そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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日常~お泊り会~Ⅲ

 緩衝材になるかどうかはさておき、姉ちゃんに釈明のメールを形だけでも打っておいた。

 

追及されるのが怖かったので送ったのは『同級生が家に泊まりに来てる』という内容のもの、性別までは記していない。

 

そんなことをしても拷も……訂正、尋問されるのが先送りになるだけなのだが。

 

 メールの送信完了の表示を確認して、画面を消す。

 

携帯をテーブルに置いたのと同時に、二人が苦笑いを浮かべながら戻ってきた。

 

いや、太刀峰は苦笑いというか、口の端が普段より少し下がってる程度だが。

 

「怒られちゃったよ、連絡するのが遅いってさ」

 

「わたしのほうも、ちょっと言われた」

 

「二十一時半に連絡すりゃ当然だ。もうちょい早くに連絡するべきだったろうぜ」

 

 雑談に花を咲かせていたせいで忘れてしまっていた。

 

なのはの時に踏んじまった轍をまた踏むとは……いい加減学習しねぇな、俺も。

 

「あとご両親によろしくお願いします、と(ことづ)けを頼まれたのだけど……いつ頃帰られるのかな?」

 

「あぁ、えっと……あんまり気にしないでほしいんだけど、俺の家両親いないんだ。どっちも既に他界しててな、今は俺と五つ年上の姉の二人暮らしだ」

 

「こういう時、ごめん、って謝られるのも困るんだよね……。僕の家も似たようなものだから少しだけわかるよ」

 

「似たようなもの?」

 

「真希の家は、お父さんがいないから……」

 

「うん。父は僕が小さいころに亡くなったらしくて……シングルマザーってやつだね。最近は多いよ? 薫の家は両親共働きで帰るの遅いんだよね」

 

「うん……、帰ってこない日も多い。家のことは、ハウスキーパーさんがやってくれるから……楽だけど」

 

「そう……だったのか」

 

 正直なところ驚いた。

 

この話をして憐れまれることはあっても、共感されることはなかったからだ。

 

 家庭事情が複雑なのは俺だけじゃないんだって思うと、すこし気が楽になったように思う。

 

 自分でも気づかないうちに、両親がいないということに俺は負い目を感じていたんだ。

 

学校に行って、飯を作ったり、掃除したり、洗濯したりと、家事全般をこなして、少し前までバイトもやっていた。

 

俺はそれらを好きでやっていたし、もう両親のことも吹っ切れたと思っていた。

 

 だが、周りに俺の感情は見えない……俺の心は見透かせない。

 

一種の思いやりだとは理解しているが、同情と憐憫の目を周囲から受け続けて、いつしかそれらが重荷になってしまっていた。

 

悲劇の主人公を気取るつもりはないが……自分は苦労していて可哀想な人間だと思い込んでしまっていたのだ。

 

 たしかに寂しく思うこともあった。

 

昔、姉ちゃんが仕事で家に帰ってこない日に、テレビもつけずにソファでぽつんと何をするでもなく座ってたこともある。

 

この家は……一人でいるには広すぎて、静かすぎて、冷たかった。

 

 でも、長谷部と太刀峰の家の話を耳にして、俺だけじゃないと思えた。

 

みんな大なり小なり苦労していて、多かれ少なかれ事情を抱えている。

 

傷の舐め合いと断じてしまえばそれまでだ。

 

でも……それでも俺は、どこか救われたような気持ちだった。

 

「まぁ、この三人の中では一番ハードなのが逢坂だね」

 

「家事も自分で……やってるし」

 

 似た環境に身を置く彼女たちだからこそ、さらに一歩踏み込んでくる。

 

多少の差はあれど、親がいないという苦労と孤独感をわかっているから、俺の家の事情について知ってからでさえ、さらに質問を重ねてくれる。

 

遠慮なく尋ねてくる彼女たちに対して、俺も忌憚なく接することができた。

 

「んむ……条件で言えばそうなるのかもな。でも姉ちゃんも協力してくれてるし、案外なんとかなってるぜ?」

 

 顎に手をやり首を傾げて視線を宙に彷徨わせながら返答する。

 

 家事をやり始めた当初、それはもう凄まじい苦労を重ねたものだが、現在ではライフワークであり俺の日常の一部だ。

 

姉ちゃんも仕事で疲れてるはずなのに手伝ってくれるし、今さら苦労しているとは思わない。

 

 彼女たちに目を戻すとなにやら口元を手で覆っていた……が、時折笑い声が漏れ聞こえている。

 

「おい、なにがおかしい」

 

「自分で……ふふっ、気づいて、ない?」

 

「あはははっ! お姉さんのこと喋る時、すっごく嬉しそうな顔してるんだよ! あーもうっ、可愛いなぁ!」

 

「むっ……」

 

 頬を両手で触って確認する……うむ、わからない。

 

 ソファに座る俺が表情の確認をしているその隙に、長谷部と太刀峰がバスケ仕込みの健脚で急速に接近し、半ば突撃するように抱きついてきた。

 

三人掛けのソファは急激な負荷の増加に軋みという名の悲鳴を上げる。

 

ついでに言えば俺も形容しがたい言語で悲鳴を上げた。

 

「お前ら……この衝撃力は軽く事故だぞ……」

 

「逢坂が悪いんだっ。ギャップ萌えばっかり狙うから!」

 

「乙女心に、クリティカルヒット……これは抗えない」

 

「俺にもわかる表現をしてくれ……」

 

 長谷部は左から肩を抱くように手を回し、太刀峰は右からソファの上に膝立ちになって頭を撫でてくる。

 

 一気にソファ上の人口密度が高まり窮屈なことこの上ないが、鬱陶しいと言って跳ね除けることはどうしてもできなかった。

 

くっつかれて、人肌に触れて、安心している自分が確かにここにいたからだ。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

「はぁ……堪能したよ。ごちそうさま」

 

「……そうですかい、お粗末様です」

 

「逢坂は……ほんとに、いい身体してる。誇って、いい。許可する」

 

「許可って……お前はいったいどんな立場にいるんだ」

 

 抱きつかれて十分少々が経過し、やっと解放された。

 

さすがに長い時間ひっつかれれると体力が消耗する……。

 

 長谷部は抱きつくだけだったからまだいい、問題なのは太刀峰だ。

 

最初こそ頭を撫でていただけだったが、次第に某筋肉フェチさんのように全身をまさぐるような手つきへと変貌した。

 

上半身から下半身に移動するところでさすがに手を掴んで押し留めたが。

 

 体育会系のノリなのか知らんが、スキンシップが激しくて男子高校生としては心臓に悪い時間だったが、悪い気はしなかった、というのは言わずもがなである。

 

いろいろ柔らかかったし。

 

「明日は早いとこ起きなきゃなんねぇんだから、そろそろ寝ろ」

 

 ソファから立ち上がり、二人に告げる。

 

二人もソファから腰を上げてカーペットに降り立つが、どうも浮かない表情だ。

 

「せっかく泊まるのだし、どうせなら夜更かししてお喋りしたいところだね」

 

「ん、ボーイアンドガールズトーク……とか」

 

「ダメだ。学校もあるんだし着替えるために一度帰らないとダメだろが」

 

「えぇー」

 

「物理的にも、考え方でも、頭がかたい……」

 

 俺の正論にブーイングする二人、まったく言うことを聞きそうにない。

 

野菜苦手だし夜更かししたがるし、小学生か。

 

 ちなみに失礼な言い様の太刀峰には頭にチョップを叩き込む。

 

ちょうどチョップしやすい手ごろな位置にあったのだ。

 

 仕方ない、このままでは寝る寝ないの水掛け論になりそうだし、話の平行線を断ち切るためにも俺が一歩……十歩ほど譲るか。

 

「またいつか、次の日が休みの時にでも泊まりにくればいいだろ。夜更かしとお喋りはその時にしてくれ」

 

 最大限の妥協案であり、俺の得意技である『後日に持ち越す』だ。

 

案件を後回しにしているだけなんだけどな。

 

 俺としてもこいつらとの一切気遣いせずに過ごす時間はすごく楽しい。

 

明日は平日で学校があるから難しいが、できることならまた遊びたいと思っている。

 

嫌がらせで早く寝ろと言っているわけではないのだ。

 

「本当かい?! やったっ、約束だよ?」

 

「ここまで言っておいて……後から破るのは、許されない」

 

「本当だ、約束するって」

 

 俺が言った途端、小さく飛び跳ねて全身で喜びを表現する二人、まさしく欣喜雀躍といったところだ。 

 

「ん、そういえばどこで寝させてもらえばいいのかな?」

 

「あ……」

 

「考えて……なかった?」

 

「……………………そんなことねぇよ?」

 

「今の間は完全に肯定するものだったよね。どこでも構わないよ? さすがに夜は冷えそうだから毛布くらいは借りたいけれど」

 

「なんなら……このリビングでも可」

 

「いや……さすがに知った仲とはいえ、客人にここで寝かせるわけにはいかねぇよ」

 

 約束を果たすためにもお喋りはまた今度にし、今日はもう就寝という段取りになったのだが、俺としたことが寝る場所を決めていなかった。

 

 どこがいいだろうか。

 

なのはの時は、姉ちゃんが帰ってこないのを知っていたから姉ちゃんの部屋を使わせたが――なぜか起きたら俺の部屋にいて隣で寝ていたが――、今日は昨日と同様に夜勤でおそらく朝の早い時間に帰ってくるだろう……それなら姉ちゃんの部屋を使うわけにもいかないな。

 

どうせ姉ちゃんが寝る時にはまた俺の布団に入り込んでくると思うから、俺は姉ちゃんの部屋で寝て、二人には申し訳ないが俺の部屋のベッドを二人で使ってもらうとしよう。

 

予備の布団もあるにはあるが、ずいぶん長い間押し入れの中にしまわれっぱなしで干してもないし、使えそうにない。

 

「悪いんだが他に使える部屋がないんだ。狭いかもしれないが俺の部屋で一緒に寝てくれ」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……? どうした?」

 

 さっきまでのテンションはどこへやら、いきなり二人はほんのりと頬を朱色に染めて黙り込み、怪訝そうな……というよりかは正気を疑うような複雑な視線を俺に向ける。

 

二人は身を寄せ合い、一歩二歩三歩と後退りして俺から距離を取った。

 

彼女らの不可解な行動に俺は首を傾げる。

 

「どこでもいいとは言ったけれど、さすがに……同じベッドで、というのは……どうだろう。些か問題があると思うんだ。ほら、歳も歳だからさ」

 

「逢坂のことは、信頼してる……けど。間違いがあったら……いけない、し……」

 

 二人は申し訳なさそうに、言葉を選ぶように視線をちらちら泳がせて、決して俺の目を見ることなく途切れ途切れに続ける。

 

 この時点で嫌な予感がしてきた。

 

背中にじんわりと冷や汗をかいてきているのがわかる。

 

「逢坂が嫌ってわけじゃなくて……むしろいいんだけど……。僕……めてだし、もっとムードとか、家でっていうのは構わないけどね? でも……二人同時にっていうのは、誠実さに欠けるというか……」

 

「こういうことは……大きく、なってから……って……。逢坂に、とってみれば今……だからこそ、いいのかも……だけど」

 

 長谷部と太刀峰は顔をさらに紅潮させて耳まで赤く染めながら、まるでジェスチャーのように忙しなく手をわたわたと動かして、言葉と言葉を繋ぎ合わせている。

 

 二人の反応を見て、予感が確信に変わった。

 

もうこれ以上喋らなくていい、これ以上傷口を広げなくていいという意味を込めて左手を開いて手のひらを彼女たちへ向け、俺は右手で目元を押さえて俯く。

 

学校での不本意な噂も仕方ないかな、とさえ思えてきてしまった自分が嫌だ。

 

 覚悟を決めて、彼女たちへ真実を告げる。

 

「俺の言い方が悪かった、言葉足らずだった……すまん。一緒に寝てくれっていうのは『長谷部と太刀峰の二人で』って意味なんだ……。俺は姉ちゃんの部屋で寝るから……って、いう……」

 

 尻すぼみに小さくなっていく俺の声。

 

原因は目の前の二人の表情である。

 

 真っ赤だった顔は、すぅー、と元に戻り――どころか青褪めてさえいる――、感情の一切が含まれない完全な無表情となった。

 

無表情を経て、だんだんと怒りの色が混じってくる。

 

眉間にしわが寄り、手は固く握り込まれ、肩はわなわなと震えていた。

 

「ふぅ」

 

「……はぁ」

 

 長谷部と太刀峰は短く吐息をもらして二人同時に俯く。

 

 ど、どうなんだろう……許してもらえたのだろうか? 微妙な反応なのでいかんともしがたい。

 

 彼女たちの顔色を窺うように、少し膝を曲げ姿勢を低くして盗み見る。

 

すると二人は、ばっ、と勢いよく頭を上げた……太刀峰の艶やかな濃青色のセミロングヘアーが舞い踊り、長谷部の頭の頂点では数本固まって跳ね上がった赤褐色の髪がぴこぴこと揺れて激しく自己主張する。

 

……二人とも、輝くような笑顔(心胆寒からしめる形相)だった。

 

「僕たち言ったよね。そういう勘違いしそうなことを言わないようにって」

 

「だから、逢坂は……誤解されるって……。気をつけたほうが、いいって」

 

「たしかに言われたけど、細部が異なるような……」

 

 細かいセリフの違いが気になってしまい、つい口にしてしまった。

 

そしてこれがいけなかった。

 

 ぴきっ、という音が聞こえた気がする……あぁ、いらんこと言ったぁ……。

 

二人は満面の笑みを顔面に張りつけたまま、恐怖を増長させるかのようにゆったりとした歩みで近寄ってきた。

 

長谷部は俺から見て左に立って左手を、太刀峰は俺から見て右に立って右手を高く振り上げた。

 

「反省っ」

 

「……しなさいっ」

 

 とうとう笑顔という仮面が剥がれ落ちた二人。

 

仮面の下の表情は、まさしく花も恥じらう乙女で……とても可憐だった。

 

 俺の両頬に季節外れの紅葉が咲き誇ったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 扉を開き、長谷部と太刀峰を部屋の中へと招き入れる。

 

 俺の部屋はフローリングに薄いカーペットを敷いた洋室で、だいたい六帖ほどの広さ。

 

あまり物を置いていないのでそれほど狭さは感じない。

 

勉強机もあるにはあるが、教科書の類を使うことはなく、すべて本棚にしまっているので机の上もすっきりしすぎてどこか閑散としている。

 

これと決まった趣味を持たない俺にとってこの部屋は、ほぼ寝るための部屋と言ってもいい。

 

壁紙も来た時のままだし、ポスターの一つもない。

 

今でこそ青白いひし形の宝石がついたネックレスがあるが、それまではアクセサリーも持っていなかったくらいだ。

 

俺にはあまり物欲というものがないのかもしれない。

 

「やっぱりというかなんというか、逢坂の部屋はとてもきれいに片付いてるね」

 

「面白みがない……」

 

「人の部屋に笑いを期待すんなよ。ハードル高いわ」

 

 頬に赤い手形を残したままリビングから俺の部屋へと案内した。

 

案内といってもリビングの扉を出て数秒歩いただけだが。

 

 部屋へと入りベッドに腰掛けて、座れよ、とぽんぽんと軽く布団を叩く。

 

「そんなにベッドは大きくねぇけど、太刀峰はちっこいし二人でも寝れるよな?」

 

「ちっこい、とは……失礼」

 

「寝るには十分だよ。ちなみに逢坂、ベッドに女の子を座らせるという行為には違う意味も含まれているのは知っているかい?」

 

「めんどくせぇなぁ……女の子の常識……。誤解させる前に教えてくれてありがたいけど」

 

 俺はベッドから腰を上げ――埃こそかぶっていないものの滅多に使われることのない――勉強机の椅子に座る。

 

入れ替わるように、太刀峰と長谷部がベッドに腰掛けた。

 

 太刀峰は腰掛けたと同時にあお向けに倒れ込み、そしてころんと転がってうつ伏せになる。

 

手探りで枕を探して、それを見つけると両手で、ぎゅうっと抱き枕の要領で抱きしめた。

 

 こいつはどこまでも自由だな……。

 

「すんすん……逢坂の、においがする」

 

 枕に顔をくっつけて唐突に匂いを嗅ぎ始めた太刀峰。

 

 いや……いやいや、なにしてんの。

 

「ちょっ、こら! やめろ! 恥ずかしいだろが!」

 

「なんで……? いい、におい……。落ち着く……」

 

 俺の制止に、枕を抱きしめて鼻から下まで隠したままで、こてんと半回転してあお向けになり、なぜやめなければならないのかわからないという表情で小首を傾げる太刀峰。

 

人には勘違いさせるような行為は控えたほうがいい、などと言うクセに自分がやるのはいいのか、卑怯だぞ。

 

 太刀峰と枕の取り合いをしていると、長谷部が『そういえば』と切り出した。

 

「訊きたかったのだけど、僕のはともかくとして、薫のこの格好はアレかな? 逢坂の趣味だったりするのかい?」

 

「ん? なんの話だ?」

 

 結局頑として放そうとしなかった太刀峰に根負けして椅子に戻り、長谷部に訊き返す。

 

ふわふわとして要点を得ない質問だった。

 

 きっと俺が『何を言ってるんだこいつ』みたいな顔をしていたからだろう、太刀峰がむくりとベッドから上半身をあげ、床に立った。

 

太刀峰はわずかに腕を上げて鮮やかに、くるり、とその場で一回転。

 

もともと緩めなロングスリーブTシャツの裾がターンと同時にふわりと円を描く。

 

「……そういうことか。なるほど、これは実にけしからんな」

 

「そんなリアクションをするってことは意識してやったわけじゃなかったんだね。安心したよ」

 

 長谷部が言わんとしていることがなんなのかよくわかった。

 

ターンして浮き上がったロンTの下には姉ちゃんから拝借したショートパンツが見えたのだ。

 

すなわち、なにもしていない状態であれば丈が短めのショートパンツはロンTの裾に隠れて見えない。

 

俗にいう、彼シャツみたいな、見ようによっては下になにもはいてないようにも取れる。

 

 俺の服だからサイズは大きいだろうな、とは思っていたがこれほどまでにぶかぶかになるとは。

 

よく見れば首元の部分もぶかぶかで太刀峰のか細い首や鎖骨、身長差のせいもあり無防備にも胸元がちらちらと見えた。

 

 バスケ部に在籍しているだけあってよく鍛えられており、ムダな肉がついていない足のラインがとても綺麗だ。

 

長谷部に言われて気づかされてしまった今では、いくら逸らそうと思っても目が勝手に太刀峰の内ももに吸い寄せられてしまう。

 

運動部ゆえの筋肉と女子特有の柔らかさという絶妙なコラボレーション、そこにはあまりにも強力な引力が存在した。

 

 舐めまわすが如く見ていた俺に釘を刺すようなタイミングで太刀峰は恥じ入るように、足を隠そうとシャツの裾を伸ばした。

 

なんだよっ、さも『自分を見ろ!』とばかりに、流麗なターンまで決めてたくせに!

 

「あ、あまり見ないで……ほしい。パンツはいてない、し」

 

 思わず噴き出した。

 

「薫?! それは言っちゃだめだって注意したよね?!」

 

「パンツ、はいてない……けど、ショートパンツは、はいてるし……」

 

「そういう問題じゃないよ!?」

 

 そうだったな、家に帰ってくる時かなりの大雨だった。

 

俺も全身びしょ濡れになったし、ズボンもパンツも濡れていた。

 

同じように彼女たちもパ……下着まで濡れていてもおかしくはない。

 

 ……抱きつかれた時にやけに柔らかいなぁ、とは思っていたけど……まさか、つけてなかったとは……。

 

 問答を続ける女子二人を横目に椅子から立ち上がり、扉のノブに手をかけて振り向く。

 

「お前たちはこの部屋で寝てくれ。俺は隣の部屋で寝る。なにかあったら遠慮なく起こしてくれたらいい。あ~、えぇっと……お前らが来る時に着てた()は明日の朝には着れるようにしとくから心配すんな。じゃ、おやすみ」

 

 口早に用件を伝えて部屋を出た。

 

部屋の中から扉越しに長谷部の悲鳴のような声も聞こえた気がするが……彼女たちの沽券に係わることだ。

 

さっきの耳にした件は今後触れず、速やかに忘却の彼方へと追いやることにしよう。

 

 一階へ降りて脱衣所に入る。

 

 俺が風呂に入った時、ついでに洗濯機はまわしておいた。

 

今ならもう終わっているはずだ。

 

今のうちに乾燥機に入れておけば、明日の朝起きる頃にはすぐ着ることができるだろう。

 

 あまり深く考えないようにして洗濯機の中の衣類を乾燥機に移した。

 

俺は何も見ていない、ただ布を乾燥機に移動させた、ただそれだけだ。

 

意外と子供っぽい赤の水玉とか、側面が透けている青色のフリルとか、そんなものは一切見ていない。

 

 頭を振って邪念を払いながら、乾燥機のスイッチを押してスタートさせる。

 

夜中に乾燥機を使うのはご近所さんに迷惑かもしれないが、こちらにも事情はあるし既に洗濯機を使ってしまっている。

 

一日だけ大目に見てもらおう。

 

「これでよし、だな」

 

 できることはすべてやり終わった、今日も一日お疲れ様って感じだ。

 

ぐぐっ、と背伸びをすると背中の骨が、ぱきっと音を鳴らした。

 

「ふあぁ……。ねむ……」

 

 脱衣所の扉を閉めながら大きな欠伸(あくび)をする。

 

俺も早く起きなきゃならねぇんだから、さっさと寝ることとしよう。

 

今日もぐっすり眠れそうだ。


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