九十九回死ぬくらいなんでもないと思っていた。
──痛かった。
別に生き返るわけだし。
刑が終われば許してくれるらしいし。
まあ、死刑になった人間がまだ生きていた場合の法律が無いだけなんだけど。
──苦しかった。
実際、痛み自体は耐えられた。
最初の二、三十回でもう感覚は麻痺しちゃってたし、変な声上がるのも口枷が抑えてくれてた。視界が隠れてるお陰で余計なもの見なくて済んだ。
でも、
──辛くて辛くて仕方なかった。
敵でもなんでもない相手に殺されることが。
敵扱いされることが。
──私は、悪いことしたつもりなんてないのに。
だから私は心を殺した。
ただ耐えればいいんだから。
上が、みんなが求める理想のヒーローは「完璧なヒーロー」。
休まず戦えて、決して敵に負けなくて、街にも被害を出さなくて、辛いなんて口が裂けても言わなくて、いつも笑顔で対応してくれる、そんなヒーロー。
私心なんて必要ない。
機械のように何も考えず、ヒーローという機能だけが在ればいい。
悲しみも怒りも全部殺して、みんなの求める私になればいい。
殺して。
殺して。
殺されて。
……資格剥奪された人間でも、もう一回試験って受けられるのかな?
受けられなかったらどうすればいいんだろう。
別にいいのか。
受けちゃ駄目だって言われるなら、私は必要ないってことだ。普通にひっそり暮らせばいい。近くで敵が出ても、ヒーローの邪魔になるから何もしない。目障りだから出てけって言われたら「わかりました」って従って、田舎に、山奥に引っ込んでいく。
別に食べなくても完全消滅するわけじゃないんだし。
餓死して死んだら数十年かけて生き返って、また自殺するのを繰り返せばいい。
いいよね。
オール・フォー・ワンはもういなくなった。
原作に描かれていた脅威は全部どうにかした。
後は私の仕事じゃない。
修業期間をたっぷり取ったデク君がオールマイトの代わりになってくれるはず。
だから、私はもういらない。
あの男の望み通りにだけはならない。
私は人を恨まない。
世界が私を必要としないというなら、私は何もしないことを選ぶ。
九十九回。
脳内でカウントが終わると同時に銃声が止まる。
その頃にはもう、私の心はほぼ死んでいた。
やっと終わった。
これで終われると、思った時。
「どうせなら百回殺せよー!」
声が聞こえた。
──まだ、苦しまなくちゃいけないの?
生まれた疑問を私は殺した。
殺すと、気持ちが楽になった。
楽になった直後、新たな疑問が生まれた。
──あれ、私ってなんでヒーローやりたかったんだっけ?
私は忘れていた。
私の『不老不死』は私という存在を保全するようにできている。
だから、潰れた脳を復元する際に不要な記憶を消したりもするし、壊れた身体を再生する際により丈夫に作り替えたりもする。
つまり。
八百万永遠が緩やかな死を選ぶというのなら、『不老不死』は
意識せずに発動した身体強化の“個性”が拘束具の全てを砕いた。
「あはは」
倒れたまま、私は小さく笑った。
──そうだ、平和のためだ。
なんだ、簡単じゃないか。
ヒーローに拘る必要なんかない。世界を平和にすればいい。そのためなら手段は選ばない。選ぶ必要も、意味もない。
必要な力は私の中にある。
皮肉なことに、与えてくれたのはみんな敵だった。
「あはははは、あははははははははっ!!!」
私は『槍骨』を暴走させると、拘束具ごと自分の身体を破壊した。
◆ ◆ ◆
「……うん、良い感じ」
一分足らずで再生した身体で立つ。
ううん。
新生って言った方がいいのかも。
成長した私は十七、八歳くらいだろうか。
身長はA組のみんなに負けないくらい伸び、胸も百ちゃんやお茶子ちゃんには及ばないものの自慢できるサイズに成長。むしろ全体的なスタイルで言ったら今の私の方が勝ってる気がする。腰くらいまで伸びた髪と合わせて「美女」と言っても差し支えない。
都合のいいように身体を改変できる『不老不死』さまさまである。
ふう、と、息を吐いた私は顔を上げてホークスを見た。
「──イレイザー!」
彼は顔を顰め、一瞬だけ私に何かを言おうとしてから、相澤先生を呼んだ。
判断が早い。
さすがとしか言いようがないけど、無駄だ。
私が持つ『サーチ』は
ホークスに呼ばれるまでもなく動いていた相澤先生が私を睨み、異形型以外の“個性”使用を全て封じる。でも、その一瞬後には、見えない誰かの蹴りが先生の首を直撃、身体ごと頭を地面に叩きつけていた。
かと思えば、その先生の首が持ち上げられて、
「がぶり」
全裸の美少女が姿を現したかと思うと、直接歯を突き立てた。
「トガヒミコ! 葉隠透!」
「もう遅いんじゃないかなあ」
相澤先生に『変身』したトガちゃんが鋭く視線を走らせ、並居るヒーロー達を牽制しながら跳躍。彼女の派手な動きのせいで『透明』なままのもう一人──透ちゃんの気配を探るのは困難になった。
どうして二人がここにいるのか。
当然、さっきの白雲君のワープに同乗してきて、そのまま息を潜めていたからだ。
と。
私もぼーっと見てたわけじゃない。
相澤先生の『抹消』が無くなった直後には腕を振るって『空気を押し出す』個性を起動、近くにいた者達に吹き飛ばした。
刹那、無数の羽根が飛来。
空中に逃れたホークスの攻撃だ。私は少し楽しくなりながら『転送』を起動、吸血が終わって用の無くなった相澤先生を呼び寄せて盾にする。ホークスは大きな羽根を戻したものの、小さな羽根はそのまま先生に突き刺さる。私は首根っこを掴んだまま先生をホークスに向けて投げ飛ばして、跳躍。
空中でトガちゃんと視線を交わして交錯。
ジェット噴射の勢いで飛んできたNo.1ヒーローを振り返って
「!?」
瞬時に消失する『ヘルフレイム』。
推進力を失ったエンデヴァーに対し、私は『エアウォーク』で空気を足場に更なる跳躍。
「イレイザーを触ったんだから、当然奪ったに決まってるじゃない!」
「貴様──敵に堕ちるか!」
慣性のまま移動するしかないエンデヴァーが手を伸ばしてくるも、私はそれを片手で掴み、音を立てて捻り上げた。
「があああああぁぁぁっ!?」
「うん。そのつもりだけど、それが何?」
用の無くなったエンデヴァーを捨てて、残っているヒーローへ適当にプロミネンスバーンを放つ。ぶっつけ本番だから出力が微妙。私自身が焦げた上に火力が足りてない。
ああもう、いいや面倒くさい。
「透ちゃん、トガちゃん、一緒に来てくれる?」
「聞かないでくださいよそんなこと」
「私達が永遠ちゃんから離れるわけないじゃん」
「良かった。ありがとう」
『転送』で呼び寄せた二人を両腕に抱いて『二倍』を起動。
『エアウォーク』で滞空した無数の私にオール・フォー・ワン得意のあのコンボを起動させつつ、私は自分達を別の場所へと『転送』させた。
「き、貴様らどこからぐわぁーっ!?」
護送車の中かあ。
狭い上に移動中の車内だけど、元ヒーローと元敵だけあって、視界が変わった瞬間に思考より先に身体が動くんだよね。
十秒もかからず、車内にいた警官が全員気絶していた。
私と透ちゃん、トガちゃんは拘束されていたミルコやセンスライさん達を解放。
「一緒に来てくれる人は?」
尋ねた後、賛同してくれた人だけを連れて更に移動した。
◆ ◆ ◆
緑谷出久は『その報道』を屋外でのトレーニング中に聞いた。
気が散らないよう、一定以上の『重要な』ニュース以外通知されない設定をスマホには施していた。そのうえで入ってきた知らせは、想像以上の大事だった。
「永遠さんが逃走、エンデヴァーほかヒーローが複数人負傷、競技場が崩壊、一般人にも負傷者──!?」
事件から二、三分しか経っていない状態での「第一報」であるため詳細は不明だが、ただならない事態であることは十分すぎるほどに伝わってくる。
(どうする? 僕は、どうすればいい?)
居ても立っても居られなくなるのを感じながら焦る。
そもそも、永遠の死刑執行があるのは知っていたのでトレーニングにも身は入っていなかった。だが、これは予想外だ。
これでは、オール・フォー・ワン脱獄の二の舞になる。
だったら、立ち上がるべきは
「っ!?」
ぺた、と。
『何か』が首に触れてくる感触に、愕然とした。
「こんにちは、デクくん」
驚愕から硬直した一秒未満の間に手を離した『彼女』はあっさりと姿を現した。
見事なスタイルをしたロングヘアーの美女。
薄く笑みを浮かべる妖艶な姿、しかも何故か全裸であることに男としての本能が浮かび上がりかけるも、直後には脳が状況を理解した。
「永遠、さん!?」
「そ。とりあえず、真っ先に挨拶が必要かと思って」
どうやって姿を隠していたのか、などと聞くまでもない。
葉隠の『透明』を奪ったのだ。
ヒーロー資格を剥奪された彼女に“個性”使用の資格はない。にもかかわらずこうして動いているということは──。
「このっ!?」
敵。
経緯がどうの、理由がどうのをすっ飛ばして身体が動いた。
拳を固め、現在コントロール可能な最大出力でOFAを振るおうとして、
「っ!?」
力が入らない。
否。無個性での、出久本来の出力であれば問題なく出せる。だが、OFAの反応がない。
まるで、まるで、
「探し物はこれかな」
永遠が無造作に拳を突き出す。
直後、拳圧だけで圧縮された空気が唸り、出久の身体を叩いて吹き飛ばした。
地面に叩きつけられた出久は必死に顔を上げて永遠を見る。
彼女は
正確には100%の威力も乗り切らず肉体を傷つけたのだろうが──。
(使って、る)
何か月もかけて準備しなければ受け取ることさえできなかったOFAを。
一年以上かけて身体に慣らしてきたOFAを。
あっさりと、一瞬で。
悩まされてきた腕への反動を、とんでもない方法で克服して。
──脳裏に、神野のオールマイトが蘇る。
そうだ。
燃やせ。オールマイトがやったように、この身にも『残り火』があるはずだ。
「お、おおおおおぉぉぉっ!!」
立ち上がり、踏みしめ、蹴る。
もしも『残り火』がOFAの保持期間に比例するなら、出久に残された力は限られている。一瞬、一撃に全てをかけるしかない。
「か、え、せえええええええぇぇぇっっ──!!」
スマッシュ、100%。
今までで一番と思える会心の一撃が唸り、少女に迫って、
「やめようよ、デクくん」
「ぁ……?」
右腕一本で受け止められた。
受け止められたデクの右腕がぐしゃりとひしゃげ、遅れて激痛がやってくる。
「
「ああああああああぁぁぁぁっっ!?」
敵に指摘されたこと。
磨き上げた技を軽く一蹴されたこと。
腕を持っていかれたこと。
全てが痛みと共に胸を打ち、心を揺さぶった。
「大丈夫」
永遠は場違いなほど優しく微笑むと出久の肩に触れて、
「ぁ……?」
腕が治っていた。
時を戻すような治療の力に、ならばもう一度『残り火』を振るえるのではないかと思うも、もはや戦う気力の方が残っていなかった。
呆然とする出久の耳を穏やかな囁きが打つ。
「大丈夫。デクくんだけじゃない、世界中のみんなから“個性”を奪うから」
くるりと踵を返した永遠はどこかへ歩いていく。
「世界から“個性”がなくなれば、ヒーローも敵もいなくなるでしょ?」
「永遠、さん……君は」
それ以上何も言えないまま、平和の象徴の後継になるはずだった少年は、絶対悪の後継になってしまった少女を見送った。
少女の背中が見えなくなった後、辺り一帯に大きな声が響き渡った。
「私は永遠! オール・フォー・ワンの力とオールマイトの力を持つ者! 私は世界への敵対を宣言する! 世界から一つ残らず“個性”が消えるまで、私はどんな手を使ってでも戦い続ける! それが嫌なら、ヒーローでも敵でも、私を殺してみろ!」
翌日には同様の声明が各マスコミに届けられ──世界の終わりが幕を開けた。
「もし、私に協力してくれる者がいれば歓迎する! 世界を『本当の意味で』平和にするために一緒に戦おう!」
永遠の声明が世界公開された十二時間後、『平和の象徴』オールマイトが声明を出した。
「私は八百万永遠を許さない。私はヒーローへ復帰し、彼女を追う」
二週間後、オールマイトは死体で発見された。