そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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今回はガールズトークです。


日常〜勉強会〜11:20の淡い色恋と、11:30の粗探し。

 昼食の支度をするため、徹と恭也は勉強に充てられた部屋から退室した。

 

 必ずしも恭也まで徹に同行する必要はなかったのだが、料理の方で手伝えることはなくとも盛りつけや運搬などで協力できることもあるだろうし、なにより徹がいなくなったことによって部屋の中で男が自分一人のみとなることを恭也は避けた。

 

 さすがに厨房に動物を入れるわけにもいかず、徹の頭上を占有していたニアスは徹と恭也が身体を預けていたソファにお留守番である。

 

ソファに残っている温もりを余さず享受するように、ニアスは徹が座っていた位置で丸まって寝ていた。

 

 部屋の中に残っているのは高校生組四名、小学生組四名、計八名の女の子のみである。

 

 三人掛けのソファに身を寄せて四人で座る小学生組、その一番左端にいたアリサが開口する。

 

「結局彩葉の時はどういうふうに徹に助けてもらったの? 話が逸れてから、まだ訊いてなかったんだけど」

 

「そういえばそうでしたね。あれは……ちょうど十日前でしょうか。恥ずかしいんですが、あの時のことは記憶が定かではないんです。ニアスが自然公園で迷子になって、そこで私気を失っちゃって……」

 

 名前を呼ばれたことでニアスの耳がぴくりと動いたが、ニアスは柔らかな毛に覆われた身体を起こすこともせず、そのまま微睡みへと意識を落とした。

 

 『気を失った』という物騒なワードが彩葉の口から飛び出したことでアリサは目を丸くし、すずかは息を飲む。

 

「な、なにがあったのよ! 大丈夫だったの?」

 

「誰かに襲われた……とか?」

 

「けがはなかったので大丈夫です。襲われたわけでもないです。心配してくれてありがとうございます」

 

 怪我はないという本人の言に、アリサとすずかは胸を撫で下ろした。

 

そもそも、そこでなにか重い傷を負っていたのならこの場にはいないということには、二人とも気づきはしないようだ。

 

「なんで気を失ったの?」

 

「それが……あの……」

 

 アリサの質問に、彩葉は言葉を濁す。

 

両側からわずらいの念が込められた視線に挟まれ、言いづらそうにしながらも彩葉は続けた。

 

「すごく凶悪な外見の大きな虎を見たような記憶があるんです。逢坂さんは夢だろうと言ってたんですけど……」

 

 予想の遥か上を飛びすさった返答に、アリサもすずかもしばしの間固まった。

 

「虎?」

 

「はい」

 

「自然公園で見たの?」

 

「……はい」

 

「大きな虎?」

 

「…………はい」

 

「自然公園で大きな虎を見たの?」

 

「………………はい」

 

 アリサとすずかに息もつかせぬ速さでテンポよく相次いで追及され、彩葉の短い返事は徐々に力を失っていく。

 

彩葉自身記憶は朧気であるし、現実的に考えて街のほど近くにある自然公園で虎などいようわけがないし、自分が突飛なことを言っている自覚もあったので本当に目にしたのか自信がなくなってきたのだ。

 

「夢よ、それ」

 

「うん。わたしも夢だと思うよ?」

 

「で、ですよね、夢ですよね。自分でも虎はおかしいなと思ってました……」

 

 アリサとすすがに断言されて彩葉は自分の考えを速やかに翻した。

 

 常識と照らし合わせたら妄想と取られても仕方がないような発言をしてしまい、恥ずかしそうに若干頬を染めながら彩葉は話を進める。

 

「それで目が覚めたら、自然公園の遊具などがある一角のベンチで寝ていました。上着をかけていただいていたのでベンチで戻ってくるのを待っていたんですが、高校生くらいの男の人三人に声をかけられて、怖くて不安だった時に逢坂さんに助けてもらったんです。ニアスも連れてきていただいて、その上家まで送ってもらったんですよ」

 

「小学生に声をかける高校生三人?」

 

「なんだかわたしたちも前にあったような……」

 

「たしかなのはさんも一緒に探してくれてたんですよね。ありがとうございます」

 

「あ、えっと……うん。で、でも偶然見つけただけ、なの?」

 

「私に聞かれても」

 

 先程より一度として声を発していなかったなのはが、急に水を向けられたことであたふたしながらも彩葉へと返す。

 

 虎よりも凶暴な生き物が自然公園にいたのも、実際に戦ったのだからなのははもちろん知っている。

 

だがそれはジュエルシードと密接に関係しており、つまりは魔法にも係わってくる事柄だったので言い出せずにいた。

 

事実を隠さなければいけないという後ろめたさから、しどろもどろになるのも無理はなかったというものである。

 

「もしかしてわたしたちにも声をかけてきた三人じゃないの?」

 

「ねぇ彩葉ちゃん、その三人組って変な喋り方じゃなかった?」

 

 彩葉は挙動不審極まるなのはから視線を外し、左に座るすずかへと身体を向けた。

 

「そういえば特徴的な喋り方でした」

 

「確定ね、あいつらだわ。気をつけなさいよ、あいつらは小学生を見るや近づいてくるという危険人物の集団よ」

 

「でも絶対に無理矢理なにかしようとはしなかったよね。声はかけるけど手は出さないみたいだよ?」

 

「ヘタレなのよ。ていうか声をかけてくるだけでもたいがい危ないわ」

 

「周りは暗くなってきてたのですごく怖かったです」

 

「夜に小学生に話しかけるとかもうそれだけで犯罪よ」

 

「み、みんな案外危ない目にあってるだね。わたしはそういう経験はないの」

 

 意外というべきか、不本意というべきか、思いもよらぬ部分でいやな共通点が発見された。

 

 月村家の万能メイド長、ノエル作のお菓子を摘みながら、アリサが何とはなしに彩葉へ問いかける。

 

「それが徹に惚れた理由?」

 

 たくさん喋って乾いた喉を潤すためにオレンジジュースが入ったコップを傾けていたところへ、そんな特大級の爆弾が投下されたので、彩葉は思わず噴き出した。

 

彩葉だけでなく、なのはとすずかも同時に。

 

「な、なにしてんのよあんたたち。どうしたの?」

 

「けほ、こほ。あ、アリサさんがいきなりとんでもないことを言うからですよ! まずなんでそんなこと訊くんですか?!」

 

 咳き込みつつ、血相を変えて彩葉がアリサへと言い返す。その顔を赤く染めているのはむせて苦しかったからだけではない。

 

 なのはとすずかは気管に液体が入り込んだせいで、まだまともに喋れる状態ではなかった。

 

「だって彩葉、徹と話してる時は今となんかちがうもの。頼りにしてる感じっていうか、近いっていうか」

 

「そ、そんな曖昧な感性で……」

 

「その反応は図星? そうだとしたら苦労するわよ。徹を狙ってる女は多いから」

 

「そ、そういうアリサさんはどうなんですか? 自分は関係ないみたいな言い方をしていますが、す……好きじゃないんですか?」

 

 頬の紅潮も治らぬまま、今度は彩葉がアリサへと口ごもりながら切り返す。

 

 ちなみになのはとすずかは自分に矛先が向けられませんように、と目を伏せて縮こまっていた。

 

「徹のことは好きよ? 助けてもらったし、頼りになるし、ちょっと強面だけどカッコいいし。でも恋愛感情とはちょっと違うわね、少なくとも今は」

 

 はっきりと正々堂々真正面から『好き』と言ってのけ、なんなら余裕の笑みまで(たた)えたアリサに、彩葉は少なからずたじろいだ。

 

 ともすればそのまっすぐさに憧れの念でも抱きそうな勢いであったが、人見知りで引っ込み思案なのにこれで負けず嫌いなふしがある彩葉は、気を持ち直して応戦する。

 

「わ、私も逢坂さんのこと好きですよ。恋愛感情としてかはわかりませんけど」

 

「ふーん、彩葉がそういうのならそういうことにしておきましょうか」

 

 アリサはあっけらかんと、ややもすればおざなりと表現してもいいほど雑に流した。

 

 無論、ぞんざいな態度を取られた彩葉は食ってかかる。

 

「ちょっ、なんですかその扱い方。本当ですよ、嘘じゃないですからね」

 

「さ、充分休憩したしそろそろ勉強に戻るわよ。なのはにはわたしが教えてあげるわ」

 

「そ、そうだね。うん、そうしよう。よろしくねアリサちゃん」

 

「きゅ、休憩長すぎたくらいだよね」

 

「私の話は終わってませんよアリサさん!」

 

 やおらソファから立ち上がり、最後にテーブルの上に置いてあるお菓子を一つ口へ放り込み、アリサはソファを後にする。

 

彩葉も黄金色の髪を追いかけるように立ち上がった。

 

「こっちに火の粉が降りかからなくてよかったの」

 

「ほんとだね。彩葉ちゃんのおかげだよ」

 

 アリサを追いかける彩葉を見やりながら、なのはとすずかは苦笑いを浮かべて安堵のため息をついた。

 

 

 勉強を始めてから一時間以上が経過していたが、高校生組女子は一度も小休止を挟んではいなかった。

 

 教える側に回っている忍もこれには驚いていた。

 

てっきり手をつけ始めて早々に、なんなら十分二十分ほどで根を上げると予想していたからだ。

 

その推算はあまりにも早すぎるが、日頃の彼女らの授業風景を見ている忍からすればこのくらいが妥当だと見積もっていた。

 

 思いの外先生役は気疲れするので少し休みを入れたかったところだが、忍はそうしなかった。

 

プライドが邪魔をして言い出せなかったという理由もあるにはあったが、一番の要因はペースよく進んでいたからである。

 

 綾音はスポンジが水を吸うように忍の教えることを吸収するし、真希も薫も学校では体育の授業でしか見せることのない集中力を保持して取り組んでいた。

 

忍は、休憩を取ることでこの真面目な空気を弛緩させたくなかったのだ。

 

 だが、それもそろそろ限界のようであった。

 

 綾音は数学の問題で簡単なミスをすることが増えてきているし、薫も日本史の教科書のページをめくるスピードが落ちてきている。

 

真希に至っては頭を右に左に揺らしていた。

 

科学ではなく睡魔と戦っている様子だ。

 

 このままでは効率が悪いと忍は判断した。

 

「そろそろ一休みにしましょうか」

 

「そう、ですね。目がしぱしぱしてきました」

 

「……うん、僕そろそろ限界だよ……」

 

「歴史が、頭に入ってこない……。なにか、甘いもの……ほしい」

 

 忍の提案に、綾音は目頭を押さえて天を仰ぎながら同意する。

 

真希はテーブルに突っ伏し、薫は仰向けにカーペットへと倒れこんだ。

 

三人の声には疲労の色が見て取れた。

 

「ほら、真希ちゃんも薫ちゃんも起きて。うちのメイドがお菓子作ってくれてたはずよ」

 

「お菓子!」

 

「甘いもの……!」

 

 真希と薫のフューエルメーターは、E(Empty)から一気にF(Full)まで振り切れた。

 

数秒前まで眠気に攻め込まれてとろんとしていた真希の瞳は普段以上にぱっちりと見開かれ、薫にしては珍しく訥々(とつとつ)たる口調に力強さが含まれる。

 

 真希はテーブルに手を突いて身体がかすむほどの速さで立ち上がり、薫は仰向けの状態から腹筋だけで上半身を起き上がらせ、真希の隣に並び立った。

 

 二人は未だ座ったままの忍と綾音を急かす。

 

「さあ、すぐに休憩スペースへと向かおうじゃないか!」

 

「呆れを通り越して尊敬したくなるほどの身の翻しようね」

 

「メリハリは、大事……」

 

「真希も薫も甘いもの好きだもんね」

 

「綾音ちゃんもでしょ? 前に徹が学校に持ってきたケーキおいしそうに食べてたじゃない、鼻にクリームまでつけて」

 

「わぁっ! 忍さんっ、そんなこと思い出さなくていいですよぅ!」

 忍は真希が伸ばしてきた手を掴んで、綾音は薫が差し出す手を握って立ち上がった。

 

 興奮を抑えきれない、というふうな食いしんぼう系女子二人に先導されるように、忍と綾音も休憩スペースへと足を運ぶ。

 

 高校生組と入れ違いになるように、小学生組が勉強用のテーブルへと戻った。

 

 なにやらアリサへ言い(つの)る彩葉を眺めて、綾音が優しい笑みを浮かべる。

 

「彩葉が外であんな顔するなんて思わなかったなぁ。やっぱり連れてきてよかった……」

 

「彩葉ちゃん、あんまり来たくない感じだったの?」

 

 綾音の独り言のような声量で発された言葉が耳に届き、忍は尋ねた。

 

 困ったように眉を寄せつつ、綾音は答える。

 

「行きたくないという程ではなかったんですけど、あんまり乗り気じゃなかったんですよ。人と話すのが苦手な子ですから。相手の気持ちを必要以上に汲み取りすぎるところがあるんです」

 

「たしかに……一度喋った時にすごく繊細な印象を持ったわね」

 

「でも押しに弱いところがあるので、あの金色の髪の女の子みたいにぐいぐい前に出て接してくれたらすぐに慣れるんです。……彩葉にも友達ができたみたいでよかった」

 

 綾音は距離のある位置から、みんなと仲良く勉強しだした彩葉を見て微笑む。

 

 忍はやっと、今日の綾音らしくない行動に得心がいった。

 

 勉強会が始まってすぐの時、彩葉はなのはたちの集団に溶け込めず、かといって姉のいる高校生グループに混ざることもできず、結局徹の隣に身を置いていた。

 

よく気が回る綾音であれば、最愛の妹が寂しくならないように、心細くならないようにとそばへ駆け寄っていてもおかしくはない。

 

 だが、そうしなかった。見て見ぬ振りをして放ったらかしにしていたのだ。

 

 忍はそんな綾音の態度に違和感を感じていたのだが、その理由が今判明した。

 

 綾音は、自分で一歩を踏み出すようにと彩葉へ伝えたかったのである。

 

 妹のために、あえて突き放したのだ。

 

 同じように妹を溺愛する忍には、綾音の取った行動がとても勇気のいる気高い行為だと理解できていた。

 

「綾ちゃんは立派なお姉ちゃんなのね。すごいすごい」

 

「ふぇっ、な、なにがですか? いきなり頭撫でないでください……」

 

 口では文句を言いながらも、綾音は自身の栗色の髪を撫でる忍の手を払おうとはしなかった。

 

「なにしてるのさ、綾、忍さん。もうお菓子食べちゃうよ」

 

「……食べてる、とも言える」

 

 忍が声の方向へと目を向ければ、真希と薫がソファで(くつろ)いでおり、真希の手には洋菓子があった。

 

口にこそ運んではいないものの、すでに手をつけている。

 

 真希の隣に座する薫の口はもこもこと動いているのを見るに、どうやら食欲に抗うことはできなかったようだ。

 

「行きましょうか。待たせるのも悪いしね」

 

「はいっ! って薫、なに先に食べてるの!」

 

 忍は綾音と手を繋ぎながら、二人が待つ休憩スペースへと歩き始めた。

 

 

 

 

 

「忍さんはいいよね、家ではこんなにおいしいお菓子を作ってくれるメイドさんがいて、逢坂とも仲良いんだからケーキとか食べ放題じゃないの?」

 

 真希がミニサイズのショートブレッドを摘み取りながら忍へと言う。

 

 ブレッドとついているがその実、パンではなくビスケットだ。

 

イチゴソースやクリームをつけて食べたり、上下に分けて間にマシュマロなどを挟んで食べたり、とバリエーションの多いスコットランド発祥の伝統的な菓子である。

 

「たしかに……逢坂もお菓子作るの、すごく上手だし……羨ましい」

 

「でも頻繁にこんなおいしいのを作られちゃうと……太っちゃいそうだよね……」

 

 真希の言葉に触発されて、薫も綾音もある種の羨望の眼差しを忍へ向ける。

 

 対して、忍の表情は複雑なものであった。

 

「ノエルはともかくとして、徹はそこまで作ってくれないわよ? あいつものぐさだし」

 

「え、そうなのかい? それは意外だね」

 

「なんでも、作ってくれそうな……イメージ」

 

「でも前はケーキを焼いて学校に持ってきてくれてましたよね? 今日も作ってくれるみたいですし」

 

「最近の徹が珍しいだけよ。そりゃ頼めばスイーツくらい作ってくれるとは思うけど、基本的にめんどくさがりだもの」

 

 真希と綾音はは目を丸くして驚いた。唯一薫だけはいつもと同じ眠たそうな半開きの瞳であったが、それでも普段より二〜三割増しで見開いている。

 

徹と知り合って間もない三人からしてみれば、とても忍の言うような無精者とは思えなかったのだ。

 

「忍さんは逢坂と付き合い長いんだよね? 逢坂の弱点とかも知ってるのかい?」

 

「も、もう真希ったら。そういう探るようなことするのはどうかと思うよ?」

 

「真希……性格悪い」

 

「なにさ二人とも良い子ぶっちゃって。綾音も薫も気にならないの? 勉強もできて、運動神経も抜群で、家事までできる逢坂の弱みや情けないところとかさ」

 

 真希は部屋を見回して、徹がまだ戻ってきていないことを確認してから意地悪げな笑みを浮かべて忍に訊いた。

 

 押し留めるような物言いをする綾音と薫だが、姿勢は前のめりである。

 

忍の一言一句を聞き逃さないように、という意識が身体へと如実に表れていた。

 

 忍は小首を傾げなから下唇に指を添え、視線を斜め上に向ける。

 

忍が考える時によくやるポーズである。

 

「そうは言っても……すぐには出てこないわね」

 

「ぱっと思い出せないほど弱点がないんですか?」

 

「なんだ、やっぱり綾音も乗り気じゃないか」

 

「い、いいでしょっ、気になるの!」

 

「少ないからじゃなくて、多いからどれから言うべきかなぁって思ってね」

 

「さすが、昔馴染み……。わたしたちは……メンタル豆腐くらいしか、知らないのに」

 

「ふふ、あいつ肉体は鋼だけど精神攻撃には弱いものね。学校での噂でも相当気が滅入ってるみたいだし、クラスでの腫れ物を触るような扱われ方も堪えてるし」

 

「え? 教室の外では……まぁアレですけど、教室の中ではそこまで厭われてないと思うんですけど」

 

 紅茶をちょびちょびと飲んでいた綾音が、忍の言葉に疑問を呈した。

 

真希と薫も続く。

 

「クラスの男子からは……いや、高町くんはもちろん除くよ? クラスの男子からは恨まれてるけど、女子からの評価は案外高いんだよね」

 

「ずば抜けて、賢いし……目つきは悪いけど、顔もいいから……。おとなしめの女子から、人気がある」

 

「不良生徒に惹かれるっていうあれだよね。暴力事件こそ起こしたけど一般生徒には手を出さないし、それどころか迷惑な先輩に捕まった女子をなんだかんだで助けたりしてるし」

 

「あ、私も助けてもらってました」

 

「そういえば、僕たちのクラス以外の生徒でも絡まれてるのを見かけたら助けてるみたいだね。バスケ部の友達が言ってたよ」

 

「あんまり、ぐいぐい押すタイプの……女子じゃないから、逢坂は陰口言われてると思ってる、のかも。そういう女子は仲間内で、こそこそ喋るくらいしか……しないから」

 

 三人から学内の徹の印象を聞いて、忍は言葉を失った。

 

男子からの評価は(おおむ)ね予想通りといったものだったが、女子からの心証がそこまで良いとは思っていなかったのだ。

 

「ま、まさか徹にそこまで人気があったなんて……」

 

 実のところ学校において、忍には友達と呼べる人間はあまりいなかった。

 

今でこそ綾音や真希、薫と仲良くしているが、それまでであれば深く親しくする相手はいなかったのだ。

 

 忍は近づきがたい程の美貌と家柄に加え、傍らには姫を守護する騎士のような恭也がおり、駄目押しに狂犬じみた凶暴性の番犬である徹がいるのだから、一般男子は接近することすら躊躇うほどだ。

 

女子生徒からの目線で見れば、美人で家が裕福なのを笠に着て、クラスでも人気の高い男二人を侍らせている女ということで煙たがられて距離を置かれる。

 

 結果的に、最近になって親しくなった綾音たちを数に含めなければ、忍に近寄るのは徹と恭也しかいなかった。

 

 そんな忍が、徹の対外的な評価を今まで耳にしなかったのも無理からぬことである。

 

「ちなみに、高町くんを狙ってる女子も相当数いるよ」

 

「高町くんは穏やかだし、優しいもんね。私日直の時に黒板の文字を消してたんだけど、上のところとか届かないところを高町くんが消してくれたんだよ」

 

「綾ちゃんが困ってたら誰だって手伝うと思うわよ? 女でも助けてあげたいなぁって思うもの。男ならもちろんでしょう」

 

「私ちっちゃい子みたいな扱いされてるんですか?!」

 

「……誰がどう見ても、問答無用に……綾音はちっちゃいよ」

 

「薫に言われたくないよっ! 私と三センチしか変わらないのに!」

 

「ふふ……残念。前測ったら……一センチ伸びてた。百五十センチまで……あと、一センチ」

 

「むうぅぅ……。……私のほうが胸はあるもん。そっちなら身長差以上の差があるもん」

 

「綾音……ッ! 言ってはいけないことを、言った……ッ!」

 

 今までも成長勝負をしていたらしい綾音と薫の勝敗は、誤差の範囲内とも言えるような差で薫に軍配が上がる。

 

 表情には出なくとも、勝ち誇ったような口振りと雰囲気の薫を見て、綾音は負け惜しみに違う部位の成長具合を持ち出した。

 

 コンプレックスを抱いている薫には効果覿面。

 

綾音がぽそりと呟いた一言だけで薫は普段のクールさをかなぐり捨て、かくも容易に怒髪天を()き、激昂して食ってかかった。

 

 身長の話題になってから口を(つぐ)んでいた真希は、仔猫のじゃれあいのような二人の取っ組み合いを黙って眺める。

 

以前、綾音と薫が数ミリ単位の争いをしているのを見て、つい『どんぐりの背比べ』と口を滑らせてしまい、二人から苛烈な口撃を受けてからは口を出さないようにしていた。

 

「なんの話だったかしら」

 

「逢坂の弱点についてだよ。綾音と薫のせいで逸れちゃったじゃないか」

 

「で、でもっ、逢坂くんの弱点って、他にっ、あるのかなっ」

 

 胸を鷲掴みにしようとする薫の手を掴み、必死に抵抗しながら綾音が言う。

 

 男子がいなくなってからは、いつもより大胆になる女子たちであった。

 

「わかりやすい弱点っていうと……そうね、水泳かしら」

 

 『水泳?』と、異口同音に復唱し、三人揃って首を傾げる。

 

「あいつ、カナヅチなのよ」

 

「あ、あんなに運動神経いいのにかい? これはまた、予想の範疇を大幅に超えたね」

 

「筋肉質……だから?」

 

「似たような体型で、似たように鍛えられてる恭也が泳げるんだから、徹はその言い訳使えないの」

 

「し、忍さん……なん、なんで高町くんや逢坂くんの身体のこと知ってるんですか……?」

 

「家族ぐるみで仲が良いから、夏に海に行ったりするのよ。今年はみんなで行けるといいわね」

 

「海! いいね! 僕もう何年も行ってないよ!」

 

「楽しみが、できた……!」

 

「今からダイエットとかしといたほうがいいかも……。最近甘いものいっぱい食べちゃってるし……」

 

「綾ちゃんは今のままでいいわよ。抱き締めるとふわふわで気持ちいいもの」

 

「忍さんはスタイルがいいからそんなこと言えるんですよっ!」

 

「他には? 他にはなにか弱点といえるようなことってあるのかい?」

 

「こんな機会、そうそうないし……訊いておきたい。なにより、訊いてておもしろい」

 

「そうね、他には……」

 

 本人の(あずか)り知らないところで、徹の秘密が忍により開示されていく。

 

 忍による暴露は、徹と恭也が、昼食の準備が出来たことを伝えに来るまで続けられた。

 


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