そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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なんだか最近更新が遅れています。仕事が忙しいわけではないのに、プライベートで用事があるわけでもないのに、なぜか遅い。申し訳ないです。


『爆ぜる』

 自分の声なのか、はたまた隣にいるアルフか、それとも反対側にいるユーノなのか、それすら認識できないほど広い空で燦然と輝く魔力球に意識を奪われた。

 

 なのはは砲撃を放った地点から上空へ移動していた。空高く舞い上がり、俺も初めて見る術式を構築している。

 

 杖の先端で魔力が球状に集約されており、その魔力球を囲うように環状の魔法陣が回転する。充分、いや、今でも過度に巨大な魔力の塊なのに、脈動するようにどくん、どくん、と収縮・膨張を繰り返してさらに膨れ上がる。

 

 大きな星の重力に引き寄せられるように、きらきらと輝く小さななにかが桜色の魔力の塊に集まっていく。それは夜空を彩る星々の煌めきにも思えた。

 

「お、おい……おいおいユーノ! あれなんだあれ!」

 

「いや、あの……兄さんと模擬戦をしてディバインバスターを防がれた時から、なんとかして一矢報いたいって言うものですから……」

 

「だからってあんなもの教えんなよ!」

 

「僕が教えたものじゃありませんよ! というかあんな術式はありません! ただ僕は、なのはが持つスキルならこういった道を突き進んだらいいんじゃないかな? と助言しただけで……」

 

「立派に教唆(きょうさ)してるじゃねぇか!」

 

「あの魔法……周囲の魔力を引き寄せてるのかな。空気中に散らばっている魔力の欠片が集められてる」

 

「なのはの魔力集束技術によるものだよ。自分が使った魔力だけじゃなく、自分以外の魔導師の魔力残滓をも集めて砲撃に使うんだ。凄いよね」

 

「『凄いよね』じゃないっ。もとは俺相手に使う気だったんだろうが! あんなもん食らったら消し炭にな……」

 

 俺が途中で言葉を失ったのは、許容範囲を超えた魔力をぶつけられて掠れたモニターと、そこから流れてきたなのはの台詞が原因だ。

 

『これがわたしの……全力全開! わたしの想い、受け取って! フェイトちゃん!』

 

 一際強く瞬き、暴発寸前の危うさを保ちながら、左手にレイハを握り締めるなのはが発声する。

 

『スターライト……ブレイカー!』

 

 『放出』というよりも、『爆ぜる』という表現の方が的確だろう。

 

 大きく膨らんだ魔力の球から膨大な量の光と魔力が溢れ出て、フェイトがいるだろう座標に降り注がれる。

 

 俺たちのいる場所から離れているので、空高くで杖を振り下ろしているなのは(と思しき小さな点)は確認できるが、ビルに阻まれてフェイトの姿は見えなかった。

 

 驚くべき点は、離れた地点からある程度の余裕をもって観察しているというのに、なのはの集束砲撃『スターライトブレイカー』の効果範囲に見当がつかないところだ。

 

 二人の才気迸る少女の魔力の残滓をたんと召し上がった魔力球は、ダムから吐き出される水を彷彿とさせる勢いで、溜め込んだエネルギーを解き放っている。きっとフェイトの視点からでは、もはや視界全てを覆い、迫り来る壁となって見えていることだろう。

 

 ちなみに、俺たちの近くにあったモニターはもう、現場の状況を映し出すことはない。恐らく、なのはの集束砲撃による衝撃で浮遊カメラが破壊されたのだ。音声はうんともすんとも言わず、映像は永遠砂嵐。使い物にならなくなった。

 

 数瞬、(せめ)ぎ合うような、物が詰まったような様子で周囲に飛散していた集束砲撃だったが、突如遮るものがなくなったかのように勢いを取り戻す。

 

 ぞくり、と背筋に寒いものが走った。

 

「ま、まずい……ユーノ、アルフ、飛べ! ここを離れるぞ!」

 

「えっ、あたし魔法を使わないようにって言われてるんだけど……」

 

「緊急事態だ! 構わない!」

 

「こんなに離れてるんですから、さすがに大丈夫じゃないですか?」

 

「嫌な予感がする、離れたほうがいい!」

 

 周囲の建物と比べて少しだけ背の高いビルの屋上を蹴り、空に上がると俺たちはなのはとフェイトの戦場から距離を取る。

 

 ビルを挟んだ向こう側で海水が天高く打ち上げられ、そこを中心として砲撃は大爆発を引き起こした。

 

 創り出されていた建造物群は軒並み倒壊していく。砲撃が直撃したビルは言うまでもなく、同心円状に広がった魔力波により近くにあった建物まで崩れていった。

 

 なのはの砲撃は海に大穴を空けたのだろう。それにより発生した高波が辛うじて原形をとどめていたビルたちを根刮(ねこそ)ぎ洗い流していく。

 

 衝撃と高波は、俺たちが居たビルにまで到達、一呑みにし、海中へと引き()り込んだ。

 

 結界内に造られた戦闘訓練用の建造物にどれほどの耐久性が設定されていたのかは俺にはわからないが、にょきにょきと海面から生えるように(そび)え立っていた建物の大半が、なのはの砲撃一発で消え去ったのは紛れもない事実である。末恐ろしいまでの破壊力だ。

 

 初見の上、意表を突いて、しかもあれほど見た目に華やか(オブラートに包んだ表現)な魔法を目にして、速やかな回避行動を取る自信は俺にはない。驚愕するほどの攻撃範囲を誇る技だったので、今もう一度、次は俺に向けて放たれても対処はできない。先の一撃を、きっとフェイトは有効な手立てを講ずることもできずに直撃しただろう。

 

 周辺に飛散した余剰魔力だけでビルを倒壊させた星を砕く光(スターライトブレイカー)を真っ向から受け止めて、人間が立っていられるとは思えない。被弾したフェイトは戦闘不能に陥ったと考えるのが自然だ。

 

 つまり、勝敗は決した。

 

 少女二人は、己の持つ力の全てを持って相手にぶつかった。磨き上げ、鍛え上げた魔法を撃ち合い、最後の最後でなのはが競り勝ち、フェイトが惜敗した。

 

 大きな節目であるこの一戦は、なのはの勝利で幕を閉じたのだ。

 

 状況は推移した。俺が期待した方向に。そしてきっと、プレシアさんが望んだ方向に。

 

 それならば、彼女が取る次の手は。

 

「アルフはユーノと一緒にいろ。ユーノは別命があるまでここで待機していてくれ」

 

「あたしは言うなれば捕虜だからね。自由に動けないことは覚悟してるさ。構わないよ。フェイトを頼んだよ」

 

「ああ、任せてくれ」

 

「ここにいろ、とわざわざ言うのなら僕は従いますが、兄さんはどこへ?」

 

「あいつらのとこまでちょっくら行ってくる」

 

「もう戦いは終わったんですよ? 何をしに行くんですか?」

 

「決まってんだろ……」

 

 魔力付与の術式を起動。全身に魔力で覆われる感覚が押し寄せた。

 

 平常通りのパフォーマンスを発揮できることを確認する。腕も足も違和感はない。頭は懸念事案で一杯だが、思考速度自体はクリアなものだ。魔力も滞りなく体内を循環している。なんの問題もない。

 

 足場の障壁を踏み締め、下肢に力を込める。

 

「これ以上間違わない為、これ以上間違わせない為……俺自身が後悔しない為だ」

 

 跳躍し、空を駆ける。

 

 向かう先は、なのはとフェイトの元。

 

 『戦い』は終わっていない。(むし)ろ、ここからようやく始まるのだ。

 

 

 結界内に異変が生じ始めたのは、なのはの集束砲撃が建造物群を海の底に沈めて少し経ってからだ。

 

 雲一つない快晴という天候が徐々に移り変わる。まずは灰色の雲がちらほらと見られるようになり、それは驚くべき速さで重なって束になり、青空を覆い隠していく。

 

 見る見るうちに曇天へと塗り潰されていく様は、とてもではないが自然現象とは思えない。人の手が加えられている。魔法が介在していると見て、まず間違いないだろう。

 

 同じ状況である。九つのジュエルシードを封印し、回収しようとした間際と。一度しか目にしていない為確証は持てないが、プレシアさんの次元跳躍攻撃の前兆という可能性は高い。

 

 しかし俺には、確固たる証拠はなくとも、確固たる自信があった。

 

 この場は時空管理局が展開した結界内だ。管理局の人間が様子を(つぶさ)に監視していることは言うまでもない、明白だ。

 

 この空間で、なのはとフェイトはジュエルシードを賭けた戦闘を行い、フェイトが負けた。プレシアさんからすれば、力関係を衆人に示す絶好のチャンスとなる。

 

「思ったより……時間がないな」

 

 薄暗いだけだった雲は身を寄せ合い、巨大な雷雲にまで成長を遂げた。どんよりとして暗く、雷雲の奥の方では微かに雷鳴が聞こえてきている。

 

 展開は予想通りだが、進行が早い。こちらも準備は済ましておかなればならない。

 

『クロノ。手筈を整えておいてくれ。来るぞ(・・・)

 

『用意はエイミィがしてくれている。万事(つつが)ない』

 

『了解。そっちは任せた』

 

『ああ、無理はするなよ』

 

 この場にいないクロノと念話でやり取りをする。

 

 俺の身を(おもんぱか)るクロノの言葉には、肯定とも否定とも取れない曖昧な返事を返しておいた。

 

「……見つけた」

 

 足場の障壁を展開しては蹴り、跳躍を繰り返してようやくなのはとフェイトの姿を目視することができた。

 

 倒れて頭だけを海面から出しているビルの側面に、二人は座り込んでいる。おそらく海中では倒壊した建築物が折り重なるように沈んでいて、二人がいるビルは倒れた建築物の上にのしかかるように傾いているのだろう。

 

 ビルの側面にへたり込んでいる二人は、二人ともが濡れ鼠になっている。巻き上げられた海水を浴びたというだけではこうはなるまい。直接海に飛び込まなければ頭からつま先までびしょ濡れにはならないだろうに。

 

 なにはともあれ、なのはもフェイトも無事なようなので一安心である。直視するのが(はばか)られるような姿を除けば、という注釈は入るけれど。

 

 成り行きを見守りながら再び接近していると、天を覆い尽くすほどに広がった雷雲が、空気を爆ぜさせるようなスパークとともに紫電を纏った。

 

 腹の底に響くような雷轟を、フェイトは仰ぎ見る。フェイトの口元が動いていることはぎりぎり視認できるが、まだ少し距離のあるここからでは雷鳴の影響もあり聞き取ることはできなかった。

 

 ふらふらと、フェイトは満身創痍の身体を浮き上がらせる。

 

 太陽の光を遮っているせいで暗くなっていた付近一帯が、瞬時、ぱっと明るくなった。フェイトの上空に堆積している黒雲が雷光を閃かせたのだ。

 

「プレシアさん、あなたは……っ!」

 

 足場用障壁にクラックが入るほどの力で踏み込み、高速移動術『襲歩』まで使ってフェイトに急速接近する。

 

 ざわざわと鳥肌が立つような感覚。張り詰めた緊張感が空気を伝って全身をなぶる。

 

 次元すら越える砲撃が放たれるまで、時間は僅かしか残されていない。

 

 俺は空気の壁を突き破らんほどの速度で空を駆ける。

 

 ビルの側面に座り込んでいたなのはもフェイトのもとへと飛翔した。フェイトの様子がおかしくなったのと、後はおそらく、この結界内に(わだかま)る異質の魔力の存在、簡単に言ってしまえば嫌な気配を感じ取ってフェイトへと駆け寄ったのだろう。

 

 しかし、その動きは少しばかり遅かった。

 

 戦闘による疲れもあるだろうが、要因は他にもある。

 

 なのはの飛行魔法はまだまだ荒削りで未完成だ。未完成というよりは、攻撃や拘束魔法に注力してしまった分、飛行魔法まで手が回らなかったと言うべきだが。

 

 なのはの飛行魔法は加速には秀でているが、出始めの速度に欠ける。その為俺よりフェイトの近くにいても、落雷まで微かな差で間に合わない。

 

 ()くいう俺も、僅少(きんしょう)の時間を埋めることができずにいた。プレシアさんの攻撃のチャージが予想を上回るスピードだったことで、一歩出遅れてしまったのだ。

 

 雷槌はすでに振り上げられ、今はもう振り下ろされる寸前。

 

 そして。視界上部に映り込んでいるどす黒く分厚い雲が、まるで獰猛な肉食動物が雄叫びをあげるかのような音とともに迅雷を迸らせた。

 

 目線のすぐ先には、バリアジャケットも破損し、傷だらけで弱々しく浮かぶしかできないフェイトを捉えているのに、届かない。手を伸ばせば届きそうな距離にいるのに、俺の指先に少女の身体が触れることはない。

 

 黒雲からスポットライトのように光が降り注ぎ、フェイトの金色の髪を照らした。

 

 それは一見、エンブラント光線のように美しく、ややもすれば神々しくもあったが、俺にはレーザーポインターのような照準補正装置で標的へと狙いを定めているようにしか見えなかった。

 

 ――あと少し、あと少しを……なぜ埋めることができないっ!――

 

 意識は時間の概念を振り払い、加速する。

 

 眼に映るものは、日差しを遮る重厚な曇のせいで薄暗くなった海上と、雷雲から吐き出される紫電のみ。そのはずだった。

 

 突如、眼球にフィルターを挟んだように、視界一面が薄い青色の光でコーティングされた。

 

 (わずら)わしいほどに行く手を妨げていた空気の壁が取り払われる。先程までの苦労が幻惑だったかのように、空中を疾駆する足が軽くなった。

 

 この急激な変化が何に起因するものなのかを考える前に、ふらふらと身体も意識も宙を揺蕩うフェイトまで到達し、抱き留めた。

 

「あ、れ……徹? ……逃げ、て。危ないよ……」

 

「お前は……ったく、自分のことだけ考えてろ」

 

 先の感覚について熟考を重ねたいところではあるが、今はまだそんな余裕はない。

 

 フェイトのもとまで辿り着くのが目的なのではなく、プレシアさんの攻撃からフェイトを守ることが第一目標であったのだ。ここで一息つくわけにはいかない。

 

 フェイトの細い身体を抱き締めていない方の手を、頭上より迫る雷光へと向けた。

 

 実際に自分へと突き進んでくる雷を見て、ようやく理解する。なるほど、これは俺一人では到底防ぎようのないエネルギーを秘めた雷撃である。

 

 なので恥を忍んでフェイトにも協力をお願いしたいところだが、腕の中の少女は問いかけに対する反応も微弱で瞳も(うつ)ろ。意識は混濁しているようだし身体にも力が入っていない様子で、なぜ飛行魔法を使えているのか不思議に思えるほど弱っている。前から目を離したら消えてしまいそうな儚げな印象はあったが、さらに拍車がかかっていた。

 

 それが母親に杖を向けられたショックからか、それともなのはの集束砲撃を直撃したことによる後遺症なのかは、俺にはわからない。後者の可能性が限りなく高い気がしないでもないけれど、なのはの兄貴分を自称する手前、俺に答えは出せない。

 

 取り敢えず目の前の困難に対応するのが先決だ。

 

 強度は物足りない上に心許ないが、展開速度だけは一人前な障壁を魔力の許す限り張る。直後に途轍もない衝撃が走り、展開した障壁の殆どが爆散した。

 

 攻撃を受けた障壁は破片を飛び散らせながら粒子となり、大気へと回帰するが、同時に襲い来る天雷をも外側へ弾き飛ばしている。これだけは望外の幸運と言えた。焼け石に水なのは変わりないが。

 

 (はな)からこんなプレパラートもどきで防ぎ切れるなんて甘い期待は抱いていない。寸毫(すんごう)の猶予を生み出すことができれば、それで成功なのだ。時間稼ぎこそが、本来の目的である。

 

 俺はフェイトが右手に握ったままのデバイスさんへ、助力してくれるよう願い出る。

 

「バルディッシュ、主人の危機だ。手伝ってくれ」

 

『Yes sir!』

 

 ダークメタルの輝きで渋さを表現させているバルディッシュは、先端部に近い位置についている金色の球体を瞬かせながら頼りになる返事をくれた。頭の片隅で、その応は持ち主に対してするものなのでは? などと些細な疑問が浮上するが、そんな小さな事はそこらへんに打ち棄てておけばいい。

 

 俺が構築した障壁が紫電に食い破られたと同時に、新たな魔法が割って入る。俺の障子紙並みの防御魔法に代わって雷撃を受け止めたのは、金色に輝く半円形のシールド。

 

「おっ……重、てぇな……」

 

『主が、ですか?』

 

 

「主? ……あぁ、フェイトのことか。いやいや、フェイトは軽いわ。まるで羽根のように軽いわ。温かいし軽いし、まるで羽毛……って、そうじゃねぇよ。攻撃が、だ!」

 

『そうですね。申し訳有りませんが、こちらはそろそろ限界のようです』

 

「は? ちょ、何言って……」

 

 バルディッシュの不安を煽るような発言と時を同じくして、ぱきっ、と恐怖を駆り立てる音が耳朶(じだ)を叩いた。音の発生源は、目の前の金色の壁。

 

 (ひび)が入り、亀裂が走り、それらは放射線状にまるで蜘蛛の巣のように障壁全体へと広がっていく。

 

 そして遂に、一番負荷がかかっていた障壁の中心部が、穿たれた。

 

 一度穴が空いてしまえば、そこからは脆かった。

 

「うっ、くっ! あぁ、持たねぇや……」

 

 出来得る限りの努力はしようと障壁を張り続けるが、一枚あたり一秒すら耐えられずに砕け散る。最後の抵抗に、フェイトを両腕で抱き、俺の背中で雷撃の影に入れた。

 

 プレシアさんからの次元跳躍攻撃が終わる寸前、雷というよりも光の柱と形容するのが正しいのではと改めて考えてしまうほど巨大な雷撃が俺とフェイトを貫いた。

 

 上から下へと、撃ち落とすように放たれた雷砲により、俺と、俺に抱えられているフェイトは黒く(よど)んだようにも見える海へと頭から墜落する。

 

 到来した痛みと熱と衝撃に、一瞬意識が遠のいたが、大部分は防ぐことができたし覚悟も決めていたおかげか、以前一度受けたほどのダメージは負っていないし気も失っていない。

 

 ――なんとかなった――

 

 当初の目的が、俺にしては珍しく達成・成功したことで内心少なからず喜んでいると、そうは問屋が卸さないとばかりに新たな問題が噴出する。

 

「か、身体……麻痺して……」

 

 筋肉が痙攣し、満足に動かすことができなかった。雷撃が全身を走ったことで、筋繊維にダメージを与えたのだろう。

 

 前回と同じような症状だが、前と違って雷撃の余韻は浅い。数分もすれば麻痺は抜ける。

 

 しかしそれは、裏を返すとしばらく待たなければ自由に動くことはできないということだ。

 

 身体を動かすことはできずとも、ならば足場用の障壁でもなんでも自分の下に敷けばいいだけなのだが、それすらも即座に行えない。

 

 プレシアさんの次元跳躍攻撃を防ぐための障壁で魔力が大きく消耗し、早く展開しなければという焦燥で思考は濁り、身体の一部に残る雷撃の余波で演算が鈍る。

 

 単純な術式にも(かかわ)らず、常態であればあり得ないくらいに演算をフェイルし続け、また、墜落し続ける。

 

 こういう時にデバイスがあったらなぁ、などと事ここに至って無い物ねだりをしながら、着水に備えて身構える。いくら落ちる場所が海といえど、現在の高度は二十メートルそこそこはある。この高さから墜ちるとなれば、液体であってもかなりの硬度に感じられることだろう。

 

「痛いのは……いやだな」

 

 痛い、絶対に痛い。海へと入水する角度を間違えれば骨を折っても不思議ではない。それほどの硬さがある。

 

 そうやって予測できてしまうからこそ、腕の中の華奢な少女を庇うようにぎゅうっと抱き締める。

 

 これからフェイトにとって、すごく大事な戦いが始まる。大袈裟でもなんでもなく、フェイトの人生にとって極めて重要なターニングポイントとなる戦いが、これから幕を開けるのだ。

 

 きっと精神的にも傷を負うだろう。

 

 乗り越えなければならない壁も多いだろう。

 

 しかしその先にしか、フェイトにとって明るい未来は存在しないのだ。

 

 『最善』までの道のりは険しくて、一歩間違えれば踏み外してしまいそうなくらいに細い。(いばら)と断崖に囲まれた状況なのに、先は真っ暗闇で見通すこともできない。

 

 手探りで当たらなければならない(つら)い戦いが待っているのに、こんなところで後に響く怪我をフェイトにさせるわけにはいかない。

 

 未だ弱い痺れを残す身体を動かす。左腕はフェイトの肩に回して固定し、右腕は金の御髪を押さえる。

 

 枯れそうな魔力を絞り出し、魔力付与の身体強化へと注ぎ込む。

 

 痛い思いはしたくない。だがそれ以上に、俺は大切な人に痛い思いを味わわせたくない。

 

「なんてことはない、アルフの蹴りに較べたら可愛いもんだろ……」

 

 眼前に迫った海面を見ながら空元気を(うそぶ)いてみる。病も気からと言うし、覚悟を決めれば耐えられないものではない。

 

 目を瞑って腹を括り、俺は(きた)るべき衝撃に備えた。




中途半端に長くなりそうだったので切りました。

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