こんな分岐は嫌だ ~ BALDR SKY短編集~   作:水城悠理

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スーパージルベルトワールドEND Neu

 side 久利原直樹

 

 今月に入って一段と強くなった悪魔の囁きがここ数日の間、聞こえなくなった。

 

 これは既に正気を保っているかどうか自信がない私にとって天啓だった。

 

「これを真君と甲君に」

 

 データと鍵は別々にしておけば、それに二人の強さがあれば何とかなるはずだ。

 

 その時、脳内に響き渡るアラームが私を襲う。

 

 マインドハック! 

 

 私は立場上狙われることが多いため、防壁にも万全を期して展開している。

 

 それをかいくぐって来るとは相手はかなりの手練れ。

 

 いつ朽ちるか分からぬ身ではあるが使命を果たすまでは倒れるわけにはいかない。

 

 シュミクラムにシフトし、呼吸を整える。

 

 備えよ常にと心掛けてはいるが、この緊張感は初めてシフトした頃から変わることがない。

 

 だが、意外なことにシュミクラムの反応はなく、電子体がゆっくりと歩いてくるだけだ。

 

 それは、かつて私の抱えている傷にメスを入れた赤毛の青年。

 

「たしかジルベルト君だったか」

 

「ええそうです。鳳翔学園2年ジルベール・ジルベルト。もっとも佐藤の方が存じ上げているかもしれませんが……ねえ御大将」

 

 刹那、シュミクラムの強制解除。

 

 いくら侵入者がいるとはいえ、ここは私の領域だ。

 

「ちょっと上書きするだけですから。おとなしくしていてください」

 

 一歩ずつ歩み寄ってくる彼に、私は恐怖を感じる。

 

 セカンドにとってネット上で自由にできないとはどれだけ息苦しいことなのかこの年になって思い知る。

 

「ちょっとだけ眠るだけです。起きたときには多分終わってますよ」

 

 撃ち込まれた麻酔弾で意識がもうろうとした自分に囁くような彼の声を聞きながら私の意識は完全に落ちた。

 

「こちら佐藤、クランケを確保しましたオーバー」

 

『こちら火打ち石、もう一人の感染者を確保した』

 

『こちら姉魂、刈り取りは終了よ。まあ、こっちに関しては荒事ではないから大した手間では無かったけどご苦労様』

 

 何か聞き覚えのあるように固有名詞が響く気がしたが問いかける時間は自分に与えられていない。

 

 sideout

 

 

ノイ~Neu

 

 

 久利原直樹氏が目覚めたのは1日後のことだ。

 

 正確には処置が終わるまで電子体を凍結していたのだが、これで一応の解決を見たということになる。

 

「さて、どこからお話しましょうか。やはりアセンブラについてからですかね」

 

 目が覚めた久利原氏は心なし顔色が良かった。

 

「それより確認なのだが、君が佐藤君なのかい」

 

「ええ、しがない文字チャット『暇人の憂鬱』の管理人の佐藤です。今回の侵入経路ですが、チャットの方からイーサーを経由して乗り込みました」

 

「なるほど、シンプルな手段だが有効だ。それで結局、君の正体は何者か。実は統合政府のエージェントだったとか」

 

 陰謀説としては面白いが、残念ながら……まあ片棒担がされているのは事実ではあるが。

 

「いえ、星修で例の件について意見をするまではご存じの通りちょっと変わった学生でしたよ。それでバルドルに対するハッキングですが、政府見解としては無かったということになりました。アセンブラも久利原さんが独自に研究してここまでこぎ着けたということになります。追加資料渡しますので辻褄を合わせるようにして下さい」

 

「ちょっと待ってくれ、どういうことだ」

 

「『本人』の協力の下、ノインツェーンの自殺からドミニオン関連まで事実の洗い直しをしている最中です。これで責任を取るとなるとかなりのお偉方の首を飛ばさなければならないということになりまして。お役所仕事としてはここに至っては秘密裏に無かったことにしてしまおうという結論に達しました」

 

 バルドルに関して、破棄しなかった責任から始まり、グレゴリー神父とドミニオンに関する処理、バルドルハック事件など責任の方向が多岐に渡る。

 

 玉虫色の判断が良いか悪いかの問題ではなく、追求し始めると収拾を付けるのに十年単位が必要なことと、そんなに時間があると良からぬことを企む輩が動き出し、その対処が必要となる。何より、その案件にいつまでも関与していられないので、世紀の大発見再び的な話で目を逸らすという結論で現在調整中である。

 

「つまり先日話していた臨時のアルバイトって……」

 

「久利原直樹がバルドルにハッキングした後に起こりうる災害をどう抑制するか問題ですね、リアルの時間にして数時間、ネット上では二週間ほど、ノインツェーンと話す羽目になりましたよ。小さな子供が新しいことを覚えると聞いて聞いてと保護者に語り掛けるあれですね。すみませんこれオフレコでお願いします。当事者以外には橘社長……妹魂さんだけにしか

 話していないので」

 

 俺はその辺りは調整できたからただ話し相手することに疲れただけだが、もうやりたくない案件である。

 

「アセンブラの実験は成功させます。その後、将来的に火星への移住計画のナノテクノロジー部門の責任者として名目で宇宙ステーション勤務です。島流しとも言いますが、研究費と人材と資材に関しては安泰ですよ」

 

 元々、地上でこんな危険な実験をするのが問題だったわけで、密閉された宇宙空間ならバイオハザードが起きても宇宙ステーションごと吹き飛ばすだけで済む。これも高価と言えば高価なのだが、数百万の命と比較したら当然前者を切り捨てた方が早い。

 

 今後の人口増加の試算や、予算の振り分け的にも宇宙開発というのは魅力だが、それに関しては既に俺の関わる領域ではない。俺は技術書の貸し出しまでは手伝うが、それ以降はまじ知らん。

 

 俺がねじ込んだのは、外宇宙への探査機を一機送り込むということだ。

 

 もっとも、何らかの『トラブル』でこちらとの交信が途絶えることはあるが、不幸な事故として諦めるしかない。成功するかどうかは別として、これだけは履行しなければならないのだ。

 

「人間が欲があります。それ自体を罪と考える輩もいますが、利害関係さえ調整できれば人間は共存できます。怖いのはノインツェーンのように理解できない存在や、あなたのように何を目標しているか理解できない人間です」

 

「……君の欲は?」

 

「そうですね、発育不足で悩んでいる人を成長させたり、電子病で困っている妹分を助けたり、まあつまり自分の目の届く範囲での幸せの追求です。あなただって御大将じゃなければ口封じを進言してましたよ。知り合いに甘いといえばそこまでですが、人間らしくていいんじゃないですか」

 

 そして、紙に記されたカルテを差し出す。

 

「ナノ汚染の被害は多少ありますが、何事も無ければあと短くてもあと30年は生きられます。もし、何だかんだいってあなたはこの分野の第一人者ですから、がんばってください。とりあえずは2週間後のデモンストレーションまでに体調を整えること。それと火打ち石氏から伝言です。『とりあえず一発殴る』と。殺さないようにと含めてますけど、まあとりあえずは以上です」

 

 久利原氏は何か言いたそうだが、俺は気にせず部屋を出る。臨時のアルバイトはこれでおしまいである。

 

 学生の本業は人間関係の構築を含む、様々な勉強であって、人助けではないのだ。

 

 もう勉強しなくてもある程度取れる期末考査はともかく、出席日数はそれなりに考慮しなければならないのだ。

 

 

 

 

12月22日

 

「おう、ジルベルト。しばらく顔を見せなかったが何してたんだ」

 

 ラヴィータに入ると久しぶりに会うマスターを見て何故かほっとした。

 

「ちょっと荒事的なバイトが続いてね。一応期末考査も出なくちゃいけないし、やっぱり12月は師走だなと実感するよ」

 

「お前、師走なんて言葉よく知ってるな。まあいい、連れがお待ちだ」

 

 いつもの席に向かうと、そこにはすらりとした長身の美人……になる予定のノイ先生だ。

 

「でも冷静に考えると、遺伝子弄った上でクローニングした方が早くないですか?」

 

「それは私も考えなかった訳ではないが、これでも20年以上慣れ親しんだ体だ。治療に効果が発揮しなかった場合は権限を行使することにするよ」

 

 それにこの姿はこの姿で商店街でおまけしてもらえるのだとノイ先生は笑う。

 

 今回のアルバイトの口止め料として俺とノイ先生はそれぞれ一つずつわがままを押し通す権利を与えられていた。

 

「しかし、残念だな。今の君では十全の力を発揮できないというのは」

 

「やろうと思えばできるんですけど、肉体と電子体をつなぎ止めていたものを捨ててしまいましたから、やり過ぎると本当に電脳症になってしまいますからね」

 

 ジルベール・ジルベルトとしての自我はどうも俺にとっての安全弁だったらしく、それを放逐したからこそ、神懸かった処理能力を発揮できたのだが、今まで無意識に遮断していた情報を今度は意識しなければならないという問題が発生した。電脳チップは結果的に特殊なものの、電脳特化されたデザイナーズチャイルドでもセカンドでもない身では、事象をねじ曲げるとかいう荒事はそれこそバルドルのように外界から隔離された領域では行えない。

 

 それでも、ノインツェーンの置き土産を解析して売るだけで多分一生食いっぱぐれないということが確定している身としては、別にもう無茶したくないというのが心情だった。

 

「結局スーパージルベルトになり損ねたな君は」

 

「何ですかスーパーって、そんなキノコを食べたら巨大化するヒーローじゃあるまいし」

 

「差し詰めジルベルト君が本気を出せる領域をスーパージルベルトワールドとでもいうのだろうか」

 

 ドアを開けるベルの音と共にレインと真ちゃんが鳳翔と星修の制服をそれぞれ纏い、こちらに向かってきた。

 

 彼女たちと会うのも実に2週間ぶりくらいになるだろう。まあ、レインは勲さん経由で、真ちゃんは亜季さん経由で何となく知っているかもしれないが、別にその辺はおいおい確認すればいい。

 

「まあ、私たちは共犯で運命共同体だ。これからも頼むぞ」

 

 夢か現か分からないけど、ここに存在するジルベール・ジルベルトこと佐藤弘光と、ノインツェーンの娘として作られたノイ先生は、幸せを得るために悪魔に契約書を差し出したエゴイストだ。

 

 その秘密はお互いに墓まで持っていくつもりであるし、まあ、その、なんだ。

 

「早く年相応とまではいいませんがもう少し成長してもらえないと犯罪者扱いですからね」

 

「分かっているさ、君もこの瑞々しい肢体の内から味わっておけばいいものを物好きだなあ」

 

 まあ、これからもそれなりに楽しい人生が続けばいいなと思うのだが……。

 

「ま、まだ、これから逆転します」

 

『佐藤さんもそろそろリア充爆発しろとか言ってもいいですか』

 

 レインが腕を絡ませて来たり、ネットではsinさんこと毒舌妹的ポジションに落ち着いた真ちゃんからの心温まる提案を受けたりとまだまだ終わりは見えそうにない。

 

「ジルベルト君」

 

 ノイ先生が背伸びして、首に腕を絡めて押しつけるように口づけした。

 

 もちろん舌を入れて。

 

「手付けだ、浮気をするなら私も混ぜろ、以上」

 

 久しぶりにこの店に来たけど、年が明けるまでは出入りできないなあと諦めムードで、何事もなく少しだけ明るい話題が飛び交うであろうクリスマスの予定を考えるとしよう。

 

 END




Nano Universeが流れて終了。

一週間という短い連載期間ですがありがとうございました。スーパージルベルトワールド本編これにて終了です。

感想を頂きました皆様、誤字報告をされた皆様ありがとうございます。

ちなみに昔はチャプター4がないとはいえ、こんなに内容が薄いのに終了まで7カ月かかりました。もちろん別の作品も書きながらだったので仕方がないのですが。

この後の展開は、R18版 afterstoryを読んで君の目で確かめてくれ(嘘告知)

あっ、いずれ投稿するえせ救世主物語ではそういった描写は多少入れます。エロの才能はないので生暖かく見てください。

ネタバレ解説はその内、スーパージルベルトワールド設定資料集という形でやりますが、最終章だけ強い限定パワーはやっぱりロマン。

実際はこの後、色々と理由を付けて使うわけですが…、本編終了後だからいいよね(ガバ

2、3日お休みを挟んで、ESの海に消えた人間の世界に対する復讐譚が始まります。

後の雑記的な話は活動報告に載せますので奇特な方はそちらをご覧ください。

新規追加エピソード(ジルベルトワールド関連)

  • 白鳥さんから見た本編
  • 蛇足の蛇足(結婚式)
  • 蛇足の蛇足(失恋慰め回)
  • 蛇足(水面下の争奪戦)
  • ところで真ルートは?
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