そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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今回は短めです。
久しぶりに八千文字を超えませんでした。


男なら、意地を張って虚勢を張って、前だけ向いて手を伸ばせ

 ふわり、と潮の匂い以外の香りが俺の鼻腔を(くすぐ)り、潮風とは風向きが異なる一陣の風が、俺の頬を(なぶ)った。

 

 いつまでも到来しない痛みと俺のすぐ近くを通った爽風に疑問を感じ、固く閉じていた(まぶた)を開く。

 

「本当にすぐに助ける機会があったね。約束通り、助けにきたよ」

 

 目の前には、金色に光り輝く髪を頭の両側で二房に分けて結っている少女、フェイトの姿があった。フェイトはこちらに背を向けて魔弾を吐いた水龍へ注意を傾けながら、俺へと言った。

 

 強風に長い髪を弄ばせ、表裏で黒と赤のマントをたなびかせているその後ろ姿は、小さな背中からはとても想像できないほどに頼りになるものだった。

 

「フェ、イト……なんで……」

 

 なんでここにいるんだ、と尋ねようとして俺の背後から爆発音がした。

 

 何事かと振り向いてみれば、遥か彼方で巨大な水柱が二つ立っている。

 

 正面に目を戻してフェイトの右手を見やると、バルディッシュは電撃を迸らせる大きな鎌の形をしていた。

 

 俺が(かす)り傷も負わずに無事でいる現状、背後に屹立(きつりつ)する水柱、突如正面に現れたフェイト、バルディッシュの形状。すべて繋ぎ合わせて辿り着いた解答に、そんな馬鹿な、という感想を抱くが、これしか考えられなかった。

 

「まさか、フェイト……お前……」

 

「できるかわからなかったけど、徹の言う通りやってみたらできるものだね。水の砲弾も一刀両断にできたよ」

 

「無茶苦茶だ……」

 

「徹に言われたくないよ?」

 

「いやいや、今回ばかりは言わせてもらうわ」

 

 まったくもって信じ難い行為ではあるが、フェイトは水龍が射出した末恐ろしいまでの破壊力を持った水弾を、事もあろうに手に(たずさ)える大鎌で斬り裂いたようだ。

 

 貫通能力に秀でた水弾を防ぐ手立てなどすぐに思いつかなかったというのは理解できるが、まさか防御ではなく、回避でもなく、水弾自体を破壊するなんて暴挙とも言える方法に打って出るとは思わなかった。ボードゲームで手詰まりになったからテーブルごとひっくり返す、みたいな発想の転換である。俺には考えつかなかった解決法だ。

 

 そしてそれは、鳥肌が立つほど危険な行為でもある。

 

 フェイトのおかげで助かりはした、それは事実だ。だが、魔力刃で叩き斬れなかったらどうするつもりだったのか。

 

 失敗すれば魔弾の破壊力に(さら)されたバルディッシュは破損するだろうし、フェイト自身ただではすまない。間違いなく大怪我を負う。小さく華奢な身体のフェイトでは、命にかかわるかもしれないのだ。

 

「怪我はないみたいだね、よかった」

 

「よかった……? よかった、じゃないだろ! 危ないだろうが! 何かが違えばフェイトが怪我するところだったんだぞ!」

 

「徹言ったよね『俺が怪我しないように頑張ってくれよ』って」

 

「そういうつもりで言ったわけじゃない! 自分の身を犠牲にしてまで頑張れなんてつもりで、俺は言ったんじゃないんだよ!」

 

「……その気持ち」

 

「な、なんだ?」

 

「その気持ちを、助けられた側はいつも味わうんだよ。自分の代わりに苦痛を全部引き受ける徹を見て、その度にみんな、そのもやもやして行き場のない気持ちを味わうんだ。徹もわかってくれた?」

 

「そ、それとこれとは……」

 

「別じゃないよ」

 

「そう……なんだけど……」

 

 フェイトは水龍への警戒を続けながら、かすかに振り向いて俺へと言葉を投げかける。

 

 フェイトの辛辣な言葉は、彼女の剣筋のように()まず(たゆ)まず歪まず曲がらず、一直線に俺の心へと斬りつけた。

 論しようにも、フェイトの言い分が間違っているなどとは、俺自身思っていないので反論するに足る材料が見つからない。ぐうの音も出なかった。

 

「たまには徹も、守られる側の気持ちを知っておくべきだよ」

 

「わ、わかった……。俺の負けだ。もう勘弁してくれ……」

 

 横顔だけだったが、俺の白旗を聞き入れたフェイトは、よろしい、と一言返して柔らかな笑みを見せた。

 

 その微笑みには裏などなく真っさらで、芸術品のように美しく、曇天を引き裂いて陽の光が一条、フェイトに降り注いだと錯覚するほどに輝いていた。

 

 言い知れない気まずさを覚えて、俺は話をすり替える。

 

「それより、フェイトがここにいたらまずいんじゃないのか? 龍二体は拘束はどうなってるんだ?」

 

「大丈夫だよ」

 

 俺の懸念に、フェイトは即座に否定で返す。

 

「拘束魔法はバルディッシュが維持し続けてくれてるから」

 

「バルディッシュに任せっきりなのかよ! 優秀すぎるな、バルディッシュ!」

 

『お褒めのお言葉ありがとうございます。やっと恩の一部を返すことができそう

です』

 

「今回の件でまるまる返済できただろ。お釣りがくるぞ」

 

『いえ、こんなものではとても』

 

「謙虚だな。仕事人の風格が漂ってる」

 

 デバイスの中心に位置する金色の球体が一度二度、照れるように瞬いた。

 

 俺がバルディッシュとばかり話しているせいで置いてけぼりになったフェイトが声のボリュームを微増させて、会話の隙間に割り込んだ。

 

「次は、徹の番だよ。ジュエルシードの封印よろしくね。私は龍の拘束に集中するから」

 

 そう言うや否や、フェイトは金色に光る魔力球を自分の周囲にいくつか漂わせ、拘束が解かれている水龍に斉射した。

 

 数発程度であれば、ジュエルシードの潤沢な魔力を享受している水龍にとってはなんてことはない威力だろうが、弾丸の量が十を超え、二十の大台に乗るとなればさしもの水龍でも怯む。水龍が一瞬怯んだ空隙(くうげき)を、フェイトは見逃さなかった。

 

 拘束魔法を掛け直し、再び動きを止める。フェイトが水龍を捕らえたのを見て、なのはやユーノ、アルフももう一度捕縛し直した。

 

「また危なくなっても私が守るから、徹は安心してていいよ」

 

「言ってくれるじゃねえか。その前にこっちを片づけてやるから、もう助ける機会は訪れないぞ。残念だったな」

 

「どうかな。また近いうちにあると思うよ?」

 

 元の位置に戻るためにフェイトが飛び去るが、その前に俺へと看過できないセリフをきらきらした笑顔とともに吐いてくれやがった。なけなしのプライドをナイフの切っ先でかりかりと引っ掻くようなフェイト発言に、俺は反骨心から強気に返す。

 

 遅れを取り返すため、手元で暴れるジュエルシード群に意識を向けた俺のすぐ隣を、フェイトは通り過ぎる。すれ違う瞬間、俺の耳元でフェイトが一言(ささや)いた。

 

 悪天候による荒波、吹き荒ぶ風音、拘束から逃れようともがく水龍、両手の中で魔力を振り撒くジュエルシードなど、けたたましい音源はいくつもあるのに、フェイトが囁いた一言は、俺と少女以外の世界が切り離されたのではと思うほどに、はっきりと鮮明に、ありありと明確に、俺の耳朶(じだ)を叩いた。

 

 ――がんばってね――

 

 たったそれだけ、たったそれだけのいたずらっぽい響きが残るその応援が、どんな寸言よりも俺の心に()み込み、やる気と活力を生み出す原動力となった。

 

 自分でも単純な性格をしていることはわかっている。だがそれでも、疲労や途方もない作業で(もや)がかかり始めていた頭は冴え渡り、震えて弾かれそうになっていた腕は力が(みなぎ)り、折ってしまいそうになっていた膝は芯を取り戻したかのように足場を踏み締めた。もう一度言う、単純な性格をしていることは自覚している。

 

「負けてられねぇよな」

 

 ジュエルシードに向き直り、息を深く吸ってゆっくり長く吐く。脳にまで酸素を行き渡らせると歯を食い縛って神経を尖らせる。これまでと違うのは、歯を噛み締めながらも唇が笑みを(かたど)っていることだ。

 

 焦燥に煽られていた心にゆとりが生まれ、冷静さを取り戻すことができた。

 

 やる、やってやる。ここまでお膳立てされて、できませんでした、では終われない。そんなもの男じゃない。

 

 瞼を閉じて、全集中力を一点に傾ける。両の手の中で暴れ狂うジュエルシード群へと、演算能力の全てを注ぎ込んだ。

 

 九つのジュエルシードを並列作業で処理していく。一つの個体で処理の一部が成功すれば、他の個体へも反映させる。

 

 侮ってもらっては困る。俺は一度、ジュエルシードのプログラム配列を書き換えることによる手動封印に成功しているのだ。胸元にいるエリーがその証左(しょうさ)である。

 

 この作業を効率よくこなしていけば、いずれ封印まで辿り着く。なのに……ジュエルシードはそう簡単に終わらせてくれはくれそうにない。

 

「これ、さえなければ……すぐに片がつくってのに……」

 

 戦況が悪くなってきていることに気づいているのか、九つのジュエルシードは一際強く、品のない光を放った。

 

 濁ったような青白い魔力が指の隙間から漏れ出る。手のひらを押し退けるように、魔力の圧力が増加した。

 

 水龍を保ち続けるためにも莫大な量の魔力を垂れ流しているだろうに、それでもまだ抵抗するだけの余力がある。

 

 その点について深く考え始めると、恐怖という名のどつぼに(はま)りそうなので無理矢理に頭から叩き落す。

 

 フェイトの応援を受けてやる気を取り戻したといっても、根性論には限度がある。

 

 現実的なところ、事態はそれほど好転していない。

 

 時間をかければ、ジュエルシードから放射される魔力を抑えながらでもハッキングで封印することは可能だ。可能だが、封印するまで俺の魔力が持つかどうかは賭けになるし、なのはやユーノの集中力が切れてしまうかもしれない。それに俺たちが戦域に来る前からフェイトとアルフはジュエルシードと戦闘を繰り広げていたのだ。如何(いか)に才能ある魔導師とその従者とはいえ、戦いが長引けば魔力が底を尽く。

 

「この魔力流さえ……なんとかできれば……」

 

 俺の弱音を聞いていたかのように、ジュエルシードはさらに魔力を吐き出す。

 

 なんだこの無尽蔵なまでの魔力は……羨ましいな畜生。一欠片くらいでいいから俺に分けてくれよ。

 

「んぐっ……ぅおっ、ぉおっ!」

 

 抑えきれなくなった魔力流が指の間から溢れ、指のどこかの骨から、ぴしり、と嫌な音を響かせた。手にも裂傷が刻まれる。

 

 魔力を抑え込むのに意識を取られてしまってはハッキングの手が止まる。かといって、放出される魔力を無視することはできない。

 

 悪循環が螺旋を描く。

 

 なにか、なにか戦局を覆す一手がなければ、ここからは泥沼だ。魔力を絞り尽くされて枯渇すれば、羽虫が如くぷちっと潰される。

 

 別れ際にフェイトが(たまわ)ってくれた『がんばってね、お兄ちゃん! 大好き!』という(捏造が多分に加えられた)声を脳内でリフレインさせて魂を燃やす燃料に変換し、必死に攻略の手段を思案していると、かちり、という金属音が聞こえた。それは耳に馴染みのある、小さな音。

 

 記憶の通り、音の発生源はエリーだった。エリーはネックレスの台座から離れ、ふわふわと浮かび上がると――

 

「エリー……なんで今お前ぐぁっ! 痛い……なにすんの……。俺頑張ってるのに……」

 

 ――なぜか叱りつけるような光を煌めかせて俺の額に、ぺちっ、と突進攻撃を繰り出した。

 

 エリーはご機嫌斜めのご様子である。俺の努力の方向性に不満があるようだ。

 

 エリーが俺に攻撃(といえるかどうか微妙なラインだが、それに準じた行為)をするなんて初めてのことだが、今の俺にはエリーの相手をするだけの余裕はない。雑な対応になってしまうけれど了承してもらおう。

 

「危ないから台座に戻ってろ。危険なんでゅあっ! ……なんなんだ、なにに怒ってんだお前は……」

 

 もう一度俺の額に突撃したエリーは、フェイト相手に見せていた洞洞とした暗い輝きを纏う。

 

 もしかするとこいつは言葉だけではなく、俺の心中までわかるのだろうか。だとしたら粗雑な対応を取ろうとしていたことも勘づかれていた、ということになる。

 

 こういう時は言い訳せずに、速やかに謝るのが吉である。忍相手で俺は学習しているのだ。

 

「ごめんな、悪かった。エリーのことは大事に思っているけど、今は本当に危険なんだ。台座に戻っていてくれ……んぐっ、また……強く」

 

 俺の謝罪でようやく許してくれたのか、エリーは満足したように鮮烈な光をあたりに降らせた。

 

 納得してくれたのなら早いとこ台座にくっついて服の内側にしまわれてほしい。ジュエルシードからの魔力流がさらに増してきたのだ。本気でやらなければ魔力の奔流に呑まれてしまう。

 

 エリーはふよふよと高度を下げ、俺の額から胸元まで降下した。かと思いきや今度は胸元から手元へ移動する。

 

 俺の手元には当然、魔力と魔力を(せめ)ぎ合わせ、俺の魔力網の一部を食い破っている九つのジュエルシードがある。

 

「エリー! 危ない、下がれ!」

 

 元ジュエルシードといっても、エリーだけで九つのジュエルシードの魔力を当てられては破損してしまうかもしれない。エリーの綺麗な身体に傷がついては大変だ。

 

 引っ掴んで服の内側に放り込みたいところだが、ジュエルシードから手を離せば魔力流を抑えられなくなる。

 

 どうするべきかと逡巡(しゅんじゅん)している間に、思いも寄らない方向へと状況は動き出した。

 

「なに、やってるんだエリー……どうなってんだこれ……」

 

 いきなり手のひらに叩きつけられていた圧力が消失し、代わりに身に覚えのある暖かな感覚がジュエルシードを含めて俺の手までを覆う。

 

 圧覚での変化はその程度だが、それ以上に顕著なのは視覚での変化だ。

 

 錯乱でもしているかのように辺り一面にばら撒かれていたジュエルシードの魔力が、エリーの方へと流れている。ぎらぎらとした光で包まれていたジュエルシード群は徐々に勢いを失い、逆にエリーは丁寧に濾過(ろか)された水のように透明感のある輝きで、俺の視界を満たす。

 

 エリーがなにをしているのか詳しいところは知る由もないが、ジュエルシードからの圧力がなくなったということは、俺が受けていた分の魔力流をエリーが肩代わりしてくれている、と考えて大きく間違いはないだろう。

 

 エリーの頑張りを無駄にしないためにも、作り出してくれた時間を有効に活用しなければならない。俺には、エリーの献身に報いなければならない義務があるのだ。

 

「すまん、エリー……少しの間だけ頼んだ!」

 

 『任せてください』とでも言うように、エリーは温もりを俺の手に伝える。

 

 これだけ活躍してくれたのだ、エリーにはまた今度たくさんお礼をしなければならないな。

 

 エリーへのお礼はおいおい考えるとして、今は封印にだけ全力を尽くす。

 

 九体の水龍はなのはやフェイトたちが相手をしてくれて、ジュエルシードの魔力はエリーが受け持ってくれた。憂慮(ゆうりょ)する事象などなにもない。憂惧(ゆうぐ)する事柄など探しても見つかりはしない。

 

 気兼ねなく、ジュエルシードと一対一の直接対決ができるということだ。みんなが整えてくれた舞台、見事に咲かせてみせる。

 

 ハッキングでジュエルシードの奥深く、核の部分にまで這入り込み、情報を書き換えていく。

 

 俺の意識までをも、ジュエルシードのプログラム空間へと潜らせた。エリーに施した時の記憶を思い返しながら内部を見て回り、おかしな所には手を加え、最深部へと到達する。

 

 九つ全てへ同時に作業していくのは恐ろしいまでに神経を摩耗させるが、なんてことはない、後でゆっくり休んだらいいのだ。この場だけ頑張ればいい、今だけ踏ん張ればいい。

 

 頭が熱を持ってくらくらするし、あまりの発熱に瞳から水分が蒸発して視界が霞む。思考回路は赤熱して焼き切れる寸前だ。

 

 それでも、あと一歩。あと数センチ重たい足を進めるだけで、明るい未来と平和な日常が帰ってくるのだ。

 

 男なら、意地を張って虚勢を張って、前だけ向いて手を伸ばせ。

 

「そろそろ……眠れ」

 

 ジュエルシードの中核、車でいうところのエンジン、パソコンでいうところのCPUを強制終了させる。

 

 九つのうちの一つを封印すると、波及させるように他のジュエルシードにも同様の手順で(しず)めていく。

 

「全ジュエルシード……封印、完了」

 

 かすかに漏れ零れていた魔力も完全に止まり、ようやく九つのジュエルシードの青白い光が消えた。

 

 ジュエルシードを取り囲んでいた巨大な水の球は糸が切れた操り人形のように形を失い、水龍も根元から(ほど)けていくように落下する。水龍は大きく口を開き、無念の咆哮か、もしくは断末魔の叫びを俺たちに見せつけ、そして最後には熱されて()け落ちたセルロイドのように形が崩れ、海へと回帰した。

 

「エリー、ありがとう、助かった。体調悪かったりしないか? 大丈夫か?」

 

 俺の心配をよそに、エリーは元気よく無事であることを(しら)せた。

 

 照射される光に密度が増し、気のせいかもしれないがクリアになって美しさに拍車がかかっている。宝石の身体も光沢があり、重厚感が現れて艶も出ている、ような気がしないでもない。

 

 とりあえずエリーの身になんら異常がないようなので安心した。

 

「終わった……やっと終わったぞ。散らばったジュエルシードはこれで全部発見して、封印された。どこか知らない場所でいきなり暴走、なんてことは起きない。穏やかでのどかな日常が帰ってくるんだ……」

 

 これまで、今日この日まで、いつか身近な人を巻き込んでジュエルシードが暴走するのではないか、と気が休まらなかった。そんな不安や心配もこれで無用となる。

安堵から膝が折れそうになるのを、手をついて耐える。

 

 さっさとジュエルシードを回収してアースラに戻ろう。アースラに帰艦してリンディさんに今回の報告をして、お抹茶でも淹れて貰って人心地つきたい。

 

 毎度のことではあるが、やはり今回も疲労困憊である。

 

 周囲を見渡せば、なのはの表情は疲れのせいで暗いものになっているし、ユーノも額に浮かぶ汗を手の甲で拭っていた。水龍を抑えきり、ジュエルシードを封印できたことから頬が緩んでいるが疲弊した様を隠せてはいない。

 

 アルフは両手を腰に当てて、肩を上下させながら顔を伏せていた。俺たちが到着する前からこの戦っていたのだから、輪をかけて草臥(くたび)れているはずだ。これから九つのジュエルシードをどう分配するか相談しなければいけないが、それはもう少し休んでからでいいだろう。

 

 アルフと同様に、最初からこの戦域にいたフェイトも大層疲れていることだろうと目を向ければ、フェイトは天を仰いでいた。押し寄せる疲労感と脱力感、虚脱感に皆が視線を下げる中、フェイトただ一人が、ジュエルシードが封印されてなお、どんよりと暗く重たい雲を引き連れた天空を呆然と見詰めていた。

 

 魔力を使いすぎたという理由だけではない顔色の悪さで、フェイトは唇を震わせながら開いた。

 

 二つの声が、俺の鼓膜を震わせたのは同時だった。

 

「母、さん……っ」

 

「次元跳躍攻撃だ! 徹っ、防御体勢を取れ!」

 

 ぼんやりとした視界の上部で、黒雲を貫いて眩い閃光が迸った。分厚い雲の向こう側で轟いていた遠雷とは、根本的に格が違う重さを伴った雷鳴が、遥か頭上で鳴り響く。

 

 雷の柱に押しつぶされる寸前に見えたのは、雷撃の光に負けないよう輝く青い灯火。耳を(つんざ)く直前に聴こえたのは、俺の名を呼ぶ誰かの声。俺の身体を焼き尽くす間際に感じたのは、母親に抱かれるような柔らかな温もり。

 

 刹那の安らぎを、天空から降り注ぐ雷光が、空気を爆ぜさせる雷轟が、大気を焼き尽くす熱量が引き裂いた。

 

 目に入るすべての光景が真っ白に塗り潰された。視覚はホワイトアウト、聴覚はロスト、触覚は伝達する神経回路が限界を迎えたのかシャットダウン。

 

 暗く冷たい闇の中へと、俺は沈んだ。




ようやくジュエルシードを封印できました。
無印編の中核で、重要なキーワードでもあるジュエルシードの最後の見せ場なのであっさりと終わらせるつもりはありませんでしたが、こんなに長くするつもりもありませんでした。
長くなるのはもはや仕様です。お許しを。

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