【反乱から数時間後】
「やっと落ち着いたかな」
廃ビル風施設の壁に背中を私は小さく息を吐いた。
いや、うん、さすがにちょっと疲れた。
昨日は詰め込めるだけご飯を詰め込みまくって、今日は九十九回死んで、そこからOFA奪取だもんね。いい加減に体力も限界だ。
でも、まだまだこれから。
やらないといけないことはたくさんある。
「あらためて、協力してくれてありがとう、みんな」
ここは雄英の敷地内にある演習場の一つ、その一角。
木を隠すなら森の中じゃないけど、整いすぎている雄英の設備は逆に死角になる。広大な演習場に乱立する建物内全てにカメラやセンサーを仕掛ける、なんていうのはいくらなんでも無理。「外」には無数に仕掛けられているだろうけど、建物内に直接転移する相手までは想定してない。
なので、とりあえずは安心。
一緒に来てくれたみんなも思い思いに身体を休めている。
「特に──お姉ちゃん」
名前を呼ぶと、制服姿の百ちゃん──八百万百は微笑んで首を振った。
「礼には及びませんわ。わたくしが、自分で考えた上で決めたことです」
だとしても、突然だったはずだ。
考える時間もなく「世界を敵に回すかどうか」の決断を迫られ、動く方を選んだ。
どれだけの重い決断だったか、私にも想像しきれない。
「本当にいいの? 私がしてるのは間違ったことだよ」
「そうですわね。でも、正しい行いですわ」
それは、矛盾だ。
私は壁から背中を離して百ちゃんを見る。
百ちゃんがゆっくり近づいてきてくれるのに合わせて、こっちもゆっくりと歩み寄って、
「間違ってるのに、正しいの?」
「ええ。ルールから逸脱するのは間違っています。……ですが、平和を望む気持ちに従うのは、自然で正しい行いです」
「……自然」
「考える時間ならありました。オール・フォー・ワンの事件からずっと考えていました。何が正しいのか。
そして、百ちゃんなりに結論を出した。
「敵を倒し、民衆のアイドルになるだけの正義? そんなもの、もう沢山ですわ。だって、それでは……妹が苦しんでいる時に手を差し伸べてやることさえ、できないではありませんか」
「お姉ちゃん」
伸ばされた両腕が私の身体を抱きしめる。
成長した私の目線は百ちゃんとそう変わらない。私も腕を回して百ちゃんを抱きしめた。重なり合った身体から温かいものが流れ込んでくる。
「あのね、お姉ちゃん。私ね、今の今まで、心の中ではお姉ちゃんのこと『百ちゃん』って呼んでた」
「……奇遇ですわね。わたくしも、心のどこかであなたのことを『義理の妹』と考えていましたわ」
抱き合ったまま見つめあう私達。
いつの間にかお互いに涙を流しながら、笑顔を浮かべていた。
「今度こそ、お姉ちゃんって呼んでいい?」
「ええ。もちろんですわ。……永遠」
私も
だから、私達はこの瞬間、二人きりの姉妹になった。
血の繋がりではなく誓いによって結ばれた絆は、きっと切れない。
しばらくの間、私達は抱き合ったまま見つめあっていた。
こほん。
と、わざとらしい咳払いが響かなければずっとそのままだったかもしれない。
我に返って身を離した私とお姉ちゃんは誤魔化し笑いを浮かべて、
「焦凍さんも、来てくれてありがとうございます」
「……別に、百のためじゃねえ」
咳払いの張本人である轟君は頬を染めながらそっぽを向いた。
照れてる。
名前呼びになってるし、結構お互いに意識してる感じ? さっきの咳払いも、私とお姉ちゃんがキスでもすると思ったんだろうか。
などと思っていると、だんだん精悍な顔つきになりつつある少年はシリアスな表情を浮かべて、
「俺が来たのは、あいつとは違う道を行きたかったからだ」
「エンデヴァー?」
「ああ。あいつは、ヒーローだっただろ?」
「うん。躊躇わず、私を
結果的に『ヘルフレイム』を奪われることにはなったけど、エンデヴァーの行動は一貫していた。
ヒーローらしいヒーロー。
ぶれない。迷わない。自分にできることを全力でやり通す。それがエンデヴァーだ。
轟君はお姉ちゃんの肩に手を置きながら笑って、
「だったら、俺はヒーローには拘らねえ。俺がなりたいヒーローは、敵退治のために大事なものを切り捨てる奴じゃねえ。強くなって戦うだけじゃ何も変わらねえなら、俺はヒーローには拘らねえ」
「敵と呼ばれても、ですの?」
「お前らが殺して壊して贅沢するために戦うとは思わねえ。それに協力したからって敵扱いされるなら、勝手にすりゃあいい」
そこまで言うと、言っててクサいと思ったのか、彼はそっぽを向いて私達から数歩離れた。
ははは、と、そこまで黙っていた宮下さんが笑って、
「いや、なんか私、場違いですよね?」
「そんなことないです。ありがとうございます、宮下さん。でも良かったんですか? 今ならまだギリギリ間に合いますよ?」
「いいんですよ。どうせ結婚もしてませんしね」
彼は苦笑して頬を掻き、
「乗り掛かった舟です。それに、轟君の言った通りです。
「……ありがとうございます」
私はさりげなく俯いて表情を隠した。
ああもう、なんでこう、みんな馬鹿で優しいんだろう。
そこへ。
「あーっ! なんかいい雰囲気作ってます! 永遠ちゃん永遠ちゃん、仲間に入れてください!」
「トガちゃんばっかりずるいよ! 永遠ちゃん私も!」
「あー、なんか疲れるなこいつら。ねえ、姐さん?」
「まあ、慣れれば大丈夫よ。それに賑やかな方がいいじゃない?」
髪型変えて伊達眼鏡したトガちゃんと、全裸(透明)の透ちゃん、制服ではなく私服姿の白雲君、それと前髪で顔を隠した女子高生くらいの美少女が転移して帰ってきた。
最後のは誰かって? 白雲君が姐さんって呼んでる通り、センスライさんだ。『巻き戻し』で若い頃の姿にまで戻ってるので、今の写真と見比べたらぱっと見別人。
宮下さんにも提案したんだけど、顔が特徴的すぎてあんまり意味ないからって拒否された。
「ほら、永遠ちゃん。みんな。とりあえず食べるもの買ってきたから作戦会議をしましょう? 腹が減っては戦はできないでしょう?」
「ありがとうございます、扇先輩。ですが、買いすぎでは? ぱっと見、二、三十人分は──」
ぐぅ~う。
「お腹空いた」
「……そういえば、永遠がいましたわね」
良いタイミングで鳴った私のお腹に、みんなが笑った。
◆ ◆ ◆
【反乱から三日後】
「……気は変わらないかい、オールマイト」
雄英校長・根津は机の上に『辞表』を置いたまま、溜息まじりに尋ねた。
正面に立った痩身の男──元『平和の象徴』オールマイトは背筋を伸ばしたまま「はい」と答えた。
「立たねばならぬ時だと判断しました。再び野に出て、敵と対峙し、想いはむしろ強くなりました」
決意表明から数日の間が空いたのはお互いバタバタしていたからだ。
根津としてはこの間に頭が冷えてくれれば、と思っていたのだが、どうやら無駄だったらしい。
彼の頭が固いのは良く知っている。
後継者問題が起こった際、ミリオではなく緑谷出久に継がせたこと、重傷を負ってなお戦い続けナイトアイと袂を分けたことからも明らかだ。
だが、言えることは言おうと口を開く。
「君でなくてもいいだろう。今のヒーローはそんなに頼りないかい?」
「ヒーローが頼りないのではなく、敵が強大すぎるのです。あれは、ヒーローが束になっても敵わないものだ。……いや、ヒーローでは倒せない『モノ』なのかもしれません」
「……そうだね」
この三日間で出た被害は甚大だ。
公開処刑の一件だけでエンデヴァー、イレイザーが“個性”喪失。彼らを含めたヒーロー複数名に負傷者が出た。永遠のコピーが放った空気塊は一般人、及びその周囲を狙うことはなく、威力も相応に加減したものではあったが、競技場の崩壊と発生した混乱によって人々にも負傷者が出た。
更に、国内の全刑務所にて「収容中の全敵」が「個性を喪失」した上に「小学校低学年程度まで肉体年齢を退行」させられるという事件が発生。
一般人からの“個性”喪失報告も数百件に上っている。
八百万永遠、あるいはその一派と見られる者を発見、交戦したヒーローからも負傷者、および個性喪失者が新たに出た。
あれは、未曾有の凶悪敵だ。
少なくともそれだけは間違いない。
「勝てる見込みはあるのかい?」
「勝てるかどうかではありません。勝たねばならない。討たねばならない。世界の全てがかかっているのです。……それに、元々あれは我々が打倒するべき力だ」
敵名と同一であったその“個性”は元の持ち主の手を離れ、八百万永遠の下にある。だが、持ち主が誰であるかに関係なく、かの“個性”が悪用されるならそれを阻止するのが
緑谷出久に継承した今でも、オールマイトは使命を忘れていない。
だが。
「敢えて言おう。オールマイト。
「予言ですか?」
「予知ではないけどね。ネズミが考えてもわかる理屈さ」
オール・フォー・ワンはオールマイトが死力を尽くしてようやく勝てる相手だった。否、死後に『寄生』という奥の手を残していたことを考えれば実質オールマイトの負けだったかもしれない。
神野事件の際、オールマイトに本物のOFAがあったとしても、あの悪を征することは困難だった。
そして、八百万永遠はそのオール・フォー・ワンを殺した。
『寄生』事件を解決した時点で、彼女は前任者を超えている。そのうえ、今も強くなり続けている。
それどころか、彼女の手には
今のオールマイトにもOFAの30%程度のパワーはある。
緑谷少年が同程度のパワーで敵と渡り合っていたことを考えれば、無個性でも並のヒーローよりも強いことになるが──
「断言する。今の君じゃトガヒミコにも勝てない。だから止めろ」
「嫌だと言ったら?」
「どうもしないさ。ああ、どうもしない。……こうなってしまった時点で我々は詰んでいるのさ。だから、極端な話をすればどうでもいい」
「………」
オールマイトはしばし沈黙した後、低い声で尋ねてきた。
「校長。あなたはまるで、ヒーローが負けてもいい、と思っているようだ」
「
根津は悪びれもせずに答えた。
「愚かでどうしようもない人類なんか滅びればいいのさ。私は何度進言したかわからない。忠告したかわからない。それでも、彼らは何も学ばなかった! 考えを改めなかった! その結果がこれじゃないか!」
根津は人間ではない。ネズミだ。
本質的に孤独であり、人外の感覚を今でも有している。『天才』であるので猶更だ。
冷静で冷淡な先見性から彼は政府、警察、公安の不備・不足・不手際を何度も指摘してきた。永遠の処分を思い留まるように何度も訴えたし、締め付けるぐらいなら甘く飼い殺すべきだ、とまで言った。
それでも変わらなかった!
裏にオール・フォー・ワン信者がいることはわかっている。だが、彼らはまだいい。信念を持って世の中を「悪くしようと」しているのだ。筋が通っているからこそ悪人でも理解できる。むしろ理解できないのは安易な考えしか持っていない、自分が賢いと勘違いしている「善人のつもりの権力者達」だ。
「世界中のヒーローが協力すれば、あるいは科学の力を総動員すれば永遠君は
「……彼女は、神などではありません」
「神が自分達に似せて作ったのが人なら、神性に近しい不死性を得た彼女は、もはや神も同じじゃないかな?」
オールマイトは首を振った。
平行線。意見は交わらないことを確認したのだろう。
根津も「話しても無駄だ」と悟った。
「今までお世話になりました。私は、最後まで私の志を全うします」
「そうか。今までありがとう。せめて少しでも長生きしてくれよ」
頭を下げるオールマイトに、根津もまた友人として頭を下げた。
約十日後。
オールマイトは死体で発見された。
永遠達ではない。平和の象徴を恨む敵に殺されたのが原因だった。