死なない少女の英雄志願【if・敵ルート】   作:緑茶わいん

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※あらためて鬱展開注意です


10.狂気

【反乱から六十五日後】

 

 某地下研究所内・演習場。

 緑谷出久は簡素な運動着姿でその一端に立ち、周囲を見渡した。

 何もないドーム状の空間。

 壁の上側は透明になっており、そこからは白衣姿の男女がこちらを見下ろしている。強化に協力してくれている研究者達──と言えば聞こえはいいが、要は出久達をモルモットにしている人でなし共だ。

 

 だが。

 

 『実験』の成果は確かに表れている。

 ヒーローとしては貧弱と言わざるを得なかった出久の身体は見違えるほどに引き締まり、身体能力が向上、頑丈さも回復力もアップしている。

 莫大な金がつぎ込まれたプロジェクトというだけのことはある。

 今ならOFA(ワン・フォー・オール)の100%にだって耐えられるかもしれない。

 

 それでも、足りない。

 

 ここに“個性”が足されるとしても、その程度では『あの少女』には届かない。

 もっと、もっと、もっと、強くならなければ。

 

(あいつを──殺せない)

 

 心の中の憎悪は恐ろしいほどに膨れ上がっている。

 実験に次ぐ実験、トレーニングに次ぐトレーニング。果ては、カウンセリングによる『心の闇の増幅』さえもメニューには含まれていた。

 

『君はどうしてここに来たんだい?』

『目的は?』

『そうか、その子が憎いんだね。どのくらい憎い?』

 

 精神科医の巧みな話術によって本音を引き出され、自覚させられ、繰り返し認識させられた。

 

『なら、声に出して言うんだ! ほら、大きな声で! 僕は永遠を殺したい! ヒーローを気取っていた癖に敵に堕ち、オールマイトを殺したあの女に復讐してやりたい、って!!』

 

 何度も何度も繰り返すうち、一人になると自然と声に出るようになった。

 

『殺す。永遠さんを──永遠を殺す。あの女を殺す。絶対に許さない。復讐してやる。オールマイトの敵。殺す。殺す殺す殺す』

 

 利用されているのはわかっている。

 でも、それで構わない。

 目的さえ果たせればいい。その後はどうなろうと──他の敵を殺すための駒にされるのか、それとも、要らなくなったから殺されるのか。どちらでも構わない。

 今望むのは『実験』に最後まで参加することと、永遠を殺せるだけの強さを手に入れること。

 

『No.20。準備はいいか?』

「いつでも」

 

 スピーカーからの声に淡々と答える。

 ここでは、出久は「緑谷出久」ではなく「No.20」だ。彼はあくまでも協力者、被験体の一人にすぎない。参加者は他にも──少なくとも十九人はいる。いた、と言うべきか。

 

 うち何人かは出久が「潰して」しまった。

 

 腕を折って。片眼を潰して。右手の指を噛みちぎって。

 優位性と有用性を示した。

 これから行われる試合も同じ。ルール無用の殺し合い。向こうのゲートから現れた相手を潰すだけ。死ぬ前に戦闘不能になってくれれば殺す気はないが、場合によっては殺してしまっても構わない。

 

「というか、相手はまだですか?」

 

 これまでの試合では、入場はほぼ同時だったのだが。

 

『まあ、待ちなさい。今日は特別だからね』

「?」

『これが最後の試合ということだ。もう被験体は君ともう一人しか残っていない』

 

 なるほど、いつの間にかそこまで減っていたのか。

 これは蟲毒のようなもの。

 互いに潰しあい、生き残った被験体同士がまた潰しあう。そうして経験値を飛躍的に高めさせ、最後に生き残った一人が残る研究費とマンパワーを総取りして「仕上げ」を受ける。

 これに勝てば、永遠にたどり着ける。

 

『感想はどうだい、No.20』

「嬉しいです」

 

 実際、唇の端が歪に吊り上がっている。

 

「嬉しいです。嬉しすぎて、やりすぎるかもしれない」

『そうか。それはいいことだ』

 

 音を立ててゲートが開いていく。

 ゆっくりと姿を現す対戦相手。意外なことに女のようだ。出久がこれまで戦ってきた女は悲鳴ばかりが大きい雑魚だったのだが、向こうも自分とほぼ同じ数の勝利を重ねてきたというのなら、きっと歯ごたえのある相手なのだろう。

 相手にとって不足はない。

 

『是非。殺しあってくれたまえ。──恋人同士で、ね』

 

 露わになった相手の顔は、世界で唯一キスをした人と同じ顔をしていた。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 身体が熱い。

 高揚が収まらない。

 戦いが、痛みが、血が、悲鳴が楽しみでたまらない。欲しくてたまらない。それらを全身で感じるたび、絶頂に等しい快感が駆け巡る。

 

 ──ああ、駄目だ。

 

 自分はすっかり変わってしまった。

 変えられてしまった、と、麗日お茶子は自覚していた。

 

 研究所に来てから数十日。

 外の世界がどうなっているのかもわからないまま、狭い部屋を宛がわれ、一日の殆どをトレーニングや投薬、カウンセリングと称した洗脳に充てられた。被験体同士で顔を合わせることすら敵わず、期待したような出久との接触は不可能だった。

 業を煮やして脱走しようとしたこともあったが、その結果、お茶子を待っていたのは『お仕置き』と、より苛烈になった実験メニューだった。

 

 裸同然の格好にされ、屈辱と共に耐えがたい苦痛を与えられる。

 求められたのは恭順。

 叱責をされれば「ごめんなさい」、小さなものでも与えられれば「ありがとうございます」。たとえ心からの言葉であろうと、相手が満足しなければ何度でも繰り返し言わされる。そうしているうちに、研究者達に従うことが当たり前になっていき、彼らの言うことを素直に聞き入れる人格が出来上がった。

 刷り込まれたのは競争意識。

 生殺与奪さえも彼らに握られているという認識が過酷な訓練を受け入れさせ、最初の『試合』で無我夢中のまま、相手を半殺しにしたことで、お茶子の心は完全に変質した。

 

 ──やらなければ自分が殺されていた。

 

 言い訳を本心にしなければ罪悪感に耐えられなかった。

 同時に、次は自分が殺されるかもしれないと強く思った。よくやった、と、研究者達から褒められ、その日から食事の質が少し良くなったことに、たまらない快感を覚えた。

 

『敵は殺せ』

『勝つということは、自分の価値を示すことだ』

『弱い者に生きている資格などない』

 

 次第に暴力を振るうことへ疑問を覚えなくなり、戦いの興奮が快感に変わった。

 今のお茶子はヒーロー候補生ではなく、戦士だ。

 それも狂戦士。

 

 そして。

 

 何度目かの試合で。

 開いたゲートの先に待っていたのが緑谷出久であることに気付いた瞬間、お茶子を満たしたのは「好きな人と殺しあえる喜び」だった。

 唇が歪む。

 心底からの高揚に身を任せながら、お茶子は今の自分にできる形で「元の自分の望み」を果たすことを決める。

 

「久しぶり、デクくん。元気やった?」

 

 浮かべた笑顔には一片の嘘も存在しなかった。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

「お茶子さん。無事だったのか」

「心配してくれてたんだ。嬉しい」

 

 甘い声──大人びた、色気のある声を聞き流して、出久は答えた。

 

「とっくにリタイアしたと思ってた」

「ふうん、言うやん。無個性のくせに」

「っ」

 

 挑発的な台詞に怒りが湧き上がる。

 

「そう言って僕を侮った奴が何人も病院送りになった。中には死んだ奴もいるかもしれない」

「それで?」

「わからないか? 君もそうなるって言ってるんだ」

「死にたくなければ棄権しろってこと?」

 

 お茶子らしくない言葉だ。

 出久は、自分と同じくお茶子もまた厳しい『実験』を乗り越えてきたのだと悟る。心優しい彼女が嫌味と皮肉にまみれた言葉を吐き、戦いの前の興奮で頬を紅潮させている。今、目の前にいるのは『ウラビティ』──麗日お茶子ではなく『被験体No.021』なのだ。

 いいじゃないか。

 これ以上なくわかりやすい。

 

「死にたくないならそうすればいい。これが最後のチャンスだ。僕としては、君にも経験値になって欲しいんだけど」

「吠えんといて。殺すよ?」

 

 本気の殺気が来る。

 確信する。彼女は強い。これまでで最強の相手だ。死の恐怖からではなく、肥大した自尊心のためだけでもなく、ただ戦いを楽しみながら相手を殺せる輩だ。

 

「良かった。まだ甘いことを言ってたらどうしようかと思った」

 

 愛だの正義だの、そんな言葉はもう聞き飽きた。

 

「言わへんよ。勝てばいいんやから。言葉はもういらん。ただね、一つだけ」

「?」

「ご主人様達にお願いしたんよ。私が勝ったらデクくんをくださいって。だから、殺してでも勝つ」

「ははっ。本末転倒な気がするけど」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。単純やん」

 

 言いたいことは本当にそれで終わったらしい。

 黙ったお茶子を見て、出久はぞくぞくするのを感じた。

 

「そっか。じゃあ──()ろうか」

「うん」

 

 二人は短く笑いあって、同時に床を蹴った。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 八割以上の確率で『No.021』──麗日お茶子が勝利する、というのが研究者達の予測だった。

 

 二人は共に雄英出身。

 クラスまで同じだったとあって、技術や経験に大きな差はない。むしろ『No.020』──緑谷出久は保有していた“個性”を喪失した分、研鑽の多くを無駄にしている。

 加えて“個性”自体の有無。

 

 男女の差も、実験によって強化を施された今となっては些細なもの。

 故に当然の結論、だったのだが。

 

「これは、面白いことになったな」

「ええ。No.020のパフォーマンスが上昇しています。戦いの中で、急速に」

「No.021も成長していますが、速度はNo.020が勝っています」

「戦いの中で成長する、か。まるでコミックの主人公だな」

 

 研究主任は笑って、透明な窓の向こうにいる二人を眺めた。

 

 

 

 戦いの序盤はお茶子が出久をリードした。

 開幕、出久へ向けて突っ込んだ彼女は高速のジャブを繰り出した。出久はこれをかわし、重いストレートを放つ。通常なら致命打になりかねないカウンターだが、ここで『無重力』が発動。

 浮き上がるように高く跳躍したお茶子は瞬時に“個性”を解き、出久の顎を蹴りつけた。

 

 浮遊殺法(フローティングアーツ)

 

 『無重力』状態と通常状態を小刻みに使い分けることによる三次元戦闘。一番の利点は周囲に「浮かせられるもの」が存在しない状態でも問題ないこと。

 むしろ、地の利がどちらにも味方しない分、この能力の存在が大きい。

 

 が、出久もまた果敢に攻めていく。

 これが雄英内での模擬戦であれば『無重力』で浮かされた時点で敗北だが、この試合にそんなルールはない。決着の条件は相手を戦闘不能にするか屈服させること。

 たとえ浮かされても「負けてない」と言い張れば戦闘は続行される。自分で移動ができなくなってもカウンターは可能なわけで、お茶子も迂闊に『無重力』は使えない。

 

 よって、殴りや蹴りを着実に積み重ねる。

 

「あはははっ! デクくん、さっきまでの威勢はどこに行ったの!?」

「……いいさ。そうやって得意になって、手の内を晒せ」

「!?」

 

 戦闘に使える選択肢ではお茶子が圧倒している。

 にもかかわらず、次第に出久へヒットする攻撃が減っていく。パターンが読まれているのだ。もちろん言うは易しなのだが──出久はこの研究所で繰り広げられた戦いの中で観察眼を磨いていた。そして、これまで不足していた冷静さや容赦のなさが加わったことで、独自の戦闘スタイルを確立した。

 身体が動くうちに相手を戦術を読みつくし、打倒する。

 拳、蹴り、関節に投げといった接近戦を総なめするストロングスタイルの上で駆使される戦闘論理は決して無視できるものではない。

 読みを外そうとして無理に戦法を変えようとすればその分、隙が生まれる。出久はそこを突くことも当然ながら躊躇わない。

 

「っ、面白いやんっ!」

 

 当然、お茶子とてただではやられない。

 戦いの中で浮遊殺法を更に洗練させ、読めていても避けられない攻撃や絶え間のないラッシュ、更には新たな攻撃パターンの開拓まで行ってなおも攻め立てるが、出久はそんなお茶子の成長さえもデータとして組み込み、自身の参考として戦術を更新していく。

 お茶子優勢だった戦況がやがて五分になり、そして、

 

「ぐ、あああああっ!」

 

 お茶子が吠えた。

 時を追うごとに被弾が増えていく中、敢えて浮遊殺法を捨てる。正面から少年と拳をぶつかり合わせ、鋭い一撃をギリギリでかいくぐり、逆に攻撃を浴びせようとする。

 

「そうだ、諦めるなお茶子さん! 僕にも着実にダメージは入ってる! これは根競べだ! どっちが先に諦めるか、どっちが先に考えるのを止めるか!」

「あ、あははっ! あはははっ! 楽しいねデクくん、殺し合いって!」

「ああ、ずっと、やっていたいくらいだっ!!」

 

 彼らは戦いながら愛し合っていた。

 肉と肉がぶつかり合い、汗が弾け、時には血を流して。

 羞恥をかなぐり捨てた生の声を上げて交わり、離れ、また交わる。

 

 永遠に続くのではないかと思えるほどの死闘。

 終わりは、突然にやってきた。

 

「あ、は──」

 

 笑いながら、ぷつん、と糸が切れたようにお茶子が倒れこむ。

 予想外の動きに拳を空振りさせた出久はかろうじて踏みとどまると、仰向けに倒れたお茶子が本当に動けないことを確認すると、その腹を残る力で踏みつけにした。

 

「楽しかったよ、お茶子さん。……だけど、これでさよならだ」

 

 麗日お茶子は全身ボロボロの状態で医療ブースに運ばれ、なんとか一命を取り留めたものの、全治二か月と診断された。

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