「どう? 結構よくできたと思うんだけど」
『ワープゲート』で降り立つと、みんなは『島』を見渡して「おお」と歓声を上げた。
浜辺から土の地面、草原、森、山と続く無人の世界。
大きさ的には伊豆大島と同じくらいだ。
「これ、永遠ちゃんが作ったんです?」
「うん。設計図とかはお姉ちゃんにお願いしたけど」
「すごいね! ピクシーボブとかセメントスでもここまでできないよ!」
左右から私に抱きつきながら、トガちゃん透ちゃんが喜んでくれる。
褒めてもらえると頑張って作った甲斐があったな、と思う。
「意外と早くできてよかったよ」
「一週間かからずに島ができるとか、意外も何も異常に早いのですが」
作り方なんかを私にレクチャーしてくれたお姉ちゃんが一番呆れ顔をしているのがちょっと可笑しい。
「いいじゃない。極まった使い方をすると“個性”でここまでできるっていう見本だよ」
そして同時に、ここが私にとっての決戦の地になる。
「それじゃ、みんな。ちょっとついてきてくれる?」
◆ ◆ ◆
私達は浜辺から島の中心へ向かって移動した。
森を抜けて山を登る。
山と言っても何千メートルもあるわけじゃない。せいぜい家族連れがハイキングで登る程度の山だ。その頂上付近は平らにならしてある。
「魔王の城でも建ちそうなとこですね」
頂上からあらためて島を見渡しつつ白雲君。
私はにやりと笑って答えた。
「やっぱり城がいいかな?」
「へ?」
「おい。まさかやる気か?」
「うん」
轟君の声に頷く。
そのためにここまで来たんだから、当然。
「ただ、その前に作るものがあるんだけどね」
私は頂上のちょうど真ん中に立つと、とある“個性”を起動する。
差し出した手のひらから放たれた不思議な波動が地面に下り、きらきらした結晶と化す。せっかくなのでファンタジーによくありそうな、人が入れるサイズの縦長のクリスタルに整形。下には台座をつけて位置を高くし、祭壇と階段もつける。
宮下さんが「うわあ」という顔でそれを見上げて、
「所長のやることなのでもう驚きませんが──なんなんです、これ?」
「装置化した“個性”です」
「「は?」」
幾つかの声が重なる。
「『個性装置化』っていう“個性”があって。それで“個性”を装置にしてみました」
装置化された“個性”は必要なエネルギーが供給される限り、使用者が停止命令を出すまで半永久的に機能し続ける。
当然、装置化したのは「世界から“個性”を消す」ための“個性”だ。
「この結晶は『奇跡を起こす』“個性”の装置」
「また一段と胡乱な名前の“個性”ね」
頼子さんが呆然と目を細める。
無理もないと思うけど、
「あるんだから仕方ないじゃないですか。……まあ、必要なエネルギーが多すぎて本来の持ち主でさえ使いこなせないような代物なんですけど」
「永遠ならそのエネルギーを供給できる……でしたわね?」
「うん」
私はもう一つの“個性”を『装置化』。
これは結晶をぐるりと囲む金属の輪のような形にした。角度を変えて幾つも重ね、いかにもファンタジックな光景になったところで「ふう」と息を吐く。
「二つ目は『思いを束ねる』“個性”」
「少年マンガでよくある奴かな!」
「そうそう。みんなの想いを力に変えて、みたいな」
まあ、これも単独では「束ねたところで使いようがない」っていう話なんだけど、こうやって装置化して、束ねた思いを別の“個性”に流し込めば、半永久的な“個性”消去装置が完成する。
「起動」
途端、鈍い輝きを放ち始める結晶と輪。
と、トガちゃんや透ちゃん、その他、ここにいるみんなの身体からきらきらした光が生まれて装置に吸い込まれていく。
「綺麗……!」
「って、あれ? 永遠ちゃん、動かしちゃっていいんです?」
「いいんだよ。必要なエネルギーが溜まるのに時間がかかるし、最初に消していくのは『寄生』だから」
今から起動しておけば決戦時にはちょうどいい感じになるはず。
「私を殺すと十万人以上が私になると言ったな。あれは嘘だ。──みたいな?」
『思いを束ねる』個性装置は世界中から「個性が無くなって欲しい」という思いを集め、エネルギーに変える。
『奇跡を起こす』個性は一人で供給するには膨大すぎる必要精神エネルギーを大勢の人に賄われ、破壊でもされない限り延々と、世界から“個性”を消し続ける。
「ヒーロー、ううん、体制側──も違うか。
でも、この勝利条件は教えてあげない。
敗北条件が緩和されていることも自分からは教えない。
トガちゃんが嬉しそうな顔をしながら言った。
「エグい! エグいです永遠ちゃん!」
「なんで喜んでるのトガちゃん……。まあ、悪い奴が自分から手の内バラす必要ないからね」
というわけで、
「これからここに城を立てて攻略されづらくします」
「うわ、えっぐ……」
白雲君があらためて悲鳴を上げた。
◆ ◆ ◆
最初に気付いたのは誰だったか。
空を流れていく光。
異常気象だと夢のないことを言う者もいたが、一方で妖精や天使といった幻想の存在を連想する者も少なくはなかった。
人々は光の流れていく先を追い──他の地域との情報を共有することで、気づいた。
光が向かう先にあるものに。
作られた島に『あの少女』がいることに。
◆ ◆ ◆
アメリカ某所。
国内有数の軍事基地では、粛々と攻撃の準備が進められていた。
戦闘機や爆撃機などの航空戦力が多数、万全に整備され、弾薬や燃料を投入、いつでも出撃できる態勢が整えられる。
大勢の兵を直接運ぶための輸送機も準備万端。
同時に開戦の狼煙となるミサイルの発射準備も進行している。
湾岸の基地では潜水艦を含む各種軍艦が稼働状態に入っているはずだ。
『もはや一刻の猶予もない』
軍人達には大統領からの声が秘密裏に伝えられた。
『一方的に世界の変革を押し進める悪の女王に対し、我々は世界一の大国として正義の鉄槌を下さねばならない。躊躇う必要はない。これは聖戦である。繰り返す。これは聖戦である』
一般人も、他国も、攻撃のことは知らない。
もちろん、ミサイルを一発発射した瞬間に世界中が知ることになるのだが──始まってしまえば相手を殲滅するまで終わらないのだから構わない。
世論など後からどうとでもなる。
避けるべきは、取り返しのつかない事態が起こってしまうことだ。
「だからって軍ですらない少人数のグループ相手に総攻撃だなんてな」
航空機パイロットの一人、ジャックは待機中にそうこぼした。
「しかも、女王を殺せばこの国からも犠牲者が出るんだろ。それでもやるってんだ。イかれてるぜ、大統領も」
「よせ、ジャック」
同僚のボブが制止するが、彼の表情も硬い。
わかっているからだ。
この戦いのどうしようもなさを。無意味さを。そして、成功の難しさを。
「命令である以上はやるしかない。たとえ、成功する目がほぼ無くても、だ」
「お前は総攻撃でも女王を殺せない。そう思うのか?」
ジャックは成功自体を疑ってはいない。
だからこそ、あの一発やりたい美少女を殺してしまうことがやるせなかったのだが。
「まず間違いなく失敗するさ」
ボブは断言した。
「あの少女は規格外だ。彼女こそヒーロー。……職業的な意味のヒーローじゃないぞ。コミックに出てくるスーパーヒーローのような能力の持ち主。そういう意味だ」
「ミサイルも、銃も、爆弾も、通用しないって?」
「不意打ちでもなければ通用しない。そう思った方がいいだろうな。……そもそも、不意が打てるのかどうか」
「待てよ。……だとしたら」
攻撃を阻止される。
後に待っているのは、なんだ?
女王は、攻めてきた者には容赦をしないと言っていた。
──ぞわりとする。
わかっていたつもりだった。
だが認識が甘かった。
この先に待っているのは子供を殺す罪悪感ではなく、
「大丈夫だよ」
「!?」
声が聞こえた。
気づくと、目の前に女王が立っていた。
肩を覆わない扇情的な黒いドレスを纏い、悠然と。
反射的に銃を手にしようとして、迷う。
迷っている間に次の声がした。
「戦いは起こらないから」
次の瞬間には女王の姿は消えていた。
代わりに基地内に放送が流れる。
攻撃開始時間を延期。作業中の者はそのまま作業を続行。待機中の兵士はそのまま待機するように、とのことだった。
「おい、なんだったんだ、今の……」
「さあ、な」
兵士二人は顔を見合わせ困惑の表情を浮かべた。
攻撃開始時間は変更され、更に変更され、また変更されて、その日の攻撃は結局中止になった。
基地の最高責任者を始めとする『上』の人間達が揃って「猛烈な腹痛」に襲われてトイレに駆け込み、基地の専属医にかかる羽目になった。更に戦闘機や攻撃設備の約一割に「原因不明の異常」が発生し、そのチェックに追われることになったからだ。
前者はバイオテロの疑いがあるし、後者は復旧・原因究明しなければ戦闘行動中に他の機体で発生する可能性がある。
無理やり決行しようにも命令を出し指揮をする人間が軒並みダウンしているためにどうしようもない。他所から応援を貰おうと思ったら、他の基地でも同じ現象が起こっており、回せる人員なんてどこにもいなかった。
状況が回復次第再開、という話ではあったものの、再開しようとする度に別の問題が発生、結局何もできないまま時間だけが経過していった。
ジャック達兵士は、女王の恐ろしさに震えると共に、彼女の『慈悲』を実感した。
そうして。
各国の軍隊は表向きの静寂を保ったまま、運命の日がやってきた。
◆ ◆ ◆
船は太平洋上を順調に航行していた。
『島』までは残り数十キロ。
このまま行けば一時間足らずで到着するだろう。
ヒーローにより編成された攻略部隊の一員──エンデヴァーは、自販機前のベンチにNo.2ヒーロー、ホークスの姿を見つけて声をかけた。
「戦いの最中にトイレに行きたくなっても知らんぞ」
青年は顔を上げて微笑を浮かべた。
「そういうので『速い』レッテルは勘弁して欲しいっスね」
ぐいっと呷る缶の中身はジンジャーエールのようだ。
エンデヴァーは硬貨を取り出すと自販機から緑茶を購入──しようとして、自分の言ったことが引っかかり、ノンカフェインの麦茶を買った。
「貴様が参加するとは思わなかった」
隣にどっかりと座りこんで言えば、ホークスは今度は苦笑を浮かべる。
「聞いてないっスか? 俺の評判もガタ落ち。バッシングだらけで、汚名返上するためには来るしかなかったんです」
ホークスは緑谷出久暴走の件で責任を取らされた。
『上』の命令を聞く便利屋のような位置にあったことが公開され、彼が出久を唆したのだとまことしやかに囁かれた。実際、出久を直接勧誘したのも迎えに行ったのも、監視役として付いたのも彼だったのだから、全く的外れというわけでもないのだが。
要はトカゲのシッポ切りだ。
今まで便利使いしていた癖に、要らなくなれば捨てられる。彼に汚れ仕事を押し付けていた層が辞めさせられたり閑職に追いやられたりしたこと、いわば組織の体質改善が影響しているのも事実だが、やるせない話ではある。
ただ、この上、女王の一件で動かないとなると「ヒーローとして戦う気はあるのか」というところまでを問われることになりかねない。
これが信用を失う前なら「島には行かず街の平和を守る」と表明するだけで皆が信じただろうが。
かの『女王』が『剛翼』を返還した、というのも大きい。
その背に翼がある以上、ヒーローとして悪と戦うのは当然──というのが一般大衆の見方だろう。
「エンデヴァーさんこそ、指揮官辞退してるじゃないですか」
「俺は皆を指揮するような立場ではない」
今回の戦いは一般的な「ヒーローによる大規模作戦」とは一線を画する。
少なくともエンデヴァーはそう考えている。それにホークスに言った通り、No.1ヒーローとしての矜持は既に持ち合わせていない。だから指揮官の打診を断った。
結果、リーダーは決めず個々人の連携に任せるという方針が決定。
普段の戦いと何も変わらない、個人の力が試される形となった。
「エンデヴァーさん。勝てると思いますか?」
青年の目はエンデヴァーを見ていなかった。
ただ、どこか遠くを見据えている。
「勝てないだろうな」
「っ。……意外ですね。そんなにはっきり言うなんて」
「あれは理外の存在だ」
エンデヴァーはオールマイトを全力で追いかけてきた。
一対一で戦えば、勝てるとまでは言わないものの、良い勝負をする自信はある。だが、永遠に勝てる気は正直言ってまるでしない。
永遠の振るう「オールマイトの力」はまだまだ未熟だ。無数の“個性”を持つが故に個を磨き上げる機会を逸している。が、そんなことをものともしない恐ろしさが彼女にはある。
無数の“個性”。
違う。それはあの少女の恐ろしさの本質ではない。
何をするかわからない。
人外レベルの思い切りの良さこそが真に恐ろしい。
だからこそ、
「我々は、あらゆる可能性を警戒するべきだ」
麦茶を持っていない方の手を高速で閃かせると、青年は驚くほどの瞬発力をもって回避。
代わりに飛んできた羽根を『ヘルフレイム』が焼き尽くした。
「ホークス。貴様はどっちの味方だ?」
サングラスの奥で青年の瞳がぎらりと光った。