そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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「お前ら、自然公園になにしに来たんだよ……」

 高町家をお(いとま)して、今は晩飯の材料の買い出しで商店街へと足を運んでいる。

 

 歩きながら携帯を取り出して時間の確認する。

 

なるべく節約して買い物をするためタイムセールを狙うのは、台所を預かる主夫として当然の務めだ。

 

 携帯のディスプレイが映し出す。

 

4/22 火曜日

17:22

メッセージ 一件

 

 中途半端な時間だな、商店街の近くにあるスーパーも駅前のところもタイムセールはまだ早い。

 

これなら商店街の中にある精肉店や鮮魚店、八百屋の方が安いかもしれない。

 

そっちなら顔なじみのおじさんおばさんもいるし、たぶんおまけもしてくれる。

 

 どこの店を回ろうかと思案しながら携帯をポケットにしまおうとして、ぴくっと手を止める。

 

そういえばメッセージが入っていたな。

 

危うく見逃すところだった。

 

 歩きながら携帯の操作をするのはマナー違反なので、道の端っこに寄って通行人の邪魔にならないところでメールの確認をする。

 

姉ちゃんからのメールだ。

 

『今日も夜勤なので晩御飯一緒に食べれません。ごめんなさい』とのこと。

 

文末には、手を合わせて謝罪するような顔文字付き。

 

「姉ちゃん帰ってこねぇのかよ……」

 

 途端にやる気の炎は下火になった。

 

姉ちゃんが帰ってこないのならもう晩飯作らなくていいか。

 

自分の分だけだとどうもモチベーションが上がらない、エンジンがかからない。

 

以前サンドイッチを作った時に切り取ったパンの耳が冷凍庫にあったし、もうそれでいいや。

 

「どうすっかな。時間余っちまった」

 

 要約すると『仕事がんばって』という内容を、千文字を超えるくらいの長文にして姉ちゃんに送信し、携帯をしまう。

 

長文にしたのは嫌がらせではない、家族愛だ。

 

 晩飯を作るという理由が失われてしまったので、もう商店街にいる意味はない。

 

かといって家に帰ってもすることない。

 

こんなことならなのはの部屋でいちゃこらしてればよかったぜ。

 

 肩を落としながら家路に就こうとしたその時だった。

 

「あ、暇つぶし思いついた」

 

 思いついたというより、思い出したという方がより正確か。

 

 たしか今日は女子バスケ部が休みだってことで、長谷部(はせべ)太刀峰(たちみね)がストバスするとか言っていた。

 

ついでにつけ加えると俺もそれに誘われてた、予定があったので断ってしまったが。

 

 しかし部活が休みだというのにストバスしに行くって、あいつらどんだけバスケ好きなんだ。

 

せっかくの休みなんだから、女子高生らしくカラオケやらショッピングやら行けばいいのに。

 

 商店街の中にある大きな時計を見上げる。

 

ぐだぐだやっている間に十七時二十六分を刻んでいた。

 

かなり日は傾いてきているが日没までまだ一時間ほどあるし、多少ならゲームに参加できるだろう。

 

まだあいつらがバスケットコートにいるかどうかはわからないが、とりあえず行ってみようかね。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 海鳴自然公園が有する敷地は広大だ。

 

公園なんて言葉が不釣り合いなほどにだだっ広く、そして数多くの遊び場が存在する。

 

美しい湖も敷地内に内包し、ボートで遊覧することもできるし、一部区画では有料ではあるが釣り場としても開放されている。

 

毎年何人か遭難者を出している巨大な森、木々が密生していて森林浴などにも使われていると聞いたことがある。

 

自然公園内には草木が生えていない開けたスペースもあり、子供が遊べるようにと(現代の考え方と真っ向から立ち向かう)遊具――一度に三人乗れるブランコや、引くほど巨大で最大傾斜角七十度という製作者が狂ったとしか思えない滑り台、鳥取砂丘をリスペクトでもしているのか直径十五メートルを誇る謎の砂場etc――も置かれていて、幼稚園児や小学校低学年たちの遠足にもしばしば利用されている。

 

その近くにはバーベキューができるエリアも併設されていて、この時期の週末には家族連れや複数人のグループでごった返して大変人気だ。

 

 そんな行き過ぎた遊び心と余計な親切心に満ち溢れた海鳴自然公園、その比較的外縁部、道路に面している場所にバスケットコートは設けられている。

 

バスケットコートの隣にはテニスコートもあり、そのどちらもが二面あるという贅沢さ。

 

 何年か前に、どこかのセレブで善良な一般市民から資金援助があって作られたそうだ。

 

貴族かよ、高貴な義務(ノブレス・オブリージュ)か、ありがとうございます!

 

 バスケットコートへ向かっている道中、小動物と出会った。

 

「兄さんっ! 探しましたよ、こんなところにいたんですか!」

 

 この小動物、喋るぞ!

 

 ……なんてことはない、足元に寄ってきたのはフェレットもどき、ユーノだった。

 

「奇遇だな、なにしてんの」

 

 しゃがんで腕を伸ばし、ユーノを手のひらに乗せる。

 

なんでこんなところで、てとてとと彷徨(さまよ)っていたのだろうか。

 

猫に食べられそうだぞ、今もそこの茂みから二つの縦長の長円瞳孔が夕日に反射して妖しげに輝いているし。

 

「兄さんが心配で様子を見に行ったんですよっ。兄さんの家に行ったらいなかったので、なのはの部屋に戻る途中、ジュエルシード探しを兼ねて散策していたんです。そしたら兄さんの姿が見えて驚きましたよ」

 

「そういえばなのはがそんなこと言ってたな。ご苦労ご苦労」

 

 ユーノを肩に乗っけてまた歩き始める。

 

 中途半端な時間なので人通りは(まば)らだ。

 

おかげでユーノとも気兼ねせずに、とまではいかないが小声程度でなら話ができる。

 

「それより、です。身体のほうは大丈夫なんですか? 昨日遠くからですが見ていました。あんな無理な封印の仕方をして……」

 

 出た……ユーノの心配性という病気が。

 

「ああ、なんとかなってる。魔法は前回(アルフ戦)同様使えないが、時間が経てばリンカーコアも回復するだろうし、怪我はリニスさんに治してもらったからな。心配ご無用。レイハはどうなんだ、ちゃんと元通りになるのか?」

 

 ユーノは心配しだすと止まらないので話の矛先をレイハへとずらす。

 

実際にレイハの容体を訊いておきたかったから好都合だ。

 

「そっちは大丈夫です。自動修復モードフル稼働中ですから。損壊がひどくて時間はかかりますが、ちゃんと直ります」

 

「そうか、よかった」

 

 もしかしたらいつまでもあのままなのではないかと心の隅で心配していたのだが、ちゃんと治るんだな、安心した。

 

 そこからは昨日の夜の顛末から、暴走したジュエルシードは俺の胸元でネックレスになっていることまでを話した。

 

ユーノはネックレスと化しているジュエルシードに、また暴走するのではないかという不安感を抱いたようだが、リニスさんに大丈夫というお墨付きを頂いたと言うと納得したみたいだ。

 

敵対組織からの言葉で安心するというのもおかしな話だが。

 

「兄さんはこんな時間からどこに行くんですか?」

 

 肩の上に乗って、落ちないように耳を掴んで俺に問いかける。

 

「自然公園」

 

「はい? なにしに行くんですか?」

 

「バスケ」

 

「今すぐ帰りましょう! 万全とはとても言えない体調なんですから!」

 

 ユーノが小さい手で掴んでいた俺の耳をいきなり引っ張ってきたので、思わず足を止めた。

 

初っ端から実力行使なんて聞いてない。

 

聴覚に支障が出たらどうしてくれる。

 

「痛い、地味に痛い。大丈夫だって、心配しすぎ。リハビリだ、リハビリ」

 

「なにがリハビリですか! バスケってあれですよね、自陣の奥深くから敵側のゴールまでロングシュートを放ったり、ジャンプして両手でボールを持ってゴールに叩き込みまくったり、空中を歩くみたいに飛んでゴールへ投げ入れたり、人間離れした動きでボールをだむだむバウンドしたりする超絶ハードな人外スポーツですよね。そんなスポーツを今の体調でやることは認められません!」

 

「お前はいったいなんというタイトルのバスケアニメを見たんだ。いや、言わなくてもわかるけど」

 

 そこからバスケットコートへと再度歩みを進めながら、ユーノが抱いている大きな間違いを時間をかけて解いていった。

 

バスケットボールという競技をなにも知らない真っ白な状態であのアニメを観賞したのなら、とても激しくて荒々しいスポーツと勘違いするのもおかしくないな。

 

 ちんたら歩いていたせいで予想以上に時間が食ってしまったが、やっとコートが見えてきた。

 

だが、なにやら物々しい雰囲気だ。

 

「あそこですか? ずいぶん人が集まってますね」

 

「そんな人だかりができるようなとこでもねぇんだけど。あとユーノ、そろそろ言葉は喋らないように頼むぜ」

 

 ユーノはきゅいっと一鳴きして了承の返事をした。

 

人差し指でユーノの頭を撫でて、柔らかい素材で舗装されたランニング用の歩道を歩く。

 

人が多くいるから、コートは全部使われていて空くのを待っているのかと思いきや、二面ある内の一つ、手前のコートは空いている。

 

俺は疑問に思い周辺を見渡して状況の把握に至り、眉をひそめてため息を吐いた。

 

「あぁ……。面倒事のにおいがする……」

 

 近くの道路には路肩に数台の車――なにやら下品な改造が施されていてわかりにくいが、恐らくTOYOTAのbBやPRIUS――が雑然と駐車されていて、バスケットコート内にはガラの悪そうな男たちがたむろしていた。

 

 コートはボールが道路へ転がっていかないよう四方をフェンスで囲われ、出入り口はエンドライン(長方形のコートの短辺)側の一か所しかないのだが、その出入り口をふさぐように男が三人、煙草を吸いながら立っている。

 

センターライン(コートを半分に区切っている線)の辺りには、七~八人の男たちが威圧するように並び、にやにやと卑しい笑みを浮かべていた。

 

入り口の反対側ゴール下に女の子が四人(長谷部や太刀峰と昼休みにバスケしているのを学校で見たことがある。女子バスケ部員だ)、身を寄せ合って縮こまるように固まっていて、その四人と男たちの間に立つように二人の女の子が何歩か前に出ていた。

 

 赤茶色のショートヘアを怒りと警戒に逆立たせた長身の女の子……長谷部真希(まき)と、冷たい瞳でチャラそうな男たちを()めつけている、小学生でも通りそうなほど小柄な身体にダークブルーのセミロングを携えた女の子……太刀峰(かおる)

 

その二人の女の子だけが敢然と自分より身体の大きな男たちに相対し、自分たちより人数の多い男たちに歯向かっていた。

 

 俺は尚も歩みを進め、コート内の声が届くくらいに接近する。

 

「道を開けてもらえないかな、僕たちはもう帰るのだけれど」

 

「いい加減……邪魔」

 

 普段とは違い怒気のこもった言葉を男たちに向けて放った。

 

だが男たちは二人のセリフを馬鹿みたいに大きなリアクションで受け流し、一笑に付す。

 

「俺あの青髪のちっちゃい子もーらい」

 

「お前ほんとチビ専な」

 

「そんじゃ俺っちは後ろの胸おっきいピンク髪にすんべ」

 

「ぎゃはは! でたよ、おっぱい星人!」

 

「あの気の強そうなボーイッシュ女ぼろっぼろに泣かせてぇ」

 

「ガチでSっ、マジもんのキチガイぃ。やってもいいけど壊すなよ? 女の数すくねぇんだからさぁ」

 

「君たち心配しなくていいよ、明日の朝……は無理か。明後日までには帰れると思うからさ」

 

 お返しとばかりに大声で繰り広げられる、男たちの軽薄で虫酸が走る会話。

 

女子バスケ部員の四人は怖気を(ふる)って泣き出してしまった。

 

長谷部と太刀峰も、男たちの気持ち悪さに顔をゆがめる。

 

 俺はと言えば、今にも頭の血管がぶち切れそうだった。

 

あまりの憤怒に視界が真っ赤に染まり、黒い感情で心が埋め尽くされる。

 

「なにを考えているのかはだいたいわかりますが……無理ですっ。昨日の死闘で魔法も使えない、疲労困憊の状態であの人数を相手にするのは……」

 

 突如雰囲気を変えた俺を(いさ)めるようにユーノが挟む。

 

「わかってねぇなぁ、ユーノ。確かに今の俺はいつもより頭のキレも悪いし、身体の感覚もズレがある、動きも鈍いがな」

 

 コートの中の男たちはセンターラインを踏み越え、女子たちに近づく。

 

相変わらず目を背けたくなるような醜い表情を浮かべる男たちから、長谷部と太刀峰は不愉快さと恐怖を(あらわ)にしながら後退りした。

 

とうとうゴール下で、涙を流しながら固く目を瞑り、がたがたと震える女子バスケ部員四人の位置まで下がる。

 

もう猶予はない。

 

「なおさらダメじゃないですかっ、大怪我しますよ! もう時空管理局に捕まってもいいから僕が魔法でっ……」

 

 肩から飛び出ようとするユーノに手をかぶせて押さえる。

 

ユーノの魔法は俺と違って色がある――大多数の魔導師には魔法に色があるらしいが――、使えば視認されるのだ。

 

バレたら面倒なことになってしまう。

 

俺ではなく、ユーノが、だ。

 

優しいユーノが良い事をして、損害を(こうむ)るのは看過できない。

 

善人が損をするようなことは、あってはならないのだ。

 

「あの背の高い女とちみっこい女は、俺の数少ない友達と言ってもいい存在なんだわ。あの二人はもはやただのクラスメイトじゃねぇの。だからな、あの屑どもには俺の連れに手ェ出そうとした落とし前……つけさせてやんなきゃなんねぇ。お前がリスク背負う必要はない。ユーノはなんもすんな、アレは俺の獲物だ」

 

 助走をつけて、高さ約二メートルの金網に爪先をひっかけて駆け上がる。

 

ガシャン、ガシャンという金網を蹴り上がった音とともにフェンスのてっぺんに立ち、ダンッという地面を踏み鳴らす音を周囲に轟かせながらコートの内側へと着地した。

 

「はぁ、もう……まったくもう……」

 

 周りに人がいっぱいいるので気を使ったのか、小声でユーノが諦めの声を漏らす。

 

 中にいる人間全員の視線が俺に集まった。

 

 長谷部や太刀峰はなぜここにいるのか、なぜ来たのかわからないといった様子。

 

お前らがストバスに誘ったんだろうが、こんなことになるとは思わなかったけどな。

 

 長谷部と太刀峰の後ろに隠れている女バス部員四人は、悲愴そのものな顔色をさらに青褪(あおざ)めさせた。

 

学校で俺に関してあらぬ噂が流れているのは知っているが、その反応はあんまりなのでは。

 

 男たち――二十歳前後と予想する――は一瞬ぽかんと口を開いたが、次の瞬間、まるでまぬけな男が殴られにやってきたとばかりに嘲笑する。

 

 今のうちに好きなだけ笑っておくといい、後悔するくらいに痛めつけてあげるから。

 

 嘲笑する男たちに負の感情百パーセントの笑顔を返す。

 

「よぉ、バスケ(ケンカ)しようぜ」

 

 舌の根も乾かぬうちに『無茶しないよう気をつける』という、なのはとの約束を破ることになってしまいそうだ。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 俺の正面にいた金髪の男が殴りかかってくる。

 

 今日の朝から比べればだいぶ和らいだとはいえ、身体はまだ動かしにくい。

 

リンカーコアからの魔力供給が満足に行き渡っていないし、疲労が残っているのだ。

 

「オラぁ!」

 

 金髪男の右ストレートを余裕をもって躱した……つもりだったが頬をかすめた。

 

俺の身体は予想を上回るレベルでパフォーマンスが落ちている、これからは考慮しなければ。

 

 男の左フックをしゃがんで回避し、神無(かんな)流の技、『襲歩(しゅうほ)』で踏み込むと同時に加速して金髪男の腹部へ右の掌底を叩き込む。

 

 こんな喧嘩に道場で教わった技を使うのはとても心苦しいが、余裕を見せてる場合じゃない。

 

さっき使った『襲歩』も出力八十パーセントオフみたいな感触だ。

 

鮫島さんにこんなクオリティの低い技を見られたら、小一時間の正座に加えて説教されるぞ。

 

 俺の掌底をもろに受けた金髪男は三メートルほど転がって動かなくなった。

 

 相手は人数が多い。

 

一撃で意識を刈り取らないと、囲まれてタコ殴りにされちまう。

 

一撃必殺を前提したヒットアンドヒット、攻撃は最大の防御作戦で行く。

 

「調子ノんなよボケ!」

 

「こんガキがァ!」

 

 仲間がやられたのを見て激昂した男たち、次は俺を挟み込むように二人が迫った。

 

完全に挟まれたら躱しきれない、まず片方を先に沈める。

 

二人の敵の片方、ピアスをじゃらじゃらつけている男のほうに行くと見せかけてフェイント、ピアス男が身構えたのを確認してから踵を返して片割れ、ジーパンに何本もチェーンをつけている男に向かう。

 

自分に来るとは思っていなかったのか、慌てたようにチェーン男は腕を交差させて顔を守った。

 

 あまりにゆるゆるの防御に、思わず笑いが込み上げる。

 

 神無流の基本の踏み込み『踏鳴(とうめい)』で接敵し、チェーン男の顎を跳ね上げるように左のアッパーカット。

 

脳みそが揺れたチェーン男は『けふっ……』という音を口から漏らし、白目をむいて膝から崩れ落ちた。 

 

 背後からピアス男が近づく。

 

俺が気づいていないと思っているのか、大振りな挙動で右手を引き、殴りかかる。

 

その場で速やか、かつ鮮やかに百八十度ターンして、遠心力と捻転力を乗せた右の足刀をピアス男の左側頭部へ叩き込んだ。

 

口にも衝撃が伝わったのか、ピアス男の黄ばんだ歯が赤い液体を一筋引きながら宙を舞う。

 

 こんな絶不調でもなんとかなるかもしれない。

 

思えば鮫島さんは、身体に魔力をブーストしたチート状態の俺を神無流武術の近接格闘だけでのしたんだった。

 

なら魔力がない俺でも素人相手なら渡り合えるかもしれない。

 

 ……そう思っていた時期が俺にもありました。

 

「お前ら、自然公園(ここ)になにしに来たんだよ……」

 

 思わず弱音を吐き出す俺だが、これは致し方ないと思う。

 

出入口に立っていた三人が車から持ってきた物……鉄パイプ、ゴルフクラブ(なぜかパター)、金属バット、バール(三十センチ)、カラーコーン(黄色)、クリスタル製の灰皿(火サス)。

 

わかりやすい凶器の数々にさすがに血の気が引く……なんかこの場にそぐわないものや、火サス的ななにかが混じっていた気もするが、俺も動転してしまって冷静じゃない。

 

「押し潰せ」

 

 右手と左手にメリケンサックを装備しているリーダーっぽい男が他の奴らに指示したと同時に、武器を持った男たち、六人が押し寄せる。

 

ど、どうしよう……さすがに今の俺では捌ききれない……なにか、なにかないかっ……。

 

「兄さん、僕が右側の男の人たちの邪魔をします。その間に左側を片付けてください」

 

 戦火を逃れるため、今まで俺の背中にくっついていたユーノが肩まで戻り耳打ちする。

 

ユーノの身体では危険が孕むが……他に手はない、巻き込みたくはなかったんだが。

 

「すまん、頼んだ」

 

 ユーノは俺の肩から跳躍し、右から二番目、カラーコーン(黄色)の真ん中の空洞になっている部分に両腕を突っ込んで奇声を発している男の顔に着地して、細長いその身体で目を覆い視覚を奪った。

 

時間を稼いでくれている間に数を減らさないと。

 

「ふっ!」

 

 三メートル弱距離が空いている、左から二番目、ゴルフクラブ(パター)を持った男に『襲歩』で近づくと同時に左拳をみぞおちに抉り込む。

 

 『襲歩』を使ってたかだか三メートルしか移動できないとは……情けない限りだ。

 

 ゴルフクラブ男を地に臥させ、次の標的へ移る。

 

左端の鉄パイプを持った男の反応が良く、すでに手に持つ凶器を振り上げて迎撃の体勢に入っていた。

 

なので反応の鈍い左から三番目、金属バットを握っている男の胸ぐらを掴み、背負い投げの要領で抱え込んで振り下ろされる鉄パイプの盾に使わせてもらう。

 

「っ、よっこいしょっと!」

 

「あっ?! ちょっ!」

 

 戸惑う鉄パイプ男の戸惑う声と、金属バット男に鉄パイプが叩き込まれた打撃音はほぼ同時だった。

 

当たり所が悪かったのか、一撃で気絶した金属バット男を投げ捨て、仲間に攻撃してしまったことで放心状態になっている鉄パイプ男の首に左手刀を入れる。

 

鉄パイプ男は『へぴっ』という奇怪な声をあげて泡を吹きながらあお向けに倒れ込んだ。

 

「よしっ……。ユーノは……」

 

 左側の男たちは一掃した、あとは右側の男たち三人とリーダーだ。

 

右側の男たちのほうへ目を向けると、なにをどうしたのか、カラーコーン男は鼻から血を出して倒れていて、ユーノはバスケットコートのサイドライン(長方形のコートの長辺)を走っていた。

 

「よくやった!」

 

 俺の賞賛の言葉を受け、ユーノは嬉しそうにきゅきゅいっと鳴いた。

 

 いや喜んでばかりいられない。

 

俺に向かってサイドラインを走るユーノの背後、頬にひっかき傷を作っているバール(三十センチ)を持った男が、手にしている鈍器を振りかぶっていることに気づく。

 

「こんのッ、クソネズミがっ!」

 

 バール男は汚い言葉で罵りながら、ワインドアップでバールを振りかぶり、勢いよく投げ込んだ。

 

 高速で回転しながら飛来するバールからユーノを庇うように、咄嗟に俺は飛び出す。

 

幸い、紙一重の差でバールよりも俺のほうが先にユーノに辿り着き、ユーノとバールの間に左腕を差し込むことができた。

 

飛来したバールが左腕に直撃、がぎっという鈍い音と鋭い痛みが走る。

 

 ユーノは、いきなりどうしたんですか? みたいなきょとんとした瞳で俺を見上げた。

 

良かった、ユーノに怪我はないようだ。

 

俺を見上げるユーノに笑顔を見せて、なんでもねぇよと伝える。

 

 歯を食いしばって激痛に耐えながら、左腕に当たり転がったバールを右手で掴み、元バール男に左腕の恨みとともにバールを力いっぱい投げ返した。

 

バールは回転することなく、一直線に元バール男へと向かい、バールの(釘抜き部分)が鎖骨付近に数センチ刺さった。

 

絶叫と共に倒れて傷口を押さえながらのたうち回る、鎖骨からバールを生やす男。

 

あれはもう戦力外だ、気にしなくていいな。

 

 数十秒前と同じように肩にユーノを乗せ、攻撃を受けた左腕を右手で押さえながら残りの敵を掃討するため周囲を見回す。

 

「あれ……? あと一人は……」

 

 男たちのリーダーは、女子バスケ部員たちがいるゴールの反対側、出入口の扉に寄りかかって趨勢見ている。

 

それはいいんだ、かかって来ないのならそれで構わない。

 

ただ人数が合わない、あと一人……火曜日のサスペンスドラマっぽいなにかを持った男がいたはずなんだ。

 

「逢坂っ! 後ろっ!」

 

 聞き取りやすい長谷部の声。

 

後ろを振り向くと、クリスタルで作られた灰皿を振りかぶっていた。

 

回避しようと足に力を入れようとしたが、足が痙攣して即座に動かない。

 

こんな致命的なシーンでおんぼろな身体にガタがきてしまった。

 

「うぉラァッ!」

 

 意味のない掛け声とともに振り下ろされる鈍器。

 

右側頭部に重量のある衝撃と音……耳から入ったものではない、骨を伝わってゴッという重い音が体内で反響する。

 

一拍置いて鈍痛、視界が刹那の間ホワイトアウトした。

 

 頬に熱くて粘性がある液体が通る感覚。

 

ぼやけた視界のままなんとか意識を拾い集めて、両腕を振り下ろした灰皿男を視界に入れる。

 

PIP(第二)関節を曲げ、手加減なんか一切できずに、右手で目の前の男の喉仏に槍のような突きを放つ。

 

『けぐぶっ』という濁った呻き声を最後に灰皿男も動かなくなった。

 

 残るはメリケンサックを両手に装着しているリーダーただ一人。

 

俺もそこそこやるもんだな、鮫島さんにしごかれ……教えを乞うたおかげだ。

 

「っはぁっ……くっ、はぁ……」

 

 地に膝をつき、殴られた部分を右手で押さえ荒い呼吸を吐き出す。 

 

(したた)かに灰皿を打ちつけられた頭からは血が流れている。

 

一筋の赤い線が右目の上に走っているため、目に入らないように右目を閉じた。

 

 肩に乗るユーノが心配そうに俺の頬に手を添えている。

 

長谷部たちには聞こえないように努めて小声で『大丈夫だ』とユーノに言葉をかけた。

 

 頭の痛みが新鮮なおかげで、バールを受けた左腕前腕部(肘から手首の間)の痛みはマシになっている……皮肉な話だぜ。

 

「はぁっ……どうすんの? まだ、やんのか?」

 

 一人残ったガラの悪い男、メリケンサックリーダーに話しかける。

 

やるのなら早いとこやってほしい。

 

意外と傷が深いのか、頭からの出血が止まらないんだ。

 

早急に終わらせて可及的速やかにユーノの治癒魔法を受けたい。

 

頭がい骨の中で、デスメタルバンドがライブやってるみたいにじんじんがんがんと痛みが爆音で鳴り響いている。

 

「……いや、俺は逃げることにする。勝ち目はあるだろうが、手負いの動物が一番危険だって言うし」

 

 そいつらはほっといていいぞ、そのうち警察が拾いに来るだろう、と言い残してリーダーはこの場を後にする。

 

車の陰に置いていたらしいバイクにまたがり、テールランプが赤い光の帯を暗くなった街に描き、そして完全に見えなくなった。

 

……おいおい、仲間見捨てていいのかよ。

 

「……はぁっ、なんとか……なった」

 

「早くっ、そこらへんの茂みでもいいですので早く行きましょうっ。手当しないとっ」

 

 ユーノが女子連中に聞こえないように耳元で囁く。

 

あぁ、そうだな……俺も早く治療してもらいたい。

 

「あ、逢坂っ! 大丈夫かい?!」

 

「きゅっ、救急車っ……早くっ」

 

 男たちが全員(一人は逃亡したが)動けないことを確認して、長谷部と太刀峰が駆け寄ってきた。

 

長谷部はいつもの飄々とした話し方ではなく余裕を失って慌てていているし、太刀峰も珍しく冷静さを欠いている。

 

 二人が近づいてきたことでユーノは喋ることもできなくなり、俺の背中へと移動した。

 

「長谷部、大丈夫だから大声を出さないでくれ……頭に響く。太刀峰、救急車はいらん。腕は打撲しただけだし、頭は派手に血が出ているだけだ。じきに止まる、俺は怪我の治りが早いんだ。気にしなくていい」

 

 俺は無茶苦茶な理由で救急車を呼ぼうとしている太刀峰を止めた。

 

この現場を見られたらちょっと困ることになる。

 

いくらなんでも正当防衛では済みそうにないし、学校に連絡されたらこの場にいる全員になんらかの処罰が下される。

 

 俺たちに――特に女子たちに――非がなかったとしても学校側には体裁がある。

 

この件が表沙汰になれば、学校の評価になんらかの影響があるだろう。

 

『聖祥大付属高校の生徒が外で喧嘩をしていた』なんて噂が流れれば学校に悪いイメージがついてしまう。

 

その悪いイメージは進学にも、就職にも、来年以降の入学者の数にも関わってくるのだ。

 

そうならないようにするため、学校側は俺たちを退校処分にでもするかもしれない……今この状況を第三者に見られると都合が悪い。

 

 警察を呼ぶとしても、まずは女子たちを帰らせてからだ。

 

「俺は大丈夫だ、お前らは帰っていいぞ。じゃあな、また明日学校で」

 

 『心配しなくてもいい』ということを表現しようと笑みを浮かべて明るい声で言うも、身体を巡る痛みやらぼやける視界のせいで笑顔は引き攣り、喉は震えた。

 

「強がるんじゃない! ひとまず病院に行くよ」

 

「救急車がダメなら……タクシーつかまえてくる」

 

「あのな? この有り様がばれたら面倒なことになるだろ? ここの片づけは俺がやっとくからお前らは家に帰ってゆっくり休め」

 

 二人とも視線を落とした。

 

現状を理解してくれたようでなによりだ。

 

「でも……果穂たち、帰れなさそう……」

 

「そう、だね。あれだけ怖い思いをしたんだから仕方ないといえるけど……」

 

 振り向いて女子バスケ部員たちを見る、果穂というのはあの中の一人だろう。

 

 大勢の男たちに襲われそうになったんだ、もう日も暮れて暗くなった夜の街を一人で帰るのは難しいか。

 

こういう時に頼りになるのが『友人』だ。

 

「知り合いに車で送ってもらえるように頼んでみるわ。長谷部と太刀峰はあの四人に連れ添ってわかりやすいように道路まで出といてくれ。男たちが起き上がる可能性もないことはないしな」

 

「逢坂……本当に大丈夫なのかい?」

 

「無理、してない?」

 

「大丈夫大丈夫。お前らがあの四人を連れて行ってる間に、俺は近くの水道で血を洗い流してくる。その後にまたそっちに合流するから」

 

 『気分が悪くなったらすぐに僕たちを呼ぶように』と言い残して女子部員たちのもとへ走って行った。

 

あの二人も相当怖かっただろうに、気丈だな。

 

 太刀峰が寄り添い、長谷部が先導して、女子部員たちは団子状に一塊になってコートを出て行った。

 

 もぞもぞと身動(みじろ)ぎして起き上がりそうになっていたカラーコーン男の頭を踏みつけて、俺もコートを後にする。

 

俺は道路に向かう女子たちとは一旦別れ、コートの近くに設置されている手洗い場へと足を運んだ。




ひさびさの戦闘シーン。

どうも僕はシリアスにしきれないところがあるようです。

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