死なない少女の英雄志願【if・敵ルート】   作:緑茶わいん

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13.転換

 現れたのは、明らかに睡眠が足りていないだろう顔をした痩せ型の男だった。

 

「相澤先生……」

「お前に先生と呼ばれるいわれはない」

「そう、ですね」

 

 私は頷いて、世間の言う『女王』としての態度を取る。

 

「イレイザー・ヘッド。あなた一人ですか? てっきり大挙して押し寄せてくるかと思いましたが」

「警察はもうすぐ到着する。必要なら雄英教師が総出で相手をするが」

「いいえ。面倒になる前に逃げますし」

「だろうな──っ」

 

 相澤先生──イレイザーは何の前置きもなく両手から捕縛布を伸ばしてきた。

 

「『槍骨』」

 

 身体をぐるぐる巻きにしてくるそれを爪の槍で引き裂くと、その間にもう一方の捕縛布がデクくんを捕らえていた。

 最初からそっちが主目的だったんだろう。

 

「こいつは警察に引き渡すぞ」

「どうぞ。彼にはもう用はありません」

「そうか」

 

 頷いたイレイザーはデクくんの身体を捕縛布ごと引き寄せた。

 

「デクくん、どうなると思いますか?」

「……さあな。司法が正常に機能していれば、情状酌量の余地はあるだろうが」

 

 彼がビルを破壊したのはホークスの監督下にあった時のこと。

 “個性”を使って交戦した相手は(ヴィラン)であり、結果的には誰も殺していない。

 言動に問題こそあれ、年齢を考えれば更生の余地は十分ある。

 まあ、雄英は退学になっちゃうだろうけど。

 

「この国を掌握する気はないということか?」

「ありませんよ、そんなの。自分より圧倒的に強い存在が支配する国とか息苦しくて嫌じゃないですか」

「永遠の女王が小市民みたいなことを」

「小市民ですよ、私は」

 

 私も相澤先生も、ヒーローと敵というスタンスを崩さないまま会話する。

 それでも、ノリはどこか昔の、教師と生徒だった頃のままな気がした。

 

「スタジアムの修理代金は後でどうにかして送りますね」

「敵に弁償されるのも妙な話だが、もらえるものはもらっておく。来年分の生徒募集はなくなったから急がなくてもいいぞ」

 

 ああ、二年生と三年生しかいないからスタジアム一つ余るんだ。

 

「長い雄英の歴史がストップしちゃいますね」

「前代未聞の事態だからな」

 

 あらためて、私のしたことの重さを思い知る。

 

「じゃあ行きますけど、いいんですね? 私を捕まえなくて」

「捕まえようにも方法がない。むしろ雄英教師としては、生徒に被害を与えず帰ってくれるならそうして欲しい」

「わかりました。それじゃあ、お元気で」

 

 パトカーの音が近づいてきたのを感じながら、私は『ワープゲート』でその場から去った。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 研究施設内に侵入した途端、警報が鳴り響いた。

 前後の隔壁が降り、毒ガスが散布される。結構毒性の強いものだったのか、私は何度か咳き込み、耐性を獲得してほっと息を吐く。

 

 『透視』『超視覚』『建築物探査』。

 

 お茶子ちゃんの病室は、そこか。

 『ワープゲート』だと毒ガスまで運びかねないので『転送』で跳ぶ。

 っていうか、最初からそっちで跳べば良かったか。

 

「失敗した……って!」

 

 連中は果たして正気なのか、病室にまで毒ガスが撒かれ始めた。

 手の内を先に確認できた分、ワンクッション置いたのは結果的に正解か。私は装置に繋がれたお茶子ちゃんの身体を『巻き戻し』で二か月分くらい前に戻した後、彼女を素早く抱き上げて、

 

「『全知の魔(ラプラス)』『OFA(ワン・フォー・オール)』!』

 

 さっき確認した施設の構造と合わせて力の通り方を考慮しつつ、自分達に被害が及ばないように、超パワーで天井をぶち抜く。

 轟音と振動と共に大穴が開いて地上まで繋がる。

 風圧で毒ガスも吹き飛ばしたので、この隙にお茶子ちゃんを『転送』。A組の寮のロビーに送った。

 

「さて」

 

 私は研究所の中枢部に転移すると、告げた。

 

「外道ども、覚悟はできてる?」

 

 阿鼻叫喚になった。

 一応、殺しはしなかったので安心して欲しい。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

「あー、もう。疲れたー」

 

 アジトに戻った私は自分用のベッドにぐでー、っと突っ伏した。

 エネルギーが十分なら徹夜余裕なのが私の身体だけど、精神的には疲れるのだ。そこを完全無視してしまうと価値観が完全に人から離れていくので、最後の手段にしている。

 

「お疲れ様でした、永遠」

「やったね永遠ちゃん! 大勝利だよ!」

 

 優しい笑みを浮かべたお姉ちゃんが労ってくれて、透ちゃんがベッドにダイブして抱きついてくる。

 

「二人ともちょっとテンション高くない?」

「永遠ちゃんがあの子を生かしたからですよ。私は殺しても良かったと思うんですけど」

「うん……まあ、一応クラスメートだしね。あ、ありがとトガちゃん」

 

 答えながら、差しだされたスティック状のチョコレートをぱくっと咥える。

 甘くて美味しい。

 

「お菓子とご飯だけ食べてごろごろしていたい……」

「実際、少しのんびりしてはいかがです? そろそろ『準備』も整ったでしょう?」

「そうだね。いいデモンストレーションもできたし」

 

 現実的な実現方法について「寄生による情報網の強化」「協力者の増加」を挙げてきた私だけど、それ以外の策を考えていなかったわけじゃない。

 ここまでの行動は「もっと手っ取り早い策」のための準備だったと言っていい。

 もちろん、いざとなったら一人ずつ奪ってでも達成させるつもりだったけど。

 

 と、百ちゃんが嘆息して、

 

「というか、しばらく手が足りなくなりそうなのですわ」

「ああ。情報拡散の方?」

「ええ。永遠がある程度精査してくださるとはいえ、要約と整形は必要ですし。多重投稿となるとそれなりの手間もかかります」

「何しろ項目の数が段違いですしね」

 

 トガちゃんもうんうんと頷く。

 政治家、大企業の上層部、学者、果ては外国の王様や軍人まで、対象は数多い。真実しか扱わないという制約の上でもなお、ネタは尽きることがなかった。

 そのうえ、今日も新しいネタを発掘してきちゃったし。

 頼子さんや宮下さんなんか、ここ最近は「ヒーロー事務所やってた時より忙しい」と悲鳴を上げている。

 

「だから、永遠ちゃんは私と外回りしようよ!」

 

 協力希望者との面会のことだ。

 私本人が出向くなら移動を自分で済ませられるし、『嘘発見』もできる。護衛に透ちゃんを付けたとしても、頼子さんや白雲君の時間が空く。

 トガちゃんも事務仕事ができるメンバーなので裏方が捗る。

 私としてもあちこち飛び回り続けるよりは格段に楽だけど、

 

「知らない人と会うのもそれはそれで肩凝りそう……」

「まあまあ。女王様モードで適当に喋ってればいいから!」

「それが肩凝るんだってば!」

 

 と言いつつ、私は結局外回りをオーケーした。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 デクとの交戦以降、“個性”喪失者数の増加はぴたりと止まった。

 一部では『女王の死』が囁かれたものの、大多数の者はその説を笑い飛ばした。最新式のパワードスーツを一蹴し、最後までぴんぴんしていた彼女がそんな簡単に死ぬわけがない、と。

 

 女王一派の仕業と思われる暴露情報の公開は継続して行われており、むしろ、一日ごとの情報量は増えている。

 ということは計画が第二段階に入ったのでは、という見方が大勢を占めている。

 

『女王って案外優しいよな』

『ね。自分を殺そうとした人を生かしておけるんだよ。凄いよ』

 

 あの戦いによって女王支持者、そして女王信者は急速に数を増しつつある。

 解散総選挙が囁かれる中、女王支持を表明する国会議員さえ現れた。

 

 ──この流れはもう止まらない。

 

 かつて異能解放論を唱えたデストロは志を遂げることなくこの世を去ったが、もしも女王がこのまま姿を消したとしても『個性不要論』が完全に途絶えることはないだろう。

 

 女王の支持層は幅広い。

 

 無個性の多い高齢者はもちろん、先進的な考えに行きつきやすい若年層、強いものが大好きな男児、もともと永遠のファンだった女児等々。

 特に多いのは女性。

 男であるデクを下した例の件も手伝っているが、主な理由は、女は男ほど“個性”というものに拘っていないからだ。有名な女性ヒーローもいるし、彼女らにあこがれてヒーローを志す者もいるとはいえ、どうしても男に比べれば少数派。

 むしろ、一般高校などでは“個性”を盾に威張り散らす男子を嫌悪する女子が多く存在している。そうした者にとって個性不要論は渡りに船だ。

 自分は暴力を振るいたくない以上、相手側の弱体化=自分への被害の軽減になる。

 

「私も、個性がなくなるならそれはそれでいいと思います」

「………」

 

 エンデヴァーは、自宅を訪ねてきた妻──冷と向かい合いながら、なんとも言えない思いを抱いていた。

 

 冷が訪ねてきたのは突然のことだった。

 訪問も何も、ここは冷の家でもあるのだが、長期入院+退院してからの期間もほぼ実家に帰っていたため、彼女にとっては「慣れ親しんだ場所」とは言えないだろう。

 むしろ、この家には嫌な思い出が染みついているはず。

 

『無理に会いに来なくても良かったのだぞ』

 

 そう言えば、冷は首を振って言った。

 

『逃げているだけでは前に進めませんから』

 

 女王──永遠が支持されるようになったことで、エンデヴァーへのバッシングや詮索もなりを潜めた。

 そうでなければ冷の来訪も誰かに見咎められていただろう。

 

「……昔、言われたことがある」

「何を、ですか?」

 

 湯飲みと煎餅を前に正座した冷は静かに尋ねてくる。

 

「『才能のあるお前が羨ましい』」

「……“個性”は生まれ持ったもの、ですからね」

「……ああ」

 

 言ってしまえば、容姿や運動神経、芸術のセンスなどと同じ『才能』だ。

 当時のエンデヴァーは上ばかりを見ていた。

 オールマイトとの差を感じ続けていた彼にしてみれば「何が才能だ」という話だったのだが、今ならばあの言葉も理解できる。

 冷はきっと、才能──“個性”なんて要らない、と思ってきた側だろう。

 

「……“個性”が無くなれば、個性婚も無くなるだろう」

「自分の“個性”で怪我をする子もいなくなります」

 

 冷は、エンデヴァーを責めなかった。

 事実だけを告げられながら、それでも胸が痛むのは罪悪感があるからか。

 

「永遠ちゃんはきっと、横暴な支配者ではありません」

「直接会って話した見解、か」

「はい。お話ができた期間は僅かでしたが──八百万ヒーロー事務所の皆さんからもたくさんお話を聞きました。その人柄は他の人よりわかっているつもりです」

「……そうか。そうだ、な」

 

 エンデヴァー自身は、あの少女との思い出が碌にない。

 戦いの場において相対したのがほぼ全ての記憶であり、その人柄を判断するにはあまりに足りない。そもそも彼はそういった機微に疎い。

 途中で「あんなこと」があったとはいえ、四人の子供を育てた冷の方が人を見る目は確かに決まっている。

 

「俺は、仮定の話を本気で考えたことなどなかった」

「今も、ですか?」

「ああ。俺はヒーローだ。ヒーローである以上、敵が存在する限り戦う。それだけだ。……それしかできん」

 

 エンデヴァーは今も活動を続けている。

 一人になってからはトレーニング、家の掃除、数時間のパトロールをこなし、夜は静かに晩酌をする。深酒は決してせず、近隣で敵が出れば夜中でも出向く、そんな生活サイクルが出来上がっている。

 怪我をすることもあったが、鍛え上げた肉体は健在。

 碌な訓練も積まず、己の“個性”を振るうだけの輩ならば捕まえることは十分に可能だった。

 

「では、敵が一人もいなくなったらどうします?」

「……その時は、適当に隠居するとしよう」

 

 幸い、金は有り余るほど持っている。

 エンデヴァーヒーロー事務所は所長の個性喪失以降、新規の仕事受付を大幅縮小、これまでの事務仕事を全て片付けた上で閉鎖した。

 所員達にはしっかりと退職金を払い、可能な限りアフターケアも行ったため、惜しむ声はあっても文句が出ることはなかった。

 

 ヒーロー活動とトレーニングに明け暮れてきた男だ。碌に趣味もない。茶と酒、あとは茶菓子とつまみがあれば、他に望むものもない。

 黙って湯飲みを持ち上げ茶を啜るエンデヴァーを、冷は静かに見つめて、

 

「その時は、隣にいても良いのでしょうか?」

「───」

 

 一瞬、何を言われたのかわからなかった。

 必要ない、と答えかけて、その言い方では伝わらないのだと思いなおす。

 

「好きにしろ」

「はい。好きにさせていただきますね」

 

 冷は強くなった。

 原因があるとすれば、それはきっと永遠と焦凍なのだろう。

 

 二人の間にゆっくりとした時間が流れ──。

 

「あー。そろそろいいか、二人とも」

「ごめんなさい。良い雰囲気を邪魔する気はなかったんですけど」

「!?」

 

 不肖の息子と悪の女王が連れ立って現れた!

 

「な、何の用だ、貴様ら!」

「はは。驚き過ぎて隠せてねえぞ、エンデヴァー。来たのは挑戦状を叩きつけるためだ」

「挑戦状」

「うん」

 

 永遠は瞬時に──歴戦のヒーローであるエンデヴァーでさえ反応できない速度で移動すると、ぴと、と手を触れてくる。

 次の瞬間には、エンデヴァーの身体に懐かしい力が戻っていた。

 『ヘルフレイム』。

 

「……何のつもりだ」

「近いうちに大きいことをするので、戦う気があるならそうしてもらおうと思って」

 

 ここで、不安げな表情の冷がおずおずと、

 

「大きいこと、って……?」

 

 永遠はにっこり笑って、

 

「もちろん、世界から“個性”を消します。一気に何千万か何億か、消せるといいと思ってます」

 

 それが、ヒーローと敵による最終決戦が始まる、最初の予兆だった。

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