爆豪を止めた私は『ワープゲート』で転移。
移動先は、勢いよく中央へ突き進んでくる別のヒーロー。
『透明』かつ『認識阻害』かつ身体能力を解放した状態のまま、おもむろにぶん殴る。
振り下ろし気味に殴ったので、地面にバウンドしながら二メートルくらい吹っ飛び、動かなくなる彼。気絶してるだけだけど、向こうにしたら災難でしかないだろう。
ごめんなさい、と、心の中で謝りつつ“個性”を奪取し、ついでに出身国内の適当な病院へワープさせた。
これで、彼が時間内に戻ってくるのはほぼ無理。
同じようにして何人かを排除して──。
「思ったより攻めの勢いが凄いなあ」
第二陣、第三陣の乗った船が続々と到着している。
エンデヴァー達、日本のヒーローが使い魔排除を優先してるのが地味に効いてる。
上陸を妨害できなくなれば数の利と勢いで圧されて守り切れなくなる。彼らを先に排除したいところだけど、それをすると轟君の希望を叶えられなくなってしまう。
「これは、隠れてこそこそしてる場合じゃないかな」
私は別の場所へと転移しながら『透明』『認識阻害』をオフにした。
ドレスを作って羽織るのを忘れちゃいけない。
透明でいる間はいいとしても、丸見えの状態で全裸はただの痴女だ。
と。
「女王!?」
「大勢での来訪、歓迎しますよ──ヒーロー達」
悪役モードで嘯く。
転移先には三人のヒーローがいた。固まってくれていると手間が省けていい。
私は地面を蹴って、一番近い相手に肉薄。拳を振るって、
「『
「『引き受け』!」
「『苦痛増幅』!」
拳が腹に突き刺さると同時、三つの声が響いた。
私のお腹に、私のパンチと同等、否、《倍》の衝撃。
対するヒーローの方はにやりと笑って踏みとどまる。代わりに、やや後方にいた紅一点のヒーローがふらっと身体を揺らした。
──なるほど。
食らったダメージを相手にも与える“個性”に、仲間の怪我や痛みを自分に分ける“個性”、対象の受けるダメージを増幅する“個性”のコンボか。
反射は「絶大な攻撃力を持った相手にどう対処するか?」という問題のシンプルな答えだ。
いくら私でも、自分の怪力を相手にするのはまずい。
半分持っていかれる前提で強めに殴るとその二倍が返ってくる、でも弱めに殴ると有効打にならない、と。
「我々はお前になど屈しない! いくらでも殴ってこい、女王!」
痛みを堪えながら不敵に笑う彼の姿は、ヒーローと呼ぶのに相応しい。
「いい覚悟ですね。……ですが、悪人が真っ向勝負に乗るとは限りません」
右手を突き出して彼の肩を掴む。
更に左手で触れて『
悲鳴を上げる紅一点。
私はにやりと笑って残り二人に襲い掛かった。
「さあ、あなた達も彼と同じ目に遭わせてあげます!」
いや、まあ、故郷に帰すだけなんだけど。
◆ ◆ ◆
日本ヒーロー主導による制海権の確保は大詰めを迎えていた。
当初はうんざりするほど溢れかえっていた海、空の魔物達も「距離を取って戦えればそう怖くない」とわかってしまえば、後は時間の問題だった。
弓や銃による射撃、遠距離に届く“個性”などを用いて掃除した結果、移動はスムーズになり、島に乗り付けて上陸を始める船もどんどん増えている。
(頃合いか)
熱線の投射を休止してエンデヴァーは思った。
幸い、ここは船上。
身体を冷却したければ水を汲んで浴びればよく、残った水分は蒸発させれば済む。消耗を殆ど気にしなくていいため、彼との相性は悪くない。
が、そろそろ次の段階に移る時──。
「エンデヴァー」
と、水面からざばりと顔を出す者がいた。
「フロッピーか」
蛙吹梅雨。つい先日、雄英を卒業したばかりの、最も新しいヒーローの一人だ。
『蛙』の個性によって水中を得意とする彼女は海の魔物の掃討に協力してくれていた。もともと人と争いに来たわけじゃない、とは本人の談。
その彼女が真剣な表情で報告してくる。
「永遠ちゃんが姿を現したわ。侵入者を気絶させては送り返してる」
「なんだと」
エンデヴァーは思わず唸った。
そこへ駆けてくる足音。イレイザーはエンデヴァーと梅雨の顔を見て頷く。
「その様子だと確認済みか」
「ああ。今、肉眼でも認識した」
島の上空に新たな蝙蝠が滞空し始めている。
第二陣を隠していたのかもしれないが、どちらかといえば「新しく作った」というほうがありえそうな話に思えた。
『吸血鬼』。
出血すると魔物を作り出してしまう“個性”の持ち主が女王に『救われた』という情報はエンデヴァー達の耳にも入ってきている。
「敢えて姿を現したのはそういうわけか」
「隠れて一人ずつ討つより、相手に来てもらう方が効率が良い。そして、出血すれば手駒を増やせる」
あくどい手口だ。
姿を現した以上、簡単にはやられない算段ができているはず。それでも、メインターゲットを狙わないなどありえない。
反女王派の大半が一点を目指し、塵も積もればと攻撃を加える。
生半可な攻撃で傷がつけばつくほど女王は魔物を補充し、“個性”のストックを増やすことができる。
そして、一度やられた者は故郷へと送り返される。
「……待て。本当に、女王を倒せば戦いは終わるのか?」
ふと、そんな疑問が湧き上がる。
ボスキャラ、しかもラスボスが時間稼ぎのためのブラフ。
考えたくはないが、そもそも『二倍』による分身も可能なのだ。表に現れた女王が本体という保証はないし、何より彼女は「儀式を行う」と口にしていた。
島の中央に降り注ぐ輝きが「それ」であることはほぼ間違いない。となれば、儀式は既に女王の手を離れたと見るべきではないか。
「両方止めないとダメ、ってセンもあるんじゃないかしら」
これは船に上がってきた梅雨の意見。
ありえない、と言い切るにはあまりにも思い当たる節が多い。
あるいは、この島自体がブラフという可能性も、
(いや。おそらく『彼女』はルール設定で嘘はつかない)
明かされていないルールがあったとしても、口にしたルールに嘘はない。少なくともそう考えられる程度には、エンデヴァーはあの少女を信頼していた。
「どうしますか、エンデヴァーさん」
ほんの一秒ほど思案した後、エンデヴァーは答えた。
「私は世を騒がせる不埒者を成敗しに来た。余計な考えは全て捨てる」
「わかりました。……なら、俺は俺でやらせてもらいます」
「どうするつもりだ?」
「決まっているでしょう? 負傷者の回収と治療。それから、傷つく人間自体を減らしに行きますよ」
教師らしいやり方だ。
ここに来ているヒーローの中には雄英の卒業生もいる。であれば、イレイザーは想像以上に顔が広いはずだ。彼はそうした者達を放っておけない。
同時に、自分の役割をわかってもいる。彼は『合理的』だからだ。
「エンデヴァー。相澤先生」
「なんだ」
「先生と呼ぶな」
呼びかけに二人が応えると、梅雨は感情の読めない顔で言った。
「きっとあなた達が戦いの鍵だわ。頑張って」
二人の共通点。
それは、女王から“個性”を返されたということ。
もちろん女王は複製を取っているだろう。ということは──『ヘルフレイム』と『抹消』は彼女にとっても重要だということ。
重荷をあらためて自覚したエンデヴァーは黙って頷き、そして船上から空へと上がった。
ほぼ同時に。
女王がいるであろう場所の付近に大氷塊が生まれるのを、彼は見た。
(そこにいるのか、焦凍)
どのみち向かうつもりだった場所だ。
そんな風に自分へ言い訳しながら、エンデヴァーは大氷塊を目指した。
◆ ◆ ◆
一方、日本国内では。
クマにパンダ、ライオンにオオカミ、キツネにサル、果ては鳥まで。
様々な動物型ぬいぐるみ達が歩く姿に、年寄りは「百鬼夜行か」などと口走っていたが、見た目的にはそんなおどろおどろしいものではなく、むしろ「どーぶつさん大行進」といったノリである。
とはいえ異常事態。
当初は不審がられ、警察が呼ばれるケースもあったものの、ぬいぐるみ達は人を襲うこともなく、車や自転車の通行を妨げるでもなく、ただ街中をお散歩でもするかのように歩いているだけだった。
「あ、くまさんだー」
道行く子供などには大好評で、警戒して近づこうとしない母親とは対照的に自分から駆けよって、
「くまさん、握手してー」
「くま」
差し出された手をクマのぬいぐるみが取った。
というか鳴いた。
本物の熊が「くま」などと間の抜けた鳴き方をするわけがないのだが、子供は大興奮。
「くまさんと握手したー!」
と歓声を上げ、親をおおいに困惑させた。
そんな時、
「お、お母さん。その子を置いてどっか行けよ」
ナイフを手にした大学生くらいの青年が、二人の前に現れた。
手は震えているが、瞳はギラギラした光を宿している。
「ああ、お母さんだけ残るでもいいや。お、俺の“個性”は血をカロリーに変えられるんだ。殺すのに躊躇とかしないからな」
「ひっ。だ、誰か、助けてください……っ!」
「無駄だって。女王も、分身に街を守らせるとか言っときながらいないし。最後のチャンスに“個性”使っておかないと──」
そこに立ちふさがったのは、クマさん。
一メートルにも満たない身長の彼は、それでも果敢に(表情は変わっていないが)母娘の前に立つ。
ふわふわでもこもこの身体とつぶらな瞳はとてもチャーミングで、
「な、なんだよお前」
「くま」
「馬鹿にしてるのかよ……っ!」
今、この時にも
ギザギザの入った、いかにも凶悪そうなナイフが振り上げられ、
「くま」
「がっ!?」
クマぱんちが青年を吹っ飛ばした!
「え?」
「わ」
母娘は、ぬいぐるみに殴られて吹き飛んだ青年を呆然と見つめた。
何かのショー?
いや、そんなわけがない。ナイフの質感は明らかに本物のそれだし、青年の狂気は間近で見たから良くわかる。
「こ、この……っ!?」
「くま」
「げふぁっ!?」
追い打ちでもう一発殴られた青年は気絶。
「くまさんすごーい!」
娘の方は大喜びである。
幼女に抱き着かれながらも、クマのぬいぐるみは表情を変えず、母親に向けてジェスチャーする。
電話をかけるようなポーズ。
「警察を呼べってこと?」
「くま」
正解らしい。
慌てて頷き、スマートフォンを取り出した母親は、この段階になってようやく気付いた。
街を練り歩いているぬいぐるみ達はお散歩をしているのではない。街を守ってくれているのだ、と。
「あなた達のご主人様は誰なのかしら」
謎の鳴き声以外発せられないぬいぐるみに代わって娘が答えた。
「きっと永遠ちゃんだよ!」
「ああ」
無駄にファンシーで、ちょっと気の抜ける感じは確かにあの娘かもしれない。母親は妙に納得して頷いた。
もしその光景を当の永遠が見ていた場合、きっとげんなりしただろう。
というか、使い魔であるぬいぐるみの記憶を後で読み取って、実際じたばたと悶えた。
◆ ◆ ◆
謎のぬいぐるみ達によって治安が守られたのは日本国内だけではなかった。
アメリカ、イギリス、その他あらゆる国で同様の現象が見られた。
誰が見ても可愛く、戦意の削がれる姿をした彼らは、敵や暴漢に対して果敢に立ち向かった。
火を吹くわけでも腕が伸びるわけでもない、ただ機敏に動いてぶん殴るだけの戦い方だったが、彼らは下手なヒーローより強かった。
お陰で、街を守るぬいぐるみ達をあちこちのマスコミが報道した。
もっとも、ぬいぐるみ達の動向に一喜一憂していたのは幼い子供達くらいだった。
何故なら、島での『女王派』vs『反女王派』の様子も中継されていたからだ。
多くの人が固唾を飲んで戦いの様子を見守っていた。
戦いが本格化してからは故郷に送り返されたヒーロー達が「自分の目で見た戦いの様子」を証言し始めた。
戦いの状況を知った女王支持者達は強く祈った。
祈りはエネルギーとなって空へ上り、島へ集った。