そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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イエローランプ

 リニスさんは今、冷静さを欠いている。間をおけば、俺のやっていることが悟られるかも知れない。

 

 攻めるのならこの瞬間しかない。こんなチャンス、またあるかどうかわからないのだ。唯一無二の勝機、逃してはいけない。

 

「おらっ!」

 

「そう何度もっ……」

 

 右腕を振りかぶり、突き出すモーション。対象が数メートル離れていることを除けば、いたって普通の右ストレート。

 

 リニスさんは障壁を展開し、防ごうとする。しかし――

 

「ひゃぅっ! …………障壁もまるで効果なしですか。不可解極まりない……」

 

――防ぐことはできない。

 

 リニスさんは思いの外可愛らしい悲鳴を上げながら上半身を仰け反らせ、悔しげに呟いた。

 

 彼女は赤くなった鼻をさすりながら、俺に涙で潤んだ瞳を向ける。

 

「女性の顔を狙うなんて、理解に苦しみます」

 

「人の顔面に砲撃ぶち込もうとするよりよっぽど良心的だと思うけどな、俺は」

 

 彼女の防御行動ではっきりとしたことがある。彼女はまだ、俺の攻撃のからくりに気づいていない。

 

 この流れでいけば、やれる。そう確信した。

 

「休ませる時間も、作戦を組み直す時間も与えはしない」

 

 次いで繰り出すは右フック。

 

 これでリニスさんの動きを誘導する。

 

「横からならばっ……」

 

 リニスさんは一歩後退し、上半身を反らせる。

 

 目に見えず、その上防ぐことができなくても、回避することはできるはず。一〜二回の攻撃でそのように見当をつけたのは、さすがと言うべきなのだろうが、俺の本命はもう、そんなちゃちな『牽制』じゃない。

 

「がら空き、だな。さっきのお返しだ」

 

「……根に持っていましたか」

 

 リニスさんが不可視の拳撃(・・)に気を取られている間隙を突き、一息で『襲歩』による接近を行う。

 

 戦闘開始直後の彼女であれば、俺が近づけば素早く反応しただろう。下手すれば杖による迎撃まである。

 

 しかし現状の彼女は平静を失っている。自分の動きを読まれ、目視不能にして正体不明の攻撃に苛まれ、本来の動きができていない。

 

 だからこうも容易く、格闘戦が可能な領域にまで俺が踏み込むのを許したのだ。

 

 これは少々、望外の成果である。俺が思っている以上にリニスさんは動揺しているし、俺が思っている以上に効果があった。とうとう俺にもつきが回ってきたようだ。

 

「ふっ!」

 

 短く気合の息を吐き、左の拳でリニスさんの脇腹を狙う。

 

「見えるのなら、防ぎます」

 

 鈍い音が響く。目標にミートする直前、硬い壁に阻まれる。淡褐色の障壁が俺の拳を受け止めていた。

 

 もしかしたら通るかも、などと淡い期待は多少あったが、まあいい。防がれても大した支障はない。元より俺の接近戦は一撃目は仕込み、二撃目が本命なのだ。

 

「失念していました……徹にはこれがありましたね……っ!」

 

 障壁に触れている左手から魔力を流し込み、障壁の術式へと介入する。

 

 いくら障壁が外的衝撃には強くとも、内側からの破壊には強くない。

 

 さしものリニスさんといえど、ハッキングへの対策はできなかったようだ。もっとも、俺にしか意味のない対策にどれほどの有用性があるのかはわからないが。

 

「俺の戦い方はこれ(ハッキング)があってなんぼだからな。もう手慣れたもんだよ」

 

 彼女の術式に細工を施し終わり、障壁の表面を爪で引っ掻きながら左手を離す。ただそれだけで、体重と気合を込めた拳撃を受けてもびくともしなかった障壁に傷がついた。

 

 左足を軸足にし、腰を捻り、力を右足に伝えて蹴り抜く。息つく暇は与えない。

 

 砲弾を至近距離から受けてもひび一つ入らないのではと思うほど堅牢な障壁は、俺のたった二回の攻撃でプレパラートよりも簡単に砕け散った。

 

 俺の蹴撃は障壁の影響を一切(こうむ)ることなく、リニスさんへと吸い込まれる。

 

「っ、くっ……」

 

 彼女は被撃する寸前に、自分と俺の足の間に杖を挟み入れて盾の代わりとした。蹴りの衝撃の殆どは緩衝材役となった杖が受け持ったらしく、リニスさんは二〜三メートル程度身体を流されただけで、特にダメージはないようだ。

 

 俺の渾身の一発を直撃した杖も、傍目には傷一つ入っていなければ軋む音すら立たせていない。そう簡単に壊せない、と言っていた彼女の弁は事実だった。その杖があればもう障壁いらないんじゃないかな、などと頭の片隅で割と真面目にそんな感想が浮かんだ。

 

「後手に回ると手に負えませんね……」

 

 俺の攻勢を受けたリニスさんは一度仕切り直すためにか、床を強く蹴って後方へと下がった。

 

 距離を取られて遠距離攻撃に移行されれば、また必要以上に魔力も体力も削られてしまう。砲撃に関しては、まともに直撃すれば一発で沈む可能性まであるのだ。なにがなんでも張り付いて、近距離戦を維持すべきである。

 

 後退するリニスさんを追う形で俺は足を踏み出すが、ハプニングが生じた。

 

「かっ、はっ……っ! 後ろからでも可能でしたか、迂闊でした……っ」

 

 彼女は突然、背中をハンマーで殴られたかのように仰け反った。

 

 リニスさんの背後に回り込ませておいた『仕込み』の一つが、彼女の背に触れて起爆したのだ。

 

 接近することに集中するあまり、『仕込み』の位置を把握し損ねていた。いくら自分の魔法であっても、『仕込み』の姿を視認できないのは俺もリニスさんと同じ。攻勢に出ている今だからこそ、目の前の事のみに意識を傾け過ぎるのは禁物だった。

 

 猛省すべきミスではあるが、これは願ってもいないチャンスだ。

 

 リニスさんはバックジャンプの途中で背後から爆破を受けた。後退する足が止まった上、予想外の一撃で体勢も崩れている。

 

 追撃するのに、これ以上ないタイミングだ。爆発を受けた直後、リニスさんは目を大きく見開かせて俺を注視したが、俄かに瞳を細まらせた。なにかに気づいたような仕草だったが、ここで動かなければ、本当にどうしようもないミスとなってしまう。失敗を取り消すことはできないのだから、せめて生み出された状況を利用するべきだ。

 

 リニスさんからのカウンターはこない。ここぞとばかりに、『襲歩』による急速接近を行い、懐にまで潜り込む。

 

「おぉっ……らぁっ!」

 

「っ! このっ……」

 

「このくらいっ、貫くぞ!」

 

 もはや反射のような速度で彼女は障壁を展開させたが、俺の手が届く限定的な範囲において、障壁や拘束目的の魔法などは万全の効果を発揮しない。

 

 障壁に触れたその瞬間からハッキングを開始。拳の周り、直径十五センチ程度の強度を脆弱化させ、もう一歩足を踏み出し、弱くなった箇所から突き破る。

 

 俺の拳は障壁を貫通。リニスさんは再び杖で防御しようとしたが、姿勢が乱れていたことからの遅れが影響して間に合わない。とうとう俺の攻撃が、彼女に通った。

 

「くぅっ……っ!」

 

 思ったよりも軽い彼女の身体は、上腹部を捉えた俺の一撃で浮き上がった。勢いは止まらず、くの字に折れた身体は後方へと流れる。

 

 ここで仕留めるという気概を持って、彼女に追い迫る。

 

 俺の足は、吹き飛ばされるがままになっているリニスさんへと向けているが、脳裏に言い知れない不快感が(よぎ)る。

 

 ようやく手応えのある一撃を与えることができた。なのに、晴れやかな気分にはなれない。

 

 いや、リニスさんと戦うことを望んでいないのだから、気分が悪いのは考えるまでもなく当たり前といえば当たり前ではあるのだが。

 

 そういう事ではなく、ダメージが通ったという感触はあったのに、未だにもやもやとした気持ちの悪い感覚が脳裏にへばりついているのが問題なのだ。

 

 攻撃自体に引っかかるところはなかった。リニスさんに隙が生まれた原因も、俺のミスから派生したチャンスだった。攻撃した側が驚いたくらいなのだから、攻撃された側はさぞ仰天だったろう。

 

 そこからも、俺の最高速で肉薄し、加速による慣性の力と魔力の恩恵による身体強化、加えて格闘術による理に(のっと)った一撃にも、なにもおかしく感じた点はない。

 

 ハッキングも必要な部分のみを弱くしたことで時間を短縮した。その甲斐あって、リニスさんの杖での防御が間に合わなかったのだから。

 

 彼女の身体に触れた感触はまだ手に残っている。薄い服の生地の下。柔らかく、しかし鍛えられた筋肉をこの手で打った感覚。華奢な彼女の身体を浮き上がらせた一撃が。

 

「軽……すぎた?」

 

 もやもやとした気持ち悪さの尻尾を掴んだ。

 

 軽過ぎたのだ、リニスさんの身体は。いくら細身で華奢だからといっても、肉体面における魔法の補助はあるのだし、彼女自身にも格闘術の心得はある。足が地から離れ、さらに数メートルも吹き飛ぶような威力にはならないだろう。

 

 ならなぜ、彼女は今実際に数メートルも打ち飛ばされるような状態になっているのか。俺が何かをしたわけではないのだから、要因はリニスさんしかありえない。

 

 俺の打突がミートしたその時に、リニスさんは後ろへと飛び退いた。

 

 そんな行動を取った理由は二つ、挙げられる。

 

 一つは勿論、威力の軽減。勢いを無理に受け止めず、後ろへと流すことで深刻なダメージを避けた。

 

 二つ目は、リニスさんの性格を考えればすぐに思いつく。人の心理の裏を突くのが巧く、数手先を読む策士で、そして案外負けず嫌い。そんな彼女が、意表外の攻撃を受けたからといって、されるがままになんてなるわけがない。

 

 これは、攻撃への、転換だ。

 

「やられっぱなしでは……少々腹に据えかねますので」

 

 リニスさんの鋭い双眸が、ぎらりと音を立てて輝いた気がした。

 

「攻める瞬間というのは、もっとも隙が生じやすい瞬間でもあるのです。見逃しませんよ」

 

 リニスさんは、くの字に曲がっていた身体をさらに折り曲げ、上半身が足にくっつくほど前屈させる。杖はいつのまにか背中に回されていた。

 

 彼女の身体の陰から姿を現したのは四発の魔力弾。

 

「くそ……迂闊だった」

 

 追い討ちを妨げるような四つの弾丸は真っ直ぐに俺へと殺到する。

 

 俺自身がリニスさんに近づいているので、魔力弾に自分から近づいているような構図だ。一度ついてしまった加速はすぐには止められない。

 

 距離を詰めるのに抜群の成果を叩き出す『襲歩』だが、唯一の欠点が、停止や方向転換が難しいこと。『襲歩』の技術を応用した急制動や鋭角機動の練習はしているが、いかんせん、まだ実戦で使える成功率は出せていないのだ。

 

 回避を試みるのはリスキーである。追撃は諦め、防御に徹する。

 

 四つの魔力弾の弾道を予測、弾道上に障壁を配置する。当然、そのまま障壁を展開したとしても触れた途端に貫通、もしくは爆砕されるのはわかりきっているので斜めに設置する。防ぐというより、弾いて逸らすことを主眼に置いたものだ。

 

 しかし、リニスさんは更に動きを見せる。

 

「高速機動状態での回避には幾つか危険性が潜んでいます。徹なら、リスクを避けると確信していました」

 

 リニスさんには、というよりも、行使者である俺にすら障壁が出現したのを視界に捉えることはできない。それでも俺が回避行動を取らなかったことで、彼女は俺が防御魔法を展開したことを察したのだろう。

 

 リニスさんは後ろ手に回していた杖を正面に持ってくる。その動きにリンクするように、魔力弾の弾道が変化した。障壁の手前で、くんっと曲がり、迂回する軌道を描く。

 

 四つの魔力弾のうち一つは障壁の端に触れて逸れたが、残り三つはまるで無色透明のはずの障壁がはっきりと見えているかのように、するりと回り込んで躱した。

 

「なっ!? 嘘だろっ!」

 

 今まで数え切れないほど防御魔法を発動させてきたが、これは初めての体験だった。突破、貫通、破壊は発動させた数とほぼ同じ回数経験があったが、視認できない障壁を躱すなどという前例はない。

 

 それもそのはず、射撃魔法や砲撃魔法なら俺の障壁ではほぼ破壊されるし、アルフのような格闘戦タイプなら触れた感触で障壁の位置がわかるので、その触感を頼りに薄い壁を突き破って攻撃を繰り出してくる。つまるところ、破壊・破砕が容易い障壁をあえて躱す意味や理由などなかったのだ。

 

 初めての出来事に加え、防げると考えていた魔力弾――ただの魔力弾ではなく、厳密には誘導弾だったわけだが――を防ぐことができなかったという不慮の事象に見舞われ、少なからず動転してしまった。

 

 そのような精神状況で満足に対応できるわけもない。彼女に接近された時用に自分の近くに用意しておいた『仕込み』で一つは相殺するが、残り二つへの対処は間に合わなかった。

 

 二発の誘導弾は直撃。一つは右の脇腹に突き刺さり、もう一つは左から回り込んで俺の横っ面を張り飛ばした。

 

「くっぁぁ……これは、効いた……」

 

 折角良い流れだったが、足を止めて復調を待つ。頭を揺さぶられたことで足元が覚束なかった。

 

 対するリニスさんは一度床を転がった後、手をつけすぐに立つ。

 

 彼女は俺の拳撃を受けた箇所、おおよそおへその上あたりをさすりながら、ふっくらとして柔らかそうな唇を開く。

 

「あら、随分ご機嫌な表情をしていますね。どうかしましたか?」

 

「ああ、まあそりゃあね。してやったと思ってたら、すぐさましてやられたんだから、そりゃあ多少はご機嫌を損なうよ。嫌味か。そう言うそっちも、随分顔色いいんじゃない? か弱い女の子要素がアップしてるぞ」

 

「それはどうも。誰かさんが女の子のお腹を(したた)かに殴りつけるなどという野蛮な真似をしてくれましたので、大変気分が悪いです」

 

 お腹を押さえながら、青白くなった顔でリニスさんは言う。一つ深く息を吐き、かすかに笑みを浮かべて、ですが、と続けた。

 

「あなたの見えない攻撃の尻尾を掴んだので、まだ少しは気が晴れました」

 

「…………」

 

 リニスさんの言葉に、俺は思わず黙り込んだ。軽口で返す余裕もなかった。

 

 一回だけ、たった一回だけのミスで、リニスさんは俺の『仕込み』がなんなのかを悟ったようだ。

 

「最初は驚きましたよ。身体の動きに連動した衝撃、距離を一切意に介さない打撃。もしや次元跳躍の類いかと肝を冷やしました。今ならわかります、あれはフェイクだったんですね。間違った答えへ導くための演出、といったところでしょうか」

 

「……そこまで引っかかってくれてたんなら頑張った甲斐もあるってもんだ」

 

 腹部に受けた痛みも薄れたのか、実に淀みなく、そして愉快気に彼女は語る。

 

「中身はなんてことのない、一般的な魔法。ですがそれに、徹の特異性と過剰なほど念を入れた演出が組み合わさったことで、誰も知らない新しい魔法のように仕立て上げられている。そこまで気を回したのは、私が魔法の正体に気づくのを遅らせるためですよね」

 

「勿体ぶらずに早く言えよ。中身に気づけたことが嬉しいってのはわかるけど」

 

 俺が急かすと、ほんの少しだけ頬を赤らめてリニスさんは咳払いした。恥ずかしいのを誤魔化すような仕草である。まったくもって誤魔化せてはいないけれど。

 

「誘導弾……ですね、間違いなく。魔力色が無色透明なのを利用して空中であらかじめ待機させておき、自分の動きのタイミングに合わせコントロールして私にぶつける。そうすれば、まるで遠くから殴りつけたように思わせることができる、というわけですね。違いますか?」

 

「あんまり嬉しそうに解説しないでほしいな。難しい問題が解けた子どもみたいで、なんか微笑ましい」

 

「おべんちゃらはいいです。どうなのですか?」

 

「おべんちゃらって……。ああ、そうだよ、使ってたのは誘導弾だ。それより、どこで気づいた? やっぱり背中にあたった一発か?」

 

「それが切っ掛けにはなりましたね。身体の動きに連動していなかったということと、あとはその時の徹の表情です。ほんの瞬く間でしたが慌てた様子でしたので。やはりあれはミスだったのですね。すぐに持ち直してミスを拾ったのは中々良かったと思いますよ。よく頑張りましたね」

 

「……そりゃどーも」

 

 やはり起点はあの失敗からだったようだ。堂々としていれば欺けていたかもしれないと考えると、少々悔やまれる。

 

 とはいえ、身体の動きとリンクしているというフェイクをあの時は使えていなかったのだから、ばれるのはやはり時間の問題だったのだろう。リニスさん相手にずっと隠し通せるとは、そもそも思っていなかった。

 

「あとはそうですね、徹の打撃にしては威力が低すぎることに疑問は抱いていました。その点からも次元跳躍の類いという線は消えましたね。見えない攻撃を当てられた直後は視界がぶれるほどのインパクトがあるのですが、身体の芯に残るようなダメージはなかったので」

 

「その言い方は……ちょっとばかりひどい、んだけど……」

 

「何か言いましたか?」

 

「な、なんでもない……」

 

 リニスさんの素っ気ない言葉に、おそらくはそこまで意識して放ったものではないであろう言葉に、俺の心はいたく傷ついた。

 

 不可視攻撃の『仕込み』に利用していたのは、リニスさんの言通り誘導弾だ。

 

 アースラでクロノに射撃魔法を教えてもらいはしたが、俺の素質ではそのままの術式で使っても意味がない。実戦で使える威力に至らなかったのだ。

 

 よって苦肉の手段として術式を書き換えた。必要な部分のみを最大限伸ばし、それ以外のパラメータは泣く泣く削った。その必要な部分というのが、誘導弾の威力に相当する項目であり、不必要な部分というのは弾速や誘導性能等が該当する。

 

 誘導弾の速度については相手にばれないようにゆっくり動かして近づけさせておけばなんとかなるし、誘導性能についても魔力操作によって向上の余地がある。

 

 しかし、威力については俺にはどうしようもない。潤沢に魔力があれば素質の多寡(たか)を補えるかもしれないが、それもないとなれば他を削って威力に魔力を充てなければ使い物にならないのだ。

 

 そうしてなんとか完成に漕ぎ着けた射撃魔法なのに、威力が低いと言われるとさすがにショックを隠せない。俺のセンシティブなハートはブレイク寸前だ。

 

「さて、どうしますか? 新調した武器でしたが、裏返せばどうということはない射撃魔法だったわけです。種が明らかになった手品も同然、脅威は消え去りました。まだ続けますか?」

 

「仕組みに気づいたところで、見えなかった弾丸が見えるようになるわけじゃない。使い用によっては、まだ有効だ」

 

「正体不明だったものが判明したのです。しかもそれが馴染みのある射撃魔法だったとなれば、気の持ちようは様変わりしますよ。どういうものかわかっていれば、耐えられないものではありません」

 

「はっ、それはどうだろうな。理屈がわかったからってすぐに捌けるようになるほど、単純ではないつもりなんだ」

 

「少々気疲れはするでしょうが、常に衝撃に備えて警戒しておけばどうということは」

 

 俺の『仕込み』、誘導弾を見破ったことで、リニスさんは落ち着きを取り戻した。先までと同じように射撃魔法を使っても、彼女は冷静に対処するだろう。接近する前の牽制で使っても、身体強化系の魔法を使っていればどうとでもなるし、衝撃の不快感に耐えされすれば魔法を使わずとも我慢できる程度の威力だ。彼女が勝ち誇るような表情を見せる気持ちもわかる。

 

「そこまで言うならいいよ、それじゃあ……」

 

 だが、種も仕掛けもバレて精神的揺さぶりの効果が半減したとしても、まだ応用はきかせられる。

 

 戦術のバリエーションがたった一つだと思うなよ。

 

「……試してみろ」

 

 勝負は決していないのに勝利を確信したような顔をされるのは、些か以上に気に障る。

 

 腕をまっすぐリニスさんへと伸ばし、魔法を行使する。使うのはもちろん、誘導型の射撃魔法。

 

 それを見て(・・・・・)彼女はその場から動きもせずに鼻を鳴らして冷笑する。

 

「あら、癪にさわりましたか? 怒りで演算が鈍ったのか、誘導弾が透明になりきれていませんよ」

 

 魔力も術式の計算も中途半端な誘導弾は半透明で、その姿を晒したままリニスさんへと直進する。

 

 最高速で操作してもその動きは(のろ)く、少年野球のピッチャーが投げた球のほうが早いくらいだ。リニスさんやクロノのそれと比較したら月とすっぽんなんてものじゃないくらいに、速度に差がある。

 

「ふふ、見えてしまえば拍子抜けもいいところですね、こんなに遅かったなんて。必要以上に恐れていた自分が恥ずかしいです」

 

 手元で杖をバトンのように回転させ、ぱしんと乾いた音を鳴らして握ると、リニスさんは杖を振りかぶってメジャーリーグのスラッガー顔負けの力強いフォームで振り抜いた。

 

 バットよりよほど硬質な杖に打ち据えられた半透明の誘導弾は、水に溶かした一滴の灰色の絵の具のように、空気に溶けて消えた。

 

「呆気ないものですね、これでどう戦うと言うおつもりで……かっ、ぁっ?!」

 

 左側面の胴体を打ちつけられたように、彼女は身体を揺らめかせた。

 

 俺は足に力を込めつつ、リニスさんへと語りかける。

 

「そうだよな。目の前からゆらゆらと近づいてきてたら自分に迫ってきているのはその一発だけだと思うよな。普通の魔導師同士の戦いなら魔法は目に見えるんだもんな。勘違いしちゃうよな。でもさ……」

 

 身体の筋肉を同時に駆動させ、その爆発力を地面に伝える。反発力が、俺の身体を押し出した。

 

「俺がそんな単純な攻撃だけで妥協するわけないだろ。ましてや、そんなもので満足するわけないだろ」

 

 人は頭ではわかっていても、やはり視覚からの情報を頼りにしている。いくら手品のトリックを暴いたとしても、目の前の情報に意識が引っ張られてしまうのだ。

 

 だから俺はあえて中途半端に生成した誘導弾を放ち、彼女の注意をそちらに向けさせた。あとはその間に、待機させておいた無色透明の誘導弾を彼女の周囲に忍ばせ、隙が生まれた箇所に移動し、起爆させるだけ。

 

 誘導弾に備えて構えられていれば耐えられない衝撃ではないが、隙だらけのところに入れられれば、ダメージはなくとも体勢は崩れる。

 

 弾の速度や誘導性能を殺してまで威力を、ひいては衝撃力を優先したのは、射撃魔法を主力として扱うためではない。あくまで俺の主力は、この両の拳。ここまで射撃魔法について勉強し努力したのは、接近する手段として利用するためにほかならない。すべては近接戦を有利に運ぶための、いわば布石なのだ。

 

「戦闘の継続になんら支障を与える威力ではない、ただ身体のすぐ近くで派手に爆ぜるだけ、です。なのに……いえ、だからでしょうか……甚だしく不快です……っ!」

 

「そう思ってもらえたなら恐悦至極だ。それが目的の魔法だからな」

 

「これほどまでにうざったい魔法を私は他に知りません!」

 

「それが目的とは言ったけど、ちょっと言い過ぎだよ」

 

 俺は『襲歩』による爆発的な前進力で彼女へと肉薄する。

 

 隙を突いて誘導弾を当てたとはいえ、怯ませられる効果は一瞬だけ。すぐに迎撃の態勢は整えられる。

 

 だが効果は彼女の体勢を崩すだけではない。重要なのはむしろ、内面。彼女から冷静さを取り払い、こちらのペースに引き込むことが狙いだ。

 

 リニスさんは俺の接近を素早く感じ取り、反撃の準備をしている。杖による打撃で、横薙ぎに俺を払うつもりだろう。

 

 このまま突き進めば俺の拳が届く前に、リニスさんの杖が振るわれる。

 

「策は二段構え、三段構えがセオリーだろ」

 

 彼女の反応速度も織り込み済みだ。

 

 一歩二歩手前、俺の手も届かないが、リニスさんの杖も届かない距離で急減速、静止する。

 

 これは高速移動術『襲歩』のバリエーションだ。身体よりも前に足を踏み出し、『襲歩』と同じように筋肉を同時駆動させて前に進もうとする運動エネルギーを相殺させる。急制動はまだ練習でも成功率が高くないので賭けに近いものがあったが、普段より多めに魔力を回して力技で物にした。

 

「こっ……んの……っ!」

 

 杖が届く範囲の寸前で停止したことで、リニスさんは振りかぶった杖の動きを止めることができずに空を薙いだ。彼女の裏をかけた喜びに浸りたいところだったが、鼻先数センチを通過した杖を見たら到底そんな気分にはなれなかった。

 

「ここで方をつけるっ……」

 

 リニスさんの迎撃をやり過ごし、攻撃に移ろうとした時、筋肉や骨が微かにみしみし、と軋みをあげた。

 

 動きに緩急をつけることで相手を翻弄できるんじゃないか、とも考えていた急制動だが、予想以上に身体への負荷が重い。ゼロから百への急加速をして、すぐさま百からゼロへの急制動では慣性抵抗が大きすぎた。なにか手を講じなければ、何度も使える代物ではない。

 

 そうでなくてもこの戦闘で身体を酷使しているのだ。あの軋みはおそらく、筋肉や骨や関節部といった身体の各部分からの悲鳴、イエローランプ。限界が近いことを表している。

 

 それでも軋む身体に再度魔力を通し直し、半ば無理矢理に動かす。今はまだ筋肉が断裂したわけでも、骨に異常を来したわけでもない。一時的な過負荷で体が強張っただけだ。限界が近づいているとしても、まだ、限界ではない。

 

 そんなことより、今目の前にあるチャンスに手を伸ばさなければ、また勝利が遠のく。

 

 そろそろ保有魔力の残量が危うくなってきているのを感じている。長期戦は真綿で首を絞めるのと同義だ。時間をかければかけただけ、元より少ない勝率が減少していく。これが最後の機会と言っても、おそらく過言ではない。

 

 もうチャンスはない。そういう気概で臨むべきだ。ここで全力を出し切る。後のことは、もうなにも考えない。

 

「……こっからは俺の全身全霊をかける。容赦も手加減もできないから、ギブアップは早めに頼むよ」


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