つい張り切っちゃいました。
目測で十メートルとすこし離れた位置に立っている、自称時空管理局執務官、クロノ・ハラオウン少年の一挙手一投足を見逃さぬよう括目する。
つい先ほどは短絡的にも手を出してしまったが、今は冷静さを取り戻して相手の分析に集中していた。
相手は疑う余地もないほどに格上、策もなしに突っ込んでしまえば、路上の落ち葉を掃くように簡単になぎ払われるだろう。
そしてその場合、一瞬でけりがつく。
時間稼ぎどころか、注意を逸らすこともできなくなる。
大前提として、それだけは避けなければならない。
しかし、現状ではどうにも情報不足だ。
クロノ少年がどのような戦い方を得意として、どのような戦い方を不得手とするのか判断する材料があまりにも少ない。
クロノ少年を注視しつつ、記憶をもとにここまで得たデータを洗い直す。
わかりやすく魔法を使っていなかったとしても、相手の些細な動作でどういう人間かくらいは大抵見当をつけられるからだ。
俺はいつでも動けるように身体に力を
俺の不意討ちの一打を見事に防いだことから、近距離戦闘はある程度心得があるように感じ取れたし、なのはとフェイトに拘束魔法をかけた時の発動速度には目を見張るものがあった。
魔法の技術も相当なものを持っていると考えていい。
二人を解放する際にハッキングして術式を視たが、とても理に適った組み上げがなされており、頑強で堅固な仕組みになっていて――俺のハッキングはそういった堅牢性を一切合切無視するが――逆に感心させられたほどだ。
ユーノの結界を独力で打ち破ったことにも感嘆するが、俺が驚いたのは上空から飛行魔法で急降下した時の着地の動作。
目にも
設置するそのタイミングで飛行魔法のベクトルを下から上に変更し、優雅にソフトランディングしたのだ。
急速に地面に迫りながらも飛行魔法を使い続ける度胸と、地面すれすれで落下エネルギーを相殺させる精緻な魔力コントロール。
それはすなわち、絶対に失敗しないという自信あっての挙止であった。
クロノ少年は俺を、その鋭い眼光でもって射抜き貫かんとしている。
杖の先端、前衛的なデザインをしたそれを俺へとまっすぐに向け、右足を半歩ほど前に出した隙のない構え。
すぐにでも射撃魔法が飛来してきそうな迫力がありながらも、その姿に違和感はない。
これでも武道の一門の末席を汚す俺だ、こういった所作は一朝一夕で身につくものではないことくらい重々承知している。
目の前の少年が、長年に渡り修練を積んでいることは想像に難くない。
登場して早々に傲然というか、高圧的な言動で俺たちに接触してきたので自信過剰で慢心しきった人間性かと思いきや、これがどうして、いっそ清々しいまでに実力に裏打ちされたものであった。
クロノ少年はとても真面目で細かい性格のようである。
使われた魔法からもそれは見て取れる。
飛行魔法の緻密なコントロール、拘束魔法の効率的な術式組成、不意討ちにも動揺せず対処する冷静さ。
クロノ少年が、実力がありながらも思い上がらず自惚れず、日々研鑽を積んでいるのはわざわざ口に出す必要もないほどに明らかだ。
ただの自信過剰なお子様ではない。
そんな彼ならば、無論、攻撃魔法にも努力を重ねていることだろう。
まだ実物は見ていないが、フェイトやなのはクラス……いや、それ以上の力を有していると考えて動くべきだ。
なんの工夫も施されていない通常の俺の障壁では、アルフやフェイトが使う一発あたりの威力はそれほどでもない弾幕用射撃魔法でも蜂の巣のように穴だらけにされる。
強敵相手では俺の障壁は水に濡れたオブラートほどに役に立たない。
障壁の発動時は最初から、密度変更版を使うこととしよう。
「こちらに戦う意思はない。ただ君たちの状況と、現状の説明をしてもらいたいだけなんだ」
はっは、と乾いた笑いがこぼれてしまった。
「先に手を出してきておいてよく言えたな。センスのある冗談だ。信じてもらえるとでも思ってんのか?」
「兄さんっ、戦っちゃダメです! 相手は時空管理局の人ですよ!」
「そいつは自称だろう。証拠はねぇよ」
「証明書ならある。君が殴りかかってきたから出せなかったんだ」
「その証明書とやらだって本物かどうかこっちでは判別できない。なにより正義の味方を自任する強大な組織ってんなら、一般市民に対してあまりにも不躾すぎただろ。本物だろうが偽物だろうが、結局信用するに値しねぇよ」
そういえば以前、ユーノから魔法の説明を受けた時に、その魔法の傾向について言及していた気がする。
なのはやフェイト、つまりは俺たちが使っている魔法は正式名称をミッドチルダ式魔法――長いのでミッド式と略されるらしい――というらしい。
紐つけてベルカ式という魔法の系統も教えてもらったが今は関係ないので置いておく。
ミッド式は汎用性と、多様な局面で使えるようにバリエーションに重きを置いているらしく、範囲は近距離から遠距離までカバーでき、障壁などの防御、拘束や回復などの補助的な役割の魔法も多々あり、非常に使い勝手がいい(適性がなければ無意味だが)。
そしてここで重要なのが……ミッド式の魔導師は、いざ戦いとなれば基本的には射撃や砲撃といった距離を取った攻撃が主となるらしいということ。
フェイトやアルフのような、がちがちの近距離型ばかり見ていたのでユーノの言葉を少し疑い始めていたのだが、どうやらクロノ少年は中遠距離型のようだ。
苦手とまではいかないにしろ、少なくとも接近戦を専門としているわけではないと見える。
変形するという可能性はあるが、杖もフェイトが携えるバルディッシュのような近接戦闘で使う武器としての形ではなく、なのはのパートナーであるレイハにどことなく似通っているところがある。
以上、ユーノの言葉と杖の形状からの推定を含めた仮説。
クロノ少年は中遠距離型、拘束魔法で動きを封じ、なんらかの攻撃魔法で行動不能にする、という戦術だろうと推測する。
導き出した仮説をもとに戦い方を組み上げていく。
もちろん、この仮説は予想でしかないので、あくまでも『こういった傾向にあるかもしれない』と心に留めておく程度であるが。
攻める取っ掛かりはできた。
あとは全力でぶつかるだけだ。
「そっちから来ねぇんなら、俺から行くぞ」
「……仕方ない。動けなくしてからゆっくりと話をしてもらう」
身体の状態を確認するように爪先で地面を叩き、腕を振る。
深呼吸して少年を見据え拳を握り込み、腰を落として足に力を入れ、踏み込んだ。
「っ!」
地を蹴り接近戦に持ち込もうとしたが、二メートルほど進んだあたりで腕と足に引っ張られるような衝撃が走った。
見れば左足と右腕に水色の鎖が巻きついている。
設置型のバインド……いつ仕掛けられたのか全くわからなかった。
俺が踏み込んだ瞬間に張ったわけではないだろう、事前に用意してなければこのタイミングには間に合わない。
言葉を交わしたり睨み合いをしている時から準備していたということだ。
「設置型……そっちも
「なるべく無傷で解決したいと考えていたからバインドを設置したんだ。抵抗しなければ危害を加えるつもりはない」
「それは、気に食わないことをしたら叩き潰すぞ、っていう遠回しな脅しか?」
「違う! そんなつもりで言ったんじゃない!」
肩を上げて、腕にかけられていたバインドを破壊する。
会話中にハッキングしておいたのだ。
ただ、壊すことは壊せるが、なかなかに穴のない術式であることに加え、今まで経験した拘束魔法と少し違うプログラムということもあり、案外時間がかかってしまう。
慣れれば解く時間も短縮できるが、強者であるクロノ少年がそこまで悠長に待ってくれるとは到底思えない。
力技も考慮に入れておくべきか。
「……やはり手で掴まずとも壊せるのか。ならばこれでっ! ストラグルバインド!」
『Struggle Bind』
足を縛る鎖がもう少しで崩せるという時に、クロノ少年が杖の先端部をこちらに向けて、もう一つ拘束魔法を追加した。
クロノ少年の魔法陣から伸びたそのバインドは、見た目は水色に光るロープといったところ。
普段であれば回避するのに訳はない程度の速度であったが、足に水色の鎖が絡んでいるせいで躱せなかった。
外見だけなら腕や足にかけられたバインドよりも脆そうだが、身体に巻きついて初めてその効果を実感する。
「魔力付与が……解除された?」
「これで無理矢理バインドを破壊することもできないだろう。怪我をする前に投降してもらいたい」
水色の縄が絡みついた瞬間、身体の表面を覆う魔力付与が俺の意思とは関係なく、強制的に解除された。
もしや、この拘束魔法は捕縛すると同時に魔法を使えなくさせる効果もあるのか? だとしたら脅威なんてものじゃない。
主力である魔力付与が封じられては、他に戦闘に使用できる魔法のない俺ではまともに戦えなくなる。
そうでなくとも力量には歴然たる差があるのだ。
魔力付与を失うということは、継戦能力を失うことと同義だ。
よって俺は――
「ふんつっ」
「んなっ!」
――足の拘束は一時保留とし、面倒で邪魔くさい副次的な効果を持った縄を引き千切った。
どうやらクロノ少年は、俺が拘束魔法を破るのに魔法を使っていると勘違いしていたようだな。
たしかにさっきの縄――ストラグルバインドといったか――は強力だ。
設置型のバインドに比べて発動するのに時間はかかり気味だったし、魔法陣が展開されてから縄が伸びる速度もお粗末なものだったが、魔法の強制解除をして、なおかつ拘束できるのだから相手は抜け出す術がないだろう。
だが残念ながら、それは『魔法』を解除するだけだ、俺のハッキングを封じる枷たりえない。
俺自身でこの能力を『ハッキング』と銘打ってはいるが、厳密には魔法ではない。
これは触れた魔法に自分の魔力を注ぎ込み、術式に介入してプログラムを
自分の魔力さえ使えればハッキングの行使に支障はない。
この縄が魔力すら封じ込める代物だったら、俺はこの時点で両手を上げて降参しなければいけないところだった。
その点では助かったとも言える。
「目論見が外れたか? 初めて動揺したな。やっと隙ができた」
「こっ……の!」
即座に足のバインドを瓦解させ、縄を破壊したことで使えるようになった魔力付与を再度展開する。
俺にかけた合計三つの拘束魔法、その
しかし慌てたためか、最初にかけられた設置型のバインドのように不可視にはならず、ほんの一瞬だけ水色の魔力光が俺の近くで煌めいた。
もちろんその兆候を見逃さず、あえて少年に近づくことでバインドを回避する。
バインドを置き去りにするように襲歩で急速接近し、その勢いのまま右の拳を振り抜いた。
「はっ、やいなっ……。見事なものだ」
「才能がないもんでね。一つを極めないと追いつけねぇの」
俺の拳は水色の障壁に阻まれ、鈍い音と衝撃を辺りに撒き散らした。
ダメージを与えることはできなかったが、ここまでは予想通りなので構わない。
障壁に触れている右手でハッキングを行使、構成されている術式を掻き回して強度を落とす。
防御されてからが俺の策だ。
「なんだ、これは……っ! なにをしたんだ!」
「種明かしの時間にはまだ早いな」
拘束魔法とは違い、防御魔法の障壁は常に魔力を送り込んでいるのでハッキングによる違和感に気づいたのだろう。
だが、気づいたところで何もできはしない。
術式が崩壊しているのだから、魔力を注ぎ込んでも落ちた強度は戻らないのだ。
俺が手当たり次第に書き換えていく術式を俺に勝る速度で修正できるなら抵抗も可能だろうが、術式とは本来緻密に練り上げられるもの。
壊すのは簡単でも、それを自分の手で直すとなると途端に難易度が上がる。
それこそ、障壁を一度解除し、作り直した方が早いほどに。
「判断が遅れたな」
「くぅっ……」
クロノ少年を右足で障壁ごと横薙ぎに払う。
ぼろぼろになった障壁で防ぐことはできないと瞬時に悟った少年は、咄嗟に俺の右足と自分の身体の間に杖を挟むことで直撃を回避した。
杖による防御は成功したが、魔力付与と捻転力を乗せた蹴りの衝撃までは受け流すことができなかったようで五メートルほど吹き飛ぶ。
やはり読み通り、近接戦においてはいくらか俺に
クロノ少年は近距離戦もそつなくこなすようだが、それは所詮『そつなくこなす』程度だ。
さすがに
アルフならまず右拳の打撃は障壁を使わずに回避しただろうし、続く蹴りも確実に防ぐか躱すかしてくるだろう。
鮫島さんあたりだと一撃目からカウンターを合わせてくるし、蹴りなどもはや打たせてくれるかさえわからない。
このように俺の周りには零距離格闘の鬼が多いからな、『そつなくこなす』程度の技量なら俺に軍配が上がる。
クロノ少年が体勢を立て直す前に畳みかけるため、襲歩の構えを取るが、ちらりと少年の顔が目に入った。
嫌な気配を感じ取り、急に悪寒が全身を走り、肌が粟立つ。
第六感的な感覚を信じ、近づくのをやめて左へ退避。
その瞬間、俺がいた空間を三条の水色の閃光が貫いた。
額に冷や汗が滲む。
背筋は凍ったように冷たくなる。
接近戦では俺が勝るが、どうやら頭脳戦では少年のほうが一枚上手のようだ。
零距離の肉弾戦では分が悪いと判断して、俺の蹴撃を利用し距離を開いた。
負けず嫌いかと予想していたが、思ったより柔軟な考え方を持っているし、思ったよりずっと大人だ。
「シャレにならんっ、速すぎだろっ!」
「初見で回避できる者はそういない。誇っていい。だが……次も躱せるか?」
褒めてくれたが全然喜べない。
さっき躱せたのはただの直感、単なる偶然で、それでなければ勘が冴えただけだ。
そんな曖昧なものがそう何度も使えるわけがない。
次射は自力でなんとかしないとノックアウト確定だ。
恐怖から目を背けたくなるが踏ん張ってどうにか耐え、些細な情報も見逃さぬよう目を見開く。
浮かび上がった水色の魔力の球体は先刻と同じ三発。
言葉を失うほどの速さで飛来するが、幸い誘導機能はないらしく、回避できれば追ってくることはない……が、どうやって回避するかというのが問題だ。
人間の反応速度を超えているのでは、というほどの弾速のせいで、目にはレーザーのような光の線としか映らない。
拳銃のように銃口を向けられていれば、その角度からどこに飛来するか予測できるが、魔法に銃口なんてものはない。
撃つ方向は魔法の行使者が自由に決められる。
どうするべきか……あの速度の射撃魔法三つを同時に避けるなんて俺の反応速度では無理だし、障壁では三つ全部を防ぎきれないだろう。
なのはのディバインバスターを防いだ多重複合式障壁群『魚鱗』ならば防げるだろうが、あれは魔力の消費が激しすぎる。
防御に成功したとしてもそこから戦えなくなっては本末転倒だ。
だが他にあの強烈な射撃魔法を防ぐ手立てなんて……いやまて、あのクロノ少年が三発とも俺に向けて放つか? 俺はまぐれとはいえ、すでに一度、襲歩で回避に成功している。
少年からすれば『また同じ移動術を使って躱すのでは?』と考えるんじゃなかろうか。
用意周到で頭の切れる少年のことだ、きっと三発のうち二発は俺が左右に逃げた時のために右と左に振り分けるだろう。
となれば、動かなかった時を考慮して残りの一発は真っ直ぐ俺に来る。
そう仮定すると回避するという選択肢は消滅するが、集中するのは一発で済む。
たった一発なら障壁を何枚か張れば防げる……はずだ。
落ち着け、集中しろ……弾道を予測して障壁を配置する。
いつものように、ただそれだけのことだ。
「スティンガーレイ」
『Stinger Ray,fire』
案の定、三発のうち二発は俺を避けるように左右に分かれる。
クロノ少年の賢さに賭けて正解だった。
とはいうものの、ここからが勝負だ。
まっすぐに俺へと向かってくる一発を防がないといけないのだから。
思考速度のギアを上げる、マルチタスクを運用、極限まで集中、イメージは凪いだ水面。
耳に届く雑音は遠のき、視界は灰色に染まる。
思考速度が――俺の意識を追い抜いた。
通常障壁を配置、弾道を予測――障壁貫通、弾道特定――弾道上に密度変更型障壁を展開――弾速低下も貫通、失敗――弾道上に再度展開――なおも貫通、失敗――弾道上に再度展開、加えて角度変更――弾道変化、成功
これが集中の極致なのだろうか、自分でも驚くほどのスピードでめまぐるしく思考が回転し、気づいた時にはクロノ少年が放った弾丸は逸れ、俺の脇をすり抜けてコンテナ群に突き刺さっていた。
脳が熱を持ったようにじんじんと痛む。
これは過度に演算処理に集中した代償か……あまんじて受けよう。
しかしさっきの状態はなんだったのだろうか、以前までであればあんな人外じみたことはできなかった。
魔法に関わってから頭を使うことが増えたので脳みそも進化したのだろうか? 人体の神秘である。
後方で誰かが息をのむ音が聞こえる。
前方ではクロノ少年が小さく口を開いて目を白黒させていた。
『大きな魔力は感じない』などと言っていたので防ぐことはできないと思っていたのだろう。
俺は痛む頭を我慢して、底知れなさを演出するためポーカーフェイスを貫き通す。
「さぁ、続きを始めるか」
時空管理局に対して否定的な言い方をしていますが、別に叩きたいわけではありません。
それについては次話、もしくは次々話で説明できると思います。
少々お待ちを。
SAOの二次創作などを見ていると自分も書きたいなぁ、なんて思ってしまう今日この頃。
書くスピード遅いのに何を考えているのやら。