そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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「そこに言葉はいらねぇよ」

「ユーノ、まず頭から頼むわ」

 

「はい。血はかなり出てますけど傷口はそんなに大きくないです、よかった。すぐ取り掛かりますね」

 

 周囲にひと気がないことを確認してユーノに治療を頼む。

 

魔法を使うと強くはないとはいえ魔力光を放つからな、一般人がいるところでは使えない。

 

 早いところ血を洗い流したいが傷口が閉じていなければ意味がない、まず治療してもらってからにしよう。

 

「どのくらいかかりそうだ?」

 

「案外すぐに終わりそうです。左腕が心配ですけど……」

 

 ユーノの魔法色、淡い緑色をした魔法が頭部にまとわりつく。

 

補助魔法の中の一つ、治癒の魔法だ。

 

 流れ出ていた血の量がみるみる少なくなっていき、フィルターがかかっていたような思考力もだんだんクリアになってきた。

 

痛みも薄れていくのがわかる。

 

「さすがユーノ。優秀だな」

 

「そんなことないです。僕のせいで左腕を怪我したのに……」

 

 庇われたことに対して罪の意識でも感じているのか、暗い声で返答する。

 

治療のため頭上にいるのでユーノの顔は見えないが、どうせ肩を落としてしょんぼりしていることだろう。

 

 こいつはどれだけ自分が重要な役割を果たしたか分かっていないな。

 

「お前のおかげで、あのクソみたいな男たちを叩きのめすことができたんだぞ? 六人がかりで来られた時に、ユーノが半分を受け持って注意を逸らしてくれたから何とかなったんだ。お前がいなきゃ、俺の怪我は左腕と頭だけじゃ済まなかった」

 

「……でも、僕が油断しなければ……緊張を緩めなければ兄さんが怪我することは……」

 

 無傷の右手を頭上に運び、ネガティブ思考の沼に沈んでいるユーノに触れる。

 

俺の言いたいことが体温と一緒に伝わるように、指をちょっとだけ曲げて包み込むようにユーノの身体を覆う。

 

「俺とユーノが逆の立場だったら……お前はどうすんの? 俺が危なくて自分では回避することも防御することもできない。でもユーノなら助けられる、そんなタイミングだったらお前はどうする?」

 

「そんなの助けるに決まってます! たとえ自分が危なくなったとしても絶対に……っ」

 

 ユーノはセリフの途中で息をのんで黙り込んだ。

 

どうやら伝わったようだ、俺の気持ちが。

 

「俺もそう思ったんだよ。いや、いつもそう思ってるってのが正しいか。いつもそう思ってるからこそ、ユーノを庇った時も咄嗟に身体が動いた」

 

 ユーノは無言で俺の話を聞きながら、魔法の行使を続ける。

 

「俺たちは仲間なんだ。協力して助け合うのは当たり前で、本来いちいち感謝することもねぇの。助けられたのなら、助け返す。そこに言葉はいらねぇよ」

 

 しばしの沈黙。

 

 街灯が心許なくあたりを照らし、冷えた夜風が頬を柔らかく撫でる。

 

夜風に揺れる木々の葉擦れの音だけが公園を満たしていた。

 

無言の間ではあるが、居心地の悪いものではない。

 

 くす、とユーノが笑い声をもらす。

 

「兄さんらしい考え方ですね。僕にはとても難しいです」

 

「まぁ、俺個人の勝手な考えだからな。押しつけるつもりはねぇよ」

 

「僕も……そういう風になりたいです」

 

「何を目指すかはユーノの自由だが、俺みたいに性根の曲がった人間にはならないように注意しろよ」

 

「そうですねっ、兄さんのような女ったらしにはならないように気をつけます!」

 

「おい待て、女ったらしってなんだよ。誤解だ、偏見だ」

 

 ユーノの声に元気が戻った。

 

励ますことができてなによりなのだが、俺のせいでユーノの性格が悪くなったりしないかだけちょっぴり心配だ。

 

「今まであまり言及していませんでしたが、敵側の女性たちと仲良くしすぎですからね。昨日のことだってそうです。ジュエルシードを片付けたと思ったら、すぐに敵の女の子たちと楽しそうにお喋りして」

 

「いや、あれはだな……

「傷塞がりました」

 

「言い訳ぐらいさせろよ!」

 

 釈明の機会すら与えてくれないなんて……どうしよう、ユーノが反抗期だ。

 

 確認してみればユーノの報告通り、もう出血は止まっていた。

 

これでやっと肌に張り付く血を洗い流せる。

 

右手一本でカッターシャツを脱ぎ、手洗い場に頭を突っ込んでばしゃばしゃと水をかぶった。

 

髪の一部に固まった血が少しだけ残ったものの、目立つところはおよそ綺麗になっただろう。

 

 髪に残る水気を頭を振って払う。

 

こういう時、短髪なのは乾かしやすくて楽だが、さすがに四月の下旬では肌寒い。

 

根性でどうこうできる気温ではなかった。

 

 手洗い場から、バスケットコートとテニスコートの中間にあるベンチへ移動し、どかっと座る。

 

勢いよく座ったせいで左腕に響いてとても痛い……どうやら骨折してるっぽい。

 

 ベンチの肘掛け部分に左腕をゆっくり乗せ、ユーノが治療しやすいようにする。

 

ユーノにはそのまま左腕の治療に移ってもらい、俺はポケットから携帯を取り出して連絡先の欄からとある名前をタップして発信。

 

携帯に登録されている人の数が少ないおかげですぐに見つけることができた。

 

何度かのコールの後、がちゃという接続音。

 

 ユーノには電話するから喋らないでくれよと、口元に人差し指を立ててジェスチャーを送っておく。

 

《もしもし、どうしました? 珍しいですね、こんな時間に》

 

「いきなりごめん。ちょっといろいろあってさ、悪いんだけど車で女の子六人を家まで送り届けてほしいんだ。鮫島さんしか頼める人がいなくて」

 

 俺が頼った友人、それは鮫島さんだ。

 

すぐにでも車を出してくれそうな人で、信用できる人。

 

男に対して恐怖を抱いているだろう女子たちでも安心できるような雰囲気と外見、ついでに安全確実なドライビングテクニック。

 

現状最善の人選だ。

 

 女性である月村家のメイド長、ノエルさんにお越し頂けないかとも考えたが、残念なことに連絡先を知らなかった。

 

《そうですね、お嬢様の許可が下りればすぐにでも参りましょう》

 

「そんじゃ、俺から説明するからアリサちゃんに取り次いでもらっていい?」

 

《わかりました、しばしお待ちを。また掛け直します》

 

 俺が了解、と返事をすると通話は切れた。

 

 一分ほど待つと着信が入る、当然ディスプレイに表示される名前は鮫島さん。

 

まず鮫島さんが出て、代わりますね、と言ってからアリサちゃんに携帯を渡すような、がさがさという雑音。

 

《こんばんは、徹。鮫島に用があるみたいだけどどうしたの?》

 

 アリサちゃんの麗しいお声が俺の耳の至近距離で聞こえた。

 

「アリサちゃんこんばんは。それで用件なんだけど、俺のクラスメイトが……まぁいざこざがあって一人で帰れない状態になっちゃってな。だから申し訳ないんだけど、鮫島さんの力を借してもらおうと思って電話させてもらったんだ」

 

 アリサちゃん相手に『大人数の男たちに女子たちが襲われかけて』なんて説明する訳にもいかず、結局ぼかして話すことになってしまった。

 

ちなみに女子バスケ部員たちの四人はクラスメイトではないのだが、わざわざ言うのも手間なのでクラスメイトということにしておく。

 

《そういうことなら構わないわ。徹は親友だからねっ》

 

 アリサちゃんは嬉しい事を言ってくれながら、ありがたいことに二つ返事で了承してくれた。

 

それじゃ、場所を教えないと……。

 

《あっ、そうだ! 徹っ、今回のは貸しだからね!》

 

 場所を教えないといけないと思ったら、話の最後になにか聞き捨てならない言葉がつけ足された。

 

そんな『いいこと思いついた!』みたいな雑な言い方で……。

 

「そ、そうだな。鮫島さんに(・・・・・)、借りができちまった」

 

 『鮫島さんに』という部分を強調する。

 

 いやな流れを感じたので、微力ながら話の方向を修正してみた。

 

《違うわ、わたしによ》

 

 どうしよう……抵抗はかないそうにない。

 

「なんでそうなるんだっ」

 

《え、え~っと、そう! わたしの執事を貸してあげるんだから、わたしに対して借りができるのは当然でしょ? 徹はまた今度、わたしのお願いを一つ聞くこと! いいわね?》

 

 無理矢理な理屈で強引に押し通したアリサちゃん。

 

勢いと力技で自分のいいように持って行くなぁ……これもある種の才能か。

 

「……はぁ。可愛らしいお願いにしてくれよ、お嬢様」

 

 後からとってつけました感をひしひしと感じるが、そこには突っ込まずに舌戦を放棄して全面降伏する。

 

アリサちゃんは常識のある子だから、無茶なことを要求してきたりはしないはずだ……きっと、たぶん。

 

 アリサちゃんとのお喋りはすごく楽しいし、アリサちゃんのつんつんした声は耳をぞくぞくさせてとても心地よいが、今は他に優先すべきことがある。

 

女子たちを早く家に帰らせてやりたいし、早々に話をつけよう。

 

 それに男なら、女の子のお願いの一つや二つくらい聞いてあげるくらいの器量を持つべきだろう。

 

これはそう……逆転の発想だ。

 

小学生の可愛い女の子に命令されるなんて一部の業界じゃご褒美じゃないか、喜び嬉しく思うことはあっても悲しむことなんてない。

 

これはとても幸せなこと、そう思えばいいのだ。

 

「お願いはまた今度聞くから考えといてくれ、なるべくお手柔らかなものをな。また鮫島さんに代わってくれる?」

 

 俺の嘆願に『約束はできないわね』と空恐ろしい返事をして、アリサちゃんの声が聞こえなくなった。

 

《徹くん、すみません。お嬢様が……》

 

 刹那の無音の後、すぐに鮫島さんの申し訳なさそうな声がした。

 

「いや、俺は大丈夫だからいいって。それで場所なんだけど……」

 

 現在地を伝え、最後に感謝の言葉も忘れずに添えて電話を切った。

 

 そろそろ女子連中と合流しに行かなきゃだな。

 

「ユーノ、腕のほうはどうだ?」

 

 左腕の治療をしてくれているユーノへ水を向ける。

 

「すいません、骨が折れていたのでもう少し時間がかかってしまいます」

 

「そうか、どのくらい治った?」

 

「骨折は治療したのであとちょっとです。今の状態は軽めの打撲といったところでしょうか、まだ多少あざが残っています」

 

「それくらいならそのままでいいぞ。あんまり綺麗に治すとそれはそれで怪しまれそうだし」

 

 ちょうどいいタイミングだったな。

 

さすがにバールが腕に直撃したのに数分後には完治っていうのもおかしな話だ。

 

頭の傷のほうは……そうだな、アリサちゃんを見習って予想以上に傷が浅かったということで強引に押し切ろう。

 

「兄さんはまたあの女の人たちのところに行くんですよね?」

 

「あぁ、知り合いに車をまわしてもらったからな。俺がいないわけにいかねぇよ」

 

「治療しきれなかったのが心残りですが、僕はそろそろなのはの部屋に戻りますね。彼女たちの前でぽろっと言葉を喋っちゃうといけませんし」

 

「そんなヘマ、ユーノはしないだろ。一緒に来ればいいじゃん、アニマルセラピーを試してみたいし」

 

「もみくちゃにされる未来しか見えないので帰ります!」

 

 座って休んでいたベンチから立ち上がり、怪我治してくれてありがとう、と伝えてユーノとはここで別れる。

 

ついでになのはにケーキを渡したから一緒に食べてくれとも伝えておいた。

 

 ただ、ユーノが部屋に帰った時にはなのはがケーキを全部食べてしまっており、ユーノとなのはがちっちゃい喧嘩をしたというのは余談。

 

 ユーノを見送り、俺は道路へと向かいながら考えごとに没頭していた。

 

アリサちゃんの件もそうだし今回のこともそうだが、最近この街の治安悪くないか? ただの偶然なのか、それとも別の原因があるのか。

 

ここ数日で事件が二つ、そろそろ看過できなくなってくる頻度だ。

 

俺の知り合いが巻き込まれないとも限らない、ここらで手を打っておきたい。

 

「もしかしてジュエルシードが絡んでいる、とか?」

 

 ぽつりと独白する。

 

この街はこんなに物騒ではなかったように思う、タイミング的に関連することがあるとしたら、ジュエルシードしか思い当たることがないのだが。

 

 俺の言葉を聞いていたのか、Tシャツの下、今はネックレスになっているジュエルシードが抗議するように力強く青白い輝きを放った。

 

どうやら『自分とは関係ない』と表現したいようだ。

 

 ネックレスが光っているのを見られると周りの人から訝しげな目を向けられそうなので、ひし形の宝石を手で覆い、光が漏れないようにする。

 

「わかったわかった、ごめんってば。俺が間違ってた」

 

 言葉を理解できるのかどうか半信半疑だったが、ありがたいことに謝ったらすぐに光を収めてくれた。

 

 やはりこいつ(このジュエルシード)は、人間の言語を理解できるのか。

 

ネックレスの台座に自分からくっついてくれた時にも思ったが、こいつには人間でいう自意識みたいなものが存在するようだ。

 

 そう思うとなぜだか愛着がわいてきた、ペットのような感覚だろうか。

 

どのくらいの知能を有しているのかはわからないが、学校とか人が多いところでぴかぴかされると大変困るので仲良くしておいて損はない。

 

大事な時に俺の言うことを聞いてもらうためにも今のうちから胡麻をすっておこう。

 

「お~、よ~しよし、いい子だな~」

 

 動物好きな、スズキ目ハゼ亜目ハゼ科ムツゴロウ属の魚と同じ名前の愛称を持つ某お爺さんばりに大げさに、青白い宝石を親指で撫でる……こする、とも言える。

 

ジュエルシードも不快ではなかったようで、さっきとは違い光量が控えめに絞られた、ふわぁっとした淡くて優しい光がその身からもれ出ていた。

 

 いや、光がもれてたらだめじゃん。

 

 太陽が沈んだ公園に、青白い光はとても目立って見えた。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 女子たちと合流して数分経った頃。

 

携帯で確認すると驚くことに、俺が電話をして十分弱という早さで鮫島さんが来てくれた。

 

 アリサちゃんの送迎で使っている――前に俺も乗せてもらった――リムジンを近くに停車させ、降りてきた鮫島さんに事情を説明する。

 

「事情はわかりました、後は私にお任せください。徹くんももう休んだほうがいいでしょう、あまり体調もよくないようですし」

 

 鮫島さんはすべて聞き終わり、俺にそう言って、うやうやしく後部座席のドアを開けて疲労困憊が目に見える女子バスケ部員たちを車に乗せた。

 

さすが鮫島さん、一目見ただけで俺がいつもと違うってことも見抜けるのか。

 

足運びや身体の重心の位置、もしかしたら呼吸のリズムまでズレてんのかもしれない。

 

「ほんといきなり頼んでごめんね鮫島さん。また今度なにかで埋め合わせするから」

 

 別に構いませんよ、と遠慮する鮫島さんだったが、俺はそれでは気が済まない。

 

しつこく食い下がる俺に、とうとう諦めた鮫島さんが困ったように笑う。

 

「そこまでおっしゃるのなら、そうですね……お嬢様から聞いたのですが徹くんは料理がお上手だとか」

 

「上手とまでは言えないけど……まぁそこそこの腕はあると自負してるよ」

 

「それではまた今度振る舞ってもらうこととしましょうか、デザートも期待しておきますよ」

 

「了解っ、任せといてよ」

 

 お互い右手の拳をこつっ、とぶつけて別れる。

 

これは昔、道場にいた時によくやっていた挨拶みたいなものだ。

 

これにはたくさんの意味があって、その時々の状況で変わる。

 

厳しい練習でへばっている時だと『がんばれ』になったり、道場から帰る時なら『おつかれ』になるし、今なら『ありがとう』『女の子たちをよろしく』『ばいばい』という意味合いになる……意味多いな。

 

本人の意向で内容が変化する曖昧な挨拶だが、言わんとしていることは問題なく通じるから不思議だ。

 

 鮫島さんは、女子たちが少しでも気を休めることができるようにとハーブティーを淹れて一人一人に丁寧に配ってから、運転席へ戻った。

 

この心配りの細やかさが執事の条件の一つなのだろうか、そうだとしたら俺に執事という仕事はできそうにない。

 

 鮫島さんが繰るリムジンは緩やかに発進し、ゆっくりと速度を上げて角を曲がり、姿が見えなくなった。

 

これでもう心配はいらないな、鮫島さんに任せればオールオッケーだ。

 

最大の懸案事項が解決され、ほっと安堵の溜息を吐いた。

 

 さぁ、人心地ついたら次の問題だ。

 

「なんでお前らは乗って帰らなかったんだよ」

 

「逢坂が心配だからに決まっているじゃないか。僕らを庇って怪我したのに」

 

「玄関をくぐる、ところまで……見送らなきゃ、不安で寝られない」

 

「だから、もう大丈夫だって何度も言ってんだろうが……」

 

 懸案事項その二がこの二人、俺が何を言っても『心配だから』『不安だから』の一点張りで聞かなかった長谷部真希と太刀峰薫だ。

 

俺がいくら大丈夫と言っても強がってるとしか判断してくれない、だからといって怪我したところを見せるわけにもいかない。

 

いくらなんでもこの短時間で傷口が完全に塞がっていて、しかも跡すら残ってないというのはどう考えても不自然だ。

 

結論、俺が自分で大丈夫だと証明する方法はないのであった。

 

「逢坂の家はどこなのかな? 遠いようならタクシーを使うけれど」

 

「……すん、すんすん。もうすぐ……雨降りそうな、感じ……。早く行こ」

 

「俺の意思が介在する余地なしですか」

 

 二人は存外強情で、このままではいつまで経っても帰りそうにないので仕方なく、長谷部太刀峰両名に連れ添われて家に帰ることとなった。

 

こんなところを同じ学校の生徒に見られたら、俺に対するあらぬ噂がさらに加速、悪化しそうなんだけど。

 

ふらついた時に支えることができるようになのか、右側に長谷部、左側に太刀峰と、傍から見ればまるで俺が女子二人を両側に侍らせているみたいだし……。

 

「頭の傷は大丈夫なのかい? 意識ははっきりしてる? 結構血が出てたようだけど……」

 

「もう平気だって。頭は少し切っただけでも血がたくさん出るんだ。しばらく圧迫止血したらすぐ止まった。顔洗ったらすっきりしたぜ」

 

「腕は……? なにか……投げられてた、みたいだったけど」

 

「そっちは打撲で済んだ。あざができたけど一晩寝りゃ消えるだろ」

 

 二人の質問攻めに一つ一つ丁寧に(嘘を)答えながら家までの道を歩く。

 

今はこうして平然と会話しているわけだし、これで安心して帰ってくれればいいんだけどな。

 

「そうだね、顔色も随分良くなってる」

 

「目の反応も、正常……」

 

「それならもういいだろ、お前らは家に帰……

「でも頭を強く打ったら時間をおいて症状が出ることがあるからね」

 

「脳出血とか……あるかもしれない。家、まで……送る」

 

「…………」

 

 こいつらあれだ、俺が家に帰るまでなんとしてでもついて来る気だ。

 

RPGで何度も同じセリフを繰り返す村人みたいな、『はい』を選ばないと解放してくれない王様みたいなアレなんだ。

 

諦めよう、こういった類いの人間はこっちが折れなきゃ終わらない、俺はすでに恭也で学習している。

 

 悟りを開けそうな精神状態の俺を現実世界に引き戻したのは、食いしん坊系女子の可愛らしいお腹の音だった。

 

「…………」

 

「…………」

 

 二人同時にお腹を押さえ、二人同時に耳まで真っ赤にして恥ずかしそうに顔を伏せる。

 

「あ~、なんだ。飯、食ってくか?」

 

 いたたまれない空気の中、俺にできたのは晩飯に誘うことだけだった。




おかしい……こんなに長くなる予定はなかったのですが。

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