そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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日常~お泊り会~Ⅳ

 意識が浮上する感覚。

 

 もう朝のようだ、夢も見ない程に熟睡していた。

 

 覚醒には程遠い寝惚けた頭で時間を確認するため、布団から右手を出して手探りで携帯を探すが見つからない。

 

霧がかかったような脳みそで思い出す。

 

そういえば昨日寝る前、リビングのテーブルに携帯を置いてそのままだった。

 

 仕方ない、起きるか。

 

そう思い、身体を起き上がらせようとするが左腕が重い。

 

重いだけではなく、ひじの内側あたりに温もりも感じる。

 

俺の予想した通り、姉ちゃんが帰ってきてそのまま俺が寝ている布団に潜り込んだのだろう。

 

疲れて帰ってきた姉ちゃんに窮屈な思いをさせてしまったのは申し訳ない限りだが、よくよく考えてみると最近は俺の部屋まで来て俺のベッドに潜り込んでいたので、たいしていつもと変わらないようにも思えた。

 

 しばしばする目をゆっくりと開く。

 

朝に弱いわけではない、それどころかどちらかというと強い方だと自負しているが、微睡(まどろ)みから目を開くのとあったかい布団から出るのだけはどうにも辛い。

 

「おはよ……逢坂」

 

「あぁ、おはよう。姉ちゃ…………ふぁっ!」

 

 俺のすぐ近くで朝の挨拶をしてきたのは、普段より三割増しで眠たそうな目をしている、最近俺の中の位階で『同級生』から『友達』へとランクアップを果たした太刀峰薫だった。

 

 肘関節の内側に小さな頭を乗せて俺の腕を勝手に枕にしていた。

 

朝日を浴びて青みが強調されている太刀峰の髪が、俺の左腕に纏わりついている。

 

太刀峰は俺の二の腕に自分の左手を置いて、居心地良さそうに目を細めていた。

 

「なんでっ、お前がっ、ここにいるっ!」

 

「なんで、なんて……野暮なことを訊く。あんなに激しく、求めてきたのに……」

 

 同じ布団に入り、すぐ隣にいて腕枕で寝ていたという状況。

 

『目の前が真っ白になる』という表現があるが、なるほどこういう感覚を言うのか。

 

寝起きの鈍い頭では太刀峰の言葉についていけない。

 

「まて……待て、ちょっと待って」

 

「痛い、って……言ったのに、両手押さえて……上から覆いかぶさってきたり。獣みたいに後ろから……。何度も、何度も」

 

「……………………」

 

 え、やっちゃったのか? 俺。

 

いやいや、まさか……理性の塊、鉄の精神、不屈の魂と評される俺がそんな軽はずみな行動をするわけがない。

 

本当にそんな行為は一切記憶がない、憶えていない。

 

 なのに心臓は口から飛び出るのではないかと思うほど、どくんっどくんっ、と跳ね上がっている。

 

春とはいえ朝はまだ寒いのに俺の背中には冷や汗が流れ、外は小鳥が(さえず)っているのに部屋の中には沈黙が流れた。

 

「…………くすっ」

 

 はい、今確信した。

 

これは太刀峰一流……お得意のタチの悪いジョークだ。

 

 顔面蒼白になる俺を見た太刀峰は、口端をわずかに上げて小さく笑う。

 

別に太刀峰の演技力が高かったわけではない、ただ普段と同じような抑揚のないトーンのせいで嘘か真か判断がつかなかったのだ。

 

「お前本当に、いい加減にしてくれ……」

 

「慌てる逢坂は、面白い……」

 

「……今のシチュエーションでは言っていい冗談と言っちゃダメな冗談がある。お前の発言は当然後者だ」

 

「もし、ほんとにやっちゃってたら、責任取ってた……? 認知、してた……?」

 

「マジだったらそりゃ責任取って子供を幸せに育て……っておい」

 

「……くすっ。なにもなかった。大丈夫。ただ逢坂……寝相は悪い」

 

「その文句は寝ていた時の俺に言ってくれ。それよりもなんでお前がここで寝てんだよ。俺の部屋で寝てたんじゃなかったのか」

 

 太刀峰が起き上がり、束縛が解かれた左腕をベッドにつけて俺も起き上がりながら、そもそもの疑問をぶつける。

 

一悶着あって俺の部屋で寝ることに決まったのに、なぜ太刀峰が俺の隣で寝てたのか、これでは顔面(はた)かれ損(俺の誤解させるような言い回しが叩かれた大半の理由ではあったが)ではないか。

 

「寝てたら真夜中に……誰かに追い出された。どこで寝たらいいか、わからなかったから、逢坂に訊きに行こうと思って……この部屋に来て……寒くて布団に入った」

 

「起こせよ」

 

 はふぅ、と長台詞に疲れたため息なのか、それとも単に眠たいだけの欠伸(あくび)なのか判断しかねる声をもらして、ベッドの上で女の子座りになる太刀峰。

 

 んむ……つまり俺の部屋で長谷部と一緒に二人仲良く寝ていたが、夜中に何者かによって叩き出され俺の指示を仰ごうと思ってこの部屋に来て、結局ここで寝てしまったということか。

 

「まぁそういうことなら仕方ねぇな。今回は不問にしよう」

 

「ずいぶん上から……。逢坂だって、好き勝手してたのに……」

 

「おいおい、冗談はもういいって言っただろ」

 

「……これは、冗談じゃない」

 

 ベッドの外に足を出して立ち上がろうとしていたが、太刀峰のその言葉に振り向く。

 

まるで(なじ)るような瞳を俺に向けている太刀峰がそこにいた。

 

昨日から俺、こんな目をされることが多いな。

 

「勝手に枕代わりに、腕を借りたのは……わたし。でもそこから、抱きついてきたり……撫でてきたのは、そっち」

 

「…………」

 

 さっき言ってた寝相が悪いってのはこの事か。

 

 この話も冗談という可能性があるが、最初に冗談ではないとわざわざ前置きするくらいだし、喋り方からも怪しいところはない。

 

おそらく事実だろう。

 

 しかし俺にどうしろというのだ、寝ている時のことまで把握するのは不可能というものである。

 

「どちらにも非があった、ということで水に流すということにしよう」

 

「わかれば、いい」

 

「お前もずいぶん偉そうに言ってくれるな」

 

 ベッドから降りて立ち上がり、深く息を吸ってぐぐっと伸びをする。

 

寝起きの初っ端(しょっぱな)から驚かせてもらったので眠気は吹き飛んでしまった。

 

おかげで――と言うべきなのだろうか――肺に取り込まれる朝の少し肌寒い空気も、どこか心地良く感じる。

 

 姉ちゃんの部屋のハイセンス? なブロッコリーを模した置時計――あの森みたいなもさもさした部分に時計盤がついている。ブロッコリーの性質上時計盤が上を向いていて大変見づらい。およそ十五センチ――で時間を確認すれば現在時刻は六時十分。

 

いつもより少しだけ遅く起きてしまったが、二人を家まで送るくらいなら問題ない時間だ。

 

「……眠たい」

 

「我慢しろ」

 

 布団の上から動こうとしない太刀峰の腕を引っ張って無理矢理ベッドから引きずり出す。

 

 さて、さっさと朝飯食って着替えて太刀峰と長谷部を家へ送らねばならないのだが、なんだろう、なにか重要なことを忘れているような……小骨が喉に刺さっているようなそんな感覚。

 

思い出せそうで思い出せないというのはかなりもどかしく感じるが朝は忙しい、考え事は一旦保留にして、朝食を摂るためにリビングへ向かう。

 

いつから起きていたのか、眠たそうにふらつく太刀峰がこけないように手を握りながら、扉の取っ手に手をかけた。

 

 寝ぼけ眼を左手でくしくししながら、俺に右手を引っ張られて歩く太刀峰がぽつりと零す。

 

「……私を、追い出した人。誰……だったんだろ」

 

「あ、それだ」

 

 喉のあたりまで出かかっていた疑問を太刀峰が代弁してくれた。

 

 思い出した直後、どすんという重たいものが落ちたような音と振動、間を置かずに隣の部屋(俺の部屋)から『きゃあぁぁっ!』という悲鳴が二つ。

 

太刀峰が『真夜中に追い出された』と言った時点で勘づいて然るべきだったのに、お喋りしすぎて失念していた。

 

真夜中に帰ってくるのは姉ちゃんしかいないじゃねぇか。

 

 いまだ事態の深刻さを理解していない、薄ぼんやりした頭で二つのことを考える。

 

姉ちゃんにどう説明したものか、ということと、長谷部もあんな女の子然とした声出せるんだな、ということ。

 

長谷部の年ごろの女の子らしい部分というレアな光景をこの目で見れなかったのは残念だ。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

「大雨のせいで帰るに帰れんくなったから家に泊めた、っちゅうことなん?」

 

「そういうこと。ほとんど嵐みたいな天気だったし歩いて帰るには危ないと思ってな」

 

 現在俺は鼻を赤くしてキッチンで朝食を作りながら、リビングでいつもの座布団の上に座っている姉ちゃんに二人を泊めた理由を話していた。

 

鼻が赤いのは部屋に入った時に、姉ちゃんから掌底のような平手打ちを顔面に受けたからだ。

 

「なんや。そやったら先に言うてや。ちゃんとわけがあるんやったら、シバくこともあらへんかったのに」

 

「部屋に入った瞬間に殴っておいてよく言うよ」

 

 聞けば起きた瞬間、長谷部と肌が触れ合いそうなほど間近な距離にいて、驚いて大声を上げてしまったとのこと。

 

どすん、というのは、驚いた長谷部がベッドから転がり落ちた時の音のようだ。

 

まぁ、目が覚めて目の前に知らない人の顔が合ったらそりゃ驚くわな。

 

「え、と。自己紹介が遅れましたが……僕は逢坂くんと同じクラスの長谷部真希と言います。昨日は突然お邪魔させていただきまして申し訳ありません」

 

「同じく……太刀峰薫、です。お邪魔、してます」

 

 なぜか床の上で正座になっている二人が、礼儀正しく姉ちゃんに自己紹介をしていた。

 

三つ指をついて頭まで下げている、口調も丁寧……もはや別人だ、誰だこいつら。

 

 かけられた言葉に、キッチンにいる俺を見ていた姉ちゃんの目が二人に向けられる。

 

「ええよええよっ、そんなんせんでも! ほら、お客さんやねんからソファに座って! それより二人ともゆっくり眠れた?」

 

「はい、おかげさまでよく眠れました」

 

「わたしも、結果的にはよく眠れた……ました」

 

 姉ちゃんに促されるまま、二人はソファへと身体を移した。

 

質問に丁寧に返答する長谷部と、たどたどしい敬語の太刀峰。

 

「薫ちゃん追い出してもうてごめんなぁ、うち寝ぼけてもうてて」

 

「寒かった……でした」

 

「あはは、ごめんなぁ。真希ちゃんも驚かしてもうたし……腰大丈夫? 落ちた時に痛めてへん?」

 

「いえ、大丈夫ですっ。あの時は失礼しましたっ。」

 

「そかそか、よかった」

 

 体育会系らしく流れるような言葉使いの長谷部とは打って変わって、あまりにも敬語を使い慣れていなさすぎる太刀峰の対比が見ていておもしろい。

 

ただ、おもしろいことはおもしろいのだが、どこか二人とも違和感がある。

 

なにか萎縮しているような……俺と違って姉ちゃんは怖い外見をしているわけではないし、表情も明るいので悪い印象を持たれることは少ないのだが。

 

……あ、方言(大阪弁)か?

 

「二人とも、姉ちゃんは時々返す言葉がきつく聞こえたりするけど方言のせいであって他意はないぞ。初見で俺を叩いたところを見たせいで誤解しているかもしれんが、基本暴力は振るわない」

 

「方言ゆうな。日本の第二の標準語、大阪弁や。あと基本てなんやねんな、暴力なんてふるったことあらへんわ。さっきのは暴力やない、不可抗力や」

 

「物は言いようだな。日本語って便利」

 

 料理を進めながらリビングにいる二人に、姉ちゃんと接するうえのアドバイスをしておいた。

 

自分の中で切り替えでもしているのか、外ではふつうに標準語で喋っているらしいので問題はないのだろうが、今は家にいるので地が出ている。

 

 大阪弁のみならず、初めて関西弁を聞いた時、怖く感じる人がいるというのを以前どこかで聞いたことがあった。

 

なので二人が委縮している原因はこのせいではないかと思ったのだ。

 

そしてどうやら俺の考えは正鵠を射ていたようである。

 

「そう、だったんですか。てっきり僕は怒ってらっしゃるのかと」

 

「わたしも怒ってると、思ってた……ました」

 

「ちょ、怒ってへんよ。それどころか嬉しいくらいやで? 徹が恭也くんと忍ちゃん以外の友達連れてくるなんて初めてのことやからなっ。そういえば同じクラスゆうことは恭也くんと忍ちゃんとも同じクラスなんちゃうの?」

 

「はいっ、高町くんと忍さんとも一緒のクラスで……」

 

「あ~ちょい待って。話折ってもうてごめんやけど、敬語なんて使わんでもええよ? そんなん堅苦しいし、なにより仲良くなられへんし。普段通りに楽に喋ったらええから。二人のことはもう真希ちゃんと薫ちゃんって呼んでるし、うちのことも真守って呼んで?」

 

「は……う、うん。わかったよ。真守さん、よろしくね」

 

「わかった……真守、さん」

 

「は~っ! もうっ、二人ともかわええなぁっ!」

 

 呼び方をほぼ強制的に変えさせた姉ちゃんはいったいどこで琴線に触れたのかわからないが、もだえ苦しむように奇声を発した後、ソファに座る二人を抱きしめた。

 

 ちらりと盗み見るようにリビングへと目を向ける。

 

初対面だというのに距離が近すぎる姉に二人が困惑してるのではと思ったが、二人とも口元を綻ばせており、リビングは柔らかな空気だった。

 

 そう言えば昨日の夜、雑談の中で言ってたな。

 

太刀峰には弟が、長谷部には妹がいるが、二人とも姉や兄はいないって。

 

 頼りになる――か、どうかはさておき――年上の姉ができたような気持ちなのかもしれない。

 

ものの数分で心理的にも物理的にも、相手の懐に飛び込むというのはまったくもって姉ちゃんらしい。

 

 姉ちゃんは俺とは違って人と仲良くなるのが早く、コミュニケーション能力が高い。

 

それこそ一足飛び、気に入った相手ならなおさらだ。

 

相手のパーソナルスペースに這入り込むのが上手く、だからこそ短時間で打ち解けることができるのだろう。

 

その証拠に女の子三人(一人成人している者もいるが)の輪の中からは笑い声も聞こえている。

 

 あの輪の中に混ざる勇気は、俺にはないな。

 

 リビングから聞こえる華やかな三人の声をBGMに、俺はキッチンで一人寂しく朝食作りに励むのだった。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 予鈴のチャイムと同時に、俺たちは駆け足で校門をくぐる。

 

家を早くに出た割にはぎりぎりの登校となった。

 

「いや~、危なかったね」

 

「危うく、遅刻」

 

「お前らがなんの保証もねぇのに『間に合う間に合う』っつってのんびりしてたからだろ」

 

 朝食を済ませ、家を出たのが七時三十分ごろ。

 

二人とも俺の家からそこまで離れていないと言うのでその時間に出た。

 

言葉通り、たいしてかからず二人の家に着き(長谷部と太刀峰の家同士は近かった)、学校へ行く準備もすばやく済ませた。

 

 そこまではよかった、時間を食ったのはここからだ。

 

後は学校へ行くだけとなったところで時間に余裕があるとわかると、二人は急に歩くスピードを緩めた。

 

さらには二人の家のご近所さんが飼っている人懐っこい犬とじゃれたり、朝の散歩と称してわざわざ遠回りしたりと自由奔放勝手気ままに動き、気づけばバスの時間にも間に合わず、走って学校まで向かうことになったのだ。

 

「逢坂も……楽しそうだった」

 

「よく言うよね、僕たちよりも無邪気にしてたのに」

 

「それは、まぁ……仕方ねぇだろ」

 

 散歩という名の寄り道の際、二人ご自慢の穴場スポットへ招待されたのだ。

 

あまり人に知られていない小高い丘の上からの海鳴市の景色は、それはもう気分が高揚した。

 

海が近い事もあり感動するに足る光景で、正直もう少し眺めていたかったくらいだ。

 

「あの場所はあんまり人に教えないようにしてね。僕たちでも綾音くらいにしか教えてないんだ」

 

「たしかに人が増えると困るな。わかった、黙っとく」

 

「綾音……すごく喜んでた。ピクニックしたい、って」

 

「鷹島さんらしい可愛い発想だ。癒される」

 

 エントランスに入り、靴箱で校舎内用の上履きに履き替えてから自分たちの教室に行く決まりになっているのだが、ここで俺は少し考える。

 

見目だけは麗しい女子二人(長谷部・太刀峰)と並んで入るというのは、また誤解の種になるのではないだろうか。

 

二人と談笑しながら登校している時点で遅い気がしないでもないが、登校時と校舎内では生徒の数が違う。

 

鎮静化しつつあるという俺の噂がまた再燃されたら面倒だ。

 

かといって二人に『噂が広がりそうだから先に教室に行ってくれ』というのも、自意識過剰なようで憚られる……どうしたものか。

 

 履いていた靴を靴箱にしまって上履きに履き替えていると、ヴヴヴとポケットに入れていた携帯が振動した。

 

取り出してみてみると宛名は『鮫島さん』、渡りに船とはこのことか。

 

「すまん、電話出てから行くから先に教室に行っといてくれ」

 

「ん? わかった。でももうすぐ本鈴だからね、早くしなよ」

 

「……遅刻、しないように」

 

「わかってるって」

 

 足早に階段を上っていく二人を見送り、今も震え続ける携帯の応答ボタンを押す。

 

本当なら昨日のうちに俺から電話すべきだったのにな。

 

 こんな時間から登校するような生徒がこの学校にいるとは思えないが教室へ向かう生徒の邪魔になるかもしれないし、さすがにど真ん中にいると教師の目もあるので靴箱が立ち並ぶエントランスの端のほうへと移動する。

 

「もしもし、昨日はありがとね、鮫島さん」

 

《いえ、お気になさらず。こちらこそ報告が遅れて申し訳ありません。すべて片付けてから報告しようとしたのですが、少し手間がかかってしまったもので》

 

 手間? なんのことだろうか……女子バスケ部の四人を送り届けるなんて鮫島さんにとってみれば朝飯前どころか晩飯前だろうに。

 

俺の無言から疑問の意を感じ取ったのか、気の利く鮫島さんは俺の返答を待たずに続ける。

 

《バスケットコートで寝ていた男たちは全員こちらで 『 対処 』 しておきました。それに少し時間を取られてしまったのです》

 

「た、対処……?」

 

《ええ、 『 対処 』 です》

 

「…………」

 

 なんでだろう、その単語自体にはそこまでの不穏当な意味はないのに、鮫島さんの言う『対処』にはとても暗い響きが伴っている。

 

確実に対処の枠には入らない色んなことがその隙間に入っていると思う。

 

 でも、俺としても助かったという面があるのは事実だ。

 

向こうからかかってきたし手加減できる状態ではなかったとはいえ、倒した九人の中には反撃をやりすぎた人もいた。

 

とくにバール男とかは、投げ返したバールが狙ってやったわけではないとはいえ刺さっちゃったし。

 

あれらをそのまま警察に突き出していたら俺も危なかっただろう。

 

過剰防衛と取られてもしょうがない惨状だった。

 

 鮫島さんには女バス部員たち四人の送り届けと、男たちについてと二回も助けられることになってしまった。

 

「ありがとう、鮫島さん。恩に着るよ」

 

《いえいえ。成り行きとはいえ徹くんに貸しを作ることになったのですから、中途半端な仕事はしませんよ。安心してください。これも承った仕事の一部です》

 

 仕事の幅が広すぎる……。

 

「料理をご馳走するときは腕によりをかけるから期待しててね」

 

《ふふっ、楽しみですね》

 

 鮫島さんはまさしく仕事人だった。

 

できる大人が近くにいてくれるとここまで頼もしいとは思わなかったぜ。

 

 鮫島さんは『またなにかあればすぐ声をかけてください』と最後まで格好いいセリフで締めた。

 

「はぁ、いぶし銀だなぁ。さすが執事」

 

渋い男の余韻にひたりながら、携帯を眺める。

 

ディスプレイの上のほうには小さく八時二十九分とあった。

 

本鈴まで一分を切っている。

 

「やっば……っ」

 

 携帯をズボンのポケットにしまい、教室に向かうため俺は急いで階段を駆け上った。




鮫島さんとか親しい年上と会話するときは口調がどこか幼くなる主人公です。

これにてお泊り会は終了、もう少し……もう少しで進行編に戻りますのでご容赦を……。

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