島に戻ると、そこには凄惨な光景が広がっていた。
散乱する爆撃機、戦闘機の残骸。
海上には大破したまま辛うじて浮かぶ船の姿。
海の中にもたくさん沈んでいるだろう。
陸地には脱出したり、怪我を負った兵士達の姿。
建物や畑、森に被害は出ていない。
これでもかと張り巡らせたバリアや、たっぷり用意した使い魔達のお陰だ。
式典に出るにあたって観光客の受け入れを停止していたし、スタッフも一度島から離れさせていたので、島は本当に無人の状態だった。なので人的被害も
「……まったくもう」
私は溜め息を吐いた。
「人がいたらどうするつもりだったんだろ」
「女王!」
近くにいた兵士が
外国語訛りのある日本語。
銃が構えられ、躊躇わずに発射される。
他の仲間を庇うように前に出た私は“個性”を起動。
「『ベクトル操作』反射モード」
「なっ……!?」
銃弾が運動エネルギーをそのまま、ベクトルだけを反転して飛ぶ。
弾は驚愕で動けない兵士の脇をかすめ、通り過ぎた。
「正反射ではなく、反射角を少しずらしました。言っている意味がわかりますね?」
「っ、おおおおおっ!!」
兵士が銃を連射。
当然、全部反射されて地面や遠くに飛んでいくだけ。
かち、かち、と、弾がなくなってなおトリガーを引く彼の姿は、化け物に襲われて絶体絶命、といった有様だった。
「もう止めませんか」
女王モードで冷然と告げると、返答の代わりに拳銃が放り捨てられ、サブマシンガンらしきものが取り出される。
防具も着けていない人間に撃ったらほぼ間違いなく蜂の巣だ。
「殺しに来るってことは」
私の傍に立ったままトガちゃんが呟き、
「──殺される覚悟ができてるってことだよね?」
接敵した透ちゃんが背後から首筋に手刀を食らわせ、体勢が崩れたところで兵士のベルトからナイフを引き抜く。両手首を浅く切り裂き、銃を捨てさせると、彼女は兵士の首にナイフを突きつけた。
「降参しなよ。こっちがその気なら、最初に撃った時点で終わりなんだよ?」
「っ」
唇を噛んだ兵士は観念したように瞳を揺らめかせ──口内にぐっと力を籠める。
唇の端から零れたのは涎ではなく、赤い鮮血だった。
『吸血鬼』を持っている私にとっては栄養源だけど、もちろん、啜る気はない。
私はしゃがみ、彼にそっと触れると記憶を引き出す。それから、その記憶を元に家族の元へ転送。傷は治さない。すぐに対処すれば死ぬほどの怪我じゃないし、自ら死を選んだんだから余計なお世話だ。
家族が彼の仕事をどこまで知っているか、知らなかったとして知ってどう思うかは、わからない。
島に降り立った他の兵士のうち、動ける者は陸上の使い魔に襲われ──私達が対処するまでもなく全員倒れた。
死なない程度に痛めつけられた兵士達は城に集められ、私は彼らと対面した。
◆ ◆ ◆
襲ってきたのは幾つかの民間傭兵会社の合同チームだった。
“個性”消滅に反対する一派からの資金提供を受けての攻撃で、政府や軍との繋がりはない──というのが建前。
「実際は直近で退役した正規軍人に元プロヒーロー、更には
ぐるぐる巻きに縛り上げられた襲撃者の生き残り、総勢三十五名は騒然となった。
尋問で吐かせたんじゃなくて“個性”で直接読み取ったわけだから驚くのも当然だ。
「バレたら世論が凄いことになりますねえ」
「大問題だね!」
トガちゃんと透ちゃんが一見、楽しげな口調で言う。
いや、トガちゃんの方は半分くらい本当に楽しそうだけど。日本人が含まれていなかった分、他人事なので怒りよりは呆れが強い。だから適当にからかうこともできてしまう。
ちなみに、この島に戻ってきたのは私とこの二人だけだ。
日本に帰って色々する予定のみんなは後々のことを考えると参加しない方が良い。それに、バリア等々を考えれば被害が少ないのはわかってたから、そんなに危険はなかったのだ。
まあ、問題は命の危険以外のところにあったわけだけど。
「どうしよっか」
「もう殺しちゃえばいいんじゃないですか?」
「そういうわけにはいかないよ。それで『やっぱり女王は危険だ』とか言われても嫌だし」
仕方ないから一計を案じることにした。
「透ちゃん、準備はいい?」
「ばっちりだよ!」
透ちゃんにビデオカメラを操作してもらい、録画スタート。
「本日は島にお客様がやってきたのでご紹介したいと思います」
日付や時刻、島の状況などを合わせて喋る。
爆撃や船による突撃、潜水艦による奇襲などを受けたこと。島にはあらかじめバリアを張ってあったので、多くが自爆に終わったこと。
攻撃部隊は百名を軽く超える人数がいたらしい。
バリアに直接突っ込んじゃった船の乗組員とか、海の使い魔に暴れられた潜水艦の乗組員とかは基本、生存が絶望的だった。船が壊れるまで生き残った上、酸素ボンベ等を使って島まで泳ぎ着くとか、相当運がないと無理だ。
「皆さんはどうして攻撃してきたんですか?」
「我々は傭兵だ。個性保護派の依頼を受けて精鋭部隊を派遣──っ!?」
質問へ正直に答えさせる“個性”で根掘り葉掘り答えてもらう。
彼らは苦渋の表情を浮かべながら所属先の名前や規模、把握している限りの構成員、クライアントの詳細などを喋った。
「トガちゃん、あとは任せた」
「はいはい」
メモリに保存した動画をパソコンにコピー。やりすぎかな、っていう情報は編集によって削除してから複数のUSBに落とし込む。
メッセージカードと一緒に封筒に入れて封をしたら、各国の主要なテレビ局に直接USBを送り付ける。
いくら彼らの会社が力を持っていて、バックに大物がいると言っても、このスピードで行動されたら止めようがないはず。日本とか、影響力の及ばない国も含んでるし。
「はい。これで早ければ数時間後にはあなた達の所業が世界に公開されます」
「貴様は自分が何をしているのかわかっているのか!?」
「何をしてるって……殺しに来ておいて、自分達が不利益を被るのは嫌だと?」
「我々はあくまで仕事でやっているだけだ! お前達を殺したがっているのはクライアントだ!」
「でも、そういう仕事を選んだのは自分達ですよねぇ?」
嫌なら作戦に参加しなければいい、という話。
他に行くところがなかった、半ば強制されていて断れば殺されるところだった、っていう場合はあるかもだけど。
「私達は積極的な殺しを望みません」
攻撃で出た人死には全部、自動防衛機能に勝手に引っかかったのが原因。
攻撃しなければ攻撃されない、って認識しているのに突っ込んできて、全滅してもいない状況で「非道」とか言われても困る。
「なので皆さんを解放しますね」
「ま、待て! そんなことをされたら我々は──」
まあ、傭兵会社としてもバックの組織としても裏切り者を生かしておく理由はないよね。
「生かしておいてあげるのに文句言うんだ?」
嘲るように言う透ちゃん。
いやこれ、ほんとに悪役だ。いや、もとから悪役なんだけど。
もちろん、ここから本気で送り返す気はない。どうしても帰りたいなら別だけど。
「島に滞在するというのなら歓迎します。武器は没収しますし、行動に多少の制限はつけますが、過度な報復や迫害を行う気はありません」
戻るか島に住むか。
二択を突きつけた結果、九割以上が島に残ることを選んだ。
◆ ◆ ◆
使い魔の記憶から再現した攻撃の映像も追加で送り付けたところ、各メディアは嬉々として今回の件を報道してくれた。
個性保護派の過激さを強調して訴えるところ。
攻撃によって人死にが出たことから私達を非道だとなじるところ。
攻撃をテロであると断定し、陰謀論を唱えるところ。
メディアによって伝え方は様々。
でも、それでいい。それぞれの考えがあるのは当たり前のこと。色んな意見を見て、それぞれが自分の考えを持ってくれればそれでいい。
ただ、観光ツアーの参加者は激減した。
私達のことが信用できなくなった、というよりは、危険が目に見えるようになったことで敬遠された感じ。
仕方ないので一か月ほどの休止期間を置いたうえで移動用のゲートを八百万家が所有する施設の一つに設置、島に直接転移できるようにして再開。
参加者の人数は少し回復したものの──島への攻撃は更に続いた。
一回目の攻撃の後で私はバリアや使い魔の数を更に増やした。
何回分も防備は残ってたんだけど、本格的に“個性”喪失が怖くなってきた。別に戦えなくなるのはいいけど、みんなを守れなくなるのは嫌だ。
これまでにも増して防御を固めた結果、爆弾やらドローンによる自爆特攻やら工作員による潜入やら、もろもろの攻撃にも島はびくともしなかった。
高速で接近する乗り物や兵器はバリアが食い止める。
バリアを抜けてきた敵とは海や空の使い魔が戦ってくれる。
人やロボットが上陸してきた場合は陸の使い魔が撃退する。
警報システムや警備ロボットなども配備したので、被害はほぼゼロに近い。
観光ツアーの参加者が怪我をするようなこともなく、ツアーの人気は徐々に戻っていった。
そんな中──。
「いい気なものだ」
城の屋上で昼寝でもしようかと廊下を歩いていると、一人の女性と遭った。
「あ、しーちゃん」
「シャロンだ! 私をその名で呼ぶなと言っている!」
私がしーちゃんと呼ぶ彼女は一回目の攻撃で生き残った一人だ。
金髪の美人さんで、そんな人が兵士として参加していたことに私はイラっとせずにはいられなかった。少しでも仲良くしようと愛称で呼んでいるのはそんな理由もある。
同性には甘い?
しょうがない。こればっかりは性分だ。別にやましい目的があるわけではないので許してほしい。
しーちゃんもノリ突っ込みをしてくれる程度には馴染んでくれている。といっても、相変わらずこうやってピリピリしてるわけなんだけど。
「いつまでこんなことを続けるつもりだ?」
「世界から“個性”がなくなるまでだよ」
暇なのか、しーちゃんは私を追いかけながら尋ねてくる。
まあ実際、元兵士の方々に観光業の手伝いをしろ、というのも酷なので、彼らは食客のような立場になっている。当人達の気が向けば力仕事なんかを手伝ってもらったりはするけど、ただ島にいるだけでも特に文句は言わないようにしていた。
「耐えきれると思うのか?」
「向こうの方が先に音を上げると思ってるよ」
「敵が何人いるかもわからないのに、か?」
島のスタッフは多くの人が戻ってきてくれた。
新しく志願してくれる人もいるし、被害も出してはいないけど、昼夜関係なく爆音がしたり、夜間のうちに侵入者がいました! とか言われるのは怖いに決まってる。もう慣れちゃってる人もいるけど、ストレスを感じている人は確実にいるはず。
なのに、攻撃してくる敵を殺さず生かしているんだから、私は甘いんだろう。
でも。
「悪意って長続きしないと思うんだ」
「そんなもの、憎悪の強さにもよるだろう?」
「それはもちろんそうだけど、例えば復讐鬼みたいな人達だって、相手に苦しんで欲しいだけで、自分が死にたいわけじゃないと思うんだ」
自分がのほほんと幸せに暮らしながら憎い相手が地獄の苦しみを味わってくれるなら、それが一番いい、と多くの人が言うと思う。
「だったら、周りの人が『平和が一番』って言ってる中で、いつまでもテロだの戦争だの言ってられないと思わない?」
「平和ボケした意見だな」
「兵器とかそういうのを全ての国が放棄して平和にできたらいいのに、って本気で思ってるよ、私は」
もちろん、実際にそうできないのもわかってる。
戦う力がなくなれば争いがなくなる、なんて簡単には言えない。暴力を振るわなくても、例えば人を騙したり、意味のない悪意をぶつける人は確実にいる。
それでも。
楽しくて戦ってる人なんて一部のやばい人だけだって私は思ってる。
「しーちゃんも一緒にお昼寝しようよ」
「寝ている間にお前を殺すかもしれないぞ」
「できるならどうぞ」
「ちっ」
しーちゃん達には『島の住人を害せない』『自衛以外の戦闘ができない』縛りをかけている。破ろうとした場合は全身に激痛が走る仕組みだ。
ナイフを持って私に近づいただけで立っていられないような状態になるので、私を殺すのはほぼ不可能。
舌打ちしたしーちゃんは黙って私についてくる。
本当にお昼寝したいわけじゃないと思うけど、まだ気持ちが収まらないんだと思う。
「なあ、お前」
「ん?」
「世界から“個性”が消えたら、お前は長生きできないぞ」
「だろうね。それが?」
しーちゃんは数秒黙った後で「わかっているならいい」と言った。
「せいぜい余生を楽しく過ごせばいい」
「うん、そうする」
私はお昼寝をして、しーちゃんは隣で日光浴をした。
式典、そして第一回目のテロから五年後、私は『不老不死』や『