そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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もう何度目かもわかりませんが、それでも言わせていただきたい。
更新遅れてすいません……。

詳しくはあとがきにて。



張り子の虎も、気づかれなければ虎なのだ

「っ!」

 

 俺は眼前に迫る薄茶色の魔力をした凶悪極まりないサイズの砲撃を、左サイドへ飛び退(すさ)ることで危うくながら回避した。

 

 精神的安定のためにも一度距離を取りたいところではあったが、その選択は逃げであると判断し、甘い思考を切り捨てて理性で持って足を止める。俺の攻撃手段の幅は狭い。距離を取るなど、下策も下策だ。

 

 クロノにご教授願ったおかげで、射撃魔法はなんとか戦闘に使える水準には到ったが、それはあくまで『牽制においては』という注釈が入る。主力で、なんてとてもじゃないが期待できないし、射撃魔法の術式に施している細工をリニスさんに勘付かれれば、それこそ牽制にすら使えなくなる。

 

 よって、憶えたてほやほやの射撃魔法は要所のみに使う。それこそ、俺の主力攻撃である拳が届く範囲まで近付く時や、相手の魔法の妨害をする時など、攻撃の起点作りに限定するべきだ。無駄撃ちはできない。

 

 リニスさんからの追撃を警戒しつつ、すぐ近くを通り過ぎた魔力の塊を右目で流し見る。あとほんの少し反応が遅れていたら、と思うと背筋が凍りつきそうだった。

 

「ちょっ……ちょっとちょっと、リニスさん。開始早々顔面に砲撃とか殺す気満々過ぎやしません? 顔の形変わるどころか、首から上が綺麗さっぱりなくなるところだったよ」

 

 内心の動揺を悟られぬよう、彼女へ軽い口調で話しかける。それでもどれだけ隠そうとしても、かすかに声が震えてしまうのは抑えられなかった。

 

 リニスさんが殺ると覚悟を決めたら、それはもう一切の情も容赦もなく攻撃してくるだろうことは予想していた。

 

 しかし、まさか開幕直後にノータイムで、しかも俺の顔面目掛けて砲撃を放ってくるとは考えていなかった。てっきり定石通り、リニスさんの性格通り、まずは小手調べに数発の射撃魔法で様子見に出るだろうと、俺は踏んでいたのだ。

 

「軽そうな頭を更に軽くして差し上げようかと思ったのですか、お気に召しませんでしたか?」

 

「お気に召すわけないだろ。天に召されるとこだったわ」

 

 俺の返しに、リニスさんはくすりと小さく笑った。

 

 首を振って溜息をつき、表情を悲しげに彩ると俺に目を向ける。

 

「理由を挙げるとすれば二つ、でしょうか。私らしくないやり方のほうが不意を突けるのでは、という目論見が一つ」

 

「……悔しいけど、確かに不意は突かれたな。あわよくば開幕の一発で仕留めてやろう、なんて都合のいい考え方をリニスさんはしないだろうと思ってたし」

 

「二つ目は……徹の死に顔なんて見たら、罪悪感や後悔に押し潰されて……その、動けなくなりそうでしたので……」

 

「だから顔面吹っ飛ばして見ないように、って? 乙女チックな理由の割には手段が猟奇的過ぎるよ」

 

「……ですが、改めます。一撃で仕留められるほど容易い相手ではないし、好ましく思っている人だからといって、変な手心を加えていられる状況でもありません」

 

「……手心を受けた記憶はないんだけど。初っ端から顔に飛んできてるわけだし」

 

「弱音はこれっきりにします。追い込んで囲い込んで回り込んで、いつも通りのやり方で追い詰めて、そして引導を渡します。容赦はしません。同情も、しません。業は私が背負います」

 

 覚悟と決意を固めた様子のリニスさんは、杖を構え直して俺を見据えた。

 

「……はぁ。なんだっていいよ、殺されるつもりはないから。ここからが本当の勝負、ってわけだ」

 

「先のように……単発の砲撃で泡を食っているようでは、じきに無残な姿を見せることになりますよ」

 

「心配無用、もう大丈夫。おかげで身体はほぐれたから」

 

 リニスさんに言った通り、極度の緊張感にもようやく慣れ、身体の感覚が戻ってきた。ばくばくとうるさかった心臓も、軽く痺れたようになっていた手足の筋肉も、今では平常運転に近いものである。

 

 どうやら俺も、リニスさん同様、最後の最後で決断ができていなかったのだろう。本気でリニスさんと戦うことに対して、命を賭けて殺し合うことに対して踏ん切りがついていなかったのだ。

 

 その点で言えば、リニスさんの一発は俺の目を覚めさせてくれたのだから有り難かった。全身が凝り固まったまま戦っていれば、数合のうちに俺は討ち取られていたことだろう。

 

「最初の一撃で眠っておけばよかったと後悔させてあげますよ。……では、行きます」

 

「こっちこそ……説得に応じておけば良かった、戦わなければ良かった、って思わせてやるからな」

 

 俺は気炎を吐きながら拳を構え、足に力を入れる。

 

 どれだけ息巻いたところで、俺の得意分野はやはり近接戦しかないのだ。まずは近づかないことには話にならない。

 

 全身に魔力付与の効果が行き渡っているのを確認しながら一歩踏み込む。

 

 俺は捌かれるのを承知の上で、『襲歩』による急速接近を試みようとした。そんな俺より一歩早く、リニスさんが動く。

 

 リニスさんはバレエダンサーのように、華麗にその場でくるりくるりと二回転する。想像の埒外が過ぎるあまりにも突飛な行動と、場に似つかわしくない優雅な舞踊に、俺は一瞬目を奪われた。

 

「っ!」

 

 そのツケは、反応の遅れという形で払わされることになる。

 

 リニスさんは二回転して足を止め、視界の前方正面で俺を捉えると、俺の御株を奪う急速接近を果たした。

 

 彼我の距離、一メートルないし二メートル。普通の魔導師であれば有り得ない交戦距離。

 

 接近戦もずば抜けて卓越しているのは前回の戦闘で知っていたけれど、まさかリニスさんの方から近づいてくるとは。想定していた範囲を超える程ではないにしろ、可能性としては低いだろうと見積もっていたので少なからず動揺する。

 

「あまりに綺麗だったもんだから……思わず見惚れちゃったよ」

 

「嬉しいことを言ってくれますね。舞い上がって手に力が入ってしまいそうです」

 

 リニスさんは俺の軽口に気を乱す様子もなく、淡々と切り返してきた。

 

 もう一歩踏み込まないと俺の攻撃はリニスさんに届かない。この絶妙な距離から、リニスさんは杖による打突を繰り出した。

 

 顔を狙った一打はサイドステップと顔を逸らすことでなんとか回避。続く二打目は腹部に迫る。避けることはできないと即断し、手の平で受け止めるように防御した。

 

「うっく……重っ」

 

「女性に重いとは、デリカシーに欠けますね」

 

「攻撃に対して重いっつったんだよ」

 

「そうですか、安心しました。攻撃も愛情も重いに越したことはありませんからね」

 

「いや、重いのは攻撃だけで充分だ」

 

 フェイトのデバイスのように刃がついていないので素手で受け止めることはできたが、杖による一撃は思いの外重く、驚くほど硬い。おそらく魔力付与か、それに類する魔法で硬度を高めていると見た。仮に頭部に直撃すれば、魔法で身体を強化していても脳震盪を起こすか、最悪頭蓋を砕かれることになる。決して軽視できるものではない。

 

「むっ……離してください」

 

「そう言われても、離すわけにはいかないな。そもそも実力に差があるんだ。アドバンテージを減らしておきたいと思うのは当然だろ?」

 

 手がじんじんしてとても痛いけれど、相手のデバイスを受け止められたのは僥倖だった。

 

 彼女の杖の先端、球状の部分を両手でしっかりと掴む。引き抜こうとするリニスさんの力に負けそうになったが、なんとか掴んだまま食い下がった。

 

 リニスさんのことなのでデバイスなしでも魔法の行使に支障はないかもしれないが、術式の演算には多少時間がかかるかもしれない。魔法の腕と素質にはとても大きな、ともすれば絶望的とさえ呼べるような開きがあるのだ。ここでその力を、たとえ少しでも削いでおきたい。

 

「どうしても離さないというのなら……私が離します」

 

「うぉっ!」

 

 引っ張り合いの様相を呈していたのも束の間、リニスさんは自ら杖状デバイスを手離した。

 

 突然力の均衡が崩れて体勢が乱れたものの、一歩二歩後退しただけでなんとか尻餅はつかずに済んだ。つかずには済んだが、その体勢の乱れは致命的なまでの隙であり。

 

「手が空いたことで動きやすくなりました。しばらくそれは持っていてくださって結構ですよ」

 

「俺には無用の長物だから、二つに折って廃品回収に出しとくよ……」

 

「人の所有物を壊そうとしないでください。もっとも……そう簡単に壊れる品でもありませんが」

 

 その隙を見逃してくれるほど、今のリニスさんは優しくも甘くもなければ、容赦もない。

 

 杖の長さの分開いていた空間を一息で詰め、俺の懐に潜り込んだ。リニスさんが短く息を吐く。

 

「ぐっ、あっく……がっ!」

 

 密着するような間合いから、がら空きの腹部へと連続で拳撃が叩き込まれる。

 

 体重を掛けにくいほぼ零距離でのショートブローだというのに、恐ろしいまでの威力だ。大槌を振り下ろされたような痛みと衝撃に、腹の中にミキサーでもぶち込んだみたいな不快感。内臓の位置が元に戻るかどうかも自信がない。咄嗟に腹部へと魔力付与を回していなければ内臓の損傷くらいは有り得ていた。

 

 痛みや身を焼くような熱さは我慢できるが、不快感や肺を圧迫されたことによる絶息状態は人間の構造上、理性や根性では耐えられない。ブラックアウトしそうな意識を辛うじて繋ぎ止め、折れそうになる膝に力を込める。

 

「がら空き、パートツーです」

 

 腹部への衝撃で身体が折れ、下がった俺の顎目掛けて斬れ味鋭いショートアッパーが放たれた。がら空き、と言いながらも油断なく大振りをしないところがまた、彼女の厄介さを強調している。

 

「がぁっ……はっ、くそっ!」

 

 ダメージの余波で足はまだ万全に動かない。障壁を張ろうにも、この超接近戦では既にそれの内側にいる。

 

 脳を揺さぶられればまともに動くことはできなくなり、動けなくなれば反撃の間もなく詰められ、そのままとどめを刺されるだろう。ここでやられる訳にはいかない。

 

 致し方なしに背筋や腹筋を駆動させて強引に身体を後ろに傾け、死神の鎌のように俺の頭を刈り取ろうとする一撃を紙一重で躱す。もはや姿勢どうのなど気にしていられる場合ではない。

 

「そろそろ返してもらいますね、壊される前に」

 

 そう言うとリニスさんはバク転し、俺が握ったままだったデバイスの柄の部分を下から蹴り上げて後退。二回転三回転と繰り返し、最後に力強く床を踏み切って後方宙返りしながら空中で蹴り上げていた杖をキャッチした。

 

 着地するなり器用に杖を回転させ、持ち手の中間あたりを、ぱしんっ、と小気味良い音を立てながら握り込み、先端部を俺に突きつける。

 

 床に尻をつけ、痛みから顔を歪める俺に、彼女はどこか勝ち誇ったような表情を覗かせた。

 

 これでもまだ、抗うのですか?

 

 そう言いたげな表情だった。

 

「まだ……こんなもんで終わらないぞっ……」

 

 たかだか数回の打ち合いだが、やはり手強い相手である、と再認識する。

 

 スムーズで先を読みにくい足運びに、鋭く重い上に速い打撃。デバイスを押さえられた局面でも、あえて自ら手放す決断の早さと即応性。

 

 俺の得意分野である近接戦ですら、先手を取られれば連続で攻められ押し切られる有り様だ。これで遠距離からの魔法戦闘を絡められたら、本当に手がつけられなくなる。早々に手の内を明かすようなことはしたくないけれど、出し惜しみしている場合じゃない。

 

 無様に這い蹲った体勢から跳び上がりながら身体を起こすと腰を落とし、再び開いてしまった彼女との距離を埋めるために、前傾姿勢で突撃する準備をする。

 

「…………?」

 

 ここでふと、不可解な点に気がついた。

 

 ショートアッパーで顎を打ち上げられそうになった時、俺は躱すのに精一杯で無防備な状態を晒した。リニスさんは、なぜそこから追い討ちを掛けなかったのか。

 

 デバイスを取り戻すことに専念したのか。

 

 いや、その答えでは疑問が残る。デバイスを持っていない状態でもリニスさんの身体強化の効果は継続していた。仮に、あのままマウントに持ち込んでいれば、淑女に相応しいかどうかはともかくとして、殴殺することも不可能ではなかったのではないか。

 

 俺に気を遣ったということもないだろう。今さらそんな情けをかけるほど、リニスさんは甘い人ではない。

 

 引っかかる。なにかが引っかかる。自分の足元のすぐ近くに罠を仕掛けられているような、そんな不吉な感覚。

 

 冷静沈着で如才ないのがリニスさんの性格だ。日常生活においては家事万能の上に気配りもできる良妻の鑑のような彼女だが、こと戦闘となれば冷徹で、数手先と相手の心理を読む策士。弱みを見せれば突き、攻めようと思った時には先回るように手を講じられている。

 

 そんな彼女が、あからさまな俺の隙を見逃すはずがない。

 

 警戒しろ、と自分に言い聞かせる。なにかある、必ずなにかあるはずだ。

 

 油断ならない強者との戦闘の最中である。小さな違和感の芽であるうちに摘んでおきたいが、足を止めてゆっくりと考える時間などない。違和感の正体は掴めなくとも、用心しつつ今は足を動かすしかない。

 

 『襲歩』による接近からの格闘戦。その為の第一歩を踏み込んだ時、出端を折るように、突出しようとする頭を抑えるように、俺の足元に一発の魔力弾が着弾する。

 

「こんのっ……」

 

「一度動き始めたら止め辛いのは、前回で学んでいます。そして……先手はもう、打たせてもらいました(・・・・・・・・・・)。」

 

「……また砲撃か? すでに注意してるんでね、単発でなら問題なく避けてみせる」

 

 リニスさんはデバイスを突きつけ、魔法を展開させた。開幕一番と同じ、砲撃魔法。展開と発動が極めて早いが、注意してさえいれば回避するのは難しくない。

 

 なるべく小さな動きで躱し、魔法発動直後の技後硬直を狙う。さしものリニスさんであれど、砲撃魔法を使った後では多少なり動きが止まるはずだ。ここから巻き返す。

 

 砲撃の軌道を見極めるため、意識を杖の先端へと傾ける。

 

 くすり、とさも愉快と言わんばかりの声が、俺の耳朶に触れた。

 

「布石というのは……相手に気付かれないように打つもの……。自分が考えた通りに事が進むのはまさしく、言い知れないほどの快感ですね」

 

 獣の牙が首筋に添えられているような怖気(おぞけ)を感じた。

 

 この広い部屋に入ったばかりの頃や、海鳴市の倉庫で戦っていた時のような嘲笑うような笑い方ではない。リニスさんは本心から楽しそうに、錦上に花を添えるかの如く、整ったその顔貌に偽りなき笑みを浮かべ、鈴を振るような声で、笑う。

 

 そんな彼女の表情には、相手を罠に嵌めたという喜びと同じ分量だけの殺意が練り混ぜられていて、俺にはそれが、なによりも怖かった。

 

「……っ、おあぁっ!」

 

 直感。その他に理由はなかった。

 

 正面には今まさに砲撃を放たんとするリニスさんがいる。だが俺は本能のまま、心胆寒からしめる感覚に突き動かされるがまま、自分の左右に障壁を展開した。

 

 直後、空気を震わせるほどの衝突音が響き、衝撃の余波が床の上を同心円状に広がる。障壁に走るクラックが、視界外からの攻撃の存在と威力の程を物語っていた。

 

「いったい、いつの間に……っ」

 

 すんでのところで防いだのは淡褐色の魔法弾。先頃の倉庫で幾度となく目にした、リニスさんの誘導型の射撃魔法。

 

 視野のギリギリ外を舐めるように俺の左右から近づいていたそれらは、間一髪のところで防いだ二発だけではない。右と左からもう一発ずつ、先と同じような軌道を描いて迫っていた。

 

 いつ、いったいいつ誘導弾を撃った。俺のものと違って、リニスさんが使う魔法には色がある。展開させれば絶対にわかるはずなのだ。

 

 いつから用意されていたのかを、記憶を頼りに想起する。

 

 近接戦で俺を圧倒してからは無駄に華やかなアクロバットを見せて、その後は不審な動きをしていない。ならばその前、俺に近づく前だ。俺の懐に潜り込む直前、見る者の目を惹きつける二回のターン。恐らく、あれがカモフラージュになっていた。

 

 横に撃っても上に撃ったとしても、離れた位置から見ていた俺の視界には入っていたはずだ。

 

 だが、唯一視界に映らない空間がある。それは、リニスさんの背後。身体で影になる、その極めて小さな空間に誘導弾を放ち、すぐに距離を詰める。そうすれば俺の意識は自然、すぐ近くに迫ったリニスさんへと注がれる。

 

 誘導弾の尻尾すらも見ることができなかった俺は撃たれたと思わず、撃たれたかもしれないという可能性すら考えもしなかった。

 

 ここまできてやっと、近接戦で俺を転倒させたにもかかわらず距離を置いた理由が明確になった。リニスさんは、マウントから素手で殴り殺すか、誘導弾と砲撃のコンボで焼き殺すかを天秤にかけ、よりリスクが少なく、かつ労せずして勝つ方法を選択したにすぎない。

 

 必要最低限の力で勝利を収める。実に彼女らしい理由だ。

 

 動きの一つ一つに無駄がなく、戦術が詰め込まれているのに些かも淀みない。戦闘の先を常に見据え、備える。その手腕にはもう言葉も出ない。

 

 とはいえ、悔やんでいても仕方がない。急場凌ぎに張った障壁では、きっと二発目は防げない。一発目を防いだだけでも御の字だ。今は自分の不甲斐なさを反省するより、この展開をどうやってひっくり返すかが肝要だ。

 

「さぁ、これにて終演……でしょうか」

 

 リニスさんのデバイスの先端には光が灯り、砲撃の準備は万端。いつ発射されてもおかしくはない。俺の左右からは、身体を食い破ろうと突き進む薄い茶色の誘導弾。

 

 取れる手段は幾つかあるにはあるが、どれを選んでも一手足りない。

 

 砲撃を躱そうとすれば左右の誘導弾の餌食、障壁で砲撃を防いでもやはり誘導弾を始末できない。誘導弾を先に防いだら砲撃に対処するだけの暇はない。誘導弾を回避しようにも、優秀な魔導師たるリニスさんは威力と速度とコントロール性能のいずれもを平均以上の水準で保持できる。つまりは接近を許してしまっているため躱すだけの余裕もない。

 

 手詰まりをひしひしと感じていると、いつぞやの戦闘がフラッシュバックした。左右から迫る誘導弾、正面に位置して追撃の準備をするリニスさん、追い詰められたシチュエーション。もしかするとこれが世に言う走馬灯なのかもしれないが、おかげで打開案を思いついたので、なんにしたって感謝である。

 

「終演にはちょっと早いな……こいつは返すよ」

 

 二つの誘導弾の進路上に、斜めに展開した障壁をいくつか配置して軌道を無理矢理に変える。倉庫で戦ったときに一度やってできたのだから、二度目にできない道理はない。

 

 誘導弾は側面を障壁に擦りながら向きを変え、発動主であるリニスさんへと飛翔する。

 

 この命辛々の曲技に狼狽(ろうばい)し、砲撃の照準がわずかにでも狂ってくれれば幸いだが、そう上手くいくなどと期待してはいけない。相手は誰あろう、あのリニスさんだ。俺が前回やったことでこの対処法を思い出したのと同じく、リニスさんも一度弾角を捻じ曲げる俺の技を見ている。彼女もなんらかの対抗策を用意していると考えてまず間違いない。

 

 彼女相手では警戒しても、警戒し足りないことはすでに学習した。出し惜しみは、もうしない。使える手段はすべて使う。

 

「それは以前、一度拝見しました。二度目ではただの……曲芸です」

 

 予想通りと言うべきか、リニスさんの銃口()身動(みじろ)ぎもしないで俺に合わさったままだった。自身に帰る誘導弾など目に入っていないかのように、自分から逸れるように誘導弾を操作することもなく、回避行動も取らなければ、防御しようとする気配もない。

 

 どこまでも自然に構え、そして撃ち放った。

 

 矛先を変えていた誘導弾は、リニスさんが発動させた砲撃に呑まれ、跡形なく呆気なく、溶けるように消えた。

 

「砲撃で自分の誘導弾を消し飛ばす……そんな対処法があったのか」

 

 誘導弾を砲撃で塗り潰す。弾道を逸らしもせず、躱しもせず、防ぎもしない理由がこれ。攻撃と防御を兼ねた一手。実に単純でかつ、男前なやり方である。

 

 さすがに砲撃ともなると、障壁の一枚や二枚では身を守る盾どころか時間稼ぎにもならない。消費魔力には目を瞑り、多重障壁群『魚鱗』にて防ぐ。

 

 ずたぼろになったとはいえ、一応はなのはのディバインバスターすら受け切った技だ。発動スピードに重きを置いているリニスさんの砲撃なら、防ぐことは可能だ。

 

「溜めの時間と破壊力が……相変わらず比例してないな……っ」

 

 障壁群に遮られ、リニスさんの淡褐色の砲撃は魔力粒子の飛沫を散らす。

 

 いくら射撃魔法よりエネルギー量があるとはいえ、威力も照射時間もなのはのアレを下回っている。リニスさんの砲撃は、『魚鱗』の第一層目を剥ぎ取って第二層目を焦がしたあたりで終息し、俺はなんとか無傷で防ぎきることに成功した。

 

 戦闘開始から防戦一方で攻められっぱなしだが、そろそろ攻勢に転じさせてもらう。リニスさんの持っている攻撃手段と攻め方の傾向から、次の動きを先読みする。

 

 射撃魔法の軌道変化に神経を擦り減らしたし、砲撃への防御で魔力も刮ぎ取られたのだ。このあたりで一矢報いなければ気が済まないし、それ以前に守るだけではジリ貧もいいところだ。

 

 攻守を切り替えるための切っ掛け作りに使えそうな手を、俺は持っている。出し惜しみはしないと決めた。ここで、打って出る。

 

「防がれることは予想していましたよ」

 

 背後からのリニスさんの声。

 

 砲撃を放ったのは囮。俺に障壁を張らせて足を止めさせ、その間に防いだ反動で身動きがとれない俺の背後へ回り込み、無防備なところを仕留める。そういう算段だったのだろう。

 

 腕を突き出して障壁を展開した状態で、背後から振るわれるリニスさんの攻撃を速やかに防ぐなんてできない。振り返って身体のどの部位を狙われているか察知して防御行動に出るより、リニスさんが破壊力満点の杖を振り下ろすほうが早いに決まっている。

 

 前回の戦いでこんな状況になっていたら早々に俺は討ち取られていただろうが、今の俺には両の拳以外にも武器があり、そしてリニスさんのその行動は読めていた。

 

「これで終わ……ぁっ」

 

リニスさんの言葉を遮ったのは、鈍く響く爆発音。すでに発動させて背に隠しておいた魔法が、リニスさんと接触して爆ぜたのだ。

 

「くっ……。一体、何をしたのですか? 攻撃できる体勢では……なかったというのに」

 

 俺が振り返ってリニスさんの姿を捉えた時には、数メートルほど離れた位置で腹部を押さえて苦い顔をしていた。正体不明のカウンターを受け、追撃を避けるために後退したといったところか。

 

 気にせずそのまま攻め入っても問題なく思える場面で、危険を察して速やかに距離を取るのはリニスさんらしい判断だ。

 

「そう易々と教えるわけにはいかないな。そっちと違って、真っ正面から勝負ができるほど魔法って分野に熟達してないもんで」

 

「……前回戦った時にはなかった戦法ですね。身体は動かなかったのに私に攻撃を加えたところから、体術ではなく、別の系統の技術、あるいは魔法であると考えた方が自然ですか……」

 

「あんまり深くは考えないでほしいな。すぐ答えに行き着かれたら本当にどうしようもなくなる」

 

「常に攻撃媒体を背後に潜ませていた、と推測するのは、あまり現実的ではありませんね。徹は保有魔力にゆとりがありませんし、魔力の効率的な運用の面から判断して、そんな浪費は避けるはずです。となれば、直前に準備したということに他なりません。裏を返せば、私の動きを読んだということでもあります」

 

 リニスさんは魔法のバリエーションが豊富だ。遠距離から近距離、相手の動きを止める拘束、牽制から、一撃で相手を墜とせるような大技まで持っている。しかも厄介この上ないことに、そのどれらもが高いレベルに至っている。

 

 このようにリニスさんの情報を列挙してしまうと付け入る隙間なんて皆無なように見えてしまうが、やはりそこは頭で考えて動く人間。個人の性格や得意とする魔法に左右され、戦い方にはある程度偏向性がある。

 

 偏向性、つまり偏りがあるということだ。注意深く観察し、あとはひたすら努力すれば次の行動を読むこともできなくはない。

 

 射撃魔法と比べると僅かとはいえ溜めの必要な砲撃魔法は、相手が油断している時、隙のある時、もしくは他の魔法とのコンビネーションの締めで使うことが多く、単発で使用する頻度は高くない。蜘蛛の巣のように張り巡らせることも可能な拘束魔法は、基本、標的が動いている時か、もしくはトラップとして使う。俺が足を止めている時に使ってくることは稀だ。

 

 他にも幾つか傾向は掴んだが、今回重要なのは、決して遠距離から狙い撃つだけではないということ。俺の攻撃手段が近接格闘しかないとわかっていても、それでも一定の割合で接近戦を仕掛けてくるのだ。

 

 普通であれば、『相手が近接格闘しかできないのなら、遠くから射撃なり砲撃なりで戦かったほうが安全で手っ取り早い』と、そう考える。実際に、これまで何度か魔導師と干戈(かんか)を交えたが、俺が近距離でしか戦えないと知るや否や、射撃魔法などの遠距離攻撃に重点を置くようになった。

 

 あながちその考え方は間違っているわけではないのだろうが、しかし俺にとってはそこが勝機と成り得る。相手に射撃もしくは砲撃魔法を使わせるように行動を制限させることができれば、あとはその魔力弾の雨を躱して接近さえすればいい。相手が近づいてこないという条件一つが加わるだけで、動きの予測範囲はかなり狭められる。トータルの能力で劣っていても勝つ見込みが生まれるのだ。

 

 けれど、リニスさんはそうした安易な戦法を取りはしない。遠近を使い分けて攻め立てる。

 

 最初は距離を取り、俺が詰めようとすれば機先を制する形で封じ、接近する。有効打が入ろうと入らまいと、数合打ち合えばすぐにまた間隔をあけ、射撃・砲撃で削る。得意分野であるはずの格闘戦でも手も足も出ずに攻められ続けることで焦燥が燻り、思考は単純になり、結果リニスさんの手のひらで踊ることになる。

 

 そうした相手の苦手とする分野だけでなく、得意分野をも加味した試合運び、否、戦運びが、リニスさんは卓越していた。

 

 気付かなければじわじわと沈んでいく底なしの沼。しかし、ピンチも気付くことができればチャンスへと変貌する。

 

 リニスさんが接近戦を仕掛けるタイミング、パターンを知れば、迎え撃つことも可能なのだ。

 

 俺自身精神状態が不安定だったためあまり記憶が鮮明ではないが、前回の戦闘の終盤では頭に血が上ってしまい、手負いの獣が如くリニスさんに襲いかかった。あの状態の俺を憶えているリニスさんは、絶対に万全の態勢を整えた俺には近づかない。逆説、俺に肉薄する時は、意表を突くか、あるいは攻撃を重ねて即座に反応できない瞬間を作り出してから、となる。

 

 その前提条件さえわかっていれば、用意した空間にリニスさんを誘い込むことは、容易くはないにしろできなくはない。リニスさんの策略に乗っかり、障壁を展開するなりして足を止めれば、彼女は、最も反応し難く、反撃し辛い背後に回ってくれる。

 

 だから俺は狙い澄ましたかのように的確に、リニスさんを迎撃できたのだ。

 

 だがこの戦い方も、所詮はすぐに対応される回数制限つきの策、底の浅い知恵。いわば水物でしかない。

 

 何度も繰り返して同じ方法を使っていれば、その内彼女にも悟られ、必ず逆手に取られることになる。現に彼女は奇襲にカウンターを合わせられたことの真相に、早くも感づき始めている。

 

 さすがにあの一手のみで解答を導き出すことはできていないようだが、それも時間の問題と言えるだろう。彼女ほどの玄人相手に、同じ手は何度も使えない。

 

 相手よりも能力的、技術的に劣っている俺は、常に頭と身体を動かし続けなければ、この戦い、すぐに詰められることになる。反撃できたからといって油断も慢心もできはしない。

 

 思えば俺が相手にする人たちは全員が全員俺より格上だったのだから、気を緩めることも手を抜くこともできたためしはなかった。なんてことはない、今回もいつも通りということだ。

 

「まったく……どこまでも冷静だな。『てへへっ、失敗失敗!』って感じで軽く流せばいいだろ。たった一発喰らっただけだってのに」

 

「そんなセリフ、私が言っても違和感しか残らないでしょう。私のキャラじゃありません」

 

「それもそうだな。そういうのはなのはかフェイト、もしくはアルフあたりに任せようか」

 

「……すんなり引くのも、ちょっとひどいですね」

 

 リニスさんは一言二言呟くと、被弾した箇所をぱぱっ、と払い、杖を構える。中断してしまった戦闘の仕切り直し、といった風だ。彼女に合わせて俺も拳を握り、構えた。

 

 距離があるからか、少しばかり余裕がある表情でリニスさんは俺を見据えている。

 

 先ほど受けた一撃の正体にはまだ見当はついていないけれど、攻撃されたのは近づいた瞬間だったことから、離れた位置ならば使えないはず。おそらくリニスさんはそう考えて、距離を置いてこちらの様子を窺っている。

 

 ずっとそうやって思考を誘導してきたのだから、彼女がそう思うのも仕方はない。

 

「リニスさん、まだ俺の交戦範囲(インレンジ)が近距離だけだと思ってたら、大怪我するぞ」

 

「威勢の良いことを言いますね。例の移動術は頭に留めておかなければいけない注意点ですが、どれだけ素早く接近しようと私の反応が遅れることはありませんよ」

 

 雑談が挟まったことで空いた、少しの時間。リニスさんからしてみれば、正体不明の反撃がなんだったのか、会話の内容から当たりをつけたかったという意図もあったのだろう。

 

 しかし俺とて、彼女の狙いに気づいていながらなにもしなかったわけではない。戦況は変わらず不利なままである俺が、なんの打算もなく、むざむざ手も足も止めて情報を開示するだけなんてことをするわけがない。

 

 弱者には弱者なりのやり方というものがある。魔法の仕込みは既に済んでいる。

 

「人間は進歩する生き物だ。自分の弱点を理解しているのに、同じ場所で足踏みしているわけないだろ。記憶(データ)を更新しとくことだな」

 

「なにを言って……」

 

 彼女とは未だ距離が開いたままで、俺は左腕を振りかぶり、シャドーボクシングでもやるように拳を振るう。目の前に相手がいたとしたら、相手の頭を揺さぶるような左フック。

 

「どういうつもりで……つっ!?」

 

 俺の行動に困惑するリニスさんは、突然右頬に痛打を浴びたように、俺の動きに同期してよろめいた。

 

 リニスさんは当惑をさらに深め、信じられないものでも見るような目で、俺を見る。

 

「リニスさんのターンは終了。こっからは俺のターンだ」

 

 実力的にはなにも変化はない。スペック上では依然としてリニスさんが上位に位置し、俺は遥か下位を彷徨(さまよ)っているだろう。

 

 しかし人間たるもの、コンディションやモチベーションによって発揮できる力は変動する。いつだって能力の百パーセントを引き出せるというわけではない。

 

 逆に言えば、条件次第で実力の百二十パーセントを引き出すことも可能なのだ。

 

 真っ向勝負で正々堂々戦えるだけの力があればそれに越したことはないが、哀しいかな、そんな力に縁がない俺は小狡く小賢しい策を弄して、条件を整える必要があった。

 

「毎回毎回……頼んでもいないのに驚かせてくれますね、この人間びっくり箱は……」

 

 リニスさんは衝撃が走った頬を押さえつつ、貶しているのか褒めているのか判断し難い評価を俺に下す。苦虫を噛みつぶしたような顔で歯噛みしていることから、どうやら俺にとって悪い意味ではないようだ。

 

 リニスさんの脳内は疑問、混乱、戸惑いの坩堝(るつぼ)と化した。俺が施したのは、なんてことはない、ちんけな張りぼての魔法だ。

 

 かすかな謎と念入りな仕込み、オーバー気味なジェスチャーに含みを持たせる言い回し。これだけで、本来の効果を何倍も引き上げることができる。

 

 『とっておき』を披露する時に重要なのは、使うタイミングより、魅せるための演出である。

 

 底知れなさを醸出させれば、用心深い人間ほど誤解し、勘違いしてくれる。張り子の虎も、気づかれなければ虎なのだ。

 

 俺は動揺の色が滲み出ているリニスさんの瞳を見詰め、静かに言い放つ。

 

「主導権、もらったよ」




以下、更新が遅れたことに対する理由……言い訳です。

僕の計算では、最後の戦闘シーンなので多少は長くなるだろうと思っていましたが基本的にリニスさん戦はすぐに終わるだろうと高をくくっていました。なのでリニスさんとの戦闘を書き終えたら一気に投稿しよう、と考えておりました。しかし、予想外なことが起きました。

終わらない。

リニスさんとの戦いが終わらない。へたに自分の中で決めてしまった以上、中途半端に投稿するのも気持ちが悪く、結局こんなに時間がかかってしまいました。
待っていてくださった人がまだいてくださるのかはわかりませんが、大変申し訳ありません。
ですが、ここからは連続で更新できるかと思います。もはや『リニス編』と銘打っても間違いではないくらいに長くなってしまいましたが、それでも「まぁ、付き合ってやるよ」という寛容なお人がいらっしゃればぜひもうしばらくお付き合いくださると嬉しい限りです。
長々とお目汚し失礼しました。

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