こんな分岐は嫌だ ~ BALDR SKY短編集~ 作:水城悠理
電子体と魂との因果関係を哲学者と宗教者と科学者が問うた時代に、一人の青年が神の存在証明をしようと思っていた。
洗礼名グレゴリー。東欧圏に生まれた彼は、目の前に広がる貧困に立ち向かうために努力する一つの若き神父に過ぎなかったのだが、転機は統合と反統合の戦争で捕らえられた兵器との出会いだった。
既存の信仰では救えない魂の救済への苦悩する青年は、魔神(マシン)と出会い、彼の見る風景の中では子羊は等しいことを知る。
この時から彼は本来の信仰に目覚め、ドミニオン教主グレゴリーとして活動を開始することになった。
統合政府はあるいは宗教界がもし彼を代表団に加えなければ歴史が変わっていたかもしれないが、残念ながら歴史にifはないし、あったとしても人間はそれを知ることはできない。
既製品と違い、カスタマイズしたシュミクラムはどうしても自分のカラーが出る。
某体育会系インテリ革命家曰くシュミクラムは肉体の延長線上だそうだ。
まるっきり某機動武闘伝のノリなのだが、近接タイプはあながち間違いではない。
但し、真ちゃんやバチェラの運動神経は投げ捨てられているので、電脳強化型はビットなどを主体とする。
グレゴリー神父のシュミクラム「バプティゼイン」の特徴は重厚さにある。
かつてアレと戦った人達(桐島勲と門倉永二)に攻撃パターンを聞いたところ、接近と遠距離のバランスが整っていてしぶといとのこと。
「時に君は神を信じているのかね」
「証明できないが、現在進行形で存在はしてるが、もっとも救世主と破滅のイタチごっこのどの段階かは知らんけどな」
前提として知っているというかこれも破滅の影響なら人間ごときがどうにかレベルではない。
射出されたワイヤーマインを処理しながら俺はとにかく移動を続ける。
制御することにパラメーターを多く振っているグリモアは、元々一対一を想定した設定ではない。
サーヴァントという疑似シュミクラムを行使することを前提としているので、装甲や耐久性は強くなく、正直距離を詰められたらおしまいなのだ。
そして、運が悪いことに相手は任意の場所からチェーンソーを出現させる特性を持っていた。
アレで止められた後に突っ込んできたら対抗手段がない。
だが、基本的に攻撃力の高くないグリモアの武装では一発逆転を狙うのは難しく、正直押され気味だが、そんなのは最初から予想していたこと。
「食らいつけ我が猟犬」
2体の犬型のウィルス兵器を作りだし命令を伝えると、電子の獣はワイヤーマインをかいくぐり神父の機体に牙を突きつけようとするが、神父は当然の如くチェンソーでなぎ払う。
だが、俺が待っていたのはその瞬間。
虚空から6発の弾がバプティゼインに襲いかかった。
「ぐはぁっ!」
迷彩化された7つのライフルビットから射出される6つの弾丸。最後の一発は特別なので今は使えない。
ネット上はネット上のロジックが当然存在する。それを法則ではなくイメージでねじ曲げたのが、歴史の表に出ることの無かった少女だ。
もちろん膨大な情報量という前提があったのだが、彼女がきっかけを作ったことで現在のネットがある以上、イメージ次第では何でもできることに大多数の人間は気づいていない。
「ああAIの侵略とかノインツェーンの陰謀ってこれのことか」
ジルベール・ジルベルトの皮を被った佐藤弘光は、それができることを知っているし、今はその手段を理解している。
そして、ここはネット的にも閉じられた独立した空間。
処理の過程で発生していたノイズが感じられないのは、多分余分なものを捨て去ったからだろう。
限定されているなら何でもできる。
「神父に聞きたいのだが、設定された神と超越者ってどっちがやばいと思う?」
「設定された神?」
「実はこの世界、多元世界の一つで、根源世界のアヴァターの趨勢によってどれだけ文明が発展しててもあっさり滅びるんだ。干渉できるのは救世主というプレイヤーだけだからさ」
「では我々が信じる神は偽りなのか」
それは彼がかつて信じていた神なのか、ノインツェーンなのか俺には理解できなかった。
「ネットに逃げ込んでも天秤が傾けば世界はリセットされる。そこに矮小な自我なんて意味を持たないし、ノインツェーンが現世に囚われている限りその掣肘から逃れられない」
まあ、リリィの出身世界よろしく、運が悪いと滅びるって感じで、実際には隕石が落ちるとか、地震が起きるとかそのレベルで終わるのだが、別にそれは今述べることではない。
「では、お前はどうなのだAC20009-3101623!」
「三次元が二次元に干渉できても、不可逆は無理だろう。それが答えだ」
雨は天から降り注いだとしてもその雨粒を天に打ち上げることはできない。湖なり海の水が蒸発するプロセスを経る必要がある。
あるいはそこまで無意味に存在を継続したいわけではないが、数値化できない空間に自分を置けば災厄から逃れることは可能かもしれない。例えばロッカーの中に、あらゆる干渉を跳ねのける位相を作るわけだ。理論上はできるかもしれないが、それ意味あるの問題が常に付きまとうわけだ。
「では、全てが無駄だったのか。救われぬ運命の子はやはり救われないのか」
「少なくともお前によって救われた命があったのだろう。ネットでしか救済されない人間がいたとしても、現実に生きる人間は遙かに多いのだから、そちらでがんばってくれれば良かったのに」
結局、人間が救われる為には人間が努力するしかないのに、神に縋るなんてと思ったが、多少の問題があっても平和な時代に生まれ、元々宗教的に意識しない日本人と神の救済を信じるヨーロッパ圏の人間じゃ期待するところが違うのだろう。
だからといって神父の犠牲になった人達が納得できるわけじゃないし、種としての愚かさで滅びるならともかく個人の狂信に巻き込まれて滅ぼされたらたまったもんじゃない。
「ケリをつけよう。輪廻があるのかは知らないが迷わずに死んでくれ」
7発の銃弾の内、6発は不可視の魔弾、そして残る1発は因果をねじ曲げる魔弾『Der Freischutz』。
撃った時には既に中っているそれは神父を構成する本質を打ち砕く。
「ウガガガ……」
声にならない悲鳴を上げてバプティゼインは破壊され、そこには神父だけが残った。
「私には何が足りなかったのだろうか」
「踏み止まる勇気だな。本当に戦わなければならない時はあるんだろうけど、同情も嘲笑もする気にはならないけどな」
グレゴリー神父は死ぬ。否、既に死んでいた彼が、今際に己を取り戻したというべきだろうか。その理性的なまなざしは人を惹き付ける何かを持っていた。
「私が言うべきではないが、救ってくれ」
それだけを言い残して神父は消滅した。
「救ってくれとは誰を指しているのだろう」
「知りませんよ。ただ、一番厄介だった神父が消えた以上、俺たちの仕事はほぼ終わりです」
「今世紀最大のマッドサイエンティストを相手にその余裕は何か秘策があるのかね」
「正直、ここに来るまでは外から仕掛けてドッカンというのがベターだと思ってたんですけど、向こうが違う視点での自分を指摘してくれたおかげで、対策ができました。それより、ちょっと連絡しますか」
side 橘聖良
「あら?」
このネット全盛期の時代にただの文字だけを送ってくるのは彼くらいだ。
『届いてますか姉魂さん』
『届いているわよ佐藤さん。こっちに連絡できたということは概ね解決したと判断してもいいのかしら』
『自分たちが脱出する手段までは確保しましたよ。それでちょっと聞きたいんですけど、電子体幽霊化した人ってクローニングと電子チップの複製さえできれば元に戻るんですか?』
「理論的には不可能ではないわ。ただ、電子体幽霊になった被験者がいないのでぶっつけ本番になるけど」
一応準備はしていたが、結局あの時は無駄になってしまった。
もっとも今となっては後悔が半分、安堵が半分なのだが。
『確か、クローニングは統合政府の許可が必要ですよね。まあ、その辺は技術交換とかで納得させましょう』
『それで結局神父はいたの?』
『もう、消滅させました。久利原直樹本人についての問題は解決できます。もっともアセンブラ問題はまた別ですけど』
あの不死身に等しい神父を消滅させたと彼は言ってのけた。
『どんな手段を使ったのかは聞かないわ。それで、誰の全身クローニングを申請すればいいのかしら』
その名前は意外なもの、いや彼らしいというかなんというか。
『分かったわ、成功したなら私の権限で、というよりあの人が無茶してもやるわよ』
『では、こちらも最善を尽くします』
通信が切れたのを確認し、私は賭けに勝ったことを確信する。
もし、彼が私たちと同じ時代に生まれていたら八重さんは死ななかっただろうと思う。
「悪夢が終わる」
「何かいったか聖良さん」
永二さんの問いに答えず私は独りごつ。
「今あの箱の中で世界を揺るがすパラダイムシフトが起きてるのでしょうね」
一つの時代が終わり、始まろうとしているのかもしれない。
sideout
「連絡は終わったかね」
「ええ、これでこっちの準備は終わりました」
神父を倒すという大前提が解決した以上、後はどのカードを切るかいう問題になる。
「さてそろそろコンタクトを始めまたいと思うのですが、ねえ……」
『ノインツェーン』
ノイ先生の姿をしたそれは悪意を浮かべて笑う。
「いつ気付いた」
「神父を倒した時です。気配というかパラメーターに変化があったので」
「なるほど、君もまた世界の見え方が違うのだな。ちなみに私から見て君は白いおぞましい知性体ではなく、黒い石版だな、そうモノリスとかいったか、もっとも私のクオリアによって見える姿に過ぎないのだが」
未知との遭遇か。
もっともこちらにしても未知との遭遇には変わらないのだが、その手の動かし方や表情はどことなくノイ先生と似ている。
血のつながりは無くても親子だから似るのだろうかとどうでもよいことを考えるのだが、ノインツェーンは切り出してきた。
「君の提案を受けようではないか。別に私は邪魔だから滅ぼしたいのであって、関わらなくていい状況になってしまえば問題ない」
1と0らしく、はっきりしている。
「では、そちらの必要とするものを言ってください。技術供与と引き替えに渡します。俺に全権はありませんが、脅してでも取りますので」
今生で一番大切な人の命が握られているのだ。今までは世界の危機だったが、今この段階をもって俺の問題に格上げされた。
しかし、これくらい物わかりがいいなら、別に問題なかったと思うのだがやっぱりチャンネルの問題なのだろうか。
「それは、君が無意識に私に対して調整しているからだ。私はあれらと話すときにはあれらの思考に合わせてコンタクトを取らなければならないが、君との場合、私は私のことだけをすればいい」
典型的なそれしかできないタイプ、いや元々が情報兵器なのだからそれは甘んじるとして……。
「とりあえず、ノイ先生は無事なんでしょうね」
冷静に激高していた俺が最初に交渉したのは、当然の如く交渉相手の娘の身柄の安全ならびに引き渡しというのが俺らしい。
「門倉八重は君たちの主観から考えるに性的魅力があったとして、対して我の被造物に拘る理由がいまいちわからないが」
彼は効率性を語り、俺は優先順位を語る。この価値観のすり合わせからスタートするのか。ああわかった、こんなことを繰り返したら
うんざりするが、これは確かに自分しかできないだろう。
すでに時間の流れが現実と切り離されているこの構造体内で、主観的には長く、現実では短い交渉が始まろうとしていた。
arcadia版ではサクッと交渉を終えているのですが、ハーメルン版では、主人公とヒロインとその父親が頭冷やしながらどうしたらヒロインが成長するのかがまず話し合われるわけです。
スーパージルベルトワールドは本日完結します。
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