「永遠ちゃん、本日のお客様を連れてきましたよ」
「ありがとうトガちゃん。……皆さん、ようこそ国籍のない島へ。どうか楽にしてください」
侵入者対策をとっぱらって居住性を良くした城の、新たに設けられた応接間にて、私は十人ほどの方々を出迎えた。
はるばる船に乗ってやってきた彼らは、お城っぽく整えた調度品か、いそいそとお茶の準備を始めたトガちゃんか、それともドレス姿の私か、あるいはその全てに戸惑ったような表情を浮かべた。
こっちとしては歓迎しているんだけど、歓迎されたからこそ「え、マジで?」っていう気分になっているのだ。
既にそこそこの回数を重ねているものの、体験談が広く知られるにはもう少し時間がかかるのかも。
「では、お一人ずつ順番に私の傍まで来てください。ちくっともしませんし、一瞬で終わりますのでご安心ください。待っている間はお茶とお菓子でもどうぞ」
私はこのところ、八百万家ゆかりの企業からの依頼で、個性喪失を希望する人達に
◆ ◆ ◆
発端は、わざわざ飛行機に乗って島へやってきた使者の言葉だった。
「現在、早く個性を喪失したい方向けの旅行プランを企画しております」
「お金を払って個性を失いに来させる、ってことですか?」
「はい、その通りです」
事の始まりになった日本ではいち早く「個性喪失ブーム」が起こりつつある。
当時はまだ起こりかけ、下手したら起こってもいないのに先読みして動いてるレベルだったんだけど、結果的にはその後、ブームは本当に起こった。
もともと「個性なんかいらない」と思っている層は少数ながら確実に存在していた。壊理ちゃんほど切迫している人は少ないものの、例えば異形型の“個性”とか、人と違う容姿がコンプレックスになっていたり、生活の妨げになっている人はどうしてもいるのだ。
いらなくても失う方法がなく、世間の風潮とも逆行するということで、彼らはどうすることもできないでいたんだけど、それが私のAFOと、個性消去装置によって変わった。
個性を消す方法があって、個性のない世界が
「そこで、形式上は旅行ツアーという形で個性を失う手助けができたらと」
「なるほど」
もちろん仕事である以上、利益が出るように取り計らうことになるが、料金はできるだけ安価になるように設定するという。
ツアーの反響によって額は変わるけど、私達にも謝礼が出る。
お金を払ってまで“個性”を失いたいっていう人達だから、法に縛られないこの島への移動は覚悟して来るし、そこの安全を会社側が保証することで参加しやすくなる。
「安易に保証して大丈夫ですか?」
私が尋ねると、使者の人は微笑んで答えた。
「八百万の人間は貴女を危険だと考えていません」
「え」
「私は今回、企業のエージェントとして参りましたが、普段は八百万家直属として働いておりまして」
「……全然気づきませんでした」
秘書的な役割の人なので私と顔を合わせる機会が殆どなかった、というのもあると思う。
ちなみに、後から会ったお姉ちゃんは一発でわかってた。
「ご当主様と奥様は可能であれば、百様と永遠様の悪評を払拭し、再び迎え入れたいと考えておいでです」
「……そんなこと」
「もちろん、急には無理でしょう。ですが、人々の認識が変化し、政府の体質改善が行われればあるいは。例えば先に百様だけでもお帰りいただき、永遠様も、と希望する声を高めることもできるかと」
そこまで上手くいくだろうか。
実際はいつまで経っても帰れない可能性の方が高いと思う。
でも、お父様とお母様が「帰ってきて欲しい」と思っていてくれるという事実は、私とお姉ちゃんにとって救いになった。
「どうか、自分達は捨てられた、とお考えになることはお止めください」
「ええ、わかっていますわ」
「私達はそんな風に思ったことはありません。家の事情があったことは十分理解しています」
八百万家が私達をバッシングしたことはなかった、って、知ってたし、ね。
◆ ◆ ◆
AFOによる“個性”摘出は予防接種より簡単に終わる。
トガちゃんが淹れてくれたお茶が冷めるより速いといえばあっけなさが伝わると思う。
「お疲れ様でした」
「……えぇ?」
あっけなさすぎてぽかんとしている皆さんだったけど、目に見えて「個性がなくなった」ことがわかる人達は感激していた。
「ありがとうございます、ありがとうございます!」
「い、いえ。私にとっては大したことじゃありませんから」
泣きながら手を取られて感謝されると逆に困ってしまう。
もっと大仰に、必要ない説明を長々としてからゆっくり略奪するべきだろうか。でも無駄なんだよね、そういうの。
「えっと、皆さんにはこれから三日ほど島に滞在していただくことになります」
島へ船が来るのは週二回。
行きの船はもう帰っているので泊まってもらうしかない。
海岸で出迎えればその足で帰ってもらうこともできるんだけど、それツアーって言う? って話になるし、世界中からターゲットされている人間がのこのこ向かうのもどうなのってことで、せっかくだから島での生活を体験してもらっている。
スパイ対策は幸い『サーチ』その他の個性で十分できる。“個性”がなければ船一つ、人間何人かでできることは限られるから、過剰に警戒する必要もない。
丸腰の相手と武器を持っている相手、どっちが付き合いやすいかっていう話で、これも“個性”をなくすメリットだと思う。
「城には客室があります。そちらに泊っていただければ食事は三食お出しできます。あとは、ご自分でキャンプをしていただいても構いませんが──」
キャンプしたい、と手を挙げる人が三人ほどいた。
人工の自然ではあるものの、文明から離れた孤島。この位置からの夜景はほぼ誰も見たことがないこと、観光地化されていないので本当に人が少ないことからキャンプ好きや天体観測マニアからひそかに注目され始めているらしい。
「わかりました。では、解散の前に記念品を受け取ってください」
メイド姿のトガちゃんがトレイに乗った半透明な石を差し出す。
形はバラバラ、大きさはネックレスにするなら磨くだけでいいけど、指輪にするならカットが必要といったところ。
「お好きなものをおひとつずつどうぞ」
「あの、噂で聞いたんですがこれ、ダイヤの原せ──」
「記念品の透明な石です」
「あ、はい」
これは島を作った時の副産物なので私の懐は全く痛くない。
売れば旅行代金くらいは余裕で帰ってくるだろうけど、時間をかけて島まで来て“個性”を失ってまで手に入れるほどいいものでもない。
このくらいで「来てよかった」と思ってもらえるなら安いものだ。
「それじゃあ解散ということで……」
「永遠ちゃんとお話したい方はどうぞこのまま残ってくださいね」
トガちゃんの声に、何人かの人が私とのお話を希望してきた。
トガちゃんめ、余計なことを。いや、ツアー内容に含まれているので完全に逆恨みなんだけど。
◆ ◆ ◆
さらに月日が流れて。
島への観光ツアーは、実際に人達の口コミやレポートによって知名度が上がり、参加者がだんだんと増えていった。
一度来た人からのリピート希望は無個性の人からの参加希望も出たため、記念品は“個性”と交換という条件でオーケーした。
結果、他の国の企業からも似たような依頼が来るようになり、来客が多くなったので城とは別にホテルを作った。こっちも洋館風の建物になっているので好評。女王派の人達を雇うこともできるようになったので、やって良かった気がする。
気づいたらなんか結構な収入にもなっていた。
そして、日本はもちろん世界中で「個性を失うこと」がどんどん当たり前になっていく。
一般人が島に訪れるようになったことが外部からの攻撃を間接的に防ぐ役目をしてくれたのかもしれない。少なくとも目に見える攻撃はないまま時間が過ぎた。もしもここまでお父様お母様の思惑通りなのだとしたら尊敬を通り越してちょっと怖いけど。
“個性”を失った人が増え、個性喪失がおかしなことじゃなくなればなくなるほど、装置に注がれるエネルギーも増える。一日の“個性”喪失者数は日に日に増え、
“個性”犯罪は着実に減少。
新規のヒーロー事務所立ち上げ件数が激減、廃業する事務所の件数を差し引いた「実質的増加数」が史上初めてマイナスを記録すると共に、警察は元ヒーローを対象とした特別採用を実施、犯罪者取り締まりによる殉職者・負傷者が減少したこともあって人員を大幅に増加させた。
政治の世界も総選挙の実施に伴って大幅な体質改善が行われた。いわゆるやり手や大物と呼ばれる人々がゴシップ(主に私達が公開したやつだ)のせいで立場を失ったことで、内閣の平均年齢は大幅に若くなった。
新しく就任した若い(政治家基準)総理大臣は世界の「新しい常識」に対応した方針を多数打ち出すことで人々からの支持を集め、試行錯誤の中、なんとか国を運営していき──ようやく軌道に乗り始めた頃、とある発表を行った。
簡単に言うと、
エンデヴァーや相澤先生といった活躍著しいヒーローに大きな褒賞が与えられ、これまで世界を守ってきた感謝が捧げられると共に、恩赦の対象としては私やトガちゃん、透ちゃん、お姉ちゃん、ミルコやホークスなどの名前が挙げられた。
「まさか、国がそこまでするとは思いませんでしたわ」
「国も支持率の回復に必死なんスよ」
と、当の私達としても、思ったよりずっと早い展開に単純には喜べなかったものの、この発表に対する世間の反応は思ったよりも好意的だった。
敵が減る→敵やヒーローが壊す建物の修繕費がいらなくなる→政府が拠出する関連費用が激減する→財政が圧迫されることはない、というのが大きかったかもしれない。
私が死刑執行の場で暴れ、怪我人を多く出したことも。
お姉ちゃん達が私をサポートしたことも。
ホークスが権力者の私兵としてヒーローの権限を行使していたことも。
犯した罪がなくなるわけではないが、今更、罰を与えることはない、と確約してもらえたことになる。
「良かったですわね、永遠。……報われましたわ」
「……うん。ありがとう、お姉ちゃん」
反乱から三年。
成人式に出席できないまま二十歳を過ぎていた私達は、大人組がおススメしてくれたお酒で静かに祝杯を挙げた。頼子さんは肉体年齢的にまだ二十歳前だったけど、まあ、法律上の年齢が若返るわけじゃないし、十分に我慢してくれたってことで一緒に飲んだ。
私達は迎えに来た船に乗って日本に戻り、エンデヴァー達と一緒に式典に参加した。
「オール・フォー・ワンを倒し、世界を救ってくれてありがとう。……そして、未来に誕生するはずだった数多くの敵を
「こちらこそ、このような場を設けていただき、本当に感謝しています」
式典の場で、総理は一言も謝らなかった。
立場上「ごめん」と言うことはできなかったんだと思う。もし公的に言ってしまえば「犯罪者に屈した」と各所からバッシングを受けてしまう。
私達に恩赦が下ったと言っても、それは制度的なことであって、過去の事実や人の気持ちまで変えられるわけじゃないのだ。
でも、式典が終わった後、私的な場で、彼は自分の半分くらいの年齢の私に頭を下げてくれた。
「本当にすまなかった。君達が怒ったのも無理はない。政府も公安も、本当に愚かなことをしたと思っている」
「頭を上げてください。どんな事情があったとしても、物を壊して、人を傷つけた時点で、私達は悪いことをしたんですから」
再生してた期間も含めたら私の方が二倍か三倍くらい年上、というのは言っちゃいけない。
ともあれ、こうして私達は日本に帰ることを許された。
さっきも言った通り「人から許されるかどうか」は別の問題だとはいえ、街で買い物していても通報されない、というのはとても嬉しい。
例えば変装してラーメン食べに行って、バレてしまったとしても「悪いことは何もしてませんけど?」と言える。これは強い。
「みんなは、これからどうする?」
「わたくしは大学に行こうと思っております。経営や帝王学を学ぼうかと」
「俺はどこかの事務所に入るつもりでいる。まだヒーローが消えたわけじゃない。身体の使い方を学ぶのに一番いいのはあいつらのところだ」
「私ももう一回大学に行こうかしら。『嘘発見』がなくなっても経験はなくならないし。心理学を学びなおして犯罪心理学者でも目指すわ」
「所長から今までのお給料までいただいてしまったので起業でもしましょうか。そうですね、人材派遣業とか?」
みんなそれぞれの道を歩きだそうとしている。
「永遠。あなたはどうしますの?」
「私? 私は──」
そんな中。
私達が全員いなくなった隙を見計らったかのように、島へ爆撃機や潜水艦、爆弾を満載した貨物船が殺到した。
「私は島に戻るよ。私はここにいない方がいいだろうから」