そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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更新遅れてすいません。


一番魅力的だと思うのだ

 金色に輝く髪の少女、フェイト。その少女の使い魔であるアルフを、なのはとユーノはアリサちゃんの家で発見したそうだ。

 

 なのはがフェレットモードのユーノを連れてアリサちゃんの家に遊びに行き、そこでアリサちゃんは思い出したかのように橙色の毛をした大きな犬を拾ったことを話題に上げた。『橙色の大きな犬』というフレーズに憶えがあったなのはは、アリサちゃんに頼んで見せてもらったらしい。

 

 バニングス家の敷地、端のほうには飼い犬たち御用達の大きな檻があり、その檻の一つに、包帯を巻かれたアルフの姿があったそうだ。

 

 アリサちゃん曰く、傷だらけで路傍に横たわっていたとのこと。

 

 心優しいアリサちゃんは、このままでは命に関わるかもしれない、と思って怪我の手当てをしたらしい。俺は実際に目にしたことはないが、アリサちゃんは多くの犬を飼っていることもあり、傷ついた動物を見過ごせなかったのだろう。

 

 すずかやアリサちゃんの手前、アルフと言葉を交わすわけにはいかないなのははその場をユーノに任せて離れた。

 

 アルフと対話するにあたり、ユーノは諸々の事情を踏まえた結果、管理局に連絡したようだ。

 

 ユーノからの連絡が届いたのが三十分ほど前。

 

 そしてアルフは今、管理局艦船アースラのとある一室にいた。

 

 ユーノからの報告を受けてあらましを説明してもらった後、アルフの保護と治療の為、俺はすぐにバニングス邸へと向かったのだ。

 

 必ずしも俺が行く必要はなかったのだが、変に疑いをかけられては事を大きくすると考え、顔馴染みである俺が選出された。

 

 アルフの身柄を受け取る際に、アリサちゃん、鮫島さんの二人と少し話をしたが、二人とも俺を信用してアルフのことを任せてくれた。

 

 『飼い主に心当たりがあるから俺が返しに行ってくる』という、日本の常識と照らし合わせたら、オレンジ色の毛色だったり狼だったりと不可解な点が盛り沢山な俺の言い分だったが、これで意外と純真なアリサちゃんは信じてくれた。

 

 実際、飼い主が誰かというのは知っているし、最終的にはその飼い主の元へ戻るのだから、嘘はついていない。

 

 もっとも、鮫島さんはきな臭い雰囲気を感じていたようだ。去り際に無声で『お気をつけて』とのお言葉を頂いた。

 

 既に軽く触れていたが、怪我をしたアルフを発見した時も、バニングス邸で保護されていた時も、アルフの形態は狼モードだった。消費魔力を抑え、傷の治りを可能な限り早くしようとしていたのだ。

 

 負傷していたという事実だけでも物騒な話だが、狼の姿になってまで回復しなければいけない状態という事柄は、不穏な気配を煽り立てるに足るだけの事柄だった。

 

 アースラの医務室でアルフの治療をしてもらい、目立った外傷がなくなったところで部屋を移す。

 

 いくら怪我人とはいえ、管理局と敵対しているグループの一人なので、自由な行動は許されなかった。

 

 外から施錠したら内側からは開閉できないようになっている特別仕様の部屋。聞こえは悪くなるが、要約すれば牢屋みたいなところにアルフは入れられた。

 

 部屋の外には出られないし魔法も使えなくさせられているが、それほど居心地の悪い空間でもない。ベッドもあるし、食事だって届けられる。空調も効いているのだ。なんなら俺の部屋より過ごしやすいかもしれない。

 

 敵を拘束するにしては、ずいぶんと配慮がなされた部屋だった。敵対し、ジュエルシードを取り合っていた人間相手とは思えないくらいの厚遇である。

 

 そんな牢屋と呼ぶには(いささ)か過ごしやすすぎる部屋で、俺はアルフが目を覚ますのを待っていた。

 

 優秀な医療スタッフたちによる魔法で治療を受けた後、見た目的にしっくりくる人型になったアルフは糸が切れたように眠ってしまった。疲れもあっただろうし、管理局に捕まって何をされるかわからないシチュエーション、という緊張もあったのだろう。尋問も拷問もなく、それどころか怪我を治されたことで張り詰めていた気が緩んだのだ。

 

 そこから場を移しても未だ眠り続けているアルフの顔を、俺は椅子に腰かけて眺めていた。

 

 男勝りな喋り方や勝気な瞳は鳴りを潜め、チャームポイントの大きめの犬歯は口を閉じていて見えない。ふわふわした尻尾は布団で覆われ、狼耳は豊かなオレンジの髪に隠れている。

 

 静かにゆっくりと寝息を立てているアルフは年相応のあどけない表情で、普通の少女となんら変わりはしなかった。

 

「ん……ぅ」

 

 寝言なのか、小さく唸って顔の向きを変え、筋の通った綺麗な鼻をむずむずとさせると眉根を寄せて、アルフはまた頭を元の位置に戻す。

 

 どうやら顔にかかった自分の髪がむず痒いらしい。

 

「子どもみたいだな……」

 

 俺はベッド脇に置いていた椅子から立ち上がり、アルフの顔にいたずらをしている橙色の髪を指で払う。

 

 さらさらとした触り心地抜群の髪に意識が向いてしまい、アルフの頬に手が触れてしまった。

 

「ぅう……? 徹?」

 

「ごめん、起こしちゃったな」

 

 半眼に開かれたアルフの瞳は、真正面にいた俺へと合わせられる。

 

 寝惚け眼を擦りながらアルフが上半身を起こしたので、俺はまた椅子に腰を下ろす。

 

「んにゅ……ふぁ、あふ……。いや、構わないよ。敵地で暢気にぐうすか寝てる方がおかしいのさ」

 

 アルフは目を瞑りながら大きく口を開いてあくびをし、眠気を断ち切るように何度かゆっくり瞬きしながら言う。

 

 手櫛で髪を整えて猫のように顔をくしくしすると、睡魔は追い払えたのか、普段のアルフの顔つきになっていた。

 

「怪我は……治ってるね」

 

「ここの医療スタッフは優秀らしいからな。ちなみに女性の局員が担当したからそっちの心配はいらないぞ」

 

「そっちってどっちなのさ。そんな心配してないよ」

 

 起き上がった体勢のまま、アルフは自分の身体をぺたぺたと触って傷の具合を確認する。

 

 肩や腕、足ならまだいいが、無防備に胸やお腹なども触診するため目のやり場に困った。

 

 自分の身体に不調がないことを確認し終えたアルフは、悪戯っぽい笑みを俺に向けた。

 

「寝込み、襲ったりしなかっただろうね」

 

「なっ! ……そんな軽口が叩けるんなら、もう大丈夫みたいだな」

 

「うん! おかげさまでね! それより徹、顔赤いよ?」

 

「誰のせいだと思ってんだよ!」

 

 いろんな意味で熱くなった頭を深呼吸して落ち着けてから、アルフへ向き直る。

 

 俺がアルフの起床をこの部屋で待っていたのは、元気な姿を自分の目で確かめたかったという理由もあるが、それだけじゃない。真面目な話をしなければならなかったからだ。

 

「アルフが負っていた傷は……誰から受けたものだ?」

 

「な、なんのことだろうね。さっぱりわからないよ」

 

「シラを切るにしてももう少し頑張れなかったのか」

 

 俺の問いかけに、アルフは苦笑いと下手くそな嘘で応えた。

 

 目線は俺から外れて宙を泳ぎ、頬はぴくぴくとひくついている。掛けられていた布団から外に出ている手は落ち着きなく開いたり閉じたりしているし、頭からぴょこんと伸びている狼耳は忙しなく震えていた。

 

 大声で『わたしは嘘をついています!』と宣言するのと同義だ。演技をしているのでは、と裏を読みそうになるほどである。

 

 しかしまあ、アルフが質問に答えなくても、然程困るものではない。

 

 俺の中では容疑者はほぼ特定されているのだ。

 

「プレシアさん……だろ?」

 

 アルフは驚きに目を見開くと、次には諦めたように笑顔を作る。

 

「わかっていたなら聞かないでほしいよ……」

 

「悪い。俺だって百パーセントの確証があったわけじゃないし、なにより外れていて欲しかったんだ」

 

「ここまで来ちゃったら、もう隠していても……ね」

 

 天井を仰ぎながら、アルフは部屋の空気に溜息を混ぜた。

 

 しばらく黙り込んだ後、アルフはぽつりぽつりと語り始めた。

 

 

 アルフの話は徹と別れる寸前の部分から始まった。

 

 九つの頭を持つ龍と化したジュエルシードを封印し、戦いが無事に終わったことで安心した徹たちに生まれた一瞬の間隙を縫い、リニスは徹たちが封印した九つのうち八つのジュエルシードを奪取した。

 

 そこまでは海上にいたのだから、もちろん徹の記憶にもある。

 

 集中力を注ぐのはここからの話であった。

 

 海鳴市近海の海域から転移したアルフとリニス、意識を失ったフェイトは、やはり海鳴市内のマンションにではなく、作戦本部へと戻った。アルフがこぼしたところによれば、その本部の名称は時の庭園と言うらしい。

 

 時の庭園に戻ったアルフは、フェイトに雷を落としたことについてプレシアに直談判に行こうとしたが、リニスに止められる。それは諭すような語調ではなく、上から言い捨てるような命令口調だった。

 

 『まるで人が変わったようだった。リニスじゃないみたいだったよ』、とアルフはリニスと交わしたやり取りを思い出し、悲しげに眉を歪めた。

 

 アルフがリニスと口論をしている間に、フェイトは目を覚ました。プレシアに呼ばれたらしいフェイトは痺れが残る身体に鞭を打って、母親が待つ部屋へと向かう。

 

 アルフは、フェイトを褒めるためにプレシアが自室に呼びつけたのだと思ったそうだ。

 

 海上で雷を落としたのは管理局の追跡を避けてすぐに撤退するためであり、フェイトを慮ってのこと。二つの勢力で協力したのにほぼ全てのジュエルシードを横から()(さら)うような手段はとても胸を張れるものではなかったにしても、結果的に八つものジュエルシードを手に入れたのだから、頑張ったフェイトをプレシアは当然褒めるのだろう。アルフはそう考えながら部屋の前で大人しく待っていた。

 

 プレシアの部屋から出てきたフェイトの頬は赤くなっていた。

 

 潤んだ瞳で、フェイトは笑いながら、『えへへ……怒られちゃった』

 

 なぜジュエルシードを封印してすぐに奪いに向かわなかったのか、なぜ撤退しようという時にぐだぐだと文句を言っていたのか。フェイトはプレシアにそういった主旨について言及、詰問され、最後には頬を(はた)かれた。

 

 『私が悪いんだ。母さんの言う通りにしなかった……できなかったから。お姉ちゃんを助けるために必要なのに、徹たちにも筋を通したいなんて考えてる私が悪いの』

 

 母親に責められ、暴力を振るわれてなお、フェイトはプレシアを庇った。

 

 そしてフェイトは再び意識を失ったという。

 

 それもそのはずだ。徹たちが現場に到着する前からジュエルシードと戦闘行動をしていて、封印する際にも拘束魔法で魔力を絞り出した。疲労困憊の小さな身体へ追い討ちをかけるように、肉親からの雷撃による肉体的なダメージと、精神的な磨耗。挙げ句の果てにジュエルシードを持ち帰ったのに叱責される。

 

 心身ともに、フェイトは限界だったのだ。

 

 気を失うように眠りに落ちたフェイトをアルフは抱きかかえ、自分たちにあてられている部屋のベッドで寝かせた。

 

 アルフは、フェイトの目元から頬へと伝う涙を手で拭うと、頭をひと撫でして部屋を出た。

 

 ご主人様であり、また家族でもあるフェイトを傷つけたプレシアを、アルフは許せなかった。越訴(おっそ)に打って出たのだ。

 

 アルフがプレシアの部屋へと戻った頃には、部屋の主はいなかった。探し回ってようやく、時の庭園の外縁部分にいるのを見つけた。

 

 アルフはプレシアに歩みを進め、詰め寄った。

 

 なぜフェイトにあんなことをしたのか。なぜフェイトにきつく当たるのか。

 

 殴りかからんばかりの勢いでアルフはプレシアに迫った。

 

 アルフは、少し前までは優しく接してくれていたプレシアに、元に戻って欲しかったのだ。プレシアが元に戻れば、様子がおかしくなっているリニスも以前の調子を取り戻すだろうと考えた。

 

 しかし、プレシアの冷めきった瞳と鋭利な雰囲気は変わらなかった。苛烈に責め立てるアルフに対し、プレシアは視線すら合わせようとはしなかったそうだ。

 

 そしてプレシアは一言だけ、アルフに問うた。

 

『アルフは、フェイトのことが大事なのかしら』

 

 たった一言。アルフはプレシアへ幾つもの言葉をぶつけていたが、プレシアがアルフへ放った言葉はその一言だけだった。

 

 プレシアさんの突然の問い掛けに、アルフは迷いなく、なにより力強く返した。『当たり前だ』と。

 

 プレシアはアルフの返事を受けとめ、一拍の間を置いてからアルフの腹部に右手を添えた。

 

 刹那、弾ける閃光と迸る魔力。

 

 唐突な攻撃にアルフは状況が掴めぬまま、魔力弾による連打を身体中に浴びた。

 

 柱に叩きつけられたアルフに、プレシアは杖を突きつけて魔力を溜めた。チャージの時間から考えて、止めを刺すつもりの一撃だったと予想される。

 

 魔法の雨が止んだその一瞬の空隙を突き、アルフは残された力を振り絞って魔法を使い、その場を離脱した。必死だったために大雑把な行き先は決められたが、精密な座標指定はできなかった。

 

 海鳴市に逃げ延びたアルフだったが、全身に傷を(つく)り、魔力も底をついていた。草陰に身を隠すこともできず、狼形態になって路上に倒れ伏し、アルフの意識は底なし沼に呑み込まれるように沈んだ。

 

 

事の顛末は、こういうことなのだそうだ。アルフの説明に俺の解釈を擦り合わせたイメージとなっているが、(あなが)ち的外れな想像にはなっていないだろう。

 

「なんでこんなことになっちゃったんだろうね。これまではそこそこ幸せに生きてきてたのに、何かが狂ってこんなことになっちゃった。もうきっと、戻れないんだろうね」

 

 泣きそうなのに、今にも涙が零れ落ちそうなのに、それでもアルフは笑顔を見せた。

幸せになりたい、みんなと……家族と一緒に笑い合いたい。きらきら輝くようなものではなかったけれど、それでも充分満足していた日々に戻りたい。でも、自分の力ではもう、どうしようもない。

 

 そんな、大事なものを諦めるしかないと悟ったような表情が、俺はとても嫌いだ。

 

「大丈夫、まだ大丈夫だ。まだ間に合う。みんな生きてるんだから、まだ戻れる」

 

「そう、かな。そうだといいね。ありがとう」

 

 そう言って、アルフは少しだけ顔を明るくした。

 

「前まではプレシアさんは優しかったって言ってたよな。いつ頃から様子が変わったのか教えてくれるか?」

 

 嘱託として雇われているとはいえアースラの正式な乗員でもない俺が、この件の重要参考人であり敵対勢力の構成員であるアルフと二人きりで話ができているのは、そのほうが情報を聞き出せるだろうと、艦長であり総責任者であるリンディさんが踏んだからだ。見ず知らずの時空管理局局員が相手をするよりも、顔見知りの俺が会話をしたほうが気を許して喋りやすくなるだろうという合理的判断。リンディさんはそう言った旨を俺に伝えて、この部屋へと行かせた。

 

 まぁどうせあの人のことだ、どうせその辺りの言い分は建前だろう。本意は管理局という組織に捕まって、不安を感じているアルフへの配慮である。

 

 リンディさんの内心が何であれ、アルフから情報を引き抜くように指示を下されたのだから役目は果たさなければならない。

 

「そうだね……ジュエルシードを取りに行くように言われた時は変わりなかった。前に徹が差し入れにケーキを持ってきてくれた日も、特に変化はなかったよ」

 

 首を傾げながらアルフは追想するように、時系列順に記憶の中を調べていく。

 

 俺はアルフの集中を邪魔しまいと黙って待っていた。

 

 黙って真面目な顔を取り繕ってはいたが、心の内は邪念が渦巻いていた。真剣な空気を壊すまいと、口を噤んで眉根を寄せてはいるものの、俺の高鳴るハートはビートを刻むのをやめはしない。

 

 陽気な性格のアルフが、まるで病弱な少女を象徴するようなアイテムに囲まれているというのは、あまりのギャップに思いもよらないトキメキを覚えるのだ。

 

 純白のシーツにブランケット。ベッド脇のサイドテーブルには象牙色の花瓶に、見たことのない花が活けられている。身体を起き上がらせて膝に手を置く姿は淑やかさがある。肉体的精神的疲労からか、アルフの相貌はいつもの強気な色はないが、常と異なる弱々しい雰囲気があり、心を擽る。首の後ろで髪を二つに分け、肩を越えて体の前面に流している彼女には、普段の男勝りな魅力とは違う女性らしさがあった。

 

 このレアな光景を形には残せなくても、脳という記憶媒体には永久保存しようと、俺はアルフをじいっ、と食い入るように観察していた。

 

「一週間前……くらいかな、リニスを通してプレシアから指示があって……どうしたの、徹?」

 

「いや……な、なんでもない。続けてくれ」

 

 俺の目が血走っていることに気づいたのかそうではないのか、アルフが声をかけてきた。

 

 挙動不審になりながらも俺はアルフに応答する。

 

 これ以上は怪しすぎる。網膜には焼き付けたので、ここからはちゃんと身を入れて聞くこととしよう。

 

「う、うん。えっと……どこまで喋ったっけ。プレシアから指示があって、そう、その時にジュエルシードを早く集めるように、って強く言われたんだよ」

 

「一週間くらい前……港近くの工場跡で戦った日か?」

 

「そう。その日の夜だった。マンションに帰って晩御飯の用意をしている時に、リニスから念話で連絡を受けたんだ。そういえば言ってなかった。あの時は庇ってくれてありがとうね。おかげでわたしたちは管理局から追跡されることもなく無事に戻れたんだ」

 

「な、なんのことだかさっぱりだ。そもそも、礼を言われるようなことはしていないぞ。俺は俺の好きなようにやっただけだからな」

 

 急に感謝され、あたふたどぎまぎしながら返す。俺の目をまっすぐに見つめながら言うものだから無性に照れくさくなり、視線を逸らして落ち着きがなくなった手を抑えるように腕を組む。

 

 そんな俺を見て、アルフはくすくすと笑った。

 

「なんだこら、なにがおかしい」

 

「いや、ごめんね。だって、フェイトと話していた通りの動きをするもんだからさ」

 

「話していた通り?」

 

「わたしたちがお礼を言った時、徹はどんな反応をするかなってフェイトの喋ってたのさ。そしたら徹が予想通りに腕組んで目を逸らすんだもん、笑うの我慢できないよ」

 

 なおも両手で口を覆ってくすくす笑うアルフは、少しだけだが元気を取り戻したように思えた。

 

「もう勘弁してくれ。続きを頼む」

 

「ふふっ、ごめんね。そうだ、その日の伝達で変わったことを言われたんだ。それまでは基本的にリニスと一緒に動いてたんだけど、別行動することになったって」

 

「別行動……?」

 

 俺の疑問に、アルフは頷いて続きを話す。

 

「うん。プレシアから違う用事を頼まれたから今後は二人でジュエルシードの回収をするように、って」

 

「そのタイミングで別行動、ね。…………やっぱりな」

 

「え、なに?」

 

「いや、いい。続けてくれ」

 

「う、うん。そういえば、ちょうどその時期からだったよ。……プレシアも、リニスも、どこか刺々しくなったのは」

 

 アルフは目を伏せて、言葉を紡ぐ。

 

「言うこともきつくなったし、厳しくなった。態度も、振る舞いも、言葉遣いも横柄になった。見下すような目つきで、わたしたちを見るようになった」

 

「もう充分だ、もういい」

 

「あんなに優しかったのに、まるで人が変わったように怖くなった。わたしたちよりも、ジュエルシードのほうが大事みたいな……そんな扱いに……っ」

 

「アルフ!」

 

 虚ろな瞳をして喋り続けるアルフを、俺は半ば怒鳴るように止める。

 

 アルフも不安だったのだろう。様子がおかしくなっていった――辛辣に当たるようになっていった家族と接していて、何を信じればいいかわからなくなったのだ。家族が何を考えているのか、わからなくなったのだ。

 

 家族を疑いたくない。でも信じるに足るだけの材料がなくなっていた。

 

 そして今回、信じていた仲間から攻撃を受けた。

 

 逆らうものは誰であろうと排除する。そこに敵味方の区別なんてない。

 

 大事な仲間で、大切な家族であったプレシアさんにそんな冷たい仕打ちを受けたのだ。心を支え落ち着かせる柱は崩され、情緒は不安定になる。

 

 仲間思いのアルフにとって、それがなによりも苦しく辛かっただろうことは想像に難くない。

 

 魔法で受けた傷よりも、冷酷な言葉に切りつけられた心のほうが、ずっと痛いのだ。

 

「大丈夫、大丈夫だから。きっとすぐに優しいみんなに戻るから」

 

 だから俺は、自分に自信がなくたって、大それたことを余裕綽々と言い切る。断言する。

 

「全部終わった頃には、みんな揃って笑い合える。数年後には、『あの時はほんの少しばかりやらかしちゃったな』なんて言って冗談にできる。だから……」

 

 生気を失いかけているアルフの目を見て、俺は言い放つ。

 

「悲しい結末にならないように、もう少しだけ頑張ろう。誰も泣かなくて済むように、今は歯を食い縛って踏ん張ろう。一緒に、頑張ろう」

 

「……なんの根拠もないんだね。やり方も道筋もなにも見えないよ。まったく……いやになる」

 

 暗く澱んでいたアルフの双眸に、再び光が灯った。

 

「そんな勢いだけの言葉で励まされて、やる気が出ちゃう自分がいやになるよ」

 

 声には力が戻り、身体からは覇気が溢れている。悪かった顔色は普段の状態を通り越して赤みがかり、口元は笑みを作った。

 

 心に一本芯が通ったように、アルフの雰囲気はがらりと豹変した。

 

「なんでも協力する。だから、徹も手伝ってね」

 

 そう言いながら、アルフは俺に手を伸ばした。

 

「今更訊く必要なんかないだろ。当たり前だろうが」

 

 俺も手を伸ばして、アルフの手を握る。細いのに力強く、頼りになる手だ。

 

 握手と同時に視線も交わす。

 

 ふふ、とまたアルフは笑った。

 

 握った手を離し、アルフは拳を作って俺に向けた。以前にアルフにやった、いろんな想いを込められる挨拶だ。

 

「敵同士だったはずなのに、これでとうとう共闘することになったわけだね」

 

「それこそ今更だ。前からわりと一緒に戦ってただろ」

 

「あははっ、それもそうだね。フェイトのこと、リニスのこと……プレシアのことも……よろしくね」

 

 俺も手のひらを握り込み、アルフの拳に近づける。

 

「全員幸せにならなくちゃ駄目なんだから『アルフのことも』だぞ」

 

 こつん、とアルフの拳と俺のそれがぶつかる。

 

 俺の感情がアルフに伝わったかどうかは本人にしか分からないだろうが、少なくともアルフの気持ちは俺に届いた。

 

 アルフは一瞬きょとんとした表情をしたかと思えば、次の瞬間には破顔した。

 

 隠すつもりもないように声をあげて一頻り笑うと、笑いすぎて浮かんだ涙を指で掬い取って言う。

 

「やっぱり徹は人を乗せるのがうまいよ。指揮官に向いてる。調子づかせることに長けてるんだろうね。格好つけちゃって、徹のくせに」

 

「ついさっきまで泣きそうになってたやつがよく言ったな。動画に収めてたらよかったぜ」

 

「さ、さっきのは違うから! ちょっとへこんでナーバスになってただけ! 他の人に……特にフェイトには絶対話しちゃダメだから! わかってるだろうね、徹!」

 

「いやー、わからないなー、ふとした拍子に格好つけて喋っちゃうかもなー」

 

「どれだけ根に持ってるのさ!」

 

 アルフは腕をぱたぱたと上下に振って『絶対に言い触らさないでよ!』と、表情をころころと変える。

 

 数分前までアルフの周囲に漂っていた弱々しい病弱少女オーラは綺麗さっぱり消え去り、元のアルフに回帰していた。

 

 か弱さが見え隠れしているアルフは言うまでもなくとても可愛らしかったが、やはり元の元気発剌な姿が一番似合う。

 

 表情豊かに目を細めて頬をゆるませて、チャームポイントの八重歯を覗かせている今のアルフが俺はやはり、一番魅力的だと思うのだ。

 




真面目な空気であればあるほどふざけた描写を入れたくなってしまうこの性格はそろそろなんとかすべきだと自分でも思ったり思わなかったりする今日この頃。暗い話ばかりだと気が滅入ってきてしまい、どうにも衝動が抑えられません。

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