そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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更新がずいぶんと遅くなってしまいました。申し訳ないです。公私ともに忙しかったもので。
下書きはちまちまとやっていたので、時間さえあれば続きもすぐに投稿できます。少々お待ちを。


クロノにも通したい意志と信念があるように、俺にも貫きたい意地と信条がある

「あれだ、あのモニターで管理している」

 

「エイミィがやってるのかと思っていた。別の人が担当していたのか」

 

「演習訓練の途中で出て行ったのを見ていなかったのか。エイミィには別の仕事が入っている。輪番制ではあるが、モニターや魔力反応の計器、映像を眺めるだけのため、若手のオペレーターが務めることが多い」

 

「そうか、映像を見せてもらえるか?」

 

「構わないが……そろそろ訳を話してもらいたいところだ」

 

 競歩じみた速度でクロノの案内のもとアースラの廊下を歩き、とある部屋へと通される。部屋の名称も教えられたが、なんだかよくわからない小難しい名前だったので右から左に聞き流してしまった。

 

 俺は部屋の内部へと足を踏み入れ、ホログラフィックモニターに投影されている映像に目をやる。

 

衛生映像のような光景。高く離れたところから眺め、気になる箇所があればズームアップして注視するという要領で調査が行われているのだろう。

 

側には計器類が配置されており、魔力の波長などを感知すれば針が振れるなり音が鳴るなりすることが予想される。

 

 現在はモニターにも計測機器にも異常は表れていない。

 

どこからどう見たって通常通りの数値であり、モニターに映される映像も平常通りなのだろう。

 

 それなのに、底知れない違和感が俺の脳裏を掠める。

 

 本棚に並んでいる本がいつもの順番から少しずれているような、そんな座りの悪さがあった。

 

 モニターを眺めて頭を悩ませる俺の後ろで、呆れも見えるクロノと、いきなりやってこられて展開についていけてないオペレーターの会話が聞こえる。

 

「いきなりすまない。異常や魔力の反応はあったか?」

 

「いえ、依然として変化はありません。なにかあったのですか?」

 

「いや、いきなり徹が……。そこでモニターを熱心に見ている、ジュエルシード収集に協力を申し出た変わり者、逢坂徹がなにか気になることがあるみたいなんだ」

 

「そうですか、彼が……。午前中訓練をやったそうですね、話を聞きました。たいへん変わった戦い方をなさるとか」

 

「たしかに一般的なものではないな。トータルの数値としての能力では下回っているはずだが、戦闘になるとなぜかスペックを上回る動きをする。不可思議だ」

 

 俺の集中の矛先はホログラフィックモニターに向けられているが、意識の片隅で彼らの話を拾う。

 

「面白い人のようですね。そういえばあと二人いるのでしたよね、小さな女の子と男の子。その子たちは今日はいないんですか?」

 

「第九十七管理外世界では今日は休日なんだ。わざわざ呼ぶのも悪いだろう」

 

「逢坂さんならいいような言い方ですね。彼に怒られますよ?」

 

「休日だからといって特に予定はなかったようだ。呼び出しには内容も聞かずに二つ返事でやってきたくらいだからな」

 

 クロノの不躾な物言いには少なからずいらっとくる部分もあったが、俺は俺でクロノを行動の説明もせずに放置しているので言い返す言葉はなかった。

 

 本当になにやってんだ、せっかくの休日だというのに俺はこんなところまで来て。

 

 テンションの下降とともに、尖っていた神経が鈍ってきた。

 

 季節は春で、しかも日曜日。

 

今日も天気は快晴で、降り注ぐ柔らかな日差しが心地よい。

 

帰りに自然公園にでも寄って草むらで寝転がり、昼寝でもしたいくらいの陽気だ。

 

 気のせいと断じて帰ろうかな、などとやる気の針がEMPTYに振れかけた時、頭に電撃が走る。

 

「そうか……それか。それだったんだ」

 

 もどかしさの真相、おぼろな違和感の正体をやっと掴めた。

 

「この映像、タイムラグとかはないよな?」

 

「え、あ、はい。時間に差があると指示を出したりする時に不都合ですので。厳密に言えば送受信時やモニターへ出力する際の処理でラグはあるかと思いますが、それでもゼロコンマゼロ一秒以下です。人の目で認識できるようなものではありません」

 

 いきなり問いかけられて少々慌てながらも、オペレーターは理路整然と説明してくれた。

 

「そうだよな、うん。ありがとう。相次いで注文して悪いんだけど、この映し出している場所って任意で移動させられたりできる?」

 

「はい、可能です」

 

 一度映像をズームバックして海鳴市全体を眼下に収め、担当オペレーターに指示を出して目的の場所へと寄せてもらう。

 

 おいてけぼりにされているクロノが腕を組んで不機嫌そうにしているが、今はまだ待っていてもらうしかない。

 

「そこ、そこでアップにしてくれ」

 

「はい」

 

 俺が指定した場所とは、海鳴市が誇る自然公園。

 

大通りから少し進んで、子ども向けとは言い難い、無闇に大きな遊具が設けられているエリアに接しているスペース。

 

 上から見下ろしている形なので分かりづらいが、その空間には水道が多めに備えられていたり、雨や日差しを防ぐための屋根があったり、そして……肉や野菜といった食べ物を焼くためのコンロがある。

 

 モニターには、バーベキューもできるようにと解放されているエリアが映し出されていた。

 

 バーベキューを楽しむことができるその区画は、十数組が一度に訪れても対応できるだけの面積とキャパシティーがあるのに、モニターでは二〜三組ほどしか映されていない。

 

 俺は確信した。

 

「は、はは……おい、クロノ。ダミー映像走らされてんぞ……」

 

 ディスプレイを操作してくれていたオペレーターはぽかんと大口を開いて、何言ってんだこいつ、みたいな目を向けてきた。

 

そんな顔をするのも無理からぬことだろう、俺も他人から言われたらきっと同じ目をする。

 

付け加えれば、俺なら実際に『何言ってんだ、お前』と口に出すだろうから、まだオペレーターのほうが冷静とすら言える。

 

 俺の言葉がすぐには頭に入ってこなかったのか、クロノはしばし無表情で固まっていたが、数秒後には薄ら笑いを浮かべながら反論する。

 

「な、なにを言ってるんだ。ありえない。冗談にしても笑えない。センスが悪いぞ、徹」

 

「残念だが……俺もすんなりと信じることはできないが、これは事実だ」

 

 季節は春、一般企業に就職していれば休日である日曜日、天気は良好、気温も高すぎず低すぎず、木々を通り抜けた涼風が身体をなぶり、陽光は穏やかに温もりを与える。

 

まさしく絶好の行楽日和といえる今日この日に、自然公園がこうまで閑散としているなど考えられない。

 

「そんな、馬鹿なことが……管理局のシステムに誰にも察知されずに侵入し、あまつさえ映像をすり替えるなんて……」

 

「信じられないようなら確認してみればいい。今からモニターに投影されている場所まで人を送ればすぐわかることだ。これとは全く違う光景が広がってることだろうよ」

 

「それも、そうだな……」

 

 クロノはオペレーターを担当していた局員さんに、確認してくるように、と指示を下す。

 

オペレーターは顔を真っ青にさせながら立ち上がり、クロノへ敬礼し、俺に会釈するように小さく頭を下げ、ばたばたと大急ぎで部屋を出た。

 

 クロノはまだ半信半疑な様子だが、俺には絶対の自信がある。

 

オペレーターの帰りを待つ時間すら惜しいのだ、話を先に進めさせてもらおう。

 

 最初に引っかかったのは、管理局側がジュエルシードの反応を未だに補足していなかったことだ。

 

クロノやリンディさんといった時空管理局の人たちと初めて接触したのが木曜日、三日前である。

 

専門の索敵機器や設備を持たない俺たちでも、費やした日数と見つけ出したジュエルシードの数で平均を算出すれば、一つくらいは見つけていてもおかしくはない計算なのだ。

 

それなのに管理局が三日かけてたった一つも発見できないという点に疑問を感じた。

 

 儘ならぬことに俺の不安は的中してしまったわけだ。

 

 いつからハッキングされ、いつからこんな細工を施されていたか。

 

明確なところはわからないが、しでかしそうな人間には心当たりがある。

 

……違うな、しでかしそうな人間には一人しか心当たりがない、と言うべきだ。

 

 これほど大胆な真似ができる人を、時空管理局の堅牢鉄壁であるはずの情報システムを欺くほどの技能を持つだろう人を、俺は他に知らない。

 

リニスさんをおいて、俺は他に知らないのだ。

 

 実行犯がリニスさんだと仮定すれば――断定すれば――『いつから』という謎にはすぐに答えが出る。

 

時空管理局が介入してきた当日の木曜日か、その翌日である金曜日だろう。

 

手際の良さが光るリニスさんのことだ、そのあたりにちまちまと時間をかけることはしないし、躊躇うこともない。

 

 どうやって離れた土地から管理局のシステムにハッキングできたのか、その技術はいったいどこで身につけたのか、などといった手段や手法については理解の及ばぬ点も多いが、それについてはもはや考える必要もない。

 

考えたところで憶測の域を出ることはないし、すでに実行されてしまっているのだから無駄である。

 

現状に対処することへ時間と労力を割くほうが有意義だ。

 

「徹、本当にシステムに潜り込まれていると想定して、これからどうするべきなんだ? 半端にシステムの指揮権を奪い返そうとすれば、もしかしたら蓄積されているデータを破壊して回られるかもしれない」

 

 アースラのレーダー類や索敵機器は向こうの手の中だ。

 

しかもジャミングなどで計器を狂わせるのではなく、偽物のデータを見せ続けることで発覚を遅らせるように細工した。

 

 それほどまでに巧妙に隠せるということは、それほどまでに技術があるということ。

 

生半な反撃では逆にしてやられる可能性が高すぎる。

 

クロノの心配も、わからないでもなかった。

 

「この方面でなら俺の得意分野だ。任せといてくれ」

 

 今も誤った情報を垂れ流し続けている各種機械に手を触れ、魔力を送る。

 

 これまで俺は幾度となくハッキングを使ってきたが、機械相手に行うのはこれが初めてだ。

 

自信はないし、魔法に対して使うのと勝手は違うだろうが、やってやれないことはないはず。

 

 俺はすでに一度、機械に魔力でハッキングすることができるという実例を見ているのだ。

 

レイハと出会った初日、あいつは俺の家にあったパソコンに魔力でハッキング行為をして、この世界の情報を収集した。

 

ならば……レイハにも可能であるのならば、俺にできない道理はない。

 

「今から実行する。集中するからしばらくの間、話しかけられても答えられない。そういうことでよろしく」

 

「わ、わかった。任せる」

 

 深呼吸して目を瞑り、自分の胸の奥から湧出する魔力のみに神経を注ぐ。

 

 俺の身体から放出される透明な魔力は金属製の板をじわじわと透過していき、情報回路、電気信号に乗った。

 

「んぐ……んッ……」

 

 頭に叩き込まれる情報量に圧倒され、思考が圧迫される。

 

 脳がじわりじわりと発熱してくるが、意に介さず電子の海を泳ぎ続ける。

 

慣れるまでの辛抱だ、今は歯を食い縛って耐え忍ぶのみ。

 

 機能体の中枢に到達――異常信号を検出――正常な値に上書き――侵入口(バックドア)発見――削除――作業を続行

 

 ハッキングの技術ならリニスさんのほうが上だろう。

 

さすがに時空管理局の艦に入り込んだわけではないと思うので、離れた場所から仕掛けているということになる。

 

対象に接触しなければハッキングを行使することができない俺では、とてもじゃないが真似できない。

 

 しかし、俺には地の利と、有利に運べる特殊な魔力資質がある。

 

アースラ内部から、対象となる機械の近くから作業を行えるのだ。

 

その点においては俺に分があるし、無色透明という俺の魔力は侵入する際に対象から抵抗されることがない。

 

 この上なくハッキングに適しているのは俺だ。それだけは自信を持って明言できるし、そこだけは誇りをかけて断言できる。

 

 これは俺の特色で、俺の特性で、俺の領分だ。

 

「奪わせねぇよ。たとえ相手がリニスさんであってもな」

 

 機能体の指揮権奪還――全体走査――異常信号未検出――任務完了

 

 モニターから手を離し、一歩二歩と下がる。

 

 目を開くが視界一面真っ白、超強烈な立ち眩みみたいなものが襲来した。

 

足元がぐらぐらと揺れているように感じられる。

 

とてもじゃないが立っていられなかった。

 

 がくん、と膝から力が抜けて倒れ込みそうになったが、すんでのところでクロノが肩を貸してくれたおかげで床に身体を叩きつける羽目にならずに済んだ。

 

「だ、大丈夫か。顔色は悪いし汗もかいている。明らかに身体に変調を来しているぞ」

 

「少し休めばすぐに回復するから大丈夫、いつものことだ。ありがとう、クロノ」

 

 今回の体調不良のパターンは脳の酷使によるものだ。

 

魔力の過剰消費と比べたら回復も早いし、身体能力の低下もない。

 

工場跡でクロノの射撃魔法を防いだ時に使った超速演算と同じ、しばしの休息を挟めばすぐに復調する。

 

 今は俺の体調よりも重要なことがある。

 

 視界を満たしていた白色のもやが治まるのを待ってから、視線をモニターへ移す。

 

モニターは電源が落ちたように真っ黒だった。

 

 画面は黒一色で、まるで鏡のように光を反射している。

 

背の低いクロノにもたれかかるように身体を任せている俺の姿が投影されていた。

 

 ハッキング同士で(しのぎ)を削ったからなのか、それとも単に機械相手にやるというのは負担がかかるのか、もしくは両方なのかもしれないが、普段より疲労困憊である。

 

以前より頭の回転速度が速くなった今の俺ですら、ここまで力を振り絞らなければならないなんて想像もしなかった。

 

慣れればまた楽になってくるのだろうとは思うが、今は長時間の使用は避けたほうがいいだろう。

 

「ハッカーは退けたし、弄られていたプログラムはあるべき数値に戻した。すぐに復旧するはずだ」

 

「徹がなにをどうしたのか、僕には全くわからないのだが」

 

「口で説明するのはちょっと難しいな。前にクロノが展開した障壁にやったのと同じようなもんだ。システムのプログラムに魔力を潜り込ませて……まぁなんかいろいろやったってこと」

 

「最後絶対に面倒になっただろう。詳しく説明されてもついていけるとは思えないし、それで納得しておくが」

 

 不承不承といった態ではあったがクロノは俺のざっくりとした解説で良しとしてくれた。

 

 クロノに肩を貸してもらいながらシステムの復旧を待っていると、遠くからばたばたと足音が聞こえてきた。

 

かと思えば、その足音はどんどん俺たちの部屋へ近づいてくる。

 

 空気が抜けるような音とともに背後の扉が開いた。

 

クロノに現地に急行して確認してくるよう命令されたオペレーターが戻ってきたのだ。

 

「クロノ執務官! 彼の言った通りでした! 申し訳ありません! ここで見ていながら気づかず……っ」

 

 入室した瞬間、彼は勢いよく九十度で頭を下げた。

 

確認に行く前から、部屋にいた時から心配になるほど青褪めていたオペレーターの表情が、戻ってきた今では輪をかけて悲愴な顔になっている。

 

呼吸まで浅く、早い。走ってきたことで息が上がっているのか、それとも処罰されるのではという緊張からなのか。

 

「今回の件はどうしようもねぇよ。相手が悪かったんだ。それにそっちはもう対処できた。被害は最小限に抑えられたといっていい。そういうことでいいよな、クロノ」

 

「ああ。僕も気づけなかったし、誰も気づかなかった。責任の所在は確認を怠った僕にある。気に病む必要はない」

 

「あのなぁ……誰が悪いとか悪くないとか、責任のあるなしとか、そんな議論にさしたる意味はないんだよ。リンディさんに報告に行く時は俺もついていく。これでこの話は終了な。ほら、モニター復旧すんぞ。オペレーターさん、頼むよ」

 

「は、はい! 了解です!」

 

「お前は本当に……まったく。このあたりを明確にしておくのは組織として大事なことだというのに」

 

 ぼそぼそとクロノがなにか言っていたが、おそらく俺へのお小言だろう。聞き流すこととした。

 

 ディスプレイが復帰し、オペレーターが作業を行い、レーダーなどといった調査機器の本来の能力を発揮させる。

 

 機能が回復するや否や、モニターと、その付近にある機材から音と光がばら撒かれる。

 

ジュエルシードの反応を捕捉したということで間違いない。

 

「魔力波捉えました! 二つあります。一つは……街から離れた場所にある山間部です。もう一つは……」

 

 二つのジュエルシードの波長を同時に観測したらしく、オペレーターはまず山から発された反応のほうへとモニターの映像を移した。

 

海鳴市の市街地から北へ進み、月守台への道を阻むように横たわる山中にあるようだ。

 

 もう一箇所、反応があった場所へと映像は動かされる。

 

「街の中心部から少し離れた地域にあると思われます!」

 

 街の詳細な周辺地図を脳内に思い浮かべ、モニターに映し出される映像と照らし合わせる。

 

 ビルが建ち並ぶ都会部、そこから距離を置いた商業エリアだ。

 

金曜日に忍と買い出しに行ったアーケード街に軒を連ねる店が、共同で借りている巨大な倉庫があの辺りにはある。

 

中心部からほど近くにありながら、人が寄りつきにくい場所だ。

 

「二箇所ある。早く行かなきゃな、出遅れてるんだから。クロノ、転移ゲートまで案内してくれ」

 

「たしかに急がなければいけない状況だが……徹、体調は大丈夫なのか? さっきよりも幾分か顔色は良くなっているが、まだ万全ではないだろう?」

 

 クロノが俺の身体の具合を(おもんぱか)るように声をかけてくれた。

 

 さすが人の上に立つ職務に就いているだけはある。

 

発生した事案や自分のコンディションだけでなく、周囲の人間にも気を回すということは案外難しいものなのだ。

 

 その心遣いはとてもありがたいが、体調管理も仕事をする上では個人の責任だ。

 

今は調子が悪いから、なんていう個人的な弱音で退くわけに行かない。

 

 なにより目下の課題であり、俺やなのはやユーノが時空管理局に協力を申し出た理由にはジュエルシードが密接に絡んでいる。今行かずしていつ行くのだ。

 

 それに、直接顔を合わせて話をしなければならない人がいる。

 

時空管理局が目を光らせているこの現状で、ジュエルシードが二つ同時に反応を示したとなれば、あの人は確実に出てくるだろう。

 

この機会を逃せば次に話す機会があるかもわからない、俺も必ず同行してうまく事を運ばないといけない。

 

 後になってクロノに、たぶんリンディさんにもしこたま叱られるだろうが、これだけは譲れない。我を通させてもらう。

 

「向かってる途中にでも良くなるだろ、どうってことねぇよ。早く行こう」

 

 扉を開き、外へ出る。まだ部屋の中にいて、心配そうな目を向けるクロノへ振り向きながら、俺は言った。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

「ジュエルシードは二つ、対して人員は僕と徹の二人。ここは二手に分かれて回収に向かいたいところだが、相手の戦力を鑑みると分散させるのはあまり好手とは言えないか」

 

「んー、そうだな。より正確に言うと、『戦力を分散させた時、クロノのほうは問題ないだろうが俺のほうに問題が出る』ということだな」

 

「わざわざぼかして言った僕の気遣いをふいにしたな」

 

「クロノからじゃ言いづらいだろうなぁ、と思ったから明確にしといたんだよ。クロノの気遣いを無駄にしたんじゃない、クロノの気遣いに俺が気遣いで返したんだ」

 

「そんな気遣いであれば返してもらわなくて結構だ」

 

 アースラの転移門から驚きのワープ技術なるものにより、俺とクロノは太陽系第三惑星地球、時空管理局言うところの第九十七管理外世界に転移された。

 

いやはや、次元や距離などといった概念を超越して瞬時に移動できるなんて、改めて魔法というものは便利であり、それと同時に脅威であることを再認識する。

 

 転移されて数秒が経過した現在、俺とクロノは海鳴市上空、高高度にて地表へと服の末端をひらめかせて自由落下しながら作戦会議を行っている。

 

本来であれば作戦を立ててから転移するべきなのだろうが、ジュエルシードの回収は時間との勝負だ。

 

現地に移動してから各々意見を交換し、どうするかの方針を定めることとなった。

 

 クロノは、そこそこ戦えるにしてもやはり戦闘能力に不安が残る俺を一人で行かせることに前向きではなかった。

 

セオリーから考えて、敵対勢力との戦闘が予想される現場に、個人で向かわせるような作戦を立案はしないだろう。

 

俺だって同じ考えだし、俺がクロノの立場だったとしたらそんな命令は絶対に出さない。

 

 でも今回は常識に当てはめられると大変困るのだ、主に俺が。

 

「ジュエルシードが二つあって、俺たちも二人いるんだから二手に分かれるべきだ。どちらか一方に戦力を固めた場合、どちらか一方は確実に向こうの手に渡ることになるんだぞ?」

 

「そんなことは分かっている。だが僕たちは敵の妨害工作もあって初手から出遅れている。戦力を割って両方に向かったとしても回収が間に合わない可能性がある。敵より先んじてジュエルシードを発見して回収できればいいが、敵と遭遇した場合は必ず戦闘になるんだ。徹はよくわからない技能を持っているが、いざ戦いとなれば勝てる見込みは薄いだろう。負傷するリスクが高い。ここから距離のある山間部に大急ぎで向かったとしても、到着する前に相手がジュエルシードを奪取して逃亡しているかもしれない。この国には二兎追うものは一兎をも得ず、という言葉があるのだろう? 今回がまさしくそれだ。一つは諦めて、近い場所にあるジュエルシードに専念したほうがいい」

 

 理路整然とした真っ当な理屈だ、非の打ち所が見えない。

 

 だが、このままでは俺の目的が達成できないのだ。多少無理をしてでも方針を変えさせてもらう。

 

 甘言妄言詭弁屁理屈を並べさせたら右に出る者はいない、とまで言われた俺の口八丁は、あのユーノに『兄さんは悪い意味で弁が立ちますね』と褒められたほどである。

 

無理と俺の勝手な都合を通すので、道理とクロノの戦術的観点には申し訳ないが引っ込んでおいてもらおう。

 

「二兎追うものは一兎をも得ず、ね。たしかにそんな諺もあるにはあるが、でもなクロノ。二兎追わなきゃ二兎得ることはできないんだぜ。欲張らないとどっちも手に入らない」

 

「揚げ足を取るな。徹の言うことも一理あるが、怪我をする可能性が高い選択肢を取るつもりはない。リスクとリターンだけで計算できることではないんだ」

 

「振り分けが大事だってことだ。ここから一番近いジュエルシードは街の中にあるやつだろ? このあたりの地理に詳しい俺ならすぐに見つけられる。相手より有利に働くと思うが?」

 

「……敵がすでに到着していたらどうする。戦闘は避けられないぞ」

 

「その時は適当に話でもして時間を稼ぐさ。なるべく足止めして、クロノの到着を待つ」

 

「…………敵より先にジュエルシードを見つけて確保したとする。徹がその場から離脱するまえに敵が現れたらどうするつもりだ? 敵は奪い取ろうと躍起になって襲ってくるだろう」

 

「午前の訓練で一戦したんだから、俺の意地汚さと粘り強さはクロノも知ってるだろ? 勝つことはできなくても戦闘を長引かせることならできる」

 

「………………二手に分かれるとして、ここから山にあるというジュエルシードまではかなり距離がある。二手に分かれたところで先に奪われていたら空振りに終わる。時間と戦力を無駄にして、もう片方の回収成功率を下げることは非論理的だ」

 

「遠いほうのジュエルシードにはクロノが行けばいい。卓越した飛行技術を持つクロノなら行きも帰りも速い。仮に空振りだったとしても超特急で戻ってくればすぐに俺と合流できる。リスクの低減に繋がるだろう」

 

「……………………そもそも、危険を冒してどちらも回収しようということに、メリットは……」

 

「自分で言いながら無理があるってわかってるんなら口に出すなよ。ジュエルシードはたった一つでも莫大なエネルギーを孕んでいる。たった一つであっても恐ろしく危険な代物である。それを俺に教えたのはクロノたち管理局側だ。二つあるのなら、どちらも回収すべきだろ」

 

「…………………………」

 

「俺が街の中心部に近いジュエルシードを、クロノが街から離れた山間部にあるジュエルシードを回収する。俺が敵対勢力と遭遇した場合は戦闘をなるべく避けてクロノの合流を待ち、クロノは移動、回収、戦闘、合流を可及的速やかに行う。それでいいんじゃないか?」

 

「…………わかった、それで行こう」

 

 クロノは最後まで難色を示していたが、結果的には俺の案を採用してくれた。

 

 ジュエルシードの危険性を持ち出して管理局という立場からでは拒否させ辛くさせ、無理矢理に採用させたような格好だが、そのあたりには目を瞑る。

 

クロノにも通したい意志と信念があるように、俺にも貫きたい意地と信条がある。

 

与えられた役割は全力で果たすが、そのやり方は好きにさせてもらおう。

 

 クロノやリンディさんにはなるべく迷惑をかけたくないが、今日ばかりは許してもらいたい。

 

「だが危なくなればすぐに撤退することが条件だ。撤退は罪ではない、戦略だからな」

 

「了解」

 

 お互いに拳をがつっ、とぶつけ、クロノは全力の飛行魔法で北の方角、山へと向かう。

 

空気の壁を突き破るような速度でクロノは飛翔する。

 

ついさっきまで隣にいたというのに、クロノの姿はすぐに遠く、小さくなった。

 

 俺は自由落下に身を任せながら時々足元に障壁を展開させ、座標をコントロールしながら目的地まで急降下する。

 

 地面が近づくと斜めに足場を作り出して勢いを減衰させ、魔力付与を施した身体で着地――に失敗した。

 

軟着陸しようとしたのだが、予想以上に落下スピードがあったというか、予想以上に勢いを殺せなかったというか、兎にも角にも足場となる障壁が落下エネルギーに耐え切れず砕け散ったことにより、俺は地面を転がった。

 

魔力を可能な限り消費しないように、と落下速度を下げるための障壁の数をけちったことが要因としてあげられよう。

 

 魔力付与を使っていたおかげで怪我はしなかったが、着ていた服が砂だらけになってしまった。

 

唯一の救いは制服じゃなくてジャージだったことだ。

 

 明日は平日なのだから当然学校がある。

 

今日制服を洗ってしまうと明日には間に合わない。

 

スペアの制服はもうないのだから、これ以上制服を汚すわけにも擦り切れさせるわけにもいかないのだ。

 

「さってと、どこにいるのかね」

 

 俺の自問にはエリーが応えた。胸元のエリーがふるふるふる、とバイブレーションのように振動する。

 

 ネックレスにして首に下げ、表に出ないように服の内側にしまっているエリーを取り出せば、そのひし形の宝石の身体に青白い魔力光を纏わせながら浮遊した。

 

いくつか鎮座する巨大な倉庫の一つへ、淡青色の輝線が走る。

 

 俺の何気なく呟いた独り言を受け取って、エリーが自発的にジュエルシードの居場所を教えてくれた。

 

なんてできた子なのだろうか、今度またお手入れしてあげよう。

 

「こっちか」

 

 エリーを撫で擦りながら、線が示す倉庫へと不法侵入する。

 

てっきり厳重に施錠されているものと思っていたが、予想に反して倉庫の扉は開いていた。

 

 倉庫内へと足を踏み入れれば、かつん、と靴になにか小さくて硬いものが当たる感触。

 

目をやれば、南京錠が破壊された状態で落ちていた。

 

 やはり、彼女はもう来ているようだ。

 

 この倉庫はあまり使われていないのか、広いわりに商品の在庫や段ボールも、棚すらも設置されていない。

 

さすがに電灯などの影は見て取れたが、その電灯をつけるためのスイッチの場所がわからないので意味はなかった。

 

いずれにせよ、電気が通っている保証はないので関係ないのだが。

 

 まだ日中だというのに倉庫の中は薄暗い。

 

天井に申し訳程度にある窓から入る光量が、内部を照らす光源となっていた。

 

 倉庫だというのに物が置かれていないので遮蔽するものがなく、薄暗いとはいえ倉庫内全体を見渡すことができた。

 

 入り口から反対側、倉庫の一番奥、そこに窓から射し込む太陽の光とは別種の光源が浮かんでいる。

 

青白い光を弱々しく漂わせるそれは、俺もよく知っているもの……ジュエルシードだ。

 

 言うまでもなく、俺の胸元にいるエリーとは別のものである。

 

 エリーはもっと可憐に、けれど力強く輝く。

 

籠から放たれた鳥のように自由に、華やかに瞬き、光を放つ。

 

 前方に浮遊する封印前のジュエルシード。あれの魔力反応をアースラのレーダーは捕捉し、エリーは俺をここまで導いてくれたのだ。

 

 迅速に封印したいところではあるが、無闇に近づくのは得策ではない。

 

 彼女はすでにここに来ている。無論のこと、封印するだけの技量を持っていないはずがないので、あのジュエルシードは俺をここに呼び寄せるための撒き餌か、あるいは誘蛾灯だろう。

 

 向こうにも俺を誘導するだけの理由があるようなのだから、奇襲をかけてきたりはしないだろうが、わざわざ刺激するような行動をとることもない。

 

どうせそろそろ姿を現して下さることだろう、などと考えていたら、俺の耳にかちっ、という音が届いた。

 

 電灯に光が灯り、倉庫内を照らす。

 

急激なカンデラの上昇に、視界が一時的にホワイトアウトした。

 

 未だに眼球はちかちかとしているが、なんとか耐えて(まぶた)を開く。

 

ついさっきまで微弱ながらも魔力光を漏らしていたジュエルシードは、その輝きを失わせて地面に転がっていた。

 

 落ちているジュエルシードを(うやうや)しく拾い上げるのは、猫耳と猫尻尾完備の美しい女性。

 

「待ってましたよ、徹」

 

 リニスさんが、そこにいた。




無印編が長すぎる、との忠告を受けたばかりでこんな宣言をするのは大変心苦しいのですが、ここから三話ほどリニスさんとの話が続きます。ラストに向けての必要な工程とはいえ、本当にすいません。


あと、今更改めて、というのもおかしな話ですが、感想を書いてくださる方々、本当にありがとうございます。毎回感想欄を覗くたびに『酷評されてたらどうしよう……』などと心臓をばくばくさせながら読んでいるのですが、温かい感想が多くてとても励みになっています。
この場を借りて、今一度の感謝を。
いつもありがとうございます。

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