三文小説家のススメ(仮)   作:新鮮グミ

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第8話

 主の間を目指してひた走っているうちに、どうして私がこれまで妖精メイドたちに見つからずに居られたのかが理解できた。

 

 どいつもこいつも(くだん)の巫女と魔法使いにシメられてぶっ倒れているのだ。

 廊下を塞ぐように無造作に転がったゴミ山のような妖精たちの姿はちょっとしたホラーほどの恐怖心を煽っている。

 

 上階からは断続的に爆発音と振動が伝わってくる。

 その度に足を縺れさせ、すっ転びそうになってしまうのだから実に難儀だ。

 

 階段を駆け上がる途中でノビている人間を見た。まだ二十には到底ならないぐらいの、美しい銀の髪の少女だった。

 

 少女は私を憎らしげに見つめ、ついで自分自身を憎らしげに見つめ、やがて何かを諦めたように自嘲の笑みを浮かべた。

 

 果てしなく気持ち悪かったので無視したが、どうにも紅魔館には変なのしか住んでいない。

 

 やがて私は目的の場所へと辿り着いた。

 

 主の間、レミリア・スカーレットの居室はドアが開け放たれている。

 まるで挑み来る者を一切拒まず、懐に潜り込ませた上で捻り潰そうと画策しているかのようだ。

 

 この扉から先へ進めば、そこにはもう安全など微塵もない。ただひたすらに暴力と恐怖が渦巻いているのみだ。

 

 あの氷の妖精とやり合った時は、アイツが馬鹿だったから事なきを得たに過ぎない。

 油断のない吸血鬼を相手取って、果たして私は生きて帰れるのだろうか? 

 

 引き返すなら今だ、と脳が警鐘を打ち鳴らす。行ってしまえ、と本能が叫ぶ。

 

 行くのか? 行かないのか? 

 ——実はそんなものは、とっくのとうに決まっているのだ。気になるものがあるのなら、それに踏み込まないという選択肢は私にはない。

 

 初めてこっそり里を出たあの日から、私の好奇心の箍は外れっぱなしなのだ。

 

 早鐘を打つ心臓をおさえつけて入った部屋には、しかし誰の姿もない。

 いや、外だ。外にいるのだ。窓を通して極彩色が流れ込んできた。

 少女たちは中空を浮揚しながら、色鮮やかな弾幕を夜闇の中にばらまいている。

 

 ちょうど窓のすぐそばで星型の弾が飛んでいくのが見えた。

 見るとそれはどうやらあの魔法使いが放ったものらしい。

 

 弾は標的の方へ一直線に向かっていくのではなく、渦を巻いたりうねったりしながら、一定のパターンを形作っている。

 色彩、光量、弾の流れ方に至るまで、無駄な箇所が一切存在しない、美しい弾幕だ。

 

 否、無駄と言うなら、美しく魅せようとする工夫そのものが全て無駄である。

 相手を討ち取るのが目的ならば、出鱈目に光弾を撃ちまくった方が余程効率的だろう。

 

 無駄が無いのではない。この無駄こそが、この演舞の本質なのだ。

 

 それは氷の妖精が私を殺すために放った氷柱とは全く趣向を異にするもの。

 倒すための弾幕ではなく、美しく魅せるための弾幕。

 真剣勝負でありながらどこまでも児戯に近く、されど子供騙しに非ざる遊戯。

 

「……ああ、これが弾幕ごっこなのか」

 

 そう、直感で理解した。

 

 四角く切り取られた風景がもどかしくて、私はベランダに転がり出た。

 

 体を乗り出さんばかりに手すりに駆け寄って空を見上げると、そこに浮かぶは三つの影。紅白巫女と、魔法使いと、吸血鬼のそれだ。

 

 彼女たちの背中には真紅に染まった満月が掛かっている。こんなにも紅い月を私はかつて見たことがない。

 

 巫女が高速で飛ばす御札のような弾の隙間を、吸血鬼はなんでもない事のようにすり抜けていく。

 その先に待ち構えるのは魔法使い。何かを両手で構えると、次の瞬間にはあの極大光線が夜空を切り裂いていた。

 果たして吸血鬼は地に堕ちたのか? 

 

 否。奴はその身を蝙蝠に変えて躱していた。

 

 反撃とばかりにレミリアの猛攻が始まる。

 巫女たちの眼前に扇のような形で放たれる大玉。その合間を埋めるかのように、無数の小さな弾が襲う。

 

 魔法使いが小粒を避けそこねて被弾。破裂するように白い光が飛び散った。

 一方巫女は全ての弾を紙一重で回避していく。明らかに直撃するとしか思えなかった弾道の攻撃ですら、何ひとつとして彼女に触れられない。

 

 さすがの吸血鬼も焦ったのだろう。どんどん弾幕の密度は増加していく。

 それでもなお、見栄えの華麗さが損なわれることはない。色とりどりの弾を放ち、放たれながら宙を舞う巫女は、まるで極彩色のワルツを踊っているかのようだ。

 

 巫女が吸血鬼に肉薄し、陰陽玉に似た形の弾を直撃させると、レミリアの体から先ほどの魔法使いと同様の白い光が放射された。

 どうやらあれが被弾の合図らしい。一定回数被弾した方の敗北とか、そういうルールなのだろうか? 

 

 体勢を立て直したレミリアは、指向性のないバラバラの弾幕を貼った。

 ギリギリまで接近していたことが仇となり、その弾が巫女に触れる。

 

 これは吸血鬼の優勢か、と思いきや、魔法使いが凄まじい速度でレミリアの懐に突っ込んでいく。

 その最高速度は射命丸にも匹敵するのではないだろうか。

 人の身でありながらそれだけの力を発揮できるあいつは一体何者なのだろう。

 

「気になる……! あの弾幕はどこから出てくるのか……なぜ強大な力を持っているはずの吸血鬼が、あんなルールを律儀に守っているのか……そしてなぜ人間が宙に浮いていられるのか……!」

 

 新たに沸き起こった好奇心は見事に鎌首を擡げ、私の体をさらに前のめりにさせた。

 もっと間近で彼女たちのことを見ていたい。あわよくばあの中に混ざってみたい。

 

 私にもあの弾は出せるのだろうか? ただの人間の身で空を飛ぶことは可能なのか? 

 

 そもそも弾幕ごっこって何だ? 誰が作った? 

 

 あの弾を食らってみたい。痛いのだろうか。熱いのだろうか。

 巫女や魔法使いに直撃してなんともなっていないからには、人体にとって危険なものではないのだろう。

 ならば尚更食らってみたい。流れ弾が飛んできてくれたりしないものだろうか。

 

 魔法使いがブッ放したレーザーも気になる。あれだけの光とエネルギーをどこから集めた? あのとき両手で構えた何かがその光線のカラクリなのか? 

 

 疑問と欲望と好奇心は尽きない。小説のネタにはならないかもしれないが——いや。違う。

 私は何がなんでもこの光景を文章に書き起こす。そうしなければならない。

 

 この美しい眺めを、幻想的な光景を一人きりでしまい込んでおくには、私の頭はどうも狭苦しすぎる。

 

「はっ。いけない、メモを取らないと……!」

 

 いくら私が記憶力に長けているとはいえ、メモも無しに小説を書くのは難儀どころの話ではない。

 慌てて袂をまさぐり、巾着を探し当て、紙とペンとを引っ張り出した。

 

 その一瞬。

 一連の動作を終えるまでのほんの数秒、彼女たちから目を離したのがいけなかったのだ。

 

 背けていた顔を三人の方へ戻した時、私の目の前には、空に浮かんだ月と見紛うほどの大きな弾が迫っていた。

 

「——え」

 

 何が起きたのかを理解する間もなく、弾は私に——正確に言えば、私のすぐ後ろに直撃する。

 

 私には何のダメージも入らない。

 だがその一撃は、これまでの戦いで傷みきっていたベランダを崩壊させるに足るほどの威力を持っていた。

 

 がらがらと轟音を立てて足元が崩れ落ちる。全てが急激に速度を失ったように映る。

 巫女が私の方を向いて蒼白になるのが見えた。魔法使いは私の方へ真っ直ぐ飛んできていた。

 

 だが間に合わない。

 私の方ばかりを見ていたせいで注意が散漫になった魔法使いは、レミリアの放った弾を避けきれない。

 

 魔法使いは痺れたように全身の動きを止めた。私の落下は止まらない。

 ここは紅魔館の三階だ。人が死ぬには十分の高さがある。

 

 臨死状態において、私の思考はかつてないほどに洗練されていく。

 バターになってしまいそうな勢いで回転する脳が最後に見せたのは、よりにもよって憎きあの天狗の顔であった。

 

(あ、原稿……)

 

 死の間際になって考えることが仕事のこととは。どうやら私は自分で思っている以上に責任感が強かったらしい。

 

 段々と地面が近づいてくる。音と時間が極限まで引き伸ばされていく。

 ああぶつかる、と思ったまさにその時、どこからか呆れたような声が聞こえた。

 

「まったくもう。本当にしょうがないなあ、杜乃は」

 

 私が意識を保っていたのはそこまでである。

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