こんな分岐は嫌だ ~ BALDR SKY短編集~ 作:水城悠理
ここでグレゴリー神父について話そう。
情報兵器として『生まれた』ノインツェーンに一般常識―主に倫理的な分野―を教える為に派遣された彼は、人間としてノインツェーンを教化するはずが、逆にノインツェーンを進化、より天上に近づいた神の御遣いとして信仰することになる。
ノインツェーンが『自殺』する前に何かを伝えられたのかはしれないが、サイバーグノーシスを教義とするドミニオン教団を設立。
後はテロをしてGOATとのドンパチの果てに『集団自殺』とかいう話になるのだが……。
「つまり、この中で生きていたと考えてもいいのかな」
「そういうことになるな。まあこれを進化と呼んでいいのかは別だが、そうなると……」
「何か気になることでも?」
「いや、終わった後に考えるとしよう」
ノイ先生が何を言いたかったのかは分からないが、現在の優先順位としては第一にここから脱出することだ。
「ちなみにノインツェーンとは交渉の余地があると思いますか?」
「私もだが人間はノインツェーンを理解できなかった。AIも彼を受け入れる事はなかった。人権は認められたが、自分をどう思っているという点については……アレが君くらい柔軟性を持っているというかぶっ飛んだ思考なら救いようもあったのだが」
人間を素材として使い、機械の体に繋ぎ入れた存在は自らをどのような位置づけをしているか。
今更だが、ジルベール・ジルベルトのモードは思考である。
相手を分析してから行動に移る。
改めて情報を整理していくとノインツェーンは人間のひらめきと機械としての堅実さを兼ね備えた存在だった反面、人間としても機械としても中途半端だった。
例えるならノインツェーンは鳥にも獣にもなれない優秀すぎる蝙蝠だった。
優秀すぎる蝙蝠は、自分が認められる世界を創ることを望むのだろうか。
「先生、ノインツェーンにも自我はあったんですよね?」
だから改めてノイ先生に確認すると、彼女は腕を組んで考え込んだ。
「あると認識した方が楽ではあるな。ただ我々と同じクオリアを持っているかというと疑うところではあるのだが……ジルベルト君はなぜノインツェーンの遺した研究が中々進まない理由を知っているかね」
「確か、独自の言語体系で書いているからでしたっけ?」
そうだ、とノイ先生は話を続ける。
「もちろん、彼は我々の言語体系を理解したが、それは彼にとって美しくなかった。価値観が違うと言えばそこまでなのだが。理解できるのと理解したいのは別問題だからな」
プログラム言語でも好みがある。クライアントの要望でもない限りは自分が使えやすい言語で書くだろう。
これはプログラム言語の話だが、これを人間と当てはめようと思考した時に、ようやくノイ先生の危惧が理解できた。
「彼にとって、人間はどう認識されているかが問題ですか」
「その通りだ。我々はお互いを人間と認識しているのは、クオリアと共通認識があるからだ。だが、ノインツェーンは我々と同じクオリアを持っているか分からない。犬は思考できるが、私たちは犬と対話できるかどうか」
それは人間としてのノインツェーンとしては異常だが、ノインツェーンにとっては正常なのだ。
逆に言うと、本質的に人間が理解できない生き物なのかもしれない。
幸いにして彼が新人類という可能性はないというか、彼の勢力は増えないのだ。
確かにシンパは存在し、それを増やすことはできても、それはノインツェーンと同じ存在になれる訳ではない。
「つけ込むならその辺か」
「ああ、ジルベルト君。その邪悪な顔で企むのは構わないのだが、そろそろお客さんだ」
荘厳なる教会音楽が流れる聖堂なら良かったのだが、おどろおどろしい空間と怪しげなおっさんの組み合わせでは救いようがない。
「己の片割れを殺してまで生きようとする人の性。すばらしい、すばらしいぞ!」
「全然躊躇しなかったがな。むしろ嬉々として追い出した気が」
「嫌だなあ、もう少し役に立つなら同居してもいいけど、あそこまでバカだと切り捨てたくなった俺の身にもなってくださいよ」
「だが、それは君が一つ上の階梯に登るための儀式」
「おお、別れを胸に秘めて少年は一つ大人になった的なノリか」
「今更青春的な話されても俺も先生もいい大人じゃないですか」
「そうは言っても、私の青春なんて灰色も良いところだぞ。監視が取れたのだってここ2、3年の話だしな」
ノイ先生の境遇もヘビーなんだが、どうも普段のギャップがありすぎて
「……話を進めていいかね。AC20009-3101623」
「ああ、すみません。正直進化とか世界征服とかには興味無いんで。というか、別に人類なんて一万年もあれば地球から物理的にいなくなるんだから別に今やる必要ないですよね」
「ほう……」
狂信者の好奇心を帯びたなまなざしが俺に突き刺さるが、敢えて無視した。
今必要なのは神父ではなくノインツェーンだからだ。
「俺は直接ノインツェーンとは関係ないし、人類の大半がそうだけどノインツェーンという存在は歴史の教科書に出てくるだけの存在だ。バルドルという性質上、こちらからアクションを起こさない限り何もできない。人類とノインツェーンは共存ではないが、棲み分けが可能だ。宇宙船を一台渡すから別天地を求めてもいい」
俺にはその権利はないが、オプションとしての譲歩は可能だ。
「進化した我々が、旧人類に慈悲を請うということか」
「死ぬことでしか高みに行けなかったあんたがいえるセリフじゃないだろ」
仮初めの永遠の中で生きる神父には悪いが、こちらも生きる権利がある。
「知識は死んだ後でも増え続けるけど、思考はそこから進まない。さて、道を空けてもらおうか」
正直、グレゴリー神父と話して得られるものは何も無い。
俺の認識では彼は既に死んだ存在だからだ。
「許されない、そんなことが許されるはずがない。『我々は』肉体を捨て高みに至ったのだ。未だに人の身に縋り付いているお前にそんなこと言われる所以がどこにある」
「ああ、やっぱりなあ」
「どういうことだ?」
ノイ先生は神父の豹変に驚いているのだが、俺には何となくわかった。
「『電子体幽霊〈ネットワイヤードゴースト〉』は例外なく狂うんです。電子上のデータというのはあくまでネガですからね。ついでにいうと、アレは神父を核にした人達のなれの果てですから」
水坂憐という少女がいた。
彼女はとある実験で肉体は死亡したものの、電子体として存在していた。
彼女は知識は吸収できても、成長はしなかった。
エラーが蓄積されるが、歪なロジックで修復されるから彼女は存在し続けた。
世界を巻き込むほどの致命的なエラーが判明するまで。
さて、神父はどうだろうか。
神父は化け物〈リヴァイアサン〉ではなく、人間だった。
ほころびが生じたらそのデータを補わなければならない。
神父は同志を殺し、データを取り込んだ。
そして同志は神父になった。
人と人の境界をなくすことで自己を保存する。
「グレゴリー神父という個体を捨て、ドミニオンのグレゴリー神父という群体になった。ストックが続く限り存在し続けるけど答えが分かれば怖くない」
神父はある意味不死身であるが、それは残機が大量にあるだけ。
「さて、あなたは誰でしたっけ? グレゴリー神父? グレゴリー神父を定義するのは何? 個としての定義、存在としての定義は? あなたをあなたと証明してくれる『同志』はどこにいますか?」
「ぐぁぅぅぅぅぅっ!!!」
声にならない声を上げたグレゴリー神父はシュミクラムにシフトし、俺もそれに合わせてシフトする。
「人は矛盾する。されど知恵あるいはひらめきで解決してきた。もはや知恵から切り離されたあんたじゃ矛盾に答えることはできないだろう」
佐藤弘光は孤独だったが、ジルベール・ジルベルトとしての今を気に入っている。
特別な力はそれを守るために使えばいい。
左手に鞭を、右手に銃を構える。
トラップ使いとしてはおそらくゲンハ並にたちが悪いはずだが、止まることはできない。
著作権とかそういうのを無視して俺は叫んだ。
「行くぞ神父、残機の貯蔵は十分か」
arcadia版の後書き
グレゴリー神父化というのはバルドスカイ本編でも言われています。
では、グレゴリー神父とは何者なのかという話で神父の設定をねつ造。
DiveXで判明したのでその辺りは採用しつつ、水坂憐と融合の概念を取り入れると、こんな神父になった。
①神父は同時に存在することができない。正確には神父になっている間、他の電子体は神父に変化しない。
②神父が死亡した場合、次の神父が現れる。
③神父は他人の電子体と無理矢理融合することができ、その記憶を受け継ぐことができる。
④神父は電子体のストックが切れれば消滅する。
個体を捨てて群体になるってのは結構ポピュラーな設定ですが、データを蓄積すればするほど、本来の神父は改変されてしまうのはバルドフォース本編をやった人にはご存じのはず。そして知識の量を前にして自分を失うというのがいわゆる電脳症な方々。
江戸自体から続く老舗のウナギ屋の秘伝のタレというのは漸近線で限りなく0に近づいても創業当時のタレは残る的な話で、神父自体は存在するんですけど。
むしろ問題は知識は蓄積されても、それを活かせないないという状況であってそちらが欠陥なのです。
以上を踏まえて彼らはノインツェーンと対決すると思います。
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以降ハーメルン版雑感
まさかこの後Fateシリーズが延々と続くというか、またエミヤが登場するとは予想してなかったし、このグレゴリー神父の説明、現代でいうと、リゼロの大罪司教「怠惰」担当のペテルギウス・ロマネコンティが似たようなことやってるなと思った。
これ初出2010年の10月でリゼロが2012年連載開始なのでこちらがパクりようがないのですと予防線は張っておく。
バックアップとるやり方は普遍的なアイデアなので一見、無限沸きするような存在に対する解釈方法は普通にありうるのです。
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