そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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誤解の根は深い

 翌五月二日、仕事先へ向かう姉ちゃんを送ってから、俺はアースラへと足を運んだ。

 

 普段であれば学校がある午前中に向かったために、クロノとリンディさんは、何か緊急事態でもあったのか、と驚いた様子だったが、昨日の概要をさらっと説明すると二人とも苦笑して、なんだそんなことか、と(のたま)った。

 

 なんだ、とはそれこそなんだ。俺にとっては一大事である。真面目に授業を受けているとは言い難いが、それでも基本的には真面目に通学はしていたのだ。

 

 二人へと挨拶を済ませ、足を運んだついでとばかりに、模擬戦をしてから仲良くなった局員さんたち――手合わせした赤髪の魔導師レイジ・ウィルキンソンさんを筆頭とした局員さんたちにも顔を出した。レイジさんは任務に就いているらしく不在だったが、非番の局員さんたちとは一言二言話をすることができた。

 

 顔見せを終えたところで、俺はアースラ内部のとある部屋へと向かう。その部屋とは一度来たことのある情報集積室。プレシアさんの過去を調べた一室である。

 

 リンディさんとクロノのもとへと挨拶に行った時に使用許可は貰っておいた。

 

 今回の調べ物の内容は『次元』についてである。地球で言われている次元と認識が同じものなのかどうかを確認したかった、というのが半分。もう半分は次元の壁を力技で越えようとした時、どのような現象が起きるのか、その危険性はいかほどのものなのか、というところだ。

 

 前者は十のうち八九ほども知的好奇心で占められているが、後者は切実なまでに逼迫した問題である。

 

 多数のジュエルシードの能力を完全に覚醒させた場合、俺たちの世界にまで影響を及ぼす可能性は高い。

 

 次元震、次元断層が発生するようであれば、プレシアさんたちの計画はなんとしてでも止めなければならない。相手がどんな事情を抱えていても、だ。

 

 なにはともあれ、調べてからである。

 

 備えつけられている椅子に腰掛け、持参していた鞄から飲み物を取り出す。調査に時間がかかるとは思っていないが、前回調べ物をした時は飲み物がリンディさんから頂いた極甘抹茶オレしかなかった。もちろん好意はありがたかったが、あの飲料は常人が頻繁に飲んでいいものではない。なので今日は自分で用意した。

 

 水筒代わりのペットボトルを傾けてお茶を口に含みながら、片手でホログラムキーボードを叩く。つい最近散々扱ったのでこのあたりの操作には手馴れたものである。

 

 検索エンジンにキーワードを打ち込んで、肘掛に腕を置いて体重を預けながらつらつらと眺める。とある記事が目についた。

 

「次元を航海するのも楽じゃないんだな……」

 

 次元航行船というのは、なにも時空管理局が占有しているわけではないようだ。

 

 考えてみれば当然である。ユーノは発掘したジュエルシードを安全に補完するために管理局に移譲しようとした。その際に自分たちで船を用意して向かわせたのだから、船に関しては管理局が厳しく取り締まっているわけではないのだろう。

 

 その記事には、商業用の航行船が時空嵐なる現象に巻き込まれて損害を出したとあった。お金に関するごたごたは、どこの世界でも変わらないようだ。

 

 それにしても時空嵐とやらはなかなかに危険な現象らしい。毎年何件か報告されており、規模の大きい嵐に捕まれば一般的な船ではほぼ確実に墜ちるようだ。

 

 今ではレーダーの性能が向上して事前に察知することができるようになり回避が可能になったそうだが、そこまで技術が発達していなかった昔には少なくない数の死亡事故が発生している。

 

 以後しばらくの間電脳空間を見て回り、概論は理解した。

 

 いかな次元巡航船といえど、次元の壁を越えるには大量のエネルギーを必要とするらしい。距離があればあるほどに必要とするエネルギー量は膨れ上がる。

 

 場所によって次元の壁は大きく、厚い部分があるとのこと。

 

 ちなみに大きいとか分厚いとかというのは比喩的表現だ。実際には空間が捻れていたり、力場が不安定だったりすることを、感覚的に分かりやすくするためにそういう表現を使っている。

 

 プレシアさんが目指しているアルハザードが実在するのだとしたら、きっとその歪曲した時空の壁の向こう側にあるのだろう。そこにあると、プレシアさんは信じ込んでいたのだろう。

 

「時空嵐ね……そんな自然現象があるのか。なるほどな」

 

 調べたいことは存分に調べ尽くした。知的好奇心は満たされたし、危険性の度合いも把握した。

 

 そろそろ退室しようと思い、あまり冷えてはいないお茶を一口流し込んで喉を潤しながら、空間に照射されているモニターを初期状態へと戻す。自分の家のパソコン並みに気楽に操作してしまっている。慣れとはいやはや、恐ろしい。

 

「あれ……やべ。やっちまった……」

 

 だが、そんな気の緩みがいけなかったのかボタンを押し間違えたらしく、見覚えのないページに移動してしまった。

 

 どうすれば元の状態に戻れるのかと額に冷や汗を浮かべて動転しながら探っていると、一つのファイルに行き着いた。何桁あるのか数えるのも嫌になる程羅列されている数字と、どんな意味が込められているのか推測することもできないアルファベットがつけられたファイルデータ。

 

 おっかなびっくりそのファイルを開いてみる。

 

「ロストロギアの収集率……敵対勢力の能力、人員、名前と容姿……当座標に敵からの砲撃……巡行L級八番艦次元空間航行艦船の損傷率、レーダー機能の低下……。本部に送る報告書か?」

 

 恐る恐る開いてみたファイルに記されていたのは、今から二日前、海上にてジュエルシード九つを相手にした日の出来事だった。発生した事象が事細かく記述されている。

 

 ファイルを更新した日付は昨日の夜遅く。いろんなことが同時に起こったので報告書を纏めるのに時間がかかったのだろう。

 

 本部へ送信する予定にはなっているが、まだ送られてはいないらしい。どうやら定期報告のようだ。同じ程度の間隔でいくつも報告書が発信されている形跡があるし、そのファイルのコピーも残っていた。

 

 俺がうっかり開いてしまったファイルの送信される日付を確認すれば、五月三日となっている。つまり明日だ。明日にはこのデータは本部に送られ、真面目な人であればその日のうちに、報告書に目を通すことになるだろう。

 

「……いや、でも……んん。……俺は決めたんだ、やるべき事を全力でやる……よし! ……リンディさん、ごめんなさい」

 

 俺は機械に右手を添えて目を瞑る。胸の奥から滔々(とうとう)と溢れる魔力は、腕を通り、手に宿され、その先へと進む。

 

 上手く事が運ぶかなんて保証はない。それでもここでやっておかなければ『最善』は得られない。ならば、やっておくしかない。

 

 冗談や笑い話では到底済みそうにないが、それらについてはその時になってから考えることとしよう。

 

 

 情報集積室を後にした俺はクロノを探して艦内を歩く。

 

 クロノを探す理由は単純明快。魔法のご教授をお願いするためだ。

 

 先生役はユーノでもなんら問題はないのだが、教えて欲しい魔法の種別的にユーノよりもクロノの方が適任だと考えた。

 

 学びたい魔法というのは射撃魔法だ。

 

 きっとまた、俺はリニスさんと相対することになる。だが今の俺の実力ではまったく歯が立たないのだ。

 

 倉庫でリニスさんと一戦したが、近寄る事すら困難だった。誘導弾のコントロール技術、砲撃の展開速度、蜘蛛の巣のような密度の拘束魔法。

 

 攻撃手段が近距離しかない現状では、どういう戦運びを想定しても勝ち目はない。倉庫での戦闘ではよくわからないままに状況が進んでなんとか食い下がることができたが、それでも勝てはしなかった。

 

 次リニスさんと相見(あいまみ)える時は、絶対に勝たなければいけないのだ。俺の意志を貫くためにも、勝たなければいけない。

 

 その為の射撃魔法。戦い方の幅を広げたいという目論見があるのだ。

 

 いくら俺の射撃魔法適性値が低いとはいえ、発動さえしてくれれば強力な武器になる。遠距離攻撃と俺の魔力色は相性がいい。見えない弾丸など、どう躱し、どう防ぐというのだ。

 

 どこから飛んでくるかもわからない攻撃がレパートリーとしてあれば、相手の動きを封じる手になる。少なからず動揺もするだろう。決定打にはならなくとも、リニスさんの行動の選択肢を狭めることができるだけで多大な効果がある。魔法の展開を邪魔することもできるかもしれない。

 

 勝利を手繰り寄せる希望の糸となるのだ。

 

 これまでは、効果的なダメージを与えることはできないだろうから、と見向きもされてこなかった俺の射撃魔法だが、ようやく日の目を見ることとなった。

 

「クロノ……どこにいるんだよ」

 

 計画を立てて勇んだのはいいが、先生役がどこにもいない。艦橋(ブリッジ)にも、訓練室にも、医務室も覗いてみたがクロノの姿はなかった。

 

 そんなことをしているうちに時間は経ち、もう昼時に差しかかってしまった。

 

 クロノの捜索は一時中断し、昼食を摂ろうと艦内の食堂に足を運んだ。

 

「あ、徹。調べ物は済んだのか?」

 

 クロノ・ハラオウン執務官は俺より一足早く、お昼御飯をお食事になられていた。

 

「……嫌がらせみたいなタイミングだな」

 

「な、なんだ? どうした」

 

「いや、こっちの話。おかげさまで気になったことは解消されたよ。隣いいか?」

 

「構わないぞ」

 

 探していると見つからず、探すのをやめたらあっさりと出てくる。この不思議現象は物だけでなく、人にも該当するようだ。

 

 ようやく見つけることができたのにどこか落胆しながら、俺はクロノの隣の席に腰を下ろす。

 

 クロノの目の前にあるテーブルには何品か料理が並んでいる。あまり手がつけられていない所を見るに、食堂に来たのはついさっきのようだ。

 

「クロノ、これから予定あるか?」

 

「ん? いきなりなんだ? 急ぎの仕事は今の所入っていないが……なにかあったのか?」

 

 クロノはフォークの先端をかじかじしながら、目線を上にあげて予定を思い出すような仕草を取る。

 

 食事のマナー的にはアウトだが、年相応の少年(ショタ)っぽさは出ているのでセーフ。

 

 執務官という、仕事に追われる身の上のクロノに予定が空いているとは幸運だ。そもそも多忙を極めるクロノに教えを請うというところからあまり現実的ではなかったが、これならなんとかなりそうだ。

 

 ここ最近、運の巡りが悪かったからな。ようやくツキがまわってきたようだ。

 

 久しぶりにご機嫌なテンションになりながら、クロノにお願いする。気分が良ければ口も軽快に回り、冗句も飛び出るというものだ。

 

 テーブルに肘をつき、顎を手のひらの上に乗せる。クロノの目を見ながら、俺は口を開く。

 

「暇ならデートしようぜ」

 

 空気が死滅した。食堂内の違う席で楽しげにお喋りしていた数人の乗組員は水を打ったように黙り込んで、それどころか身動(みじろ)ぎ一つせず静止した。厨房内にいたコックさんたちにも俺の声が聞こえたのか、調理の際の物音は一切合切消え去った。ガスコンロの火の音が俺の耳に届いたくらいなのだから相当なものである。

 

 どうやら俺の冗談は受け入れてもらえなかったようだ。

 

 目の前のクロノに視線を戻すと、いつの間にか席一つ分、俺から離れていた。

 

 フォークを咥えたまま、クロノは今まで見たことがないようなじと目を俺に向けた。

 

「……逢坂君、何を言ったのかよく聞こえなかったのでもう一度仰って頂いていいですか?」

 

 物理的な距離以上に、精神的な距離が離れたようである。

 

 なぜ冗談だと思わないのか。地味にショックを受けながら、次は真面目にお願いする。

 

「その目やめろ、ジョークだっての。魔法を教えて欲しいんだ。射撃魔法な」

 

「馬鹿な事を言わず、最初からそう言えば良かっただろう。バカ者」

 

 じと目と口調を戻して、クロノは元の席についた。

 

「バカは言い過ぎだろ。ちょっとテンション上がっちゃっただけなのに」

 

「それより、なぜ僕なんだ? 誰でもよかったんじゃないのか。それこそユーノでもいいだろう」

 

「俺が知ってる中ではクロノが一番射撃魔法の扱いが巧みだし、適役だと思ったんだ。それに戦術に組み込みたいからな。クロノの意見も取り入れたいんだ」

 

「前に測定した適性値では、攻撃方法として使えるか微妙なラインだったぞ」

 

「発動さえしてくれればいい。軽くてもなんでも相手に衝撃を与えられればそれでいいんだ。俺だって射撃魔法単品で勝てるなんて思っちゃいない」

 

「……まあ、そこまでちゃんと考えているのなら別にいいが。わかった、引き受けよう。そうと決まればさっさと食事を取りに行け。昼食をすぐに済ませて特訓するぞ」

 

 そう言うとクロノはテーブルに並ぶ料理に手をつけ始めた。心なし急ぎめで食べている気がする。俺との時間を長めに取ろうとしてくれているのだろう。

 

 忙しい中、俺の頼みを聞き入れてくれたクロノには感謝の言葉しか出てこない。

 

「ありがとうな、クロノ。飯貰ってくるわ」

 

「なるべく早くしてくれ。どれだけ時間を確保できるかわからないんだ」

 

 食堂の座席が設置されている場所と、厨房を隔てるカウンターへ俺は歩みを進めながら、クロノへ礼を言った。

 

 クロノはこちらを向くこともせず、空いた手をふらふらと振っている。気にすることはない、と言わんばかりの所作である。

 

 キザなクロノに少し笑ってしまいながら、カウンターで何を注文しようかとメニューを眺める。

 

「あの……」

 

 どれも見慣れない品々ばかりなので興味をそそられながらメニューを見ていると、突然声をかけられた。座席がある方向からではなく、厨房からである。声をかけてきたのは調理師さんのようだ。

 

 こういう場所なら厨房には男性が多く入っているのかと思っていたが、案外女性もちらほらといる。俺に話しかけたのは二十代半ばくらいの女性だった。

 

「すいません、すぐ注文決めますから」

 

「いえ、そちらはごゆっくり選んでいただいて構いません。……それより、あの……」

 

 てっきり長々と考えていた俺が迷惑で、さっさと決めるように促してきたのかと思ったが、どうやら違うようだ。

 

 カウンター越しのその女性は、後ろにいる調理師仲間たちに一度振り返り、俺を見た。

 

 気のせいか、頬が紅潮している。目をきらきらと輝かせながら、女性は口を開いた。

 

「女の子より、やっぱり男の子の方が好きなんですか?」

 

「『やっぱり』って何なんですか」

 

 俺が植えつけてしまった誤解の根は深いらしい。

 

 

 鬼教官(クロノ)による教導と言う名のしごきが終わったのは、午後四時と五時の中間あたりだった。

 

 速やかに昼食を摂って訓練室に足を向けると、まずは射撃魔法の理論から入った。術式を教えてすぐに魔法を使わせる、なんてことはせず、遠回りに見えるかもしれないが基礎的な学習から手をつけるというのはクロノらしい。

 

 距離の長短による威力減衰率や射撃魔法同時展開・同時発射のメリットデメリット、直射型・誘導制御型・物質加速型の利点と欠点、立ち回りのパターンに、果ては戦術論まで短時間に詰め込んだ。説明は理路整然としていて分かりやすかったが、なにぶん確保できる時間に余裕がなかったのでテンポが早い。教えられたことを理解して飲み込んだと思えば、すぐに次の説明に入るのでなかなかにハードだった。

 

 しかし、座学よりもハードだったのは実技であった。

 

『こういった手合いのものは、身体で覚えるのが一番効率的だ』

 

 クロノはそう言って、射撃魔法をメインに据えた模擬戦を開始した。

 

 実際に魔法を使って、使われたことから学べるものは多い。

 

 意識して動きを観察していると、次の行動、次の攻撃に繋げることをどれだけ気にかけているかがわかった。クロノは自分の動きだけではなく、射撃魔法を撃ち込む場所から相手の移動範囲を狭め、追い詰めて相手の動きを単調にさせ、時に足を止めさせる。

 

 使い方次第で出来ることは数多くあるということを、俺に身をもって教えてくれた。

 

 熱心に教えてくれたのはありがたいし、この経験は確実に俺の糧になったけれど、クロノ教官はとても厳しかった。射撃魔法の修練のためという題目で始まった模擬戦だったので、クロノが使用する魔法の威力は落とされていたのだが、だからと言ってぽこすかぽこすか何発も叩き込まれればたまったものではない。日本の教育現場でこんなことをしたら、即刻体罰でお縄を頂戴することになるだろう。

 

 だが俺も、やられるばかりではなかった。撃たれるばかりではない、撃ち返していたのだ。

 

 無色透明の目に見えない射撃魔法というのは、思った通りに、思った以上に脅威となり得るようである。クロノをして、察知した頃には目の前にあった、と評したほどだ。

 

 いくら透明で視認することができないとはいえ、障壁などと違って射撃魔法は移動する。俺の周囲で生み出されて射出され、魔力の塊が空間を引き裂きながら相手に向かうのだから、空気の流れの異変や、もやっとした視覚的な違和感は僅かながらある。

 

 よく目を凝らして見れば魔法弾が自分に向かってきているのが分かるだろうが、戦闘中にそんな余裕はない。撃てばほぼ当たる。そんな状況だった。

 

 だが残念なことに、俺の射撃魔法には然程の威力は乗っていない。当たっても風船が弾けたような衝撃に驚くだけで、それほど痛くもないそうだ。

 

 『射撃魔法の適性が人並みにあれば、それだけで徹はエースの仲間入りが出来たかもしれないな』とは、クロノの言。悔しくなるのでそういうことは言わないで欲しいものだ。

 

 教えられた術式のまま使っても効果がないことが実証されたので、早速今日の夜にでも内部プログラムの改造を行おうと考えている。

 

 クロノから教えられたのはこれといって特色などない、一般的でオーソドックスな射撃魔法である。

 

 特色がないというのは、取り立てていけないことでもない。それは、全ての項目を満遍なく、一定の水準までクリアしていると言い換えることもできるのだ。

 

 今回の射撃魔法で例えるなら、威力、展開速度、消費魔力量、射撃精度、魔法弾の弾速、誘導制御型であれば追尾性能、発射されてからの減衰率、生み出した魔法弾の維持の容易さなど幾つも項目があり、それらをいい塩梅で調節されたものがメジャーな射撃魔法なのだ。使い勝手はいいはずだ。申し分ないだろう。

 

 だがそれには、並みの適性を有していたら、という注意書きが入る。人並みの適性であればそこそこの、一般人以上であれば万能な、そして平均以下であれば器用貧乏としか表現できないお粗末な魔法が展開される。

 

 要するに、魔法に携わっている限り、持って生まれた魔法適性の呪縛から解放されることはないということだ。

 

 そのことをよく知っている俺はいつも通り、教えてもらった術式を自分好みに、というよりも使い物になるように手を加える。不要なものは削ぎ落とし、必要な部分だけ伸ばす。

 

 改変した後は元の魔法とは概ね別物になっていたりするが、オリジナルの魔法を作っているみたいで案外楽しかったりする。

 

 俺の戦い方に符合させるにはどういう点に注意を払えばいいか、と訓練室を出た後、休憩のために食堂へ針路を取りながらクロノと話していたが、これがまた意見が対立するのなんの。

 

 近中遠距離と万能なクロノは、俺が築き上げるようなピーキーな術式の組み方を好まなかった。

 

 如何(いか)なる状況にも対応できる魔法こそうんぬん、一つに特化しないと役に立たないかんぬん。特化させて戦況にそぐわない時はどうするどうたら、そうなればそうなった時にまたプログラムを組み替えれば問題はないこうたら。などと互いの持論をぶつけたディスカッションは白熱の様相を呈していた。

 

「クロノ、いきなり黙ってどうした?」

 

「徹、すまないがちょっと時間をくれないか」

 

 収束する気配がない議論だったが、突如クロノが足を止めたことで一先(ひとま)ずの終焉を迎えた。

 

 クロノは視線こそ俺に合わせていたが、どこか焦点があっていない。こちらを見ながらにして見ていないような感じ。他のことに集中力を向けている。

 

 俺とクロノが立っている廊下には特に気になるようなものはない。となれば、考えるまでもなく念話をしているということだろう。

 

 重要な案件でも舞い込んだのか、随分念話に意識を傾けているようだ。無防備なクロノの姿に悪戯心がむくむくと沸き起こるが、ちょっかいを出した日には今度こそ切腹(ハラキリ)ならぬお腹にスティンガーレイ(ハラステ)なので、懸命に理性で抑え込んだ。

 

 俺の理性と煩悩が(せめ)ぎ合うこと数秒から数十秒、念話を終えたクロノは(きびす)を返して早足になりながら歩き出す。

 

「おい、クロノ。なんだったんだ?」

 

 駆け足になってクロノの隣に戻った俺は尋ねた。

 

 張り詰めた表情で、クロノは答える。

 

「エイミィから念話が入った。なのはとユーノが敵対勢力……彼女たちの仲間の一人を発見したらしい。金髪の少女……フェイト、とか言ったか? 発見されたのはその少女の使い魔だそうだ。全身に傷を負っているらしい」


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