そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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第三章
日常~試食会~


 重たいまぶたを持ち上げればいつもと同じ、自分の部屋の天井。

 

 身体が重く、節々も軋むような感覚がする。

 

 机の上に時計が置かれているのだが、上半身を起こして頭を向けるのも億劫だ。

 

携帯で時間を確認しようとするが、なぜか右手が動かせない。

 

なんか熱いなぁと思いつつも特に気に掛けることなく、右手を動かすのは諦めて左手で枕元をわさわさとまさぐって携帯を見つける。

 

「がっこ……遅刻だ。……まぁいいや」

 

 起きたばかりの目には眩しい光で表示される時間は九時、今さら慌てたところで遅刻は確定されている。

 

この際だからゆっくりとこの微睡みを享受しよう。

 

 昨夜は頑張ったんだ、このくらい許されてしかるべきだ、うん、そうだ。

 

 自分に言い訳しながら枕に頭を置いてもうちょっとだけだらだらしようと顔を横に向けたら、右腕が重たい理由が分かった。

 

「……また潜り込んだのか……姉ちゃん」

 

 逢坂真守(あいさかまもり)、我が姉が勝手に俺の部屋に入り、勝手に俺のベッドに這入り込み、勝手に俺の右腕を枕にすやすやと熟睡していた。

 

頭を二の腕のあたりに乗っけているせいでかなり顔が近い、とても至近距離、おかげで顔がよく見える。

 

 長いまつげに小さく上を向いた鼻、ゆったりとしたリズムではかれる吐息、辛辣な言葉を形成するやわらかそうな唇も閉じられていれば可愛いものだ。

 

(俺の右腕)が動かないように、自分の右腕で抑えて頬を擦り付けるせいでとてもくすぐったい。

 

俺の腕を枕にしていてよく眠れるな、固くないのか?

 

 気持ちよさそうに寝ているところ悪いが、俺もそろそろ起きないといけない。

 

心苦しいが右腕を解放してもらおう。

 

「姉ちゃん、起きなくていいから、ここで寝てていいから離してくれ」

 

 左手で肩を揺する。

 

目を固く閉じ、いやいやと顔を背けるがしばし続けていると半分ほどではあるがやっと目を開いた。

 

俺の右腕を掴んだままではあるが。

 

「うにゅ……あ、とおるくん……。おはょぅ、きのうも……おしごと、たいへ……はふ」

 

「ちょっ、手離して。あともうちょっとだけ頑張って」

 

 昨日俺が帰ってきた時、姉ちゃんは家にいなかったからきっと夜勤だったんだろう。

 

ぼろぼろのジャージ姿を見られて心配させずに済んでよかった、あのぼろ雑巾顔負けの格好を見たら姉ちゃんは卒倒しそうだし。

 

 どうにか手を離してもらおうと苦心していると姉ちゃんが顔を近づけてきた。

 

「さむぃぃ……。んぅ~」

 

「んむ、寒くないだろ。布団もかぶってんのに」

 

 口調もおかしいしだいぶ寝惚けているようだ、甘えるみたいに顔にすり寄ってきた……子犬か。

 

 シャンプーもボディソープも同じものを使っているはずなのに不思議といいにおいがする。

 

煩悩が鎌首を(もた)げたが気を強く持って打ち砕く。

 

 頭を上げている今がチャンス。

 

右腕を引っこ抜いて代わりに枕を差し込み、枕の上にぽふんとその小さな頭を落とす。

 

「はい、おやすみ」

 

「とおるくんも、いっしょに……ねよぉ……」

 

「ごめんな、俺はこっから学校だからさ」

 

 夜勤だったんだから、まだ十分に睡眠も疲れもとれていないだろう(うまいこと言ったつもり)。

 

顔にかかった髪の毛を優しく払い、頭を撫でてあやしながら寝付かせる。

 

「とお……ん、………き……」

 

 目が閉じられてゆっくりとした一定のテンポの呼吸に入り、寝たことを確認してから、姉ちゃんを起こさないように抜き足差し足で自分の部屋を出る。

 

自分の部屋から出るだけなのに盗人みたいな動きだな、俺。

 

 のそのそと歩きながら台所で朝飯の準備。

 

 身体が重たいし、心なし頭がぼやっとする。

 

前と一緒だ、魔力の過剰消費、しばらく休めばよくなるだろう。

 

リニスさんやアルフ、フェイトにも注意されたしなるべく魔法を使わないように安静にしておこう。

 

でも肉体的なダメージがない分アルフ戦の時よりマシなんだよな。

 

 自分の分を作り終えて、姉ちゃんが起きた時用にもう一食分作りながら、今日どうしようか考える。

 

急いだって遅刻なんだ、なら何時に行ったって変わらないし家の仕事をしてからでも構わないだろう。

 

「あ、いいこと思いついた」

 

 憂慮……というか気掛かりなこともあるし、一つ策を講じておくことにした。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 校門をくぐったのはちょうど昼休みの鐘が鳴った頃、計算通りである。

 

 昼休みになったばかりでまだ人通りのまばらな廊下を大きな紙袋を持ちながら歩き、教室の扉を開く。

 

「…………」

 

 教室に入ったら恭也から視線で懐疑的な挨拶を受けた。

 

学校では何の間違いか、温厚というキャラで通っている恭也の睨んでいるような鋭い目を見て怯えるクラスメイトの横を通り、自分の席に荷物を置く。

 

「お、おはよーっ」

 

「…………あぁ」

 

 刺すような視線に苦々しく頬をひきつらせながらも明るい挨拶を努めたが、恭也の目つきは変わらない。

 

その目の理由はわかっている、昨日のことが原因だ。

 

 昨日、模擬戦が終わりジュエルシードの回収に行く前、高町宅へなのはの帰りが遅くなると電話を入れた。

 

別に遅くなることは構わなかったのだろう、許可が下りたのだから……問題はなのは一人で帰ってきたということ。

 

恭也は、遅い時間にも関わらず俺がなのはを送らなかったことに少なからず思うところがあるのだろう。

 

 俺にも事情があるとはいえ恭也がそう感じるのは仕方ない、こいつは重度の妹思い(シスコン)だから。

 

 ジュエルシードを落ち着かせた後。

 

月夜の晩、すぐには動けない程疲弊していたので亀裂の入る道路のど真ん中で、フェイトとお喋りに興じているとアルフとリニスさんが合流。

 

フェイトたちと話しているうちに、なのはとユーノは俺に声もかけず帰ってしまっていた。

 

無事かどうか直接見て確認したかったのだが、自分で帰れたようなので深刻な怪我はなかったみたいだが。

 

 なのはのことだ、合わせる顔がないとか思って俺に黙って帰ったんだろうな。

 

どうせうじうじと悔やみ、悩んでいるに違いない。

 

 まぁだからこそ手を打ったんだけど。

 

 自分の席へ着き、紙袋から取り出したものを不機嫌そうなままの恭也へ突き出す。 

 

「恭也、これなのはに渡しておいてくれ」

 

「……? なんだこれは」

 

 恭也が受け取ったのは、紙で折られている持ち手のついた立方体の白い箱。

 

要するにケーキボックス、中身は推して図るべし。

 

 店舗は限られるけどこの箱、最近では百均でも売られていたりするのだから、いやはや、便利な世の中だ。

 

「何をどう考えたってケーキ。寝坊したしどうせだからと思って作ったんだ。これ、なのはに頼むわ。……中見んなよ?」

 

 中には他人に見られると少しばかりこっ恥ずかしいメッセージカードが封入されているのだ。

 

恭也のことだから、言わなくたって渡されたものの中身を覗いたりはしないと思うが、念のため。

 

あれを恭也に見られたら、俺は一週間くらい顔面にクッションを押し付けてワーッてなる自信がある。

 

「これは……昨日なのはが遅い時間に一人で、暗い表情をして帰ってきたことに関係あるのか?」

 

 受け取ったケーキボックスを検分するかのように()めつ(すが)めつして机に置いた恭也が、念を押すみたいに俺に確認を取る。

 

 暗い表情……ね、やっぱり思い詰めてるか。

 

「んむ、あるかないかで言えば……あるわな。だけど俺が説明する訳にもいかねぇからさ、悪いけどなのはから直接聞いてくれ。教えてくれるかはわからんけど」

 

 俺の返答を受けて、そう答えるのは分かっていたとばかりに手をぷらぷらとさせて窓の外に目を向ける。

 

その横顔からは不満の色も見えた気がした。

 

「……はぁ、わかった。……お前となのはが何をしているかは知らんが……なのはのことは当然、お前のことも一応心配しているんだ。あまり危険な真似はするなよ」

 

 どんだけ勘が鋭いんだ、さすが剣士。

 

いや……わかるか、家族のことだもんな。

 

 まったく……高町の家の住人は全員揃いも揃って善良な精神を持ってんだよなぁ、隠し続けるのは心が痛むよ。

 

「あぁ、わかってる……ありがとな」

 

「本当に理解しているのか疑わしいな」

 

 恭也は照れくさいのか呆れているのか、首のあたりを触りながら机を俺の机と向かい合わせた。

 

 そんな恭也を眺めて笑っていると、どこかからひそひそと話す声が聞こえる……女子の声だ。

 

断片的なキーワードが耳に入った、『見つめて微笑んでる』やら『カップリング』云々と。

 

どんな話をしているのか知らないが、また出所も根拠も不明の不愉快な噂をしているんだろう。

 

 こういうのは気にしないのが一番だ。

 

別に、全然、これっぽっちもなにも思わない、ほんとにほんと、俺のガラスのハートに傷なんて入らない。

 

「徹、あんた昼から登校なんてとんだ重役ぶりじゃない。あんまりサボると進級できなくなるわよ?」

 

 どんよりと肩を落としていると忍がやってきた、二つの弁当を持って。

 

「この学校のレベルは高いけどな、ダブったりはさすがにしねぇよ。テストさえ受けりゃ余裕だ。それよりもな、忍。いくらなんでも二つも弁当食ったらふとぶっ」

 

 殴られた。

 

「私が二つとも食べるわけじゃないわよっ! はい、恭也」

 

「お、本当に作ってきてくれたのか。ありがとう」

 

 いつも俺には言いたい放題言ってくるクセに。

 

言われるのはいやなのか、それとも太るという単語がそんなにいけなかったのかどっちだろう。

 

両方か? 両方だな。

 

 いつもより一つ多い弁当箱は恭也の分だった。

 

 感動だ……やっとこいつらの仲が進展したのか……。

 

涙まで出てきた。

 

いや、この涙は感動だけじゃないと思うけど、殴られた痛みもあるけど。

 

「恭也がいつまでたっても弁当出さねぇと思ったらそういうことか。朝弱い忍が弁当ねぇ、へぇ~」

 

「昨日徹が帰った後に忍が料理の勉強をしたいと言い出してな、その結果が弁当だ」

 

「私はたしかに朝弱いけど起きようと思ったら起きれるわよ。料理の腕でこれ以上徹に水をあけられるのは癪だしね」

 

「…………はぁ」

 

 嘆息するしかねぇわ、この二人には。

 

いつまでも幼馴染の感覚というか。

 

もっとこう、なんだ、深く甘い雰囲気にならんもんかね、お互いに親公認の仲なんだから。

 

なったらなったで確実に俺はお邪魔虫だろうから複雑だけど。

 

 早くもお弁当を食べ始めている忍が、俺の目の前に食べるものがなにもないことに気づいた。

 

「あんたお昼ご飯は?」

 

「家で食ってきた」

 

 ケーキ作成に熱が入って夢中になってしまい、気づいたら時間が昼に近かったのでそのまま家で食べてから学校に来たのだ。

 

「そういえば徹は今日も鞄持ってきてないな……。その代わりに関係なさそうな大きい荷物があるが」

 

 恭也が紙袋へと視線を向ける。

 

 ケーキボックスは恭也に渡したものだけじゃない。

 

あと大きめの箱が一つと小さめの箱が二つ、計三つが大きい紙袋に残っている。

 

 ケーキを作ったのはなのはに渡すという理由もあったが、それだけということじゃない。

 

もう一つ別の理由があるのだが、まぁその理由は今は置いておこう。

 

 久しぶりのケーキ作りだったので張り切って気合を入れて取り組んでしまったせいで、予定量を大幅にオーバーしてしまった。

 

せっかく作ったのに腐らせるのは勿体無い、でも俺と姉ちゃんだけでは食べきれない、なので学校に持ってきたのだ。

 

幸い、ここには甘いものが好きな人多いし……よく食べる人も多いし。

 

「なにそれっ! ケーキっ? 食べていいのっ?!」

 

 忍が机の横に掛けておいた紙袋の中身、ケーキボックスを目敏く発見した。

 

紙袋の中よく見えたなあ、これも一種の女の勘か?

 

 忍の目の色が変わってる……こいつ甘いもの好きだしなぁ、瞳が普段の五割増しで輝いている。

 

「ああいいぞ、そのために持ってきたんだ。恭也も食っていいからな。恭也には少し甘いと思うけど」

 

「頂くとしよう。ついでに店で出せるレベルか見極める」

 

「桃子さんと比べられたらさすがに見劣りするって。普通になにも考えずに食ってくれよ」

 

「え゛っ! 徹が作ったの? あんた軽食専門でスイーツは作ってなかったんじゃ」

 

「できないからといって諦めると思ってんのか? 甘味も練習してるに決まってるだろ。それに今度の勉強会で俺に作らせる気まんまんだったじゃねぇか」

 

「ぐぬぬ……」

 

 俺に料理やスイーツで負けるのがそんなにいやなのか。

 

これは単純に経験の差だと思うし、忍も練習したらすぐできると思う、ただ、年頃の女の子がしていい顔じゃないからその顔はやめた方が良い。

 

「私も試すわ。女性の目線から評価するから、おいしくなかったらまずいって言ってやる」

 

「だから普通に食べてくれよ、ハードル上げんな」

 

 ケーキ作りなんだから当然、砂糖とか材料の分量も計って入れているがなにぶん久方ぶりに作ったんだ。

 

勘は鈍っているだろうし、自分で味見はしたが、甘さも若い女性好みに調整されているかわからない。

 

ここまで持ち上げられたら不安になってくる。

 

「そうだ忍。どうせなら鷹島さんたちも呼んだらどうだ? 評価する人は多い方がいいだろう」

 

「いい案よ恭也。綾ちゃんにも声かけてくるわね。真希ちゃんと薫ちゃんはまだいるかしら?」

 

 恭也の提案を聴き入れ、すぐさま行動に移した忍は電光石火で鷹島さんの下へと駆けていった。

 

 おいおい冗談じゃねぇよ、万人受けする料理なんてないんだぞ!

 

「うおいっ! いい加減にしてくれ! これで口に合わなかったらどうする気だよ!」

 

「大丈夫だ徹、俺はお前の腕前を信じている」

 

「まだ食ってもないのによく信じれるなぁお前は!」

 

 忍を止めようと立ち上がった俺の肩を恭也が押さえて止めた。

 

この野郎……信じているなんて適当なこと言いやがって、今回で店に出せるか見極めるとか言ってたじゃねぇか。

 

「し、失礼します。お呼ばれしちゃいましたっ」

 

「呼んできたわ。残念だけど真希ちゃんと薫ちゃんはもう食堂に行っちゃったみたい」

 

 恭也と言い争ってる間に忍が鷹島さんを連れてきてしまった……もういいか。

 

食べてもらって悪いところがあれば次の機会に活かせばいいだけだし。

 

「そうか、なるべく女性の意見が欲しかったんだが……いないのなら仕方ないな」

 

「恭也は絶対に店に出す時のこと考えてるよな。ちなみにあの二人なら問題ねぇよ、どうせすぐ飛んでくっから」

 

「えっ? 飛んでくるって?」

 

 がさがさ、という音が外からかすかに聞こえたので窓を開けておく、そろそろだろう。

 

「なんでいきなり窓開けひゃぁ!」

 

長谷部真希(はせべまき)、ケーキがあると聞いて参上!」

 

太刀峰薫(たちみねかおる)……同じく」

 

 数秒後、二人の女子生徒が特殊部隊よろしく窓から突入してきた。

 

 こいつらが来るときは忍がキャラにそぐわない可愛い声を上げることが多いなぁ、突飛な登場の仕方をするせいだけども。

 

てか、ここ三階なんだけど……どうやって入ったんだ。

 

「ほら来た。意図してなかったが試食会になったな」

 

「二人とも、無茶しすぎだろう……」

 

「わわっ、真希も薫もなにしてるのっ! 危ないでしょ!」

 

「あはは、すまないね。心躍るワードが耳に入ってしまったものだから、つい」

 

「……仕方ない……ケーキと聞いたら、飛んで来ざるを……得なかった」

 

「はぁ……二人にはもう少し穏やかに動いてほしいわ。驚くほうの身になってよ」

 

 昨日と同様、俺と恭也の机を囲んでパーティーの様相になった。

 

ただ昨日と違い、広げられてるのが店で買ってきたものではなく自家製なので、正直内心ではどきどきだ。

 

「昼休みの時間も限りがあることだし、そろそろ徹ご自慢のケーキを頂こうとしよう。フォークとか用意してるのか?」

 

「自慢なんてしてねぇだろうがっ。紙袋の中にいくつか入れておいたぞ、ついでに紙の皿もな」

 

 俺と恭也の男二人で器の用意からケーキ切り分けまで準備をする。

 

日頃からコキ使われ慣れている俺たちの手際をなめてもらっては困るぜっ!

 

 俺たちが用意をしている間、女子たちは歓談していた。

 

「えっ、逢坂くんが作ったんですかっ!? なんでもできちゃうんですね……」

 

「これは試食も兼ねてるから、おいしくなかったらはっきりとマズいっ! って言うのよ?」

 

「試食? 店でも出すのかい?」

 

「ええ、恭也の家がやっている喫茶店・翠屋でね。試食であり試験なの。高評価ならもしかしたら翠屋で徹がスイーツも担当するようになるかもしれないわね」

 

「翠屋……あそこはとても、おいしかった。……紅茶が特に」

 

「そうでしょっ! 茶葉の選定には毎年私も手伝ってるのっ。家で贔屓にしている農家に渡りをつけたり、その年でよくできている茶葉をお勧めしたりしてるのよ」

 

「ほぇ、逢坂くん翠屋で……えっ!? この前、逢坂くんを誘って翠屋に行こうって話になったときにはなにも……」

 

「なんだい、綾音。逢坂をデートに誘っていたのかい? 意外と押すタイプなんだね」

 

「綾音……がんばって。……綾音が押せば……大抵の男は、落とせるよ」

 

「綾ちゃんっ、綾ちゃんはやればできる子だと思ってたわっ」

 

「へっ? ち、違うのっ! そういうことじゃなくてっ、あのっ」

 

 ……なんか会話弾んでるな、女子連中は。

 

「やけに盛り上がってるなあいつら」

 

「あぁ、そうだな。苦労すると思うががんばれよ、徹」

 

 あの会話で俺が大変になるような話が出たのか? 盗み聞きでもしてるような気分になるからちゃんと聞いてなかったんだけど。

 

 皿に見栄えも気にしながらケーキを乗せてフォークを置く。

 

飲み物の用意ができなかったことだけが心残りだ。

 

「なんで俺が苦労すんだよ、鷹島さんを除いた三人なら悪巧みしそうだけどな。……鷹島さん、姦しい女子三人、用意ができたぞ」

 

 準備が完了したので華やかな女子連中を呼ぶ。

 

 クラスメイトの各所から歯ぎしりの音が聞こえたような気がするが、幻聴か、そうでなければ椅子でも引いた時の音だろう。

 

「は、はいっ。手伝えなくてすいませんっ、ありがとうございますっ」

 

「任せてくれていいよ、このくらい。俺も恭也も慣れてるからさ」

 

 鷹島さんが申し訳なさそうな表情で頭を下げる。

 

こうやって礼をきちんとするから、また手伝ってあげたいと思えるんだよなぁ。

 

これこそ鷹島さんの仁徳の成せる業、父性本能をくすぐられるとも言える。

 

「ちょっとっ! 私たちの扱いがずいぶん雑じゃないっ?! えこ贔屓よっ、改善を要求するわ!」

 

「そんなことねぇよ。ただ、人によって態度を変えているってだけだ」

 

「人はそれをえこ贔屓と呼ぶと思うのだけれどね」

 

「そりゃ違うぜ、みんな意識的にしろ無意識的にしろやってることだ。一人一人に対して接し方を工夫していると言ってくれ」

 

 腰に手を当てて苦笑する長谷部。

 

こいつはボーイッシュな口調もあいまってどこか男前な仕草になるなぁ。

 

「逢坂……わたし、ちっちゃいよ?」

 

「太刀峰……お前はいったいなにを吹き込まれたんだ……。どんな話を聞いたのか知らんが誤解だ、その情報(データ)は間違っている」

 

 どうせ忍があることないこと口走ったんだろうな、俺の評価を下げることに関してあいつの右に出るものはいない。

 

 確かに太刀峰は鷹島さんに次いで背が低いが、それがなんだというんだ。

 

忍にも恭也にも誤解されているが俺は、決して、ロリコンでは、ないっ!

 

 三人はぶつくさと文句を言いながら、近くの席から引っ張ってきた椅子に座る。

 

他の生徒から椅子を奪っているわけではない、今教室にいない生徒の席から拝借しているだけだ。

 

「ほわぁ……すごくおいしそうですっ」

 

「まさか三種類も作ってるなんて思わなかったわ……」

 

「ベーシックなショートケーキに、チョコケーキ、レアチーズケーキ……朝の時間だけでよく作れたものだな……」

 

「男の料理……という見た目じゃないね、お店で買ってきたと言われても疑えない出来だよ」

 

「飲み物……紅茶、ないの?」

 

「すまんな太刀峰、俺紅茶飲めねぇから用意してないんだ。自分で調達してくれ」

 

 各々席に着き、俺謹製のケーキ三種を目の前に配膳する。

 

形が崩れていないか心配だったが、見た目は悪くないようだ。

 

「問題は味だがな、頂きます」

 

 恭也の言葉でみんな手を合わせて『いただきます』する。

 

机囲んでみんなで一緒にって、小学校の給食みたいだな。

 

「~っ! おいふぃでふっ」

 

「鷹島さん、ほっぺたにクリームついてるよ」

 

「悔しいけど……たしかにおいしいわね。チョコケーキはビターにしてるのね」

 

「ショートケーキが甘い分、チョコケーキは砂糖を控えめにしたんだ。甘いの苦手なやつでも食えるようにな」

 

「自分でこれほどのものを作れるなんてすごいじゃないか。逢坂、嫁に来ないかい?」

 

「お前が旦那とか俺やだよ」

 

「三つとも……おいしい。紅茶があったら、なおぐっど……」

 

「翠屋へご来店ください。おいしい紅茶の銘柄もいっぱいあるぞ」

 

 女子の評価は概ね良し。

 

おいしそうに食べてくれているというのが一番うれしいな。

 

 問題は――

 

「……ふむ、そうだな……」

 

――この男だ。

 

 作る側には回らないが、専門的な知識を持ち合わせている上に桃子さんのスイーツで舌が肥えている。

 

どれだけ辛辣なコメントを放つことか……。

 

「砂糖の質が悪いのか、甘みがすこしくどいな。クリームもなめらかとは言い難い。スポンジに関しては可もなく不可もなく、及第点といってもいいが……フルーツはなにか安っぽい感じだな。チョコケーキはビターで俺の好みにも合うが、渋みが気になる。チーズケーキは全体的に地味だな」

 

「恭也……あんたきっついわねぇ……」

 

 本当に容赦なく辛辣だった。

 

翠屋で出されているものと比較したら材料の品質からして違うんだが。

 

「勘弁してくれ、恭也。家のありあわせの材料使って、足りない物は近くのスーパーで買い足しただけなんだぜ? 俺の技術不足なら言ってくれていいが、つうか注意してほしいが、質の良し悪しについては目を瞑ってくれよ。ちなみにチーズケーキには今からもう一つ手を加えることができる」

 

 恭也にぼろくそ言われたことにあれこれと言い訳しながら紙袋から、ポリエチレン製の小さく細長い容器を取り出す。

 

その容器の中には赤っぽいピンクの液体、それを地味なレアチーズケーキにかける。

 

「逢坂くん、それはなんですか?」

 

「イチゴのソースだよ。余ったからついでに作ってみたんだ」

 

「なんというか、芸が細かいね」

 

「やり始めたら止まらなくなっちまってな」

 

「いいお嫁さんに、なれる……」

 

「いや、嫁にはなれねぇよ」

 

 恭也の分のチーズケーキにもかけてやり、目の前に置く。

 

手で、食ってみろとサイン。

 

「安い苺だけどこうすりゃ結構イケるだろ」

 

「……安物のわりにたしかにいいな。最初はそのまま食べて、後から個人個人自由にかけるというアイデアもいい。店で出すかの最終試験は母さんに委ねるとしよう」

 

 試験に合格してもしばらくはバイトに復帰できないんだけど……まぁいいか。

 

料理の研究はしてても損にならないしな。

 

「ガサツでズボラなくせによく気がつくのよね、徹って」

 

「ガサツもズボラもつけなくてよかったよな? たまには素直に褒めてくれてもいいんじゃない?」

 

 恭也のガチな批評や忍の悪口をさばいている内に全員完食。

 

よかったよかった、さすがに多すぎたかなぁと気を揉んでいたけど全然そんなことなかった。

 

「まああれだ、家で作ってこの味ならいい方だな」

 

「あんだけダメ出ししておいてよく言ったな」

 

「でも本当においしかったよ、逢坂。ありがとう、ごちそうさま」

 

「また食べたい、ごちそうさま……」

 

「そうだ、日にちは決まってないけど、今度私の家で徹と恭也と綾ちゃんで勉強会するのよ。真希ちゃんと薫ちゃんも来る? 徹がデザート作ってくれるわよ」

 

「そうなのかいっ?! 僕も是非行きたいね!」

 

「っ! わたしも、わたしもっ」

 

「デザートに食いついてんじゃねぇよ、お前らは特に勉強が足りてないだろ。主旨忘れんじゃねぇぞ」

 

 勉強会の参加人数がずいぶん膨らんできたな。

 

さすがに一人じゃ全部は手が回らねぇかもしんねぇ、何か手を考えておかないと。

 

 みんなしてがやがやと感想を言い合っているのに一人輪に入っていない子がいる。

 

鷹島さんだ。

 

「鷹島さん、どうしたの? おいしくなかった? 量多すぎたか?」

 

 この小さな身体に入るのか? と思うほどの量だったしな、常人なら胃もたれでも起こすかもしれない。

 

「ふぇっ……い、いえっ。すごくおいしかったですし、もっと食べたいくらいですけど……あの」

 

 あ、まだ入るんだ……さすが女の子……。

 

 それならなんで沈んだ表情をしてるのかわからないな。

 

相槌を打って鷹島さんの言葉を促す。

 

「彩葉にも、食べさせてあげたかったなぁ……って思いまして。あの子も甘いもの好きなので……」

 

 さすが病的なほど妹思いな鷹島さん、なにか悩んでいると思ったら彩葉ちゃんのことだったか。

 

「あぁ、それなら……」

 

 俺としたことが危うく忘れるところだった。

 

これで渡さなかったら、なんのために持ってきたんだって話だ。

 

 残りの小さなケーキボックスの二つの内一つ、それを鷹島さんへ手渡す。

 

「えっ、あの……これは?」

 

「彩葉ちゃんの分だよ、渡してもらえる? 口に合うかわからないけど」

 

 今のうちにもう一つの方も渡しておくか。

 

きょとんとした表情の鷹島さんを視界の端に移動させ、食後の歓談に興じている忍にケーキボックスを突き出す。

 

「忍、すずかに差し入れだ。渡しておいてくれ」

 

「すずかの分まで……。さ、さすが徹……釣った魚の餌も忘れないのね……」

 

「なるほど……これが蕾の花園経営のコツ、か。俺には真似できんな、しようとも思わんが」

 

「忍さんの言ってたことが真実味を帯びてきたね……」

 

「やっぱり逢坂は、小さい子が好き……なんだね。……悪い意味で」

 

「褒める言葉が一言も出てこないとか、さすがの俺も絶望した……」

 

 ふっ……構わないさ、もう諦めたから……。

 

学校の大多数の連中からは短気で女癖が悪く、切れたら暴れ狂う危ないやつだと思われ、クラスメイトからは怖がられて距離を置かれ、仲の良い連中からはロリコンキャラを植え付けられる。

 

なんだろうこの、俺に対するイメージ。

 

もっとこう華やかなものを期待してたんだけどなぁ、高校生活。

 

 理想と現実の落差に打ちひしがれていると、『逢坂くんっ』と鈴を転がすような可愛い声で呼びかけられた。

 

視線を鷹島さんへと戻す。

 

「あんなにおいしかったんですから、きっと彩葉も喜ぶと思いますっ。ケーキありがとうございますっ!」

 

「そう、言ってもらえたら……うん、嬉しいよ」

 

 ケーキボックスの持ち手の部分をちょこん、と両手で持ち、純度百パーセントの笑顔を俺に向けてくる鷹島さん。

 

窓から入る光がまるで後光のように降り注ぐ。

 

 この悪魔じみた性悪集団の中で一人だけ天使がいた……鷹島さんの光で浄化されねぇかな、こいつら。

 

 あぁ、感謝してもらえる……ただそれだけで、深手を負った心が癒されていく。

 

 輝くような笑顔の鷹島さんを見つめる……それだけでもう、なにも、怖くない。

 

「見た目が幼かったらいいのかしら? それならまだ合法の余地もあるわね」

 

「台無しだぜ、この野郎」




更新遅くなってすいません。
リアルが忙しかったり、趣味に没頭してたり、他のことに浮気してたりしてました。

日常編、学校の話になると無駄に長くなっていけません。
主題があっちへふらふら、こっちへふらふらしてしまいます。

なんと今回の話、登場人物七人中五人がオリジナルキャラという。
学校で展開すると原作キャラ出す隙間がないです……。
そろそろタグにオリキャラ多数と付け加えるべきですかね。

なるべく早く更新できるように頑張りますが、次も遅くなるかもしれません。
先に謝っておきます、すいません。

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