そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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曲がって、歪んで、そして汚い。

「それで、なんで恭也お兄ちゃんは帰ってきたの?」

 

「……店に向かっている時に勉強会の日にちが決まったのを言い忘れていたのを思い出したから、それを言いに戻ってきたんだ」

 

「そんなもん携帯使ってもいいし、なんなら明日でもよかっただろ」

 

「嫌な予感がしたからだ」

 

 神がかり的な直感だな……これも剣士の成せる業なのか?

 

 恭也の発作――狂乱ともいえる――はなのはに鼻をしたたかに殴られたことにより鎮静した。

 

冷静になったので、今は恭也がなにを言おうとしていたか聞いていたところだ。

 

「……二人とも、そろそろ離れたらどうなんだ」

 

「俺はどっちでもいいんだが」

 

「や。徹お兄ちゃんの近くにいると暖かいもん」

 

「寒いのなら暖房でもつければいいだろう」

 

「わかってないね、恭也お兄ちゃん。心が暖かいの」

 

「…………」

 

「俺にそんな目を向けられても……」

 

 恭也の目がとても鋭く冷たい、心胆寒からしめるものがある。

 

しばらくの間、夜道には気をつけておこう。

 

 現在の俺たちの配置を説明すると、まず俺はなのはのベッドの上で胡坐(あぐら)をかいていて、なのはは胡坐をかいた俺の足の上に座ってすっぽりとおさまり、恭也はなのはの命れ……指示により正座している。

 

この空間において、ヒエラルキーの頂点に君臨するのは高校生(恭也と俺)ではなく、小学生(なのは)なのだ。

 

「ん~、ふふ~」

 

 俺の膝の上を占領しているお姫様は鼻歌まで歌ってとことんご機嫌である。

 

落ち込んだなのはを必死に慰めた結果、なのははまた俺を『お兄ちゃん』呼びに戻し、すごく甘えてくるようになった。

 

魔法を知ってからは『みんなを守らなくちゃ』という意識が働いて気を張っていたのか、あまり俺に甘えるような仕草はしていなかったが、『俺が守る』と言ってからは昔に戻ったようにすり寄ってくる。

 

なのははけっこう悩みを抱え込むところがあるし、ジュエルシードの封印と回収という重荷を背負っているのだから、なるべく悩みの種をなくそうと思って励ましたのだが……少しやりすぎた感はある。

 

当然なのはに言った言葉に嘘はないが、押し倒すというのはいらなかった。

 

ならなぜやってしまったのか……そんなもん、ひとえに我慢できなかっただけだ。

 

 俺としてもこういう風にくっついてこられて頼られるのはすごく嬉しいが、恭也の前ではやめてほしい。

 

なぜなら――

 

「…………」

 

「俺にはどうすることもできねぇって……」

 

 ――恭也の目のハイライトが消え失せているからだ。

 

もし殺意だけで人を殺せるなら、俺はすでに十を超える回数死んでいることだろう。

 

 睨みつける視線から逃げるように話題を振る。

 

「そういや、なのはも勉強会来るんだよな?」

 

「うんっ! 徹お兄ちゃんの手料理とデザート食べれるって聞いたからっ。……あと苦手なところの勉強教えてもらえるし」

 

「ついでみたいに言うな。メインは勉強会なんだぞ。……もはや主旨が変わりつつあるけど」

 

「材料買いに行かないといけないな。忍の家で用意してもらうという手もあるが」

 

「まぁ、あれだよな。家にお邪魔させてもらってキッチンまで借りる上に、食材まで準備させるってのはどうもな」

 

「それに使う材料は自分の目で見て選びたいだろう? 金曜にでも買いに行くか」

 

 恭也の提案に首肯する。

 

相手におんぶに抱っこでは申し訳ないからな。

 

それに恭也の言った通り、使う素材は自分で選びたいという理由もある。

 

質によって料理の出来は随分様変わりするし、デザートならそれは特に顕著だ。

 

 恭也と買出しの予定について話を詰めていると、膝の上に座っているなのはが急に、まるでシートベルトでもつけるかのような気楽さと迷いのなさで、俺の腕を掴んで自分のお腹に固定した。

 

当然密着度数と心拍数は跳ね上がり、それに付随して通常状態になりつつあった恭也の目はまた鋭くなる。

 

「わたしと喋ってたのに……ほったらかし。ちょっとひどいと思うの」

 

「いや……そういうわけじゃないんだけど」

 

 ひまわりの種を口いっぱいに頬張ったハムスターのように、頬を膨らませていじけたなのは。

 

恭也と話していただけで機嫌を損ねるとは……。

 

いつもより甘えん坊レベルが高いなのはのセリフに戸惑う。

 

 それは恭也も同じだったようで、驚きのあまり常態の二割増しで目が見開かれている(自社調べ)。

 

 恭也と目が合い、膝の上の甘えん坊のお姫様を一瞥して、また視線が合って二人同時に『はぁ』と短くため息を吐いた。

 

そして『後で』というアイコンタクト。

 

この場ではお姫様のご機嫌を損ねるから、また改めて作戦会議しようということだろう。

 

 小さく頷いてそれに賛成の意を示す。

 

なのはがいる限り、この場で続けていても話が進まなさそうだしな。

 

「そうだ、なのは。アリサちゃんも勉強会に呼ぶといい。忍の家で勉強会やるんだからすずかも参加するだろう。アリサちゃんは勉強する必要がないくらい賢いらしいが、一人だけのけ者ってのは可哀想だしな」

 

「いいのっ?! やったっ! アリサちゃんも呼んでいいか聞こうと思ってたの!」

 

「さすが徹、まさかなのはの友達にももう手を付けていたとは……」

 

「誤解してんじゃねぇよ、偶然会ったんだ」

 

「偶然……? ああ、待ち伏せでもしたのか?」

 

「偶然つってんだろっ! それのどこが偶然なんだ!」

 

「小学生と知り合うためならどんな労力も惜しまない、か。……花園経営者は如才ないな」

 

「誤解を深めてんじゃねぇよッ!」

 

 俺の腹から胸くらいに柔らかな感触とほのかな温もりを感じる。

 

なのはが俺の上半身を背もたれにするようにもたれかかっていた。

 

 視線を上にあげて、俺の顔を仰ぎ見る。

 

重力に引っ張られて前髪が後ろに流れ、なのはの綺麗なおでこが見えた。

 

 思わずちゅってしたくなるような魅力的なおでこだが、万が一ちゅってした場合目の前のシスコンに俺の首をきゅってされる未来が見えているのでやめておく。

 

まだ死ぬには早すぎる。

 

「楽しみだなぁ、徹お兄ちゃんも一緒にみんなと遊べるなんて」

 

「だいぶ人数増えそうだぜ。俺の学校のクラスメイトが三人来るし、うち一人の妹も来る……予定だ。たしかなのはは知ってるんだよな。鷹島彩葉ちゃんだ」

 

「徹の交友関係(ストライクゾーン)は狭く低く、だな」

 

「低くってなんだ、低くって」

 

 合計何人来るんだったっけか、大所帯になりそうだな。

 

早めに色々と準備しといたほうがいいかもしれない。

 

ファリン(メイド妹)ノエル(メイド姉)にも手伝ってもらうか……いや、ファリンはおっちょこちょいだからなぁ……どうするべきか。

 

「それじゃあ小学生組はわたしとアリサちゃんとすずかちゃん、鷹島さんの四人だね」

 

「高校生組は俺、徹、忍に鷹島さんと長谷部さんと太刀峰さんの六人だな」

 

「鷹島さんどっちも苗字で呼んだらわかりにくいな」

 

 言わずもがな、なのはが言った鷹島さんは鷹島彩葉ちゃんのことで、恭也が言った鷹島さんは鷹島綾音さんのこと。

 

この会、兄弟姉妹が多いなぁ……。

 

「なのはは彩葉ちゃんとはあんまり話したことないんだっけ?」

 

 そういえばなんかの時に、そんな感じの話をしたことがあるような記憶がおぼろげに存在する。

 

誰だったかな、彩葉ちゃんから聞いたんだったか。

 

たしか彩葉ちゃんの後ろの席がなのはの席だった、とかなんとか。

 

 俺の右肩付近にやわっこそうな頬っぺたをすりすりしながらなのはが答える。

 

「ん……ちょっと話しかけづらくて……」

 

「……んむ?」

 

 俺の角度からなのはの顔は見えないが、なにやら困ったような声音。

 

彩葉ちゃんが話しかけづらい? 以前、自然公園から鷹島さんの家まで送り届けた時にかなりの時間喋っていたが、そんなイメージは持たなかったな。

 

「鷹島さんの妹さん、彩葉ちゃんといったか? その子は学校ではどんな感じの子と喋っているんだ? おとなしいグループとか派手なグループとかあるだろう」

 

「学校で喋ってるとこ、見たことないの」

 

「…………」

 

「…………」

 

 なんとなしに訊いただろう恭也の質問にどぎつい答えが返ってきた。

 

そういえば鷹島さん(姉)言ってたな……友達いないって。

 

 え、なに……もしかしていじめられてるとか? もしそうだとしたら俺としては動かざるをえないが。

 

 俺と恭也の口に出しにくい気まずい空気を感じ取ったのか、なのはがすこし慌てたように訂正する。

 

「か、勘違いしないでねっ。鷹島さんを仲間はずれにしてるとかじゃなくて、すごく性格が大人っぽくてみんなどんな話をしたらいいかわからないって意味だからっ!」

 

「なのはが『大人っぽい』と評するってどんだけだよ」

 

「鷹島さんの妹なのに大人っぽい……あの人の妹だからこそ大人びているということか?」

 

「姉が重度の天然だからな。たしかに彩葉ちゃんは年相応以上にしっかりした子だった」

 

 言っちゃ悪いが、どう見たって彩葉ちゃんのほうが精神的な面において成熟していたように思う。

 

鷹島さんは鷹島さんで立派にお姉ちゃんをしていたけど。

 

 俺との会話でも受け答えは完璧だったし、きりっとした瞳もあいまって利発そうな印象を受けたな。

 

困った姉のフォローで苦労してきたことが窺えたというものだ。

 

「それにすっごく頭が良いの。アリサちゃんの次に成績いいんだよ」

 

「たしかアリサちゃんは抜きんでて頭良かったはずだろ? その次ってことは彩葉ちゃんも相当凄いんだな」

 

「徹が言っても遠回しな自慢に聞こえるぞ。しかし姉と妹でこれほど真逆とはな、ある意味バランスは取れているのか。これで鷹島さんに勉強を教えていたら面白いな」

 

「鷹島さんが彩葉ちゃんに教えられてるってか? そこまでいくとさすがに苦笑いだぜ。本気で鷹島さん改造計画を立ち上げなきゃなんねぇ」

 

 鷹島さんは、高校始まってすぐという現在の時点ですら勉強についていけてないのだ。

 

留年なんていうことにならないように、という意味も込めて、この勉強会が企画立案されたふしもある。

 

鷹島さんは別に地頭が悪いというわけではないだろうし、なんとかなるだろう。

 

 ただ、勉強会という表向きで実際のところ、ただの懇親会になりそうという一抹の不安を俺は感じている。

 

あの人ちゃんとノートとか教科書とか持ってくるかなぁ……『数学教えて』って言って持ってきたノートが連絡帳(vol.10)だったりする人だからなぁ、彩葉ちゃんに荷物を確認してもらうように言い含めておこう。

 

「なのはもこの機会に喋ってみるといい。鷹島さんの妹さんなのだから良い子だろう」

 

「あぁ、礼儀正しくお利口さんで素直。ふわふわした髪を携えた、とても可愛い良い子だぜ」

 

「むぅっ!」

 

 彩葉ちゃんをべた褒めしたのが面白くなかったのか、頭を俺の鎖骨あたりにぐりぐりしてきた。

 

はっは、こんなもん俺にとっちゃ、嫌がらせどころかご褒美にしかなりませんな。

 

「くっく、なのはも可愛いぞ。せっかくだし当日のデザートのリクエストとか訊いておこうか。どんなの食いたい? 恭也は前作った抹茶尽くしでいいんだろ?」

 

「ああ、俺はそれで構わない。というかそれがいい」

 

「……わ、わたしは……いちごの、ショートケーキ……」

 

「承った。なるべくオーダーに沿うようにメニュー考えるわ。さすがに全員分のリクエストを訊くことはできねぇけど、二人分くらいなら採り入れることはできるからな」

 

「あとは徹の、自信のある品を作ればいいだろう」

 

「おう、そうするわ」

 

 なのはは可愛いという褒め言葉に照れて、空気に溶けて消えそうな小さい声でショートケーキの注文。

 

褒められるのに慣れてないことはないと思うんだけどな、愛いやつめ。

 

 恭也は前訊いた通りの抹茶尽くしのクレープ。

 

 あとは助言通り、二~三種類ほど自信のあるスイーツを作るとしよう。

 

「そ、そういえば徹お兄ちゃん、ケーキ持って来てくれたんだよねっ。一緒に食べよ!」

 

「いや俺、家でもいくつか試食したし学校でも食ったから……」

 

「母さんが作ったケーキほどではないにしろ、なかなか美味かったぞ」

 

「なかなか美味かった、だけでいいじゃんか。桃子さんと比べんなって」

 

 さすがにあの人と比べられると俺には立つ瀬がない。

 

桃子さんの腕には遠く及ばないし、まず費やしてきた時間が違うのだから敵うべくもないのだ。

 

翠屋でバイトして技術を盗んだり学んだりしていたが、まだまだ大きな差がある……でもいつか絶対追い抜いてやると、士郎さんから頂いた包丁に誓っているんだ…………翠屋?

 

「きょ、恭也。店、いいのか?」

 

「ッ!」

 

 俺の言葉にはっとして、震えだす恭也。

 

「あーあ、またお母さんに怒られるね」

 

 桃子さんの話が出てきて翠屋のことを思い出した。

 

恭也はもともと、店に行く前に俺たちに勉強会の日程を伝えに来ただけだったのだ。

 

それがまぁ……ちょっとした『いざこざ』があって時間を食ってしまった。

 

「急いだほうがいいだろうなぁ……」

 

 桃子さんの、笑顔という名の怒りの仮面が目に浮かぶ。

 

背筋がぞくってした、あの人の恐怖は脳髄に刻まれるんだ。

 

「急いでも急がなくても怒られることに違いはないけどね」

 

「急ぐに決まっているだろうっ……。怒られることは決定事項だが、急がなかったら怒られるに加えて体罰(アイアンクロー)が待っているんだからな……」

 

 青褪(あおざ)めた表情で冷や汗を頬に伝わせ、肌を粟立たせる恭也。

 

こいつがこんな顔をするのも珍しいな。

 

恭也がこんなに顔色を変えることなんて、忍か桃子さんに怒られる時くらいだ。

 

……あれ? わりと頻繁にある気がしてきたぞ?

 

「行ってくる、なのは。じゃあな、徹。買い出しに行く日はまた明日、学校で話そう」

 

 返事も待たずに口早にそう言って、ばたばたと床を鳴らしながら部屋を出て行った。

 

もう姿も見えなくなった恭也に、聞こえるかわからないが俺となのはが『行ってらっしゃい』と投げかける。

 

「俺もそろそろ帰るかな」

 

「えーっ! 徹お兄ちゃんも一緒に食べようよっ、ケーキ!」

 

「晩飯の準備もあるからさ、ごめんな」

 

「次いつ会えるか分かんないのにぃ」

 

「いや、土曜に絶対会えるだろ。じゃあな、昨日の疲れも残ってるだろうから身体休めとけよ」

 

 なのはの腰を恭しく掴んで持ち上げて、俺の隣にぽすっと置く。

 

腰に触れた時になのはが『にゃっ』と猫のような声を上げたが気にしない。

 

 俺にだって最低限のデリカシーは持ってるから女の子に対して絶対に尋ねたりはしないが、体重どのくらいなんだろう。

 

持ち上げた時めちゃくちゃ軽かったんだけど。

 

俺の今のコンディションで軽く感じるのなら、体調万全で抱っこしたらもっと軽く感じるんじゃなかろうか、今度試してみようかな。

 

これは劣情とか疚しい気持ちでやろうとしているわけではなく、純粋な知的好奇心や学術的な見地から物を見た結果である。

 

まぁ、なのはは天使のように可愛いからな、羽根のように軽いのは理に適っているといっても差し支えはないか。

 

 腰を浮かせて立ち上がり、なのはの頭を一撫でして、恭也が乱暴に閉めた扉へ向かう。

 

「待って!」

 

「かひゅっ!」

 

 取っ手に手をかけた瞬間、背後から途轍もないインパクト。

 

たぶん、というか絶対ロケット砲(なのはタックル)が火を噴いたのだろう。

 

 病み上がりと言っていいくらいの体調なのでもう少し手加減してくれるとありがたかった。

 

脊椎損傷もあり得た威力、腰椎がお腹から飛び出るかと思った。

 

その威力の分、元気があるということなのだから、ここは喜ぶべきだろう。

 

凄まじい威力と半端じゃない驚愕によって口から魂的な何かが飛び出そうになったが、なのはのためだ、飲み込もう。

 

「なのは、どうした?」

 

 多少掠れてはいるものの、ちゃんと声が出たことにまず驚いた。

 

俺の声帯と呼吸器官もあながち捨てたものじゃない。

 

「あんまり……無理しないでね。徹お兄ちゃんはいつか、無茶しすぎて死んじゃいそうで……」

 

 ラグビー選手そこのけのタックルをかましてそのまま俺の腰に抱きついているなのはが囁く。

 

気が急いたのかなんなのか知らんが、無理するなというのなら体当たりはしないでいただきたい、と言いそうになったが真面目な雰囲気なので黙っておく。

 

「無茶して死ぬ? この俺が? はぁ……間違ってるぞ、なのは。俺は極力危険なことから遠ざかる事なかれ主義だ。今回は結果的に身体を張ることになっちまったが、こんなことはそうそうない。誓っていいぜ」

 

「信用できないの」

 

 くすくすと、どこか妖しい雰囲気をともなって笑うなのは。

 

 物騒な匂いがしたら、その場からふわっとフェードアウトしていくのが俺のポリシーといっても過言ではないというのに。

 

「恭也お兄ちゃんが言ってたよ。『徹は他人にはすこぶる冷たい』って」

 

 それならなおさら疑う理由にならないのでは? 他人に冷たいのなら身体を張ることも矢面に立つこともないだろうし。

 

「でも続けてこうも言ってたよ。『知り合いには甘すぎる』って。わたしもそう思うんだ。徹お兄ちゃんは親しい人に対して甘い……んー、ちょっと違う、優しすぎるの。手伝ってあげたい、助けてあげたいと思うのは、それ自体はとってもいいことだけど、それで自分の身体を簡単に(なげう)つのは間違ってると思う。わたしは徹お兄ちゃんのそういう所がとっても心配なんだよ……」

 

「…………」

 

 時々、なのはは本当に小学生なのだろうか、と疑問に思うほど大人びたことを言う時がある。

 

これは幼少期――今も十分幼いが――一人でいた時間が長かったことに原因があるのだろうか。

 

 全部勘違い、なんだけどな。

 

アルフも俺のことを良い人みたいに誤解していた。

 

そんな大層な人間性は備わってないというのに。

 

 俺は基本的に他人に対して関心を持てない。

 

自分に関係のないことなら、火の粉を払うことすら面倒だから危険な場所に近寄りもしないのが俺という人間だ。

 

名前も顔も知らない赤の他人がどれだけ傷つこうが、極端に言えば命を失おうがどうだっていいとさえ思っている。

 

そういう『運命』だったんだろう、その一言で終わりだ。

 

車に轢かれた動物と同じ……いや、まだ憐みの念を抱く分、犬猫とか動物に対してのほうが抱く感情は多いと言える。

 

人間の場合、俺の脳内に一バイトぶんの容量さえ残らないし、一切感情に波も立たない。

 

 だが知人なら話は別だ。

 

助けてくれと言われれば、自分の能力の全てを余すところなく使う、尽力する。

 

助けを求められなくても自分で勝手に割って入るくらいだ。

 

いやまぁ、その知人がそもそも少ないけれど。

 

 例外は子どもくらいだな。

 

子ども相手だとなのはやすずかのことが頭をよぎってしまい、知らない子でも見捨てることができなくなる。

 

 要するに、他人は知らん、知人は助ける。

 

それだけのことだ。

 

 別になんらおかしいところはない。

 

世間の常識、世渡りのための処世術、多かれ少なかれ個人差はあれど、誰だってそうやって生きているのだから。

 

 なのはの誤解を解くために俺の考え方を事細かく詳らかに、懇切丁寧に微に入り細を穿って説明するのは簡単だが、純真無垢ななのはに汚い大人の生き方を教えるのは躊躇われた。

 

単純になのはに軽蔑されたくなかったというだけかもしれない。

 

 答えに窮した卑怯な人間の回答はただ一つ。

 

「わかったよ、そこまで言うなら気をつける」

 

 勘違いさせたまま、薄っぺらな口約束を交わすだけだ。

 

 腰にひっつくなのはの頭を撫でて、『いつものように』優しい声で答える。

 

 昔から恭也や忍やなのはと接していて、彼らとの違いを実感した俺の本性。

 

隠したところで滲み出てくる俺の正体。

 

光に照らし出されるように明るみになった俺の性格。

 

 

 

俺の性根は、曲がって、歪んで、そして汚い。

 

 

 





話が、進まない。


もうお気づきかとは思いますが、サブタイトルにあまり意味はありません。

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