「えー。まずは全員合格おめでとう」
女王の宣言が放送されてから一週間。
この一週間はこれまでで最も慌ただしいものだった。ヒーロー公安委員会は急遽予定を変更してプロヒーロー試験を実施、
これを受けて雄英高校では三年生の卒業時期を変更、本日をもって全員に卒業証書を渡すこととした。
「知っての通り、今年は例年に比べて合格枠が非常に拡張された。全員が合格したのはめでたいことだが、今後もこれに慢心することなく励んで──」
「慢心、って、喜べるはずないじゃないっすか……!」
相澤の言葉を遮るようにして声を上げたのは切島だった。
「合格も、卒業も、俺達を戦わせるためなんでしょう……!?」
「そうだ」
相澤は淡々と答える。
実際、上が何を考えてこの措置を下したかは明白。一週間後に行われる『決戦』に一人でも多くのヒーロー──否、『戦力』を送り込むためだ。
「『討伐』に参加したヒーローには国から破格の報酬が出る。希望調査の提出期限は明日までだが、俺が受け取って代理で提出できるのは今日までだ。出してない奴は十七時までに提出しろ」
「待ってくれよ、先生!」
決まってしまったことは覆らない。
相澤はいつものように必要なことを最低限だけ伝える。
しかし、切島はなおも納得がいかないようだった。いや、彼だけではない。他の生徒も、多くの者が苦悩の面持ちだった。
「先生はこれでいいのかよ! ヤオモモ達と殺しあうなんて──」
「──甘えるな、切島」
「っ」
故に仕方がない。
効率的ではないが言葉を重ねる。
生徒が納得していないのなら納得させてやる。納得できないまま放り出すよりは合理的だろう。
「お前が自分で考えろ。いいか、これは強制じゃない。必ずしも戦いに参加する必要はない」
「それ、は」
「まだ学生気分でいるのか? 今日でお前らは卒業、明日からはプロになる。その瞬間、お前らと俺は対等の立場だ」
基本的にヒーローは独立独歩。
我の強い連中ばかりなので、先達が新人を導くということは多くない。そうした指導は所属事務所の人間がすることであって、いつまでも相澤がでしゃばることではない。
「卒業が早まったのは確かだ。試験が終わってすぐ卒業と言われても実感はないだろう。だが、早まったと言ったってほんの少し。それともなんだ。お前らは敵を前にしても『待ってくれ』と言うつもりか?」
「………」
全員が黙った。
そんな中、ツンツン頭の少年が口を開いた。
身長が伸び、顔つきも随分と大人になったが、口の悪さは未だに変わっていない。
「おい。あんたは行くのか、例の島に」
「ああ」
爆豪の問いに、静かに答えた。
「幸い“個性”も戻ってきたからな。一人でも多くのヒーローを死なせないために行くしかないだろ」
女王が律儀に返却に来たのだ。
必要だろうから、と。
「殺すのかよ、あいつを」
「さあな。だが、行かなければ、殺す必要が出た時に後悔する」
あるいは、守る必要が出た場合にも。
だが、そこまでは口にしなかった。
◆ ◆ ◆
卒業式は終わった。
非常時故、保護者達は来ていない。
必要以上にしんみりとした下級生達に見送られての卒業となった。
とはいえ、帰る場所が敷地内の寮なので、そういう意味では格好がつかない。
寮に戻った後はなんとなくロビーに残り、なんとなく気まずいような名残惜しいような不思議な空気の中、少しずつ解散していく。
結局、引っ越し準備等々のために部屋へ戻る者と残り続ける者がほぼ半々。
「ね、お茶子はどうするの?」
麗日お茶子は居残り組だった。
何をするでもなくソファに腰をかけていると、仲が良い(といっても女子は人数が少ないので皆仲が良いのだが)芦戸や耳郎が声をかけてきた。
お茶子は振り返って微笑みを浮かべた。
「私は行かないよ」
「……そっか」
「やっぱり、病み上がりだから?」
「ん……それもあるかな」
研究所で出久と戦った後のお茶子の記憶は飛び飛びだ。
大怪我をして装置に繋がれ、治療を受けていたのは朧げに覚えている。その後は気づいたら寮にいて、みんなにとても驚かれた。
怪我は何故か治っていた。
あの研究所での実験や訓練がなかったかのように身体はすっきりしていて、薬物等の影響がなくなったせいか、精神的にもだいぶ落ち着いていた。
それでもカウンセリングにかなりの時間を要したのだが、プロ試験にはなんとか参加することができた。
結果は「全員合格」と言った相澤の言葉が物語っている。
「でも、どっちかっていうとそれはおまけ。できるだけデクくんの傍にいてあげたいから」
「もう緑谷のことなんか放っておけばいいのに」
「ちょっ、響香」
「ありがとう、二人とも。でも、私、やっぱりデクくんのこと好きだから」
出久は警察によって捕らえられた。
現在は事情聴取等を行い、刑を確定しようとしている段階。重い刑にはならないだろう、という話だが、結果が出るのには時間がかかるらしい。今は警察も人手不足で、にもかかわらず敵はどんどん逮捕されており、取り調べが追い付いていないような状況なのだ。
一度、会いに行った。
出久は別人のように憔悴していて、お茶子に「死ねないんだ」と話してきた。
『二十四時間監視されていて、自殺しようとすると必ず邪魔が入る。残酷だよ』
『残酷なのはどっちなの!?』
思えば、あの時ほど感情をぶつけたのは初めてだったかもしれない。
『私が、みんながどれだけ心配したかわかっとるの!? 死んでても、殺されてもおかしくなかったのに、生きてるのがどれだけ幸せなことかわかっとる!?』
さすがにヒートアップしすぎて警察官に止められてしまったが、出久も「ごめん」と言ってくれた。
『……もう一度考えさせてくれ。僕が、どうするべきなのか』
『うん、待ってる』
また来る、と言ってその場を後にした。
面会希望はまた出しているので、許可され次第会いに行くつもりだ。
「お茶子は強いよ」
耳郎がぽつりと言った。
「昔の緑谷と今の緑谷は全然違う。それでも好きって言えるんだから」
「デクくんは変わってないよ」
けれど、お茶子は首を振る。
確かに、彼は“個性”を失った。師に先立たれ、使命も見失い、ヒーローになる道筋さえ断たれた。全てに絶望して命を絶とうとしていた姿は見る影もなかった。
それでも、
「根っこのところは変わってないと思う。ただ、辛いことがあって苦しんでるだけ。だったら、そういう時こそついていてあげんと」
自分は出久が強いから好きになったのか?
違うはずだ。
麗日お茶子が好きになった緑谷出久は、真っすぐで純粋な心を持った少年だ。純粋だからこそ、辛いことがあった時は人一倍悩み苦しんでしまう。
そういうところもひっくるめて、彼のことが好きなのだ。
「せっかく、永遠ちゃんが助けてくれたんやから」
助けられたのは出久もだが、お茶子自身もだ。
身体の時間が巻き戻ったとしか思えない現象は、どう考えても永遠の仕業だ。
「本当、あいつはどういうつもりなんだろうな」
呟きが聞こえた。
近くにいた尾白が発したものだった。いつの間にか注目を集めていたらしい。男女問わず、会話に加わりたい者が近づいてきていた。
永遠が何かを考えているか。
もちろん、それは永遠自身にしかわからないことではあるが、
「永遠ちゃんは永遠ちゃんなんだと思う」
「禅問答か?」
「そういうんやなくて。永遠ちゃんは、別に私達の理解できない化け物になっちゃったとかじゃなくて、永遠ちゃんなりに大事なもののために戦ってるんだ、ってこと」
「そんなの当たり前じゃない」
梅雨が言った。
「これは現実よ。コミックじゃない。
もちろん、ヒーロー活動中の敵への殺傷行為は特例として罪に問われることはない。
それでも、人殺しは人殺しだ。
オール・フォー・ワンに乗っ取られた医者を「他に方法がないから」と殺した永遠が有罪とされたように、殺した事実が消えるわけではないし、場合によっては一般人から責められることになる。
お茶子は苦笑して、
「梅雨ちゃんが一番、永遠ちゃんに似てるかもね」
「一緒にしないで欲しいわ。……って、言いたいけど、そうかもしれないわね」
永遠もまた、どこかクールなところがあった。
小さくて人懐っこくて食いしん坊で、ところどころドジな癖に、有事の際には誰よりも的確に、真っすぐに、自分のするべきことを見極めていた。
あの少女は極端に「迷う」ということが少なかった。
そういう少女だからこそ、人の何倍も重荷を背負うことになり、人の何倍もの速度で目的を達成し、結果、行きつくところまで行きついてしまった。
そんな永遠の思考にある意味一番近いかもしれない梅雨は、仲間達に告げる。
「私は行くわ。もう一度永遠ちゃんとお話ししないといけないもの」
「蛙吹が名前で呼ぶとか珍しいな」
「茶化さないで。苗字がないんだから仕方ないじゃない」
ぴしゃりと言ってから、梅雨は付け加える。
「永遠ちゃんが何をしたいのか、ちゃんと本人に聞くわ。それからじゃないと判断できない」
「聞いた結果、納得できる答えだったらどうするんだよ?」
「決まってるわ。襲ってくるヒーローの方と戦う」
「……覚悟決まってるな」
A組の中でも正義感の強い尾白がひきつった表情を見せた。
実際問題、ことここに至っては何が正義で何が悪なのか、非常に判断しがたい。
「私がヒーローになったのは別に憧れとかじゃないわ。単にお金が稼げて特権が多いから。その上、雄英なら学費もかからないでしょ」
「すごい納得できるけど、卒業式になって聞くとは思わなかったやつ!」
「別に話す必要ないもの。……まあ、そんなわけだから、ヒーローができなくなるのは困るといえば困るわ。でも、世界から敵がいなくなるなら、私がヒーローになるよりずっと家族のためになるのよ」
「………」
お茶子は「やっぱり似てる」と思わずにはいられなかった。
他の者達も梅雨の意見に感銘を受けたようで、何も言わずに黙り込んでいる。
なので、
「うん。私も“個性”に拘りはないよ」
お茶子にはもう『無重力』の力はない。
お茶子にとってあれは『手段』だ。
ヒーローになるための手段。ヒーローになるのは憧れや平和への願いが半分、お金を稼いで両親を楽させたいのが半分。
ヒーローの道が閉ざされるのは痛いが、この三年間で培った経験は決して無駄じゃない。これ以上ないほど身体も鍛えられたし、建築現場でも役に立つはずだ。
「私は街に残って敵と戦うつもり。永遠ちゃんやみんなの負担はできるだけ減らしてあげないとね」
「……みんな色々考えてるんだね」
耳郎が呟き、なおも悩むように視線を落とす。
それぞれ事情も動機も違う。
誰もが同じ答えを出せるわけがない。
幸い雄英の生徒は殆どが“個性”を残しているが、就職先のヒーローが“個性”を喪失した、あるいは『島(仮)』に行くことを決めている例も多い。そうしたヒーローは事務所を解散したり、新人に「道を考え直すように」促していたりする。
逆に、自分の事務所に来るのであれば志を同じくしてもらう、というヒーローもいる。
「先生の言ってた通りよ。自分で考えて決めるしかないわ」
「……そうやね。私達はもう『卒業』したんやもん」
どの答えが正解というわけではない。
ただ、自分自身で悩み、つかみ取った答えに意味があるだけだ。
当人にとって後悔のない選択であるならば、それはどんな選択であっても尊いものだ。
「ああ」
「うん」
「ん……」
尾白も、芦戸も、耳郎も頷く。
彼らはどんな答えを選ぶのだろうか。
と。
「おい爆豪! お前はどうすんだよ、行くのか、行かないのか?」
「あ? 行くに決まってんだろアホか!」
「行くのか。で、それってなんで?」
「決まってんだろーが。あいつとは決着がついてねえ。白黒つかねーうちに“個性”奪われてたまるか」
わいわい騒ぎながら向かってくる男達がいた。
どうやら、梅雨とはまた別の意味で強く自分を持っている奴がまだ身近にいたようである。