そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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日常~お泊り会~Ⅱ

「先に頂いたよ」

 

「いい湯、でした」

 

「はいよ。晩飯はもうすぐできるからその辺でくつろいでいてくれ」

 

 二人が風呂からあがってきたのは晩飯作りの終盤に差し掛かった頃だった。

 

 長谷部の服装は、明るい赤のラインが入った黒色のジャージのズボンと、ワインレッド色のボートネックの七分袖。

 

太刀峰は、姉ちゃんから拝借したホットパンツとまではいかないものの丈の短めなショートパンツに、俺の引き出しから引っ張り出した深青色のロングスリーブTシャツだ。

 

 湯上りで上気した頬、ちゃんと乾かせていないのか髪の先端には首を垂れる稲穂のように水滴が玉を作っている。

 

ちらりとのぞく長谷部の鎖骨や、太刀峰の健康的な足が風呂上がりで少し赤みを帯びていて、扇情的でかつ、とても綺麗だった。

 

茶化されるのが目に見えているので本人たちには絶対に言わないが。

 

「僕たちも手伝おうか?」

 

「いや、別にいい。ゆっくりしてろ」

 

「邪魔ということ、ですね……わかります」

 

「そこまで言ってねぇよ。台所に二人も三人も立つと狭くなるってだけだ」

 

 鍋を使う料理が多くなってしまったので台所は蒸し暑く、そして窮屈だ。

 

おかげで雨に冷やされた身体は温まったどころか、じんわりと汗をかいているくらいである。

 

「料理を作っている異性の後ろ姿っていうのは、性別が逆でもそそるものがあるんだね」

 

「なるほど……これは、たしかにきゅんとくる」

 

「……お前らには後から皿洗いを命じるからな」

 

 料理をよそいわけてテーブルに並べる。

 

今日は食いしん坊系肉食女子二名のリクエスト通り、肉多めの献立だ。

 

肉じゃがにアスパラガスの肉巻き、人参と白菜の味噌汁、ミニトマトと新玉ねぎのサラダ、あと白米。

 

サラダも作って肉に紛れ込ませておいた。

 

彩りの面でも意味があるし、栄養も偏りそうだったからな。

 

「……短時間で、よくここまで」

 

「作れるのはケーキだけじゃないんだね。女としては立つ瀬がないよ」

 

「ケーキはまだ勉強中だがな。本職はこっちなんだぜ」

 

「……本職?」

 

「バイトしてたんだ。今は長期休暇を貰ってるけど」

 

 各々の前に器やお茶碗、コップも配膳した。

 

俺の家では足の短いテーブルを使っていて、カーペットを敷いている床に座って食事をする。

 

 テーブルを挟んで俺の目の前に太刀峰、その隣に長谷部という座順。

 

 箸を用意し、コップにお茶を注いで準備完了だ。

 

ぱちっ、と手を叩く乾いた音が三人分鳴る。

 

「頂きます」

 

「いただき、ます」

 

「わぁ、おいしそうだね。頂きます」

 

 みんなで手を合わせて頂きますまでが我が家の通例。

 

 俺は黙って膝に手を置き姿勢を正して、女子二人が同時にお手製の肉じゃがに箸を伸ばして口にするのを見ていた。

 

「んむ!」

 

「……っ!」

 

 これまた二人とも同時に、そろって大きく目を見開いた。

 

「どうだ、美味いか? 家で作る料理はいつも目分量でやってっから、人によって濃い薄いはあるかもしれないんだが」

 

「いや、すっごい美味しいよ! 味つけもばっちりだ! じゃがいもはほくほくしてるし、人参は甘くて柔らかいし、なによりお肉が多いのがいいっ」

 

「結局肉かよ」

 

「……いつでも、嫁に行けるレベル」

 

「んー、嫁には行けねぇなぁ……性別的な意味で」

 

 よかった、料理は概ね好評のようだ。

 

家族の……姉ちゃんの好みの味つけは把握しているので迷うことはないが、やっぱり他の人に食べてもらうのは多少緊張する。

 

家庭によって同じ料理でも味ってのは変わってくるしな。

 

 

 

 

「逢坂の料理全部美味しかったよ」

 

「女としては、負けた気がする……」

 

 一通り食べ終わり、テレビのクイズ番組を見ながら一服ついでにお喋りする。

 

クイズ番組を見ていた時に彼女たちの学力の乏しさが露呈してしまったが、それは別の話。

 

「今の時代、女が家事をしなければならないっていう考えは古いだろ。できる奴がやりゃいいんだよ」

 

「よし、逢坂。僕と結婚しよう」

 

「いや、わたしと……」

 

「言っておくが、自分でやる前からできる奴に頼るってのも間違ってるからな」

 

 素っ気ないなぁ、と笑いながら座りながら上体を後ろにそらして手をつき、一段落ついたとばかりに短く息を吐いた。

 

するとさっきまでの笑顔を急に曇らせ俯いた。

 

隣に座る太刀峰も異変に気づき、ぴたっと寄り添い、耳元でなにかを囁く。

 

太刀峰が慰めるも長谷部はひっく、というしゃくりあげるような声をもらし始める。

 

そんな様子を見てつられたのか、次第に太刀峰も瞳をうるうるとさせて涙目になり、長谷部にかける言葉も震える。

 

 あまりの突然な展開に、この部屋の中で俺だけがついていけてない。

 

この急変した湿っぽい空気……もしかして俺のせいか? 俺がさっきの逆プロポーズもどきをにべもなくあしらったから? いや、あれは……いつもの冗談に対するツッコミのつもりで……。

 

と、とにかく、男が女を泣かせた場合はどれだけ正当性があったとしても男が悪くなるものだ。

 

よって、俺が取るべき行動は一つしか考えつかない……謝罪である。

 

「ご、ごめん。ちょっと言い過ぎた……と、思う」

 

「ちっ、違うんだ。ごめんっ……ごめんね、逢坂……っ。今に、なって気が抜けちゃって……」

 

「ま、真希……っ。絶対泣かないって、がまんするって……いってたのにぃ……っ」

 

 長谷部は俯きながら、小刻みに震える右手を左手で押さえ、ぎゅうっと目を固く閉じる。

 

それでも溢れる涙を抑えきれず、ぽろぽろと零した。

 

いつもの溌剌な印象は消え失せて、肩を上下に揺らして、嗚咽をもらしている。

 

太刀峰はそんな長谷部の肩を安心できるようにと抱きしめていたが、結局、自分の涙すらも止めることはできなかった。

 

普段まとっているクールな雰囲気は影も形もなくなり、涙が頬を伝い長谷部の肩を一滴二滴と濡らしていく。

 

 二人の異変とセリフ、ここまで訊かないとわからなかったなんて、俺の身体は脳みそまで錆びついちまってんのか。 

 

原因なんて、一つしか考えられないじゃねぇか。

 

「……ゆっくりでいい、ちゃんと聞くから話してくれ。不安や恐怖も、不快感や憤りも、(わだかま)っている気持ちを全部吐き出せ。(さら)け出せ。ここはもう安全だから、泣いてもいい場所だから」

 

 俺自身、どこか違和感は感じていた。

 

俺の家に来るまでに見せた二人のいつもと違うような振る舞い、それは自分たちの心を必死で誤魔化していただけなんだ。

 

 バスケットコートで起きたこと、それが二人の今の状態の理由。

 

恐かったんだ、恐くて当然だったんだ。

 

大勢の男たちに薄汚い負の感情を叩きつけられていたのだから。

 

そのぶつけられていた害意に女バス部員たちは怯えて固まっていたが、長谷部と太刀峰は真っ向から敵対し、女バス部員たちの盾になっていた。

 

俺はその風景を見て『気丈だ』としか感じていなかったが、そんなわけない……あるはずがない。

 

二人は必死に、理性でもって怖気づく気持ちを抑えつけ、後ろにいた四人を庇おうとして前に出たんだ。

 

逃げ場もなく、助けもない状況にありながら、おののく足を奮い立たせ、自分たちよりもはるかに身体の大きい男たちの前に立ちふさがった。

 

二人が感じた恐怖たるや、計り知れないものだっただろう……今こうして、身体も心も落ち着かせられる状態になるまでほったらかしにして深く考えていなかっただけで、整理してなかっただけで、心の中はぐちゃぐちゃのはずだ。

 

 そこまで思い至る要素はいくつもあったのに……俺は彼女たちに対して、なんの配慮もできていなかった……。

 

声を押し殺して泣く二人の近くにいながら、気の利いた励ましの言葉も言えない。

 

ただ黙り込んで、彼女たちが落ち着いて話し始めてくれるのを待つしかできなかった。

 

 

 

 

 

「あの時、僕は本当に後悔していた。僕がみんなを誘って遊びに行こうなんて言わなければ、こんなに怖い思いをさせずに済んだのにって。そして同時に諦めてもいた。十人くらい男たちがいて、出入口は封じられているし周りはフェンスで囲われているからね。本当に怖かった。もう高校生だからさ、なにをされるかなんてだいたいは想像できたよ」

 

「……わたしも一緒に誘ったんだから、責任はわたしにもある。後悔、諦観、恐怖。……頭の中で、その三つが……ぐるぐるまわってた」

 

 ひとしきり泣いたことで落ち着いたのか、長谷部は吹っ切れたように少しだけ表情を明るくさせ、太刀峰もかすかに顔を和らげていつものように訥々と、今日自然公園のバスケットコートでなにがあったのかを語り始めた。

 

話を聞けば、長谷部たちがバスケをしている時に男たちが車やバイクの爆音を伴って唐突にやってきたらしい。

 

なにか両者間で切っ掛けとなるいざこざがあったわけでも諍いがあったわけでもなく、急にコート内に入ってきたそうだ。

 

「コートの端に追い詰められて、もうダメだって思った時……なぜか逢坂の顔が思い浮かんだよ。突然そう思った自分に驚いて、実際に逢坂が助けに来てくれた時はもっと驚いた。逢坂の姿を見ただけで、追い詰められている状況も忘れて安堵の念を抱いたよ」

 

「わたしも、頭をよぎった。きっと自分で思ってたより信頼……してたんだと思う。……こんな状況を変えられるのは、逢坂しかいないって。勝手に期待してた……」

 

「…………」

 

 俺は存外、二人から頼られていた……のか? こんな俺を……学校では前代未聞な規模の暴力事件を起こした不良生徒を。

 

真剣極まりない空気なのに『信頼している』と言われて、自分の存在を認められたように嬉しく思っている自分が情けない。 

 

「……行くのが遅くなって悪かった。もっと早くに……いや、最初から一緒にいればこんなことにもならなかったのに」

 

「違うよ……責めてるんじゃ、ない。感謝してる。本当に……ありがとう」

 

「もともと予定があったのに、わざわざ来てくれたじゃないか。それだけで感謝するに事足りるよ。そういえばまだ言ってなかったね……助かったよ、逢坂。ありがとう」

 

 正面から目を見つめられて感謝され、しどろもどろになりながらも返す言葉を探す。

 

陽気美人なタイプとクール可愛いタイプの同級生に言われてどぎまぎしない男はいないだろう。

 

「いや、まぁ……なんだ。もう、ただのクラスメイトってわけでもないんだからな。そりゃ、助けるぞ、友達(・・)……なんだからな」

 

 恥ずかしいセリフを吐きながら、照れ隠しにテレビへと目線を逸らしながら後頭部を触る。

 

液晶画面の中ではおバカタレントが珍解答を続けていたが、一切耳に入ってこなかった。

 

 二人からの正直な気持ちを聞いたんだ。

 

それなら同じく腹を割って正直に言葉を返すのが男というものであり、誠意というものだろう。

 

親友二人(恭也と忍)以外にこんなことを言うのは初めてなので、気恥ずかしさから顔が熱くなる。

 

 だが、俺がこれだけの覚悟をもって意を決して話したというのに、二人は一瞬驚いたようにきょとんとした反応をして、くすっ、と口元を綻ばせた。

 

「あ、逢坂がそんなことを言ってくれるなんてねっ……あははっ。誰に言われるよりも嬉しいよっ」

 

「そんなに恥ずかしいのなら、言わなきゃいいのに……。ギャップ萌え狙い、おつ」

 

「……くそっ。俺も言わなきゃよかったと後悔してるぜ……」

 

「言ってくれた方が分かりやすいからそれでいいんだよっ。今回の場合は言わなくたって伝わったけどね!」

 

「ふふっ……。逢坂は、わかりやすい。言葉で表現しなくても気持ちは届くよ……理解している相手なら、齟齬なんて発生しないから」

 

 泣いたばかりで瞳を真っ赤に充血させてるし、頬には涙の跡がわずかに残ってるのに、いつもと同じように俺をいじる二人。

 

はぁ……彼女たちの心の奥底に鉄塊のように重く沈んでいた『蟠り』を少しは解消できたのなら、俺の身体を張った言葉も意味はあったのだろう。

 

言葉攻めという辱めを受けた甲斐があるというものだ。

 

「逢坂は、気持ちが顔に出るというより態度によく出るね」

 

「態度に出て、空気に溶けて……わたしたちに伝わる?」

 

「そう! そんな感じだよ!」

 

「……風呂入ってくる」

 

 俺の話で盛り上がってる女の子二人に耐え兼ね、俺は風呂場へと逃げ込んだ。

 

俺の目の前で俺の話をするってどうなんだよ……。

 

こっ恥ずかしいわ、公開処刑か。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 湯船で首までゆっくりと浸かる。

 

 身体の疲れも心の疲れもお湯に溶けていくような心地良さ、外側から身体の芯へと温もりが伝わる感覚がたまらない。

 

俺は結構風呂好きなのだ。

 

 湯船の縁に腕をかけ、長く深いため息とともに左腕に目を向ける。

 

左腕にはあざが残っているが(詳細に言えば残してもらったのだが)、ユーノが怪我を治してくれたおかげで気兼ねなく全身にお湯を浴びることができる。

 

シャワーだけじゃ物足りないからな。

 

 左腕から目線を上にあげ、天井を仰ぎ見る。

 

厄介な出来事があったとはいえ、なんとか解決して一安心だ。

 

 左腕と頭に傷を負って、今はもうほぼ治っているとはいえその瞬間はとても痛かった。

 

特に頭に打撃を受けた時なんか視界に星が散ったほど……いや、頭なんていう人体の急所にやすやすと攻撃された俺が悪いんだがな。

 

 とにかく、今回は助けることができて本当に良かった。

 

あと数分遅れていたら、もしかしたら間に合わなかったかもしれないと考えると、背筋がぞくっとする。

 

名前も知らないが女子バスケ部員たちを――精神的には傷を負ったかもしれないが――無傷で助けることができて、長谷部と太刀峰を不幸な目にあわせることなく済んで……本当に良かった。

 

 嫌な想像で寒気が走った体を温め直そうと、湯船に頭のてっぺんまで浸かって数秒潜水した後、勢いよく頭をお湯から出す。

 

二度三度頭を振り、髪をオールバックにするように両手で前から後ろにかき上げながら撫でつける。

 

潜った時にお湯が口に入って少し飲んでしまい、中途半端に飲み込んだ液体が気管に入り込んだ。

 

「けほ、こほっ。はぁ、落ち着いた。……そういや、あの二人も風呂に入ったんだっけ」

 

 こんなタイミングで思い出してしまった自分を恨む。

 

せめてもっと早くに思い出すか、なんならずっと思い出さなかった方が良かった。

 

故意にやったことではないとはいえ、同級生の女子二人が入った後の湯船のお湯を口にするって……どこからどうみても変質者じゃねぇか。

 

「……出よう」

 

 形容しがたい後ろめたさも疲れと一緒にお湯に溶けることを祈って、俺は風呂場を後にした。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 二人がいるリビングに上がり、戻ったことを報告する。

 

「ふぅ……。やっとさっぱりしたぜ、気持ちよかった」

 

「あ、逢坂あがったんだね。お疲れさま」

 

「お疲れ……。わたしたちが、入ったあとのお風呂……気持ちよかったの?」

 

「純粋に風呂に入ったのが気持ちよかったって話だ。誤解を招く言い方してんじゃねぇよ、俺はそんなレベルの変態じゃない」

 

「そんなレベルじゃない……残り湯でも、飲んだの?」

 

「そっ! そんな低いレベルの変態じゃないって意味で言ったんじゃねぇよ! つか変態っていう前提をまず取っ払え!」

 

 風呂場での出来事を見ていたかのような太刀峰の軽口に、一瞬言葉が詰まったのは内緒。

 

亀居――俗に言う女の子座り――でカーペットにぺたりと座り、俺に変態という無礼千万極まりないレッテルを張ろうと画策してくる太刀峰の頭を、ソファに向かうついでに、ぽかり、と痛くないよう軽くたたく。

 

『きゃふ』と、悲鳴なのかなんなのか、よくわからない声を背後から聞きながらさらに数歩歩き、ソファに座る。

 

「怪我は大丈夫だったかい? あまりに普通に過ごしてるから怪我してることを忘れそうになるよ」

 

「傷……開いたりしなかった?」

 

「おう、問題ないぜ」

 

 俺が風呂に入る前から変わらない位置に座っている長谷部が訊いてきた。

 

 心配いらないということを表現するように、左手で握って開いてを二度繰り返し、腕をぷらぷらと振る。

 

長谷部のほうを見て、ほら大丈夫だ、と言わんばかりに肩をすくめる。

 

そんな俺を見て長谷部も太刀峰も硬い表情を解いた。

 

「逢坂はメンタルは豆腐なのに、フィジカルは鉄のように強いね」

 

「そこは『身体が丈夫だね』だけでも、十分言いたいことは伝わると思うんだ」

 

「バスケットコートで、逢坂が頭殴られた時……死んじゃったかも、って思った。逢坂、もしかして……不死身? 吸血鬼?」

 

「どうみても人間だろうが。吸血鬼だったら太陽の下歩けねぇじゃねぇか」

 

「吸血鬼じゃなくても逢坂はお天道様の下を堂々と歩けなさそうだよね」

 

「言葉のニュアンス変わってる! 後ろ暗い事なんてしてねぇよ!」

 

「でも……忍さんから、逢坂がこれまでどんなことをしてきたか……聞いたけど」

 

「やっぱり諸悪の根源はあいつかよっ!」

 

 そこからは、仲良くなったのがつい最近とは思えない程に話が弾んだ。

 

学校のことや、二人の部活のこと、土曜に開催されることが決定した勉強会のことも話してるうちに、気づけばだいぶ時間が経っていた。

 

 現在時刻は二一時三十一分。

 

今なお降りやむ気配を見せない大雨は、俺たちが家に入る前よりもその勢いを増していた。

 

大粒の雨は地面を打ち鳴らし、強く吹く風が窓をたたく。

 

ソファから立ち上がり窓の外を見てみれば、木々は強風の影響で折れるのではと不安に思うほどしなり、電柱から延びる電線は千切れてもおかしくないくらいに左右にふらふら揺れている。

 

道に数台置かれていた自転車は軒並み倒れ、ついさっきも水色のゴミ箱が風に押されるように道路を転がっていった。

 

この暴風雨はすぐには止みそうにない。

 

 こんな嵐の中、女子二人を返すというのは現実的ではないな……。

 

「長谷部、太刀峰。今日はもう泊まってけ。この天候じゃあとてもじゃないけど帰れそうにねぇわ」

 

「僕たちも思ってたよ。帰るの難しそうだなぁって。そっちから勧めてくれてありがとう」

 

「わたしたちから言うと……足軽女みたいだし」

 

「お前たちは戦場にいるのか」

 

 別に二人から『泊めさせてくれ』と言われたって尻軽だなんて思わない。

 

この家に招いた時点で一定以上の信頼を二人に寄せているのだから、それくらいの頼み事で今さら失望したりしないのだ。

 

それに加えてこの空の荒れ模様、家に帰れないのは当然というものである。

 

「家に連絡しとけよ、親御さんも心配してるだろう」

 

「そうさせてもらうよ。電話借りていいかい? 僕たち携帯持って来てないんだ」

 

「どうせバスケしか……しないと思ってた、から」

 

 そういえば小銭くらいしかないとか言ってたな。

 

まさか携帯すら持って来てなかったとは、この二人は本当にバスケキチだなぁ……もちろん良い意味で。

 

「あぁ、いいぞ。そこにあるから使ってくれ」

 

 廊下とリビング(ここで食事をするのでリビングダイニングと言うのが正確だが)を繋ぐ扉の近く

を指差す。

 

扉の近くに、引き出しがいくつかついた木製の電話台があり、固定電話はその上にある。

 

「言うまでもないと思うけど、男の家に泊まるとか言うなよ? 変に心配させる必要なんてないんだからな」

 

「同級生の家に……泊めさせてもらう、って言っとく」

 

「その言い回しはいいな。嘘じゃねぇし」

 

「そういうこと言わないでくれないかい? なにか悪いことでもしてるような気分になるじゃないか」

 

「些細な、考え方の違い」

 

 苦笑いしながら電話台へと向かう長谷部と太刀峰。

 

これで二人の問題は解消されたが、俺には悩みの種が残されている。

 

「姉ちゃんに……どう説明しよう……」

 

 家に電話している長谷部と、その後ろで待つ太刀峰を眺めながら、俺はひとりごちた。




僕はとても楽しく書いているのですが、はたしてこの本編とは一切のかかわりのない日常編は需要があるのでしょうか?
そう悩んでいる今日この頃です。
まぁ……どちらにしたって書くことは変わらないんですけど……。

無印が終わるのはいつになることやら。

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