こんな分岐は嫌だ ~ BALDR SKY短編集~ 作:水城悠理
佐藤弘光は特にめざましいい功績を挙げて表彰されることがなければ、罪を犯して警察に厄介になったこともない、日本人としてはごく普通の立場だ。資格の認定書以外の賞状といえば、中学校時代に陸上競技大会で2位に入ったくらいだろう。
中学時代といえば、隣のクラスの担任が道徳にやばい理由で捕まったと噂に聞いたが、なぜそれを思い出したかというと、現在目の前に展開される光景に現実逃避したかったからに他ならない。
ことの発端は星修の学園祭で空気が読めないバカを排除したついでだったのだが、どういう因果かジルベール・ジルベルトを取り巻く状況は加速度的に平穏から外れている気がした。
桐島氏から呼び出されて、アパート前に止められた高級車に乗ったのだが、どう考えてもトラブルの予感しかしない。
「あの桐島さん、俺たちはどこに行くのでしょうか? というかどうして目逸らしてるんですか」
「例の件で君の意見を聞きたいと各方面からあって。私は一応一学生だからと止めたのだが、宮仕えの悲しいところだ」
「というかそっち系の集まりなら目隠しとかするんじゃないのですか?」
「重要ではあるが、機密ではない場所でやるから大丈夫だよ。今回は学者も呼んでいるしな」
そして車は蔵浜市街から出て1時間ほどの場所にある研究所らしき場所に入る。一見普通の研究所に見えるが、警備の警戒レベルがというか、空気感が学界的なそれではない。まあ、内容が内容なのだからと納得しつつ、50人は入れそうな会議場に入ると、すでに軍人や官僚、そして科学者のような人たちが集まっている。その中にはこの中には場違いな背格好の少女もいた。彼女を遠目から覗き見ると、彼女も俺に気づいたようで、手のひらをひらひらと俺に振る。
しばらくすると、人も全員が集まったのか、会議が始まった。今更ながらアセンブラの理論等の話が進んだのだが、その辺は専門家のお話なので、やばそうな話だけを抽出すると、そもそもの発端は2年前の清城市のバルドルハック事件まで遡る。そのバルドルの中にはあのノインツェーンのデータが眠っているらしい。
「すみません、俺じゃなくて私の浅学で申し訳ないのですが、どうしてバルドルにそのデータが存在するんですか」
「簡単なことだ、追い詰められたノインツェーンは清城市に存在するバルドルに灼かれて死んだ。もっともデータが実存していることの証左にはならないがな」
俺の質問に答えたのは普段の緩い格好ではなく、ダークスーツを身に纏ったノイ先生だ。
ノインツェーンの研究は宝の山であるので、抜き出そうと考えた人間は枚挙にいとまがなかったが、結果を出した人間は一人もいなかった。
「その後、関係者は継続的に調査したが、何も反応が無かった。これで話が終われば、時代を変えた男の最期という話で済んだのだが、神父の登場で話が変わってきたからな」
グレゴリー神父はサイバーグノーシス派の一人で、ドミニオンという教団を創立したが、その過激な教義は容易にサイバーテロに発展。偽りの世界からの解放は彼らにしてみれば救うことに他ならなかった。彼らの目的が何かはわからないが、バルドルを一時占拠したものの、最終的に一般の信者は集団自殺を遂げ、教祖であるグレゴリー神父も全身に銃弾を浴びて死亡した。
以後十年近くバルドルは反応を見せずに都市システムを管理する機械に落ち着いていたのだが、2年前に引き起こされた星修学生によるバルドルハック事件で状況が変化した。ハックされたバルドルは異常なデータを示したことでやはり何かあるのではという疑惑が生じた。この件に関して事件を起こした星修の学生が処分されているが、限りなく黒に近い灰色ということで、久利原直樹はマークされるに留まった。
しかし、今年に入って彼はアセンブラというナノ工学における究極の形を証明しようとしている。この際、データの入手方法は考えないものとして、問題は実験の成功率だった。
「あの人、頭は良いと思いますが、咄嗟の事態に対応する才能はなさそうですけどね」
どちらかというと手札を多く準備して、事態に応じて切っていく俺と似ていると思う。
「それに関しては橘社長に改めてお話を伺いましょう。ここに至っては過去には目をつむる方針です」
アークインダストリアル社社長にして星修学園理事の橘聖良は例えモニター越しであっても迫力を感じさせる。橘姓と社長という組み合わせは何となく不安になる要素があるが、悪人には見えないので良しとしたい。
「私の身内がハッキングツールを作ったのは確かね。その後のバルドルの異常については実際に聞いて見ないと分からないけど、私たちはこの件については全面的に協力しましょう」
明日、この件について改めて話し合うことになったのだが、立場上学生である俺の出席はどうなっているかというと公欠扱いとのこと。ギリギリではないが、「病弱」なせいでたまに休む自分としては補講を受けずに済むなら越したことはない。心ある先生からはあからさまな仮病良くないといわれるのだが成績は平均より高いのだから妥協して欲しい。
「しかし、君がこんなことに関わるとは出会った当初は思わなかったよ」
とはノイ先生の言。
「それを言えば先生ってなんちゃって科学者で、医者でしたよね? こんなところに呼ばれる人じゃないでしょ」
Dr.ノイは専門分野がないタイプの科学者だ。シュミクラムの作成から、ロボットのプログラミン、ナノテクノロジーも趣味レベルならやってのける。彼女もA・F・Aの会員であるから天才側なのは間違いないのだが、自分の本職は医者だといっているので評価的には、何でこの人いるのかな的な疑問である。
「いや、私も呼ばれるまでは理由が不明だったのだが、まあ来てみれば、生まれて以来の因縁に引きずられたというところだ」
人間踏み込んで良いところと悪いところがあって、少なくとも俺たちはその一線を越えたことが無かった。ジルベール・ジルベルトは佐藤弘光という人間であったという荒唐無稽な設定があるのだが、それを目の前の女性に告げたことはない。ましてや、この世界が虚構を前提に成り立っているなんて言っても意味が無いし、そちら側の住人になってしまった俺にしてみればもうどうとにでもなーれな話なのだ。
side 水無月真
私は自分が無力だと思いました。最初はわずかな兆候であったけど、気のせいだと思いました。いえ、思いたかったのです。
「あーん」
夏が終わり、秋が深まっていくと、次第に追い詰められている様になったのです。私は何も言えなかったというか、そもそも私はまともに話せません。
「もし、私がどうにかなったら止めてね」
正常と狂気の狭間に揺れるあの人を私は止めることができるのでしょうか。というか、マジで衆人の前であーんとかやるの止めてください。
「甲、そのここは寮なんだからもう少し節度を持ってというか暑苦しいから近づくなー」
甲先輩と千夏先輩のラブラブフィールドに当てられたお姉ちゃんがとうとうブチ切れました。最近は何か吹っ切れたようです。
「そうだな、こういうのは二人きりで」
「……甲」
リア充爆発しろ!
まあ、お姉ちゃんはいいのですが、人生のどん底にいる菜ノ葉ちゃんがやばいです。転科試験は落ちましたし、甲先輩は空気読めないし。
目が死んでいますというか、光が無いです。
どうも気づいているのは私だけのような気がします。
信じたい、信じたいけど料理に何か盛られていないかと最近不安でたまりません。
この間は空の鍋をお玉でかき混ぜていたのですが、お呪いの類なのでしょうか。
そう、最近の如月寮は空気が最悪なのです。
今の私にとっての安らぎは、ジルベルトさんちでたまに行われる食事会と、クゥちゃんの癒しだけ。
この纏わり付くような重たい空気を吹き飛ばしたのは如月寮に取り付けられている今時珍しいインターフォン―もちろん見た目だけで中身は最新式ですけど。
「ああ、失礼だが、西野亜季君はそこにいるだろうか」
「亜季先輩、お客さんです」
「私に?」
亜季先輩がのそのそとモニター端末に向かうと、よく見知った人達がいます。
「私はノイ、こちらはジルベルトくんだ。早速で悪いがバルドルのハックツール一式を用意してくれたまえ。これは統合政府、統合軍ならびにアーク社、つまり橘社長からの正式な要請であって残念ながら君に拒否権は無い」
亜季先輩の表情が青ざめていくのが分かりました。
「……おばさまに確認してもいい?」
「それは構わないが、中で待たせてもらってもいいかね。茶などはいらん」
亜季先輩が自分の部屋に戻っていくと、ノイ先生は呆れた口調で呟いた。
「ノイ先生にまこちゃんに、あの金髪の美人に今度は亜季先輩。おのれジルベール・ジルベルト」
ああ、まだ誤解してる。どうしてうちのお姉ちゃんは思考が直列回路なのでしょうか。
決して恋に破れてしっとの心が芽生えているわけではないと信じたい。
「いや、だから真ちゃんは妹ポジションであって恋愛対象ではないって」
「うちのまこちゃんはこんなにかわいいのに、恋愛対象じゃないなんてそれはそれでむかつく……って、まさかあんたホモ」
「そういえば、レイン君がお父上と一緒にいる時間が長いとぼやいていたがもしや」
「や、ノイ先生は悪ノリしないでください」
ジルベルトさんはお姉ちゃんのことが苦手のようですが、意外と相性は良いのかもしれません。
といっても、レインさんは意外とメタ思考入るし、ノイ先生もいますから無理にこれ以上人間関係を複雑にする必要はありません。
……別に、リアル妹ポジションが欲しかった訳ではないのです。
この話は脚色して佐藤さんに送ることにしましょう。
sideout
結局西野亜希を新たに加えて研究会上に戻ってきた俺たちは改めて、証言者である彼女の話を聞くこととなった。
「つまりハッキングツールを使用したとこまでは概ね成功したが、その後久利原氏が倒れてバルドルにも異常が見られたので、咄嗟に
西野亜季の証言をまとめるとそういうことになる。
これによって、西野亜季が罪に問われるかというと、司法取引の一面があるし、そもそも一学生に突破されるようなシステムを運用しているなんて発覚したら、関係者が全員路頭に迷うだろう。
何より彼女は橘聖良の姪御であり迂闊に手を出しようものなら何が始まるのかわからない。
ここで情報をもう一度整理すると、アセンブラを完成までこぎ着けることができる何かがバルドルに眠っているのは確かだと言うことだ。
「ノインツェーンが自殺してから、バルドルにダイレクトにアクセスした人間はどれくらいいますか?」
嫌な予感が脳裏を掠める。聞きたくはないが聞いてしまった。
「様々な人間がアクセスしているが、
『それに関してはお互い様ね。私はあの悲劇を二度と起こさせるつもりはないからこそ、今回も全面的に協力を約束したのよ』
「話を進める前に確認したいのですが接続者って何ですか?」
橘社長と桐島氏はどうも俺が知っている前提で話しているし、バルドル関連の何かであることは理解しているのだが、そういえば話してなかったな的な顔をされるとこっちが困る。
「とある人物のことを接続者と呼んでいた。もっともその人物は死んでいるので、公式上接続者はもういない。どこかの違法研究でクローンが作られている可能性は否定できないが」
それからああでもない、こうでもないと話は続くのだが、まとまらず、
「では、結局誰かがバルドルにアクセスしなければならないということですね」
「そういうことになるな。そして残念ながら具体的な対処策がない」
まるで再現性の無いバグをどうにかして再現するようなものだが、時間も無いので慎重かつ緊急にこなさなければならないだろう。
どうするこうすると紛糾する中、俺はいつ家に帰ることができるのだろうかと思案していると橘社長は俺を指さした。
『なら、私はあなたを推します。佐藤さん』
「俺? というかあなたは?」
俺を佐藤呼ばわりする人間を俺は知らない。佐藤は某所で名乗っているHNであり、リアルでは彼らの正体がわかっていないからだ。
だが、推測でそれができる人間と言えば……。
『最初から私はあなたが鍵になると思っていた。そう、いつも通りあなたが納得のいくやり方でやればいいわ』
つまり俺を巻き込んだのは桐島氏ではなくあの人だったということだ。
「ここに至っては文句を言いませんが嵌めましたね
『能力のある人間は働くものよ。私なんて24時間働いているわ』
引きこもりでも世界有数の企業の社長になれる実践者がここにいた。
『何ならアークに来る。あなたなら亜季さんを立派に支えられるわ」
おそらく、西野亜季が彼女の後を継ぐのだろうが、実務関係とか俺に押しつけるつもりだ。
「何だ、君は橘社長とも知り合いだったのか」
「まあ、ここ1年くらいの付き合いなんですけど……そういえば暇人達の集いには来たことありませんでしたね」
誘おうかと思っていたのだが、結局誘わずじまいだったことを思い出す。
「待て、私もジルベルト君には期待している。これは本人の意志に任せるべきではないだろうか」
何か桐島氏も会議ということ忘れていないだろうか。もしかして、俺って就職活動の必要ないのだろうか。
「将来的な問題はさておくとして、バルドルの件に関しましては万全のバックアップが望めるのであれば私は協力します」
レベル的にはリヴァイアサンより弱いことを望みたいが、とにかく数より質がいい。
「じゃあ永二さんを呼びましょう。仲間外れにしたら怒りそうですし」
「永二か……仕方ないな」
「まあ、バルドルとかノインツェーンの単語が出てくると割安に協力してもらえるしな」
橘社長、桐島氏、ノイ先生の大人達の会話を余所に人嫌いというか、そういう空間が苦手な西野亜季は俺に呟いた言葉というと。
「あのおばさまにツッコミをできる人材はとても貴重」
そんな目で見られても、とえらい反応に困ったことだけを記録として残しておこう。
厄介事ならトラブルの方がいい訳ですが、設備・機械の操作において、不本意な結果出した。つまり兵器としてのノインツェーンに対する対処のミス、不用意に接続させて後に禍根を残したミス、変なフラグを構築してしまったミスなどを鑑みてヒューマンエラーがタイトルに。
要するに今まではどれだけ相談を受けても他人事だったわけだけど、気がついたら深く入り込ん出て外堀を埋められていたというのが今回の話な訳です。
それと考えようによっては第一次ジルベルト争奪戦(就職)の火ぶたが切って落とされた気もしますが、彼より優秀なのはかなりいます。ただ柔軟な処理能力は組織にとって有用なのは事実なわけで、難しい問題です。
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