こんな分岐は嫌だ ~ BALDR SKY短編集~ 作:水城悠理
学園祭で必要な用事を済ませてレインと別れた俺は、自宅に戻り、ラフな格好からシックな格好に着替えた俺は、指定されたホテルのレストランに向かった。
待ち合わせの時刻の10分前に到着したのだが、それよりも早く到着している桐島氏を見て、やっぱり軍人は事前行動が基本なのかと感心させられる。軽くあいさつをし、席に促されたので着席すると、改めて自己紹介をする運びとなった。
「レインから色々聞かされているかもしれないが、改めて自己紹介しよう。統合軍極東方面幕僚団所属桐島勲だ」
確か大佐だったと聞かされていたが、幕僚団所属ということは何となく参謀関係か、大将辺りの副官なのだろうかと当たりを付けているのだが、生前は軍事オタで無かったので、まあ30代後半で大佐まで行けば基本的にエリートなのかなということで納得した。
「鳳翔学園2年、ジルベール・ジルベルトです。レインさんとは、普通の友人関係だと思います?」
健全ではないが、爛れた関係でないことを証明するのはとても難しいことだ。雛鳥の刷り込みじゃないが、大分毒されているし。
「娘と君がどういう関係なのかは後にしよう。今日は別の件で君に相談があったのだ」
「相談ですか? ごく普通の学生である私が軍人の桐島さんの相談に乗れるかどうか。まあ、ここの料理分くらいならがんばりますけど」
てっきりレイン関係の話がメインになると思っていたが、見当違いだったようだ。とりあえず学生のジルベール・ジルベルトから一応社会人をしていた佐藤弘光に思考をシフトする必要があるようである。
「実は私もアセンブラの講演会について参加していたんだよ。久利原直樹とはある件で因縁浅からぬ関係ではあるのだが、君の質問内容は関係者からしてみると盲点だった」
俺があの場で取った行動にはいささか問題があるが、それは前段階の処理という側面が強く、質問内容自体は別に問題がないと思うのだが、関係者的には違ったらしい。
「文系ならいざ知らず、経済ベースに乗らない研究なんて役に立ちませんからね。しかし、軍人が出張ってくるところをみると、久利原氏は過去に軍人の縄張りもしくは統合政府隷下の施設で何かをやらかし、あなた方はそれを疑っているということでしょうか?」
「頭の回転が速くて助かるが、つまりはそういうことだ。ジルベルト君はアセンブラについてどの辺まで知っている」
「えっと、今日の講演で知る前段階の知識ですと、キム・エリック・ドレクスラーが概念を提唱して、自己増殖をして、ある種の人工知能というか知性を持っているですかね」
「では、それを理論化したのは?」
概念を提唱し、理論を構築し、実際に実証して、普及させる。研究のプロセスは乱暴に言ってしまうとそんな話になる。確かに概念の部分はドレクスラーが提唱し、久利原氏が実証しようとするとなると、理論は誰が作ったのだろうか。
生物学における進化ののミッシングリンクではないが確かにその部分が欠けており久利原氏もそこには触れていない。知らないのか、あるいは知っていても言えないのか。
「そう、久利原直樹は、実現段階まで持っていこうとしているが、理論を固めたのは別の人間だ、いや存在と言ってもいい」
存在と勲氏の忌々しげな顔から察するに、過去にざっと詰め込んだ知識の中から想像に値する今世紀最大のマッドサイエンティストの名が浮かんだ。
「つまり、ノインツェーンですか。彼本当に多趣味というか何でもやってたんですね」
レオナルド・ダ・ヴィンチは芸術家であり建築家であるが、その他の方面にも強かった。もちろん、実現可能かどうかは別として多くの発明の案も遺している。ノインツェーンもはじまりが兵器だったのに、研究という分野で多岐に渡る。
「忌々しいことだが、現代社会はあれの技術によって謳歌しているようなものだ」
彼の存在の狂人ぶりは忌避されるべきだが、恩恵が大きいのも事実だ。痛し痒しとはまさにこのことなんだろう。
「では久利原氏はノインツェーンの弟子……という割には若いですよね。孫弟子か何かですか?」
渡される紙の束、つい2ヶ月ほど前に学校の生徒会室で似たようなやり取りをしたことがあるのだが、今回は件の人物に対する報告書だった。ところでこれ、部外秘ではないと信じたい。
受け取った俺は口に出しながら調書を読み上げる。
「久利原直樹、生年は……で、出身は……。家族は死亡、苦学して星修に入り、大学に進学……ああ、この人も人口知能友愛協会の会員なのか。専攻は当然ナノエンジニアリング。見たところ普通の経歴ですよね。しかし、この出身地って確かナノ汚染地域指定で、最後土地ごと焼き払った場所ですよね」
「確か、君の年齢だと3歳くらいだと思ったが」
「過去に起こった政府レベルの事件はなるべく覚えるようにしてますから」
あの当時は現状を把握すべく、必要そうな事件や情報は片っ端から頭の中に入れていったのだが、まさかこんな形で役立つとは思わなかった。
「つまり久利原氏の家族の死因もナノ汚染が原因ですね」
ナノ汚染の土地で作った作物や水は、人体に多大な被害を与える。つまり彼の根底にあるのはナノ汚染で、それを除去するためにこの研究に進んだと思うのだが、それを口にすることなくカルテを読み進める。そして、必要としている情報が欠けていることに気づいた。
「彼のカルテは無いようですが」
「カルテが必要なのかね?」
「そうですね、久利原直樹という人物は基本的に理性的であることを旨としているが、生徒に慕われているところを見ると温情深い側面もあると思います。そういう人物が予想外の行動を起こすというのは親しい人に危機が訪れたか、自分の健康に不安があって目的を達せられないか」
報告書にざっと目を通したところ、直近で親しい人物の為にアセンブラが必要とは思えなかった。真ちゃんも彼に近い人物といえるだろうが、今のところ安定している彼女のためというのは想像しがたい。
「つまり、強迫観念から行動を起こしたと君は考えるか」
「本来の彼の性格は、99%をなるべく100%に近づける石橋を叩いて渡るタイプ。あなた方に疑いを持たれるような、例えば5割程度なら絶対に動きません。つまり第一に自分の体に対する不安、第二にその時に動くのがもっとも効果的な確率が高かったというところでしょうか。例えば協力者にウィザード級のハッカーが居たとか」
多分50%でも、それ以上の確率を引っ張り出せないなら勝負にでざるを得なかったのだろう。そして、結果としては成功した反面、目をつけられているのが現状のようだ。ただ、これくらい大きなニュースなら知っていてもいいのではないかとは思うのだが、その辺に詳しいとなるとなんちゃってハッカーのエディにでも尋ねてみるか。
この話はどう考えてもやばいので意見を述べたのでもう無関係でいたいのだが、何となく知っておいた方がいいという曖昧な判断をした。ふと桐島氏をみればメモを取りつつ、何かを考えているようだった。
「なるほど、いや参考になったよ。では、料理を出すとしよう」
本題は終わり、食事をしながら雑談に入るが、話題と言えば、またレインの話ではなく、最近の経済事情やらの話だった。
「しかし、君は何というか同世代の人間と話しているような錯覚に陥るよ」
「俺は、学友より街中の知り合いが多いせいか、桐島さんと話している方が楽ですけどね」
といっても社会経験的な意味では30代前で終わっている若造が偉そうなことを言っているに過ぎないのだが桐島さんが笑っているところを見ると、印象的には悪く無いようだ。
「私は娘より息子が欲しかったよ。息子なら殴ればいいが、娘は難しい」
「レインさんは頭がいいし根性が据わってますから、本音を話せばそりゃ衝突もするでしょうけどきっと解決しますよ」
考えてみれば姉さんも親父と反りが合わずによくケンカしてたが、母さんからしてみればあれはじゃれ合っているだけでケンカの範疇に入らないそうだ。娘にとって父は最初の男であるとはよく言ったものである。
「君はご両親とはうまくいっていないのかね」
「自然に生まれた弟に愛情を注いでいるのでいいんですよ。俺にとっても基礎遺伝子の提供者に過ぎませんし、経済的にはすでに自立している状態ですから」
物心ついたときには自分が異質であることを隠そうとしなかった。デザイナーズチャイルドは体と心の成長の速度の差異が問題なのだが、幸い心が育ちきっている自分にはメリットがあったのだろう。それでも高校1年のはじめまではおとなしくしていた方だ。
「確かプログラミングのバイトだったかな」
超一流にはなれないが、頑張れば一流半程度の仕事はできるのでとりあえずプログラミングのバイトもしているが、やろうと思えば料理店のバイトでもできる気がするし、この頃はそっちの方がいいのではないかという気もする。いくら金を積まれてもノイ先生の実験には関わりたくないが、そっちは多分最終手段である。
「おかげさまで助かってます」
娘のそばにいる男の素性は調べているというか、本質的にこの人も神経質だな。久利原氏とは相性が悪いというかある種の同族嫌悪だと思えば納得がつく。
「それで、レインは君から見てどう思う?」
政府の人間としての桐島氏、大人としての桐島氏を経て、ようやく父親としての桐島氏と話すことになりそうだ。
「知り合った当初は世間知らずのお嬢様でしたが、今ならどこに出しても恥ずかしくありません」
これは本心である。知り合った当初は関わらない方針だったが、あまりにお嬢様然として意志が弱かったので方針を変更して、偏向的ではある者の色々なタイプの人間と関わらせ対処方法を学ばせた。かくして俺の知っている桐島レインが誕生したわけだが、後は将来の恋愛対象が彼女を受け入れるか、相手か彼女が折り合いを付けるかというレベルだろう。
「いや、そうではなく」
「人間としては好きですが、女性としては正直分かりません。向こうは俺のことを1年のときから知っていたようですが、俺にしてみればようやく半年経ったぐらいです。ああ、別にお嬢さんが女性として魅力がないわけではないんですけど、その辺がよくわからないわけでして」
「では、君は別に気になる女性がいるのかね」
最近は学校付近はレイン、夜は先生、たまに真ちゃんが遊びに来て、料理をしたりするというサイクルが構築されていた。たまに六条先輩が絡むときがあるがそれはまた別問題である。
「まだ、遊びたいという意味ではないですが、身を固めるのには若すぎますから、あまり意識していませんね、ただ」
「ただ?」
「レインさんはあなたの一人娘ですから、やがてそれなりの家に嫁ぐのかもしれませんが、兄代わりとしては、なるべく彼女に幸せになってほしいです」
もっとも、順調に成長した5年先のレインだったら即家出してしまう気がするが。桐島氏も思うところがあるのか目を細めただ「そうか」と相づちを打ち、再び食事に入った。
どうやら、いつの時代に生まれてもかわいい娘は父親の悩みの種らしい。雪村の父親である康隆さんも息子には厳しかったが、里菜ちゃんのボーイフレンド候補には目を光らせてたし。
何というか不器用な親子だが、知り合ったのも何かの縁だし、橋渡しできる部分があれば協力しようと心に決めたのだった。
もっとも、今日の出会いは、年末まで続く目まぐるしい事件の前触れだったことに当時の俺は気づいていなかった。
おまけ・桐島さんちの親子
ジルベルトさんとお父様は今頃話をしている頃だろうか。
おそらく私のことだろう。
もし、私に付きまとうなとかお父様が言うのなら、私にも覚悟がある。
3ヶ月分くらいの生活費と、夜逃げ用道具は常に用意してある。
ノイ先生も困ったら全うな仕事を紹介してくれるといってくれた。
そして、お父様が帰ってきた。
私と目が合い、何を言われるかと思えば、想定してのとは全く違っていた。
「レイン、早く女性として認識させないと、一生妹扱いだぞ」
「は、はあ」
それだけを言うと、自分の書斎に入っていった。
一体、ジルベルトさんはお父様に対してどういう話をしたのだろうか。
とりあえずわかったことは。
「この準備必要なくなりましたね」
ほっとしたような、残念なようなそんな気分だった。
おまけ・普段アレな人がかわいいパジャマを着て寝込んでいるというのは萌えるよね。
ああ情けない。過労でぶっ倒れたのはともかく、風邪を引いて寝込むなんて何年ぶりだろうか。
しかし医者として看病することはあっても、看病される側だったことはあっただろうか。
「ノイ先生、料理できましたよ」
ジルベルト君がいい匂いと共に部屋に入ってくる。体を起こすと、土鍋とデザート、お茶のようだ。
「今日は中華粥にしてみましたが食べられますか?」
「アーンしてくれれば」
「もう仕方ないですね」
冗談のつもりだったのだが、随分手慣れている気がする。しかし、こうなったら引っ込みがつかないし、素直に甘えることとしよう。
「熱かったら言ってくださいね」
湯気が立った中華粥を口に入れると味がまだよく分からないが、多分うまいと思う。緊張して味が良く分かっていない訳ではないのだ。
そして粥を食べ終わったら杏仁豆腐とミカンの缶詰を食べ(さすがに自分で食べた)再び布団に入る。
「じゃあ、俺はそろそろ帰りますから安静にしていて下さいね」
「もう帰って……いや君に風邪を移したら大変だからな。この埋め合わせはちゃんとするからな。そうだ君が風邪を引いたらネギを使った民間療法を試してやろう」
「……いや遠慮しておきます。一応鍛えていますしとても嫌な予感がしますので」
そうしてジルベルト君はカギをかけて帰ってしまった。
そんなに大きくないはずなのに少し部屋が広いなと感じてしまった。
そういやこの小説、原作がエロゲーで基本女の子とイチャイチャする話だったわ。
残念ながら以降はルート確定したキャラ以外はほとんどおっさんとおっさんとおばさんしか出ないんだ。
2020年10/2 13時追記
理想郷の方でDIVEX最終話まで投稿しました。
ジルベルトワールド本編終わったらどちらを読みたいですか
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番外編→えせ救世主物語(DSクロス)
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DIVEX(バルドスカイ本編再構成2)
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ジルベルト系よりニラ小説書けよ