「ひどいわ。ゲームみたい」
ヒーロー名「フロッピー」──蛙吹梅雨は、人の気配の少なくなった島を中央に向かって進みながら、一人呟いた。
最初は遠かった山が今はだいぶ近づいている。
残っていた化け物を倒しながらの移動だったが、あらかた倒しつくしたのか、襲ってくるものはとうとういなくなった。
ここしばらくはヒーローにも
気絶している人間ならたくさんいたが。彼らについては外傷の有無を確認し、可能な応急処置を施してあとは放置した。永遠が発見すれば“個性”で送還してくれるだろうから、梅雨が運ぶより確実で速い。
転送能力は本当に反則だ。
一回ミスしたらスタート地点に逆戻り、倒した敵は復活しない代わりに雑魚が有り余るほどいて、レベル上げなんてシステムはなく、ラスボスが自分から戦いを挑んでくる。これがゲームだったら多くの人が「金返せ」と言っているところだろう。
ぺたぺたと一定のペースで歩きながら、梅雨は誰もいない虚空を見つめて、
「これで世界は本当に良くなるのかしら。ねえ、透ちゃん」
「え、バレちゃった!? どうしてわかったの!?」
ないはずの返答があった。
梅雨は、声のした方向に顔を向けなおして答える。微妙に見てる方向が違ったのだ。
「独り言よ。島に上陸してから五十回は言ったわ」
「なんと!?」
そんな方法があったのかと驚愕する友人──葉隠透に、くすりと笑う。
「けろ。透ちゃんこそ、無視して攻撃すれば良かったのに」
「えへへ。知り合いが相手だったからつい、ね!」
旧知である梅雨だからこそ成功した戦法だということだ。
というか、乱戦が続いていた間は馬鹿みたいに独り言を言っている暇もなかっただろう。
「ねえ、透ちゃん。お話に付き合ってくれないかしら」
逆に言えば、今なら余裕があるということ。
「うん、いいよ! 戦うよりその方がずっといいよね!」
透はあっさりと梅雨の提案に乗り──ついさっきまで纏っていた強烈な殺気を消滅させた。
◆ ◆ ◆
「焦凍。“個性”の無い世界にお前はどんな夢を描く?」
「さあな」
湖畔の風景は戦いの間に様変わりしていた。
湖の水が三分の一以下にまで減少、そこに棲んでいた首長竜型の魔物は討伐され、水の中には魚の一匹も残っていない。
地面のあちこちには二人の“個性”による焦げ跡や陥没がみられた。
暑い。
エンデヴァーは身体に溜まった高熱に喘いでいる。水が減った今、湖に飛び込めば湖底に頭をぶつけかねないし、追撃も怖い。ヒーローコスチュームに搭載していた冷却機構も破壊されてしまったため、半ば以上スーツを破り捨て、上半身は裸になっている。
対する焦凍は未だ黒装束を纏ったまま。
多少の汗を浮かべてはいるものの、涼しい顔のままで答えてくる。
「強いて言うなら、幼稚園や保育園、小学校の先生が子供に殺されない世界ってとこか」
「………」
エンデヴァーの長女、焦凍の姉の冬美は小学校の教師をしている。
子供にものを教えるというのは大変な労力を伴う仕事だ。特にこの“個性”社会では猶更。子供が暴発させた“個性”による教師の死亡事故さえ毎年一、二件のペースで起きている。
冬美が教師になりたいと言いだした時には思わず頭ごなしに「止めろ」と言ってしまった。後悔はしているが、今でもあの判断は間違っていなかったと思う。
“個性”がなくなれば死ぬ教師もいなくなる。
少なくとも、誤って殺されることはなくなるだろう。
「ヒーローの資格を失ったら、どうする」
「そうなってから考える。鍛えた身体は無駄にならねえ。警察とか警備会社とかアスリートとか、いくらでも道はあんだろ」
「若いというのは、羨ましいものだな」
焦凍の姿が眩しく見える。
代ごとに強くなるという“個性”を引き合いに出さずとも、子は親を超えていくものであり、記録・前例は破られていくものだ。
「なあ、エンデヴァー」
今度は焦凍の方から声をかけてきた。
エンデヴァーの身体が休まるのを待っている、というわけでもないだろうが。
「俺はヒーローに憧れていた」
「オールマイトだろう」
「ああ。だけど、それだけじゃねえ。あんたのことだって凄いと思ってたさ」
「そう、か」
思いがけない言葉に、何を言っていいのかわからなくなる。
時代の終わりに。
ヒーロー自体が終わろうとしているこのタイミングで、そんな言葉を聞くとは思わなかった。
手に冷気を生み出しながら、焦凍は言った。
「凄いやつらが頑張ったから今の時代がある。それはあいつだって認めてるだろ。だけどな。だからこそ、俺達は
「なら、その覚悟を見せてみろ」
「ああ、言われなくても……っ!!」
放たれた吹雪に自ら突っ込みながら、エンデヴァーは闘志を振り絞った。
戦いを続けるために。
決定的瞬間まで戦いが終わらなくとも、焦凍の言う「凄さ」を少しでも見せつけるために。
◆ ◆ ◆
「永遠ちゃんは本当に世界を救うつもりなのかしら」
「もちろん」
透はあっさりと答えた。
「でも、言葉で保証したって安心できないよね!」
「そうね」
世界が変わろうとしている瀬戸際だ。
永遠のやろうとしているのが本当は世界の崩壊でした、なんてことになったら目もあてられない。疑えるだけ疑うのは当然の話。
しかし、
「確かめるのはみんなが、一人一人、自分の目でやるしかないよ」
透の言葉には突き放すような厳しさがあった。
「永遠ちゃんの心の中がどうなってるかなんて、私にだってわかんないもん!」
「人の心なんて誰にもわからないわ」
「そういう“個性”を持ってる人以外はね!」
この世界には絶対なんてない。
死んでも生き返る人間さえ存在しているのだから。
「私にだってわかってるわ。ここはみんなを納得させるための場なんだってこと」
「………」
「儀式をするだけなら黙ってすればいい。殺戮や破壊が目的なら自分の手でやる方が楽しいでしょ」
ルール設定に不公平感はある。
正面から戦うのではなく、小細工、ハッタリ、何でもありの戦場だが、少なくとも「戦うチャンス」だけは与えられている。
ヒーローが、軍が、敵が。
旧世界が束になって阻止しようと頑張って、それでも止められなかったのなら、どうしようもなかったのだと、人々は「納得」できる。
世界に知らしめるための戦いなのだと、梅雨は思う。
「じゃあ、梅雨ちゃんはどうするのかな?」
くすりと笑った透が問いかけてくる。
「どうもしないわ」
戦場を見渡して答える。
視界には入らないが、広い島の全域が視認できるわけでもない。
戦っている人間はまだまだいるだろう。
「先生のお手伝いでもしようかしら。あのきらきらしたの、夜になったらきっと綺麗でしょ。うっかりで化け物に殺される人を少なくしなくちゃ」
梅雨では永遠には敵わない。
今現在殺戮が行われているのなら止めるしかないが、そうではない以上、勝ち目がないのに向かっていくのは馬鹿のすることだ。
「そっか」
「透ちゃんの方から襲ってくるなら戦うしかないけれど」
「まさか。しないよ、そんな時間の無駄」
透の気配が消えると共に声だけが響いた。
「私の役目は永遠ちゃんのお手伝いだから。
不可視の戦闘技能者は去っていった。
きっと、自分は彼女にさえ勝てなかっただろう。そう感じながら、梅雨は溜め息を一つつくと、円を描くように島の中を歩き始めた。
◆ ◆ ◆
ジェネラル・ユナイテッドは見た。
銃声が響いた後、銃弾を防いだはずの女王が硬直するのを。
ぐらりと倒れこむ彼女の身体に攻撃が殺到するのを。
「チャンスだ。殺れ」
この場にいるヒーロー達はチームというわけではない──別の船で乗り込んで来て、同じ場に居合わせただけの者がほとんどだったが、言われるまでもなく
次々に撃ち込まれていく攻撃。
成人さえしていない少女相手の行いではない。顔を顰め、凄惨な現場から目を背けるようにして、流れを作った者を見る。
「何をしたんだね」
「毒だ」
特徴のない男だった。
顔は覆面で隠しており、全身をすっぽり包むコートを纏っている。体型が見えないので「男だ」と感じたのも声が聞こえたからでしかない。
もし、服を着替えられてしまえばそれだけで、判別がつかなくなるだろう。
「女王へ唯一、明確に効果のあった毒物の改良型を打ち込んだ。あの時は奇策で無効化されてしまったが、動かれる前に潰しきってしまえば問題はない」
「毒だと……!? それがヒーローの行いか!?」
ジェネラルにとって戦いは神聖なものだ。
悪辣な敵であればまだしも、一定の誇りや矜持をもって戦う限り、ヒーローであろうと
だが、男は自ら服を脱ぎ捨てながら嘲笑した。
「貴様の
「貴様……!?」
驚愕した。
服の下に男の肌がなかったからだ。何も見えない。まるで、
「それと、私はヒーローではない。ここに来たのは単に、主の命令だ」
「主だと? それは一体──」
「大丈夫だよ、ジェネラル」
「!?」
声が聞こえた。
直後、夥しい数の蝙蝠が、魔獣が少女の身体から現れて、起き上がる少女を守るように立ちはだかった。
追撃は届かない。
立ち上がり、新しいドレスを生成した女王は、既に傷口を再生しきっていた。
ちらりと横目で見れば、覆面だけを残した透明男も驚愕したように立ち尽くしている。
「再生できるというのか……!? 弱ったところにあれだけの攻撃を打ち込まれて、なお?」
「弱った、という認識がそもそも間違いなのですよ、葉隠
「っ!?」
嫣然とした女王の言葉に今度は絶句する透明男──否、葉隠栗也。
葉隠、ということは女王の側近、葉隠透の関係者か。
彼の主が誰なのかはわからないが、透とは違い、女王を殺そうとしていた、ということなのだろう。
とはいえ。
むしろ、問題なのはそちらではなく、
「今の私には危機察知のための“個性”があります。命が脅かされるような攻撃なら勘が働いて、当たる前にわかります」
有効だったはずの毒が効かなかった理由。
「一度死にかけた毒に対策をしない。そんなことがありえますか? そもそも、それを作った研究所は私が潰しました。サンプルを入手して自分で試すくらい簡単なことです」
「───」
危険なことをする少女だ。
話によれば、あの時の毒は自己増殖、自己進化を繰り返すもの。微量から量を増やして投与していけば安全、というものでもない。
そもそもの防衛機能が不足していれば「お試し」で死んでいてもおかしくなかっただろうに。
だからこその、危機察知、か。
つまり、今の女王は、あの少年と対峙した時よりも遥かに強大で、かつ、遥かに「本気」だということ。
──勝てない。
ジェネラルは認識した。
彼女を倒すことは
原子分解やブラックホールを用いたとしても、当てる前に察知されたのでは避けられてしまう。避けられない規模で攻撃する? ワープできる相手が避けられない攻撃とは?
結局のところ、女王を倒すには
「っ、は、ははは……っ!」
膝が笑っている。
ジェネラルはくるりと踵を返すと、海岸に向かって歩き出した。
「何をしている、ジェネラル」
「撤退だ」
「何?」
「わからないのか? 女王がその気なら、今この時点で我々は皆殺しだ。敗者は、勝者の望みくらい聞くものだ」
「腰抜けが」
なんと言われようと構わない。
苦笑を浮かべ、そのまま一歩、二歩と進んで、
「腰抜け、ですか」
「なっ……!?」
振り返れば、覆面を奪い去られた栗也がその姿を現していた。
お世辞にも整っているとは言い難い顔立ち。
身体は過不足なく理想的に鍛えているため、逆に顔の平凡さ、そして瞳に宿る輝きのギラつきが妙に気になる。
「なら、あなたも自分でかかってきたらどうです、葉隠栗也」
「か」
目を、口を、大きく開いた栗也は鬼のような形相のまま女王に挑みかかった。
全身を凶器に変えた極限の格闘技術。
目にも留まらぬ速さで繰り出された手刀に、女王は、
「遅い」
音速に至ったのではないか、という鋭いパンチで栗也の身体を打ち据え、数メートルもの距離を吹き飛ばした。
地面に激突し、動かなくなる栗也。
「……ああ」
誰かの絶望の声が聞こえた。
「さあ、終わりにしましょうか」
儀式が開始されると予告のあった正午。
その直前、すべての反女王派が駆逐され、旧世界側の敗北がほぼ確定した。