そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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なんかもうほんと、更新遅くなってすいません。


「助けたいんだ」

 安全な場所で作業のほとんどを終わらせた俺は、バカみたいな火力とアホみたいな耐久性を有していた大型傀儡兵が塔の外まで吹っ飛んだことを確認すると、四人のもとに降り立った。

 

 身体は奴さんに向けながら、顔面蒼白な四人に顔だけ見せる。

 

「遅くなってごめんな。さすがにちょっと手間取った」

 

 遅れて登場したことについての心苦しさを、俺は苦笑いで誤魔化した。

 

 念のために言及すれば、面倒だったから、などという理由でなのはたちに大型の相手をさせていたわけではない。単純に俺では足手まといになるだろうことがわかりきっていたからである。

 

 大型の砲撃を受け止めるほどの防御力は俺にはないし、射撃魔法の雨を避け続けるだけの魔力的余裕もなく、一撃でのすだけの手段もないのだ。俺が戦列に加わることでアームのターゲットが分散されることくらいはあるやもしれないが、抜本的な解決とはならない。

 

 なので、俺は俺のやり方で役に立とうとしていたのだ。俺が得意とする分野、能力を万全に活かすことができる状況にまで運ぶ必要があった。

 

 そのために、ユーノにはなのはたちに伝言で時間稼ぎを頼んだのだが、まさか大型傀儡兵を倒してしまうとは思いもよらなかった。仕事のついでに大型傀儡兵のスペックデータも覗き見たが、おおよそ、個人の火力でどうにかなるものではない防御性能と装甲の厚さだったのだ。それを、なのはとフェイトの二人がかりとはいえ見事に屠ってみせるとは、いやはや流石と言うべきか、それとも末恐ろしいと言うべきか。

 

 だが、リニスさんはまだ戦力を温存していた。これは俺の予想通りといってもいい。

ただ、その数については俺の予想を遥かに上回っていたとも付け加えておこう。

 

 兵隊の操り人形を一度に全て投入するわけがないとは思っていたが、まさかここで同時に大型傀儡兵を五体も引っ張り出してくるというのは想像の埒外である。

 

 一体でも厄介この上ない大型傀儡兵が五体にまで増えれば、真正面からやり合っても勝ち目は薄い。

 

 そう、真正面からであれば、である。

 

 幾許(いくばく)かの時間を要したとはいえ、対傀儡兵用の『武器』を(こしら)えてきたのだ。傀儡兵が相手なら、もはや数も大きさも性能も、脅威に値しない。

 

「お疲れさん。お前たちのおかげで準備ができた。あとは任せといてくれ」

 

「と、徹お兄ちゃん……どうするの? また……一人で無茶するの……?」

 

 背後の四人には下がるように指示するが、なのはが不安げな表情を(たた)えて返してきた。

 

 なのはの言い方では、まるで俺が自己犠牲精神にあふれた聖人のように聞こえる。

 

 今までも無理を通したことは何度かあったが、『自分の身を(なげう)ってでもみんなを助けるんだ!』などと殊勝な考えを持ったことはない。一番合理的で効果的で、かつ効率を優先した結果の役回りがこれまでの戦いであっただけである。

 

 とはいえ、心細そうにこちらを見つめるなのはに、魔法の適性がどうとか、魔力の保有量がこうとか、役割分担がなんだとか説明するのは憚られた。

 

 こういう時にかける言葉は、簡潔であればあるほどいいのだ。

 

「無茶なんかしないって。準備が整った今はもう俺の領分で、俺の独壇場なんだよ」

 

 右手に持つ球体を、まるでバスケットボールを回すようにくるくると回転させる。なんてことはない、と言外に示すように。

 

 位置の関係上、眼下にいる五体の大型が、突然降ってきた俺に戸惑うようにアームの照準を合わせ、焦るようにチャージを始めた。

 

 今更、攻撃の用意をしたところでもう遅い。四人が作ってくれた時間のおかげで俺はゆっくりと正確に作業を行うことができたのだ。あとはもう、パソコンのキーボードで言う所のエンターキーを押すだけで、計略は完成される。

 

「ま、まずいよ徹! 早く逃げなきゃ!」

 

「徹、下がってっ。徹の障壁じゃ一秒ももたないよっ」

 

 慌てるアルフと、心配してくれていることは伝わるが遠回しに失礼なことを言ってくれるフェイトに、俺は頬をひくつかせながらも余裕の笑みで返す。

 

 真っ向勝負であれば勝つ見込みはかなり薄いが、わざわざ相手の土俵で戦わなくてもいいのだ。真っ向からで駄目なら、(から)め手で打って出るだけである。

 

「なにか策があるのはわかりますが……もう相手の攻撃が始まりますよ! 手があるなら早く……って、その丸いのは何ですか?」

 

 ユーノの質問の最中でも、大型傀儡兵たちはチャージを続ける。

 

 俺は右手の指先でくるくると回していた球体をもう一度手のひらに収め、ユーノに答える。

 

「これか? これはなあ……」

 

 とうとう、発射寸前にまでチャージが完了された。次の瞬間には射撃魔法か、もしくは砲撃魔法が放たれる。

 

 それらに一足先んじる形で、俺は右手の先へと魔力を通して最後の工程を終わらせる。

 

「……傀儡兵のコアだ」

 

 大型傀儡兵の背面から伸びる六本のアーム、五体で計三十本のアームの先端部が、光の塊を吐き出した。

 

 爆音が、建物内の空気を殴りつけた。壁はびりびりと震えて亀裂を生じ、風は俺たちの髪や服を荒々しくなぶる。

 

「な、なんで……」

 

 四人のうち、誰の口からこぼれた言葉か、爆発する大きな音と建物の軋む音で俺には判別つかなかったが、誰の言葉であってもさして意味はないのだろう。きっと、四人全員が同じことを思っただろうから。

 

 『なんで、大型同士で砲撃を撃ち合ったのか』、と。

 

 五体の大型傀儡兵全てが穴だらけになって完全に活動が停止したのを確認すると、俺は身体ごとなのはたちに向き直る。

 

「見たかよ、痛快だろ?」

 

 ぽかんと口を開けて呆然と浮遊している四人に、俺は笑いながら言った。

 

「いったい、なにがどうなってるんですか……? 兄さんはなにをしたんですか?」

 

 大変驚いた様子だったユーノがフリーズ状態から回復し、動かなくなった大型傀儡兵を見下ろしながら俺に尋ねる。

 

「傀儡兵のコアを足掛かりにして、傀儡兵を統轄(とうかつ)しているプログラムに這入(はい)り込んだんだ」

 

「そんなことができたんですか?!」

 

「通常時なら無理だっただろうな。システムを見た限り、基本はスタンドアロンで動いてるみたいだった。でも今は、傀儡兵同士が連携して戦えるようにリニスさんが直接操縦桿を握って操ってるわけだ。それはつまり、遠隔からワイヤレスで傀儡兵と繋がってなきゃいけない。それなら逆に、その繋がりを手繰り寄せて辿っていけばリニスさんのシステムにまで辿り着けるんじゃないか、と思ったんだ。いや、成功してよかった」

 

 手慰みに、右手の傀儡兵のコアをバスケットボールのようにくるくると回転させながら、淡々とユーノに説明する。

 

 聞き終わったユーノは一歩分ほど俺へと歩み寄り、目を輝かせた。

 

「す、すごいですよ、兄さん! そんな倒し方、僕は考えもしませんでした!」

 

「こんなやり方しかできないから、わざわざこうしただけだ。俺だって真っ向から戦えたら、こんな面倒な方法は取らないって」

 

「でもでもっ、徹お兄ちゃんほんとにすごいのっ! わたしたちは一体倒すのもやっとだったのに!」

 

「一人で五体倒したようなものだもんね」

 

「いやいや、俺がハッキングするだけの時間をみんなが作ってくれたおかげだって」

 

 ユーノに続き、なのはとアルフも近寄り、賞賛の声をかけてくれた。

 

 一応謙遜するが、しかし、なかなか受けることのできないお褒めの言葉の数々に頬が緩む。リニスさんのプログラムに割り込むのは、相当に骨が折れたし神経を擦り減らしたが、これだけ絶賛されると頑張ったかいがあったというものだ。

 

「あ、だからなんだ……。ここまで来る途中、徹が傀儡兵を一体だけ破壊しないで捕まえていたのは、コアを使うためだったんだね」

 

「おう。できるかどうかは賭けだったけど、試す価値はあると思ってな」

 

 あごに手を当てて考え事をしていたフェイトが、得心いった、というふうに口を開いた。

 

 俺の右手の上に乗っているコアは、この縦長の建造物へとフェイトとともに急行していた時に現れた、数体の傀儡兵の内の生き残していた一体から引っこ抜いたものだ。

 

 出てきた端からフェイトが斬り捨てていくので鹵獲(ろかく)するのは非常に困難だったが、なんとかフェイトに頼み込んで(もしくは抑え込んで)一体だけ捕まえることに成功した。一体だけコアを傷つけずに動けなくさせてくれ、との俺のお願いに、バーサク状態だったフェイトが躊躇いなく傀儡兵の両腕両足を斬り飛ばした点については、感謝よりも恐怖が先行した。

 

「リニスに電脳戦で勝てるのは徹くらいだね。本当に凄いよ」

 

「そんな褒めるなって、照れるだろ」

 

「でも、システムを掌握したんなら、わざわざ攻撃される寸前まで待つ必要はなかったんじゃないかな?」

 

 首をこてん、と傾げなから、純粋になぜだかわからないから聞いてみました、という様子でフェイトが爆弾を投下した。

 

 フェイトが疑問を呈したことで、空気がぴきっ、と音を立てて変質した。『徹お兄ちゃんすごい、大好き!』という雰囲気が、どんどん疑惑に満ちていく。いや、そんな雰囲気など(はな)からありはしなかったが。

 

「そういえばそうですね。兄さんが降りてきた時に、準備ができた、とかなんとか言ってましたし」

 

「いや、あれはだな……」

 

「そのコア、くるくる回して余裕を見せてたの」

 

「あぁ……えっと」

 

「もう正直に言ったらどうだい?」

 

「…………はぁ」

 

 矢継ぎ早に詰問され、更に退路を塞ぐように三方向から詰め寄られた俺は、両手を掲げて諦めた。

 

「……理由、理由な。そんなの聞くまでもないくらいに当たり前のことだろ」

 

 なのはたちの場所まで降りてきてすぐに使わなかった理由、攻撃される寸前まで待った訳。そんなこと、聞くまでもなく、考えるまでもない。簡単で明白だ。

 

 俺は右手の、地味に重たくて嵩張るコアを左手に持ち替え、右の手を握り締め、胸をどんと叩く。真っ直ぐと前だけを見据え、堂々と、いっそのこと清々しく、自信を持って宣言する。

 

 

 

「格好良さの演出だ!」

 

 

 

 殴られた。

 

 

 

 

 

 プレシアさんがいるだろう場所へ向かうフェイトとアルフの二人とは一度別行動となり、俺となのは、ユーノの三人は縦長の建造物の更に上層、最上階へと歩みを進める。

 

 道中、散発的に現れる傀儡兵は、ユーノの拘束魔法となのはの射撃・砲撃魔法で蹴散らした。

 

 俺がハッキングで潜り込み、リニスさんから傀儡兵の制御システムを奪うことには成功したが、リニスさんはそこからすぐさま傀儡兵をシステムから切り離し、再び元のスタンドアロンに変更した。スタンドアロン型に戻った以上、ハッキングで動きを妨害することはできなくなった。その英断までの速さのせいで、大部分の傀儡兵がまだ活動可能な状態のままである。

 

 とはいえ、リニスさんコントロール下の連携行動はなくなったのだから、傀儡兵が複数現れようとなんら危機感を覚えるものではなかった。

 

 なのはとユーノは吹き抜けになっている建物の真ん中を飛行魔法で上昇し、俺は少しでも魔力を節約するため、障壁を展開し続ける跳躍移動を使わずに、魔力付与による身体強化の恩恵を受けながら手摺りを蹴り上がっていく。

 

 そしてついに建物の天辺、緩やかな斜度の階段の最奥に俺たちは行き着いた。

 

 俺の身長の三倍以上の高さがある観音開きの扉の前に立ち、取っ手に手をかける。

 

 開こうとしたところで、なのはが話しかけてきた。

 

「この先にある魔導炉を止めれば、ひとまずは安全になるんだよね?」

 

「そう、だな。大規模な儀式をジュエルシードの魔力も使って行っているとはいえ、安定的に魔力を供給しようと思えば魔導炉の力に頼らないといけない。プレシアさんの手にはいくつもジュエルシードがあるからまだ安心はできないけどな」

 

「魔導炉を停止させれば目先の危機は脱することができる、ということですよね。問題が積み上げられているのなら一つ一つクリアしていけばいいんですよ、兄さん」

 

「上から順番に解決していくのが一番最善なんだろうけど、そう簡単にはいかないと思うぞ」

 

 斜め後ろに立つなのはとユーノは、『どういうこと?』と聞き返してくるが、この場まで来たら口で説明するより目で見てもらったほうがてっとり早い。俺は黙って手に力を込め、扉を開く。

 

 重い響きを伴わせながら扉を押して、部屋へと足を踏み入れる。

 

 そこは円形に開けた空間だった。高い天井に余裕のある奥行き、足元はこれまで俺たちがいた場所とは趣を異にするむき出しの石造り。一つの例外を除いて、部屋にはなにもなかった。

 

「ほぉら、やっぱり……」

 

 一つの例外。

 

 やはり、彼女がいた。

 

 部屋の真ん中あたりで白い椅子に腰掛け、足を組み、目を瞑っている女性。頭にはふわふわとした猫耳、身体の後ろでゆらゆらと動くのは細くしなやかに伸びる尻尾。

 

「待たせたかな、リニスさん」

 

 俺が声をかけると彼女は、リニスさんはゆっくりとまぶたを持ち上げ、笑みを浮かべた。美しくも冷たい、酷薄な笑顔だった。

 

「いえ、ご存知の通り、暇潰しはしていましたから。私がここで待機し始めたのもついさっきですよ」

 

「その暇潰しのせいでこっちは大変な思いをしたんだけど」

 

 俺の返しに、リニスさんはくすくすと楽しげに笑う。

 

「大変な思い、だなんてまたまたご謙遜を。少々熱くなって砲撃兵を全部投入したのに、システムを乗っ取って一網打尽に倒してしまったじゃないですか。あれにはさすがに背筋が凍る思いでしたよ」

 

「その後すぐに操作システムを切り替えて冷静に対処したくせに、よく言う」

 

「徹こそ、どの口が言うのですか。すぐに対処されることを踏まえて、あえて砲撃兵の攻撃を寸前まで待っていたのでしょう? 長時間統制を掌握できるかわからないから」

 

「リニスさんならきっと、ハッキングされて権限を奪われたらスタンドアロンに戻すと確信してたしな」

 

「あら、私のことを信じていてくれたんですね。嬉しいですよ」

 

「むっ!」

 

 リニスさんの実力を理解している、というニュアンスで言ったのだが、なぜかリニスさんは頬に手をあてて妖艶な微笑を浮かべた。

 

 それを見て、俺とリニスさんの会話を斜め後ろで見守っていたなのはが呻く。背中に突き刺さる剣呑な空気と視線がとても痛い。

 

 くいくい、と服の裾を引っ張られた。

 

「徹お兄ちゃん! あの人とどういう関係なのっ!?」

 

『やはり徹は敵にも色目をつかっていましたね』

 

「兄さん……僕が知らない間にずいぶん仲良くなったようですね」

 

 背後から矢継ぎ早に詰問調の言葉が投げかけられる。

 

 振り返るのは怖いので正面を向いたままで俺は口を開いた。

 

「お前ら好き勝手言ってくれるな……。あの人はプレシアさんの使い魔、リニスさんだ。ジュエルシード収集の時に何度か顔を合わせているし、一回拳を交えもした。そのあたりの……あれだ、交流だ」

 

 『やはり』とか『敵にも』とか『色目』とか言ってくるレイハには数百字単位の抗議文を送りつけたいところではあるが、ここは手短に要点だけを返す。

 

『問い詰めたい箇所は幾つもありますが、今は脇に置いといてあげましょう』

 

「魔導炉を止めるほうが先だもんね。後から詳しくついきゅーするけど!」

 

「はいはい、寛大な処置に感謝するよ」

 

「しかし兄さん、どうするんですか? 道はこの一本のようですが……」

 

 ユーノが言わんとしていることはすぐに悟れた。

 

 魔導炉があるだろう部屋へと、正しくは魔導炉の制御装置があるだろう部屋へと続く扉。その扉は今俺たちが開けて入ってきた扉の向かい側にある。つまり、この部屋の真ん中(・・・)を横断しなければならない。

 

 簡単に言えば、部屋の中心にいるリニスさんをどうにかしなければ辿り着けないわけだ。

 

 少し考えれば懸念を抱く状況なのはわかりきっているし、実際俺は魔導炉を守るのは傀儡兵だけなどと楽観視していなかった。傀儡兵の統制をリニスさんが執っている時点で、魔導炉へと至る道の最後の門番は彼女だろうと予期していた。

 

 だからこそ、この場を乗り切る手段も準備している。

 

「大丈夫だ、ユーノ。任せとけ」

 

 心配気なユーノへ短く返答し、一歩ほどリニスさんへと近づく。

 

 妖しげに微笑む彼女を真っ直ぐ見据えた。

 

「リニスさん、一対一で話したい。ついてはなのはたちを素通りさせてもらえると嬉しいな。いつかの決着もつけたいし」

 

「その申し出を受けて、私になにか利益がありますか? この先には魔導炉があります。ならば、何人たりとも足を踏み入れさせるわけがないでしょう」

 

 ユーノもなのはも、おそらくレイハも、やはり戦うしかないか、というような雰囲気になりつつあった時、俺の一言が空気を一変させた。

 

「この場であなた達の計画を裏まで喋っていいのか? 助けられなくなるぞ(・・・・・・・・・)?」

 

 正面を向いているせいでなのはとユーノの表情は見れないが、きっときょとんと小首を傾げていることだろう。ぴりぴりとした緊張感が緩んでいるのが背中越しでも伝わってくる。

 

 それにひきかえ、リニスさんの反応はとても顕著なものだった。

 

 嘲笑にも似た笑みを、まるで凍ったように強張らせる。片手に持つ黒色と金色で配色されているシンプルな杖を握り直し、揺らめかせていた尻尾はぴんと伸びきらせていた。

 

「計画? なんのことを仰っているのか、私には心当たりがありませんが。それに、助けるつもりなど元からありませんし」

 

 少し青褪めた顔色でありながら、それでも気丈に、声を震わせもせずに言い切った。

 

 しかし動揺していたのは見て取れた。

 

 沈黙すれば俺の発言を認めることになると恐れ、咄嗟に返したのだろう。焦ったあまりにぼろがでた。

 

「プレシアさんの娘、アリシアを助ける計画なんじゃないのか? そのためにジュエルシードを集めて、魔導炉を暴走までさせてるんだろ? リニスさんは()の話をしてるんだろうな」

 

「っ! ……徹、あなたは……っ!」

 

 柔和な仮面を取っ払い、リニスさんは憎々しげに俺を睨んだ。

 

「と、徹お兄ちゃん……いったいなんの話? 助けるとかって……」

 

 なのはがか細い声で不安げに訊いてきた。

 

 ここでなのはの決意や覚悟が鈍れば作戦の遂行に支障を(きた)す。俺は振り向いて、なのはの目を見詰める。

 

「その話を今からこの人としなきゃならないんだ。俺はここに残るから、なのはたちは魔導炉を停止させてきてくれ」

 

 なのはは不服そうに顔を曇らせて俯いた。俺の指示は、腹に据えかねた様子ではあるが反発はしなかった。

 

 主人の気持ちを代弁するように、レイハが宝石部を明滅させながら音声を発する。

 

『徹如きが勝負になる相手とは到底思えません。時間と労力を費やしてでも、全員で事に当たるべきでは』

 

「しれっと俺如きとか言ってんじゃねえよ」

 

『なんですか、その言い草は。せっかく気遣ってあげているというのに』

 

「気遣うんならまずは言葉を選べ。魔導炉は早く止めなきゃいけないし、リニスさんと二人だけで話さなくちゃいけないこともあるんだよ」

 

『男と女で二人きりの密談ですか、いやらしい』

 

「いやらしいことなんもねえよ。リニスさんはすぐに無力化できるような人じゃない。時間稼ぎに(てっ)されたら手遅れになる。全員で戦うのは下策だ」

 

「それなら兄さんが残らなくても、僕やなのはが残って戦えばあの人が相手でも食い下がることはできるはずです! 兄さんがリスクを負う必要はありません!」

 

「リスクってんならどっちも同じだ。たぶん魔導炉の近くにも大量に傀儡兵を配置してるだろうし。スタンドアロンの傀儡兵と言っても、数が多いと俺じゃあ手に余る。配役としてもこれが適任だ」

 

 抗うようにぴかぴかと点滅するレイハは視界の端に追いやって無視し、ユーノを言葉巧みに丸め込む。

 

 実際のところ、リニスさんの考えは確認しておかなければいけないし、戦力の分配もこれがベストだろう。魔導炉を裸で放置していると思えないのも本心だ。傀儡兵の防衛網を突き破って魔導炉を機能停止にするのならなのはが適役である。

 

 説得し終えた俺は二人の肩に手を置く。

 

「ほら、リニスさんが黙ってる間に早く行ってくれ。俺たちの仕事の最優先事項は魔導炉の停止なんだから」

 

「……わかったよ。徹お兄ちゃんがそう言うなら先に行ってる。はやく追いついてね、待ってるから」

 

「……ああ、すぐ追いつく」

 

『怪我したら承知しませんよ。無理せずに頑張ってください』

 

「それはちょっと……難しい注文だな。でも心に留めておく」

 

「なのはのことは任せてください。兄さんは兄さんで、悔いの残らないように頑張ってください。僕は、自分にできることを全力でやります」

 

「頼もしいよ。任せた。さあ、リニスさんのことは気にしないで扉まで向かってくれ。邪魔はさせないから、振り向かなくていい」

 

 そう言ってなのはとユーノの背中を押した。

 

 円形に開けた部屋の中心にいるリニスさんを迂回する形で、二人は飛行魔法による低空飛行で扉まで翔ぶ。

 

 距離はあるが、ちょうどリニスさんの横側をなのはたちが過ぎるというところで、彼女がぴくりと動いた。

 

 リニスさんが視線を下へ向けながら、気怠げに、何の気なしに、気紛れのようになのはたちの方向へと杖を振る。瞬時に生成された三つの魔力弾は、飛行するなのはとユーノへと猛進した。

 

「気にすんなっつったろ! 進め!」

 

 リニスさんからの攻撃を防ぐために止まりかけたなのはたちへ、俺は声を張り上げる。

 

 一時スピードを緩めはしたが、叱咤された二人は慌てて元の速度に戻して扉へ向かう。

 

 足を止めたくなる心情は理解できる。『邪魔はさせない』などと言われたところで、離れた位置にいる俺がどう防ぐというのだ、と疑念を抱いても不思議じゃない。いや、そう疑って当然とまで断言できる。

 

 だが二人は俺を信じて突き進んでくれた。ならば、その信頼に報いなければいけない。ここで出来なければ嘘である。

 

「んっ、と……」

 

 俺は手を突き出し、放出されている魔力をコントロールする。念の為に、手は打ってあるのだ。

 

 リニスさんが放った三発の魔力弾は、なのはたちとリニスさんの中間あたりで爆発した。決して暴発したわけではない。なのはたちにぶつかる前に、『何か』に当たったことで誘爆したのだ。

 

「射撃魔法……ですか? 前は使っていませんでしたが……」

 

「そりゃあ、あれから猛勉強したんだよ。年下に教えまで請うてな」

 

「見えない弾丸ですか……厄介な……。しかも、相当に距離があるというのに私が発動させたものを後から撃ち落とすとは。かなりの速度に命中精度があると見えます。なぜこれまでの戦いで使ってこなかったのか不思議なくらいです」

 

「思う存分警戒してくれたら嬉しいね」

 

 フェイクも兼ねた(・・・・・・・・)腕を下げ、肩を竦めながらリニスさんの追及をやり過ごす。

 

 これはバレてしまえば警戒に値しない手品みたいなもの。考え違いするように誘導しておかなければすぐに足が出る。

 

 リニスさんは振り払ったままだった体勢から、脱力するように腕と杖を下ろした。

 

「安心してください。試しただけですから、これ以上は邪魔しませんよ。下手にぺらぺらと勝手な世迷言を言い触らされるのは困りますので」

 

 リニスさんと中身のない空虚な会話を交わしているうちに、なのはとユーノは魔導炉への扉に着いた。

 

 まずユーノが大きな扉を体重を掛けながら開き、俺が言いつけた通りに振り向くことはせず、部屋を後にする。

 

 なのはもユーノの背中を追うが、部屋を出る寸前に足を止めた。九十度ほど、首を回す。

 

 確かにこれは振り向いたとは言えない。解釈の余地を突いたグレーなやり方だが。

 

 なぜすぐに部屋を出ないのだろうとなのはを注視する。横顔だけを俺に見せたなのはは、声には出さず、唇だけを動かした。

 

 少しの時間、口元で無声の文章を綴る。それを終えると、なのはは今度こそ俺に背を向けて退室した。

 

 正面から見れたわけではない上、距離が離れている。なので唇の動きから何を言ったのか読み取るのはかなり難しかった。正確かどうかの保証もない。

 

 それでも、なのはがなんと言ったのか、俺になにを伝えようとしたのかは、間違いなく届いた。

 

「徹、何がおかしいんですか。いきなりにやついて気持ち悪いですよ」

 

「いや、ごめん。こっちのことでな、ちょっと嬉しいことがあって」

 

 なのはもきっと、プレシアさんやリニスさんがおかしいことにどことなく気づいていたんだ。

 

 もしかしたら、純粋な心を持っているが故に性善説のような、みんな本当は良い人であると思い込んでいるだけなのかも知れないけれど。それでも、考え方がどうであれ、なのはは信じているのだ。フェイトは優しい子に育っているのだから、フェイトの周囲にいる人たちもきっと本当は優しいのだと、そう信じているのだ。

 

 それ故に、理屈だとか、態度だとか、振る舞い方なんてものに引っ掛からず、根っこの部分に目を向けることができる。

 

 やっぱり、なのははすごい子だ。

 

 ぐだぐだと考えて、結論に足るだけの証拠を提示しなければ動くことができなかった俺とは、人間の出来方が、器の大きさが違う。なにもかもが違う。

 

「それで、私に話とは何なのですか? できるなら早く済ませてください。これでもやらなければいけないことは山のようにあるので」

 

 なのはの言葉は、俺の心を奮い立たせるには充分過ぎた。

 

「簡潔に言えば、そうだな。俺はあなた達を」

 

 ――信じてるからね――

 

「助けたいんだ」

 

 なのはは、そう言っていたのだ。




今までにないほど更新が遅れてしまいました。すいません。

文章を書く熱が消えかけていました。一時は読み専に戻ろうかとも思いましたが、なんとか持ち直しました。これからもおそらく更新は不定期になると思いますが、よければもう少しお付き合いくださるとうれしいです。よろしくお願いします。

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