そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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今回クロノくんまともに喋れていない、可愛そうに。可哀想に。
というよりなのはもユーノも全然喋ってない、なんという。



歪なパズル

「提案? なにをだ? わざわざ物騒な世界に首を突っ込むことはない。自分たちの暮らしに戻ればいいだけだろう」

 

「クロノ、徹君の話を聞きましょう」

 

 詰問調のクロノをリンディさんがやんわりと(たしな)める。

 

 工場跡地でクロノと戦った時からここに至るまでに感じたいくつかの疑問。

 

それらを繋ぎ合わせてリンディさんの対応を考慮した結果、辿り着いた答えと、相手の事情。

 

俺の読みは、あながち外れていないと思う。

 

「ジュエルシードの回収、俺たちも手を貸しましょうか(・・・・・・・)っていう提案です。そちらにとっても悪い話ではないんじゃないですか?」

 

「き、君は……自分の立場を理解してっ……」

 

「クロノ、静かに聞いていなさい。徹君、私たちは魔法関連の専門家です。手伝っていただかなくても我々だけで回収はできますよ」

 

 傲然と進言した俺にクロノが食ってかかってきたが、再びリンディさんが遮った。

 

笑顔のままで返してきたリンディさんに、俺もまた反駁(はんばく)する。

 

「そうですか? 案外手を焼くかもしれませんよ。ジュエルシードにも、フェイトたちにも。人……足りてないのでは?」

 

「…………」

 

 リンディさんは依然として端正な顔貌に笑みを貼りつけていたが、ここで初めて一瞬だけとはいえ動きが止まった。

 

ユーノの時にもなのはの時にも返す刀で間を置かずに、すぐさま否定の文章を並べたというのに今回は詰まった。

 

やはり攻めるならここからだ、と判断して喋りながら並行作業で話を組み立てていく。

 

「工場跡地でクロノが介入してきた時、もう少し人数を引き連れてきてもよかったと思うんですよ。あの場には俺たちとフェイトたちを含めて五人もいた。五人全員に攻めかかられたら、いかにクロノに力があったとしても沈められる可能性があったはずです。時空管理局の名前を出したところで矛を収めるかは賭けに近い。クロノの個人戦力に信頼を寄せていたとも考えられるが、少し腑に落ちない。他に人員を回していて余裕がなかったってところでしょうか」

 

「ふふ。続けて?」

 

 クロノが眉間に皺を刻んで言い返したそうにもぞもぞと身動(みじろ)ぎしていたが、泰然と座するリンディさんに押し留められていた。

 

 クロノを押さえながら、それでも彼女は少年には一瞥もくれずに、真っ正面から突き刺すように……穴があくかと思うほど俺に力強い眼差しを向ける。

 

嫣然(えんぜん)とした表情のまま変わっていないはずなのに、視線の温度だけが変質していた。

 

身体の中心から凍てつかせるような、そんな冷たい瞳。

 

見透かされて、見通されているような感覚が身体の表面を走る。

 

試されている目、俺の力量を推し量るみたいな視線に尻込みしそうになるが、怖気を固唾と一緒に呑み込んで、続けた。

 

「俺と戦闘に入ってしばらく時間が経っても誰も応援がやってこなかったというのも疑問です。クロノが全力を出しておらず、手の内を隠していたというのもあるでしょうが、俺に気を取られている隙に背後から襲われたら戦局がどう転ぶかわからないんですから、一人二人くらい寄越してもよさそうなもの。事実、なのはやユーノが奇襲をかける機会は戦闘中に何回かありましたからね。なのにそうしなかった。まだ若いクロノに経験を積ませるためかとも考えましたが、それだとリターンよりリスクのほうが大きすぎる。割に合わない」

 

 笑みという仮面を被ったままのリンディさんは無言で頷き、先を促す。

 

「戦闘時だけじゃありません。この艦に入ってこの部屋まで来る間、そこそこの距離を歩きましたが誰ともすれ違いませんでした。中途半端な時間ですから乗組員は各々の職場に張り付いているのかもしれませんが、聞けば大きな船らしいじゃないですか。船が大きければそれだけ乗船しなければいけない人の数も増える。次元を渡る船にどれだけの人数が必要かは見当もつきませんが、船を動かすために必要不可欠な最低基準でさえ相当な人数になるでしょう。それに加えて時空管理局としての職務に就く職員を含めればさらに増えることになる。なのに誰とも会わなかった。俺たちが通った廊下とは別に、局員や整備員専用の通路が存在する可能性もありますが、そう頻繁に客を招くような場所でもないので現実的ではありません。整備員はともかくとして、敵か味方か判然としない俺たちが乗船しているのに戦闘要員の姿を見なかったのは不自然と言わざるを得ません。違うフロアで訓練に励んでいて情報を知らされていなかったか、もしくは……出払っていたんじゃないですか?」

 

 俺の推察に、リンディさんは実に楽しそうに笑う。

 

笑いながらも、目は鋭いままである。

 

「ふふ、ただ腕っ節(うでっぷし)が自慢なだけの男の子じゃないようですね。よく見ています。そうですね、たしかにこの艦は、時空管理局は人手不足です」

 

「母さ……艦長! なぜ教えっ」

 

 口を挟もうとしてきたクロノの額を手の甲でこつん、と叩きながら言う。

 

良い音と比例して痛みも大きかったのか、額を押さえながらクロノが俺を睨みつけてきた。

 

どれだけ憤慨していようと上官の指示には従うというところがクロノのいいところである。

 

「人手不足ではありますが、(みな)優秀な魔導師です。今日は他の仕事に追われていますが、必要に迫られれば今回の件に人員を集中させますし、いざとなれば近隣の世界で巡航している艦に援軍を頼みます。なにも不安に思うことはありませんよ」

 

「さっき言ってましたよね? とても大きな次元震を感知して、それでこの世界に来たと。次元断層が発生するかもしれないほどの魔力流を受信したのに、ここにやってきたのはアースラ一隻のみ。恐らくこの世界に一番近かったのがこのアースラだったんでしょう。ジュエルシードの暴走があってからすでに三日経過しています。一番近くにいたはずのアースラでさえ、これだけの日数を要している。他艦に応援を要請しても到着するのはいつになるかわからないし、その応援が到着したころにはすべて終わっている可能性だってあります。アースラにジュエルシードの収集任務が下りているのに他の仕事もあるほど多忙なんでしょう? 他の艦だって同様に忙しいと予想できますし、そうなるとそもそも応援にくるかどうかだって怪しいところではありませんか? フェイトたちはかなりフットワークが軽い。油断していると残りを全部持っていかれますよ。援軍には期待できません」

 

 そう、と一言呟いて口元に手を添える。

 

リンディさんから初めて笑みが失われた。

 

 凛として真面目な表情。

 

笑顔の時でも気圧されるほどの美貌と底知れなさが相俟(あいま)って怯みそうだったが、真剣な顔つきになるとさらに威圧感のような……実力者だけが持つ独特のオーラに圧倒される。

 

温室育ちの甘ちゃんではこの雰囲気を得ることはできない。

 

数多の修羅場を潜り抜けてきたことを思い知らされる。

 

「たしかに徹君の言う通り、他の艦を頼りにするのは現実味に欠けますが、ジュエルシードの回収にはクロノをメインに()えようと考えています。戦況が悪ければその都度(つど)局員を()てる。それならこの艦の戦力だけでも充分渡り合えると思いますよ」

 

「ジュエルシードの収集だけならクロノだけで充分以上、十二分です。ですが、そのジュエルシードをフェイトたちも狙っている。手合わせした感じ、クロノはフェイトよりも強いとは思いますが相手は複数人いるんです。フェイトだけでも手強いのに、以心伝心とさえ言えるチームワークを発揮する使い魔(パートナー)のアルフもいる。一人一人ではなんとかなっても、阿吽(あうん)の呼吸を誇る二人には後れを取るでしょう。しかもその後ろにはクロノと同等か、もしかするとそれ以上の実力を持つ女性もいます。時空管理局の魔導師の方々もさぞかし優秀でしょうけど、それでもクロノに並ぶ者がそういるとは思えません。ジュエルシードの回収をしながら彼女たちの相手をするには、どうしても手が足りないと俺は拝察しますが……どうですか?」

 

 穏やかなマスクの時も相手の心中を察することなどできはしなかったが、今の研ぎ澄まされた刀を思わせる表情では憶測すら立てられない。

 

前者が光のベールに包まれているのだとしたら、後者は暗闇に沈んでいるようなものだ。

 

朧げなシルエットすら掴むことはできない。

 

 俺が語った大部分は主観からの情報で、それが真実かどうかはわからない。

 

時空管理局の戦力についてだって、散らばっていた情報の欠片を繋ぎ合わせて作り上げた(いびつ)なパズルをもとに推測しただけ、ただの推定でしかない。

 

自信はあるが、確信はない。

 

 なんとか俺の求めた流れには持ってこれたが、リンディさんがはっきりと否定してしまえば彼我の実力差戦力差どうこうなど関係ないのだ。

 

彼女の意向一つで、俺たちの行く末が決まる。

 

 握り込んだ右手に汗をかく。

 

拳は痺れて、畳に触れている感覚すら脳に届いていなかった。

 

血液の流れが阻害されているのかもしれない。

 

そんなことにも気付けないほどに神経を緊張させているようだ。

 

 それとなく隣を見れば、俺とリンディさんの舌戦論戦についていけてないなのはとユーノが目を白黒させていた。

 

「自ら申し出た(・・・・)ほどなのですから、あなた方の力にはそれなりに期待してよいのでしょうか?」

 

 このセリフを言わせることができて、貰った、と内心ガッツポーズした。

 

ただ、まだ安心はできないし、気にかかる言い回しもある。

 

そのあたりも一緒に詰めるべきだ。

 

 煙を上げそうなほど回転しっぱなしの脳みそに鞭を打ち、これが最後の仕上げと気合を入れる。

 

「そうですね……俺はともかくとして、なのはやユーノには期待してもらって構いません。まだ荒削りとはいえ、なのはの魔力量と魔法適性の高さは充分に戦力として計算できます。そちらだって自分たちの力は緊急時に備えて可能な限り温存しておきたいでしょう? ジュエルシードの収集に回してもいいし、なのはの力ならフェイトたちの牽制にもなる。彼女たちはなのはの魔法の威力を知っています、少なくとも動きを阻害することはできるでしょう。ユーノは応用力があるし、即座の判断もできる。攻撃的な魔法こそ目立たないものの、結界、拘束、防御、補助と後方支援には打ってつけの人材です。そしてなにより、知識が豊富。ジュエルシードを発見したのはユーノであり、現状でユーノ以上にジュエルシードの情報を持っている人間は他にはいない。そばに置いて得はあっても損はないでしょう。俺は……んっと……こいつらの相談役で、そこそこ戦えるって感じの認識でいいです。なのはとユーノのおまけみたいなもんですね。寸評ではこんなところです。どうしますか? 頼まれれば(・・・・・)協力するに(やぶさ)かではありませんが」

 

「『頼まれれば』……っ! 自分たちが今どんな状況に置かれているのか理解しているのかっ!?」

 

「あぁ、理解している。だからこそ、こう言っているんだ。お願いされたら手伝いますよってな」

 

 最後の難関がここだ。

 

 手伝わせてくれと自分から頼み込むのではなく、相手から手伝ってくれと頼ませる。

 

そこにはあまり差異がないようにも思えるが、決定的に中身が違う。

 

相手の一歩後ろに立つのか、相手の隣に立つのか……致命的に立場が異なる。

 

 なのはもユーノもそのあたりたいして気にしなさそうだが、俺には二人の安全を保障する義務と責任がある。

 

二人が割を食ったり負担を強いられるようなことにならないよう、真っ当で正当な処遇を確保しなければならないのだ。

 

 逸らしそうになりながらもリンディさんの目をじっと見つめる。

 

「そうですね、それではお願いしましょうか」

 

 存外、拍子抜けなくらいにすぐに認めてくれた。

 

「か、かかっ、母さん! なぜですか!」

 

「仕事中です。艦長と呼びなさい」

 

「艦長っ!」

 

「別にいいでしょう、上に申請を通すのが面倒なだけで問題はありませんよ。みなさん悪い子ではないようですし、戦う力もあって知識も持っていて、なおかつ頭も切れる。そしてなにより、信念をその身に秘めている。戦力が心許ないのは事実その通りで返す言葉もないですし、ジュエルシード回収以外にも仕事は山積みで人の手もまるで足りていません。出来るだけ戦力を温存しておきたいというのも本音でしょう? それなら手伝ってもらいましょう。とても聡明で利発で頭の回る方もいますから、私の仕事も多少楽になるかもしれませんし」

 

 リンディさんは極低温の無表情から、温もりのある微笑みに戻った。

 

手を顔にあてて優雅に笑う。

 

最初に感じていた嫌な気配はもうなかった。

 

 深いため息とともに、張り詰めていた緊張を解く。

 

ひとまずの着地点に達することができて万々歳だ。

 

 安心して気が緩んだことで疲労感が、どしっ、と肩に()し掛かる。

 

クロノとの戦いとリンディさんとのお話し合いで神経という神経が磨り減った。

 

集中力の糸がぷっつりと断線しているのがよくわかる。

 

睡魔という名の死神が鎌首を(もた)げて迫り寄ってきているような錯覚すらしてきた。

 

「と、徹お兄ちゃんすごいのっ! かっこよかったよっ! やっぱり本当に(・・・・・・・)賢かったんだねっ!」

 

「なのはちゃーん。『やっぱり』ってなにかなー、『本当に』ってなにかなー」

 

「無茶なこと言い出すものですから、聞いててひやひやしましたよ。でもさすがです兄さんっ。頼りになります!」

 

「ありがとうな、ユーノ。しかしめちゃくちゃ気疲れした。もうこういうことはしたくない」

 

『久しぶりに良いところを見せることができましたね、徹。ちょっとだけ感心したので今回だけは……素直に褒めてあげます。……格好良かった、ですよ……』

 

「いや……あ、ありが……ありがとうございます……」

 

 俺とリンディさんのやり取りを唖然として見ていたなのはとユーノが再起動して口を開いた。

 

みんなのお褒めの言葉がむず痒い。

 

なのはの場合は褒めているのかどうかかなりぎりぎりなラインではあるが、本人に悪気はなく、純粋に思っていることが口を()いて出ているだけなのでたぶん褒めてくれようとしているのだろう。

 

日頃悪口の応酬(俺が打たれっぱなしな気もするが)を繰り広げているレイハに珍しく褒められて、その結果テンパって噛んでしまった上にすごく丁寧な言葉で返してしまった。

 

罵倒が会話の九割を占めている分、手放しで称賛されるとなんだかとても嬉しい。

 

 なにはともあれ、兄貴分の面子は保たれた……よかった。

 

 ぽやっとしている頭をふらふらと揺らしていると目の前に白魚のような指が伸びてきた。

 

首を傾げて手の持ち主を見やる。

 

視線の先には優しい瞳と暖かく包み込むような笑顔があって……胸の深いところ、心の奥底に封をして隠していた俺の脆くて弱い部分にちくり、と棘を刺した。

 

遠い記憶の、遥か彼方にいるある人と重ねて見えてしまったのだ。

 

「それでは改めて、これからしばらくよろしくね」

 

 骨の代わりに鉛の棒でも突っ込まれたかのように重たくなった腕を懸命に持ち上げて、差し出された手を握る。

 

超人的な存在感の女性ではあるが、その手は細く、想像以上に小さく、華奢だった。

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 胸に走った痛みを無視して俺も返した。

 

 浮上した感傷に再度忘却という栓をして、記憶の底に沈みこませる。

 

今さら思い出したって、なんの役にも立たないのだ。

 

それどころか意志を揺るがし、手を震わせ、足を止める枷になりかねない。

 

ならば忘れていたほうがいい。

 

そうしないと、忘れていないと……動けなくなってしまうから。

 

 握手を交わし、手を離そうとしたが離れてくれない。

 

目の前の女性がむんずと俺の手を握ったままであった。

 

「あら、意外と緊張してたのかしら? とても手が冷たいわ」

 

「……緊張していないと思っていたんですか? そうだとしたら買い被りすぎです。俺はそこまで図太い神経をしていません」

 

「またまた、謙遜しても嫌味にしか聞こえないわよ。私たちにこれだけ譲歩させたというのは徹君の立派な戦果よ、誇りなさい」

 

「そりゃどーもです」

 

「面白い子ね、君は」

 

 いくつか視線を交錯させ、やっとリンディさんは手を離す。

 

 そのあとは隣にスライドしてなのはとユーノとも握手をしていた。

 

 正式にではないとはいえ、一緒に仕事をすることになるのだから信頼関係の構築は必要である。

 

そのための手始めとしての第一手が握手(これ)なのだとしたら、だいぶ古典的な手法と言わざるを得ない。

 

 だが古めかしいのと同時に、理に適っているとも言える。

 

肉体的接触というのは心理的にも受け入れるという意味に繋がるし、握手するほど他人を近づけるのだから相手を認めるという効果もある。

 

握手して目を見て会話するのも精神的な壁を取っ払う一助となるだろう、容姿がいいのもプラス要素だ。

 

初対面の人物に抱く印象の八~九割は顔で決まる。

 

年下の人間相手にも同じ目線で話すというところに熟練感を感じた。

 

話運び、目線の送り方、細やかな気遣い、果ては仕草にまで注意が行き届いているのに不自然さを与えないというのは尊敬に値する。

 

「…………」

 

 彼女の温もりが残っている掌を見る。

 

冷たく重たかった手はもう、暖かかった。




主人公、時空管理局へプレゼンするの巻。
きっと営業職とか向いている、或は詐欺師。

リンディさんと主人公の保護者サイドの会話も入れようとしたんですが、中途半端になりそうだったので切ることにしました。
書くかどうかはわかりません。

一度展開をゆっくりにしてしまうと加速させ辛くなるというジレンマ。
物語が進まない、無印編が終わらない。

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