こんな分岐は嫌だ ~ BALDR SKY短編集~   作:水城悠理

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afterstory3 さようなら違う世界の私達

 電脳症は不治の病であるということを私が知ったのは10歳になったときのことだった。両親が居ない施設出身の私たち姉妹にとってこの病気は重くのしかかる。

 

 まこちゃんが人の心の壁を突き抜けることを知ったのもその頃。超能力とかではなく、思考を形成する脳内チップを介して何となく分かるというものだが、周囲の人間にしてみれば奇異な存在だったのだろう。

 

 リアルで避けられると共に、ネットの世界でより先鋭化する電脳症持ちのまこちゃんは忌避された。私はまこちゃんを守るのに忙しくて、当たり障りのない知人はいても、心を許せる友達はいない。でも、仕方がないと言い聞かせる。

 

 私はまこちゃんのたった一人のお姉ちゃんでまこちゃんを……

 

 

 スーパージルベルトワールド

 afterstory3

 さようなら違う世界の私達

 

 

 side 門倉永二

 

 季節は春、世界から貧富の差が無くなることはないが、昨年のクリスマスに神様からの贈り物によって少しだけ明るい未来が見え始めた今日この頃、俺はジルベルトの坊主と一緒に星修学園の如月寮に向かって歩いていた。

 

「正直、あの寮に行くの結構めんどいんですよね。行くたびに何故か威嚇されたりするし」

 

「そりゃ、かわいい妹に寄りつく男なんて万死に値するだろうよ。俺だって八重と付き合いはじめた頃のまだリアル生活の割合があった聖良さんの目を思い出す度に生きた心地がしなかったさ」

 

「あの人の姉に対する溺愛っぷりを文字チャットだけで延々と見せられた身としては同情します」

 

 やがて、寮が見えてくると、入り口の前にネイビー系のカットソーに淡い桜色のロングワンピース合わせて着ている少女。一時は留年すると言い出したが、無事に大学に進学した亜季ちゃんがいた。

 

「おじさま? それにジルベルトさん」

 

 久しぶりに見る彼女は知り合った頃の妻を彷彿とさせるが、中身は間違いなく聖良さん系。良い悪いの問題ではないが……まあ、それは俺の役割ではない。だから親戚のおじさんらしく気軽に挨拶することにする。

 

「よう、亜季ちゃん元気にしてたか? 甲はいるか、それと水無月の姉妹も」

 

 俺と彼女たちが会うのは何年ぶりだろうか。もっとも彼女たちは俺を知らないだろう。もっとも定期的にレポートは確認しているので間接的には知っているという間柄だが。

 

 世界を変えたノインツェーンの研究は多岐に渡るが、総合的に引き継いだ研究者は誰もいない。聖良さんの場合、ネット関係の継承者だと認知されているが、遺伝子強化などに関してはかじっている程度で素人に近く、先日問題視され、紆余曲折を経て画期的な研究として“公表”されたアセンブラに関しては全く分からないとのこと。これは氷山の一角であり、他の研究者も似たようなものだろう。

 

 残された論文にしても、自分が分かればいいからと意味不明な羅列で書かれ、宝の山とはいえ、解読に10年も掛かって成果が出なければ研究者として報われないところから敬遠されていたノインツェーンの遺産。

 

 コネクターと呼ばれた八重の遺伝子を研究している組織もいたが、俺たちが滅ぼしたので被験者は聖良さんに預けた水無月姉妹だけ。もっとも容姿は八重に似ていないので関連性を疑われることもないし、聖良さんに至ってはトラップまで作っておいた。そしてノインツェーンの意味不明な研究を人間が分かるレベルに翻訳できる人物が現れたことで彼女たちの価値は皆無となった。

 

 春の陽気に当てられたのか眠たそうな顔をする男。傍目には線の細い優男のイメージだが、重要なのはその中身だ。

 

 事情を知る者の間では『ノインツェーンの後継者』と呼ばれているジルベール・ジルベルト‐目の前の坊主がバルドルの中で取得したものは多岐に渡る。但し本人曰くあくまで全ての本棚の閲覧を許可されている司書でしかないとのこと。だが、同時に乱雑に別れている本を分野別に整理できる能力に長けている。

 

 聖良さん曰く「才能的には普通だけど、実務家として流用する能力に長けている」とのことだ。

 

 デザイナーズチャイルドという高い素養の持ち主であるこいつがどれかの分野を専攻すれば、少なくともその分野の大成は確立している。

 

 斯くして、政府、軍、企業におけるジルベール・ジルベルトの争奪戦が始まろうとしていたのだが、先日鳳翔の3年に進級したこいつとしては「こじゃれたカフェとか開きたいと思っているんですけど」と世の科学者たちが絶句するような発言をして保留にしている。

 

 おそらく、アーク系の大学に進んで、アルバイトしながら進路を定めるという選択肢になるのではないかと考えているのだが、勲も娘の関係から自分のところに引っ張りたいと思っているのだろう。

 

「俺自身は遺産の管財人しているだけなのでさっさと受取人に押しつけて身軽になりたいんですけど」

 

 と言っているのだが、今世界中で最も重要な人間の1人と目されるこいつがどこかの機関に所属することは確実。だが門倉永二としてはこれから交わされるやり取りの方がはるかに重要だった。

 

 

 side 水無月空

 

 甲のお父さん、門倉永二についてネットで調べたことがある。

 

 表向きは門倉運輸という運送会社だが、その実態はPMC『フェンリル』の代表で南米で虐殺事件を引き起こした人物として恐れられている。まあその話も、敵対勢力が自分の施設を爆破してそれをフェンリルに擦り付けたとか。

 

 ノイ先生に門倉永二について尋ねたことがある。曰く「愛妻家で本来は子煩悩だ。親子の仲が上手くいってないのは残念だが、父親は妻子のために戦うのか本質的な役割だからあの時は仕方なかったろう」

 

 知り合った軍人のおじさんに知ってるかなと思って聞いたことがある。どうやらかつては同じ部署で働いていたらしい。おじさん曰く「軍機だから詳しいことは言えないが、家族もそうだが、大切なものを守るために戦士は戦わなければならない。もっとも私は娘の問題を他人に丸投げした情けない父親だが」と苦笑していた。

 

 そして目の前にいる門倉永二は明るくて気さくないい人といったところだろう。

 

「それで、俺や亜季ねえが呼び出されるのはともかく、何で空や真ちゃん、それに」

 

 今、私たちはアーク社系列のホテルの会議室みたいなところに呼び出されていた。甲は困惑しているようだけど、亜季先輩は何となく見当がついているのか、むしろ甲の方を心配そうに見ていた。問題は無関係な私たちだ。

 

「俺だって家族の問題に踏み込みたくないんだけど、真ちゃんの病気にも関係する話なんで」

 

 まこちゃんの病気? それって甲のお母さんに関係あることだろうか。

 

「ところで門倉甲に確認したいことなんだが」

 

「な、何だ」

 

 突如空気が張り詰め、私たちも息を飲んだ。

 

「彼女さんともうやっちゃったの? クリスマス二人きりでデートだったんだろ」

 

「親の前でそんな話聞くなよ!」

 

 甲と千夏は恋人同士。それが割り切ったと思った今でもちょっと心にのしかかる。しかし、次の彼から出た言葉にそんな感情は吹き飛んだ。

 

「とまあ、緊張もほぐれたところで、本題に入るけどまず簡単な方から話すか。電脳症の治療の目処が付きました」

 

 私は立ち上がり彼を見て、まこちゃんを見る。

 

「情報量のオーバーフローとでも言えばいいのでしょうか。セカンドは絶え間なくネットに繋がっているわけですが、ごく稀により適応させようとするようにチップが進化させちゃうんですよ。あるいは事故などで過剰な情報量を浴びせられたときに機能が狂う」

 

 事故と聞いて私は心臓が跳ね上がる。しかし、もちろん彼はそんなことを気にするはずもなく話を進める。

 

「前者と後者の区分けは今後の学会に任せますが、適切に情報を処理するための回路を作ればいいということで、作って見ました。幸い真ちゃんのエラーパターンは門倉八重に酷似していたので」

 

「親父、本当なのか?」

 

「聖良さんとその分野のエキスパート、それにジルベルトの坊主が太鼓判を押したんだ。現時点ではこれが最良だろうな」

 

「川にダムを作って流れを抑制するようなものなので、もちろん情報処理能力は落ちます。本当はオンオフ機能があれば良かったのですが、アセンブラのコマンダーシステムのようなものを構築しなければならないので、現時点では無理です」

 

「もう少し待てば、もっといい治療が受けられるかもしれないということね」

 

「ある意味yesなのですが、現在は実験段階なので俺が主導して他の方にも協力していただいている状況です。そういうこともあり、治療対象者の選定は俺に委ねられますが、基礎理論が確立した後は他の専門家に委ねてしまいます。で空さんの疑問ですが、良くなる可能性もありますが、数をこなした分成功率が上るという意味では正しいのですが、無理矢理レベルを3段階くらい上げたので、技術的な意味ではおそらく10年間は今回提案している方法が主流になるでしょう」

 

「俺には詳しい話は分からないんだが、あんたこの分野の科学者なのか?」

 

「デザイナーズチャイルドとしては標準的な身体機能を持ったごくごく普通の鳳翔の学生だよ」

 

「人工知能友愛協会が会員にしたいと言っていた」

 

 人工知能友愛協会って亜希先輩と研究が認められて退職した久利原先生、あとノイ先生が入ってる団体でしょ。

 

「あーありましたけど、真実興味ないなあ。西野さんは入って何かメリットありましたか?」

 

「……そう言われると無い気がする」

 

 何だろう、勧められてショッピングセンターのポイントカードを作ったものの、〇倍セールの時に行かないからあまり役に立ってない的な会話は。天才がぶっ飛んでいるという実例を垣間見た気がした。

 

「ちょっと脱線しましたが真ちゃんの場合、先ほども述べたように門倉八重の症例に酷似しているので修正しやすいんです。今なら優先して治療が受けられる、悪くいえばモルモットなので後見人の方とも良く話して決めて下さい」

 

「私たちの後見人?」

 

「ええ、ここにいる門倉永二さんです」

 

「どうして親父が空達の後見人なんだ」

 

「それは彼女たちがあなたの妹だからですよ」

 

 私は何を言っているのか理解できなかった。否、したくなかった。

 

 

 

 side水無月真

 

 私たちは天涯孤独の身でした。姓である水無月も研究所で面倒を見てくれた水無月博士からもらったもの。何も持っていない私たちが特に苦労することなく星修まで進学できたのは何かしらの力が動いているのだろうとおぼろげながら感じていたのですが、ジルベルトさんはさりげなくとんでもないことをやらかす癖は最初に会ったときから変わっていない。

 

 どうやら私たちは甲先輩の妹のようです。甲先輩のお父さんが後見人で、学業の資金の出所はアークか甲先輩のお父さんから何でしょう。

 

「軍機とか機密事項とかを端折って説明すると、門倉八重の遺伝子を弄って誕生したデザイナーズチャイルドが君達。ノイ先生の誕生にまつわる技術を応用しているから考えようによってはあのダメ人も姉と呼べなくないんだけど、そうなると俺も君たちの親戚になってしまうのでその点は無視しよう。南米虐殺事件はそれにまつわる事件で、お母さんの遺伝子を悪用されないように奔走していたのが門倉永二と橘聖良の当時の事情。西野さんが門倉甲と会っていたのも子ども達の安全確保のため」

 

「どうして母さんの遺伝子が。電脳症とも関わりがあるのか」

 

「詳しくは俺も話せない。ただ、八重の遺伝子が狙われると分かったときに、お前を守るために手段を選ばないというのが俺と八重、聖良さんとの間で交わされた約束だ。寂しい思いをさせたのは悪かったと思うが」

 

 多分、血のつながりのある甲先輩も危険だったんだろう。でも、甲先輩は納得していない様子だ。

 

「どうしてちゃんと話してくれなかったんだよ」

 

「話せばお前も首を突っ込むのは見えていた。俺と八重の子だからな」

 

「親父……」

 

「昨年末に、門倉八重の遺伝子が狙われる要因が無くなりましたので、あなたたちに対する警戒レベルが下がりました。今後は進路など自由に決めていただいて問題ありません」

 

「後は家族の問題なので俺は失礼します。真ちゃんの治療については後日正式に書類とか送りますのでその際にでも」

 

 ジルベルトさんはそうしてこの混沌とした状況を放置して部屋を出て行った。私にある疑問を残して。

 

 sideout

 

 

 呼び出されたのは俺たちがよく集まるプライベートスペース。ノイ先生と一緒に待っていると、真ちゃんが入ってきた。

「多分呼ばれると思ってた」

 

「ジルベルトさんに、いえ佐藤さんに聞きたいと思っていたんです」

 

「先ほど君のお姉さんに話したこととは矛盾するけど、真ちゃんは俺にとって身内だからね。話せる範囲なら」

 

「甲先輩のお母さんの遺伝子に関わる事件と久利原先生のアセンブラは繋がっているのではないですか?」

 

「デザイナーズチャイルドにまつわる技術、アセンブラにまつわる技術、そしてセカンドにまつわる技術はある存在を基点としている。そういった意味では正解。バルドルへのハッキング事件は知っているかもしれないけど、あれに正規にアクセスするためには門倉八重の遺伝子が必要なんだよ、まあ正確にはそう思われていた」

 

 そして多分真ちゃんが一番適正率が高いかなと思っている。これに関して、クリス先輩こと白鳥女史にその辺を確認すると正解という答えを得た。

 

「データを確実に取り出す方法が確立したからね。御大将、いや久利原氏みたいにアレに人生を狂わさせる人は多分でないと思うよ。研究の発表で路頭に迷う科学者は責任持てないけどね」

 

「真君、大切なのはいつ壊れるか怯えることなく生きられるということだ。私も政府の監視から外れることになったし望外の幸運だったな」

 

 面倒くさかったな親父のもめごとと宣うノイ先生を後目に、現状を振り返る。白鳥女史からことのあらましを聞いた身としては本当に奇跡の3乗位が起きたのだろうと、気にしないことにした。

 

「そういうことでしたら、私はこれ以上何も聞きません。それで私の処理能力ってどれくらい落ちるのですか」

 

「正直やってみないと分からない。基本的には電脳症で無理矢理拡大した領域を塞ぐパッチなので、声が漏れることはないと思うし、プライベートスペースに侵入するなんてことも無理だと思う。もっとも、君達姉妹は本来膨大な情報量に耐えられるような形で調整されているはずだ。科学者の私としては特殊な事例が最初の症例だと困るわけだが、最悪ジルベルト君が何とでもできるので君が治るのはほぼ確定だと思うよ」

 

「佐藤さん、いえジルベルトさんもここ半年で遠い世界の住民になってしまったんですね」

 

「こないだ将来の選択を聞かれたときに、ラ・ヴィータの親父さんみたいにこじゃれたカフェやりたいと言ったんだけど何言ってんだこいつは? って感じの目で見られた時は、全部のイーサ-に同時ハッキングしてインフラズタズタにしてやろうかと思ったよ」

 

 ちなみにああいう集まりには面倒なので佐藤弘光で通すことにした。ジルベール・ジルベルトで出ると一応えせ上流階級出身の身としては困るし、今更親とかしゃしゃり出てこられたらぶち切れるだろうし。

 

「そういえばそろそろ会食の時期だけど、次は何作ろうか」

 

「少し遠出してお弁当なんかどうでしょうか?」

 

「私もそろそろ料理の腕を向上させるべきだろうか、しかしアレのバージョンアップもなあ」

 

「あら、皆さんお揃いなんですね」

 

 タイミング良くレインも現れ、いつものメンバーが揃ったところで今後のスケジュールについて話を始めるのだった。

 

 

 

 おまけ その後の如月寮

 

 

 気がついたら甲と空の関係が近くなっていた。

 

 以前私は甲と空の関係について疑ったのだが、その時はシムクララだかシュミラクラが原因ということで事なきを得たのだが、不安だったのは事実だ。

 

 そして現在の状況。何かあったとしか思えない。変わったといえば真ちゃんも変わったというか、むしろこっちの方が変わってしまったというか。

 

「それでですね、ジルベルトさんがもしよかったら亜季先輩も来ないかって」

 

「知り合いばっかりなのはいいけど、やっぱりちょっと不安」

 

「大丈夫ですよ。ちゃんと火打ち石さん、じゃなかったモホークさんが一発殴って手打ちにしてますから。でも人間って結構かんたんに吹き飛ぶんですね」

 

 ケラケラと笑う真ちゃんに、甲に対してもじもじ接する空って二人の人格が入れかわったとしか思えない。

 

 私の疑問が氷解するのは学園生活最後の夏休みが終わる頃なのだが、この時点では何ともいえない焦燥に駆られる私だった。

 

 

 




弱体化した水無月真と言えば弱そうなのですが、より繊細な動きが可能となった結果シュミクラム戦では何故か強くなっているというのが本編の彼女。

タイトルは番外編の真ENDの伏線で、現状は特に意味がありません。

空は失恋未満の傷口のかさぶたが誰かさんのせいではがれてどうしたらいいのか迷走中。親が再婚して気になる同級生と一緒に暮らす展開←いまここ

新規追加エピソード(ジルベルトワールド関連)

  • 白鳥さんから見た本編
  • 蛇足の蛇足(結婚式)
  • 蛇足の蛇足(失恋慰め回)
  • 蛇足(水面下の争奪戦)
  • ところで真ルートは?
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