どさ、と。
床に転がされた『その男』を見て、ヒーロー達が声を上げた。
「ホークス……!?」
「どういうことだ、エンデヴァー!?」
「どうもこうもない」
ホークスは全身を焦がされ、更に縄で厳重に拘束されている。
命に別条があるほどのダメージは無いが、羽根の多くは使いものにならない状態。もし今、即座に回復、あるいは新しい羽根を生やすことができたとしても、縄のせいで動くことはままならないだろう。
「この男は裏切り者だ」
エンデヴァーもまた無傷とはいかなかった。
身体には複数の小さな傷が生まれている。あの狭い空間では『剛翼』を防ぎきれなかったからだ。羽根を短時間で焼き切るほどの高熱を出せば船にダメージが行きかねない。止む無く火力を抑え、ホークス個人を無力化することになった。
そんなことを事の経緯と一緒に話して聞かせ、
「そうだな、ホークス?」
当人に確認すれば、青年はシラを切ることもなく認めた。
「ええ、その通りです」
「何故だ!?」
声を上げたのは別のヒーローだった。
No.1とNo.2の争い。
決戦を控えたこのタイミングでそんな事件が起こるのは、彼にとって許せなかったのだろう。
だが、ホークスは動じない。
「何故って、女王につく方が得でしょう?」
この返答に一同はざわつく。
「そんな理由でエンデヴァーと戦っただと……!?」
「重要じゃないっスか。決戦に参加して何になります? 現政権に恩が売れる? だからなんです? どうせ失脚する奴らの好感度を稼いだって何にもなりませんよ」
「……なるほど、そういうことかよ」
ホークスに関する一連の報道は他のヒーローにとっても大事件だった。
彼が毛色の違うヒーローであることは多くの者が察していたが、汚れ仕事や裏工作を引き受けるスパイのような役割だったというのには驚く者の方が多かったのだ。
ヒーローとは正義の味方である。
だからこそ、決戦へのホークス参戦は好意的に受け入れられていたのだが、
「結局、媚びを売る相手を変えただけなんだな!?」
場は、一気に物々しい雰囲気に。
そんな中、有翼の青年はなおも飄々と答え、
「だったら、何です? 俺を殺しますか?」
「───ッ!」
言葉か、あるいは直接的な暴力が振るわれようとした瞬間。
「止めろ」
静かな、しかし重々しい言葉が沈黙を生んだ。
「エンデヴァー……?」
「別におかしな話ではあるまい」
ホークスを転がして以降、No.1ヒーローは微動だにしていなかった。
「各々に譲れぬ矜持、考えがあって当然。ホークスはホークスなりの意思で我らを裏切った。それだけのこと」
「……怒ってないんスか、エンデヴァーさん?」
これには当のホークスでさえ呆気に取られる。
が、
「何を怒ることがある。今はヒーロー同士で憎みあっている時ではない」
「何言ってんだよエンデヴァー。お前がこいつを『裏切り者だ』って連れてきたんだろ!?」
抗議の声はもっともではあったが、
「無論。理想が相反する以上は捨て置けぬ。裏切った事実を周知しなければ無用の混乱も起きよう。だからこうして知らせた。だが、ヒーロー同士で争うのは本意ではない」
「許すってのか!? 女王につく奴を!?」
「敵に回るのなら戦おう。拘束で済ませられるという保証もない。だが──別に、
「───」
しん、と、静寂に包まれる。
縄で縛られ拘束されたままの青年が「まあ、そうでしょうね」と息を吐いて、
「裏切るなら戦闘開始と同時か、ある程度分散してからの方が効率的です」
「なっ……!?」
驚愕が広がる。
ホークスに向けられていた視線、感情は拡散してお互へとに向けられる。
誰が裏切り者なのか。
疑心暗鬼が広がりかけた一瞬を縫うようにして、それは起こった。
青年を拘束していた縄がバラバラになり、ひょい、と軽く持ち上げられる。
そして姿を現したのは、黒いドレスを纏った美しい少女。
どこから来たのか。
……などと言うのは、もはや彼女相手に無意味だが。
「じょ、女──」
「貴重な戦力を確保させてもらうね」
静かな声が動揺の声を抑え、響いた。
有翼の青年は引きつった表情を浮かべて、呟く。
「……許してくれるんですか、永遠さん」
女王はどこか艶やかに笑んで答えた。
「許すよ。こっちに付きたいのが、あなたの本心なら」
「──ええ、両親に誓って裏切りませんとも」
「待──」
声を上げ、手を伸ばしかけてから、エンデヴァーは自覚する。
躊躇いがある。
彼の『ヘルフレイム』ではホークスを焼き殺してしまいかねない。低出力では女王を足止めすることもできないだろう。
否。
全力で挑んだとして、どの程度通用するのか。
一瞬の迷い。
ここで交戦するのは得策ではない、という思考が、攻撃の機会を失わせた。
「それじゃあ」
黒い塵と化すかのように消えていく少女を、一同はただ見送るしかできなかった。
余韻の覚めやらぬ中、フェリーは着実に『島』へ近づいており、ある一定まで近づいたところで誰かが気づいた。
「な、なんだ、あれは……!?」
島を覆い尽くすように、デフォルメされた無数の蝙蝠が飛んでいる。
海からは鮫が、鯨が、果ては海竜のごとき異形が顔を出してヒーロー達を睥睨する。
地上では虎や獅子、狼が雄たけびを上げている。
「地獄か」
誰かの呟きが全体の認識に変わるのに、そう時間はかからなかった。
◆ ◆ ◆
「そのまま突っ込んできたのは約二割だね」
島の中央、山の頂上には巨大な城がでん、と建っている。
皆の希望を聞きつつ私が作ったもので、全五階建て。生活スペースや会議室などがあるのは四階から上で、三階から下は
建築様式は西洋やら北欧やらが混じった適当な感じだけど、一見ただの石に見える素材は“個性”で作った特殊素材なのでとても頑丈。壁や床の内側には更に硬い金属も埋め込んであるので、ぶち抜いて進むとかのズルはそうそうできない。
そんな城の中に作られた、妙に近代的な内装の会議室には私をはじめお姉ちゃんに透ちゃん、トガちゃん、轟君などなど、戦闘あるいは防衛に参加する面々が勢揃いしていた。
モニターには使い魔から送られてきた映像が映し出されている。
島周辺の会場には数多くの船の姿。
各国の軍には組織的な行動がとれないようにたっぷりと嫌がらせをしたので、来ているのは主にヒーロー、あとは敵や傭兵、若干の民間人といったところ。
多くの船は私の使い魔である海の魔物達を見て前進を止めた。
止まって正解だ。
構わず進み続けた船は、ある程度の自律行動を取れるよう設定した使い魔達に群がられている。船自体には大した防衛機構はついていないし、ヒーローがデッキへ出て応戦しようとすれば、空から飛べる使い魔達が襲撃してくる、という寸法だ。
「どれくらい死にますかねえ」
メイド服を着たツインテール美少女の呟きに、私は苦笑で返す。
「物騒なこと言わないでよトガちゃん。できるだけ死んでほしくないんだってば」
「わかってますけど、普通死にますよアレ」
「死なない死なない。あれはただの牽制と忠告。あれで死ぬようじゃ『何しに来たの』って話だよ」
トガちゃんは戦闘服にメイドさんの衣装を選んだ。
動きづらさより趣味優先なんだ、と思ったら、長袖長スカートの方が隠し武器を用意しやすくて都合がいいのだと教えてくれた。
インナーには特殊繊維のボディスーツを着込んでいるし、メイド服自体も戦闘がしやすいように各種改造が施されている。また、可愛いツインテールにまとめた髪型と相まって、対峙する相手の気力を削ぐ効果も期待できる。
「いや、雄英に入学した頃の俺らなら割と苦戦するぞ」
と、これは轟君。
彼は燃えにくい特殊繊維の戦闘服。黒づくめで、いかにもプロフェッショナルです、って感じ。トガちゃんとの見た目のギャップが凄いけど、彼の方が普通の格好だ。
「大丈夫だよ。爆豪あたりがまとめて吹き飛ばすでしょ」
「船の上である以上、派手な行動が制限されます。力を温存したいという思いもあるでしょうから、いろいろと難しいでしょう」
お姉ちゃんは腕と胸、お腹、足に大きな露出部分のある、ちょっと──いやかなりエッチな格好をしている。
“個性”の都合上しょうがないんだけど、ほんとに悪の女幹部にしか見えない。
そこで、いつも通り透明(つまり全裸)の透ちゃんが頷いて、
「船が壊れたら帰れないしね! 止まった人達はほんと正解だよ!」
使い魔達には「一定以上近づいてきた者だけを襲え」と命令してある。
なので、何も考えずに船で突っ込んでくるんじゃなくて、船を安全地帯に残した上で飛ぶなり泳ぐなり、海を凍らせて走り抜けるなりするのが正解だ。
一人乗りか二人乗りくらいの小型艇があればそれで突っ切るのも手。
つまり、あの使い魔達は敵をふるいにかけて数を減らすのが目的だ。
「お姉ちゃん、メカの方は?」
「もちろん、万端ですわ。敵船と使い魔達の接触と同時に順次、稼働状態に移行させております」
「うん、ありがとう」
私やお姉ちゃんが“個性”でいろいろ作れるのを利用して、防衛用のメカも大量に用意してある。
数としては、メカだけで都市一つ落とせるんじゃないかってレベル。
ドローンなんかの小型メカから四種類の雄英ロボを真似たものまで形も様々で、使い魔達の数が減ってきた頃に投入して第二の嫌がらせをする予定。
「罠もいっぱい仕掛けてあるよ!」
「のこのこやってきたことを後悔させてやるです」
透ちゃんとトガちゃんには罠を担当してもらった。
自然を利用した原始的なものから機械を使った電子的なものまで。私達防衛側としては一定ラインより外に出なければ引っかかる心配はないわけで、それはもう、これでもかと用意した。
作戦的に、死ぬような罠は用意していないものの、担当者があの二人だ。
死ななければいいんでしょ? とばかりの辱め、嫌がらせ、遅滞攻撃などなどが侵入者達を襲うことだろう。
更に、
「お、始まりましたね」
轟君と同じく真面目な服装の白雲君が言う。
あれ、えっと、呑気に批評してる私もただのドレス姿だったりするんだけど、もしかして女性陣が遊んでて男性陣は真面目、みたいな分かれ方になってる? いやうん、今更か。
「仲間割れ……っていうか、賛成派と反対派の抗争だね」
船と船の間、あるいは同じ船の中でも争いが起き始める。
私達を止めに来た人と、そんな彼らを止めに来た人達。二種類がいる以上、こうなるのは当然だ。こっちとしては勝手に食い合って疲弊してくれるんだから御の字。
ついでにいえば、やってきた船の中には腕自慢の敵も交じっているので、ヒーローなんかは「まずはお前らからだ!」とばかりに捕まえにかかっていたりもする。
「ホークスくんは先走って正解だったかもね」
普通のレディーススーツ姿の頼子さんがくすりと笑う。
仕草のせいか、女子高生まで若返ってもなお艶っぽい印象なのは負けた気がする──って、それはいいとして、言われた有翼の青年はシャツにズボンというラフな服装で苦笑を浮かべた。
「女王様には感謝しています。俺を拾ってくれたんですから」
「そんなにかしこまらなくてもいいよ。こっちに来た以上、ホークスも仲間なんだから」
「そう言ってもらえると嬉しいですね」
防衛に参加するメンバーは反乱の初期メンバー、つまり、私の死刑を止めようとしてくれた人達と、初動の段階で私の側についてくれた人達が中心になっている。
これはもちろん裏切りを防止するためなんだけど、そんな中にあって、ホークスはかなりの特例だった。
何しろ私の死刑に体制側で参加していたばかりか、デクくんを『実験』に誘った張本人なんだから。
でも。
「いろいろ大変だったんでしょ? 下手に逆らうわけにもいかなくて」
「……何を言っても、言い訳にしかなりませんけど」
遠い目での返答が物語っている。
ホークスだって嫌だったのだ。非人道的な仕事なんてしたくなかった。
でも、効率を優先しなければ為せない事もある。
何が正しくて何が間違っているか、どの仕事が平和に繋がっていてどの仕事がお偉いさんの自己満足か、ヒーローになる前から尖兵としての役割を与えられていた彼には判断しきれなかったし、感情を優先して動くには体制側に踏み込みすぎていた。
一人の力なんてたかが知れている。
彼の言った通り、犯した罪は変わらないけど、
「せめて最後くらいは協力させてください」
「うん。一緒に頑張ろう」
心強い味方が一人、増えた。