そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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その様は……まるで、龍だ

 艦橋(ブリッジ)に訪れたのはこれが初めてではない。日曜日に海鳴市上空へ転送してもらった時に、一度ここへは足を運んでいる。ただその時はジュエルシードの回収が意識の大半を占めていたので、しっかりと様子を確認することはできなかった。

 

 艦橋正面にある大きなモニターには、荒々しい白波が立っている海が映されている。海面より数十メートル上空には二人の女性、金色のツインテールを強風に晒しているフェイトと、腕を組んで腰の周りのマントをたなびかせるアルフの姿。

 

 すでに彼女たちは現場についている。

 

 いや、タイミングから察するに彼女たちがなにかジュエルシードに手を加えたと考えるべきだろう。街の中心でエリーに魔力を当てて場所を判明させた時と同じく、海中に沈んでいるジュエルシードに魔力流を撃ち放ち、場所を特定したのだ。

 

 リスクは極めて大きいけれど、広く深く凹凸のある海底を探索するなんてことは途方もないので、こればかりは仕方ないとも言えた。

 

 艦橋正面のモニターの側には、複数の局員が忙しそうに計器や個人用のディスプレイに向かってホログラムキーボードで打ち込むのが見える。全員が全員、真剣極まる表情をして、ともすれば鬼気迫るとすら思えるほどの勢いだ。

 

 その局員たちを眼下に収められる、少し高くなっている位置に艦長の席があった。

 

「状況を」

 

 艦橋に到着したリンディさんは席に座ることもせず、どころか一瞥もくれずに手摺(てすり)に手を乗せて前のめりになりながら部下に説明をさせる。

 

「発見場所は海、すでに敵対勢力の人員は現場に配置されています! 結界が張られているので現地の人には危険はないようです!」

 

「そう、取り敢えず一般の方々に被害が出ないのなら良いことよ。ジュエルシードは複数と言っていたわね、正確な数字を」

 

「ジュエルシードの数は……九つです」

 

「九つ……多いわね」

 

「残りのジュエルシード全部かよ……」

 

 ジュエルシードが発見された場所は俺の予想通り、海鳴市近海であった。近海といっても少し距離があるのは、潮の流れかなにかに運ばれたのだろう。

 

 これから捜索を進めていくにつき、ジュエルシードが見つかるのであれば海の割合が多いとは推理していたが、まさか残りの九つすべてが海で、しかも同時に発見されるなど想像の埒外(らちがい)だ。可及的迅速に封印作業を行わないと、相乗効果でジュエルシードの魔力解放状態が進行するかもしれない。

 

 ビルが建ち並ぶ都会部中心で励起状態に陥ったエリーを思い出す。たった一つだけであっても、日本の建築基準法をクリアした巨大なビルに、どでかい穴を空ける威力のエネルギーを周囲一帯に撒き散らしたのだ。それが二つ三つと増えれば、尋常じゃない労力を費やすことになる上に負傷する危険性も増大する。九つすべてともなれば、もはや近づくことすら至難と業となる。

 

 早く手を下さないと手遅れになってしまう。一応俺の上司という立場となっているリンディさんの指示を仰ごうと口を開く。

 

「リンディさん、あなたの考えを聞かせてくれ」

 

「そうね、まずは……」

 

 リンディさんが語り始めるのと同時に、背後の扉からいくつか接近する足音が聞こえた。ばたばたと床を踏み鳴らしながら近づき、空気が抜けるような音とともに扉が開かれる。

 

「遅れました。クロノ・ハラオウン、ただいま戻りました」

 

「あ、徹お兄ちゃんもう来てる!」

 

「兄さんっ! 目が覚めたんですね……よかった」

 

 いの一番に艦橋に入ったのは艦内用の服装をしたクロノ。入室と同時にこの場にいる全員に聞こえる声量で挨拶したのち、足早にリンディさんの元へ向かった。

 

 次いでなのはがクロノの陰から小さな身体を見せ、てこてこと、ペンギンなんて勝負にならないくらい可愛いらしく俺に歩み寄ってくる。なのはは学校の帰りにアースラへ直接寄ったのか、白を基調とする聖祥大付属小学校のお嬢様然とした制服に身を包んでいた。

 

 なのはの脇をすり抜けるように走りこみ、俺に抱きついてきたのは黄土色(イエローオーカ)の髪の美少年、ユーノだ。民族衣装を思わせる服のユーノは今にも泣き出しそうな顔を、俺の腹と胸の中間あたり、おおよそ鳩尾(みぞおち)らへんに押しつける。

 

 昨日はユーノに直接会えなかったので、俺が復帰したことを言っといてもらうようになのはに伝言を頼んだのだが、この喜びようは一体どういうことなのだろう。

 

「なのは。昨日俺、ユーノに伝えといてくれって言ったよな?」

 

「…………」

 

「なのは? なのはさーん?」

 

 俺の記憶違いかと不安になってなのはに確認しようとしたのだが、当のお姫様は、どこまでも沈んでしまいそうな暗い瞳をユーノへ向けていて、俺の声が届いていないようである。

 

 このままでは俺はともかく、ユーノの身の安全が保証されないので、同性とは信じられないほど薄いユーノの肩を掴み、離れさせる。俺とユーノの間に空間ができるにつれてなのはからの無言の圧力は霧と消えた。

 

とりあえずのところは、ユーノの安全を確保することができたようだ

 

「心配させて悪かったな、ユーノ。でもこれについてはまた今度だ。今は緊急事態だからな」

 

「……っ、そう、ですね。取り乱しました、すいません」

 

 目元をぐしぐしと手の甲で拭い、ユーノは気丈な笑顔を俺に向けた。

 

 俺に迷惑をかけまいとするその健気な振る舞いに、少しぐっときたのは気のせいだと信じたい。ただでさえ周りの連中からはロリコンだなんだと言われているのだ、これ以上人間としての道を()れるわけにも(はぐ)れるわけにもいかない。

 

 ユーノに言った通り、今は差し迫った問題があるのだ。言い方が悪くなってしまうが、ここで時間をロスしたくない。

 

 なのはやクロノが来る前にリンディさんに聞こうとしたことを、再度尋ねようと身体をリンディさんへと向けるが、今度は金色の激しい閃光に出鼻を挫かれる。どうやらモニターの向こう側で進展があったようだ。

 

「ふぇ、フェイトちゃん? なんであんなところに……」

 

「魔力流を海に撃ち込んでいるのでしょうか。ジュエルシードを発見するためでしょうけど……あれは危険すぎますよ」

 

 一瞬モニターを埋め尽くした閃光は、フェイトが海へ放った雷撃だったようだ。その光景を、なのはは心配そうに見つめ、ユーノは冷静に見分して危機感を(あら)わにする。

 

「海の様子を映像に回せますか?」

 

「はい、すぐに」

 

 リンディさんが指示を出し、オペレーターが即座に反応する。

 

 艦橋正面のモニターに映されていたフェイトとアルフの枠が小さくなり、隣にもう一つ新しく画面が現れた。

 

 小さくなった画面では、切羽詰まった顔をしながら肩で息をするフェイトと、そのフェイトを後ろから憂気に見るアルフが投影されており、新しい画面の方には海の様子が映し出されている。波頭が砕けて白くなった飛沫や、暴れ狂うような荒波にも負けず、海面には青白い光が浮かび上がっていた。煌々と輝く九つの燐光は、まるで巨大な海洋生物が海面のすぐ下にいるかのようで、根源的な恐怖が心を(むしば)む。

 

 フェイトにあてられた魔力流によりジュエルシードたちは目を覚まし、その身に内包する潤沢な魔力を使って攻撃を開始した。長い享楽(きょうらく)的な眠りから叩き起こされた鬱憤を晴らすように、ジュエルシードは魔力を通した海水を自在に操り、フェイトとアルフに襲いかかる。直径三メートルから五メートルほどもありそうな水柱は、それぞれが意思を持つ蛇のようにのたうちまわり、彼女たちを追い立て、空路を阻み、追随しだした。

 

 今はまだ致命的な事態にこそなってはいないが、それも時間の問題のように思える。時が経つごとに、膨大な量の魔力と海水で構築された大蛇は動きが洗練されてきている。寝起きで頭が回っていなかったが、覚醒してきてコントロールが巧みになってきているようなものだろうか。

 

 フェイトの空戦における機動力は充分理解しているし、行使される魔法の威力も知っている。アルフの障壁の硬度は自分の拳を叩きつけた俺はまさしく身を以てわかっているし、アルフのレパートリーには射撃魔法の他に拘束魔法もある。生半可なことで落ちる二人ではないことは、これまでの戦いで証明されている。

 

 だが、二人の実力は認めているが、今回ばかりは相手が悪すぎた。

 

 人の身では追い縋ることすら許されることのない魔力量を持ち、加えて数も多い。戦場となったのが海というのも、運が悪かった。海の上ではフェイトたちの身を隠せるような遮蔽物がなく、ジュエルシードにとっては攻撃手段となり得る海水がある。ジュエルシードが水を操ることができるなんて、これまでの情報になかったので考慮する余地もなかった。運が悪いというほかない。

 

 フェイトは持ち前の優れた飛行魔法を駆使してジュエルシードの包囲網を掻い潜り、アルフは時に躱し、時に防ぎ、時に拘束魔法で縛って上手く対処しているが、これではあまりにも多勢に無勢。防戦一方に追い込まれて、封印どころか攻撃する暇すらない。

 

 このままでは消耗戦だ。遠くないうちに彼女たちの魔力が枯渇して大蛇に呑まれるか、疲労が蓄積して動きが鈍ったところを海中へ叩き落される。

 

 いずれにせよ、海に落ちれば彼女たちの身体が海中でジュエルシードの魔力に付き従う水に蹂躙され、藻屑となることは明白だ。その前に助けに向かわねばならない。

 

「はっ……そういう、ことかよ……」

 

 と、進展した状況をここまで把握して、やっと腑に落ちた。なぜ艦橋に来て時間が経っているというのに、リンディさんやクロノが指示を出さないのか。その考えにまで、到達してしまった。

 

「フェイトちゃん、だめっ……」

 

 正面から迫る、圧縮された水で構成された大蛇の牙から逃れようとフェイトは右上に針路をとるが、アルフを狙っていた大蛇の腹に接触して、海面すれすれまで高度を落とした。その映像を、神に祈るように両手を胸の前で絡ませて見ていたなのはが、小さく悲鳴をもらした。

 

 居ても立ってもいられずといった様子で、なのはがリンディさんへと話しかける。

 

「わたし、行きます! 行かせてください! このままじゃ、フェイトちゃんが……っ!」

 

「駄目だ、今はまだ許可できない」

 

 なのはの嘆願は、リンディさんの隣についたクロノが寸秒も考えることなく、考える素振りもせず一蹴した。

 

 袖にされたなのはは小さな手を握り締め、かすかに震わせる。管理局の指示に納得できていないことが、手に取るように理解できた。

 

 だが、素気なく断じたクロノの表情もまた、明るくはない。心苦しそうな、苦虫を噛み潰したみたいな渋い顔だ。クロノが下した判断が、苦渋の末の決断だったということが容易に察せた。

 

「なぜ!? 今行かないと手遅れになります!」

 

「簡単なことだろ、ユーノ。双方が戦い、弱ったところで介入する算段なんだよ。そうすれば楽にジュエルシードを回収できるし、うまくいけば苦労せずフェイトたちをも捕獲することができるかもしれないんだから」

 

 なのはに代わり、食って掛かったユーノには俺が返答する。

 

 冷淡に見えるかもしれないクロノの対応だったが、その実、安全を考慮してのことだ。

 

 今なお、苛烈さを増している魔力の渦に飛び込むのは、あまりにもリスクが高すぎる。しかし、いくら膨大な魔力をその身に内包するジュエルシードといえど、物質である以上限界はあるし、魔力にも残量というものがあるだろう。俺たちが戦う前にフェイトたちをぶつけ、ジュエルシードの魔力を少しでも消耗させてからなら、『高すぎる』リスクが『高い』くらいには低減できるかもしれない。

 

 仮にフェイトたちが九つのジュエルシードを封印したとしても、それほど大きな問題はない。これほどの数のジュエルシードを相手取れば、いくらフェイトやアルフでも気力、体力、魔力が切れるのは目に見えている。疲労困憊の彼女たちを捕縛して、それからゆっくりジュエルシードを奪ってしまえばいいのだから、先に取られようと構いはしない。

 

 管理局の考えとしてはこんなところだろう。

 

 自分たちの戦力は削ることなく敵対する相手の力は削り、大事な部分は掠め取る。人道や倫理にさえ目を瞑れば、なるほど、効率的だ。

 

 管理局にやり方にどっぷり浸かっている人間であれば、一も二もなく斯様(かよう)な手段を用いるだろう。クロノはその手段を提示しているが、提示しつつ苦悶しているということは、この人情に欠けるやり方を理解はしていても納得はできていないという表れだ。その点で言えばまだ救いはある。

 

「なんで……このままじゃ、フェイトちゃんがケガするかもしれないのに……もしかしたらケガだけじゃすまないかもしれないのに……っ! なんで行っちゃだめなの?!」

 

ままならない(しがらみ)に業を煮やし、なのはは大声まで出してリンディさんとクロノに詰め寄った。

 

 なのはのそれは、純粋な想いからの懇願とも取れたが、不条理に対する怒りにも見えた。

 

「組織ってのは、そういうもんなんだよ。なのは」

 

 言って、教えておかねばならない。まだ幼いから、などと理屈をこねて先延ばしにすることはできるが、いずれ誰かから教え込まれるのなら、その役目は俺が担いたい。他の誰でもない、俺が、なのはに。

 

 フェイトへの思いを否定するかのような俺の物言いに、なのはは俺へと悲しげな顔を向けた。

 

 ――なんでそんなこと言うの? なんでわかってくれないの?――

 

 そんななのはの声が聞こえてきそうなほどだった。実際幻聴が聞こえた気までする。

 

 潤んだ瞳とへの字に曲げた唇を見て『全部嘘だ、お前が正しい』と抱き締めてやりたくなるが、ここで逃げてはいけない。組織に所属している以上は、認識しておかねばならない事柄というものが厳然と存在する。このまま時空管理局に入るとしても、或いはこの一件が解決したら手を引いて元の世界で平和な生活を送るにしても、今この場にいることに変わりはない。その覚悟を、持つべきなのだ。

 

「組織において、指示を受けて行動するのは自分の身の安全を守るためだけではないし、任務を遂行するためだけでもない。組織の人間全員の安全を守るために必要なんだ」

 

「それはわたしも……わかるよ。でも徹お兄ちゃん、フェイトちゃんが危ないの……」

 

 なのはの目元には涙が溜まり、今にも零れ落ちそうだ。俺に返す言葉も震えてか細く、弱々しい。

 

 なのはの姿を見ていては、胸が張り裂けそうになるどころか口から血を吐き出しそうになる。せっかく固く決意した意志が揺らいでしまうので、瞼を閉じて視界からの情報をシャットアウトする。

 

 なのはの返事にすら気に留めることをせず、俺は考えていた文章をただ(そら)んじる。

 

「誰かが命令違反をすれば、統制に乱れが生じて、その皺寄せは他の仲間が負うことになる。それは負担となって個人に蓄積し、耐えきれなくなった箇所から綻びが生まれ始める。一人が脱落すれば周りが背負う負担はさらに大きくなり、一人、また一人と、そこからは加速度的に傷口が広がっていく。いくら強固な壁でも、小さな穴から崩壊することもあるんだ」

 

「でも……でもっ……」

 

「いいですよ……もう。なのは、行って。転移ゲートは僕が……」

 

 俺となのはのやり取りを見て、辟易したように視線を下げてユーノが呟く。手を合わせて魔力を込めたが、転移門にはなんの変化もなかった。

 

「な、なんで……」

 

 愕然と転移門を振り返るユーノに、クロノが答える。

 

「転移ゲートのアクセス権は、艦長と僕にしかない。使用許可を得てからでなければ転移ゲートは使えないんだ。艦長と僕が不在時にはエイミィに権限が移行するが、今はそれは関係ない」

 

 ユーノは小さな肩を震わせる。憤りからか、無力感からか、もしくは両方なにかもしれない。

 

「組織を守るためなのだとしても……大多数を守るためなのだとしても、こんなの間違っている。……絶対に間違っています!」

 

 クロノに、リンディさんに、きっと俺に対しても、ユーノは叫んだ。

 

「徹お兄ちゃん……指示に従うのが大事だっていうのはわかったよ。みんなを危ない目にあわせないためっていうのも……。でも、このままじゃ、フェイトちゃんが……。フェイトちゃんと一緒にいる人も……。わたし、そんなの……」

 

 見てられないよ……、となのはが俺の服を掴んで涙ながらに懸命に訴える。

 

「そうか、それならいいんだ。後は任せとけ。ユーノと一緒に転移ゲートと前で待ってな」

 

「で、でも……どうやって……」

 

「なに、ちょっとばかりリンディさんとお話しするだけだ」

 

 なのはの頭を軽く撫で、もう気を病む必要はないと示すように、心優しいお姫様に笑顔を見せる。

 

 なのはが理解しているのなら、それでいいのだ。組織として動くのなら、自分の都合だけで勝手気ままに動いてはいけない。周りで一緒に働く人たちのことも配慮しなければならない、ということをなのはには知っておいて欲しかった。

 

 リニスさんと会うために自分の意見を押し通した俺が、そんなことを言う資格はないかもしれないが、なのはには俺のように自分主義の人間にはなって欲しくないからこその苦言だったのだ。

 

 規律を厳守する、それは組織に属する者にとっては基本で、常識である。

 

 それを十全に認識して、それでもなのはの意見が変わらないのであれば、俺はなのはの願いを叶えるために行動するだけだ。

 

 それに、先ほどから眉を(ひそ)めてモニターを注視しているリンディさんを見るに、分の悪い交渉とも思わない。きっとほんの少しだけ、片側の秤に情報という名の重りを乗せてやれば、あるいは。

 

「時間もないし結論から言う。俺たちを戦闘領域に転送すべきだ」

 

「何度同じことを言わせる気だ……と、言いたいところだが……なにか考えがあるんだろうな?」

 

「転送すべきとまで言い切る、その根拠を教えてくれるかしら?」

 

 リンディさんの性格的に、命すら危ぶまれる空間で女の子二人が戦っているのに、それを安全な場所で傍観(ぼうかん)するなどできようはずがない。リンディさん一人であれば、一も二もなく押っ取り刀で駆けつけたいくらいの場面だろう。そうできないのは、彼女が責任ある立場にあるからだ。

 

 公私混同をしないのではなく、できないリンディさんに代わって俺たちが動けばいい。誰も不幸にならないように、尽くせばいいのだ。

 

 そしてそれはクロノも同じはず。二人の心理が俺たち側に寄っているのであれば、意を(ひるがえ)させるのは容易である。それらしい理由をこじつけ、正当性と整合性があるように取り繕えば良いだけだ。

 

「ジュエルシードとフェイトたちを戦わせて魔力を使わせ、疲弊したところを叩くつもりなんだろうけど、このままでは達成されない。それどころか状況は悪化する」

 

「なぜだ? 今もジュエルシードは魔力を使ってあの少女たちを攻撃している。そのうち魔力は底をつくだろう」

 

「エネルギー結晶体のロストロギアという看板は伊達じゃないってことだ、クロノ。ジュエルシードは起動すれば、段階を追うごとにその力を増していく。時間が経てば経つほど、眠りから覚めて目が冴えるように、攻撃は激化するんだ」

 

「一度暴走したジュエルシードを間近で見て経験し、相対した徹君の言葉なら、信憑性もあるわね」

 

 エリーが街のど真ん中で暴走した時、青白い光は徐々に輝きを強め、放射する魔力の量も増えていた。そして今回のジュエルシードも、最初に見た時よりも閃光をより鮮明にさせている。

 

 前回は封印するまでに時間がかかってしまったが、まだジュエルシードが一つだったからなんとかなった。だが今回は九つという数が相手だ。手に負えなくなるほど力を増す前に、なんとかしなければならない。

 

「徹の言うことが事実だとして、それならあの少女たちが戦闘不能になってからでも構わないだろう。映像を見る限り、もうそれほどもちそうにない。あの子たちが墜ちてから戦力を投入してジュエルシードを封印、回収し、同時に少女たちを保護すればいい」

 

「フェイトやアルフほどの強者だからこそ、あれだけの集中攻撃を浴びてもまだなんとかなっているんだ。見下すわけでも侮るわけでも軽んじているわけでもないが、日曜に戦闘訓練をした時にフェイトたちほどのスペックを持っている局員は見当たらなかった。無闇に人員を増やしても、数に比例して被害が増えるだけだと思う」

 

「それじゃあ徹君の考えは?」

 

「フェイトやアルフが健在のうちに領域内に入り、共闘してジュエルシードを沈静化させる。局員には他にも仕事があるんだろ? 大勢が負傷して動けなくなっては業務が滞ることになる。ここでジュエルシードを確保できても後が怖いぞ? 相手の戦力を利用して、自分たちの戦力は温存すればいい」

 

「人員を小出しにして戦力が足りなければどうするのかしら?」

 

「俺、なのは、ユーノが向かって足りなければクロノに来てもらう。それでも手に余るようであればその時に局員の人たちをフォローに充ててほしい」

 

 リンディさんもクロノも顎に手をやり深く考えるような仕草を取った。口を真一文字に結び、目線をかすかに下に向ける。

 

 緊迫した状勢であるというのに、やっぱり二人は親子なんだな、などと和んでしまった。

 

 って、いやいや、遺伝から来る性格の類似性について熟考している暇はない。

 

 クロノがちらりと言及したように、いかに魔法戦において凄まじい能力を誇る彼女らでも、現在は劣勢の最中にあるのだ。防ぎ、回避するだけでも綱渡り状態。一歩間違えばすぐに沈むこととなってしまう。

 

 現にモニターでは、玉のような汗を頬に伝わせ、胸元に水滴を落としているフェイトが映っている。暴風雨に晒され、海面から伸びる大蛇に弄ばれて全身びしょ濡れの濡れ(ねずみ)だ。アルフも身体中に大量の水を浴び、元から露出の激しい服が肌に張りつき、鍛え抜かれた身体のラインを明確にしてしまっている。長い橙色の髪の一部は首筋に纏わりつき、とても色っぽい。

 

 違う、そうじゃない。彼女たちの状況を知りたいがためにモニターに目を向けたのだ。

 

 フェイトは飛行に射撃に砲撃にと魔力を使い過ぎたのか顔色が少し悪くなっているし、苦しそうに肩で呼吸している。アルフも眉間にしわを寄せ、歯を食い縛りながら、大蛇の動きを阻害しようと拘束魔法を展開させていた。

 

 魔力的な意味でも限界は近いだろうが、それ以上に精神的な疲労が大きいように見受けられる。

 

 きっと二人とも自覚しているのだ、緩やかに切り立った断崖絶壁へと歩みを進めているのを。劣勢に追いやられた状況を打破しようとしても、生き残るためにはジュエルシードからの猛攻を防ぐしかなく、袋小路の中を彷徨(さまよ)うしかない。

 

 なんとかしないと、という焦燥の念は確実にあるはずだが、焦るばかりに無理な反撃をしては返り討ちにあう。それを理解し、無茶な真似をしなければまだ間に合う。フェイトたちが強行に打って出なければ、まだ。

 

「なんだ……あれは……」

 

 フェイトたちをメインに据えたモニターの隣、ジュエルシードを捉える映像に、ふと違和感を感じた。

 

 違和感の正体を探るため、海を映すモニターを傾注する。

 

「ジュエルシード同士が、近づいて……いる?」

 

 海面にばらばらと点在していたジュエルシード、その幾つかが互いに寄り添うように距離を詰めていた。一つのジュエルシードが脈動すれば、近くのジュエルシードもそれに呼応してどくん、と鼓動する。

 

 二つのジュエルシードから放たれた魔力は、折り重なるように、絡みつくように同化し、海水を圧縮して押し上げ、一回り以上大きい大蛇を生み出した。いや、すでに蛇などと形容するのは間違っているのかもしれない。胴体には鱗のような紋様まで浮かび、巨大な牙を見せつけるように大きく口を開けるその様は……まるで、龍だ。

 

 ジュエルシード同士が協力して魔力を放出して敵を排除しようとしている。信じがたい光景だが、そうとしか考えられない。

 

 青白い光は依然として輝きを強め、ジュエルシード本体は異なる個体に身を寄せてさらに魔力を暴れさせている。

 

 これまで想像もしていなかった最悪の事態は、そう遠くないのかもしれない。

 

「ジュエルシードは互いに影響しあって力を増大させている。融合……なんてことも、あり得るかもしれない」

 

 血の気が失せているのが、自分でもわかる。ふと呟いた言葉に、ぞくりと寒気が走った。

 

 結果的に俺のこの発言が、リンディさんとクロノの考えを変える決定打となった。


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