こんな分岐は嫌だ ~ BALDR SKY短編集~ 作:水城悠理
別名決戦前夜
君は何故戦うのかと聞かれたことがあったが、その時俺の言葉は「本能」だと答えた。
「ドクターもそうだと思うが、デザイナーズチャイルドという生き物は総じて安定していない。肉体的な安定ではなく精神的な安定に欠く。この地には鳶が鷹を生むという言葉があるそうだが、それでもそれは連綿と連く遺伝子の持つポテンシャルを最大限発揮した結果に過ぎない。だが、デザイナーズチャイルドは『目的』を持って作られた。そして生まれた子は常に親の目によって審査される。普通の子なら見捨てられるかもなんて微塵も思わないだろうが、残念ながら俺達はそうではない。幼少期に刻まれた恐怖が我々の心を苛む」
鳳翔という場所はそうやって傷ついた人間が傷を舐めあって生きる籠だった。彼らは世間的に見るならエリートだが、心が折れて、歪な修理を受けて現実に解き放たれる鷹だった。少なくとも彼らは鷹で無ければならなかったのだ。
「できる奴は本当にできるんだが、中途半端はいけない。いっそのこと突き抜けてしまえば楽だったろうに」
当たり前のように成長し、母となり、老いていくという生き物のルールを無視した目の前の女性のように。与えられた才能を無駄遣いすることを由としたあの男のように。
「ジルベール・ジルベルト、君は凡人ではない。それは才能的な意味ではなく精神的な意味でだ」
世の中にはマッドやら狂人と呼ばれる人種が色々いる。目の前の女もその一人であるが、あいつに生き方を教えた彼女の分析力を侮ったことはない。
「今考えるとだが、私を造ったノインツェーンは己の欠点を他者で補おうとした。結果としては失敗したわけだが、その残滓がデザイナーズチャイルドと呼ばれるようになった。デザイン段階から目的意識が歪だったのだから、製品に不十分があってもおかしくない。どれだけの人間が造られたかは分からないが、幾人かの人間は天才と呼ばれるようになったものの、偉人は今まで一人として登場しなかった。成功した彼らは、社会システムに興味が無かったからだ。天才は問題を容易に超克するし、そもそも問題が起きる現実の方を非難した。要は社会システムに対して働きかけをしてこなかった。自分が機械的になれる分野には強かったが、他者を介在する分野では大成しなかったというわけだ。その辺も設計者に似ているな」
彼女の専門はナノテクノロジーだが、デザイナーズチャイルドについては誰よりも詳しい。こんな世の中だから死はありふれたものになってしまっているが、実験で使い潰れるような死に方を見た訳ではない。どれだけの
「セカンドもセカンドで問題がある。彼らは現実と仮想の境界線が薄い。電脳症がその最たるもので、橘聖良社長なんかは既に割切っているが、矛盾を解決するために2世代くらい掛かるだろう。どっちにせよ新人類を称するには足りない訳だが、話が横道に逸れたな。私が君を知ったのは灰色のクリスマス以降のことだが、正直言って君との距離感を測りかねていた。どうして君は私を避けたのか。私を通して誰を見ているのか。まあ、君が概念的な意味で並行世界の住民であることを知った今では、向こうの世界で私と何らかの繋がりがあったのだろうと想像できるのだが、基本的には冷静を装うことができる君が……」
言葉には出なかったが、その目が「何故意識して自分を避けるのか」と問いかける。いつかは聞かれると覚悟していた。明日死ぬかもしれぬのであれば目の前の女にだけは伝えてもいいだろう。
「そうだな。有り体に言ってしまえば『俺』はドクター・ノイを知っている。水無月空は水無月真の姉として、門倉甲は彼女の思い人として知っている。桐島レインについては、まあ今となってもこっちでの付き合いの方が長いから色々とな。久利原直樹のことも知っていた、アレに神父が潜んでいるのも予想していた。アセンブラの暴走については自分が生き残る程度の時間は稼げたから由としよう」
「それは君の主観か? まるで客観的に情報を得ているかのように聞こえたのだが」
自分でも話す内容に違和感を感じるのだから、聞いている彼女はもちろん疑うだろう。
「正直に言えば『俺』ではない『ジルベール・ジルベルト』を通じてだ。情報として詳しく知っているのはドクター・ノイ、水無月真、桐島レインの三人。更にいえば門倉甲の彼女は渚千夏だったな。水無月空の印象は過保護で空回りだ。そういった意味では橘聖良とよく似ている。魂については未だに解明されていないが、遺伝子レベルでいうなら身内なのだし似ていてもおかしくないのかもしれない」
こういう情報の分析に強いのは橘聖良の方だ、彼女は裏技は使えるし、ある程度詳しいがあくまで囓っている程度だ。
「ESに墜ちた俺は、気がついたらこの世界のジルベール・ジルベルトになっていた。これを知っているのは、ついこないだ自分と自我融合を起こした門倉甲とあなたで二人目だ。さらに言えばアセンブラの停止コードは取りあえず知っているから、世界が滅亡する可能性は皆無だろう」
詰まるところこれから起きる戦いは、俺たちの学生時代からの因縁を目に見える形で解決するための儀式に過ぎない。目に見えるケジメは付けるぐらいしか本当に意味がなく、巻き込まれる人間は知らないとはいえ、運が悪い。ごくごく近い未来の予測が終わった俺は消え去った後の世界に思いを馳せる。あの世界についてはこんなことが起きずに終わったのだろう。ノインツェーンが異常だとしてもそれ以上の異常の前には意味が無い。どうせ搦め手で終わらせたんだろうさ。真似することはできただろう。だがそれでは意味が無い。生きている意味が無い。門倉甲の言う水無月空は、その辺が理解できなかったようだ。感情を持ったシステムになってしまった彼女にそれを告げるのは酷だが、目の前にいたらおそらく言ってしまうだろう。
「過去に目を向けるのは悪くないが、過去にこだわるのは辞めろ。周りを不幸にする」
後悔するのはいい、だが失ったものの代わりを見つけた方がいいと思ってしまえるのは、喪失したものが俺の中に無いからだろう。遺伝子上の親に興味は無い。灰色のクリスマスでこぼれ落ちた鳳翔の同窓にも興味がない。久利原直樹に興味があるのは、護るべき者を失い、仲間を切り捨ててまで欲しいものがあったのかという狂気の源泉だ。
「思春期の若者は大抵自分探しをすると思う。アイデンティティの確立を進学や他者との交流で達成しようとするわけだ。いくら鳳翔の生徒に問題があっても卒業してしまえば一区切り付く。仮想世界が当然のようになってしまってからは年齢と地位が一致しないこともしばしばだが、それでも子どもはどこかで大人になる為に区切りを付けなければならない」
平和な環境なら学校からの卒業であるし、危険な環境でも何なかの区切りは付けるだろう。しかし俺たちは灰色のクリスマスとかいうよくわからないものによってそれを中断した。もちろん軍事的な訓練学校は卒業して現在はPMCとして活動し、大尉待遇であるわけだが、体が成長しても心が区切りを付けたがっている。
「結局、今回のアセンブラにまつわる事件は、家族を失った男の自分探しに巻き込まれた学生たちの自分探しを終わらせるために起きたと俺なら報告書に書くな。政治的な思惑とかそういうのはお偉いさんに任せればいい。だからこの戦いで生き残っても俺はもう軍務には携わらない」
「確か君統合軍からお誘いを受けていなかったか」
「誘いは受けたが乗るとは言っていない。灰色のクリスマス前後でかき集めた金は、活動資金として運用していたが、多目にボーナスを渡しても人一人ぐらい普通に暮らす程度の額はある。それで一旦自分の心を整理して自分のしたいことを決めるさ」
宇宙開発事業でもいい、荒廃した大地の再生事業、それこそナノテクノロジー分野でも良い。自分が成功させる必要が無い。所詮ジルベール・ジルベルト(おれ)の資質は一芸に特化した何かではない。ただ、時間を掛ければそれなりに成果が出せるというのはいい。そういう生き方ができる人間は生き残れる。目に見える功績としてはこれ以上必要あるまい。だが、それもこれが終わってから考えればいい。
「ならば、どうなるにせよもう私達は出会うことはないだろう。さらばだ私の弟。私は君のことを誇りに思う」
「さらばだ我が姉。自分から会おうとは思わないが何かあったら連絡をしてくれ」
そうして俺たちは握手を交わす。
出会いがあれば別れがある。俺にとって知らないけど知っている彼女は、ある意味特別な存在であった。だから会いたく無かった。あの男を通しての彼女をどうしても意識してしまうからだ。今なら分かるが俺は子どもだったのだ。彼女はあの男にとっても俺にとっても必要だった。ただ求めるものが違った。彼女は俺にとって血の繋がりは無くとも姉だった。少なくともあの男のように恋人にしたいとは思わんが、生き方を尊いと思った。俺たちの関係はそれでいい。
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姉と弟
side 水無月空
うちの司令官、ジルベール・ジルベルト大尉。指揮官としての適性は出身訓練校の歴史でも五指に入る才能の持ち主で、正式に統合軍士官学校へ進めばという声もあったがアイツは断った。
「地位が欲しいなら最初から士官学校を目指した。技術が欲しいから訓練校を選んだ。それだけだ」
アイツは自己完結する能力、正確には電子戦能力を欲したが、残念ながら一流に踏み込むか踏み込まないかのレベルで、私や甲のような才能が無かった。セカンドとデザイナーズ・チャイルドの違いと言えばそこまでだが、物資の調達や資金の運用、情報の精査など全ての分野に於いて優秀なものだから、士官学校に言っていたら今頃中佐になっているのではないか、雑談の中でレインと話したら彼女も同意した。
「お父様も大尉のことを話したら高く評価しました。在野に置いておくのは惜しい人物だが、私の安全と天秤に掛ける訳にはいかないと。公人としてはどうかと思うのですが」
そういう彼女と“大佐さん”こと桐島勲少将の仲は以前より悪くないというところだ。もちろん命がけの仕事に就くことを父親としては許容したくないだろうが、この物騒な世の中で計算ができるジルベール・ジルベルトがいるという状況は悪くない。
「しかし、今更だけどレインも物好きよね。どうしてあんな偏屈者がいいのか」
「と言われましても……空さんは甲さんが好きな理由を単純明快にいえますか?」
「うーん言えるような言えないような。でもほら、何かあるでしょ。キュンとしたエピソードが」
「いえ特には。でも、黙々と仕事をする姿は、何となく父と似ているかも。自分ではファザコンとか思っていなかったんですけど」
父親を憎んでいても父は父という訳だ。私には理解できない感情である。
「でもアイツ、レインのお父さんと違って感情の機微には疎くないわよ。というか何だかんだいってマメじゃない? テッドの奥さんの誕生日の為にナノフラワー送ったりさ。意外と家庭持ってしまえば、気が効くタイプかも。でも普段の言動がネックか」
交渉時のアイツは一流のネゴシエーターであり、戦闘時のアイツは命を賭けるに足る司令官なのだが、プライベートでは毒舌なのだ。私とは出会った頃から挑発してくる彼とはケンカ仲間という単語がしっかり合う。もう一人のケンカ仲間とは私が勝ち逃げした形で終わった。
「ねえレイン、私は多分運が良かった。あなたも混乱発生当初に甲と一緒にいて、割と早く私たちと合流できたのは運が良かった。私の友達の一人は運が悪かった」
「渚千夏中尉……全身義体化でしたね」
「グングニールの余波だって。もし私があの時ジルベルトに助けられなかったらアセンブラで分解させられていたか、グングニールで蒸発していたでしょう。だから私は運が良いのよ。使い切っていないのか、死ぬ運命を覆したのか知らないけどまだ生き残っている」
アイツはこの戦いが終わったら解散すると言っていた。私としてもまこちゃんを引き取って、甲と三人で暮らしたいと思っている。古参の仲間達は次の戦場に向かうか、市井に帰るだろう。少なくとも世界の存亡に関わるような事態に巻き込まれるようなことはない。せいぜいが企業同士の小競り合いや、国とゲリラの闘争に参加するレベルだ。
「レインは結局どうするの? 私の勘だとアイツ失踪するわよ。すでに報奨金は振り込まれている訳だからもう後腐れないしね」
最初は私達だけだった。少しずつ仲間が増えて、政治的にも食い込んで、今がある。今生きている、そして前に進めているのはアイツのお陰なのは間違いない。嫌な想像だが、アイツいなかったらまず金銭面で詰む可能性が高く、生の情報の精査なんて技能は特殊な才能だから行動範囲は著しく狭まる。政治的には聖良さん経由という紐付き。いやそもそも私は多分死んでいただろうから、前提が全く違ってくるだろう。
「今は違うと思いますけど私友達って空さんぐらいでした。だからというか何というか置いて行かれるのが怖かったんです。命がけの世界に飛び込むのと、ひとりぼっちの世界で生きていくこと。どっちがいいのか考えたから今の私があります。最初は考える余裕もありませんでしたが、この仕事に慣れてきて少し余裕ができると考えるようになりました。自分はここにいていいのだろうかと。大尉はそんな私を見て、仕事だと割切ればいいんじゃないかと言ってくれたんです。ジルベール・ジルベルトという人は本人は否定するかもしれませんけど維持するために意外と気を配るんです」
なるほどあの男の本質はやっぱり維持なのだ。自分のテリトリーを守るために努力をする。その方向性が割とおかしいが、味方であるなら心強い。
「ジルベール・ジルベルトはアセンブラに関する諸権利を放棄して、優先交戦権を獲得したわ。軍やフェンリルが梅雨払いをしてくれる。ドミニオンの教主グレグリー、そして久利原先生から真実を聞かなければならない」
しかし、そのアセンブラの情報を彼はどこで手に入れたのだろうかと思考の海に沈みかけたが、苦笑した。
私にとっては行方不明のまこちゃんが見つかった今そんなに無茶はできない。だが、気を緩めれば死ぬのがこの業界だ。
「備えよ常にか」
「たまに甲さんが言いますねその言葉。有名な人の教えなんですか」
「ええ、もっとも教えてくれた人には備える時間がなかったのかもしれないけどね」
亜季先輩の話、フェンリルのモホーク中尉の話を聞く限りでは先生は生き急いでいたように思える。あの頃の私たちは子どもだった。IFを言いだしたらきりがないとはいえ、どこかで止めることができたのか、やっぱり無理だったのか。だが、現実としては生かして罪を償わせるという解決策を取ることはもうできない。彼の願望が何だったのかはわからないが、すでに殺しすぎている。故に自己満足のために殺すというジルベルトの意見は全く持って正しい。大げさにいえば世界の存亡にかかわる問題の解決だが、私たちにしてみれば決着をつける意味しかないのだ。ジルベール・ジルベルトは博打を嫌う。やろうと思えば単独でもできたのに後のことを考えて行動する。かくして準備は整った。ここから先は鍛えぬいた経験と運だけで生死が決まる。
「あいつはこういうことを口にするのを嫌がるだろうけど、一段落付いたら甲と結婚しようと思っているの。恋人だったし、基本的にやることやったし、胸のつかえが取れたらもうね」
「結婚式を挙げるのでしたらぜひ呼んでください。幸福のおすそ分けもお願いします」
レインは私くらいしか友がいないと言ったが、女同士の些細な話ができる相手はレインぐらいしかいない。そういう仲なのだ私たちは。
「任せときなさい。造花ではない生の花束を用意して渡してあげるわ」
この灰色の空の下では以前より不幸が増えたのかもしれないけど、それでも私たちは生きている。明日を生きるためにこれから最後の決着をつけなければならない。
よし、後は先生を倒して終わりだな
ところでDIVEXが始まってまだワードとして出ていない原作ヒロインが一人いたような……
大丈夫です、最終話で出ます。
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ところで真ルートは?