そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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互いの距離は、ゼロ――

 五時限目のチャイムも近いので、試食会を終わり、お片付け中。

 

椅子やら机やら移動したものが多いし、ケーキを乗せた紙皿やプラスチックのフォークなどゴミもたくさんある。

 

準備の時同様、片付けも主に下っ端根性が染みついている俺と恭也が担当している。

 

恭也は店の手伝いで、俺は家でも同じようなことをしてるだけあって慣れたもの、手早く元の状態へ戻していく。

 

「わ、私もやりますっ。用意するときは手伝えませんでしたので!」

 

「いや、もうすぐ終わるから大丈夫だよ」

 

 手伝おうとは欠片も思っていない三人とは違い、心優しい鷹島さんは助力を申し出てくれた。

 

しかしゴミはもう捨て終わったし、借りてた椅子も返したし、特にやってもらうことはないので丁重に断ろうとしたらすでに手をつけ始めている。

 

よりによって後ろに方向転換させていた恭也の机を戻そうとしていた。

 

 そこからいろいろ不運が重なる。

 

今日の授業は体育や芸術関連の授業がなく、いつもより机の中の教科書が多かったことや、鷹島さん自身が非力だったことや、どこから飛んできたのか足元にビニール袋が落ちていたことなど。

 

「あぅっ、はわわっ!」

 

 結果、机が想像以上に重く身体がふらつき、力がないので傾いた身体を戻すことができず、ビニール袋を踏んでしまい足を滑らせ後ろへ身体が倒れた。

 

 なぜ俺が冷静に危機的状況を観察してられるのか、理由は簡単、単純明快……言っちゃ悪いが鷹島さんが手伝うと言った時から予想できてしまっていたからだ。

 

「大丈夫? 無理してまで手伝わなくてもいいんだからな?」

 

「はっ、はぃ……。ぁ、ありがとうございます……」

 

 右手で机の端を掴んで危険を排除し、左手を鷹島さんの腰にまわして倒れないよう少し姿勢を落としながら俺の身体へ引き寄せる。

 

いや、鷹島さんを引き寄せる必要性なかったな、ムダに密着度を高めただけじゃねぇか。

 

 鷹島さんに視線を向けるとびっくりするほど顔が近くて心臓が跳ね上がった。

 

女子の平均と比べても小柄な身体なのにとても柔らかかったり、意外と胸あるんだなぁとか、姉妹揃って髪ふわふわだなぁとか、めちゃくちゃいいにおいするなぁとか、いらない情報ばかり収集する自分の頭に辟易する。

 

「いつまで抱きしめてるつもりよ、このロリコン変態バカ!」

 

 後ろからバシッと、良い音を出しながら殴られた。

 

誰からやられたかなんて確認する必要はない、こんなことするのは忍のほかにいない。

 

「助けようとしただけだっての。そしてロリコンじゃねぇ」

 

「そ、そうなんですっ! 逢坂くんはかばってくれただけで……」

 

「ふふっ。綾音、顔真っ赤じゃないか。よかったね、王子様に助けてもらって」

 

「あれは、女子なら……きゅんとくる。一度は夢見る……シチュエーション……」

 

「何の迷いもなく動いたな。さすが徹だ」

 

 鷹島さんを立たせて怪我がないことを確認してから恭也の机を教卓に向かせる。

 

耳まで赤くして縮こまっているとても愛らしい鷹島さんが見れたから良しとしようか。

 

 しかし忍はロリコンロリコンと馬鹿の一つ覚えのように……他に言うことはないのか、ボキャブラリーに乏しいな。

 

 再びぱこんっと軽快な音。

 

「ばかにするようなこと考えてるでしょ」

 

「なんでわかるんだ……」

 

「長い付き合いだからよ、顔見ればわかるの。……?」

 

 物わかりの悪い生徒に言い聞かせる先生のように、忍が人差し指を俺の目の前で立ててぴょこぴょこ振る。

 

忍には赤のメガネとか似合いそうだ、S的な意味で。

 

 忍が急に俺の首元のあたりに目を向けて、目障りなくらいに俺の目の前で振っていた人差し指を唇につけてちょこんと首を傾げた。

 

 人格破綻している性悪女だが、見た目だけはいい忍がやると……悔しいがとてもかわいかった。

 

狙ってるのではなく天然でこういう仕草をするのがとても心臓に悪い。

 

「あんたがアクセサリーつけるなんて珍しいわね、なかなか綺麗じゃない。なんていう石なの?」

 

 なんの話をしているのだろうと思って視線を下げて、それを視界にとらえた。

 

 シルバーのチェーンに繋がった台座の上にあるもの、青白く輝く菱形の宝石(・・・・・・・・・・)

 

ロストロギア、ジュエルシード。

 

 ついうっかり忘れてしまっていた、これの存在を。

 

 ネックレスにして服の内側にしまっていたはずなのに、なぜ…………鷹島さんを助けた時に飛び出してしまったのか。

 

「それ、どうしたの? プレゼント? それとも買ったの?」

 

 どういうべきだろうか……どちらかというと拾ったようなものなんだが……。

 

 

 

 

 

~~~~~~~

 

 

 

 

 

「もう怪我のほうは大丈夫です。でも気怠い感じや魔力の使い過ぎで身体に変調をきたすこともあるかもしれないので、あまり激しい運動は控えてくださいね」

 

「ありがとう、リニスさん」

 

「それで徹、ジュエルシードはどうするんだい?」

 

 リニスさんに治療してもらったあと、俺の手の中にあるジュエルシードをどう対処するかという話になった。

 

 今は封印状態で落ち着いているけれど、なにかの拍子でまた励起状態になられても困る。

 

レイハの中に収納しといてほしいけどなのはとともに帰宅してしまった。

 

仮に帰っていなくとも無理はさせたくないし、結局レイハに任せることはできなかっただろうけど。

 

「しゃあねぇな。フェイト、バルディッシュに入れといてもらっていいか」

 

 次善の策としてフェイトのデバイス、バルディッシュに保管しといてもらうことにしよう。

 

「いいの? 徹が封印したのに」

 

「また暴走されても困るしな。フェイトが手伝ってくれたおかげでなんとかなったし、構わねぇよ」

 

「…………わかった」

 

 口をへの字にしてしばし無言で考えるような仕草をするフェイトだったが、頷いて俺の意を汲んでくれた。

 

 フェイトが俺の掌の上で転がっているジュエルシードを掴もうと手を伸ばしたが、触れる寸前、バチッという破裂音。

 

ぱっと手をひっこめたフェイトを見るに、ジュエルシードから発せられたようだ。

 

「お、おい。なにしたんだフェイト」

 

「私じゃないよ……ジュエルシードが……」

 

「どういうことだい?」

 

「……もしかすると、ジュエルシードが拒絶しているのでは?」

 

 リニスさんが一つの見解を出したが、疑問が残る。

 

「拒絶するんならなんで俺にはバチッとこねぇんだろ?」

 

「たしかにおかしいね。今もジュエルシード持ったままだし」

 

「も、もしかして私だけ……? ……アルフとリニスも試して」

 

「可能性をつぶすという意味でも触ってみましょうか。……ちょっと怖いですが」

 

 試しに二人とも触ってみるが、フェイト同様アルフもリニスさんも弾かれた。

 

排除しようとするような威力ではなく、拒否する程度のもの。

 

「よかった……私が嫌われてるわけじゃなかったんだ……」

 

「なんでバチッってくるってわかってて触らないといけないのさぁ……」

 

 アルフが指先をさすりながら文句を漏らす。

 

そら痛いってほどではないとは言え、わざわざ弾かれるために触りたくはないよな。

 

「なるほど……」

 

「なにかわかったのか、リニスさん」

 

 これだけの情報でなにか掴んだのか、得心したような表情で頷くリニスさん。

 

そうだった、この人はやればできる人、ただの筋肉フェチの変態じゃない。

 

性的嗜好さえ除けば、魔法も、その知識にも秀でていて信頼に足る美人なお姉さんなのだ。

 

 どきどきしながらリニスさんの言葉を待つ。

 

 

 

「私の見解では……ジュエルシードに気に入られたんだと思いますっ!」

 

 

 

 とんだ期待はずれである。

 

 

 

 

 

~~~~~~~

 

 

 

 

 

 回想終了。

 

 結局、思えばバルディッシュも修復中だし、リニスさんが調べたところ魔力の乱れも感じられないということで現状維持、なし崩し的に俺が持つことと相成った、というわけだ。

 

 ジュエルシードの持つのはいいのだが、持ち運びに困るのでレイハのようにアクセサリーとして装うことにしたのだが。

 

「徹がネックレス? ……そぐわんな」

 

「ん~、怪しいわね。徹が自分で装飾品の類を買って身につけるっていうのは違和感があるわ。やっぱり贈り物かしら~?」

 

 今はこいつらの対処だ。

 

恭也も忍も俺のことをよくわかっている。

 

ファッションに関して無頓着な俺がネックレスをつけるなんて、太陽が西から昇るくらいに違和感があるのだ。

 

くそっ、ぬかった……ネックレスにするという案は間違いだったっ。

 

 脳みそをフル回転させ答えを考えるが、こいつら相手だと生半な返答ではさらに突っ込まれるだけ……。

 

 諦めかけていた俺だが、思わぬ方向から光明が差した。

 

「あっ、それがニアスからもらったっていう石ですか? 綺麗ですねっ!」

 

「ニアス? 綾ちゃん、ニアスって誰?」

 

 その手があったっ! ニアスからもらったジュエルシードと今ネックレスにしているジュエルシード形は同じだが、ものが違うせいでその発想は出てこなかったぜ。

 

ここから話の路線を変更させるっ。

 

「あぁ忍、ニアスってのは鷹島さん家の子猫でな、真っ白で超かわいいぞ。しかもかしこい」

 

「? その猫からもらったの?」

 

「はい、彩葉が言ってました。迷子になった時に見つけてくれたお礼に青っぽい石を逢坂くんにあげたって」

 

「猫が徹にプレゼントしたってことか? 猫が人にプレゼントするっていうのも驚きだが、動物が徹にプレゼントするっていうのがもうなにより驚くな。徹は動物に嫌われやすいというのに」

 

「驚くところそこかよ。たしかに珍しいけども」

 

「綾音の家の白い猫かい? あの仔はなかなかに気まぐれで懐きにくいと思うのだけど」

 

「うん……近づいても、絶妙に……距離を取る、そんな仔」

 

「俺の場合、初見からべったべたにすり寄ってきたぞ」

 

「仔猫いるのっ?! また今度綾ちゃんのお家に遊びに行っていい? 見たいわっ!」

 

「お前の家にはもう十分に猫いるだろうが。猫屋敷じゃねぇか」

 

「話があちらこちらへ転々と………」

 

 ミッションコンプリート、話題逸らしに成功した。

 

いやはや、さすが天使(鷹島さん)、救いの手を差し伸べてくれた。

 

鷹島さんのおかげで痛くない腹を探られずに済んだ……いや、ちょっとは痛いけれど。

 

「ただ……彩葉の言っていた仮払いのお礼だけは……なんなのか、教えてくれなかったんだよね……」

 

 それは可及的速やかに忘れてくれたらありがたい。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 学校のカリキュラムを全て消化して放課後。

 

 今日は部活が休みだという長谷部と太刀峰にストバスに誘われたが用事があると言って断った。

 

その用事こそ、ケーキを作った第二の理由なのだ。

 

 学校を出て一度家へ帰る。

 

もちろん作ったケーキを取りに帰るためだ。

 

ちなみに服は着替えない、わざわざダサい服に着替えて人に会いに行く必要はないというもの。

 

あまりファッションセンスに自信がないのでこういう時、制服は楽だし便利だ。

 

 ケーキボックス片手に、とあるマンションまで歩く。

 

一度行ったのだから道も場所も憶えている。

 

必要以上に大きく、ムダにきれいなフェイトたちの住処、駅からも近いちょっと羨ましくなるアジト。

 

「金持ってんだな……収入はいったいどこから?」

 

 些末なことを考えながらマンションのエントランスへ入る。

 

 高そうなマンションは見せかけではないらしく、セキュリティも万全なご様子。

 

マンションの入り口には防犯カメラが死角がないように数台あるし、入ってすぐに見える管理事務室には〈二十四時間常駐〉という看板、エントランスもオートロックシステムが設置されており、入るためにはパネルを操作して居住者に開けてもらわなければならない。

 

なぜ既に俺がエントランスへ入れているかというと、マンションから出てきた人が扉を開けた時にするりと、かつ堂々と、なんなら笑顔で『こんにちは』と会釈しながら便乗して侵入……もといお邪魔したからだ。

 

気後れする時や場所ほど胸を張って毅然と振る舞う、これが疑われないようにするポイント。

 

 エレベーターに乗ってフェイトたちのフロア、十二階まで上がる。

 

エレベーターホールにもモニターがあったのでもしや、と思ったが、エレベーター内にも監視カメラ……じゃない、防犯カメラが設置されていた。

 

悪いことできないな……いや、しないけどさ。

 

 さっきマンションを出た居住者も女性だったし、このマンションには女性が多いのか? 安全性もしっかりなされているようだし安心はできるよな。

 

フェイトたちも女性三人で生活しているわけだし、なるべくセキュリティ能力が高いほうがいいか。

 

フェイトたちを襲える暴漢(ゆうしゃ)はいないと思うけども。

 

 上品な音で目的の階へ到着したことを知らせてくれる。

 

十二階の次はR(Roof top)となっているので実質最上階と言える。

 

「ほんといいとこに住んでるよなぁ」

 

 すぐにフェイトたちの部屋へ向かわずに、マンションの開放廊下から周囲の風景を眼下に収める。

 

このマンションの周辺には他に背の高い建物はなく、その上今日は天気もいいので付近の地域を見渡せた。

 

気分のいい眺めだ。

 

 ふと、ネックレスにしているジュエルシードを取り出す。

 

太陽光を反射させ青白い輝きを手に投影している宝石。

 

 このたった一つの小さな石が昨日の夜暴走して、この海鳴市を、この国を……この世界を崩壊せしめんとした。

 

そして俺はその暴走を食い止めた……関係ない一般市民を傷つけないため、なんて高尚な理由ではない。

 

自分の大切な人だけは死なせたくないためという自分勝手な理由だったが、それでも、だからこそ、俺は命がけで暴走を止めようと思った……止めたいと思った。

 

最後の最後、ここ一番という時に力不足のせいでバテてしまってフェイトに助けてもらったが、最終的には暴走状態を食い止めて、押さえ込んで、なんとか誰も死なせずに済んだ……誰も怪我させずに済んだ。

 

なら……俺は……。

 

「みんなを……助けることができた、ってことでいい……のか?」

 

「あぁ、助けたんだよ。徹は、みんなを助けたんだ。あたしたち含めて、ね」

 

 心臓握り潰されたのかと思うほどびっくりした。

 

自問自答のはずだったのに俺の背後から返答があったのだから当然だ。

 

「どうしたんだい、こんなところに。遊びに来たの?」

 

 アルフが俺の後ろで腰に手を当てて立っていた。

 

い、いつからいたんだろう……めっちゃ恥ずかしいんだけど。

 

「アルフ……い、つからそこに?」

 

「そうさね、ジュエルシードを取り出して触りながら、街を見て黄昏れているところくらいから?」

 

「……声、かけてくれよぉ……」

 

 わりと長い時間見られてた……アルフたちの家の前でゆったり外眺めてた俺が悪いんだけどさ。

 

「あはは、ごめんごめん。ずいぶん考え込んでるみたいだったからさ、声かけづらくてね」

 

「~~っ!」

 

 羞恥に耐え兼ね、頭を抱えてうずくまる。

 

するとアルフもしゃがんで俺と目線を合わせた。

 

「……前、さ」

 

「……?」

 

 開放廊下の外側の壁に背を預けてうずくまっている俺に、アルフが話しかける。

 

 さっきとは違うトーンを抑えた声、真面目な話のようだ。

 

「この前、覚悟がないとか偉そうなこと言って……ごめんね」

 

「……謝る必要なんかねぇよ、実際その通りだ」

 

 俺の言葉にアルフはふるふると頭を振って否定の意を示す。

 

頭を振るたびにオレンジ色の髪が踊る。

 

 いったいアルフは何を言おうとしているのか、要領を得ない。

 

「昨日の夜、嵐よりも猛り狂うジュエルシードに正面から突っ込んでいくのを見て……純粋にすごいって思った。覚悟のない人間にはできないことだったよ」

 

「やめてくれ……そんなことねぇんだ。俺はあの時、何人死のうが構わねぇって思ったんだ。ただ俺の知ってる人たちだけは死なせたくないって……本当にただそれだけを考えてた。独り善がり……

ガキの我儘、バカみたいな男の意地だ」

 

 アルフは遠くから見ていたから、俺のやってたことがすごいことのように見えたんだ。

 

俺の戸惑いや躊躇や弱音、泣き言を知らないから……無言で命を張るような気高い行為に見えたんだ。

 

あの時の俺の心中を覗いたら、あまりの身勝手な考えに吐き気すら催すだろうよ。

 

 見知らぬ幾千幾万の命と、親しい幾許(いくばく)かの人間の命を天秤にかけ、親しい人間の命を取り、見知らぬ大勢の人間の命を切り棄てた……人道にもとり、倫理に反する行動だった。

 

でもなによりも……その行動を一瞬も迷わず、欠片も後悔もせず選ぶ自分に嫌気が差す。

 

たとえ、もう一度同じ問いを突き付けられたとしても、俺は同じ選択をする……そんな自分にあきれ果て、失望する。

 

 うずくまった状態で視線を落とし、情けなさに歯を食いしばりながら、告解するように呟く。

 

「こんなもの……意志とも言えねぇよ、ましてや覚悟なんて言えるはずもない。自分勝手で傲慢な……欲望だ」

 

 頭の両側にほのかな温もりと柔らかな包み込むような感触、顔を上げようとしたら頭のてっぺんにかすかな圧力を感じて、視線が持ち上がらなかった。

 

なにかなんて確かめる必要はない、考えずともわかること。

 

 アルフが両手で俺の頭に触れて、つむじのあたりに唇をそっとつけていた。

 

「それは徹が気づいてないだけ……彼は誰時(かはたれどき)みたいにおぼろげで、はっきりとは見えていないだけで輪郭は掴んでいるんだよ。あとは徹が認識するかしないかだけだね」

 

 励ましてくれてる、元気づけようとしてくれてるんだ、アルフは。

 

ここまでしてもらっといて、いつまでもしょぼくれているわけにはいかねぇな、俺のプライドが、男の矜持が許さない……十分どころか二十分に情けないところを見せちゃったけど。

 

 俺の頭からアルフが顔を離す。

 

耳の辺りに手は添えられたままだが、顔を上げて正面にいるアルフに視線を向ける。

 

「アルフが言うんなら、きっとそうなんだろうな。くくっ、アルフは男より男前だよな」

 

「し、失礼じゃないかい、その言い方は!」

 

 アルフをからかいながら笑う、アルフは良い反応(リアクション)をしてくれるから、いじりがいがある。

 

 頭を上げたせいで俺の頬の辺りに移動してきたアルフの手を包むように優しく握る。

 

その手から温もりを貰うように、アルフの手を自分の頬にぎゅっと押しつけた。

 

 存外近づいていたのか、アルフの顔は目と鼻の先、実際鼻とか接触しそうなくらい近い。

 

触り心地の良い橙色の髪の毛、気の強そうな瞳、大きめの八重歯や、柔らかそうなぷるぷるした唇まではっきり見える。

 

「なぁ、アルフ。なんでさっき、ここで俺の姿を見つけた時……すぐに、声をかけなかったんだ……?」

 

 アルフがこのマンションの廊下で俺を見つけた時、すぐには声をかけず、しばらくしてから……俺が独り言をつぶやいてからやっと話しかけてきた。

 

そのタイムラグが俺は気になった。

 

 ぼんやりと(かすみ)がかったみたいに思考力が欠如した頭で、アルフに問いかける。

 

「言い訳して、ごめんね……。本当は……壁にもたれかかって、ジュエルシードを撫でながら……街を眺めてた徹に……見惚れ、てた……」

 

 恥ずかしそうに顔を赤らめて、でも視線は真っ直ぐ俺の瞳を貫くアルフの言葉を聞いて、頭の回転は完全に停止した。

 

 俺の頬に触れるアルフの手は震えていたが、少しずつ、少しずつ引き寄せられていく。

 

もとより近かったお互いの顔がさらに距離を詰め、とうとう鼻が触れるくらいに迫る。

 

アルフが顔を微かに傾け、勝気な瞳を固く閉じた。

 

俺はアルフの手に引き寄せられるがまま、身を任せてまぶたを閉じる。

 

 アルフの熱く甘い吐息が俺の唇をなぶる。

 

距離が縮まり、空気越しに体温が伝わるほど近づく。

 

もう互いの距離は、ゼロ――

 

 

 

 

「フェイト、あれを『青春ラブコメ』というのです。憶えておいてください、テストに出ます」

 

「うん、憶えておく」

 

 

 

 

――になる寸前、間にフェイトとリニスさんが挟まった。

 

声が聞こえた瞬間、俺もアルフも急いで顔を離す。

 

 どうしたんだ、俺っ! 今さっき何をしようとした! 場の空気というか、雰囲気に流されすぎだろ!

 

「あら、こちらは気にしなくて構いませんよ? どうぞ続きを」

 

「アルフ、アルフの勇姿はしっかり録画してるよ、大丈夫」

 

「ち、ちがっ。違くてっ……いや違わないんだけどっ!」

 

「フェイト! 録画してるものは即刻消せっ! 俺の命に係わるから!」

 

 フェイトに動画データを消させるまで言い争いは終わらなかった。

 

 ……あれ? 俺、なにしに来たんだっけ……。




ほのぼの日常、時々シリアス。

なぜこうなったのか自分でもわからないです。
きっとアルフさんの正妻力が強すぎたからです、ええ、きっと。

また更新が遅くなってしまい申し訳ありません。
次は早めに投稿したいと考えておりますのでご容赦を。

僕のノートパソコンだと六千から七千を超えたあたりで重たくなるので中途半端なところで切っちゃいました、すいません。

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