こんな分岐は嫌だ ~ BALDR SKY短編集~ 作:水城悠理
「君はどれだけ努力してもパーフェクトにはなれない」
それは短い間だったが、教えを請うた軍事学校の教官が放った言葉だ。
「君がデザイナーズチャイルドという生まれにあぐらをかくことなく努力しているのは知っている。このまま努力を重ねれば限りなく一流に近づくことはできるだろう」
だが、と教官は付け加えた
「世の中の一握りの化け物ならなおさら無理だ。体の使い方は教えるが、君が望む段階まで引き上げることはできない。バランスが良すぎるのも考え物だな」
「バランス?」
「満遍なくできるってのは理想だが、現実的には一点特化あるいは傾向を決めた方がやりやすい。カードが5枚あって強弱が付いているなら決断がしやすいが、それが同程度の強さなら決断がしづらい。オールラウンダーはあらゆる状況に対応できるがどちらかというと後手に回りやすい」
だが、視点を変えれば長所であると教官は続ける。
「君にやる気があるのであれば、大隊規模の指揮官ぐらいは容易に努められるだろう。勝利という結果をもぎ取るために何も君が戦う必要はない。
門倉や水無月はシュミクラムユーザーとしての適正は君より上というか、特に門倉はあの門倉永二の息子だといわれれば納得できるな。長ずれば実戦部隊を率いることもできるだろう。水無月は……あーあいつは理論無視するから絶対お前か門倉が首根っこ掴んでおけとしか言えんなあ」
幾人ものひよっこ共を戦うものとして送り出してきた教官からみても、あのバカはそこ抜けているわけか。
「話は逸れたが、あの二人は電子戦では君より強い。だが肉体的な面では君に劣るし、コスト計算を含めた大局的、俯瞰的にものを見る考え方は君の足元にも及ばない。君は
それは予想された答。で納得はしているが、それでは意味が無い。だからこそ、先達に俺は問いかける。
「もし俺が化け物に勝つならどういう手段がありますか?」
門倉甲はシュミクラムユーザーとしては素質だけなら多分人類の上から数えた方がいいと思える。俺が真っ当にやり合うのは不可能だ。ああいうのは、英雄とかそういう二つ名が付いてもおかしくない。
「さっきの話と矛盾するがなるべく多くのカードを使い相手を騙し、惑わし、本来の力を出させない。できるなら一点特化を自分ではなく他人に求めた方が良いな。どうせ門倉や水無月とは一緒にいるんだろうから。彼らを有効利用すればいい。ここの金だってその為に君が出したのだろう」
「別に恩を売ってるつもりはないんですが」
「そういうのも含めて考えるべきだ。世の中の大半は金とコネとそれに付随して発生する暴力だ。目的の無い純粋な暴力での闘争しかできないのであれば、人類は氷河期辺りで絶滅してただろうよ。文明が発展し、スペックを上げたデザイナーズチャイルドやら機械化した義体、電脳特化のセカンドやらで人類は相対的に強くなったのかもしれないが、人間は強いから生き残れたのではない。狡猾さを研磨し続けたから生き残れたんだ。何故君がこの道を志したのかわからないが、君が100しかなく相手が200あるなら引きずり込んで他人を使って消耗させて、最後に自分で止めを刺す。それは卑怯かい?」
その時の俺は答えを出すことはできなかった。あいつなら、佐藤弘光を名乗る男なら自分の持てる最適のカードを迷うことなく切る。だが俺にはそれができない。
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Intelligent Design
「目が醒めましたか大尉」
懐かしい夢だった。ジルベール・ジルベルトの在り方を決めたやり取りだったが、あの教官はまだ生きているだろうか。思えば部隊の損耗や維持費などを考えずに済んだあの頃が一番楽だったと思う。
差し出されたコーヒーを口にする。クリームは好まないが砂糖はスプーン2杯。最初は自分で入れていたのだが、ある時から入れる必要がなくなった。
「古典的な口説き文句に、君の入れたコーヒーを毎日飲みたいというのがあるらしいのだが、この地だと君が作った味噌汁を飲みたいだったか」
アイツの記憶の中の知識で俺は知っているだけだが、話題の引き出しの多さに関しては素直に感心する。
「大尉は私をからかって楽しいのですか」
ジト目で睨む少尉をからかう間柄というのもいつまで続くのやら。付き合いの長さからしてみれば「アイツ」と「お嬢さん」の付き合いよりはるかに長く、また違った性質のものなのだろう。変わらないのは彼女には還るべき場所があり俺にはその場所がない、否、場所を作ることはできない。異物は異物だからしょうがないと達観できるほど俺は強くない。
「水無月姉はからかうと面白い。だが少尉は……そうだな美人を言葉一つで唖然とさせられるならそれはそれで楽しいのかもしれない」
だがその前に成さねばならないことがあった。それは詰まるところ俺の私怨ですらない。例えるなら絵に書かれた美人に、物語の英雄に嫉妬し、それを越えるための儀式に過ぎない。
「冗談はさておき、顔合わせをすることにしようか」
「短期間でそれを成し遂げることができた大尉の手腕には感心を通り越して呆れましたけどね」
上の感情のしこりはあっても利害の調整さえすれば会談することは問題無い。まあ桐島少将については多少の鼻薬を効かせたことは否定できないが。
side 桐島勲
「では、再度こちらが持っているカードを開示します」
レインと同窓の男で、現在傭兵部隊をまとめているジルベール・ジルベルト大尉が自分の握っている情報を告げる。
「アセンブラについてはコマンダーとプラントのどちらかを抑える必要があります。この場合、コマンダーは間違いなく久利原直樹でしょうが、プラントについてはよくわかっていません。あるいは人の可能性もあります」
人間を苗床にするという彼の発言に、主に研究者達が騒ぎ出すが、彼は続けた。
「停止コードについてはフェンリル、GOAT、アークで合意した場合のみ使用できるようにしてあります。これは情報漏洩を防ぐためですが、これが使えるかどうかは実物がないのでわかりませんのであくまで保険と考えてください。問題は久利原直樹の死亡がトリガーになっている場合です。停止コードが有効なら問題ありませんが、その辺の対策は専門家であるアークにお任せします」
軍事学校からの評価は突き抜けるものはないが、戦力を最大限発揮させることができる指揮官として得難い才能の持ち主だというもの。
「ドミニオンと戦う上での問題は、神父と呼ばれる存在は一人でない可能性があることです。オリジナルはすでに死亡していますが、相性がいいと感染するみたいです」
電子体の偽装というより書き換えという技術について、橘聖良曰く不可能ではないとのことだ。
「原因はバルドルとの接触が原因だと思うのでさっさと破棄することを推奨します。ついでにそちらで保護しているコネクターを返してもらえませんか? バルドル解体したら無用かと思いますし、人間があれを統御しようとして、数十年経っても無理なのですから、今後どれだけ続けても無理でしょう」
間違いなく彼はコネクター、つまり水無月真の現在の所在とその役割を知っている。
「それについては別の場所で」
「当方としては後々の面倒を避けたいから筋を通しただけです。あなたたちはメンツを守れる。俺達は仲間を返してもらう。それができないのであれば、俺達は抜けさせて貰います。当然そこからは政治の場で戦うことになるでしょうがね」
何より、灰色のクリスマスと称される事件に前後して、個人としては莫大というだけの資金と、それを背景とした有力者との繋がりを持つ男。もし軍人として歩みをはじめていたなら優秀な軍政家となるであろう。
「……バルドルは解体する」
「長官?」
長官とはGOAT長官の私ではなく、極東州の代表として参加している宇治原八雲長官のことだ。
「そもそも猫にピアノの上を歩かせた音の繋がりが曲として聞こえた。そんな奇跡を体現するのがかのノインツェーンだ。どれほどインテリジェンスなアイデアを持っていても、再現はおろか扱えきれなければ意味が無い。あの戦争で失った物は、ノインツェーンの技術である時点までは回収できたが、それ以降はどう見ても赤字だ。彼の弟子である橘社長に問いたい。あれの遺した技術の解読に費やす時間と予算を別の分野、例えば宇宙開発などに回すのはどちらがより効果的か」
「おそらく後者でしょう。彼の遺した技術は魅力的だけど、一般人が狂人を理解することはできないもの」
「一度目の時点で解体すべきだったが、データを引き出せるのではないかと試行錯誤した。結果として門倉八重を失った。その時点で止めるべきだった。もういいだろう。それともセカンドやデザイナーズチャイルドを含めた人の衆知はノインツェーンという個に劣るものか?」
長官が我々を見渡す。
「我々は半世紀、長くても1世紀先という近未来にのみ責任を負えばいい。それ以上を背負おうというのは傲慢だ。そうではないかねジルベルト大尉」
「難しい問題はそちらでお考えください。私は自分が安心して眠るために最善の努力をするだけですので」
20代の若造がこのプレッシャーの中でも平然と言葉を返す。果たして自分の部下にこれほど肝の据わった者がいるだろうか。そして長官は心の琴線にふれたのか、一瞬表情を消し、そして声を立てて笑った。
「君の物言いは非常に人間的だ。確かに食事をきちんとし、枕を高くして眠れる以上の贅沢はないな。桐島長官、君達が遺産を隠し持っていることは知っている。だが、宝箱が無くなれば鍵は要らないだろう?」
私は軍人であることに誇りを抱いているが、軍事というのはあくまで政治の一要素である以上、コントロールから離れるわけにはいかない。だが彼は、ジルベール・ジルベルトははじまる前に根回しを済ませていたであろう。
レインのこともあるが、できるなら手元に置いておきたい人物だ。
「被験者水無月真は、明日1200を持って解放します」
理想より現実を取った瞬間だった。
side 門倉甲
「まこちゃんの実体が見つかった!?」
「命に別状は無いようだが、リハビリが必要だと診断された」
俺の中に溶けた門倉甲の知識から、それが茶番であることを知るのは今話している上官と、今はまだログアウトできていない当人と、余計なことを知ってしまった俺だけだ。最愛の女性に対して黙ってきたことは心苦しいが、世の中知らなければ良かったこともある。特に直情的な空にわだかまりを抱くなというのは無理な話だ。
「すぐ会えるの?」
「しばらくは絶対安静だそうだし、何らかの後遺症があるかもしれないからアーク系の病院で検査をする必要があるので、今回の仕事が終わったら会いに行ってやれ。もっとも橘女史が普通に生きているのだから問題がない気はするが」
「わかった、本当に良かった」
涙ぐむ空と、もらい泣きするレインを尻目に俺達は部屋を出る。
「天災でも起こらない限り、世界の命運は一握りの誰かが定めることだ。ましてや人間の命なんて軽い。まあ軽いが故に水無月真は目こぼしをされた」
ジルベール・ジルベルト。俺の上司で、デザイナーズチャイルド。そして俺の中に溶けた門倉甲にとって理解できない生き物。決して尊敬できる訳ではないが、こいつはセカンドとかデザイナーズチャイルドとかの枠ではなく、一人の人間として戦い続けている。何故そこまでやるのかと疑問に思ったことがあったが、ようやく似たような立場になって理解した。
孤高にして孤立。誰もこいつの本質を理解できないが故に自己満足として久利原先生を殺したいと望む。別に先生を憎んでいる訳ではない、救いたいわけではない。仕事だからとか言い訳もしない。久利原直樹いや、その深奥にいる神父とその存在意義をかけて戦いたい狂人。
斯くしてこの世界は狂人に救われることになるのだろうか。そんな俺の心を見透かすようにジルベルトは嗤う。
「お前は門倉空とその周辺だけを考えて生きろ。知識が増えたからといって余計なことを考えると容赦なく死ぬし、それがその戸惑いが他の人間の害になるなら殺すぞ」
兎にも角にも俺の知識だけでは世界は救えない。政治的解決を目指すにはこいつの人間としての意志いや執念こそが重要になる。
「明日で決着を付けることができれば、それこそしばらくは楽になれる。そしたら嫁さん連れて父親ときちんと話してこい。これは命令だ」
「たまにお前が善人なのか悪人なのかわからなくなるんだが」
「善悪、喜怒哀楽、排他、利己、献身、崇拝、愉悦。そういうあらゆる概念や感情を内に秘めた存在を人間というのだよ門倉甲。それだけは機械には理解できないだろうな」
作戦開始まであと17時間14分
ジルベルトさんが目指すものは何か。そして門倉甲、こっち(変人)の世界へようこそ。だが主役は君じゃないんだ。
arcadia版から結構変えていますが、大筋は変わっていないはず。
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