三文小説家のススメ(仮) 作:新鮮グミ
後日知らされたことだが、私の影の中にはずっとルーミアが隠れていたらしい。
闇の妖怪だという彼女は、自身の能力を存分に活用して私に着いてきていたのだ。
どうしてそんなことをしたのか、と聞くと、「なんだかアンタが危なっかしかったから」との返事である。
小馬鹿にされているような気がしないでもないが、彼女が居なければ私はすっかりくたばってしまっていたのもまた事実なのだ。
よって私は甘んじて馬鹿の称号を拝命するつもりである。
○
『紅霧異変』と称された、レミリア・スカーレットによる紅い霧の散布事件が終息してから数日後、異変解決祝いという名目の下に博麗神社での宴会が催された。
聞くところによれば人間側の紅魔館勢力に対する勝利を祝賀しての開催だったらしいが、宴の席には何故かルーミアやら氷の妖精(チルノという名前らしい)やらが座していた。
オマケにチルノの友人とかいう妖精までちゃっかり参加している。
それに加えて敗北した陣営である紅魔館組まで出席していたというのだからもう滅茶苦茶だ。もはや何の宴会なのか分からない。
「ここじゃそんな細かいことは気にしないのがルールよ。どうせみんなタダ酒かっくらいたいだけなんだし」
そう語るのは今代の博麗の巫女、博麗霊夢である。
あのあと私は紅魔館中庭で目覚めたのだが、起きるなり霊夢から死ぬほど説教を受けた。
説教に説教を重ね、説教の十二単が完成しようとしたところで魔法使い——魔理沙が介入して事なきを得たものの、その後も霊夢の怒気は収まることを知らず、異変の後始末や宴会の準備等で散々こき使われ、ついでに何故か賽銭まで入れさせられ、それでようやく私は許されたのだった。
この苦難を一人で抱え込むのはあまりにも辛すぎた。
そこで私はここに霊夢の有難いお説教を一部書き記し、諸君らと艱難辛苦を分け合おうと思う。
以下の記述を目にした諸君が、私の腹に詰まっている苦難の泡を一つでも肩代わりしてくれることを望む。
「紅い霧の犯人が気になってやってきちゃった? 馬鹿じゃないのあんた。弾も出せないのに異変に首突っ込むなんて自殺よ自殺。え? 何? 空も飛べないって? ……あんたホンットーに馬鹿ね。馬鹿の幻想郷王者よ。たまたまルーミアが居たから何とかなったものの、本当ならあんたあそこで死んでたかもしれないのよ? 分かってんの? いや、多分どうにかなったでしょ、じゃないのよ。ねえ、何の為に私がスペルカードルールと弾幕ごっこを考案したのか分かる? 人間側に無駄な犠牲が出ないようにする為でもあるのよ? それをあんたは……もう……! そもそも里から出るなってお達しが——」
どうですかね? 私の苦しみを少しは味わっていただけたでしょうか?
実際はこのような内容のことがおよそ五時間に渡って延々と繰り返された。坊主の説教だってまだ短いだろう。
途中で話が巻き戻って同じような話題になる度に、私は眠りこけてしまいそうになったのだが、うとうとしているとお祓い棒で力一杯脳天をぶっ叩かれて起こされたので別の意味で死にかけた。
それから人里に帰り着き、慧音先生から渾身の頭突きを食らったことで悶絶したのは言うまでもない。
ちなみに人里脱出の提案者が射命丸であることを暴露したところ、先生は奴をひっ捕らえてどこかへ消えた。
その後射命丸はやけにしおらしい態度をしていたが、奴が裏で一体何をされたのかは知らない。興味も無い。
私はただ、あの馬鹿な烏天狗が締め上げられたという事実だけで満足だ。
紅霧異変の祝勝会が一体どのような様子であったか、またその場でどのような会話がなされ、私がどういう境遇に置かれたのかということについて、私はここに書くことをしない。
なんとなれば、この手記はあくまで紅霧異変とそれに纏わるいくつかのことだけを書くようにしているからだ。
よって宴会のことは蛇足でしかないから書かない。まあ、だいたい皆が想像される通りのどんちゃん騒ぎだったようである。
○
たった今宴会については書かないと言ったばかりだが、少しだけ気になる部分があったためそこだけは書いておく。
それは「我々の完敗に乾杯!」などとくだらないことをほざいていた間抜けで阿呆で馬鹿でどうしようもなく乳臭い吸血鬼の下に酒を注ぎに行った際の話であった。
「お前が杜乃か。パチェから話は聞いたよ。随分と面白そうな人間じゃないか」
その声、立ち居振る舞いには所謂『大妖怪』の風格があった。聞く者の心胆を大いに寒からしめる恐ろしい声色である。
直前にしょうもない駄洒落を言っていなければ、の話だが。
「こんなごく普通の人間をとっ捕まえて『面白そう』とはご挨拶ね」
「普通の人間が吸血鬼を前にして平然としていられるものかよ。レミリア・スカーレットの名に誓って言ってやる、お前は普通じゃない」
「私には空を飛んだり魔法を使ったりする人間の方がよっぽど変に見えるけど」
「ああ、霊夢たちのことか? あれも相当な変わり者だな。けどお前も負けてないぞ? まさか空も飛べず弾幕を貼れない奴がノコノコ徒歩で紅魔館までやって来るとは思わなかった」
「嫌だ……あんなのと同列に置かれるなんて……」
レミリアは豪快に笑った。
私の顔がそんなにおかしいのだろうか。この様子だと鏡を見せてやれば笑い死にさせられるかもしれないと思ったところで、吸血鬼は鏡に映らないのだと思い出した。
「まあお前も飲め、私が直々に酒を注いでやる。今日は霊夢の奢りだ」
「……いただくわ」
「たんと飲め。こういうのを東洋では『無礼講』と言うのだろう?」
「無礼講ねえ……。この場合はどっちが格上になるの?」
「お前……わざと言ってるのか? それ」
「は?」
「いや、なんでもない。やっぱりお前は変な奴だ。間違いない、絶対におかしい」
「わけが分からん……」
注がれた酒を呷ると、まるで喉が焼け付くかのように熱くなる。霊夢は相当強い酒を引っ張り出してきたようだ。
「さてと。まず私はお前に謝罪しなければならん」
「謝罪? 何をよ」
「お前を命の危険に晒したことをだ。故意ではないにしろ、私の起こした異変が遠因ではあったんだからな」
「ああ、そういうこと。別に気にしちゃいないわよ。私が好きであそこに居たわけだし」
「そうか。じゃあ次に……」
「ちょいちょい。気にしないとは言ったけど、もう少しこう、謝意みたいなものは無いの?」
「無い。だってあんな所にお前が居たなんて思わなかったし。今謝ったのだって悔しさのあまり全身から血を噴いてブッ倒れそうなのを堪えながらだったんだ」
「そんな奴に謝られたって困るんだけど」
「冗談だよ。本心から申し訳ないと思ってるさ。食糧として狩るのならともかく、いたずらに人間を殺生するのは本意ではないからね」
怖い巫女さんも居ることだしな、と付け加え、レミリアはわざとらしく自分の身を抱いた。
それと同時に霊夢が鋭い目付きでこちらを睨んでくる。
私たちの会話を聞かれていたのだろう。なんとも恐ろしい地獄耳だ。
「すまなかったな」
「……さっきから言ってる通り、あれは私の自業自得なのよ。あんたがそーゆーキャラじゃないってのは分かってるけど、気に病むことなんて何一つないの。はいこれでこの話はおしまい、あとはタダ酒飲んでタダ飯食って帰るだけね」
「ふっ、あはは」
「……何がおかしいの?」
「いや、随分と肝の据わった奴だなと思っただけだ。霊夢たちといいお前といい、最近の人間ってのはみんなこうなのか?」
「ちょっと、ルーミアみたいなこと言わないでよ。私があんなのと同じなわけがないでしょ」
言い終わらないうちからぞわっ、と背中に悪寒を覚え、振り返ってみればそこには巫女の視線。
まさかずっと聞き耳を立てているのか? なんという暇な巫女だ。大人しく酒飲んでくたばって寝ていればいいものを。
「いいや、一緒なんだよ杜乃。お前はアイツらと同じ星を持ってるんだ。これから先、お前は様々な事件に関わっていくことになるだろう。その時にはいつも必ずアイツらが傍に居る。嫌でも表舞台に立たなきゃならなくなる。お前はそういう運命に組み込まれちまったんだ」
そう語るレミリアの顔は真剣そのもので、瞳にはこちらに一切の有無を言わせない迫力が篭っていた。
まるで見て来たかのような断定口調。すでに経験したとでも言いたげな確信。
これだけの自信を持って人の行く末を語れるのは一体どういうわけだろう。
私だったら三日前の夕飯を口に出す時でさえ、これほどの自信を抱くことはできないはずだ。
「……それは予言?」
「いいや
「パチュリーとは随分仲が良いのね。妬いちゃいそう」
「妬け妬け。我らの友情は永久に不滅なのさ」
「でも初めて会話した時にあんたのこと結構こき下ろしてたわよ」
「それはあいつなりの愛情表現だよ。不器用だからね、パチェは」
「……ふっ」
「……なんだその意味深な笑みは。お前パチェに何を吹き込まれた? おいニヤニヤするな! 本当に何を言われたんだ!? ちょっとパチェ! あんたコイツに何教えたのよ! 答えなさい! ……だからニヤニヤするんじゃ——」
閑話休題。また話が脇道に逸れてしまった。
私が気になったのは、レミリアから受けたやけに自信たっぷりの託宣である。
『様々な事件に関わっていくことに』なり、『その時にはいつもアイツらが傍に居る』。
そして私は『嫌でも表舞台に立たなきゃならなくなる』。
それらの言葉が意味するところを理解できないほど愚鈍な私ではない。
つまりレミリアはこう言いたいのだ。「お前の災難はこれで終わりではない、むしろここからが始まりなのだ」と。
冗談じゃない。
こんなトンデモ大事件がそう頻頻と起きてはたまるものか。
私は妖怪でもなければ霊夢のような人外一歩手前というわけでもない。
さらに言えば空も飛べず弾も飛ばせない、単なる
確かに私は今回、自らの欲望のままに紅魔館へ踏み込んで危うく御陀仏となりかけた。
しかしそれは新しい小説を書くためという大義名分があったからこそ冒した危険である。
私は進んで自ら命を投げ出すような人間ではない。そんな贅沢な生き方はしていないし、これから先しようとも思わない。
だから本音を言うならば、また今度のような騒動に巻き込まれるのは御免なのだ。
だがレミリアは言い切った。私が平穏を享受することは有り得ないのだと。
それを酔っ払いの戯言と、あるいは大妖怪なりの冗句と受け取るのは簡単である。
なんとなれば、未来を覗き見ることなど何人たりとも不可能なはずなのであるから。
だが奴は至って真面目な顔をしていた。
霊夢に負け犬呼ばわりされた時だって、ベロベロに酔っ払った魔理沙に酒瓶でぶん殴られた時だってこんな顔はしていなかった。
人妖問わず、これほど真剣な顔つきで嘘を吐く存在が果たしてどれだけ居るだろう。
それに、私を瞞着することだけが目的の虚言にしては、いささか親切すぎる気もする。
まるで私にわざわざ忠告を与えているかのようだ。
彼女によるおぞましい預言を、私は完全に信じたわけではない。
しかし、頭の片隅に留めておくだけの価値はあると判断した。ゆえに証拠としてここに書き記すものとする。
預言の答え合わせはいつかこの手記を読み返した時にしようと思う。
その時の私がどのような顔でこれを読んでいるのか、ほんの少しだけ楽しみだ。
○
最後に私の新作について少し語ってから、この手記を終えさせてもらおうと思う。
私は結局のところ、紅霧異変についての小説を書くことは断念せざるを得なかった。
これは私にとって真に不本意かつ忸怩たる断腸の思いであったのだが、様々な理由によりそうしなければならなかったのだ。
その理由の中でも何より大きいのは、あの時に見た弾幕を鮮明に描写できなかったことである。
もしあのとき、メモが間に合っていたのなら、私はどうにかしてあの紅い霧の話を書いたことだろう。
しかし時間を巻いて戻す術はない。
代わりにと言ってはなんだが、私はパチュリーとレミリアから面白い話を聞き出すことに成功した。
それはスカーレット家の五世紀にも渡る長大な歴史である。
最強で最凶で最狂で最恐の吸血鬼であった彼女の父親が一代にして築き上げた栄華とその没落、そして眷属も従者も全て失った状態で跡を継いだレミリアが紅魔館を復興させるまでの一大スペクタクルだ。
私はそれを書くことにした。
執筆と資料収集のために紅魔館大図書館に引きこもり、そうして序章を書き上げたのが『好馬華族』という題の小説である。
これは文々。新聞が紅霧異変を取り上げてから遅れることひと月ほどで連載を開始した。
反響については、まあ、これまで書いた作品よりかはマシといったところだ。
完結まではかなり時間が掛かりそうだが、ゆっくりやっていくつもりである。
○
『好馬華族』第一回の原稿を取りに来た射命丸に、私はこのような質問をした。
「ねえ。なんであんたは私を引き込んだの? もっといい作家が絶対に居たでしょ」
奴はこう返した。
「決まってるじゃないですか。私があなたのファンだからですよ。あなたの作品を初めて読んだ日から、私はずっと虜です」
「嘘つけ」
「ひどいなあ、本当ですのに」
そう言った射命丸は、それはそれは見事に怪しい微笑を浮かべていたと言う。
書き溜めてた分はこれで終わりなので次から投稿が遅くなります。