正午。
島の中央、城の中から光が溢れた。
あらゆるものを浄化するような白い光。
十秒も経たずに収まった後に残ったのは変わらない光景──いや。
島に集まってくる小さな光とは別の光が生まれている。
城から放たれる、より大きめの光は島から世界へと広がっていく。
最初に光を受けたのは、日本に住む一人の少年だった。
自分の元に降ってきた光に思わず目を瞑った彼は、痛みも何もないことを知るとそっと目を開け、そして気づいた。
「個性が、使えなくなってる」
それから、世界中で同じ現象が発生した。
後に集計され、導き出された推計によれば、およそ一秒間に一人のペース。
まさに奇跡と呼ぶしかない、変革の始まりであった。
◆ ◆ ◆
一時間も経つ頃にはテレビやSNSなどを通し、世界も状況を理解していた。
見計らうように各メディアに送られてきた『女王』からの映像には、彼女からの新しい声明が入っていた。
『儀式が始まりました。既に想像されているかもしれませんが、これは我が城に設置されていた「とある装置」によるものです』
世界中の人々の「個性に消えて欲しい」という願いを集め、実行する機能を持った装置。
作成者である女王が停止命令を出すか、破壊されない限りは半永久的に人々の“個性”を消滅させ続ける。
『止めようとする者達との戦いには私達が勝利しました。これからは今まで以上の速度で、世界から個性を消していくことができます。奪われるのではなく消滅です』
装置によって消された“個性”は永遠に戻ってこない。
女王を殺したところで完全な解決はありえなくなった、ということだ。
こうなってなお、抵抗することに意味があるか。
もちろん、早く対処すればそれだけ多くの“個性”を守ることができる。だが、一秒後に自分の“個性”が無くなっているかもしれない状況で立ち上がれるヒーローがどれだけいるだろうか。
『なら装置を破壊しよう。そう考える方は多いと思います。ですので、装置はこの島の地中、海底深くに封印しました。機能自体はそこにあっても何ら問題ありませんので』
装置には当然、防御措置が施されている。
女王の持てる“個性”を総動員して作成されたという装甲、防御殻はそこらの兵器では破壊することは敵わない。ましてそれが島の地底深く、海底レベルの深度に埋まっているのだ。まずは島を根こそぎ吹き飛ばさなくては攻撃を届かせることさえできない。
核にせよ爆弾にせよ、その他の兵器にせよ。
各国が持てる軍事力を総動員すれば数日のうちに破壊できるだろうが──果たして、そこまでして破壊するメリットがあるかどうか。
例えば考えてみればいい。
世界随一の軍事大国アメリカが総力を挙げて装置を攻撃した。その隙をついて、軍事に優れた数か国が同時に
関わる人数が多くなればそれだけ多くの思惑が入り乱れる。
国同士でのパワーバランス。国内でのパワーバランス。国家元首が装置の破壊に率先して取り組むと宣言すれば、野党からバッシングが飛ぶのが政治というものだ。
他の国にやらせて結果だけを得られれば一番良いのは当然の話で、そうなれば各国、他国の出方を見るための協議、情報戦を行うしかない。
結論としては、本気になれば簡単に破壊できる。だが、各種のしがらみのせいで破壊は現実的でない、ということになる。
『これから、世界から個性が消えていきます。最終的には私自身の個性も消えてなくなるでしょう』
少なくともしばらくの間、個性消失が続く。
暗にそういう認識を刷り込んだ上で、女王は告げる。
『そこで、皆さんにお願いがあります。考えてください。これからこの世界がどうなったらいいか、この世界をどうしたいか』
抽象的だが、ことこの事態に至っては無視することのできない問い。
『私は儀式を成功させ、世界から個性を消す仕組みを作りました。では、皆さんが無くなって欲しいと望む個性とはどういうものでしょうか? 真っ先に消えるべきはどんな個性ですか? 本当に、全ての個性がこの世から無くなることが皆さんの望みですか?』
ここに来て何を言うのか、と多くの者が思った。
そこへ女王は続けて告げる。
『私は、無個性同士の子供には個性が宿らないと考えています。ですがこの考えには根拠がありません。本当の意味での無個性同士が子供を儲けた例が少なすぎるからです』
本人も周囲も無個性だと思っていたが、実は何の役にも立たない個性を持っていた──なんていう例は、世界中に数多く存在している。
個性は無いが個性因子だけは保持している、そんな人間がいないという保証も今のところはできていない。
更に言えば、個性因子のない『本当の意味の無個性』同士が子供を作ったとして、その子供に
『装置が機能している限り、新たに産まれた子供の個性も消すことができます。ですが、装置は壊れます。今すぐではなくても、壊そうという者が現れないとは限りません』
だから、考えなければならない。
『個性のない社会を望んだ皆さん。皆さんが望んだのは「個性はないが争いの多い社会」でしょうか。それとも「個性がなくなって平和になった社会」でしょうか?』
個性が消えた代わりに軍事闘争が激化したのでは意味がない。
『個性のある社会を望んだ皆さん。皆さんが望んだのは「個性によって生まれる便利さ」でしょうか。それとも「力を振りかざす爽快感」でしょうか?』
それぞれの思いの根本をもう一度問いただされる。
『装置の根本は皆さんの願いを叶えることにあります。個性を消すこと以外の機能はありませんが、消す個性に
個性がなくなれば世界が平和になるわけじゃない。
個性がなくなったから全てが終わってしまうわけでもない。
『もう一度聞きます。皆さんの願いは、なんですか?』
◆ ◆ ◆
正午と同時に装置が本格起動した。
戦いはギリギリのタイミングで終わってたので、そこからは楽になるかと思いきや、ぶっちゃけその後の方が忙しいくらいだった。
傷ついた仲間の治療に、島内で気絶したままの侵入者達の送還、戦いでボロボロになった島の修復に、装置の防御を強化して地底に移動させる仕事、更には世界に向けた声明の発信まで、やることは山積みだった。
下手したら即行ミサイルが飛んできてたかもしれないし。
でも幸い、一時間以上が経った今も主要国の基地が動きだす様子はない。まあ、少なくともしばらくの間──数日か数週間か、数か月かの間は撃ってきても私が撃ち落とすんだけど。
「みんな、本当にありがとう。お疲れ様」
一緒に戦ってくれた仲間、サポートしてくれた仲間、物資やお金という形でバックアップしてくれた支持者達、みんなを城の一階の広間──装置のクリスタルが置かれていた場所に集めて、お礼を言った。
「まだまだ気は抜けないけど、これで一つの区切りがついたと思う。もし、装置が壊されたとしても、世界はきっと変わっていくと思う」
本格起動した装置は今まで溜め込んだエネルギーと新しく供給されてくる大量のエネルギーを使ってどんどん“個性を”消している。
毎日何千、何万っていう規模で“個性”が消えたらさすがにみんな考えざるをえない。
人びとの暮らし方も変わっていかざるをえない。
本当に“個性”は必要だったのか。
必要ないと思う人が増えれば“個性”消失のスピードは上がる。やっぱり必要だったと全世界の人が思えば、エネルギーを補給できなくなった装置は機能を停止するだろう。
どんな結論が選ばれるとしても、それはこの世界の現状をみんなが認識した上で、みんなが選んだ結論だ。
あるがままの状況をただ受け入れるしかなかったのとは、意味がまるで違ってくる。
「だから、ありがとう。ここからはみんなのやりたいようにしてください」
深く頭を下げると、みんなからの反応はなかった。
え、あれ、しーんとしすぎじゃない? そんなに変なこと言った? それとも、そんなに人望なかったんだろうか。だとしたらショックというか「下剋上じゃあ!」みたいな展開を警戒した方が良かったりする?
心を読めばわかるわけだけど、味方にああいう“個性”は使いたくない。というか
「貴様はどうするのだ?」
「そうです。永遠さん、帰るところはあるんスか?」
顔を上げた途端、尋ねてきたのは甚平姿の中年男と、羽根の一本さえ無くなったグラサン青年だった。
こっち側についたホークスは、なんだかんだと打ち漏らしていた侵入者達を城周辺で撃退する役目を立派に果たしてくれた。
城の上から羽根を飛ばすだけの簡単なお仕事なのでそこまで危険はないかな、と思ってたんだけど、そこは向こうの戦力が思った以上に高かったせいか、時折普通に交戦せざるを得ず、結果的に羽根は全部損耗した上に全身ボロボロになっていた。
いのちをだいじに(意訳)って言ったのに! と言ったところ「死んでないんだからいいじゃないですか」と真顔で言われた。うん、ちょっと色々、使命感とか命の使い方とか、その辺の意識が狂い過ぎだと思う。って、私に言われたくないか。
エンデヴァーの方はギリギリまで轟君と戦っていたせいもあって送り返し損ねたというか、ボロボロ&体力ゼロの彼を冷さんのところに送るのはちょっと酷いんじゃないか、ということでここに居て貰った。
『巻き戻し』は受けたくない&完全には治さないで欲しいと我が儘を言うので、治療系の“個性”で最低限だけ治したうえで食料を渡してエネルギー補給、休憩をしてもらっていた。
さすがに戦うのはまだ無理だろうけど、普通に話をするくらいなら問題ない。
「どうって、ここで死ぬまで暮らすつもりだけど?」
私は首を傾げて答えた。
だって、世界を変革した張本人である。
誰だって狙う。逆の立場だったら私だって文句くらい言う。そんな人間が日本に戻って暮らすのも無理だろう。まあ、転移できるうちはこっそりご飯食べに行ったりとかするつもりだけど、向こうに住まいを移すつもりはない。
ご飯?
この島で自給自足すればいい。何のために島の土地を回復させたと思っているのか。広大な土地があるんだから、畑を作ったり、湖で魚を育てたり、森の果物を取って食べたりすれば生きていける。
装置の防衛を考えても私がいた方がいいし、“個性”が無くなる前にここを更に要塞化しておきたい。
冷静に計算すると一秒につき一人計算でも結構年月かかるんだよね。ここからブーストがかかるとしても、年単位で守れる算段は立てておきたい。
「って、それは本当に『死ぬまで』のやつじゃありませんか!?」
「死ぬまでっていうか、殺されるまで、のやつよね……」
お姉ちゃんが悲鳴のように声を上げ、頼子さんが少々げんなりしたように言う。
「そりゃそうじゃないですか」
世界中から“個性”が消えていっている以上、私の『不老不死』だっていつかは消える。
よっぽど私の死が願われていない限り消えるのは後回しになるはずだけど、その予想だって絶対じゃない。あの“個性”が無くなったら、私だって死ぬ。
死ねる、って言った方が正しいかもしれないけど。
「激しい攻撃を受けて死ぬんなら、それが世界の選択ってやつです。しょうがないしょうがない」
「いや、しょうがなくはないと思いますが……」
なんと、合理主義なビジネスマンのはずの宮下さんから駄目だしとは。
「計算だけで動けるようならヒーロー事務所に就職しませんよ……」
「確かに」
ぐうの音も出ない正論だった。
「ま、まあ、そういうわけなので、ほんと、みんなは好きにしていいんだよ? お金なら買い出しするには十分あるし、これから久しぶりにお昼寝できそう──」
「いつミサイルが飛んでくるかわからないところで呑気に昼寝しないでくださいませ」
危険察知が機能してる間は着弾前に起きられるし……。いやまあ、機能しなくなったらもろに食らうわけだけど。
「と、透ちゃんとトガちゃんも何か言って──」
「……はあ、もう。これだから永遠ちゃんは」
「ほんと、私達がいないとダメダメですよねえ」
顔を見合わせた二人は何故か、助けを求めた私をディスった挙句、顔を見合わせてにんまりと笑った。
「死ぬまで一緒にいてあげるから安心してね、永遠ちゃん!」
「ご飯は任せてくださいねえ」
「あれ、私の話聞いてた?」
この子達も相当倫理観狂ってるんじゃないだろうか、と、自分を棚に上げて思う私だった。