こんな分岐は嫌だ ~ BALDR SKY短編集~ 作:水城悠理
『暇人の憂鬱』
佐藤:本当に面倒だな
御大将:どうしたんだい佐藤君
佐藤:臨時のアルバイトが非常に面倒といいますか、ちょっと準備不足かもしれない
御大将:ああわかるよ、僕も今仕事の準備で忙しくてね。本当にこれで良いか迷うよ
佐藤:まあ、やると決めたらやるしかないんですよね。先延ばしできるならしたい類なのですが、伸ばせないのが辛いところです
火打ち石さんがログインしました
火打ち石:人は運命には逆らえないからな
佐藤:どこまでが運命なのやら
火打ち石:今日この日に俺達が今ここで語った他愛のない話も後から考えれば意味があるのかもしれない。
佐藤:そうですね、しかし、仮に運命とやらがあるならもう少し準備期間を与えて欲しいところですが……
御大将:確かに、だからこそ人はどんな結論かわからない未来に対して備えるわけだ
chapter7
外的要因 External factor
初めて会う門倉永二という人間は『親父』という言葉がよく合う人物だった。
「甲くらいのガキをバルドルに接続させるなんて聖良さんも勲も何を考えているんだ!」
ちなみに、彼のいう甲とは夏の大会で戦ったヒーローのことで、橘社長の甥でもあるらしい。
調整された自分がいうのもなんだが、才能を語る上で遺伝子というのは馬鹿にできないものだと実感するのである。
「大体、その久利原って先生を捕まえちまう方がはるかに楽だろ。俺は専門家じゃないからわからんが、狂信者にグングニールのスイッチ預けるような状態なんだぞ」
「アセンブラの推進派と反対派で軍部も政治家も対応が分かれている。決定的な証拠がなければここに至っては止められないんだ」
軍側の立場を代表して、門倉氏と旧知の仲である桐島大佐が反論する。
実際のところ、人道の面から考えれば、政府や軍の子飼いである人物ならともかく、ハイティーンの学生に世界の命運を委ねるのは間違っている。
もしかしたら別の世界の命運なんとものは掛かっていなく、仮に失敗しても最小限の被害で終わるのかもしれない。
「だから俺はあのバルドルは停止させろってあの事件の後、散々言ったよな。あそこで止めておけばエイダさんだって」
「それは言うな」
『二人ともそこまでにしておきなさい』
ノインツェーンの死後、ネット分野における彼の遺産を継いだのは現在二人をたしなめている橘聖良だった。
遺伝子関連は統合政府側が管理しており、鳳翔学園などをモデル校として社会に与える推移もあわせて研究している。
他にもさまざまな分野があるのだが、アセンブラを含むナノ産業はリアルに対して与える影響が大きく、宇宙開発や食糧問題など解決できる、有体に言えば特需を生み出せる分野なのだ。
だからこそ、危険性があっても研究が続けられ、久利原直樹という人物の登場によってようやく形が見えてきたといえるだろう。
ところで、論文を書くにあたって参考資料を記載することは必須なのだ。
自分が佐藤をしていた大学生時代の話になるが、何をベースに論文を作っているかわからないと意見が指導教授から入った。正しさの根拠が分からないかという話だ。
学生ならそのまま丸写ししていないかチェックする意味合いが強いのだが、専門家だと特に理系分野だと、結論に至る過程が重要視される。
ペニシリンが偶然に発見されて実用化できるのに10年かかるように、理論化し、体系化しなければ意味がないのだが、久利原直樹の論文にはそれがない。
つまり要所要所の出所がはっきりしていない。
ここでその欠けたパーツを埋めるのはノインツェーンであるのならば、どうやってという疑問符が次に浮かび上がる。
そして、仮にその情報がバルドル経由で引っ張れるのであれば、他のノインツェーンの研究も引き出せるということになる。
そしてそれが可能であるならば、バルドルの価値は計り知れなくなるだろう。
だが、それが可能かどうかは実践してみなければわからない。
「ちなみにジルベルト君はあの中に何かがいると思うのかね」
「個人的には、久利原氏を吹き飛ばすより、永二氏が言うように、バルドルを吹き飛ばすことがお勧めなんですけどね。ノインツェーンがいるか、どうかはわかりませんが、人間あると使いたくなりますし」
権力闘争に巻き込まれたっぽいのだが、それに関しては全力で隠蔽してもらおう。
「つい、一年位前までは一般人だったんだがなあ……」
「安心したまえ、君は最初から異端だったんだ。それがわかりやすい位置に来ただけさ。まあ、それは置いておくとして、これを持っていきたまえ」
ノイ先生から手渡されたのはありふれたドッグタグだった。
「何ですかこれ?」
「ちょっとしたお守り代わりだ。ネットに持っていけるから身に着けておいてくれればいい」
「変なプログラムとか仕込んでないですよね?」
「気休め程度の保険だ。それを使うことは多分ないさ」
「では開始します」
『何か危険を感じたらすぐに戻ってきなさい』
「あるのを期待すればいいのか、ないことを期待すればいいのかはわかりませんが、大丈夫ですよ。どんな状況でも何とかしますから」
そして、西野亜季制作、橘聖良改良によるバルドルへのハックツールを使ってアクセスを開始する。
この辺はミッドスパイアの管理データ……こっちも違う。
どこからアクセスすればいいのか検討がつかない。
『どうかしら』
「何もないですね。ノインツェーンに癖とかありませんでしたか」
『反転(フリップ・フロップ)……逆アクセス。ジルベルトさん、逆からアクセスしてもらえないかしら。データとデータの継ぎ目にデータを忍ばせて、結論部分から繋ぐ』
「理論はよくわからないので簡単に指示してください」
「それは難しいわね、彼は実証してから埋めていくタイプだから。そうね結論に関して検索をかけてくれば多分出てくるわ」
大胆というか大雑把というか半ばあきれながら、アセンブラについての項目を確認していく。
「っ! 見つけま……」
『ジルベルト君逃げたまえ!!』
ノイ先生の声が聞こえ、慌ててアクセスを解除しようとするが、数瞬早く何かに引っ張られる感覚が俺を襲う。
世界(ロジック)が歪み、そして俺の意識は閉ざされた。
「ジルベルト君、起きたまえジルベルト君」
聞きなれた声に反応して起きあがるとノイ先生がいた。
「……ノイ先生? どうしてここに? ここは?」
バルドルマシンが設置されていた構造体ではない。
まるで生きているように脈打つ空間。
正常な感覚の持ち主なら耐えられる気がしない。
「私の特質でな。意図的に電子体やシュミクラム、AIなどに混じることができるのだ。本当に保険のつもりだったのだが……どうやら用意しておいて正解だったな。まあ、私からも聞きたいのだが君はジルベール・ジルベルトでいいのかね」
「まあ、生まれてからはジルベール・ジルベルトのつもりですが」
「だが、今君は自分がどのような姿か認識していないようだが」
ノイ先生は身に着けていた手鏡を俺に渡す。
「……何で俺が」
黒髪に黒い瞳、そして左耳たぶのほくろ。
それは、かつての佐藤弘光の姿。
服装もあの日に死んだときのものだと思う。
「ええ、確かに先生の知っているジルベルトです。ですが、どうしてこの姿なのか」
前世の姿ですなんてこの場で説明するのは難しいというか未だに思考が混乱している。
「なぜなら、ここは真実がさらされる聖域だからだよ」
カツカツ、と音を立てて近づいてくる。
無意識に内ポケットの投げナイフを弄ろうとするが、あいにくこの姿にそんなものは装備されていない。
現れたのは、豪奢な僧衣をまとったスラブ系の男。
「世界の迷い子にして、境界を超越するもの。神と等しく選ばれ、そぉして孤独なる存在!」
一度見た資料で俺はあの男を知っている。
「世界は君を招き入れるために生贄を差し出し、そして君を地上に落とした」
男は続ける。それは神聖な儀式のようだった。
「作りだされた物でありながら、人を越え、AIを欺き、機械を翻弄する」
それは祝詞のような、あるいは神から預言者に伝えられた詔のようなものだ。
ドミニオンの教主グレゴリー神父は、俺を指差した。
「君だよ、AC20009-3101623」
「AC20009-3101623?」
「ああ、君ほどに聡明な存在でも、真実に気づかないとは何て残酷にして数奇」
こいつは何を言っている?
変な話だが、生まれ落ちてはじめて脳内で警告のアラームが鳴り続けている気がした。
「だが、故に神は君を欲している。ジルベール・ジルベルト、否その脳内チップAC20009-3101623に刻まれた存在」
何かが否定された。
俺を構成する何かが。
「俺が脳内チップ?」
脳内チップとは、ネットにアクセスするための脳内に埋め込まれるバイオチップの……。
「そう、かつてジルベール・ジルベルトとして存在していた魂に注ぎ込まれた毒は瞬く間に肉体を支配し、君となった。脳内チップと電磁パルスによって人の意志を支配しようと試みたのとは全く違う、脳内チップに独自の自我が宿り、宿主を駆逐した。これを奇跡と言わず何というのかね」
「あ……ああ……!」
「落ち着きたまえジルベルト君!」
ノイ先生のスナップの効いた平手打ちが混乱した意識を元に戻す。
「神子、彼が成したことは真実であり、一人殺しても、仮に百万を超える人を殺しても罪に問われることがない。なぜなら」
『彼は上位世界の存在だからです』
「上位世界? パラレルワールドは量子力学的に仮定できたとしても、上位世界などどうやって説明するのだ。それならお前の言う神・ノインツェーンも上位世界の存在だと言うのか」
「あの方はこの世界を正しく導くために生み出された存在です神子。だが彼は零れ落ちたのです。異なる世界から墜ち、脳内チップに宿り、ジルベール・ジルベルトという存在に宿った。すべてはこの日のために」
「バカバカしい。お前を操っているクソ親父に言っておけ、慰謝料兼ねて遺産の受け渡しを要求すると」
「君もわが神の手を拒むのかねAC20009-3101623」
「……言いたいことはひとつだけ」
平穏に暮らしたいと思っていた。
ジルベール・ジルベルトの両親にとって自分は失敗作だった。
自分が異端だと思ったから納得して距離を置くのが幸せだと思った。
それなりに不幸な人間はいるし、生きようと思えば何となるから世界を憎んだことはなかった。
だが、俺が電子チップの意志(バグ)だとして、そうでないジルベールは両親の期待にこたえられたのだろうか。
それでもSFの世界に迷い込んだ俺に手を差し伸べてくれたのは少女の姿をした自称医者だった。
俺はノイ先生に救われたのだ。
「生憎困っている知り合いの女性と初対面のおっさんのどちらかしか選べないなら迷わず前者を取る。これも野郎のサガだ」
「私には人の思考が理解できないが、いいだろう。君は神の慈悲深き手を否定し、捨てられた神子の手を取った。よって神罰を与えるとしよう」
神父が消え、一体のシュミクラムが現れる。
そのシュミクラムはグリモアに似ているが、より攻撃なフォルムというべきだろうか。
俺は急いでシュミクラムにシフトする。
どうやらそっちに関しては問題ないらしい。
仕掛けるかと思ったその時、向こうから通信が入る。
『ずっと中から貴様を見ていた』
思わず息を呑む。
「慕われ、褒められ、尊敬される。だが、それはジルベール・ジルベルトであっても俺ではない!」
奇しくも同じ鞭を構えながら、幼子が泣き叫ぶように。
「お前を殺して、俺が、本当の」
そういうことはもうちょっと早く言ってほしかったと思う。
そう、具体的には俺が世界を認識する前辺りに。
「“ジルベルト”になる!」
「手遅れだ“ジルベルト”」
この体の家主ことジルベール・ジルベルトと中の人改め、外の人佐藤弘光の生存競争がここに始まろうとしていた。
中の人言い続ければ憑依を疑うと思うが、真実はとある脳内チップに刻み込まれたバグがダウンロードして上書きされたという話。
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