありがとうっ」

 

 太陽よりも燦然と、しかし月よりも愁いを帯びてフェイトが微笑んだ。

 

つい見惚れてしまうのは男の性というもの、誰も責められはしないだろう。

 

 俺とフェイトはひび割れた道路の真ん中で、身体が触れ合うような距離でお互いの瞳を見つめ、他愛もないお喋りに興じる。

 

空を覆っていた黒雲はもう跡形もなく、星々がひしめき合うように煌めいていた。




こんなに長くなるなんて……さすがに予想していませんでした。

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