こんな分岐は嫌だ ~ BALDR SKY短編集~ 作:水城悠理
飲み会の後に現在住んでいる安アパートの階段を上り、廊下を歩くと俺の部屋の前に体育座りしている何かがいた。
「あっ……」
それはかつて雨の降った如月寮の軒下でうずくまっていた誰かを彷彿とさせる。
そう俺は彼女を知っている。
「真ちゃん」
「お久しぶりです先輩」
灰色のクリスマスからようとして行方がわからなかった水無月真がそこにいた。
「ミルクで良かったかな」
温めたミルクを差し出すと真ちゃんは両手で持って飲み干した。
「……温かい」
体が少し温まったからか、表情から強ばりが無くなったのを確認すると、俺は意を決して話を進めることにした。
「でも驚いたよ。どうしてここがというか、今までどこにいたんだい?」
「実は、あの日からずっと電子体だけで存在していて、実体を探してたんです。色々とあったんですが、ようやく解放されて」
彼女もまた重たい人生を送っていたそうだ。
だが、彼女は特殊な例であったとしても、この時代を幸福に生きている人物なんて一握りもいない。
おばさんの庇護下にあった亜季ねえはともかく、雅なんかは本当に運が良かったのだろう。
「それで、行くあてもなかったから先輩の所に。やっぱりご迷惑でしたか?」
「迷惑とかそういうのじゃなくて純粋に驚いただけだよ。それで真ちゃんはこれからどうするの?」
彼女は施設の出身で家族といえばアイツだけ。
そして、唯一の家族だった姉はあの日に永遠に失われた。
「今のところ考えていません。以前のコネを頼ってノイ先生のところにお世話になるのも悪くないですけど、暮らすとなると……」
ノイ先生も親父といい、真ちゃんといい交友範囲が広い人だと変に感心する。
それにアダルトショップで暮らすというのは精神衛生上良くないし、あの辺は治安が良いとは言えない。
ノイ先生には失礼かもしれないが、あいつの大切な妹をそんなところには置くわけにはいかなかった。
俺の体はあの日から成長を遂げているが、心は星修の学生時代のもの。
逆に真ちゃんは色々と変わった部分があるけど、体は知り合った当時と変わらない。
星修学園2年の門倉甲がタイムスリップしたら当然他の人は成長している。
レインをはじめ、みんな親切にしてくれるが、それはいつの門倉甲に対してなのだろうか。
今までの話を聞く限り、俺はあの日以来レイン以外とは関わりが無かった。
だが、俺の心には地獄の日々の記憶が抜けている。
いずれは記憶が戻るかもしれないが、それでも思いを共有できない俺は孤独を覚える。
だから、昔のままの姿の真ちゃんを見て安心した。
アーヴァルシティにはかつての学園都市が再現されているが、俺にとっての星修はつい最近まで存在していた街なのだ。
亜季ねえがこだわるのも分かるし、菜ノ葉が縋り付きたいのも理解できるが、俺にとっては偽りに思える。
あるいは、記憶を失う前の俺だったらあれに郷愁を感じることができるのだろうか。
だからという訳ではないが、あの当時の雰囲気を残す彼女を見放すような真似はしたくなかった。
「ここだってそんなに広い部屋じゃないけど、もし良かったら」
「いいんですか?」
「何というか、俺の料理は大雑把だからさ、料理ができる人がいると助かるんだ」
理由なんて何でもいい、ただ肯定してあげること。
「でも、私もしばらくリアルで料理なんて作ってなかったから、先輩の口に合うかどうか」
「それでも空よりはマシだろ……って、ゴメン」
妹の前で死んだ姉を冗談のネタにすることはなかっただろう。
「いいえ、確かにあの日この世界のお姉ちゃんは死んだんです。一度成ってしまったことは覆せません」
その目は真剣だったが脳裏である言葉が浮かび上がった。
「この世界は偽りか、まるでドミニオンの教義みたいな」
「そうですね、ところで先輩。私が元ドミニオンの信者だったらどうします?」
「どうって……そうだな。聞きたいことがたくさんある。例えば久利原先生がなぜドミニオンに居たのかとか。結局神父とはどういう存在なのかとか」
結果的にドミニオンとは相成れないだけで、輪廻転生思想は歴史をひもとけばそれなりに存在する。
魂の本質が電子体に存在するかどうかという議論はあるが、そういうものと仮定すればいい。
「私の電脳症がどういう性質か先輩は覚えていますか?」
「確か、セキュリティを難なく突破できる能力だったっけ?」
だから、亜季ねえのプライベート空間にも入ってくることができた。
「はい、でも私はこう思うんです。現実と仮想空間の境界が曖昧になるのではなく、世界に存在を固定できなくなるというのが私、いえ電脳症患者の最期なのではないかって」
「どういうこと?」
「セカンドは常に通信を続けているわけですが、送られてくる情報量に過負荷を起こしてオーバーフローする。では電脳症患者はどこからその情報を受け取るのか。特異点に由来される並行世界。あらゆる水無月真が共有する経験。つまり、私が突破できるセキュリティはかつていづれかの世界の私が突破した経験があるが故に他の私はそれを突破できると仮定すれば……」
「まあ、あの特異点を見せつけられたら分からないでもないけど」
何しろ空間の時間を止めるだけの情報量なのだ。
個人がもしそれだけの何かを受け取ったら発狂するに違いない。
「そして、私は先輩があの日に死んで、お姉ちゃんが生き残った世界の情報を受け取りました」
「……つまり、俺と空の立場が逆だった世界ということか」
真ちゃんはコクリと頷き、少し冷めたココアに口を付ける。
「だから、私、いえ無数の『私達』は可能性を探しているのです」
それは広大な荒野の中で一粒の金を探すような無謀。
「水無月真のネットワークは三回目の特異点を最後に今回の結果を一回目の特異点発生時の水無月真に送ります。あるいは第一回目の特異点以前に情報を送る手段を私達の誰かが見つければ大抵の問題は解決するんですけど……」
電脳症患者は最終的に電脳と現実が曖昧になるといわれる。だが真ちゃんには狂気がない。
これが妄想だったら、果たして正気とは何なのか疑うところからはじめないとダメになるだろう。
「送られる情報はそう多くありません。だから私は万が一の場合、障害を排除できるポジションである『ドミニオンの巫女』をする可能性が高くなります」
「もしかして、行方不明になっているドミニオンの巫女って」
「はい、そしてドミニオンの神父様の正体は多分久利原先生です」
「それはまた荒唐無稽だな」
俺は真実を知りたいとは思ったが、もはや知ってどうにかなる問題でないのも事実だった。
だから、この話題はここでおしまいにしようと敢えて軽い口調で言うと、真ちゃんははにかんだ。
「とまあ、これくらいトンデモな設定があると物語的には面白いですよね」
多分、これは本当なんだと思うが、それを冗談にしたいのだろう。
「三流ホロもびっくりのノリだけどな」
おそらく見た目は変わらなくても色々苦労したのだろう。
この辺りの切り返しの良さは星修学園時代の真ちゃんには無いものだ。
「そうですね。じゃあ、改めましてこれからよろしくお願いしますね先輩」
こうして新しい
ノーマルエンドの甲は記憶がまだ曖昧で、空が死んだのも知っているけど、実感がわかない。
そして、なんやかんやで解放された真ちゃんはリアルボディは当時のままで行くあてがない。
かくして、似たような二人は同居生活をはじめるわけで。
……ある意味悲惨な生活を送っている菜ノ葉さんって誰が救ってくれるんだろうね。
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ところで真ルートは?