島の付近に到達した反女王勢力は、悪夢のような歓迎を受けた。
先行する船が海、空から迫る『魔物』(としか表現しようのない化け物)に襲われ、女王派の勢力が便乗。これによって場は一気に混乱した。
無数の敵に対処する間にわかったのは、次のようなことだ。
魔物は一定以上接近した者だけを襲う。
島の中央、山の上には西洋風の城が建っており、世界から集まる輝きはその中に吸い込まれている。
島の陸地にも陸上型の魔物が跳梁跋扈しており、第一陣を無理矢理突破した者にさらなる攻撃を浴びせている。
「どうしたものか」
そんな中。
エンデヴァーほか日本のプロヒーロー百名ほどが乗る船は敵の攻撃範囲外に位置したまま、他の勢力に出遅れていた。
初動にて慎重策を取った結果、思わぬところから横槍を受けたせいだ。
同乗していたヒーローの約二割が女王派であることを明かし、戦闘行動を取ってきたのである。
対処、制圧している間に先陣を他に譲る形となり、結果、自分達の被害は死者ゼロ、深刻な負傷者も出ていないものの、他の船の中には大破するものも出ている。
幸い、敵に殺意はなく、船を破壊はしても沈めては来ていない。
むしろ、ただ浮かぶだけになった船に気絶した襲撃者を運ぶなど、慈悲さえも見える。
「無理矢理突破するのは現実的ではないでしょう」
「イレイザー。あの化け物どもに『抹消』は?」
「効きませんでした」
黒ずくめのプロヒーローはいつも通りに淡々と答えた。
エンデヴァーが女王派との戦闘を指揮している間に、イレイザーはあれこれと試しつつ戦況を見守ってくれていた。
結果は、残念ながら芳しくない。
イレイザーの『抹消』は“個性”による生成物までは消すことができない。なので当然といえば当然だが──。
「小型艇や個人用のフライングユニットも積んでいますが、戦闘しながら突っ切るのは危険が大きすぎます。できる限り数の利を活かさなければ」
「独断専行していった者もいるが、な」
「彼らは若手とはいえ経験は十分です。自分の身は自分で守る、と信じるしかありません」
不安だろうに、イレイザーはそれを表には出さずに答えた。
先行していった無鉄砲なヒーローの中には爆豪──イレイザーの教え子もいた。爆発を上手く利用し、空の魔物を蹴散らしながら飛んでいったので、島に着けないということはないはずだが。
「なるべく万全で追いつくためにも、万難を排して進むべきか」
「ええ」
方針は決まった。
エンデヴァーはイレイザーと共に、仲間達へ提案をすべく動き出した。
◆ ◆ ◆
島へ上陸してきたのは五百~六百人といったところだった。
結構多い。
世界中のヒーローや敵が集まっているのを考えたら少なすぎるくらいだけど、もちろんまだ上陸していないグループもいる。
安全圏から使い魔を減らしにかかってる面々とか、順次到着してくる後続とか。
「そろそろ頃合いかな」
「そうですわね」
私の呟きに、メカを操作中のお姉ちゃんが応じる。
「じゃあ、所長。とりあえず俺は行きます」
「うん。気をつけてね」
「ははは。大丈夫。あの地獄に比べたらなんでもないですって」
言うが早いか、どこかへとワープしていく白雲君。
それから一分ほどの間を置いて、使い魔からの中継映像に閃光が混ざり始める。
白雲君が島の外周
殺傷能力はないものの、光と音による妨害性能は格別。
少なくとも足止めくらいは期待できるし、うまく行けば気絶させられる。
ちなみにフラッシュグレネードは『個性装置化』した『創造』で今なおぽこぽこ量産中。エネルギー源は大量のラード。業務用のものを買い込んでどばーっと注いである。本来の持ち主であるお姉ちゃんがやったら体調を崩すことうけあいの荒業だ。
ちなみに、白雲君の言っていた『あの地獄』が何かというと、
「……ああ、あの特訓は本当に酷かったな」
「轟君までひどい」
「永遠ちゃんの愛が気持ちよかったのです」
「あれで喜べるのはトガちゃんくらいだからね、ほんと」
なんか透ちゃんまでげんなりしてるけど、私がやったのは本当にただの特訓だ。
密閉空間内の時間を止める“個性”を使って時間を確保して、えんえんと実戦形式でやっただけ。
『不老不死』ほか大量の“個性”があるのをいいことに仮想敵の役を引き受けたところ「鬼」「悪魔」「魔王」などと悲鳴やら文句やらが上がったものの、お陰でみんな強くなった。
特に“個性”の発動速度と精度、規模については別人に見えるレベルだ。
白雲君もぱっと現れてはさっと雲に乗って、ばらっとばら撒いたかと思えばぱっと消えるので、上空を警戒していてなお、対処するのは至難の業だ。
「ホークスは城周辺をお願いしていい?」
「了解しました。まあ、しばらく暇になりそうですが……」
「意外とすぐ突破してくる人がいるかもしれないよ」
サングラスの青年の答えにくすりと笑う。
中継映像の一つには物凄い勢いで突き進む爆豪の姿が映っている。ほんと、こういう時に爆発は便利だ。浮けるし、敵を蹴散らせるし、なんなら罠も吹き飛ばせる。
お茶子ちゃんは来てないっぽいけど、彼女のような浮遊系や飛行系の“個性”持ちなら妨害の多くを無視できるはずだ。
「そうっスね。気を引き締めます」
「お願い。でも、誰も通すなってわけじゃない。あくまでも少しずつ戦力を削げればいいから、ホークス自身が死なないのを優先して」
「……本当、女王様は優しすぎますよ」
言って、会議室を出ていくホークス。
「頼子さんは──」
「百ちゃんのサポートに専念するわ。私の“個性”は戦闘系じゃないし」
「お願いします。じゃあ、私達も行こっか。トガちゃん、透ちゃん」
「はい」
「うんっ」
声をかけると、トガちゃんと透ちゃんが笑顔で頷いてくれる。
二人の役割は遊撃。
主に罠ゾーンをふらふらして不意打ち、敵の数を減らすと同時に混乱させる役割だ。
「じゃあ、俺も適当に迎撃に出ている」
と、これは轟君。
「うん。後で拾いに行くね」
「ああ。親父の奴、やけに慎重だからな。さっさと出てきてくれりゃいいのに」
轟君の目的はエンデヴァーとの直接対決。
そのエンデヴァーが日本ヒーローと一緒に使い魔減らしに注力しているので、なかなかチャンスが巡ってこないのだ。
なので、エンデヴァーが島に上陸次第、私が拾ってワープすることになる。
非戦闘員や女王信者(って自分で言うのアレだけど)への連絡は頼子さんにお願いして、私はトガちゃん透ちゃんと一緒に空間を跳躍した。
◆ ◆ ◆
「チッ、次から次へと雑魚が来やがる!」
爆豪勝己は単身、島の中央を目指していた。
群がってくる化け物やメカは爆破して蹴散らし、ちまちま歩くのは面倒なので爆発による跳躍を繰り返し、罠の殆どを無力化しながら最短ルートで進んでいる。
かつては両手の汗腺からしか出せなかった爆発性の体液だが、特訓の末、両足からも出せるようになっている。
これによって機動性の確保や姿勢制御が容易になり、より高度な戦い方ができるようになった。三次元戦闘に長けているという点では緑谷出久の超パワー──
実際、彼が言うところの『雑魚』も一蹴できているのだが、
(流れが変わりやがったな)
彼は、白雲朧の参戦による後方の変化を敏感に感じ取っていた。
敵が本格的に動き出したということだろう。
(そうだろうな。この雑魚どもはあくまで足止め。本命はここからだ)
爆豪の強さ。
溢れんばかりの才能、便利な“個性”、猛獣レベルの負けん気の強さ──彼には様々な長所があるが、最も『強み』となっているのはそういったわかりやすい部分ではない。
頭のキレ。
分析力、判断力、直観力。一見直情型に見えて(そういう部分がないとは言わない)、その実、彼我の戦力差や戦局判断はしっかりとできる。それはヒーロー学校に入り、ライバルや強敵とかち合ったことによって磨かれた隠れた長所である。
だからこそ、
「こんにちは、爆豪」
何の前触れもなく姿を現した『彼女』に対し、するべき対処を取ることができた。
「っ、ラァ!!」
両手を前方──女王に向け、フルパワーで爆破。
反動で後方に吹き飛ばされながら、足裏から爆発を起こし姿勢制御。上空へと跳び上がって視界を確保する。一秒とかからずかなりの高度に達すると、身体を上下入れ替えて追撃の構え。
(あいつがあの程度でやられるわけがねぇ)
ほんの少しでも油断したらやられる。
全神経を集中させ、眼下、否、全方向を警戒。
戦力差はわかっている。
相手は少なくとも透明化、認識阻害、その上あたりを夜に変えることができる。気配だけではない。僅かな変化も見逃してはならない。
少しでも何かを感じたらそこへ攻撃する。
驚愕が冷めやらぬ中、爆豪はそう自分に強く命じた。
──彼の判断は間違っていない。
むしろ、正しかったと言っていい。
ただただ、己を戦闘のための装置と化す。
だから、結果がどうであれ、彼の失態ではない。
悪かったとすれば、彼が『彼女』との決着を望んでいたこと。そしてそれを『彼女』が察したことが、いけなかった。
「ごめん、とは言わないよ」
爆豪のすぐ傍、触れ合えるような距離にテレポートし、即座に接触してきたのだろう。
ぐるん。
視界が反転。
全裸の美少女がこちらを見下ろし、右手を突き出して──爆破。
熱波に襲われ、下へ、吹き飛ばされる。
「───!」
目を見開いた。
爆豪の技。
己の“個性”に意識を伸ばせば、ない。無くなった。奪われている。
幼少期、気づけば自分と共にあった力。
自らの半身とでもいうべきものが、無くなっている。
「か──」
返せ、と言いかけて、気づいた。
自分がどれだけ“個性”に執着していたのか。
奪われる可能性はもちろん知っていた。
島に来ればいち早く奪われるであろうことも。
理解してなお「自分にはこのやり方しかできない」と突き進んだ。
不器用なやり方だ。
爆豪勝己のやり方は、エンデヴァーのそれと似ているようでいて違う。
大人が生き方を変えられないのは、本人だけの都合ではない。周囲が求めるからだ。違う生き方をしようにも、残された時間が少ないからだ。
選択肢の多い若者が、敢えて他の選択肢を捨てるのとは、意味が違う。
女王が。
永遠が、視線を向けてくる。
「このまま、受け身を取らずにワンチャンダイブしたら、やり直せるかも」
「っ」
「なんてね。死んじゃ駄目だよ、爆豪」
蘇ったのはかつての記憶。
無個性だと思っていた幼馴染に何気なく告げた言葉。
何故知っているのか、などという、どうでもいいことを考えたのは一瞬。偶然であれ意図的であれ、そんなことはどうでもいい。
爆豪が言った事実は変えられない。
あの言葉を、今となっては後悔している。
雄英入学後、急速に追いついてきた出久。
自分が追い縋っている、と感じたのは一年の終わり頃だっただろうか。
口に出して認めたのは二年の中頃。
『手前ェにも勝つ。誰にも負けねえ。覚えとけデク』
少年は、何故かとても嬉しそうに笑って答えた。
『ああ。僕だって負けないさ』
全てが清算されたとは思っていない。
永遠が卒業した後の話だ、少女は少年二人のやり取りまでは知らなかっただろう。だが、それも関係ない。
(ああ)
爆豪はこの時、初めて実感した。
(“個性”がなくなんのは、奪われんのは──こういう感覚なんだな)
悔しい。
自分に相手と同じだけの力があれば、そうすれば絶対負けない、などと、ありえない思いさえ浮かんでくる。
身体に力が入らず、ガキの頃のように溢れ出す涙さえ、止めることができない。
落ちて。
落ちて。
半分ほど落ちたところで、かくん、と、落ち方が緩やかになった。
見上げればもう少女はいない。
それでも、永遠が何かをしたことだけは確信できた。
「クソ。……俺の負けかよ」
地面に落ち、倒れた爆豪は、しばらく起き上がることもできず、その場に転がり続けていた。