そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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日常~お泊り会~Ⅰ

 近所のスーパーにて、食べ盛りの娘二人を抱えながら晩飯の調達。

 

「晩ごはん……お肉、食べたい。胸のために……」

 

「うん、やっぱりお肉がいい。育ち盛りだからね」

 

「単にお前らの好物が肉だってだけじゃねぇか。わざわざ理由をこじつけずにそう言えよ。晩飯は肉にすっからさ」

 

「大好き……(肉が)」

 

「大好きっ(肉が)」

 

「全文を口にしてくれるか? 周りのお客さんの目がとても痛いんだ」

 

 買い物途中のおばさんや、仕事帰りで作業服を着たままのお兄さんがぎょっとした目でこちらを見ている。

 

三割引きのシールを貼っていた店員さんに至っては商品を落っことしたくらいだ。

 

女性に対して(性的な意味で)手が早いという根も葉もない噂が学内だけではなく、学外まで広がってしまったらどうしてくれる。

 

 二人に口頭注意しながら、長谷部が持つカゴの中にじゃがいも、玉ねぎ、人参を放り込む。

 

ぴんぴんしているが俺は一応怪我人ということで、長谷部が自分から荷物持ちを買って出たのだ。

 

決して俺から持てと命令したのではないと注釈を入れておく。

 

 店に入った当初は太刀峰が持とうとしていたのだが、背が低いのでスーパーの入り口に積み上げられたカゴを取るのにも苦労して、持ったら持ったでおつかいにきた小学生感が出てしまった。

 

なぜだか隣に立っている俺や長谷部がすごく悪いことをしているような、家族で買い物に来ているのに子どもにカゴを持たせているようなそんな構図になったので長谷部が『……僕が持つよ』と率先して引き受けたのだ。

 

「……材料を見るに、カレー?」

 

「いや肉じゃがにしようと思ってる。肉多めのな」

 

「きゅんとする王道のメニューだね。本来性別逆だけど」

 

「ならお前らが作るか? キッチンで肉じゃがを作る女子の後ろ姿を眺めるという、胸きゅんなシチュエーションを俺に体験させてくれよ」

 

「やってもいいけど……味は、保証できない……」

 

「味はいいけど三日はかかるよ」

 

「最初から期待してなかったよっ!」

 

 端から女子力なんていうものをこいつらが持っているなどという、そんな大層な夢は見ていなかった。

 

作られる料理のにおいに鼻孔をくすぐられながらエプロン姿の彼女を愛でる……そんなものは口から砂糖を吐くほどに甘い妄想、街談巷説、都市伝説だったのだ。

 

逆の立場なら、それはもう胸焼けするほどやっているけどな。

 

「あと野菜はなんにすっかな……」

 

「えっ……僕はちょっと……」

 

「……野菜、苦手」

 

「小学生かお前らは。肉食うんなら野菜も食え。野菜食わねぇんなら肉はなしだ」

 

 ぴしゃぁん、と雷でも打たれたかのように固まる二人。

 

長谷部は手をわたわたさせ、太刀峰は元から垂れ気味の目をさらに悲しそうに垂れさせた。

 

「野菜……、野菜なら、野菜ならっ! 肉じゃがにだって入ってるじゃないか!」

 

「そう……っ。断固抗議する……!」

 

 野菜を手に取ろうとする俺の右手を長谷部はカゴを持っていないほうの左手で掴み、そうくるのならと俺が伸ばした左手は太刀峰の小さな両手によって押さえられた。

 

「お前らなんでそんなに必死なの? そんなに野菜ダメなの?」

 

「失礼だね、逢坂。ダメじゃない、嫌いなんだ」

 

「失礼、逢坂。ダメじゃない……。その、えっと、アレルギーが……」

 

「はぁ、仕方ねぇなぁ。……肉で巻けばお前らでも食えるか?」

 

 ぱぁっと、瞳に星まで浮かべて顔を綻ばせた。

 

表情豊かな長谷部はもちろん、普段クールを演じている太刀峰もわかりやすく喜びを表情に表している。

 

「さすが父さんっ! 大好きっ」

 

「さすがパパ……っ。大好き」

 

「誰がお前らの父親か。こんな大きな娘を作った覚えはねぇよ」

 

 違う場面でならもうちょっと男心にぐっとくるものがあったかもしれないが、今はただ野菜を食べたくないという一心からだからなぁ……ちょっと複雑だ。

 

 あと父さんとか、パパとかいうな。

 

小さな男の子を連れている若い奥さんや、おつかいにきた中学生が目を見開いてこちらを見ている。

 

惣菜に五割引きのシールを貼っていた店員に至っては、驚きすぎて惣菜をつまみ食いしている……ってそれは俺のせいじゃないぞ。

 

「あと太刀峰はタチの悪い言い訳をしようとしたから野菜多め、肉少なめな」

 

「パパ、ひどいっ……」

 

「あははっ! 下手な嘘をつこうとした報いだね、薫っ。ほら父さん、野菜の次はお肉を取りに行かないとっ」

 

「まだ野菜全部選び終わってねぇよ。あとパパでも父さんでもない」

 

「…………」

 

「…………」

 

 太刀峰と長谷部は急に黙り込んで顔を見合わせた。

 

お互いの顔を見て、にやりと唇の端をつり上げる。

 

ママ(・・)、ひどい……」

 

「ほら母さん(・・・)、早く野菜を取ってお肉のコーナーに行こうじゃないか!」

 

「お前ら二人とも、晩飯のメニューから肉が消え失せることは覚悟しておけよ」

 

 閉店の時間が近づいているスーパーに二人の嘆きの悲鳴が響き渡った。

 

周りのお客さんに迷惑だろうが……罰としてさらに野菜増量だな。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 スーパーから出て三分、あともうちょっとで家に着くという距離で、いつのまにか頭上に広がっている、黒くどんよりとした分厚い雲が大量かつ大玉の雨粒を吐き出した。

 

目も開けてられないほどの、バケツをひっくり返したようなどしゃ降りが全身を打ちつける。

 

「くっそ、マジで降ってきやがったっ」

 

「……わたしが、言った通り」

 

「薫の鼻は利くからね、十分後に雨が振る確率は驚異の五十九パーセントを誇るよ」

 

「外れてるのか当たってるか絶妙に突っ込み辛いラインだな!」

 

 早口で長谷部にまくしたてながら、俺の家まで走り続ける。

 

魔力の循環供給による身体能力補助はないし、昨日の身体的精神的魔力的な疲れに加えて、ついさっき自然公園でやった喧嘩で体力は底が見えてるし、気疲れもしていて足を前に出すのが辛い。

 

……とまぁ、上記の言い訳をわざわざ用意したのは俺の一歩分先を走る二人の女子がいるからだ。

 

スーパー内でカゴを持っていたのと同じ理由で、今も中身が詰まったレジ袋も長谷部が持ってくれているのだが、荷物を持ちながら俺より速く走ることができるなんてこいつら本当に女かよ。

 

「むむ。今、失礼なこと考えなかったかい? 僕の髪の毛レーダーが悪意のあるメッセージを受信したのだけど」

 

「……正直に、答えたほうがいいよ。真希のアホ毛アンテナは、的中率二十八パーセントを叩き出してるから……」

 

「これに関してはもう外れてることのほうが断然に多いじゃねぇか!」

 

 早くも道路にでき始めた水たまりを豪快に踏みつけながら、二人とくだらないかけあいをする。

 

なんだろうか、この二人はいつもよりテンション高いな。

 

学校の時よりも遥かにボケる数が多い。

 

 当然傘なんて用意していなかったので三人とも濡れ鼠になりながら、やっとのことで俺の家に到着した。

 

引き戸の扉を開けて、玄関に入らせる。

 

「やー、思ったより普通の家なんだね」

 

「聖祥学校に通ってる人は、みんな家大きいから……」

 

「たしかにな。恭也のとこは立派な和風建築の家だし、忍の家も洋館って感じの豪邸だしな。そういえば鷹島さんの家も大きかった。二人はここでちょっと待っててくれ、タオル持ってくるから」

 

「そういえば、いきなりお邪魔して迷惑にならないかい?」

 

「今思えば、唐突にも程がある……」

 

「今日は誰も帰ってこねぇから大丈夫だ、気にすんな」

 

 玄関で二人を待たせつつ、俺は靴を脱いで上り(かまち)を一息に飛び越え、すたたたっと脱衣所へ向かう。

 

脱衣所に入ってすぐ目の前に洗面所、その隣に洗濯機があり、洗濯機の上に棚が据え付けられていてタオルがある。

 

ちなみに洗濯機の隣には乾燥機が設けられている。

 

 びしょ濡れになって身体に張り付いたカッターシャツとインナーを洗濯機に放り込み、棚からタオルを三つ掴んで脱衣所を出た。

 

タオル三つの内一つを使って上半身を拭きながら玄関へ戻り、二人に残った二つのタオルを渡す。

 

「あ、逢坂! おお、女の子がいるというのになんて格好でっ」

 

「ひゃあ。引き締まってる……」

 

 服を脱いでしまったので上半身裸という出で立ちで二人の前に出た。

 

 以外にリアクションが大きかったのが長谷部、目を両手で覆い隠して見えないようにしている……が、指の隙間からちらちら盗み見ているのがわかる。

 

運動部をやってるから見慣れてるものだと思ってたけど、そうでもないんだな。

 

太刀峰はほとんどいつもと変わらない反応……いや、垂れ気味の瞳で俺の上半身の各部をじっくりと舐めまわすように見ているようだ。

 

目線が首元から鎖骨へ移り、腕、胸、腹へと視線が下がっていく。

 

その目…リニスさんと同種のものを感じる……。

 

「身体冷えたらいけねぇだろ。さっき俺が出てきたとこから風呂に入れるから、さっさとシャワー浴びてこいよ」

 

「…………」

 

「……逢坂、あの噂は……ほんとだったりする?」

 

「はぁ? なに言ってんの?」

 

 目を覆い隠していた両腕を胸元に運び、タオルで隠すようにして無言で一歩退く長谷部と、顔を拭っていたタオルを口元にやり、ちょこんと首を傾げる太刀峰。

 

いきなりなんの話をしてるんだ、抽象的すぎてよくわからん。

 

「……誰にでもそんなこと言ってるのかい?」

 

 胡乱(うろん)な瞳を向ける長谷部。

 

 あの噂? 誰にでもそんなこと言ってる? ……俺のセリフが原因か?

 

ついさっきなにを言ったか思い出してみる。

 

……『身体冷えたらいけねぇだろ。さっき俺が出てきたとこから風呂に入れるから、シャワー浴びてこいよ』……これか。

 

特にここ『シャワー浴びてこいよ』と、合わせて学校で流れている俺の根も葉もない噂『女性に対して手が早い』を一緒にして考えると……なるほど、勘違いするのも無理はないな!

 

「いやいやっ、違う違う! ただ風邪ひいたら大変だと思っただけで他意はない!」

 

 長谷部はじとっとした目つきで俺を見ていたが、数秒ほど経つと、ふふっ、と小さく笑った。

 

「大丈夫だよ。そんなことだろうとは思ってたからね」

 

「……こういう発言があるせいで、逢坂は誤解されるんだと思う……」

 

「気を使って言っただけなのになんで捻くれて捉えるんだよ……」

 

 とりあえず誤解が解けてなによりだ。

 

 靴を脱いで二人とも『お邪魔します』と言って上がる。

 

常識外れとも言える突飛な行動に定評のある長谷部と太刀峰(姫を守る二振りの刀)だが、意外とマナーというか、最低限の礼節は持っていたりする。

 

 『めんどくさい』というバカみたいに単純な理由で階段を使わずに窓から飛び降りて外に出たりする突拍子もない二人だが、教師の前ではそういう飛び抜けた行動はしないので、学校での印象はちょっと頭の悪いスポーツが好きな女の子というもの。

 

ぶっちゃけた話、俺はそのイメージに全然納得してなかったりする。

 

俺は学校では真面目に過ごしているのに先生からの評価は『扱い難く、暴力事件も起こした危険な生徒』……どこでこんなに差が出た……。

 

「そういやお前ら一回家に帰ったんだな。荷物とかもないし」

 

「制服でバスケする訳にもいかないからね。飲み物を買う用に小銭くらいは持ってたけど」

 

「……動きやすい服に着替えた」

 

「制服じゃなくて助かった。服は洗濯機にぶち込んどいてくれ、後で洗って乾燥機にかけるから。着替えは俺の服でいいよな?」

 

「……手際、いい」

 

「なんだか手馴れてるというか、そんな感じだね」

 

「つい最近泊まりに来たやつがいたからな」

 

 その泊まりに来たやつが誰かは言わないけれど。

 

言ったら誤解が深まるだけじゃなくなるからな。

 

 長谷部からレジ袋を受け取り、追及される前に二人を脱衣所に押し込んで扉を閉める。

 

「湯船にお湯溜めてじっくり浸かっててもいいからな。その間に飯作っとく」

 

「ありがとう。そうさせてもらうよ。身体冷えちゃったし」

 

「料理作ってるところも……見たい、かも……」

 

 扉越しにそう投げかけて、俺は二階へ上がる。

 

 キッチンの近くにあるテーブルに袋を置いて、一旦自分の部屋へ行く。

 

さすがに家の中とはいえ、濡れたズボンに上半身裸では肌寒かった。

 

 自分の部屋へ入り、椅子の背もたれにタオルをかけて、桐で作られた木目が美しい衣装箪笥の引き出しを引っ張る。

 

箪笥は立派だが、中に入っている衣服は大抵が安物、あまりブランドとかには興味ないのだ。

 

興味がないというか、センスがないとも言えるが。

 

 引き出しから部屋着を取り出し、ついでに風呂に入っている二人の着替えも準備する。

 

「服……どうすっかな」

 

 長谷部は女子の中でも背が高いほうだから俺の服でいいだろうけど、太刀峰は鷹島さんの次に背が低い。

 

俺の服だとオーバーサイズもいいところだ、Tシャツはまだしもズボンは確実にずり落ちるだろうな。

 

「姉ちゃんの服を適当に借りとくか」

 

 部屋着に着替え、椅子に掛けていたタオルを雑に肩に掛け直し、長谷部の着替えと太刀峰の分のTシャツを持って部屋を出る。

 

その足で姉ちゃんの部屋に入り、チェストの中からショートパンツ的なものを拝借、そして退室。

 

あまり脱衣所に行くのが遅れて、扉を開けたら生まれたままの姿の彼女たちと鉢合わせ、なんてことにならないようなるべく早く着替えを置きに行こう。

 

 階段を降り、脱衣所の扉をノック。

 

返事がないのでもう風呂場に入っているのだろう、ゆっくり開けて誰もいないのを確認してから侵入する。

 

着替える前にはいていたズボンを洗濯機に入れようとふたを開けると、女子二人がついさっきまで着ていた服が入っているのが見えて少しどきっとした。

 

あまり深く考えちゃダメだ、今の俺は変態じみている……。

 

ズボンを放り込み、洗濯機のふたを閉めてその上に二人の着替えを置いておく。

 

「長谷部、太刀峰。服、置いとくぞ」

 

「……っ。あ、ありがとう」

 

「覗いちゃだめだよ、逢坂」

 

「覗かねぇよ。黙ってゆっくり温まっとけ」

 

 的外れな忠告をしてきた太刀峰に言葉を返して俺は脱衣所を出た。

 

扉を閉めてぐっと腕を天井に向けて伸びをする、そろそろ飯を作り始めるというやる気スイッチの切り替えのようなものだ。


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