「皆さん、今までありがとうございました」
私は城のホールで、今まで手伝ってくれた人達に頭を下げた。
観光業のスタッフ、物資の納入に協力してくれた人、島の保全に努めてくれた人。
しーちゃんを含む、攻撃作戦に失敗して行くところがなくなり、島で引き受けた人達。
全員が集まって私の話を聞いてくれている。
観光ツアーは打ち切った。
始めてから結構経ったので、純粋に個性を失いに来る人はほとんどいなくなってる。
度重なる攻撃のせいで遊びに来る人も減ってるので、表向きの理由は業績悪化。
「皆さんのお陰で今までやってくることができました。これでお別れになるのは名残惜しいですが、どうかこれからもお元気で」
でも、本当の理由は違う。
私の力が大幅に弱まったから。
あれこれ便利な個性が消えてしまったので、もうワープも使い魔の作成も、個性の装置化もできない。
まだ『不老不死』があるので殺されても死ぬことはないけど、ここから先は島を守りきれる保証がない。
今すぐどうこうはならないけど、今は大丈夫だからこそ、逃げてもらわないといけない。
「忘れ物はないようにしてくださいね。お土産もお忘れなく。武器とか以外から、欲しいものは遠慮なく持っていってください」
あまり長々話すのはやめて、さっと終わらせる。
質疑応答はこうなる前にさんざんやったので、みんな静かだ。
静かなほうがありがたいので、小さく泣き声が聞こえるのとか本当に勘弁して欲しい。
「はいはい! それじゃ解散!」
「気をつけて帰ってくださいねえ。明日にはゲート埋めちゃいますからね」
透ちゃんとトガちゃんが指示を出してくれるので、私は早めに退場する。
ホールを出た後は自分の部屋でご飯を食べた。
城は石造りなせいか、ドアを閉めると遮音性が高い。ご飯に集中したのもあって、周りの音は何も聞こえなかった。
「永遠ちゃん」
トガちゃんが用意してくれた軽食から、面倒臭がりな人の強い味方、カップ麺や冷凍食品まで、結構な量の食べ物がなくなった頃、透ちゃんとトガちゃんが戻ってきた。
「終わった?」
「うん、終わったよ」
「これで二人……三人だけですよ、永遠ちゃん」
「なんで最初二人って言ったの、トガちゃん?」
「間違えただけじゃないですかぁ」
短く聞いた私に簡単に答えると、さっそく漫才を始める二人。
いつも通りだ。
私はくすっと笑って、食べかけの菓子パンを口に放り込んだ。
「あー! やけ食いは良くないよ永遠ちゃん!?」
「やけ食いじゃないし。エネルギー補給して残機増やしてただけだし」
「トガちゃんはそんなに燃費悪くないのに」
「永遠ちゃんには私を殺す分も補充してもらわないといけませんから」
「そうそう」
最近はめっきり自傷──じゃない、他傷の頻度も減ってるんだけど、そういうことにしておく。
「で、前にも言いましたけど、これからどうします永遠ちゃん?」
「前にも言ったけど、このままここに住むよ」
スタッフをみんな逃がした以上、島を放棄するタイミングが来てる。
……と、いうことを「攻撃してきてる人達」も認識するはずなので、私はこの島から動けない。私の存在が島からいなくなった場合、私を探して他の場所が被害に遭うからだ。
「二人は日本に行ってもいいんだよ?」
しーちゃん達、行くところがなかった人達は政府とか八百万家の協力で別の名前と経歴を得てひっそり暮らすことになっている。
透ちゃんなら葉隠家を頼ってもいいし、トガちゃん一人くらいお姉ちゃんでも轟君でもエンデヴァーでもラブラバでも、誰かが匿ってくれると思う。
二人に関しては私の側近とはいえ、ガチで殺しに行く理由も少ない。単に私を守ってただけで“個性”をどうこうしたわけじゃないし、島への攻撃って爆弾とかミサイルとかが主流だから人間が阻止できるレベル超えちゃってるし。
と、トガちゃんが目以外の部分だけで笑顔を作って、
「押し倒しますよ永遠ちゃん」
「あ、それいいね。私も!」
「いや、透ちゃんは子供いるじゃん。
「うん、まあ澄香は可愛いけど。父親はどうでもいいし!」
ひどい。
澄香ちゃんというのは名前の通り、透ちゃんの娘だ。
島を作ったのがほぼ高校卒業時で、それから五年+三年+α。いい加減子供を作ってもいい歳だってことで透ちゃんは子供を儲けた。
お相手は従兄弟の葉隠栗矢。
任務に失敗し、葉隠家に軟禁されていた彼を半ば強引にレイプ──もとい、行為に及んで、正統な葉隠の血を持つ子供を作った。
ぶっちゃけ相手は誰でも良かったらしい。
父親に関しては事が済んだらもう興味ない感じだし、透ちゃんの恋愛の機会を奪っちゃったのはなんか申し訳ないような、透ちゃんの場合はこれが素なんじゃないかって気もするような。
澄香ちゃんは葉隠本家で育てられている。
今までは時々様子を見に行ってたけど、これからはあんまり行けないかもしれない。
「まあ、三人でのんびりしようよ。どうせ生身じゃ戦艦とかには勝てないんだし」
「うわ適当。でも賛成!」
「備蓄はいっぱいありますし、バリアもすぐには破られないでしょうし。本格的にすることがなくなって来ましたねえ」
そうして、私達の隠居生活が始まった。
◆ ◆ ◆
あれからお姉ちゃん達とはあんまり連絡を取らないようにしてる。
バレない程度に会ったりメッセージを送ったりはしてたけど、その程度。それだって“個性”がごっそり消えてからは殆どしなくなった。
もちろん、みんな心配してくれてる。
協力するって言ってくれてるのに私が拒んだ、っていうのが正直なところ。
『最後まで手伝わせてくださいまし。あなたは、義理でも大切な妹なんですのよ』
『うん、ありがとうお姉ちゃん。でも、これは私がやらないと。お姉ちゃん達は自分のやり方で世界を変えて欲しい』
これ以上、巻き込むわけにはいかない。
ギリギリまで相手になってあげないといけない。
幸い、バリアをはじめとする防御設備はまだまだ残っていた。
ただ、死ぬほど作ったつもりだったのに枯渇を心配しないといけないあたり、科学の産物はほんとに怖い。その気になったらぽーんと軽く何千、何万の人を殺せるっていうんだから馬鹿じゃないのかと思う。発射ボタン押す前に、撃たれる側の気持ちになって考えてみて欲しい。
愚痴っぽくなった。
物資に関してはほんとにこれでもかと用意した。食料なんかも時間を止めた部屋に小分けにして放り込んだので、余裕で年単位で暮らせるレベル。
防衛機能はだいたいオートでなんとかなるようにしてあるので、後はただ待つだけ。
相手が諦めるのを。
予算が尽きるのを。
平和を望む気持ちが勝ってくれるのを。
待って。
待って。
待ち続けて。
更に数年が過ぎたある日、最後のバリアが割れた。
◆ ◆ ◆
「限界です」
トガちゃんが言った。
物資の管理を主導してくれていた彼女が言うんだから間違いない。
「そっか。早かったね。……ううん、遅かったのかな」
「どうだろうね。どっちでもないんじゃない?」
三人だけでの生活にも慣れてしまった。
辛かったかといえば、そんなことはなかった。むしろ楽しかったと思う。ご飯とお昼寝と、お喋り。やりたいことだけをしていればいい生活。
攻撃と戦闘の音が聞こえてこなければ、むしろずっと続けていたかったかもしれない。
世界は既に、全人口の八割以上が“無個性”になっている。
日に日に消失スピードが上がり続けた結果だ。ここまで来たらもう、全ての“個性”が消えるのは予定調和になってるはず。
近いうちに“個性”の無い社会が出来上がる。そう信じる人が多くなれば多くなるだけ、その日はどんどん近づいてくる。
後は時間との勝負だ。
「耐えきれると思う?」
バリアが無くなってもまだ、使い魔の数は尽きていない。
飛べる使い魔、泳げる使い魔がいる限り、ある程度の攻撃は防げる。
島自体と城も物理的な防壁だ。
地中深くに埋まった装置を破壊するにはまず、地上にあるものを根こそぎ吹き飛ばさなければならない。それには十分な火力が必要。
更に、城の中や地下にもバリアを張ってあったりする。
襲撃者達にはまだ、島外周のバリアが切れたことはバレてない。バレたら「ひゃっほう!」とばかりに襲ってくるだろう。そんな彼らをうんざりさせられる程度には耐久力が残ってるけど、
「ちょっと足りないかもね」
「私もそう思います」
私の予想と、二人の推測は一致していた。
「じゃあ、ますます逃げられないじゃない」
「……そうですね」
頷くトガちゃん。
私とトガちゃんの姿は出会った当時からほぼ変わってない。透ちゃんもまだ『透明』なままなので、私達三人は時の流れを実感しにくい世界にいるんだけど、声色や顔つきまで昔のままとは言い難い。
歳を重ねた分、冷静になるし慎重になるし、残酷にもなる。
顔を上げたトガちゃんは当たり前のことを言うように言った。
「世界なんてどうでもいいから逃げましょう、永遠ちゃん」
「駄目だよ」
私は首を振った。
「今更、責任を捨てられない。ちょっとの差で結果が変わるなら努力しなくちゃ」
「透ちゃんからもなんとか言ってください」
「私はどっちでもいいよ。最後まで永遠ちゃんと一緒にいるだけだから」
「この変態」
「トガちゃんにだけは言われたくないんだけど!?」
いまいちシリアスに徹しきれない私達である。
「……しょうがないですね」
はあ、とため息をついたトガちゃんは苦笑して言った。
「じゃあ、私達三人で死にましょう」
そして、最後の戦いが始まった。
◆ ◆ ◆
島への爆撃が成功した。
これまで何度も何度も、何度も何度も何度も攻撃を繰り返してきた『旧世界派』は待ち望んだ報せに歓喜した。
島の中へと落ちた爆弾は新たなバリアに阻まれ、威力の十分の一も発揮できなかったが──敵の防備も無限ではない、という確証を得たことで勢力の勢いは増した。
クライアントからの資金提供にも弾みがつき、旧世界の破滅を間近に、彼らにとっての聖戦がクライマックスを迎えた。
空の魔物を、海の魔物を殺しつくし。
島内のバリアを破壊しながら陸の魔物を焼き殺す。
攻撃は連日続けられた。
国際社会からのバッシングは強く、彼らは世界の敵とみなされている。
女王の住む『島』は通念的に「国家に準ずる」ものとして扱われており、よって島への攻撃は戦争行為に位置付けられているのだが、そんなことは関係のない話。
変化に順応した『弱い』者達は“個性”社会が戻ってくれば手のひらを返す。
やってはいけない、というルールは「破ったもの勝ち」というところがある。
特に国際社会のルールに関しては「国を罰することのできる存在」が存在しないため、取れる選択肢が限られる。経済制裁はテロリストには効果が薄いため、武力介入という「戦争の拡大」によってしか止めることができない。
悪い奴を懲らしめるんだからいくらでも戦えばいい、というのはその通りなのだが、今度は島の立地が問題になる。海の上に浮かんでいるため、最初から使い捨てるくらいの気持ちでないと戦力を動かせない上、動かした分だけ本国の守りが手薄になるのだ。
よって、狂信的な思想に則って動く悪人達がここまで生き残り続けていた。
──もう少し。
莫大な資金をつぎ込み、見えない防壁を切り崩す。
そして遂に、爆弾が尖塔の一つを破壊した時、彼らは戦いの終わりを見た。
今まで以上の攻撃が開始。
航空機に艦船まで総動員した攻撃部隊が出動し──
女王は何の武器も使っていなかった。
腕を振るった風圧だけで航空機を吹き飛ばし、拳で分厚い装甲を貫き、折り紙でもするように翼をへし折った。黒い触手のような腕もそれを手伝い、機銃程度の攻撃は展開された『鎧』によって全て防がれた。
これまで『耐える』『魔物に迎撃させる』という手段しか基本的に取ってこなかった女王が
悪夢のような部隊の全滅。
彼らは方針を転換し、女王という「一人の人間」に近代兵器を差し向けた。
機銃程度ならともかく爆弾の投下やミサイルの発射、戦闘機による体当たりまで行えば、ワープ能力のなくなった女王では対処できない。
予想の通り、多大な犠牲を払いつつも、女王を島の上空まで押しやることに成功し、防戦で手一杯になった彼女を爆発によって焼き尽くした。
ただの焼死体──もはや炭以下の存在になって落下した女王は、落下しながら再生し、崩れた城の天井の残骸へと着地、慌てて城の中へと戻っていった。
勝利だった。
そしてそれから二週間後、女王の城は完全に破壊され、単なる瓦礫の山と化した。
あれから女王が城から出てくることは、一度としてなかった。