三文小説家のススメ(仮)   作:新鮮グミ

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第1話

 天狗という人外がいる。

 語源がどうなのかは私の知る所にないが、天の犬という字の通りきゃんきゃんと姦しくてベタベタと引っ付いてくる迷惑千万な輩のことである。

 

 その中でもなかんずく烏天狗の執念と意地汚さは乞食のそれより遥かに醜く強固であり、一度興味の対象となるや厠の中まで付け回される羽目となって一挙手一投足に至るまで余すことなく観察されてしまう。

 

 こうなってしまっては塩を撒こうと唾を吐こうと追い払うことは叶わない。

 加えて奴らの刷るデタラメ新聞にデタラメなことばかりを書き込まれてしまうから甚だヤッカイだ。

 

 こういった手合いがいなかったのなら、私があの紅い城へ踏み込むことは決してなかったであろう。

 全てはある夏の日に遡る。

 

 ○

 

 幻想郷の夏はことさら暑いわけでも図抜けて寒いわけでもない。

 夏が寒いわけなかろうと鼻で笑う者も居るやもしれぬが、外の世界には夏に雪が降り冬に水遊びをする奇っ怪な土地が存在する由である。

 

 当時の私は今とさして変わらず売れない小説家などをやっており、相も変わらず原稿を睨みつけながらうんとかむんとか唸っていたのだが、そんな折に奴が到来した。

 

「おやおや随分と苦戦していらっしゃるようですねえ」

 

 その声に振り返ってみれば、そこには鳥撃帽に背広という奇妙な身なりの女が立っていた。

 字面だけ見れば私の仕事ぶりを労わるような台詞なのだが、それとは裏腹に愉快そうな笑みを満面に湛えているのでひどく胡散臭い。

 

「やかましい。焼き鳥にして食っちまうわよ」

「ひゃあ恐ろしい。そんなに怒らないでくださいよ。牛乳でも飲みます?」

 

 そう言って射命丸(しゃめいまる)は肩に提げた鞄の中から牛乳瓶を取り出して振ってみせた。もぎ取って飲むと、十数時間ぶりの水分が渇いた喉に染み渡った。

 

「おお、いい飲みっぷり。その様子じゃあまた何食か抜いてらっしゃるのでは?」

「集中してるとどうも忘れちゃうのよね。私の悪い癖だわ」

「そう思ってるなら是非とも直していただきたいですねえ。作家の生存確認なんて記者の管轄外ですよ、フツーは」

 

 射命丸はむくれた顔をするのだが、これもやはり嘘っぱちで、奴は私の生き死にになぞ大して頓着していないのである。

 それをわかっているから私の対応も自然と雑なものになる。

 

「善処するとは言っておく。たぶん直んないでしょうけど」

「あやや、こいつは困りました。あ、飲み終わった瓶はこっちに寄越してくださいな。私が返却しておきますよ」

「言われなくても突き返すつもりだったわよ、こんなもの」

「ひどい。私の善意を『こんなもの』だなんて!」

「ほんとにひどいと思ってるんなら少しくらい悲しそうな顔したらどう?」

 

 言い終わらぬうちにカラッポとなった瓶を投げ渡すと奴は慌てた様子もなく片手でそれを受け取った。

 呆れた動体視力であり反射神経である。もっとも、そもそも人外である奴にとって、この程度のことは人間が腕に止まった蚊を叩き潰すよりもずっとカンタンだ。

 

「あやや、相変わらず冷たいお人ですねえ。もうちっと愛想良くしてくれたって良いじゃないですか。なにせ我々大切な商売仲間なんですから」

「あんたそれ今までどんだけの物書きに言ってきたのよ。三文小説家の替えなんていくらでもいるでしょうに」

「そう不貞腐れないでくださいよお。これでも私、一緒に仕事する相手はちゃんと選ぶ人なんですから」

「人じゃないでしょ、あんた」

「言葉の綾というやつですよ。ぬひひ」

 

 人型の有機生命体を根源から侮辱しているとしか思えない声色でせせら笑い、射命丸は口を三日月のように釣り上げる。

 私はフンガイした。必ず、この邪智暴虐の鴉を調理しなければならぬと決意した。

 

「やっぱあんた、退治してもらった方がいいかもしれないわね。博麗神社まで行くから、ちょっと送って頂戴」

「構いませんよ。まあ五体満足で到着できる保証はしませんが」

「しなさいよ」

「それは契約の範疇外ですから。ところで杜乃さん、原稿の進捗は如何程で?」

 

 私は自分の口がへの字に曲がるのを自覚した。うぐ、という声まで漏れた。

 射命丸は私の表情から現状をだいたい把握したらしく、ニヤニヤとした笑いを一層濃くして詰め寄ってくる。まるで妖怪のような顔だと思ったが、そういえばこいつは妖怪であった。

 

「あれえ? もしかして、まだ今月分の原稿が済んでいらっしゃらないんですかあ?」

「……さすがに済んでるわよ」

 

 数十枚ぶん積み重なった原稿用紙を手渡すと、射命丸は意外そうな顔になった。

 

「あや、ちゃんと終わってるじゃないですか」

「こっちはね。問題は新しく取っかからなきゃいけない作品の方よ」

「新しい作品というと、これ終わるんですか」

「あと五回くらいで終わらせるつもりよ。キリのいい所だしね。だから新作のネタを考えなきゃいけないんだけど……」

「それが行き詰まっている、と」

「ほんと参っちゃうわ」

 

 射命丸は何やら思案顔になったが、やがて諦めたように嘆息した。

 

「どうやらお力にはなれなさそうですね。ルポライターの心得なら少しは持ち合わせているつもりですが、創作の方はからっきしなので」

「あら。あんな新聞を刷るくらいだから、てっきり作り話は得意なのかと思ってたのに」

「『文々。新聞』を三文ゴシップ誌みたいに言わないでくださいよ。私は真実しか報道してません」

「あんたの場合、まず初めに報道したい真実を決めてから出来事を捏造するじゃない。真っ赤な嘘よりよっぽどタチが悪いわ」

「私のことをあれこれ言うのは構いませんが、あなた新作はどうするおつもりなんですか。今から尻に火をつけて急かすつもりはありませんが、考えておかなくて困るのは杜乃さんなんですからね」

「……分かってるわよ。ちゃんと第一回の掲載日には間に合わせるわ」

 

 私がそう言うと、射命丸は表情を営業用の微笑に戻し、わざとらしく呟いた。

 

「今回の原稿も確かに受け取りました。新作も楽しみにいますよ、大先生」

「大は余計よ、阿呆天狗」

「阿呆は余計です」

 

 ○

 

 射命丸文(しゃめいまるあや)は烏天狗である。

 妖怪変化という割には見間麗しい外見をしているが騙されることなかれ、これは美貌につられてホイホイとやって来た男を頭からぱっくり食べてしまうためのワナなのだ。

 天狗というよりハエトリグサか何かの妖怪に見えなくもない。

 

 歳の頃は私と同じく十五六ほどに見える。

 しかしこれもれっきとした経歴の詐称であり、十二支の動物が目を回して引っ繰り返るほどの年月を生きている。

 前にそれとなく年齢を聞き出そうとしたことがあったのだがはぐらかされてしまったため正確には分からないが、まあおおかた千年くらいは生きている老婆ではなかろうか。

 

 その種族名が言い表す通り背中からは奴の腹の底に匹敵するほど黒々とした羽根が生え、色は冗談みたいに烏の濡れ羽色をしている。艶々としていて、陽光を反射した時などはまるで蜚蠊のようだ。

 

 口調やら物腰は意外と丁寧なものに映る。当然、これもまやかしである。

 射命丸は基本的に我々人間や、下手すると同胞の天狗共まで見下しており、慇懃無礼な態度はある種の皮肉なのである。それをそれと認識させた上でなお阿るような態度をやめないので不愉快なことこの上ない。

 こいつに付き纏われるぐらいなら苦渋を一献呷る方がまだマシと言える。

 

 なかんずく腹が立つのは、実際問題として、この傍迷惑な天狗を一刀のもとに下すことのできる存在が幻想郷内にほぼ存在しないことだ。

 もし私にかの豪傑、源頼光ほどの膂力があったのなら即座に奴を組み伏せて皮と肉とを分離させてやりたかったが、まあ夢物語に過ぎない話だ。

 

 今にして思えば奴と出会ってしまったことが全ての発端であった。

 射命丸なんぞと出会わなければ、私は健全かつ慎ましやかに三文小説家としての一生を終えられたに違いない。

 

 ○

 

 射命丸の尻をけたぐって追い出した私は人里の方へ向かった。日は高く、熱れる昼下がりであった。

 凝り固まった体をどうにか引きずって歩いていると、四方から蝉の鳴き声が響いてくる。

 もうすっかり夏になってしまった。

 ほんの少し前まで並木に咲いていた花はみんな水無月の雨に流されてしまったようで、もはやどこにも鮮やかな桜色は見えない。

 

 空には白く巨大な雲が渦巻き、地には鬱陶しいほどの陽光が降り注ぎ、山の木々は青々と茂っている。田畑の用水路は遠くで川と合流し、その川は谷間を縫って緩やかに山を下っていく。

 屈んで水路を覗いてみれば、魚が一匹ぴょんと跳ねた。なんという魚だろう。帰ったら忘れないうちに調べねばならない。

 

 私の住むあばら家は人里の外れにある。外れすぎて誰にも見つけてもらえないため、里の連中からは半ば廃屋扱いされている。

 なんでも噂によると幻想郷が外と断絶される以前から立っているらしく、土壁は剥がれ、柱は虫に齧られ、くたばり損ないの老人といった観を呈している。ほんの少しの突風でくずおれてしまいそうだが、射命丸の襲撃を受けてなお屹立していることを鑑みるに、相当頑丈に作られた家なのだろう。

 だからといってあの家に愛着があるわけでもなく、むしろ新たに小綺麗な家を設える口実になるからぶっ潰れてしまって構わない。

 そうなったら必ず費用はあの薄馬鹿下郎の鴉天狗に負わせるつもりである。

 

 少々話が逸れたが、とどのつまり、私の家は人間が日々の生活を営む安全圏である里と、妖怪変化が跳梁跋扈する鬱蒼とした森との境界線上にぽつんと突っ立っているのだ。

 

 それゆえ買い物やら食事やらに出掛けるのにもそこはかとない苦労を強いられる。なぜと言って、どこへ行こうにもひたすら遠いからである。

 今日のような蒸し暑い日ともなればなおさら大変で、あちこち汗だくになり不愉快極まりない。

 

 四半刻ほど歩くとぽつぽつと人影が現れ始め、そこからまた少し進んでようやく目抜き通りに到達する。野菜売りの親爺が景気のいい大声で客を呼び込む。桃色髪の女が緋毛氈の縁台で団子を頬張る。

 ここは人里随一の繁華街であり、衣と食の大抵を賄うことが能う、生活基盤の上で不可欠の地である。小説家らしく文語的な呼び方をするのなら、”メエン・ストリイト”とでも称すれば、多少の格好は付くだろう。

 それらを過ぎた先、賑わう人混みをすり抜けた場所にその店はあった。

 

 引き戸の上には『鈴奈庵』の屋号が飾ってある。手入れを怠っているのか、木造りの看板は若干の傾きを見せ、浅葱色の暖簾が少しばかり汚れている。

 店の中に這入ると、本の犇めく空間に特有の臭気が鼻腔を擽った。辺りは四方どこを見渡しても本の山、というよりはもはや本の壁であり、なんだか霊験あらたかな聖地に踏み込んだような気分になる。その中心に位置する、古びた洋風かぶれの机に店主は座していた。

 

「あら、杜乃じゃない。いらっしゃい」

 

 そう言って小鈴は眼鏡を取った。

 

 ○

 

 八方から私を締め上げるように圧を発してくる本棚を一つ一つ物色し、資料として使えそうな物を腕の中に積み上げていくと、瞬く間に塔は私の顎にまで迫ってきた。これでも目を通しておきたい本のいくらにも満たないぐらいの数しかないのだが、今日のところはこのぐらいで止めておいた方が賢明だろう。

 なにせ私は倫敦塔もかくやの本を手ずから抱え、炎天下の中を再び歩いて引き返さなければならないのだ。想像しただけでも鬱々としてくる。

 一瞬あの阿呆天狗に荷物持ちをやらせようかと思ったが、彼奴を相手に頼み事など後からどんな対価を要求されるか分かったものではない。

 

 崩れ落ちそうな本の塔を小鈴の座る机にそっと置くと、呆れたような声色で彼女は言った。

 

「今にも倒れちゃいそうね、まるでバベルの塔みたい」

「ばべる? 耶蘇教の悪魔か何か?」

「外の伝承に出てくる建造物よ。天に届くほど高かったんですって。神様に近付こうとした悪足掻きの産物ね」

「ふうん。神様なんてそこら辺に転がってるのに、変な話ねえ」

「背負子、使う?」

「いい。自前のがあるから」

 

 勘定を済ませる合間に覗き見ると、どうやら小鈴は北欧の化生について書かれた書物を読んでいるらしい。開かれている頁ではやけに犬歯の長い男が大蒜を前に悶絶している図が描かれていた。

 商売道具を勝手に読み耽るのは如何なものかと思ったが、特に口は出さなかった。それで何かしらの文句を付けられるとしても、その矛先が向くのは私ではなく小鈴である。

 

 ふと机の脇を見遣ると、そこには真新しく小綺麗な本が一冊、打ち捨てられたように置かれていた。表紙には『朽葉亭(くちばてい)四又(しまた)』と名が記されている。

 

「四又先生の本、あんまり売れ行きが良くないのよねえ」

 

 計算を終えたらしい小鈴が揶揄うように呟いた。その口は悪戯っぽく釣り上がり、目は愉しげに細められている。

 

「どうしてなのかしら」

「……本人を前にしてそういうこと言わないでよ。これでも結構気にしてるんだから」

「ごめんごめん。拗ねないでよ。私は好きだけどな、杜乃の本」

「そう言ってくれるのはあんたくらいよ」

 

 自分の作品の人気が芳しくないことは十分に理解しているつもりだったが、その事実を改めて第三者から突きつけられると中々に堪えるものがある。

 真新しいのも小綺麗なのも、この本が未だ誰の手にも渡っていないという事実の確固たる証左だった。

 

 今度出した新刊は、化け狐と人間の身分を超えた大恋愛の物語である。

 この幻想郷のどこかに居るとか居ないとか言われている白面金毛九尾の狐に着想を得て書かれたこの作品は、里の人間共から投げつけられた多種多様の悪評博覧会を開くだけの結果に終わった。

 

 この地に於いて、妖怪とは恐れと畏れを一身に受ける存在であり、人間とは恐れと畏れを一身に抱く存在である。早い話、人間にとっての妖怪は可視化された恐怖に他ならず、そんなものとの色恋沙汰など考えるだけで怖気がするとの由。

 

 私と射命丸の距離があまりに近すぎて忘れていたが、考えてみれば、本来人間と妖怪との距離感というものはそういうものなのだ。

 むしろ私たちの関係性が異常なのだと言わねばなるまい。

 

 人気がないのは何も新刊だけのことではない。今までに私が出してきた三冊は、どれも何らかの理由で不興を買い、人気が伸び悩んでいた。

 鈴奈庵に私の本が置いてもらえているのも小鈴のお情けによるところが大きい。

 

 射命丸の新聞に連載を持ったことで多少の人気は出てきたが、それでも雀の涙ほどの影響しか無かったように思われる。

 あいつの新聞、そんなに売れてないのか。

 

「今度はどんな話を書くつもりなの? 読んでみた感じ、今やってる連載はあと少しで落ちが付きそうだけど」

「それが全く思い付かないのよ……こんなの生まれて初めてだわ、小説の題材決めに行き詰まるなんて。とりあえず今は手当たり次第にネタを探してるところ」

「ああ、それでこんなに本の種類がバラバラなのね。どうりで杜乃らしくないチョイスだと思った」

 

 小鈴から本を受け取り、店を出ようとする私の背中に声が掛けられた。

 

「また来てね、四又大先生」

「ぶん殴るわよ。本の虫め」

 

 吐き捨ててから、小鈴相手に本の虫は褒め言葉でしかないと気付いて後悔した。

 

 ○

 

 本の虫こと本居小鈴について書く。

 彼女は私と同年代の友人で、貸本屋『鈴奈庵』の一人娘である。書物を扱う家系の子供であるからか、三度の飯より読書を好む。寝る間を惜しんで本を読む。読みすぎて目を悪くしたためまんまるの眼鏡を掛けている。

 

 歳に相応の背丈をしており、肩くらいまで伸びた髪をふわりと波立たせている。

 頭には拳ほどの大きさの鈴が二つ乗っかっており、一見奇妙な印象を与えるが、この幻想郷ではもっと奇妙な存在がマサゴの数ほど目に入るからさほど気にはならない。

 歩くとしゃんしゃん音がするので遠くからでもすぐに居所が分かる。

 

 あどけなさの残る顔付きをしているが、そこからは想像もできない好奇心と行動力と強引さを内に秘めており、私や阿求がその巻き添えを食らったことも一度や二度では済まない。

 決して読んではならないと言い付けられていたいわく付きの本を勝手に開き、悪霊に取り憑かれたことすらある。

 

 彼女と出会ったのは今からざっと十年は昔のことである。親代わりの老夫婦と共に、初めて鈴奈庵を訪れた際に意気投合して以来の仲で、もはや家族同然の間柄と言っても過言ではない。

 彼女は私の語って聞かせる作り話にいつでも熱心に耳を傾け、大仰に思えるほどの反応を返した。小鈴という存在がなかったのなら、小説家『朽葉亭四又』の誕生は有り得なかっただろう。

 

 ○

 

 鈴奈庵を後にして暫くの後、私は来し方に見た桃色髪の女と同様に緋毛氈の縁台へ腰掛け、三色団子を貪りながら茶を呷っていた。

 番傘で幾らか陽射しが遮られているとはいえ、肌を包む熱気は和らぐことがない。

 額からはうっすらと汗が滲み、先程まで本を背負っていた背中はびしょ濡れだった。

 

 汗を流すと喉が渇く。生きているだけで腹は減る。

 そんなわけで休憩をとっていたのだが、この団子がなかなかに美味い。絶妙な甘さをしている。

 

 由無し事を思考しながら団子を頬張っているうちに、気付けば空いた皿は五枚を超えていた。一皿に三本、串があったから、もう十五本を平らげたことになる。しかも三色団子だから、四十五色分、食べている。

 これは由々しき事態だ。虹ですら七色しかないのに、ましてや空など青と白との二色しかないというのに、ただの人間に過ぎない私が四十五色も食ってしまって良いのだろうか。天罰が下ったりしないだろうか。

 

 天よ、私の暴食を許し給へ。あとついでに茶の暴飲も許し給へ。

 青空の果てにおわすかもしれないナンタラという神に祈りを捧げながら四十六色目の団子に手を伸ばそうとしたとき、何やら往来が騒がしいことに気づいた。

 見れば、皆一様に空を見上げて阿呆のように口をかっ開いている。

 一体何事にやあらん、もしやかの妖獣鵺の再来かと思い空を見て、私もまた阿呆のように口をかっ開いた。

 

 そこで私が見たものは、思わず自らの正気を疑ってしまいそうになる光景だった。

 西方から広がった真紅の()()が空を覆い、一面を紅く染め上げてしまったのである。

 それはまるで空が全て血で満たされるような、恐れと畏れを覚えずにはいられない、背徳的な出来事だった。

 

「なによ、あれ」

 

 知らずに声が零れる。誰かの返答を期待してのものではなかった。

 これは何者の仕業なのか? 考えるまでもない。人外の仕業なのだ。

 

「おい見ろ! ああ、なんてことだ……」

 

 群衆の一人が悲痛な声を上げた。彼が指を差した先で、煌々と輝く太陽が紅の向こうに消えた。

 

「太陽が……呑まれちまった……!」

 

 すぐ横で老婆が念仏を唱え始めた。不穏を覚った幼子が泣き出した。未だ日中にも関わらず辺りは仄暗く変貌し、まるで夜のようになった。

 世界の終末を見たようだった。

 

 これが後に『紅霧異変』と呼ばれることになる、一連の騒動の幕開けである。

 同時に、私の人生を決定的に変化させてしまったとある出会いの発端であった。




キャラクターの口調や性格などに原作との乖離を見出された場合、お手数ですがご指摘をいただけると幸いです。
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