「当初の予定より随分と人数が増えてしまったわけだ。全員分の料理を一品一品作っていては、いくら徹でも骨が折れるだろう」
「労力はともかく、時間はかかるな」
「それなら食事の時はビュッフェスタイルにする?」
「ビュッフェス・タイル……どんな柄なんでしょう?」
「鷹島さん、区切るところが違う……。ビュッフェ・スタイルだ。忍が言ってるのはパーティとかであるような立食形式にしようって話」
「あうぅ……」
「こら徹! なに綾ちゃんをいじめてるの! 綾ちゃんが言うなら立食も床材になるのよ!」
「いや忍、それはめちゃくちゃすぎる」
ずれた勘違いをした鷹島さんが頬を染めながら俯いた。
それを見た忍がなぜか俺を糾弾する……理不尽だ。
四月二十四日、木曜日。
翌日に勉強会の買い出しを控えた放課後。
教室で恭也と忍、それと鷹島さんを加えた四人で勉強会で出す料理の献立もろもろについて話し合っていた。
話し合っていた、というより順にリクエストを訊いていき、当日に料理可能ならそれを採用する、というものだが。
さすがに俺一人で供される料理の全てを決めるというのは荷が重い。
ちなみに長谷部と太刀峰は部活のため不在。
ただ二人からは部活に行く前に『なにか肉』という伝言を預かっている。
あいつらの脳内には肉しかないようだ。
話の方向がデザートに移りつつあった時、ユーノから念話が入った。
ジュエルシードの反応をキャッチしたとのこと。
俺もユーノに詳しい位置を教えるよう、念話を返す。
「デザートなら私はですねっ、前に逢坂くんが持って来てくれたチーズケーキがいいですっ!」
「和むわね」
「ああ、和むな」
「んむ、和む。チーズケーキ採用」
「私の時と反応が違いすぎない? ねぇ、徹。ねぇ」
鷹島さんが小さい身体を精一杯使って身振り手振りを交えながら、以前食べた俺謹製のチーズケーキについて感想を述べる。
また食べたいです、という鷹島さんの意見を脊髄反射的に採用して忍に文句を言われながら、同時進行でユーノとも念話を続けた。
場所は海鳴市郊外、工業地帯付近で反応を拾ったそうだ。
なのははすでに向かっているとのこと。
昨日の夜にレイハが完全復活したとの一報を受けていたのでタイミングとしては良かったのかもしれない。
病み上がりに近いレイハにあまり無理はさせたくないが、こればかりは仕方ない。
俺の力では発動前のジュエルシードしか封印できない、暴走でもされたら手のつけようがないのだ。
だから俺は自分のできる最大限のフォローをすることにしよう。
「あの、逢坂くん」
鷹島さんが指先をもじもじとさせながら話しかけてきた。
なにこのいじらしい姿……心臓に矢が刺さったかと思った。
脳を介さず鷹島さんを抱きしめそうになった両腕を理性と根性で止める。
「デザートなんですけど……彩葉はあまり甘すぎるのは苦手なので……甘みを抑えたものを一つ、作ってもらえたらなぁと……」
「あぁ、いいよ。恭也も甘すぎるのは苦手だし、俺も甘いのばっかりだと胸焼けするし、もとからいくつかは抑えたものを作ろうと思ってたんだ。口直し的な意味にもなるし」
「鷹島さんの妹さん……性格が大人っぽいとは聞いていたが、まさか味覚まで大人びているのか」
「あれ? 高町くん、彩葉のこと知ってるんですか?」
「なのは……妹から聞いたんだ」
「へ~、そうだったんだ」
「…………」
「なによ、徹。じっと見つめてきちゃって。私に惚れたの?」
「俺が恭也と同じこと言ったら絶対に罵倒するくせに、恭也には何も言わねぇんだな。あと冗談は破綻した性格だけにしてくれ」
「清廉潔白な恭也と前科持ちのあんたを比べたらそりゃあ扱いに差は出るわよ。あと誰の性格が破綻しているのかしら」
「前科っ……なんて持ってなっ、ぁっ……。て、手を……離してくれっ! 骨がきしみ始めてる!
「先に前言撤回しなさいな」
「ごめんっ、わかった! 忍の性格は冗談では済まない!」
「握り潰すわ」
「なんでだっ! 撤回しただろ!」
「徹は優秀な頭脳を持っているくせに時々使い方を誤るな。残念だ、惜しい人を亡くした」
「し、忍さん凄いです……腕だけで逢坂くんを持ち上げるなんて」
さて、次なる問題はどうやってこの場から退席するか、だ。
翠屋の手伝いもある恭也や、習い事などなにかと忙しい忍、なるべく
この三人にわざわざ放課後に残ってもらっておいて申し訳ない限りだが、
なのはが一人で無茶をしないように、俺もすぐに向かわなければならない。
鷹島さんの嘆願のおかげで一命を取り留めたものの、いまだじんじんとした痛みを残す頭を抱えながら言い訳を考える。
普通に『帰る』と言ったところで恭也と鷹島さんはともかく、忍が許してくれるとは思えない。
最終手段を使うしかないか……。
「頭の痛みで思い出した。姉ちゃんから買い物頼まれてたんだった、忘れちまってた」
「あ……ああ、真守さんに、か……。そ、それならすぐに帰った方がいいだろう。徹、真守さんによろしく言っておいてくれ」
「おう、すまん。恭也が会いたがってたって言っとくぜ」
「そ、そこまでは言ってないのだが……」
「きょ、恭也。その言い方は真守さんに失礼よ。まも、真守さんからの頼まれごとなら仕方ないわね……早く行きなさい、それはもう脱兎の如く。私からも真守さんによろしく言ってたって伝えておいてよ、徹」
「任せろ、忍が寂しがってたって言っておく」
「あぅ、えっと……そこまでは言ってない、わ……」
「逢坂くんのお姉さん、ですか? どんな人なんですか? 一度会ってみたいです!」
「鷹島さんなら可愛がられるだろう……いろいろと」
「そうね、綾ちゃんなら絶対気に入られるわよ。ええ……絶対、ね……」
「な、なんで高町くんも忍さんも遠い目をするんですか……?」
「じゃあ鷹島さん、悪いけど先に帰るよ。彩葉ちゃんには楽しみにしててって言っておいてもらえる?」
「はいっ、彩葉も絶対喜ぶと思います! 逢坂くん、また明日です!」
手を振って鷹島さんに返事をして、顔に影を差している恭也と忍にももう一度謝りながら教室を出る。
姉ちゃんをだしに使えばあの二人なら(特に忍は)絶対に許してくれると思っていた。
古くから馴染みのある恭也と忍とは家族ぐるみで親交が深く、姉ちゃんに昔から恐怖を刻まれ……もとい、とても可愛がられていたからな。
……姉ちゃんだって悪気はないんだ、ただ愛情表現が激しすぎるというだけなんだ。
集まってくれたのに嘘を吐いてしまった三人と、出ていく口実に使ってしまった姉ちゃんにごめんなさい、と心の内で謝罪しながら俺は走った。
*******
海鳴市の中心部から距離を置く港湾地区工業地帯。
当時のことは詳しく知らないが、昔は造船所や製鉄所、資材搬入搬出倉庫などがあってそれなりに栄えていたらしいが、今は遠目でもわかるほどに廃れてしまっている。
現在では数社を残すのみとなっていた。
目の前の工場らしき建物の入り口から中をのぞき込むが、人の気配はない。
ここももう閉鎖されているのだろうか、工場で働く作業員がいないのは助かる。
人の目を気にしながらでは探索にムダな時間がかかってしまうからな。
しかし作業員も見当たらないが、なのはやユーノやレイハの姿も見当たらない。
この近くだとは思うのだが、場所を間違えたか、それともまだ到着していないのか。
「あっ、徹お兄ちゃーんっ!」
聞き覚えがあるどころではないほど聞き馴染んでいるなのはの声を捉えて後ろを振り向けば、視野の下方限界に一瞬、二つの茶色い触覚が見えた。
俺は今までの経験から刹那にも満たない時間で悟る……これは高町家の対逢坂徹歓迎撃システム、なのはロケットだ。
集中の極致、灰色に塗り潰される視界、引き延ばされた主観の中で俺は思考する。
今ここで、なのはの元気溌剌全力全開のタックルをもろに食らえばこれから行われるであろう戦闘に支障が出るかもしれない、いや出る、必ず出る。
なのはとフェイトの
暗黙の了解でしかないのだ。
突如事情が変わり、総力戦のような最悪の状態が起こることを予想しておくのは必要だろう。
総力戦となれば俺も戦いに加わることになるのは必至、ここで体力を消耗するわけにはいかない。
なら間近に迫る
ここでフェイトとの戦闘を控えるなのはの内臓破壊行為(本人は抱擁と認識しているようだが)を回避してしまってモチベーションを下げてしまっては元も子もない。
ジュエルシードの回収が目的なのだから戦闘に差し障るような真似をするのは本末転倒だ。
数瞬というわずかな時間の中、マルチタスクによる並列思考の末、結論は出た。
直撃はできない、かといって避けることもできない、ならば俺が取るべき手段は……。
「っ……。おぉ、なのは。今日も元気で何よりだ」
「わたしのほうが先に向かってたはずなのに徹お兄ちゃんのほうが先に着くなんて! さすが徹お兄ちゃんなの!」
「よーしよし。ありがとう、なのは」
野球でいうセーフティーバントのような、三塁線上ピッチャーとサードの中間に転がすような精緻な力加減だった。
なのはに違和感なく飛びつかれながらも自分に深刻なダメージが残らないよう、小さく後ろに飛び退いて威力を軽減したのだ。
……なんで戦闘前にこんなに集中力使ってるんだろう。
俺の腕をぎゅうっ、と握ってくっついているなのはを下ろす。
下ろすときになのはの肩に乗っているユーノと目が合った。
「急にお呼び出ししてすいません、兄さん」
「構わねぇよ、遅れずにすんでよかった」
「体調のほうはもう大丈夫ですか?」
「あぁ、完全回復だ。身体もリンカーコアもな」
肩に座っているユーノの頭を人差し指の腹でちょこちょこと撫でる。
気持ちよさそうに目を細めたのち、腕を伝ってなのはから俺の肩へと移動した。
「なのははどうだ? 身体の感覚がいつもと違ってたりしないか?」
「…………」
急になのはのつぶらな瞳からハイライトが消えていた。
その目は俺の顔からかすかにズレているようだ、どこを見ているのだろう……ちょっと怖い。
「なのは?」
「ふぇ? あ、うん! 今日もばっちりだよ!」
「そうか、それならいいんだ。体調が悪い時は必ず言えよ、怪我する原因になるからな」
「うん、ありがとっ」
バックステップで威力を軽減させたはずなのに俺の腹部にダメージを与えていることから元気いっぱいなのはわかっていたが、一応確認した。
これもコミュニケーションの一環、こういうところから信頼関係というのは構築される。
「レイハも完全に治ったんだよな?」
『…………』
「……おい、レイハ?」
『…………』
「お、おい。まだ万全じゃねぇのか……?」
ハイライトを失った目で俺の肩をじぃぃっと
点滅すらしないとはどういうことなんだ、まだ不調なのか?
『……お久しぶりです』
「うおっ、なんだよ、喋れるんじゃねぇかよ。心配させんなよなぁ、まったくもう」
なにも言ってくれなかったせいで胸中ざわつき始めていた俺に、やっとレイハが言葉を返してくれた。
しかしなんだろう……いつもとノリが違うというか、言葉のニュアンスに違和感を感じるというか……そう、トゲがない。
「なんだよ、らしくねぇな」
『いえ、私はいつもこんな感じですよ、徹さん』
「とっ、徹
『……たの……でしょう……』
「な、なんだ? なんて言ったんだ、レイハ?」
いつもはっきりと、胸に突き刺さるほどはっきりとものを言うレイハが珍しく小声になる。
聞き取ろうと耳を近づけると、胸元に顔を近づけられたなのはが後退りしてまた距離が広がってしまった。
なのはが『ひゃぁっ』と暴漢に襲われる少女のような悲鳴じみた声をもらしたが、あいにく今の俺にはそちらを気にかけるほどの余裕はない。
しかし、小学三年生の女の子を力づくで押さえて胸に顔を寄せるっていうのはとても犯罪的だな。
『こんな、こんなところで……』と、なにやらよくわからないことを呟いているなのはを聞き流しつつ、レイハに注視する。
突如、スタングレネードのような強烈な光が俺の目を焼いた。
『あなたのせいでしょう、って言ったのですっ!』
ジュエルシード暴走時並みの閃光をあたり一面にぶちまけながらレイハが叫んだ。
その声と光でなのががさっきとは違う種類の悲鳴を上げてふらつき、驚いたユーノは俺の背中へと避難する。
俺は顔を近づけていたせいで視覚はもちろん、聴覚まで多少やられた。
きぃん、と耳鳴りはするし、まぶたを閉じていても赤い輝きがちかちかと瞬いていて、三半規管の感覚にまでパニックが及んだのか少しめまいを覚える。
回復してきた目でなのはを見ると、くるくる目を回していた。
「お、俺のせいって……いったいなにが」
『そうでしょうっ! 私が修復に専念していて抵抗できないのをいい事に無理矢理……き、きき……すをしてきたせいでっ、どんな顔して会えばいいかわからなかったんですよぉっ!』
「お……あ、ええっと。それは……」
あれか、先日なのはの部屋にケーキの差し入れに言って慰めた時の、あの件か。
『忘れたとは言わせませんよっ!』
「そ、そんなこと言わねぇよ。憶えている、当然だ」
なのはを守るという約束をその身に代えてでも果たした、レイハの覚悟を見た日のことだ。
俺もその時決意を新たにしたんだ、忘れるわけがない……忘れられるわけがない。
ただ、しかしな……。
『私はとても悩みました、ええ、悩みましたとも。まぬけな私を笑うならどうぞ笑ってください。運の良い事に考える時間はたくさんありましたからね、オーバーヒート寸前まで考えました。ディバインバスター五連射しても届かないほどの熱量を発しながら、マスターのハンカチを一部焦がしてしまったほどに物思いに耽りましたよ。そんなこと言うまでもないほど当たり前のことです。私はデバイスで、徹は人間なのですから。この大きな壁を乗り越えるには途方もない苦労とさまざまな障害があると思いましたが、それでも私は決めました。徹の行動にちゃんと答えようと
「その前に聞いてくれるか、レイハ」
とんでもない方向に暴走したレイハのセリフに強引に割り込む。
最後まで言わせた後に事情を説明したら俺の命が消し飛ぶだろうことは確信できた。
この前、俺の家に長谷部と太刀峰が泊まった時、あの二人は言っていた……『逢坂は人を勘違いさせる行動が多すぎる』、と……なるほどな、たしかにそのようだ。
認めよう、その言は事実であると。
しかし、今となっては後の祭りだ。
これからは俺の性格を改めよう、と思ってもレイハにしでかしたことがなくなるわけではない。
悪気を持ってやったわけではないと誓えるが、誤解させてしまったのなら晴らさなければいけない……その責任は果たすべきだ。
依然としてなのはの肩を掴みながら、生唾を飲んで覚悟を決めて、どくんっどくんっと脈動するように明滅を繰り返すレイハに告げる。
「すまん、誤解なんだ……」
『はい、私も徹が…………はい?』
レイハの球状の身体に灯される光が急速に小さくなり、そして消えた。
返事がとても冷め切っていて、五臓六腑が口からこんにちはしそうな緊張感と恐怖心を必死で飲み込みつつ、俺は続ける。
「あれは……なんだ。すぐに良くなってまた声を聞かせてくれよっていう願掛け、というか……」
『…………』
「ゆ、ゆっくり休んでくれ、という思いを込めた寝る前の挨拶、と……言いますか……」
『……………………』
「ですので、愛の告白というわけではなくて、ですね……」
『…………………………………………』
レイハの無言の圧力を受けて徐々に敬語になってしまった。
なんと情けないことか。
俺はレイハに言っているつもりだが、傍から見ればなのはに詰め寄っているようにも見えそうだ、などと精神状態の安定を求めて現実逃避に走る。
輪をかけてなんと情けないことか。
『……ふふ、ふふふ。そういうことでしたか』
「あ、あはは。そういうことだったんだよ」
二人して乾いた笑いを送りあう。
俺にとってみれば死刑宣告までのカウントダウンにしか思えない。
『ふ、ふふ……はぁ……っ。Restrict lock』
「ちょっ!」
桜色に光る捕縛輪で俺の両足、両腕、腹部、果ては頸部に至るまでを固定された。
前に模擬戦をした時、これと同じ拘束魔法をハッキングで破壊したから警戒して数を増やしたのかっ。
なのはが前後不覚となっている隙に主の魔力を私用で勝手に使うってのはデバイスとしてどうなんだ!
『Divine shooter,standby』
「待て待て! 待機って……まだ重ねる気かよ! シャレにならんって!」
『Divine……』
「死ぬわ!」
流れるような手際で術式を組み上げていくレイハ。
このままではこれからあるかもしれない戦闘に差し支えるどころの話じゃない、
もはや俺の生命の危機だ。
「んむっ!」
ぱきぃん、と小気味いい音を響かせて拘束魔法の残滓が飛び散る。
腕の拘束はハッキングを利用して砕いたが、他の部位の捕縛輪の解除には間に合いそうにない。
なんとか障壁発動のため腕の自由は確保したが……この距離では防ぎきれるかどうか。
『……Buster,at the same time divine shooter』
「模擬戦の時よりひどくなってんぞ!」
『Wait for an order.やめてほしければ降伏して私の命令を一つ聞きなさい』
「……はい」
最終的に、レイハの働き如何に関わらず、事あるごとにお手入れするという条約を結ばされる運びとなった。
あれだけ盛大に脅したわりにとても可愛らしい命令だなぁ、と口を滑らしてしまった俺の腹部に一発のディバインシューターがめり込む。
口は災いの門、雄弁の銀沈黙の金ってのはこのことだな。
早くジュエルシードを探しに行かないといけないのに、なにやってんだ俺たち。
忍やレイハが絡むとついつい文章量が増えてしまいます。
やりやすいんですよね、掛け合いとか。